第二幕 実力
茨城県、御舟邸。
「雄英……ここなら、俺の望みを成就させる前段階として申し分ない」
雄英高校。
現在偏差値79の難関校。だが、卒業すればトップヒーローはほぼ約束されている。
まさに、多くのスーパーヒーローたちの登竜門だ。
「しかしお前勉強できんじゃろ」
「…」
己の不勉強さに涙が出てくる。だが仕方がないだろう、嫌いなものは嫌いなんだよ。
おのれ……どうしてこの世には学問が存在する? そんなもの消えれば良いのに。
「高志朗よ、聞くところによると、中卒でもなんとかヒーローになれるらしいぞ。いっそのこと、その道を取っても良いのではないか?」
「……確かに早くからヒーローになれれば、叩き上げとしてやっていけるかもしれん」
「それなら話が早いわい」
そう言いながら、せっかく学校説明会で貰ってきた雄英高校のパンフレットを、傍にある囲炉裏に放り込もうとしている。出願書も入っているのだからやめられよ!
「……俺は雄英高校に入って、青春を謳歌したい」
「…」
「あー! 待ってくれ
出願書だけを抜き取り、今度は火が灯る場所で直接炙ろうとしていた。
慌てて止めるも、『冗談じゃ冗談』と言う御祖父の顔はとても冗談には見えなかった。
小中と続いた俺の学校生活は、周りの人間とは少し違った。
小学校では友達は一人もできなかった。御祖父の教えの許、剣の修練に明け暮れる日々。
休日は県外へ強化遠征だ。許可を取っているとは言え
時にはプロのヒーロー事務所の訓練に加わることも…。
中学に入ってからもその日々は変わらなかった。
ならば、高校くらいは自由を謳歌したいものだ。
そう思いながらも、俺は雄英高校の出願書に名前を書き記すのだった。
雄英高校、一般入試当日。
御舟高志朗は一人驚愕していた。それは筆記試験が全く解けなかったことでも無いし、嫌いなものは頭に入ってこない己の弱さに対してでもない。
雄英高校一般入試には筆記以外にも実技試験が存在する…するのだが。
「…弱すぎる」
仮想
攻撃方法は目から光線を放つこと以外はただの鈍間な鉄塊にすぎない。
「…試験方法変えた方が良いと思うぜ、こりゃ」
そう呟く少年の周りに仮想
実技試験が対人だった時のために木刀も持ってきていたが、試験説明の際、試験官である《プレゼント・マイク》が、持ち込みは自由であることと、演習相手が生身の人間ではなく機械であることを明言したため真剣を選択、剣帯に帯刀した。
「な、なんだこいつ…」「こんな奴の近くに居たらポイントなんて取れねえじゃねえか…」「お、俺は別のとこ行くぞ!」「ま、待ってくれ、俺も!」
離れていく他の受験生を尻目に、手に持った刀の峰で、手近にあった鉄くずに
金属同士の接触による甲高い反響音がすると、仮想
無表情で高志朗は正眼に刀を構える。
「単純でいいねぇ。…撫で斬りだ──」
第三者から見ればその動きは緩慢だったが、仮想
大振りで繰り出される機械の腕を最小限の刀の動きで去なす。
それは、刀で中心線を外し、攻撃を明後日の方向へ逸脱させるという一見簡単そうに見える芸当。
しかし、相手は身の丈は通常の人間の倍以上ある鋼鉄の体躯だ。人力では不可能。ゆえに少年から“個性”が発動されていたことは明白だった。
「これで幾つだったか…忘れた、いいやもう」
とは言え、少年の“個性”発動は先の一体が初めてだ。何もかもが鈍間なため、先手を打てば1体につき1秒で行動不能にできる。
無闇に“個性”を使って残骸があらぬ方向へ飛んで行っては危険であると判断した、最小の戦闘行動だった。
「た、救けてくれ…足が!」
「…今行く、そこ動くなよ」
振り下ろされる力も利用しつつ、仮想
他の受験生が仮想
「あ、ありがとう!」
「ああ、行け。無理そうならこいつらの居ないところにでも避難するんだな」
救けた受験生を見送る。
そろそろ場所を変えようか、そう思案していたそのときに声がかかった。
「ふーん、ただ強いだけじゃないんだなお前」
「なに…?」
声の元は、オレンジ色の髪を片方で纏めたサイドテールの少女だった。勝気そうな目元は、確かに高志朗に向いていた。
