雄英剣風帖   作:剣鋭

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正直、投稿し始めはこんな地味な“個性”で見る人いないだろとは思っていました。


第七幕 敗北の味

 前方にある広場に突如として黒い靄が湧き出し、そして埋め尽くしていく。

 

 そこから間を置かず、一人二人と……剣呑で荒々しい雰囲気をまとう者達が続々と靄の中から姿を現した。

 一桁はあっという間に二桁へ、そして、A組の人数も軽く超えるも止まらない。瞬く間に、誰もいなかったはずの広場は埋め尽くされてしまった。

 

 大人数を吐き出した黒い靄は範囲を狭めていき──最後に二人、一団の中央最後尾に現して、完全に消えた。その数、およそ100人前後。

 

 距離はある。視線など感じるはずもないのに。誰かの背筋が、怖気に震えた。そして、その怖気は、授業の一環だと楽観視していた大半の者たちにも伝播していった。

 

「なんだ……あれ」

「頭が、剥き出しになって……あれって、ホントに……人なの?」

 

 徐々に鮮明になっていく、危機の感覚。

 

「13号にイレイザーヘッドですか……先日頂いた教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが…」

 

 不気味にうねる黒い靄、そして、『手』を幾つも頭に取り付けた禍々しい白髪の(ヴィラン)の出現に、高志朗が相澤に近寄った。

 

「なんだ御舟。お前らは動くんじゃない」

「すみません、しかし…あの二人です。“個性”不明の、触れてはならない『手』を持つ白髪の男と、ワープの男、用心してください」

「……分かった、退がっていろ」

 

 相澤は、一人で戦う腹積もりでいる。高志朗はそれを察するも、力になれない己を恥じる。信じるしか道は無し。──自分はまだ、プロではないと実感した。

 

「一人で戦うんですか、無茶です! イレイザーヘッドの戦闘スタイルは、相手の“個性”を消してからの捕縛、正面戦闘は……!」

「一芸だけではヒーローは務まらない。単独でも切り抜ける力と気概を持ってこその──ヒーローだ、緑谷!」

 

 装着していた黄色いゴーグルを目元まで下げる。

 教師から、ヒーローへ。相澤消太から“抹消ヒーロー”《イレイザー・ヘッド》へと意識を切り替えた。自らの首に幾重も巻かれた特別製サポート武器・『捕縛布』を展開し、指に挟む。

 

「13号避難開始! 学校に電話試せ。センサーが反応しないところを見ると、対策されている可能性が高い。

 上鳴、お前も“個性”で連絡試せ!」

「っス!」

 

 そう言い残すと、地面を蹴って長い階段を滑空するように下っていく。

 凄まじいスピードで接近してきたイレイザーヘッドに一瞬気圧された(ヴィラン)たちだったが、多勢に無勢、一人より十人。数的に勝っていることが彼らの戦闘意欲を掻き立て──“個性”を構えた。

 

「あれ? で、出ねえ──ぐぇ!」

「動かな──うぐっ」

 

 しかし、お前たちは知っているか。相澤消太の“個性”を。

 彼が《イレイザー・ヘッド》と呼ばれる所以を。

 

「“個性”が消えた!?」

「くそ……気付かなかった、思い出したぞ!」

 

 一人の(ヴィラン)が苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「見ただけで“個性”を消す、“抹消ヒーロー”《イレイザー・ヘッド》だ! てめぇら()られるんじゃねえ!」

「ご、ゴーグルで、誰が()られているかなんて全然分からぶぎゃぁっ!」

「──“個性”を消すぅ?」

 

 巌のような風体の(ヴィラン)が突っ込んでくる。

 

「俺みたいな異形型も消してくれるのかぁ?」

 

 そう、彼らは異形型“個性”。外見的な特徴に色濃く滲み出るため、他の発動型、変形型とは違い、“個性”不明の利点を初めから失っている者たちだ。しかしそれは逆に、常に“個性”が使われているのと同義。

 その人間離れした風貌は、相手に得も言えぬ威圧感を与えることができるとされてきた。

 

「いや、無理だ」

「ぷげっ!?」

 

 イレイザーヘッドの【抹消】では、それはできない。しかし──

 

