雄英剣風帖   作:剣鋭

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今日中に、十七、十八と、二話分続けて投稿しますので、ご注意いただきますようお願いします。


第十七幕 裏騒動

『準決勝はこれにてすべて決着! 決勝は、轟対御舟に決定だぁ! ……こいつはシヴィー!

 

 決勝のカードが決まったにも拘わらず静まり返る会場に、マイクも頭を抱えた。

 

 大きな力に魅入られ勝ちなこの個性社会。

 この戦いも、派手な爆発を決めた爆豪に軍配が上がると、会場に居る観客の半数が思っていた。

 

 勿論、高志朗の剣技に目を向ける者たちも少数だが居る。

 それも手練れに限られたが。

 

 とある地の上空を飛び回り、眼下の中継スクリーンを眺める一羽の鷹が居た。

 疾風の如くビルからビルへ飛び移り、やがてスクリーンの見えやすい場所に降り立った。

 

 彼を慕う女性たちの黄色い歓声に手を振りファンサービス──その後スクリーンに向き直る。

 

「最後の攻防、あれが見えたプロが果たして何人居るか……ほぼ居ないよなぁ。何あれ……」

 

 半笑いでそう評する。

 スクリーンで繰り返される雄英体育祭一年ステージ、準決勝の最後のワンシーン。写真判定で捉えられたのは流石雄英高校と言ったところか。

 

「御舟、ね」

 

 とある街を跳び回る健脚の持ち主は、片手間に捕捉した(ヴィラン)の顎をかち上げてノックアウトしていた。

(ヴィラン)の胸倉を掴んだまま、大きく映された映像に顔を向ける。

 

「ハッハァ! 剣術っつーから型に嵌っただけのただのお利口さんかと思ったが……面白ェじゃねえか。蹴っ飛ばせるか試したくなってきた!」

 

 

 そしてそれはこちら側(・・・・)も同様。

 闇の住人は蠢く。──将来の(ヒーロー)を見極めるために。

 

「先生、こいつだ……!」

「赤い目……ということは、あの対価(・・・・)はクリア済みということか。変わらず業深い家系だ」

「業深い?」

 

 件の剣客に以前落とされた腕には、繋がりはしたもののまだ包帯が巻かれている。

 青年──死柄木弔は、薄暗い酒場のような場所で中継のモニターを観て苛立ちを募らせた。

 

「御舟の“個性”は、“人斬り”が発現の条件だったんだよ。愉快な一族だろ? ──が、覚悟が他と違う分厄介だ。制約に縛られない強敵はもう相手にしたくないな」

 

 “先生”の言葉に、驚いた死柄木は顔を上げた。

 

「何で先生がそんなこと知ってるんだよ。……ていうか、は? 人斬りって……全然ヒーローしてねえじゃん、あのイカレ侍」

「黒霧には話してあるから、暇なとき聞いてみるといいよ。いまは現代に溶け込めているようだけど、さてヒーローになって何をしようとしているのか……」

「知るかよ、そんなこと」

 

 考える“先生”を余所に、腕の結合部を手で撫でつけながらそう吐き捨てた。

 苛立ちもあったが、ある種の安心感を死柄木は感じていた。殺しを経験しているのなら、USJで見せ付けられたあの鬼気迫る気迫にも納得できたからだ。

 

 群がる(ヴィラン)たちを、命を奪ることなく撫で斬りにしていった手際の良さにも違和感があったが、それにも合点がいった。

 

「こいつ、(ヴィラン)を練習相手とでも思ってるんじゃないのか?」

「そうだろうね」

「どうして警察は動いてないんだ? おかしいだろ!」

 

 自分から(ヴィラン)に挑みに行く。それも正義感からではなく、武を高める為に。

 そのような無法は、世間的には褒められたことではない。

 

「…いずれ分かるさ。蛇の道は蛇と言う。見て学べ、弔」

「クソみたいな話だ」

 

