第十九幕 御舟家と八百万家
「まだ小利口にまとまっているな、高志朗」
夕暮れの空に向かって煙管を蒸かし笑うのは御舟陣七。
そんな陣七に向かって、もう一方の老人が杖で差した。
「俺は良い試合だったと思うぞ?
そう笑った老人はグラントリノ。
「剣術は門外漢だがよ、攻守のメリハリはお前譲りだぜ。性格もおめえに似てるんじゃねえか?」
武道に限らず、戦いとは己を映す鏡のようなもの。その者の性格や気性は、戦法によく出る。
たとえば、気性の荒い者は先手必勝を無意識の内に取っていく。貪欲に勝利を求め、思いが先んじて出た行動と言える。
沈着な者は相手の様子を見つつ、観察し、隙を探り当てる。これは勝敗を積み重ね、熟達した者と、単に消極的な者とに別れる。
とは言うものの、こんな例を挙げたところで、年齢と経験を重ねて行く内に移り変わるもの。これは若年に多く見られるたとえ話だ。
「剣風は似ても、まだまだじゃ。同世代でしかも、半分の能力も使っていない男に喰らいつかれているようではな。性格はまぁ……勉学を嫌うところは似たか。稽古もな……」
「よく似てんじゃねえか。ただ努力を嫌う割には完成された動きだった」
「……上達すれば楽しいことを奴は知ってる。逆も然り。だから怠りはしない」
「楽しいか……」
相手が喋っている途中で軽く噴き出すように笑い出したグラントリノ。意地悪そうに、ほくそ笑んだ。
「そりゃ勉強は上達しても楽しくねぇわな?」
「武人はかくあるべし」
頭で考えるより、体ですべてを覚えていくことこそ、傑物への道。
「分かった分かった、冗談だぜ。雄英行けたのは奇跡だっておめえも言ってたもんな!」
「……」
帰ったらしごき倒さなければ、と陣七は呟いた。
「厳しい師匠だぜ」
「そういうお前さんも、もう少し優しくしてやってもいいんじゃないのか? あの平和の象徴が、お前さんの前では腰が引けてたぞ」
観客席で出会った平和の象徴──オールマイトのあの狼狽えようは普通ではなかった。
陣七が皺くちゃな顔で笑顔を作る。
「かつての師匠を迷子の子供呼ばわりは笑えたわい」
「けっ、うるせえぞ。そんなことより、俺は腹に据えかねてることがある。先の一件でな」
「先の一件…身の丈だけで師匠を判断してしもうた弟子にか?」
手をこちらの頭の上の辺りに持って来て水平に振って見せた陣七に、グラントリノが青筋を立てた。
「違う! ……雄英襲撃のことだ」
「ふむ……」
カンッと煙管の灰を灰皿に落とす。
「
「
雄英高校の誇る警備システムを突破できるほどの技術力を有した組織的な犯行か、はたまたそういう理屈とは無縁な“個性”を持った者の犯行か。
「しかしそりゃ、連中の中にシステムを妨害できる
「ああ、侵入されちまったならそれはもうしょうがねえよ。ただ、そいつらが何のために雄英を襲ったかが問題だ」
「街中で乱暴狼藉を働いておれば、その辺にいる小者と変わりないな。……なるほどな。ヒーローの学校、それも名門・雄英を狙った動機か」
街で一般人を襲う
「案外、お前さんの
「……! いや、そうなると事前準備が必要だ。オールマイトが雄英に教師として赴任したのは周知の事実だが、流石に担当授業の日時まで漏れてるわけねえだろ」
「ふふっ」
「何笑ってんだよ、陣七」
ほくそ笑むように肩を震わせる友に、グラントリノは眉を吊り上げた。
「のう空彦、雄英襲撃の前日にマスコミが侵入する騒動が有ったな」
「おう……あ? まさかおめえ」
「その時教師陣はマスコミに対応してた。時間割を奪うならその時をおいて他に無いであろう」
目を見開くグラントリノ。
雄英バリアーを何らかの