「こいつ……身のこなしがっ」

「近接戦闘が得意なようだが……消せずともやりようは幾らでもある」

 

 これは“個性(りくつ)”ではない。純粋に、イレイザーヘッドの身体能力が高いのだ。

 プロのヒーローと、破落戸(ごろつき)レベルの(ヴィラン)の違い。それを見せつけ、次々と侵入者たちを薙ぎ払っていく。

 

「……黒霧」

「では死柄木弔、行って参ります」

 

 さも、それが想定通りかと言うように、本丸が動いた。

 

 狙いは正面のイレイザーヘッド……ではなく、

 

「応援は呼ばせませんよ」

「しまった13号っ!」

 

 “スペースヒーロー”《13号》の指示のもと、施設の外へ避難するために移動していた者たち──1-A組の面々だ。イレイザーヘッドは、己が不用心に忸怩するも、目の前の(ヴィラン)たちに接敵していく。

 

「わあっ! 何なんだよー!」

 

 生徒の誰かの泣きが入ると、黒い靄の(ヴィラン)──黒霧は、夜の闇を引き裂いたような目を妖しく細めた。

 

「初めまして、我々は『(ヴィラン)連合』。残念ながら詳しい目的はお教えできません、ご容赦を。では──お覚──…」

 

 硬く尖った赤い髪と爆発した金髪が先制攻撃を叩き込んだ。刃のように固まった手刀と爆炎。爆豪勝己ともう一人。

 

「その前に、俺らにやられるとは思わなかったのか!」

 

 そう勇み叫ぶのは切島鋭児郎(きりしまえいじろう)。“個性”は【硬化】。自身の肉体硬度を高めることができる。刃物、銃弾など、物理的な攻撃に対して高い耐性を持つ。

 

『駄目だ! どきなさい二人とも!』

 

 しかし、爆発が晴れたと同時に黒い靄が広がり、二人を包み込んだ。

 爆豪が靄内で爆破をぶっ放し、切島が鉄のごとき拳を振り回す。まさに、暗中模索。

 

(ヴィラン)と見れば即攻撃……なるほど──」

「なんだ!? 靄が、くそ──」

「っ!」

 

 爆破を撃っても、鉄拳を振り回しても空を…いや、靄を切るばかりである。

 もはや猶予ならぬ。13号は意を決し、靄に呑み込まれた二人を救おうと素早く指先を向けた。

 

『やむを得ません! 『ブラックホール』っ!』

 

 “スペースヒーロー”《13号》。“個性”【ブラックホール】指先から如何なる物をも吸い込み、分子レベルで崩壊させてしまう。そう、分子レベルに。

 

 掃除機は自らのホースの口より大きい物は吸い込めず、対象に吸い付くようにその吸引を止めてしまう。しかし、13号の“個性”はまるで違う。

 その宇宙服のようなコスチュームの指先から発するのは、ブラックホール。果てしない闇の引力だ。どんなに硬く、大きい物でもまるで埃を吸い取るように分解し、引きずり込む。

 

「ほう……ブラックホール。素晴らしい“個性”です。しかしその程度では私を吸い切るには足りません。生徒が気になりますか──全く甘い!」

 

 13号に自身の靄を吸われつつも、その流暢な台詞回しは崩れない。射線上に居る爆豪、切島の二人を吸ってしまわないように吸引力を加減しているのが誰の目にも分かってしまう。

 やがて二人は、完全に呑み込まれてしまった。

 

「かっちゃん! 切島くんー!」

「物のついでです、私の役目を果たすとしましょう」

 

 黒霧の目が嗤うように細められると同時、クラス全員を軽く覆ってしまう範囲にまで靄が押し並べられる。

 ──高志朗の目の前に、靄の亀裂が忍び寄った。

 

「散らして、嬲り殺す──」

 

 亀裂は、黒霧の『眼』だった。

 眼は、ずっとこちらを見ていた。

 

「あなたの行き先は、すでに決まっている…! 我々、いや──死柄木弔を怒らせたこと、存分に後悔するとよろしい」

「……やってくれたな」

 