 


 

 

「……っ」

 

 対爆豪戦が終わり、ステージから退いた高志朗。

 長いステージ前廊下をしばらく歩いて行くと、喧騒も遠のいて行く。

 

「ふぅー…」

 

 唐突に壁に手を突き、溜息を吐いた。

 

「まいったな」

 

 能力は使い終わったにも拘わらず、“鬼の眼”が消えない。このまま血でも噴き出しそうな感覚すら覚えていた。

 

 爆豪からのダメージはそれ程ではなかったが、最後のあの“榴弾砲着弾(ハウザー・インパクト)”という大技。あれのスピードに対応するには奥義を使うしかなかった。

 

 “切落(きりおとし)”。“個性”が現れる前の日本剣術に伝わる剣技である。

 

 真っ向から振り下ろしてくる相手の太刀を、まるで相打ちになるかのようにこちらも真っ直ぐに振り下ろす。しかし、こちらは相手の太刀の軌道に割り込んで振り下ろすため、相手の太刀は弾かれこちらの太刀が相手の正面を捉える、というもの。

 

 タイミングが速過ぎても遅過ぎても成立しない高難度技法だ。

 

 もっとも、今回の相手は太刀ではなく、拳であり、こちらも木太刀という打撃武器であるが、要領はさして変わりはしない。“切落(きりおとし)”が“打落(うちおとし)”になっただけだ。

 

 ここまでが、根幹となる技術的な側面の“切落(きりおとし)”。

 

 超常的な成長を遂げた“切落(きりおとし)”は、従来の剣技を逸脱したものになる。

 

 秒をミリ秒へ、ミリ秒をも更に分割。

 

 バラバラになった時の流れに入り込むと、自分以外の世界が非常に緩やかになる。

 

 “切落(きりおとし)”…発動範囲と効果は高志朗の間合いに限定されるが、誘い出された相手に対して強制的な一手を割り込ませることができる。これが“後の先”の奥義の所以である

 

 この、時間をも斬り別つ技が、反射神経の鬼才・爆豪勝己を真っ向から打ち倒した技の正体に他ならない。

 

「……本当にまいったな、おいでなすったっ」

 

 ざりっ、ざりっ、と、草履の独特の足音が、奥から聞こえてきた。壁伝いに歩くことを止め、高志朗は壁に寄りかかった。

 

 

 


 

 

 丁度その頃、高志朗の控室に来客があった。

 クラスメイトの八百万百である。

 

「御舟さん、八百万です。……御舟さん? 失礼しますわ……あら?」

 

 扉をノックするも返事は無し。入室して部屋内を見回すも、中は無人。

 

 爆豪との戦いは終わり、決勝戦まで十分間の休憩が挟まったため、居るとしたら控室(ここ)であるはずだった。

 彼女は首を傾げる。

 

「……医務室でしょうか?」

 

 あの爆風で少なくとも高志朗は吹き飛ばされた。その怪我でリカバリーガールのもとに行ったとしても不思議ではない。

 

「一言応援の言葉をと思ったのですが。仕方ありません、か……」

 

 “USJの変”以前からの仲で、いまは副委員長として委員長の自分を支えてくれている、とても頼りになる人。

 特別な戦友……とでも言おうか。

 

「まさか……退場途中で倒れられたということは!? だとすれば大変! すぐに医療器具の用意を!」

 

 ──こんな風に、本当は頼られたいのに普段から頼ってばかりいるため、特に彼に対して施しを断行しようとする健気な女の子である。

 

 退室のために急いで出て行こうと扉を開けた時だった。

 

「……あ?」

「爆豪さん? ……何をしていらっしゃいますの?」

 

 ばったりと、本人不在の控室で、また一人、今度は爆豪勝己が扉の前に立っていた。

 

「なんでてめえがクソ侍の控室に居るんだ!?」

 

