流行らない居酒屋の話【本編完】オマケ中   作:ノイラーテム

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庭には二羽ニワトリが居る

 居酒屋の新米店主である、小沢健は頭を悩ませていた。

 絞りに絞ったメニュー造りに加えて、セットメニューの価格帯を納得するまで決めろと言われているからだ。

 

『いいか? この先、どっちも正解でどっちを選ぶかは人それぞれなんて幾らでも出て来るんだ。どっちにするかは自分の答えを見つけねえとな』

 そういって渡されたメモ書きには、『小鉢のサービスセット1000円』と書かれている。

 ただし小鉢が幾つなのか、何をサービスするのかも書いてはいない。

 友人曰く。小鉢三つで1000円なのか、それとも二つで酒を付けるのかで狙いが変わってくるという。

 

 仮に小鉢一つが400円、頼まれ易いビールや日本酒も400円くらいと仮定して……。

 どちらを選んでも200円のお得というのは変わらないのだが……。

 

 三つをセットにした場合は腹が膨れ、満足するまで酒を注文してくれる可能性がある。

 仮に定番のメニュー二つに三つ目の小鉢を店主が選ぶとすれば、余裕のある(余りがちな)食材を消費することもできる。逆に原価率の高い商品を中心に据えて、味で満足してもらう事も狙えるだろう。

 しかし馴れて来ればともかく最初から三つも欲しがる客が居るかを思えば、酒を含めて1000円を超えることもあって少々注文までの敷居が高い。

 

 一方で二つの場合は酒と料理のセットという意味では完結している。

 1000円払えば最低限の満足を得られるとあれば、客足自体の改善に繋がるだろう。

 だが逆にお客の注文はそこで止まる可能性が高い。

 この店に客が訪れない現状で心配するのは噴飯物だが、料理の味がよほど良くなければ、『この店は1000円消費して帰る店』であると発展の余地がそこで止まる可能性すらあった。

 

「……やめやめ。どっちを選んでも料理の腕を上げれば済む話だ。先にメニューだな」

 友人だってどっちでも同じだと言っていたではないか。

 健は小器用で何でもこなせる反面、この手の突き詰める作業が苦手だった。

 だからこそ友人も『まずは自信をもって進められる定番料理だけに絞って習熟した方が良い』と言ってくれたのではないのか? そう思ってメニューに向き直ることにした。

 

「まずはオススメの鶏肉として……。山賊焼きの男焼きと女焼き辺りにしてみるか。丁度良いサイズがあったっけ」

 健が用意したのは小ぶりのモモ肉だった。

 骨が付いたままの足をスパイスに漬けて焼くという流れは同じモノだ。

 物語に登場する山賊が、ガブリとやってる姿を思い浮かべて欲しい。

 

 そして一からジックリと焼くのが男焼き。

 軽く煮込んでから、表面をパリっとさせるために焙るのが女焼きと呼ばれている。

 元居た店の師匠に聞くと、お伊勢参りの途中で出て来る焼き物の魚を参考にしたらしい。

 お伊勢参りではお客が山の様に来る時がある為、時間がない時は煮込んでから表面に焦げ目だけを付けるそうだ。

 

「タレとスパイスの配合は当然変えるとして……。いっそのこと片方は骨のない肉にしてみるか。豪快な方と食べ易い方って分けれるしな」

 元の店とまったく同じことをするわけにもいかない。

 レシピを変化させつつ、途中で蜂蜜を塗ってみたり粉を振って揚げてみたりする。

 しかし最終的に辿り着いたのは、煮込む方には骨を付けないというだけの変化だった。スパイスの配合や色合いを変えておけば問題はないだろう。

 

「んー。この味付けって手羽先にも使えるかな? 片方はシンプルに塩と胡椒にして、もう片方は照り煮にするとか」

 片方は季節によって柚子胡椒だったり、抹茶を混ぜたりする。

 もう片方は食べ易さ重視でホロホロと崩れるまで煮込むか、いっそのこと圧力鍋を使ってから持ち込むのもアリかもしれない。

 他にも味噌を使ったりニンニクを自家製の黒ニンニクにしてみたりと、細かい変更をして、あくまで同じ傾向の料理だけに絞ってみた。

 そうする内に、他愛のないことだと思っていた問題に気が付いた。

「今時……男焼きも女焼きもないよなあ。それに……セットにするなら、コレと合わせる料理を用意するのか」

 名前の方は適当に付ければいいとしても、合わせる料理の方は難題だった。

 一つはサラダを組み合わせれば良いとしても、他にも幾つかないと駄目だろう。そうなって来ると味付けの微妙な差にどう合わせるのかも変わって来るのではないかと思われた。

 

「一つ考え終わるとまた新しい面倒が出て来るな。……確かにこいつはたくさん用意するより、得意分野に絞った方がいいわ。時間がいくらあっても足りそうにない」

 そう言って友人が作ってくれた簡単な看板にメニューを張ってみた。

 それは四角い板に柿渋を塗って、赤茶色に染め上げた物だ。

 その上に白い紙が載せれば鮮やかに目立つし、色合い自体は渋いので郊外の店にも似合っている。

 コレを店の外に出して目を引いておき、中で開くメニューはもっと目に優しい色にするという具合であった。

 

 そして最後に思い至ったことが一つ。

 今までは色んな料理に手を出して来たが、こだわった料理も悪くない事。

 そして作った料理を人に勧めてみて、喜んでもらうのも悪くないと思えてきたことだ。もちろん今は客が居ないからこそ、寂しかったり時間を余らせているのもあるだろうが。

 

「となるとセットメニューは小鉢三つの方だな。客に選んでもらうのと、俺がお勧めする一品くらいで行くか」

 後はどんな料理をメインに売っていくか?

 一つ課題を終わらせながら、残る課題に思いを馳せるのであった。

 

『お通し』

 200円。酒を頼んだら無料。

 

『セットメニュー』

 小鉢三つで1000円。定番メニュー二つと店主のおすすめをどうぞ。

現在は鶏の山賊焼きや手羽先の唐揚げを用意しております。

 

『大皿』

 1500円。大盛りは2000円。




 という訳で第二話はニワトリの話です。
書き始めとあってパっと書けたので、サクっと二話目になります。
料理はできても新米店主だった男が徐々に成長していく感じ。

主人公『小沢健』、そのうち出て来る妹は『美琴』。
死んだ叔父さんは『小渕猛』で名前の読み方が同じなので割りと仲が良かった。
『小崎丈』という親戚も居るとか居ないとか。
たぶん曾祖父あたりにタケルという名前のエライ人でも居たのでしょう。

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