 数名は吐き出され、残りは靄に吸い込まれ消えていく。高志朗も例に漏れず──編笠の中で唸るように歯ぎしりをしながら消えていった。

 

 


 

 

 人命救助(レスキュー)訓練施設。ウソ(U)災害(S)事故ルーム(J)──通称USJ。

 

 (ヴィラン)・黒霧の“個性”【ワープ】により散り散りになった1-A組は、六つに分かれた災害地帯に放り出されていた。

 倒壊、土砂、山岳、火災、水難、暴風・大雨。

 

 その中の一つ、山岳ゾーンでは、三人の生徒が大勢の(ヴィラン)に対し孤軍奮闘していた。

 

「フルカウル──5%!」

 

 突っ込んできた(ヴィラン)を、緑谷が跳躍で躱すと、“個性”で創り出した樫木製の六角棒で八百万が突き崩した。

 棒術、薙刀術など、主に長柄の武器の扱いに長けていた彼女は同じく山岳地帯(ここ)に飛ばされてきた耳郎よりも前線で、緑谷とともに立ち回っていた。

 

「ごめん、八百万さん!」

「構いませんわ、数が多すぎますもの」

 

 ざっと十数人。先ほどから緑谷が多数の(ヴィラン)を引き付け、八百万、耳郎の二人が“個性”を発揮しやすいよう動いているが、如何せん数が多い。

 それゆえ、緑谷が討ち洩らした(ヴィラン)は、八百万が棒技で撃退している戦況であった。

 

「緑谷、ウチがそっち側の(ヴィラン)動けなくするから、任せた!」

 

 耳郎響香“個性”【イヤホンジャック】プラグを挿すことで自身の心音を流し込む。心音自体はボリューム操作が可能。爆音は勿論のこと、微細な音をキャッチできるため、索敵能力が高い。

 

 彼女の(ジャック)が伸び、足首に取り付けた指向性スピーカーに刺さる。すると、鳴り響く音の鉄槌が三人の(ヴィラン)の鼓膜を揺るがした。

 

「耳がががぁぁあっ!」

「くそ…頭がっ──ぐあぁっ!」

 

 音撃から鼓膜を守るために無防備になった(ヴィラン)に緑谷が拳を叩き込む。その一撃は、破落戸レベルの(ヴィラン)の意識を飛ばすには十分すぎた。

 紫電を体に纏わせた少年──緑谷出久は、(ヴィラン)の目にもとまらぬスピードで接近し、拳で吹き飛ばしていく。

 

 この動きで、5%である。

 どれほど強力な“個性”を授かったか、緑谷出久は再認識した。

 

 しかし、未だ改善点は多い。膂力が多少上がったは良いが、その調整に神経を集中していること。そのため、攻めに出る際にワンテンポ遅れてしまうこと。

 

 遅れた隙間を、八百万や耳郎がカバーしてくれているため、彼女たちのおかげで緑谷は自由に動ける。

 

「こいつら、ホントにガキか!? 強すぎんだろ!」

 

 瞬く間に何人もの(ヴィラン)を撃退した緑谷。当然、殺めてはいない。

 腹を殴られた者は苦しそうに蹲り、運悪く顔面を潰された者も気を失うまでに留まっている。

 

「緑谷アンタ、強いじゃん」

「じじじ、耳郎さん!? ぼ、僕なんてまだまだだよ…」

「お二人とも、事後処理も大切でしてよ。勝利を喜ぶのも良いですが、この者たちをっ、縛るのをっ、手伝ってくださいませんか?」

 

 【創造】したロープで(ヴィラン)たちを縛っている八百万がいた。それは宛ら、紙ゴミを纏めるかのように足で押さえて強く縛り上げている。

 

「いいねヤオモモ、ウチもやらして」

「あの、八百万さん、耳郎さん。捕縛後の(ヴィラン)に手荒なことは、ヒーローとして……」

「なに緑谷、何か文句ある……?」

「緑谷さんも手伝ってくださいな、強めにっ」

 

 般若を宿す彼女たちに、ア、ハイワカリマシタ、と緑谷は反論一つせずにロープを手に取るのだった。

 

 ぼごっ…──地中から、腕が生えるように出てきたことも知らずに。

 

 


 

 