「少々力押しがすぎるが、それも立派な兵法」
「オールマイトを標的とした計画的犯行か。それが本当だとしたら、敵の大将はやるぜ……囮戦法のことじゃねえ、その肝っ玉の据わった行動がだぜ。思いついたとしてもやるような
「少しは気骨のある
彼の中で騒ぐのは、日本戦国期より続く大名家──常陸御舟の血だった。
「さっきの笑いはそれかよ。つくづくアンチヒーローだぜ」
「そりゃ、わしはヒーローではないからな」
「程々にしとけよ。それじゃ、俺は行くぜ。また飲もう」
「ああ」
おお、そうだ。とグラントリノが去り際に振り返る。
「今度のプロ指名は俺も参加する。一応おめェんとこの入れとくが、いいよな?」
「構わん」
すると、グラントリノは指を二本立てた。
「二人指名できるからよ、オールマイトの方のも来させるぜ?」
「……」
黙り込む陣七はグラントリノと視線をかち合わせた。
「あの緑髪──緑谷出久は、オールマイトの後継じゃろう?」
「ああ、今更な事実確認だな?」
すると、頭を片手で抑え陣七は唸った。
「いや待て。わしやお前さん、オールマイトや七代目のことは高志朗に話しておらぬ。時期尚早なのではないか?」
「知ってるぜ、良い機会じゃねえか。九代目と並び立ち、盟友になっちまえ。俺や志村のように……」
「……あやつには」
我が孫へ思いを巡らせる。五百年の歴史を持つ御舟家。
険しい表情で、陣七は溜息を吐いた。
「あやつには、あやつの望むことをしていて欲しいのじゃ。お家再興も良し、剣を磨き続けるも良し」
御舟家再興は現当主としては嬉しい限りだ。時代の流れとは言え、いまの鋭心舘が過疎化の一途を辿ったのは、時代錯誤の落伍者に成り下がった己にも咎がある。
そんな自分の過ちを、ヒーローになることで返上しようとしてくれている。それに甘えてしまう形になるが、それが本当の願いなら、妨げになるようなことはしたくなかった。
まして裏方ではあるものの、超常黎明期という混迷した時代を終わらせた一味の一人として、
今でさえ、重荷を背負わせていると思っているのに。
「大体にして、奴はオールマイトに討伐されて既に故人であろう。高志朗に教え聞かす必要性を感じられぬわ」
「とことん
「ふん、
あくまで盟友として戦ったお前さんとは考えが違うのよ。と陣七は言う。
「……しかしまぁ、お前さんに鍛えて貰えるのなら願ってもいないこと。
「勉強にも力を入れてるんだから当たり前だろうが。おめぇみてぇに剣ばっかり教えてもられねえだろうよ」
「喧しい。ったくこれだから名門気質は……」
翌日、御舟邸。
「まずは優勝おめでとう高志朗。あの雄英高校という舞台での大一番、よくぞ練習用の木太刀で戦い抜いた」
「ありがとう、御祖父。あの決勝前のシゴキが無ければ俺の“個性”は枯れ果てて使えなくなっていた」
「準決勝で技を使い過ぎたな。お前は迂闊すぎる」
高志朗は苦笑いで頭を搔いた。
「あれはかなりギリギリの行為だったと思うがね」
「試合の只中では無かった。問題は無いと思うがのう」
「さいですか……」
ところで、と陣七が縁側に座りながら、
「分からなんだら答えんでよい。先日の雄英襲撃の件だが、解せんことがある」
「はぁ……?」
「何故に
視線を空に浮かせて高志朗は答えた。
「オールマイトを仕留めるのが目的だと、敵勢の一人が言っていたようだが?」
「しかしオールマイトが出る授業の時間帯を、こうも正確に突けるか? そしてお前も隠していることがある。口止めされてるな? 雄英に」
「……ああ、隠してる」
「言え。包み隠さずに」
陣七にUSJ襲撃について具体的に話す。八百万とのこともここで明かした。