 質問を質問で返す無礼者に、しかし彼女は怒らなかった。

 自身の胸に手を当てて、凄く上品に八百万は言い放った。

 

「私は……御舟さんに応援の言葉を送るためですわ!」

「あ? 応援……? わざわざ席立ってここにか? 暇人か?」

「暇人……っ! それより、聞きたいのは(わたくし)も同じです。扉の前で何をしようとしていたのですか!?」

 

 暇人扱いに拳を握るも、すぐに彼女は指を差した。それは、いままさに扉を蹴破ってやろうという俗に言うヤクザキックの体勢の爆豪のことだった。

 しかし肝心のキック対象は蹴破る前に八百万によって開け放たれてしまったので滑稽なポーズだ。

 

「……ちっうるせえ」

 

 行き場を失った足を下ろした。

 

「大方、足で蹴り開けようとしていたのではないのですか? 爆豪さんはいつも粗暴すぎます、改めてくださいましっ、少しは御舟さんを見習ったらどうですか!?」

「クソうるせっつってんだよ! さっきから御舟、御舟、御舟ぇ! 乳繰り合うなら余所でやれや!」

「乳っ……!」

 

 意外に繊細な爆豪は、この場に本人が居ない事に少しだけ安堵していた。

 こいつらは最近、距離が近い。クラス委員長と副委員長という役職を差し引いてもだ。

 

 正直知らんが、俺の行く道を邪魔だけはするんじゃねえと思っている。

 

「なんて低劣そうな言葉ですの!? 聞いたことはありませんが、悪口であるということは分かりますわよ!?」

「そっからかよ……クソ(ばこ)入りが……!」

 

 自分の罵倒がいま一つ通じないことに、ぎりぎりと歯軋りする爆豪。

 

 そんなこんなで、箱入りお嬢様(バーサス)上鳴曰く下水クソ煮込みの天才爆発頭のエキシビションマッチが繰り広げ……

 

 ……られはしなかった。

 

 爆豪は天井を仰ぎ……何を思ったか、すぐに踵を返した。

 

「あのクソ侍。俺に勝っといて負けたらぶっ殺してやる」

「……爆豪さん、御舟さんは医務室にいらっしゃいましたか?」

「てめえマジ……居ねえよ」

「どちらに?」

「医務室にも来やがらねえ。生徒席も便所にも控室(ここ)にも居ねえってことは、後は一つしかねえだろうが」

「お手洗いにまで探りを……? それは流石に」

 

 徹底し過ぎている行動に引く八百万の反応に、ハッとした爆豪が両手を爆破させた。

 

「ついでだ! 負けやがったらぶち殺す必要があンだよ文句あるかぁ!」

「あ、お待ちください! どちらに行かれますの!?」

「ステージ入場前しかねえだろが! それくらい考えろカス!」

「言葉にしなければ分かりませんわ!」

 

 休憩終了も後僅か。急いでそこに向かう。

 

「付いて来んな!」

「目的地は同じですわ!」

 

 二人はなぜか張り合っていた。

 

 


 

 

 場面は戻り、ステージ入場前廊下。

 

「──超常能力による“切落(きりおとし)”は、捕捉人数一人の返し技。こちらの“間合い”に入って来、且つ相手方を先攻とすることで発動する“後の先”の奥義じゃ」

「わざわざ実家から、ご苦労なことだよ御祖父(おじじ)。道場は平気なのか?」

 

 奥から姿を現したのは高志朗の祖父、陣七であった。

 

「常陸から静岡じゃ……然程遠くもあるまい、将棋なんか指していたらあっという間よ」

「えっ……一人将棋?」

 

 可哀そっ、と高志朗がワザとらしく目を潤ませると頭を小突かれた。

 

「連れと一緒に決まっておろうが。友人くらい居る。それに、道場の方は舟笠衆(ふながさしゅう)に任せておる。あれらは儂よりも教えるのが上手いからの」

「それなら安心……ん、待て? 教える……?」

 