 USJセントラル広場。

 

「お前は平和の象徴(オールマイト)の次に殺すって決めてたんだ。でも最優先が居ないなら当然さぁ──」

 

 相澤の目の前で、悪夢のような光景が展開されていた。否、夢でない分、質が悪い。

 

「御舟ぇっ!! クソっ邪魔だお前らぁぁっ!」

 

 殴りかかって来る(ヴィラン)を捕縛布で縛ると、乱暴に地面に叩きつけた。

 いまの相澤にはもはや、体力の温存など考えていられなかった。憎悪と焦燥によってアドレナリンが流れ出し、(ヴィラン)を千切っては投げ、千切っては投げ飛ばす。

 

 

 突如、セントラル広場に(ヴィラン)・黒霧のワープゲートの象徴とも言うべき靄が出現。何かを吐き出すと、すぐに消えていった。

 靄が吐き出していったのは、浪人風の編笠を被った生徒──御舟高志朗だった。

 だが、だからどうしたと思うだろう。

 

 彼の力量ならば、その辺に居る有象無象の(ヴィラン)など瞬く間に薙ぎ倒していくだろう。事実、転移直後の高志朗は、襲ってくる(ヴィラン)を何の躊躇いも無く撫で斬りにしていったし、それは相澤にとっても、甚だ不本意ではあったが背中を任せるに足る頼もしい助っ人だったのだ。

 

 ()が出てくるまでは──

 

「あの時はよくも俺の手を斬ってくれたよなぁ。痛かったんだぜ?」

 

 愉快そうに首を仰け反らして嗤う(ヴィラン)──死柄木弔。問題はその隣にいる漆黒の大男だった。

 

「ぁ……ぐぶっ…なるほど、これがっ──ごふっ。……お前さんが、自信…満々で、雄英(ここ)を奇襲してきた理由かよっ…!」

 

 頭蓋の無い人間、いや、人間と評して良いのかも分からないその風体。漆黒の大男には、頭蓋が無く、中身の脳みそが剥き出しの状態だった。

 その不気味さ、威圧感は、先に高志朗が斬り捨てた(ヴィラン)たちと比較すること自体が烏滸がましく感じる程、強力なものであった。

 

「強いだろ? 『脳無』って言うんだぜ──すげぇだろぉ? ハハハ、アッハハハハ良い様だぜ、クソガキぃっ」

 

 脳無に頭を抑え付けられ動けない高志朗を、見下しながらしゃがみ込んだ死柄木弔が狂った嗤いを撒き散らす。愉快そうに高志朗の頭を蹴る、蹴る。そして踏みつける。

 

「さて、どうしよっかなぁ。イレイザーヘッドは雑魚の相手で忙しいみたいだし、もう殺しちゃおっかなぁ」

「…!」

 

 高志朗は目を見開いた。脅しにではない──這いつくばる目線の先に、彼らが居たのだ。

 蛙吹梅雨、上鳴電気、峰田実。三人の生徒が、おそらくは水難ゾーンの(ヴィラン)を攻略してきたのだろう、境目で隠れながらこちらをじっと見つめているのを、見た。

 

 三人とも、声を出さないようにじっと耐えている。それでいい、それでいいんだと、高志朗は痛みに耐えながら三人の行動を称えた。

 

「死柄木弔……」

「戻ったか、黒霧。首尾は?」

 

 死柄木の隣に黒い靄が出現した。(ヴィラン)・黒霧である。

 彼は黒霧自身の任務達成の成否を聞いた。

 

「……」

「おい、黙ってちゃ分からな──」

「一人、抜かれました」

 

 言葉に、先ほどまでケラケラ嗤っていた死柄木の動きが止まり、自身の首に両手がかかる。

 

「申し訳ございません、死柄木弔」

 

 首にかけた両手が動き、強めに掻きむしり始める。皮膚は赤く裂け、瘡蓋になりつつあった掻き傷もお構いなしに掻きむしる。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ……! 黒霧ぃ、お前がワープゲートじゃなかったら、今頃粉々にしてるぞ……!」

 

 まるで、子供の癇癪。思い通りにならないことが少しでもあると苛立ちを隠しもしない。

 しかし、なまじそれが簡単にできるのだからなお手に負えない。

 