襲撃の前哨戦が密かにあったこと。そこで目を付けられたかもしれないこと、すべて。
「…ということは、その共に戦った八百万という女子も、お前と同じ立場にあるわけか」
「驚かないのか、御祖父」
「思いの他、事件の渦中に居たことに驚きはある。しかし、ふふっ……敵の奇襲を二度退けた。それを二度とも、敵将に打撃を与えてなぁ、可笑しくてたまらぬわ…!」
先程の険しい表情とは異なり、老獪な陣七は笑った。
不意を突けたと喜び、勝ちを確信した相手の顔を横合いから殴り付ける。これこそ戦の数ある醍醐味の一つ。
「いや、御祖父。勝利は一度だけだ」
「なんだと?」
「今回捕まった主力の一人。その怪物に、俺は一度殺されかけた」
陣七は眉をひそめた。高志朗の胸に去来するのは、物言わぬ巨躯の怪物。その名は脳無。
「とても俺一人では去なし切れなかった相手だ」
「それほどの手練れか……?」
「ああ、それこそ手も足も出なかった。圧倒的な膂力、速度。少なくともあの場では最強クラス。死を覚悟したよ」
「そうか……怪我は?」
「頭に少々の怪我を負ったが、幸いすぐに治癒した。雄英の保険医は凄い」
「雄英の保険医……そうか……」
さすがの陣七も、ほっと溜息を吐いてまた笑った。すくっと、立ち上がる。
「では、行くぞ」
「行くってどこへ?」
「剣道場じゃ。む、逃げるでないわ」
危険を察知した高志朗は、そのまま陣七と共に立ち上がらず、縁側の地面に向かって転がって行った。汚れも気にしない脱兎だった。
じりじりと距離を詰めてくる陣七に身構える。
「……勘弁してくれよなぁ」
「自分の身を守るには、自分の力が必要不可欠。【剣気】による底上げでも敵わなかったその
「全然心苦しくなさそうだな。あの雄英体育祭を制覇した勇者にこの仕打ちはあんまりだと思うぞ」
「心にも無いことを。あれはな、ただの祭り、見世物じゃ」
その言葉に泣きの猿真似をする高志朗の目が細められる。そこから一転、そこで祭りと聞いた高志朗は感慨深く頷いてみせた。
「出店は良いのが揃ってた。特にたこ焼きは良かった……青のりが美味いんだこれが」
「なにっ。わしも昔は焼き鳥の屋台を出しとってな、近所じゃプロ級じゃと専らの評判で──」
「お暇をいただく!」
「……姑息な」
縁側にある枯山水の一角にすっ転んで、その見事な砂紋も滅茶苦茶にしながらも逃げようとする高志朗を、ゆっくりと追い詰めながら言った。巨石を踏み締めて不敵に笑う陣七。
「縁側で稽古というのも吝かではない。今日は組打と洒落込もうではないか」
「……」
「敵に背を見せるか!」
無言で再び逃走を図った高志朗に、厳しい叱咤が飛ぶ。
屋敷を駆け回る祖父とその孫。鬼ごっことはこのことで、その光景は微笑ましいものであるはずなのだが。
「安心せい、軽く済む」
この家では、本物の鬼が追いかけてくる。
結局、この後すぐに捕まり、そのまま組打の実践訓練が始まってしまった。
「ぐっ…抜け出せない……!」
「それはそうと、八百万という女子のことをもっとよく聞かせい」
「な、なんでだよ」
高志朗を地面に押さえ付けつつも余裕の表情で息を吐いた。
「少し、気になってのぅ。嫌ならええわい」
「いや、言うよ。八百万とは、今やただの級友とも言えないからな。簡単に言っておくが、面白いことはないぞ?」
「なんじゃつまらん。まぁいい、確認だけじゃ」
一方その頃。
「
「ありがとうございますわ! お父さま、お母さま!」
ここは八百万百の邸宅。庭には外車が数台並び、真ん中には大きな噴水。高志朗の家とはまた違った趣の豪邸である。
「入学式に出してもらえなかったと聞いたときには本当に心配したけど…」
