虫が鳴って

息が漏れて

トレーナーは嘘つき

トウカイテイオーは小さな体に勇気を込めた

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トウカイテイオーの添い寝大作戦

 メジロマックイーンが友人とそのトレーナー達を誘って行われた強化合宿も最後の夜を迎えた。

 広大な敷地の別荘には1人1人の部屋が用意されており、各部屋は厳重なセキュリティで守られている。夜間の部屋は絶対の安息地なのだ。

 トウカイテイオーのトレーナーはイタリアから取り寄せられた最高品質のベッドと、厳戒態勢のセキュリティによって深い眠りの底にいた。

 その時、部屋の隅にある壁が静かに開いた。壁に似せて作られた隠し扉がそこにあったのだ。

 そして眠りの底に近づくはトウカイテイオー。

 夏夜の風は静かで、草の匂いが強い。

 

──寝ているよね。起きて、いないよね。

 

 いつもの軽やかさは何処へやら、冷や汗をかいて忍び足でベッドまで近づくテイオー。

 なぜテイオーがこんな事をしているのか、時計の針は最終夜の夕食後まで遡る。

 

                  

 

 蛍の見える庭園。小川にかけられた橋で、ぼんやりとその明かりを見つめるテイオーに近づく影があった。メジロ家の令嬢、マックイーンだ。

 

「こんな所にいたんですのね。探しましたわよ」

「あ……マックイーン……」

「デザート、お召し上がりになりませんの?」

「うん……ちょっとね……」

「晩餐会の時から様子がおかしいと思っていましが、私にその理由を話してくださいまし」

 

 銀河の夜、星と蛍が照らす橋の上。テイオーは夢中でマックイーンにその胸中を語った。

 トレーナーへの恋慕、焦り、嫉妬、怒り、涙、苦しみ、喜び、切なさ、憧れ、思い出、衝動。

 滅茶苦茶に言葉を重ね続け、そして最後に1言「トレーナーの側にいたい」と言うとテイオーは沈黙した。ここぞとばかりに虫の音が響き渡る。

 そんなテイオーにマックイーンは耳打ちをした。長い歴史を持つ名家メジロ家ならではの秘密。屋敷に隠されたからくりを。

 

                  

 

 テイオーの瞬きと共に、時は戻った。

 寝息をたてるトレーナーに、胸が張り裂けそうなほどの息苦しさを覚えた。声を抑え、心を抑えて深呼吸。そしてベッドに潜り込んだ。

 少し大きめのベッドはトレーナーと小柄なウマ娘が寝るには充分な広さとなる。

 もどかしさと切なさに気が狂いそうになり、寝ているだけなのに息が切れる。吐き気もする。

 勇気に心震わせ、怯えに肩を震わせ、その両方に震える声を必死に必死に絞り出す。

 テイオーの声は暖かく、そしてぬるい。

 

──トレーナー。多分寝ているだろうから、これはボクのワガママな独り言なんだけどね。

 

──ボクね、トレーナーに凄く感謝しているんだよ。理由は沢山あるから全部は言えないけどね。

 

──何回も怪我しちゃって、何回もトレーナーの期待を裏切って、それでもトレーナーはボクの事を諦めないでくれたよね。

 

──ボクの無茶なお願いにも、意地悪な質問にも笑わないで付き合ってくれたよね。

 

──本当に、ありがとう。

 

──それでね、またお願いなんだけどね。これからもボクの側にいてほしいな。こうやって一緒のお布団で寝て、一緒にご飯を食べて、それから、えっと……これは……言うのが恥ずかしいかも。

 

──て、寝ているから聞こえていないよね。

 

──じゃ、じゃあボクは自分の部屋に戻るね。

 

──お休み、トレーナー。

 

 そうベッドから降りた手を掴まれた時テイオーがどれ程驚いたかは、計り知る事が出来ない。

 その手は紛れもなくトレーナーの手だった。

 

「ずっと、側にいたいんじゃないのか?」

 

 暗闇の中で目と目が合った。叫びだそうと開かれた口をもう片方の手が塞ぐ。トレーナーの両手に誘われるようにテイオーは再びベッドの中へ。

 

「明日、マックイーンにお礼を言わないとね」

「あ、わ、わ、と、と、トレーナー!?」

「シーッ……皆起きちゃうから……」

 

 もはやテイオーに拒否権は無く、トレーナーはそのまま眠ってしまった。テイオーがその後一睡も出来なかったのは言うまでもない。

 朝を迎え、マックイーンが2人を迎えに行くまでこの添い寝は続くのであった。その次の晩も、さらにその次の晩も、同じように。

 

 遠くどこかで1度だけ、虫が鳴いた。

 

 




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