「あーあ、今回はゲームオーバーだ。さすがにヒーローどもの増援が来たらメンドクサイ──そいつ殺して、帰ろ黒霧」

 

 目が、高志朗に向く。痛めつけるのを止め、当初の予定通りに殺すことにしたようだ。

 平和の象徴(オールマイト)が居ないのなら──生徒を殺せば良いと。

 

「俺の憂さも晴れるし、平和の象徴の矜持も崩せる──一石二鳥じゃん、なぁ黒霧」

「はっ…」

「じゃあ、最後は痛くないように殺してやるよ──御舟、高志朗──」

 

 魔手が伸びてくる。高志朗は一度も死柄木の“個性”を目の当たりにしたことも無いのに嫌でも感じる──明確な死の感覚。

 

「……む?」

 

 ──黒霧が怪訝の声を小さく上げた。

 見ると、水難ゾーンの境目から水しぶきが上がっている。そして──こちらに向かってくる者たちが居た。

 

「──御舟ちゃん!」

「御舟!」

「御舟ぇ!」

 

 高志朗は歯を食いしばる。なぜ来た。蛙吹、峰田、そして上鳴。上鳴はなぜか顔がいつも以上に緩んでいる。峰田に至っては涙と鼻水同時に垂らして──。

 

「まぁ、金の卵ならそうだよなぁっ!? 知ってたよ、ガキどもぉ!」

 

 死柄木の手は、高志朗から瞬時に反転した。狙いを変えたのだ──救けに来た三人の内の誰かに。

 

 【剣気】が発動され、見開かれた眼が赤く光る。首から上にその力を纏い、瞬間的に地面を頭で抉った。

 脳無に抑え付けられていた頭がほんの一瞬だけ緩み、その僅かな間隙からひり出すように無理矢理抜けて立ち上がる。頭が潰れる感覚を一瞬だけ覚えたが気にしない。

 

 抜刀し──斬りかかっていた。高志朗はもはや死に体も同然だったが、ここで動かなくてはいつ動く、と己が肉体に鞭を打つ。

 その姿は、戦に敗北し討ち死に覚悟で敵に吶喊する、まるで死兵のようであった。

 

 ──裂帛の気合を張り上げる。

 

「キェぁぁぁぁぁぁっ!!」

「なにっ──脳──」

「──遅いっ!」

 

 驚愕する死柄木の振り返りざまに、影が折り重なるまで踏み込んだ。

 

 身を引こうとする死柄木の片足を即座に踏み潰し、杭を打ったように動けなくする。

 すかさず、逆袈裟(ぎゃくげさ)に刀を振り、天空に切っ先をぶち上げた。同時に、片手が──宙を舞う。

 

「う、うぉぉぉぉぉぉっ! クソガキぃぃぃっ!」

「お前さんの……自慢の脳無とやら……はぁ……はっ──お前さんが離れた途端、力が緩んだぞ。それだけじゃないな……」

 

 鍔を鳴らし、耳のすぐ横に刀を立てるように添えた──八相の構えである。

 刀をただ手に持つ上で必要以上の余計な力をなるべく消耗しないように工夫されている構え。積極的攻撃には向かないとされているが、こと、袈裟斬りや、最速をもって相手を切り崩す構えとしては一級品であった。

 

 十分に距離を取ると、落ちた自身の手を押さえてガチガチと体を震わす(ヴィラン)・死柄木弔に切っ先を向けた。

 

「命令か? お前さんの命令で動いているのか、そうだろう? そうなんだろう!」

「うぅぅぅっこのっ!」

「死柄木弔! ──うっ死柄木あなた、手が──!」

 

 死柄木を護るように現れた黒霧が、彼の斬り落とされた手を見て絶句した。

 頭に付けていた無数の『手』が落ちたわけではない。完全に、手首から先を斬り落とされていた。夥しい量の血液が傷口から流れ出す。

 

「あぁぁぁぁぁっ! 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せぇぇぇぇぇぇっ! 脳無ぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