 高志朗が疑問を抱いた。

 鋭心舘は高志朗含め、高齢の剣士たちしか館友は居ない。高志朗が居ないいま、教える必要のある門弟がいるはずがなかった。

 

 その考えを察したのか、陣七が言った。

 

「……鋭心舘(うち)から雄英に進学した男子が一人居るという噂を聞きつけた者たちが、入門を希望して来た。お前のお陰じゃ」

「そうか、来たか入門者ァっ!」

 

 喜色満面を露わにした高志朗は、静かに拳を振り下ろした。

 

「御祖父、今日は来てくれてありがとう!」

 

 高志朗がスッと頭を下げると、髭をさすりながら笑っていた陣七が表情を一転させた。

 

「そんなことよりもお前、最近は本身*1を振っておらぬな?」

「うぐっ、また鋭いことで」

「木刀や木太刀、ましてや竹でできた竹刀では“個性”の“溜め”にならぬと言ったであろう。真剣を実戦の如く振らねば、お前の【剣気】は擦り切れてしまうぞ」

 

 先程の“切落(きりおとし)”はその技自体が、《剣の理合》と共生できる仲にあるため、真剣でなくても【剣気】力を消費することも無い。

 

 しかし、それ以外の第一、第二種目で見られた、“無刀”での戦闘行動が、【剣気】力の枯渇を招くおそれがあった。

 

「《剣の理合》も何も無い運動神経で使えば、いままで“溜め”たものを消費してしまう。お前が入学からこれまで、どれほど“溜め”たかは分からぬが、見た限り……些か拙いのではないのか?」

「それは……」

 

 確かに拙い。

 

 だが、それを差し置いてもやらねばならなかった。たとえどれほどの苦難が待ち受けていようと、後先を考えていてはいまの成績は獲得できなかっただろう。

 

 そして何より、荒舟一刀流・鋭心舘に御舟あり。と、高志朗は我が家名を広めたかった。この名が広まれば入門者が現れる、そう信じていた。

 

 今回の催しで高志朗が得たいのは、名声。そしてそれによって集まる未来の門弟たち。

 プロからの関心を買うことは二の次であった。

 

「第一種目で他の走者を弾き飛ばしたり、地面を踏み割ったり……ああ、第二種目では騎馬から騎馬へ飛び移るために体幹を強靭化しておった……それらは、人の目を引くための策であったと?」

「……ああ」

「それにしては楽しそうに見えたがな」

「ソンナコトナイヨ?」

 

 棒読みの否定をする高志朗。

 

「お前の……ジジイじゃぞ、それくらい分かるわ。楽しいのは別に良い。儂が言いたいのは、どうして“溜め”ないかということじゃ」

 

 そう訊かれると、彼は困ったように頭を搔いた。

 真剣を振ることで【剣気】力を蓄えることができるのなら、毎日少しずつ振るだけでもだいぶ違う。

 

 それをしない理由。

 

「自宅では狭くて真剣を振れない……前に外で振ったら通報されそうになって大変だったんだよ」

「当たり前じゃ……雄英高校は体育館も解放しておらぬのか?」

「俺の武器は、コスチューム扱いになるから基本素手か、木刀や竹刀しか貸し出していなかったな。コスチュームは基本的に特定の授業でしか使えないんだ。まいったぜ、本当に」

「……まぁ良いわ、ほれ」

「これ?」

 

 溜息を吐いた陣七が、おもむろに何かを渡して来た。高志朗は、それを手に取って目を見開いた。

 それは、本物の真剣だった。紛うこと無き打刀。

 

「ミッドナイト先生の言っていたルールを聴いてたか? 刃物は禁止だって言ってただろ」

 

 それも、主催者側に許可も取っていない爆豪以下のおこないである。

 更なる困惑顔で陣七に問おうと顔を上げた、その時だった。

 

「──うおっ!?」

 