「あ、突然ごめんな。だってお前、まるで舞みたいにこいつらを倒してったからさ、目立つよそりゃ」
行動不能になった多数の仮想
「目立つためにやっているわけじゃないんだがな。それより、後ろに来ているぞ」
「おっと、ありがと──な! っと!」
少女は背後に迫り来る仮想
尋常ではない大きさの“手”だった。こうなると、殴打というよりもはや着弾。
その凄まじい正拳に成す術なく破壊される仮想
「けったいな“個性”を持っているようだな」
「けったい言うな! ちょっと気にしてるんだからな!」
「それはすまんな」
赤くなりながらも抗議する少女に高志朗は半笑いで謝った。
「ところで、俺は移動するぞ。
「へぇ、どこにするんだ? ん、でも時間的に考えると、ここで粘った方が良くないか?」
時計を見た少女がそう提案してきた。確かに、試験終了まであと5分を切ったようだった。
「なに、そうなのか。何せ時間を気にしないもんでな」
「そこは気にしろよな。まぁでも移動するか? 道中で救けが必要な他の受験者もいるかもしれないし──」
その直後だった。
地鳴り。それは明らかにいままでの仮想
地面そのものが揺れていたのだから。
「な──」
「おお」
周囲の建物を破壊しながら二人の眼前に飛び出してきたのは、超が付く程巨大な仮想
「0ポイントのギミックだ!」「こんなポイントにならない奴相手にしないで他行こうぜ!」「こんなん逃げるにきまってるだろ!」
ただし、相手にしたところでこれは無駄なのだ。皆、それを理解していたがゆえの逃走だった。
あまりにも大きすぎる。
「どうやら全員がこの場から離脱してしまったようだが……お前さんは行かんのか?」
「お、お前は逃げないのかよ!?」
すぐそこまで迫って来る巨大仮想
「倒す算段も無いならここに居ても危険だ。だから避難しなきゃ!」
「算段なら、ある」
「え…」
「一つ、協力しないか?」
「マジで言ってんのか、お前」
大マジだ、と不敵に笑う高志朗に、少女は唾を呑み込んだ。
他の者が一目散に逃げる中、ゆっくりとそれに近付いていく。
「お前さんの“個性”で俺をあそこまで飛ばせるか?」
「あそこって……?」
巨大仮想
「頭により近い所にな。加減は任せる、踏み締める大地があれば剣術はどこでも威力を発揮できる。姿勢が大事なんだ、姿勢がな」
「冗談じゃ…ないみたいだな。わ、分かったよ、お前に従う」
「…反論せんのか」
巨大化した拳を、少女は握り締めた。何のためにここに立っているのか。何のためにこの学校を希望したのか、受験したのか。少女の中で再認識したのだ。
「ヒーローなら、街中で暴れる
「……そのためには、後始末のことも考えなくてはならない。分かるか? あー…お前さん名前は」
「拳藤!
「拳藤……よろしくな」
刀を鞘に納めると、少女、拳藤の大きな掌に高志朗は飛び乗った。
「いっけぇえっぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
掛け声とともに投げ飛ばされる。狙いは中枢神経があるであろう頭部。
そのためには、巨体のどこかに一旦着地する必要がある。
「腕来てるぞ! 気を付けろ!」
「む!」
間一髪。振り下ろされた鋼鉄の腕を空中で身を逸らすことで躱す。当初の予定と違うが、そのまま腕を伝う様に着地、疾走──ついに、頭部付近に到達した。
「あいつ、やっぱすげえな…」
「これで、後はこいつの頭を潰せば終わ──」
しかし、突如起こった事態急変に目を見開いた。
頭部を攻撃しようと抜刀した高志朗が、巨大仮想
「な──クソ!」
失敗だ。そう思い、拳藤は高志朗の落下に備えて身構える。どんな“個性”を秘めているか知らないが、あの高さからの落下に対応できる“個性”ではなかった場合、大怪我に繋がるだろう。
目を凝らし、救けるべき戦友の姿を捕捉する。遠近感を把握し、確実に受け止めなければならない。
だがそのとき、拳藤にとって信じられない行動を、高志朗は取ったのである。
「ならばこれを喰らえぃ!」
抜き身の刀を──逆手に持って振り被った。まさかと思った。