「いけません、死柄木弔!! この出血は、すぐに止めねばあなたの身が危ない!」

「うるっせぇぇぇぇ! 黒霧っ離せクソ! 脳無に確実にあいつを仕留めさせる! オールマイトとか平和の象徴とかいまはそんなのどうでもいい! あいつを殺せ脳無!」

 

 すでに死柄木の頭の中には撤退の文字は無かった。

 それはすなわち、黒霧が出入口で一人逃がしたことで応援を呼ばれるのは確実であること。そしてオールマイトだけではなく、相手をしなくてもいい雄英のプロヒーローたちを相手取らなくてはならないことも、頭からすっかりと抜け落ちていた。

 

 すべては、斬り落とされた片手の仇を殺したいがために──

 

「……覚えましたよその名前。──御舟高志朗」

 

 駄々を捏ねる子供のような死柄木を、宥めるようにその黒い靄で包み込む。

 高志朗に対し呪言のように殺意を垂れ流す死柄木と、先日とは全く異なる、明確な敵意を持った黒霧の二人は、脳無を置いてUSJから姿を消した。

 

 


 

 

 ──運動神経で剣を振るうな。

 ──個性(ちから)に頼った動きをするな。

 ──威圧などせず、気迫で剣を振るい、心で相手を見ろ。

 

 

 ────さすれば、お前の“個性”は応えてくれるじゃろう。

 

 これは、“個性”【剣気】発現直後に祖父・陣七に口酸っぱく言われてきた言葉。超人社会で生きていくためには、超人にならねばならない。それを全否定するかのような“個性”。納得がいかなかった。

 “個性”を使いこなすために“個性”に頼るな? 訳が分からなすぎる。禅問答でもしているのかと思った。いまでもそう、高志朗は思っている。

 

 

 殺害命令を下された脳無は、しかし動かなかった。

 

「司令塔が一定範囲を離れたからか……? しかし油断できんな──念のため、首を落とした方が良いかもしれん」

「止めとけ。お前が(ヴィラン)になってどうする、御舟」

 

 相澤が、高志朗の刀を持つ手を掴み止めた。セントラル広場にいた(ヴィラン)はすべての片が付いたようだ。

 生徒を傷つけられた相澤が一騎当千の働きをしたためか、死屍累々の様相を呈していた。

 

「御舟、お前頭は大丈夫なのか?」

「えっ……そんな酷い先生。いくら俺が低学力の馬鹿でもその言い草……」

 

 ショックを受けている高志朗に、相澤は舌打ちをして言った。

 

「そうだ、馬鹿野郎だお前は……だが、無事で良かった」

「……頭はちょっとガンガンするくらい痛いですかね」

 

 その言葉に、目を見開く相澤。

 あれ程地面に顔面を打ち付けられ、死柄木に何度も足蹴にされていた。無傷である方がおかしいというものだ。

 

「……それを早く言え馬鹿。俺はこの(ヴィラン)を縛ったらすぐに他の災害地帯に行って()ばされた生徒を救出してくる。出入口に行って待ってろ」

 

 言うや否や、いつの間に簀巻きにされていた(ヴィラン)──脳無は、やはり何の反応も無く横たわるだけであった。

 走り去っていく相澤を見送ると、高志朗は脳無を見下ろす。

 

「……俺は、こいつに敗けた。それだけは受け止めなくてはならないな」

 

 己の“個性”の絡繰り、未だに晴れることはない。“個性”に頼らない“個性”。やはり意味が分からない。

 中一に上がる直前の誕生日にこの“個性”が発現した時、すでに悟った気になっていた。だがそれは間違いだった。

 

 発現してからが、彼の精神修行の始まりだったのだ。

 

 “個性”は便利だ。しかしそれは、剣を振るう上では必要のないことだとでも言うつもりか。

 

「うぉぉぁぁあっ! ちくしょう敗けたぁぁぁぁぁぁハハハハハハいたっ! 頭痛が痛い。いや頭が痛いっ!」

 

 死柄木の命令でしか動かないのが不幸中の大幸福だった。もしもそうでなければと思うと、考えただけで身の毛がよだつ。

 だがなんだ、敗けたのに、この清々しい気分は。

 

 腹の底から大笑(たいしょう)したい、事実大笑いしている自分がここにいる。

 