「その日の体力測定で一番を取り、体育祭でも好成績を残した百はすごい! ベスト8だぞ母さん!」
「誇らしいわ、百。けれど──」
手を叩いて称賛する八百万の父親。母親は少し違った。
「あなたのクラスが
「母さま、その話は前に何度も、」
父が腕を組んで尤もそうに頷いた。
「いや、確かに。事件の詳細は我々はほとんど知らされなかったからな、父さんも肝を冷やした」
「ですが、そのおかげで貴重な経験ができましたわ。そうずっと否定的では、ヒーローはやっていけはしませんわ!」
「くっ……百が大人に……いやヒーローになって行くぞ母さん!」
「親もいずれは子に超えられるものよ、父さん。見守りましょう」
実は、八百万の両親は、彼女がヒーローを目指すことに反対だった。いや、それはいまでも変わらない。
いまはヒーロー飽和社会で、“個性”があれば誰でもヒーローに成る時世。自分から危険な案件に関わらない限りは真っ当な職業だ。しかし、振り幅が広い職業でもある。
彼女は八百万財閥の一人娘。何も危険に自ら飛び込んでいくこともない。もっと安全な職業があるはず……。そんな不安が拭えない内にある事件が起きたのである。
──まさか、学生時分に大事な一人娘が
学校に抗議の電話をしようと思ったが、それよりも前に娘に止められた。
『私は大丈夫ですわ』
ここで悟った。何があっても、この娘はヒーローになるだろうと。
自分たちはヒーローではない。一般人だ。そんな自分たちから、どうやったらこんな勇ましい娘に育つのか。あるいは、時代がそうさせたか。
「だが、本当に危ないと思ったら、逃げなさい百」
「そうよ、他のヒーローもそうしているの。敵わないのなら、助けを呼んだっていいのよ」
「大丈夫ですわ。私には助けてくれる仲間がいますもの」
「……それはクラスメイトのことかい」
「え? はい、そうですが……」
父が身を乗り出す勢いで口を開く。
「彼とは、どういう関係なんだ」
「へ? 彼とは……」
唐突でよく分からない問いに変な声が出てしまう。
「ずっと百を見ていたが、友達が多いんだな。楽しそうなのは見ているだけで分かったよ。しかしその中で特に、彼と一緒の時が多く見受けられた」
「それは、クラス委員で一緒だから……」
「クラス委員? 障害物競走の後も、騎馬戦の後も……おまけにだ……」
母が続いて口を開いた。
「後半は客席にいることが少なくなったわ。決勝戦が始まった直後に戻って来ていたわね?」
「ぐ、偶然ですわ!」
まるで監視だが。この過保護な両親には何を言ってもどうにもならない
「ベ、別に御舟さんとは何もありません。ただのお友達です」
「やはり御舟くんと言うのか!? ん?」
頭も抱え、興奮が収まらない父。
「優勝者と同じ名前だけど……百?」
「くっ……そう、ですわ……!」
「やっぱりねぇ」
母の微笑に気圧された。語るに落ちた八百万だった。
「やっぱりボーイフレンドじゃないか!」
おもむろに父が何かのリモコンを押した。暗くなった食堂にスクリーンが現れると、雄英体育祭の最終種目映像が流れ始めた。その時点で嫌な予感がした。
客席とは別の場所で、例のクラスメイトと何かを話しながら他の選手の戦いを観戦する姿が、なぜかドアップで映し出されていた。八百万が顔を真っ赤にした。
「ななな……っこんな映像をいつ!」
「母さんと見に来ていたときにな」
「いらっしゃっていた……!? 知りませんでしたわ!」
「いやぁ、武具販売を担っている御舟家現当主のお孫さんと友達か……」
「!? なぜ……」