ヤケになったとしか思えない。あの体勢からそんなものを投げても届くはずがない。
だがなんだ、高志朗の──あの男の表情は。まるでもう勝った気でいる眼光だった。
「己の魂を投げ放つことなどに“個性”を行使することになるとはな──気に入らん。が、これでいい!」
眼が光っていた。比喩ではない。瞳の奥が真っ赤に、しかし小さく灯っていたのだ。
それ自体が“個性”かとも拳藤は推測した。
しかし、それは違った。
「キェェェェァァァァっ!」
裂帛の気合いとともに投げ放たれた刀は、直線を描きながら顔面に直撃、ひびを入れながら突き刺さったのだ。
「やった……やったすげぇ!」
「まだだ! 着地、拳藤頼む!」
「応!」
すでに先ほどから備えていた拳藤は、落ちてきた高志朗を再度、自らの大きな手の上に仰け反るようにして受け止めた。そしてその勢いのまま、思い切り高志朗を投げ飛ばす。
「こ……今度は、さっきみたく中途半端なところには投げてないからな──頼んだぞ」
巨大仮想
鍔に親指をかけ、再びあの赤い眼光を現出させた。
「──奥義“斬鉄 ”」
腕が痙攣する。いやそれよりも激しく。高志朗の腕から先が小刻みに震動していた。
するとどうだろう、突き刺さった刀が、鋼鉄の装甲を少しずつ斬り進んでいくではないか。
大きな音を立てながら、堪らず巨大仮想
「──大人しく、斬られてくれや」
侵食の速度が速くなって行き、終いには巨大仮想
制御を失い、行動不能になったと判断するや振り返り指を差す。
「俺は心配するな、拳藤! 後始末だ! 周りの建物や人に被害を出さないで欲しい!」
「私一人でか!? 限度があるぞ!」
「大丈夫だ、一人じゃない」
「え…」
後ろを見ると、拳藤は目を見開いた。すっかり人気が無くなって、自分たち二人だけだと思ったが。
「落ちてくるぞ!」「これくらいはやらねぇと、ヒーローらしくねぇよな!」「増強型はあのデカブツを受け止める準備をしろ!」「死ねぇ!」
先ほど、巨大仮想
その光景を見て、その場に胡坐で座り込んだ高志朗に拳藤が駆け寄ってきた。
「お前まさか、これを読んでたのか……?」
「んな訳ない。こいつら全員、自分の意志で引き返してきたんだよ。俺も、来るとは思わなかったぜ」
「…お前って、いつも行き当たりばったりな人間だって言われないか?」
「よく分かったな」
「呆れた……」
でも、と拳藤は笑った。
「この状況を作ったのはお前だよ、ありがとな。あ、そういや名前……」
「言ってなかったな。俺は御舟高志朗だ」
だが、高志朗はすでに諦めていた。如何に実技で点が採れようと、筆記が芳しくなければ落とされる。
自分は勉強が嫌いだ。だが、嫌いだからと言ってやらなくていい理由には当然ならない。
「俺の名前はやっぱり忘れてくれ。ああ、そうだよ、名乗る気は無かったからさっき言わなかったんだぜ」
「え、なんで…」
「俺はおそらく筆記で落ちてる」
「え゛」
拳藤は目元を引く攣かせた。だが対照的に高志朗は笑った。
「ハッハハ! まぁそういうことだ。じゃあな、いいヒーローになれよ」
(すまない御祖父。これで道場存続は俺の代で終わりを迎えることになる)
「御舟……」
(だけど、最後にいいものを斬らせてもらった)
「実技試験、総合成績出ました!」
一般入試がつつがなく終わった後、雄英高校の教師が挙って集まり入試結果を鑑みて合格者の決定の議論を行っていた。
倍率300倍偏差値79。この狭き門を潜り抜ける一般受験者36名は誰になるのか。
「
「ウチへの進学率では毎年トップクラスの植蘭中学校出身だけあって、筆記試験も高得点だ」
拳藤一佳の評価は概ね高いようだ。確かに、名門出身というバイアスを差し引いても、実技での周りとのコミュニケーションや、仮想
「おい、スゲーの居るぞイレイザー!」
YEAH! と流暢そうな英語を話す一人の教師が、隣の人物に書類を回した。
「試験番号5640番、御舟高志朗。彼の“個性”は増強型かな、凄まじいスピードでポイントを稼いでいたね」
「おまけに、仮想
「しかし妙だな、単なる増強型ならわざわざ真剣を持ち込まないでも対応できたでしょうに」
「ポイントは……はっ!?