 反射的に仰け反った目の前を、斬撃が一閃して来た。

 出処は分かり切っていた。そんなことは、目の当たりにした己がよく知っている太刀筋だった。

 

 切れた黒髪が数本、ハラリと落ちる。

 

「……御祖父、まさかここでやろうというのではないだろうな?」

 

『さぁ残り五分! トイレ行ったか!? 水分補給は!? 最後の戦いを見る覚悟はできたかぁ!?』

 

 休憩の終了五分前を知らせる放送が全館に入った。高志朗は舌打ちをする。

 

「止めるか? それで轟の倅に勝てるか?」

「……っ」

「苦難にぶち当たったときの人間の行動は、三つ。凡庸な者はその場を耐えてやり過ごす。非凡な者はその場をどう切り抜けられるか頭で考える……傑物となれい高志朗!!」

 

 抜き身の刀を構える陣七と向き合うと、額から汗が噴き出した。

 

「苦難を前にして進化するのが、傑物の有り方よ」

「……っ」

 

 本気で、この場で始めるつもりだ。

 真剣同士の、互角稽古*2を。

 

 大きくゆっくりと息を吐き出すと、高志朗も刀を抜き、構えた。

 

「よろしく……お願いします」

「では行くぞ。──五分だ」

 

 御舟高志朗と、その師であり育ての親でもある御舟陣七。いま、二者二様の構えから、真剣による稽古が始まったのだ。

 

 


 

 

「キェァァァァァァっ!」

「シャァァァァァっ!」

 

 裂帛の気合の声と気勢を張り、切り結ぶ二人。

 

 傍から見れば、それは剣客同士の殺し合い。

 無駄な動きを削ぎ落とし、紙一重で剣閃を避けていく。避ければ攻守を逆転してまた繰り返す。

 

 高志朗の髪が散り、頬が切れる。陣七は涼しい顔で的確に無傷を貫く。髪の毛一本掠らせはしなかった。

 

 達人同士の立ち合いは、本気か手抜きかなどは得てして分からぬものだ。

 

 ゆえに、この尋常ならざる異空間に居合わせたこの者たちにとっては、目を疑う光景だった。

 

「御舟さんと……どなたでしょうか?」

「知るか、なんだあのジジイ」

 

 思わず身を潜めてその稽古を見守ることになってしまった八百万がそうつぶやいた。爆豪はそんなことは知らないとばかりに飛び出そうとした。

 

 だが、止められた。

 

「……()しましょう」

「は?」

 

 爆豪が、険しい顔で向こうに目を向けた。

 

「爆豪さん? ──お待ちくださいっ」

「ざけんな、(ヴィラン)ならジジイだろうとぶっ殺す」

 

 少し。ほんの一瞬、八百万は爆豪と同じ判断を下しかけた。

 

 高志朗が(ヴィラン)と戦っていると本気で思ってしまった。それほどに、鬼気迫るぶつかり合いだったのだ。

 対峙している老人が誰かは知らないが、身に付けている着物のとある箇所を見て当たりを付けた。

 

 あれは高志朗の関係者だと。

 

「クソが……納得する説明あンだろうな?」

 

 もともと周りを有象無象としか見ていない爆豪は、自分が関心を持った人間でない限り無関心を貫く人間だ。

 

「……爆豪さんは、御舟さんのヒーローコスチュームをご存知ですか? 私は、初めの戦闘訓練で彼と話しをしたときに間近で見たのでよく覚えています」

 

 そう言うと、八百万は激しく斬り合う両者の戦いを、壁から少し顔を出してもう一度覗いてみた。

 

「御舟さんのヒーローコスチュームに家紋が入っているのですが、それといま御舟さんと相対しているおじいさまの着ている物にも、同様の紋が入っているのです」

 

 戦闘訓練で身に付けていた高志朗の羽織には、確かに扇の紋が見受けられた。

 その紋が高志朗の家紋なら、同様の家紋を背負っているあの老人は、彼の関係者である可能性が高い。

 

