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フラグという物は時折に当たるものだ。
予約なんか当分ないだろうと言ったのに、翌日には予約が舞い込んだ。
もっとも二人で楽しく飲むから、問題なさそうな肴を用意してくれと言われただけだが。
「……外国の方ですか? 英語なんかできませんよ? もちろん他の言葉も」
「そこまで期待してはしないわよ。先方は日本語できるから問題ないわ」
新しい常連である女性客が予約の打ち合わせに来た。
予定している日は開店しているのかという確認と、メニューを調整して欲しいというものだ。
「なら構いませんがね。希望というか……むしろ使ったらダメな物は?」
「宗教での問題とかアレルギーとかは特にないはずよ。あえていうなら、日本食初心者だけど興味津々というくらい」
厳しい注文ではないが難しい内容だ。
変な物を出して日本を嫌われるのも困るが、下手に遠慮してチキンと思われるのも期待外れだろう。
「では大皿でこないだの茹で野菜とチーズ、これにスモークサーモンを入れます。その上で一品ほど対比させましょう。例えばそちらにカツオのタタキを、先方にはローストビーフを」
「……なるほど。よく似た組み合わせで安心させて、興味をそそらせるのね」
茹で野菜の大皿に載せる中に、欧州が本場のスモークサーモンを入れておく。
依頼した女性には刺身としてカツオのタタキを用意し、もう一人には作り方のよく似ているローストビーフを対比させる。食べ慣れたローストビーフを口にしてもらうが、似ているから興味がそそられたら一切れ二切れくらい食べるかもしれない。要するに少しずつ興味を引くわけだ。
「盛り合わせだとしたら他に何を用意するの? 一品だけでも良いけど」
「判り易く行くならマグロと焙りマグロですかね。生の残し方をかなり減らすこともできますから。後は……」
健は肩をすくめながら、だし巻き卵とポテトコロッケを用意した。
「だし巻き卵は名前の通り出汁を使います。うちのコロッケにも出汁が入ってますよね。これをそのまま出しても良いし、オムレツとクロケット辺りと対比させても構いません。正直な話、無理に刺身を勧めることもないと思うんですよ。食べたいと思えば別ですが」
幾つかの料理を対比させて、同じようでいて全く別物を用意しても良い。
だが日本食の面白さを語るならば、別に食べ易い物でも良いだろう。
「うちは見ての通り余裕があるわけじゃないんで、不要な物は用意し難いですがまあ、オムレツくらいなら問題ないですよ。クロケットも予約があって確実に食べきるなら一応は」
「用意だけしてもらっておいて食べないというのもどうかと思うから、その場合はお持ち帰りにしてくれる?」
実のところコロッケの原型であるクロケットなんか思いついたのは、妹の美琴が最近チャレンジしているメニューだからだ。
コロッケをそのまま出すのではなく、蟹クリームコロッケよりも細長く仕上げていた。
だからそれを指導する延長で、当日のオススメにクロケットを用意することもできなくはないのだ。単にこの店の定番商品に、出汁入りのポテトコロッケがあるからやり難いだけで。
それともいっそのこと定番のコロッケも、その日ばかりはクロケットの盛り合わせに入れてしまうのも良いかもしれない。細長く仕上げたクロケットを三本か四本くらい並べて、出汁味・カレー味・チーズ味などと食べ比べるのだ。その上で出汁味を多めに作っておけば問題ないだろう。
「せっかくのご予約ですし、その辺は数を抑えるなりセットメニューを考慮するなり工夫するなり何とかしますよ。後は唐揚げや竜田揚げまで用意するかどうかですね」
フライドチキン・唐揚げ・竜田揚げ。
これらもよく似た別の料理だ。日本食へ導く初歩としては悪くないが、やはり問題は鶏肉の扱いが被ることだ。用意しておくには無駄が大きくなるし、その場で揚げるには手間ばかり増えてしまう。
「んー。そこまで頼んだら悪いわね。彼女が気に行ったら次も予約させて貰う事にするわ」
「では先ほどのメニューを用意してお待ちしますね。ご予約ありがとうございました」
正直な話、彼女の方もそこまで責任が持てるわけではない。
縁があって居酒屋で楽しく呑むことに成っただけで、できるならば日本食を知りたいという要望に応えただけだ。必ずしも用意した料理を気に入るわけでもないだろうし、何もかも中温して消費するという訳にもいかない。客としても店主としても、お互いに重い責任を持つほどの間柄ではないのでこんなものだろう。
お互いに楽しくやれる範囲で、適当な努力をするということでお勘定に成った。
健はこの後、直ぐに妹に連絡して女性客用のアレンジやら気を付ける事を聞き出すことにした。
という訳でフラグというか、ネタを思いついたので予約の話を。
外国の方がやってきて、日本食を食べていくという話です。
なお、「●●デース!」みたいなわざとらしい話にはならない予定。