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努力することが好きなら創意工夫という物は良いものだ。
健はこれまでメニューを豊富にすることを第一にしてきたが、ひとまず深みやそのバリエーションに力を注ぐことにした。
「今日のオススメは何?」
「こいつです。煮凝りはオマケですがね」
まずは器を三つ切りに分けた物を用意し、三種類のお通しを並べた。
いずれも同じ料理を一口大に絞り、三形態のバリエーションで用意した物だ。
一つ目は魚の煮凝り。
二つ目は魚の味を移した豆腐の欠片。
三つ目は魚と共に煮込んだタケノコの薄切り。
(豆腐が一番売れると思うんだが……。まあ今の客数だとタケノコの方でも問題ないかな)
昼間に仕込んだメバルの煮付け。
これを豆腐と煮込んだ物と、タケノコと煮込んだ物を用意した。味のしない豆腐の方を濃くしており、タケノコの方はもう少し抑えてある。酒に合うのは豆腐の方だとは思うが、他にも歯応えがまるで違うので後は好みの問題である。
そし相手の利き手の位置へタケノコ側を、煮凝りを挟んで豆腐を逆手の側に置く。そうすることで味の濃い順番に食べることができる。
「お好きな方を後でお出しします。もし煮凝りがお好きな場合は、適当な食材を指定していただければ上に掛けてお出ししますよ」
「それなら熱いご飯が欲しいわね。はしたないけど最後の一杯に丁度良さそう」
この返答を聞いて健はままならぬものだと思った。
常連のカッパさんには『メバルは良いからタケノコだけ山ほど欲しい』なんて言われてしまった。解せぬ。やはり自分が好きな傾向の物を自分が好きなペースでつつきながら、酒を愉しむアテにするのが酒呑みなのだろう。
「お酒は日本酒にするとして後はそうねえ。ナムルとお刺身ちょうだいな。ナムルはもやしよね?」
「そうですね。あれが一番手が掛かりませんから。刺身とナムル一丁!」
ナムルというのは茹で野菜にたれを絡めたサラダ系の料理だ。
此処では生醤油と出汁醤油を適量で混ぜることで、香りの強さと甘みを調整している。今日に限ってはお勧めがメバルの煮付けで甘辛いと判っているので、出汁醤油は控えめで代わりに酢を入れてサッパリさせてあった。唐辛子とニンニクを入れてパンチを聞かせ、同じ醤油系でも甘露醤油を多めに使った煮つけとは違った辛さにしてある。
そして刺身の盛り合わせをナムルの少し後に出す。もちろん丁寧に処理したメバルも入っているので、煮つけとは違った楽しみ方だ。他にはイカと貝類の中でその日の市場で手に入り易かった物を盛ってある。最後にメバルの煮つけを小鉢で出してから、飯を茶碗によそって煮凝りは別の小鉢で付けた。
「今日は薄味のものばかりね。こうなるとこないだのシラウオも欲しく成って来るけど」
「すいません。今日は手に入らなかったので」
煮付けのような濃い強い料理と、味の強い赤身の刺身は並び立たない。
もちろん酒やお冷で口を洗ってしまえば別だが、それならばいっそ最初から薄味の白身魚の方が良いだろう。その中でもメバルを刺身と煮つけの対比で演出しているので、後はイカや貝類でまとめた形になる。刺身醤油としては生醤油と甘露醤油を用意しているが、この日ばかりは生醤油がメインだ。長持ちしない生醤油の消費を測りたかったのも事実だが。
最近偶に寄ってくれてるこの女性がナムルで口をサッパリさせているのを見ながら、温野菜のバリエーションを考えてみた。茹で野菜はよく使うので味の変化が欲しい。山ほどメニューを並べるなとは言われているが、定番料理としてナムルと差し替えにするのは悪くないだろう。妥当なところでチーズあたりだろうか? 野菜に合わせたチーズを選び、そのままと茹でたバージョンで……いやチーズも焼いた物の組み合わせもあるな。ニンニクは無理だろうがそういう時こそ自家製の黒ニンニクの出番かもしれない。ナシの様にシャリシャリとした歯応えと、プラムみたいな甘さを持つ黒ニンニクなら温野菜のサラダに合うはずだ。
「あら? 顔に何かついてる?」
「いえいえ。今度は温野菜とチーズのサラダを用意してみようかと思いまして、酒は何があるかな? とか思ってただけです」
人の顔色をうかがうのは悪い癖だが、嬉しそうな反応を見るのは好きなので止められない。
適当な答えで返しつつどんなバリエーションが用意できるかを考えていく。歯応えが欲しい人には切り取ったチーズを、軟らかいのが好きな人には焙ったチーズを用意する。それだけならば大した手間ではないし、常連ならば好みに合わせて予め準備することも可能だろう。
「それは嬉しいわね。完成したら教えて頂戴? 試させてもらうわ」
「その時はお通しで出しますよ。酒を呑んでくれるなら無料にしますんで、気に入ったら小鉢で頼んでください」
愛想よく言っているだけの可能性もあるが、できれば常連になって欲しいものだ。
そんな風に考えていた時期もあったのだが後日、臭いが薄いのに生よりも健康的であると知って、この女性が持ち帰りまで検討する程に黒ニンニクを気に入るとは思いもしなかった健であった。
書き始めてはや五話目。
ようやくながら、ちょっとずつ傾向が見えてきた感じです。
同じ料理の細かい調整を客の好みに合わせて少しずつ変化させる感じ。
複雑なのは人数が多いと無理ですが、それは追々簡単にしていく感じで。