「すなわち、あの方は御舟さんの関係者ですわ」

「このご時世に家紋だぁ!? そんなふわふわした理由で納得できるか!」

「あっいけません! あぁ……」

 

 ついに彼女の制止も訊かずに、あの戦いの渦中に飛び込んで行ってしまった。

 家柄上、家紋の持つ重要性を八百万は知っていた。対して爆豪はそのような家柄に無いため、この反応は仕方がないとも言えた。

 

(ヴィラン)はぶっ殺す!」

「ぬんっ?」

「なっ、爆豪!? どうしてお前さんが」

 

 両手を弾けさせながら、爆豪は老人に突撃していく。先ほどから見ていた高志朗との立ち合いで、この老人も只者ではないことを察していた彼は、油断が無かった。

 

「捩じ伏せる!」

「ほう……」

「死ねェ!」

 

 突撃を難なく避けた老人に、隙など与えんとばかりに爆豪はそれを追撃──しかし、あっさりと足を払われた。

 

「こんなんで──!」

「ほれ」

「がっ!? さ、鞘だと……舐めてんじゃ──」

 

 瞬時に刀の鞘で首を抑えられ、床に叩き伏せられた。抜け出そうと身じろぎするも、ピクリとも動かない。

 

「こ、の……!」

 

 老人は、抑え付けたまま爆豪の顔を見た。それは宛ら、唸りながら睨みつけてくる猛獣である。

 

「ほほうお前さん、準決勝でそこな高志朗と戦った(わらべ)よなぁ」

 

 なるほどすごい形相じゃな、と覗き込む。

 

「クソが……!」

「無理をするでないわ。高志朗にやられた疲労が溜まっておろう。怪我は治ったとはいえ無理をするものではない。それに、お前さんは勘違いをしておる」

「やられてねえ、勝手に決め付けんなジジイ!」

「やれやれじゃな、これは。儂は御舟陣七。高志朗の祖父じゃ」

 

 息を吐いた老人──陣七は、そう己を名乗る。

 同時に、八百万も壁越しから現れた。彼女も深々と頭を下げてくる。

 

「申し訳ありません、盗み見するつもりはなかったのですが!」

「や、八百万まで……どんな状況だこれは」

「御舟さん、これには深い訳が……」

 

 八百万と爆豪という二人の組み合わせに困惑する高志朗。

 陣七は、爆豪の拘束を解くと口を開いた。

 

「ここで終いにしようぞ。気張れよ、高志朗」

「……ああ、ありがとうよ御祖父」

「ふむ」

 

 爆豪を、じっと見た。

 

「んだジジイ!」

「タフな者よ、はっひゃっひゃっ」

 

 いつの間にか高志朗の分の刀も回収し、御舟陣七はその場から去って行った。

 陣七の後ろ姿に会釈をすると、すぐに八百万が駆け寄った。

 

「御舟さん、頬から血が!」

「いつものことだから、大丈夫だ」

「ダメですわ!」

「あ、ハイ」

 

 有無を言わさぬプリプリとした謎の迫力に従順となる高志朗。

 【創造】によって消毒薬を取り出し、せっせと顔の切り傷の応急手当をしていく八百万。

 しかし高志朗はここで非常事態に気付く。

 

「いや待て、おい八百万……?」

「どうかしました?」

 

 手当に集中しているため、気付いていないようだった。

 

「こんなにも傷が……」

 

 高志朗を間近で見て、彼女にも分かったことがある。

 よく見ると彼の顔には、生々しい傷が数か所走っていた。さっき付いたものではない。

 お節介とは思いつつも、への字口で怒った。

 

「もう……決勝前にあなたは何をしているのですか」

「……俺の“個性”の性質上、必要なことだったんだ。御祖父は……ああ、さっきのじいさんは、それを察して稽古を付けに来てくれたんだよ、わざわざな。あと八百万、ちょっと良いか?」