この場に居る教師たちは、二人を除いて驚愕の声を上げていた。
「これはもう主席ではないか…?」
「そのことについて、私から話があるんだ」
「校長……?」
一際小さい、鼠のような、いや、鼠がスーツを着た雄英高校校長が発言した。
「実は彼、筆記めっちゃ落としてるんだよね」
『なにぃぃぃぃぃっ!?』
「嘘だろリスナー! ここまでやっといてそりゃないぜ!」
「しかし異質すぎる。筆記と実技の成績が逆だったならまだ典型的な不合格者だったが、むむ…」
頭を悩ませる教師陣。高志朗の予想は見事に当たっていたらしい。まったく不名誉だが。
「これはもう他のヒーロー科に行ってもらうしか……」
「いや、その判断は尚早ではないですか?」
「い、イレイザー? お前が発言なんて珍しいな」
イレイザーヘッド。高志朗が以前出会ったプロヒーローである。
「確かに、こいつが筆記を落とした原因はこいつ自身の弱さにある。ですが、見てください」
実技試験の録画映像を巻き戻し、とある場面に切り替わる。
『「俺は心配するな、拳藤! 後始末だ! 周りの建物や人に被害を出さないで欲しい!」
「私一人でか!? 限度があるぞ!」
「大丈夫だ、一人じゃない」
「え…」』
巨大な仮想
「これは…」
「0Pの仮想
「いやでもこれは、それだけ個々の正義感が強かったからじゃ……」
「いえ、これはこいつらがこの0Pという無駄な仮想
珍しく長く話したイレイザーヘッドが目を瞑り、再び口を開く。
「俺はこいつの戦闘能力にはそれほど興味ありません。しかし、この状況形成能力は目を見張るものがあった」
「一種のカリスマか……?」
「笑顔や言葉では無く、武力を見せつけることによって不特定多数の人間を集結させる……まるで……」
「まるで──武将」
考え込む教師陣。そこに、校長が手を叩く。
「まぁ、彼のことでここまでの議論がなされるのは予想済みさ。何せ私はハイスペックだからね!」
「茶化さないでくださいよ、結局問題は解決していないでしょう」
合格か、不合格か。
「彼は、あの水戸練兵舘中学の出身さ」
「れ、練兵舘!? あの、“無個性”などの子供を優先的に受け入れている?」
「あの学校はかなり特殊さ。あそこの校風は知っての通り、ウチと同じ『自由』。
プロヒーローや、高校のヒーロー科との訓練も無数にこなしている」
すると一人の教師が、その言葉に疑問を呈した。
「しかし、その校風はもう一昔前のこと。いまは、自信を喪失している生徒がほとんどで、
「御舟くん一人を除いてね。彼だけはその制度を最大限利用し、自分を磨き続けていたのさ」
「…この強力な“個性”でなぜわざわざそんな中学校に入学したのかは不明だが、稀有な人間であることは確かだな、ケケ」
「校長、回りくどいことは辞めましょう」
「…そうだね」
イレイザーヘッドに促され、校長は手を後ろで組んで言った。
「今年は豊作だった。だから、一般試験の合格者をもう一枠設けようと思う。もちろん、私の権限でね」
「相澤くんが誰かを推挙するなんて、意外ね」
「筆記があの成績じゃ、おそらく士傑を受けても落ちるでしょう。下手をすれば中堅クラスも」
「そうね、あれじゃ」
「学の無い人間がヒーローになっても必ずどこかで躓いてしまう、学力は必要なものです」
だから、と。
「俺は思ったことを言っただけです。あいつを掬い上げるために発言したわけではありません」
「またまたぁ」
茶化すようににやにやと微笑むミッドナイトに、相澤は溜息を吐いた。
「…
その道のプロが何もせずに素人に助けられるなんて、今後は無くしていきたいですね」
「ヒーローにも適材適所あると思うけど、まぁ概ね同感よ相澤くん」
あわや
「あいつは俺が責任持って勉強させるとして……ミッドナイトさん、通知お願いしますよ。あなたが希望したんですからね」
学生が勉強から解放されることは決してない。少なくとも、御舟高志朗という生徒は……。
“個性”【剣気】
ある条件を満たすことで行使可能となる特殊な“個性”。
OFAと同様、器となる肉体も必要。しかし精神面で限定的な“個性”でもあり、体を鍛えるだけでは扱えない。
御舟家内では、剣士剣客のための“個性”と云われてきた。
補足:発動する際、目の奥が赤く光る傾向がある。ランセルノプト放射光を想像頂ければ幸いです。
誤字脱字あったらすみません。支離滅裂なところもあるかもしれない……