「はっはは、あー……腹減った。海鮮丼食べたい」

「余裕かよおめー!」

 

 自分の腕が上がり、肩が何かに乗って歩くのが楽になる。横を向くと、上鳴が肩を貸してくれていた。

 

「御舟ちゃん。大丈夫、すぐに私たちが出口まで送ってあげるから、ケロっ」

「御舟ぇぇ、オイラ、お前が死んじまうかと……」

 

 もう片方の肩に手を貸してくれたのは、蛙の風貌をした少女──蛙吹梅雨だった。峰田は身長の関係上、高志朗の足に引っ付いて彼の無事を喜んでいた。

 

「峰田よ、歩きづらいぞ」

「わりぃ…」

「だが、ふっ……ありがとうよ……」

 

 目を瞑って、微笑んだ。

 

「私のことは、梅雨ちゃんと呼んでね、御舟ちゃん」

「え、あす──」

「梅雨ちゃん、ね?」

「……善処しよう」

 

 


 

 

「俺の生徒に、何してんだお前……」

「ああ……? 誰だてめぇ」

 

 山岳ゾーン。緑谷、耳郎、八百万の三人が跳ばされた災害地帯で、相澤は静かな憤怒を宿していた。

 

「相澤先生! 駄目です、そいつはいま耳郎さんを人質に──」

「そうだぜ。誰だか知らねえが動くんじゃ──あれ、“個性”出ねえ? あれ、ぶげ、てめいきなり殴るな、ひ……うぎゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 髪を逆立たせ【抹消】を発動していた。おそらくは電気系統の“個性”を持った(ヴィラン)の攻撃手段を完全に失くした上で、戸惑う(ヴィラン)の顔面に正拳をお見舞いしていた。

 またしても汚らしく吹き飛ぶ(ヴィラン)に、救けられた耳郎、そして他二人は苦笑いを浮かべていた。

 

「そういえば、相澤先生は“個性”を消せるんだった……」

「強い、よね、やっぱ。ウチらの担任」

「救かりましたわ、相澤先生」

 

 電気の(ヴィラン)を捕縛布で簀巻きにすると、相澤の携帯が鳴り響いた。

 どうやら、電波妨害をしていたのは、この(ヴィラン)で間違いが無いようだった。

 

 「手の空いている他の教員を、校長が率いて来るそうだ。あと──」

 

 


 

 

もう大丈夫、なぜかって? 私が、来た!

 

「オールマイトだ! 来てくれたんだ!」

 

「こ、これで救かる……」

 

「むむ! 人数が少ないようだが、他の皆は? 相澤くんは?」

 

『オール……マイト』

 

「13号くん! 大丈夫、ではないようだな……よし、私がすぐに病院に送ろう!」

 

『僕のことは大丈夫です。それよりも、散り散りになった他の生徒を、お願いします』

 

 『USJ襲撃事件』

 電波妨害、戦力分散。平和の象徴であるオールマイトを狙った用意周到な奇襲を受けた雄英高等学校。

 

 しかし、(ヴィラン)たちは標的と対敵することもなく、主犯・死柄木弔の片手欠損という負傷を機に、黒霧と逃走していったのだった。




USJの相澤先生を救けたい人生だった。13号先生は本当にごめんなさい。

正直、脳無強すぎるんでかなり扱いに困りました。主人公に倒させることも頭にあったのですが、それじゃあ腹ぶち破られてるオールマイトレベルやんけってことになってしまうので。

正直、かなり難産でした。最強じゃなくてごめんね。

上鳴と緑谷を交換しました。緑谷は原作よりも成長スピードが一段階早いため、ワン・フォー・オールのフルカウル5%を危なげなくも扱えます。

上鳴は水難ゾーンに飛ばしました。飛び込め(鬼畜)

爆豪、切島、轟? 思いの他敵の撤収が早かったので間に合いませんでした。ファンの方、申し訳ございませんでした。
登場人物が多すぎるんだよ!

主人公周りのプロフィールなどは必要ですか?

  • 次話と合わせて二話分投稿するなら良し。
  • 次話でいいから載せてくれ。
  • そんな物より本編書いてくれ。
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