「まだ終わりませんわよ?」

「いや、もう前から言ってるが、少しは恥じらいを持とうな。お父さん将来が心配だよ」

「? 御舟さんは私のお父様ではありませ……ん」

 

 そう言われた八百万が高志朗の視線を辿り、行き着いたのはいまの自分の恰好だった。

 

 【創造】のために体操着の前チャックを全開にした、現役女子高生がそこに居る。

 インナーとは言え、更にそれを下から捲り上げて消毒薬やら綿棒やらをポコポコと生み出す光景が、高志朗の眼前に広がっていた。

 

「……嫌!」

 

 顔を真っ赤に染めた八百万が、高志朗の目元を手で制する。手で視界を塞がれたまま高志朗はおどけて見せた。

 

「いや、言われてから恥ずかしがるのかよ。すまんが」

「はっ! 言われてみればそうですわ」

 

 ぱっと手が離れる。

 

 八百万はその艶めかしい肢体を周囲に晒すことになんの羞恥心も抱かない稀有な少女だ。

 ただ、戦闘訓練で高志朗が彼女のコスチュームを指摘した時、障害物競走での峰田の蛮行の時と、彼女の羞恥心が徐々に育まれつつあるのかもしれない。

 

「うぅ……成長したな」

 

 高志朗は、八百万の行く末を案じていた者の一人として喜んだ。

 

 そして涙と、ついでに鼻血を垂らした。

 

「なっ……! 見ないでくださいまし!」

「いやそういう意味じゃな──」

 

 ぽこぽこと高志朗の肩を叩く。しかしそんな動きをすれば、彼女に付いた立派なものが、たゆんたゆんと波打ち、揺れるわけである。それも目の前で。

 

確かにヒーロー科は最高だったぞ、峰田

 

 後に、“発育の暴力”という称号を付けられるのだが、それはまた別の話。

 

 八百万百は、自身の抜群のスタイルを自覚すべきなのである。まだまだ心配な高志朗だった。

 

「む? そういえば爆豪は?」

「言われてみれば、いらっしゃいませんわね。御舟さんに用があると言っていましたのに」

「まぁ爆豪のことだから、お前さんみたいに応援しに来てくれたわけじゃないだろうしいいか。手土産も貰えたし」

 

 ──手土産。

 

「……!」

 

 言葉の意図に流石に気付いた八百万は、赤面しながら自身の胸元を隠した。

 高志朗が親指を立てる。

 

「……ありがとう」

「ですから!」

「消毒のことだ。ありがとう、じゃ」

 

 ふざけ半分の戯れから、不意打ち気味に貰った高志朗の言葉に、八百万は固まった。

 背を向けて歩き出す彼に手を伸ばすも、しかしそれは届かなかった。追えもしなかった。

 

 “頑張ってください”この一言も言えなくなるほどに。

 その言葉を掛けるには、自分は未熟すぎると痛感してしまった。

 

「あれが、御舟さんの修練……」

 

 同時に、あの日の言葉の意味を八百万は知る。

 

 ────『こういうのには、慣れている』

 

「あのレベルの修練を、御舟さんはすでに幾つも積み上げている……雄英に入る前から……!?」

 

 より実戦に寄せた修練。(ヴィラン)に見紛う程の殺気を放っていた高志朗含め二名の剣客。

 

「あの方が場慣れしている理由(わけ)が、ようやく分かりました……!」

 

 悔しさから来るものなのか、一種の感動から来るものなのか……。

 八百万は、拳を握ったまま、ただその場に佇んだ。

*1
真剣。刀の抜き身

*2
試合のような気持ちになって立ち会う稽古。実力差がある相手同士でも、技術も気力も体力も同等なものとして互いに練習する方法。




ヤオモモはどうしてそんなに可愛いしエロいの?(直球)最高だよ堀越センセー。

でもミッドナイト殺したのは絶対に許さないからね(^^)
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