その言葉に、彼女は目を見開いた。高志朗が剣の達人であることは知っているし、コスチュームもお抱えの武道具店に申請した物らしいことは知っていた。その品質の良さも。
だが事業自体は世に出ることは少なく、あくまでもその界隈では有名というだけでは無かったのか。
混乱する我が娘に見かねて父が話した。
「あー、百には話してなかったな。まだ小学生だったから」
十年以上前の話になるなー、と懐かしみながら、
「昔、私は八百万家に揃えられない物は無いと豪語して恥を掻いたことがある」
「え……?」
「知っての通り、ウチは家格が家格なだけに仕事の付き合いが幅広い。
企業の重役に和モノ好きな人がいてね。特に日本刀なんだが、もちろんウチも持っていた。甲冑も揃えた立派な観賞用の武具を」
「……」
「けど、その人は一目見てそれらを一蹴した……『安物を掴まされましたね』ってね。……キツかったよ」
趣味でもない物を高値で買い揃える。売ったり、有効活用したりするのではなく、揃えることに意義を見出す家系のようだ。もはや、それこそが趣味なのかもしれない。
その姿勢に、八百万家の完璧主義が見て取れる。
「サポートアイテム会社から仕入れた一級品だったんだけどね。あっちもあっちで、使い易く見栄えする品を勧めてくれたんだろうけど……目利きの人から見たらただそれだけの代物だって話でね。意地になって見つけた老舗だけど、次にいらっしゃった時には大絶賛してくれたよ。いまは私も大ハマりしてしまってね。それ以来、日本式甲冑や日本刀は御舟のご老公に仲介してもらって仕入れてる」
「百に以前見せた日本刀、あれもその店から試用品としていただいたものだったのよ」
「あれが……」
その外見は勿論のこと、仕組みや素材まで脳内で描くことによってなされる彼女の“個性”【創造】。
以前、高志朗に【創造】で作って渡した刀のモデルが、高志朗の家から譲り受けた物だったとは、何という妙縁か。
「まさかそこのお孫さんが雄英体育祭で優勝して、百とも懇意にしているボーイフレンドだったなんて、世の中は広いようで狭いな」
「……」
爽やかに笑う父に、上品に笑う母。
しかし何とも言えない表情で固まる八百万百。自分しか知らないと思っていたクラスメイトの素性が、こんな形で家内に知れ渡っているとは思わなかった。
財閥・良家──八百万家と、武門・旧家──御舟家。人の縁とは思わぬところで繋がっているもの。小さな結び目からいままた一つ、縁が結ばれようとしていた。
二日後の登校日。──あいにくの雨。
「おはよう御舟くん!」
「ああ、おはよう飯田……合羽装備で全力疾走とは、パワフルな奴だな」
雨の中直走る飯田が、歩く高志朗に追い抜くとわざわざ減速して並んだ。
「雨の日でも走れるし便利だからな! それより、始業時間は押しているぞ、急がなくてもいいのかい!?」
「飯田、時間は間に合えば良いものだと思う」
「……そうか、遅れないようにな!」
加速して走り出そうとする飯田に、高志朗は頭を搔いて自分の巾着バッグを持ち直した。
「じゃあ俺も走ろうかな」
「いや、少し押しつけがましかった──御舟くんのペースで良いと思うぞ、ではな!!」
「? ……あ、ああ」
いつもの飯田ならばそんなことは言わない。高志朗も大概マイペースなため、慣れないことを口走ったのはお互いさまだが。
「しばらく様子見だな……」
血を分けた兄弟を
飯田が何かアクションを起こしたら協力してやれるだけのことはしよう。ヒーロー一家が泣き寝入りはまさかするまい。
無いと思ったが、仇討ちを画策していることも視野に入れなければならない。
(肝心の犯人の居所が分からんのではどうにもしようがないが)
「おはよう緑谷」
「あ、おはよう御舟くん……走って来たの?」
僅かに息切れしながら入って来た高志朗に、緑谷がそう聞いて来た。
「間に合うと思ったんだが、無理そうだったから走った」
「あはは……」
1-A教室。外の雨音も、このクラスに掛かればかき消されるようだ。
「超声掛けられたよ、来る途中!」
「私も、ジロジロ見られてなんか恥ずかしかった!」
「俺も!」
「俺はスパーキング瞬殺ボーイって小学生に言われた……」
「俺は冷えたテープだっつってめっちゃ触られた……」
「二人とも、ドンマイよ」
「「梅雨ちゃん!!」」
蛙吹から掛けられる暖かい言葉に、どっと大泣きしながら彼女の机に突っ伏す上鳴と瀬呂。
“冷えたテープ”は高志朗が出処だが公開映像には映っていないはずなので、同じような感性を持った人間が他に居たことを恨むしかない。
緑谷が後ろを向いて聞いて来る。
「ところで御舟くんは誰かに声かけられたりとか……」
「それが無いんだ。どうしよう」
そう、高志朗は雄英体育祭優勝者。しかし道中誰にも声を掛けられていないのだ。
「やっぱおめーやりすぎだったんだよ」
「黙ってね、磔のエロ葡萄くん」
「うわーん緑谷、御舟が苛める!」
騎馬戦までは良かったものの、本戦、特に後半戦ではかなり容赦なく相手を打ち据えていた。掛け声も奇声のようなものだったため、畏れられているのかもしれない。
「なぁ爆豪は声掛けられたか?」
「うるせえ話し掛けんな」
「されなかったのか、俺と同じだな」
「話を勝手に進めるんじゃねえてめぇと一緒にすんな。声掛けられまくりに決まってんだろうが」
「なんだと……凄いな」
爆豪の捨て台詞にわざとらしく驚き後ずさる高志朗。……半分本気である。
「ちっ! “凄い”? “凄い”だあ!? そりゃあれか…俺を煽ってんのかクソ侍!!」
怒号を上げて立ち上がる爆豪。
「優勝より名声が欲しいんだよ俺は」
「言いやがったな、ぶっ殺す!」
「ちょ、かっちゃんそれはまずいって!」
「デクは黙ってろ!! こいつはよりにもよって──」
「──おはよう」
相澤が教室に入って来た。場は静寂に包まれ、いつの間に立ち上がっているのは爆豪と緑谷、御舟だけだった。
「!? ぬっく……!」
「……おはよう」
「「おはようございます、相澤先生」」
「「おはようございます!」」
渋々といった風に席に着く爆豪。御舟、緑谷も頭を下げると、他のクラスメイトたちも続いてあいさつした。
「今日のヒーロー情報学、ちょっと特別だぞ」
(特別……!? ヒーロー関連の法律やらなんやらで只でさえ苦手なのに……!)
(小テストとか……? 頼むから止めてくれー!)
「“コードネーム”ヒーロー名の考案だ」
『胸膨らむ奴キター!!』
「というのも、先日話した『プロからのドラフト指名』に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み即戦力として判断される2 3年から…
つまり今回来た“指名”は将来性に対する“興味”に近い。卒業までに興味が削がれたら一方的にキャンセルなんてことはよくある」
「大人は勝手だ……!」
「ビジネスですわね……」
八百万の言葉を、相澤が拾い上げる。
「ああ、選ぶ側の当然の権利だな。振るい落とされたくなきゃ、気張れってことだ。とりあえず集計結果だ──今年の一年は、かなり特殊な結果だったからな、覚悟しろよ」
轟 4,030
爆豪 2,103
緑谷 1,402
飯田 320
八百万 313
麗日 283
上鳴 260
切島 28
瀬呂 14
御舟 9
クラス全員が、一斉に高志朗を見た。
「……笑うがいい」