愉快犯女神によって転移先異世界で異端審問の危機に陥っている   作:駒由李

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12話です。主人公、現人神と対面する。



暗雲

 その日の朝、イノセントはやや緊張した面持ちだった。

「トモヤ。今日は騎士修道会に顔出しに行くよ」

「えっ……なんで」

 顔を洗って身支度を調えていた俺に、真剣な面持ちのイノセントに尋ねる。彼は既に衣服を改めていた。いつもよりかっちりした服装だ。赤い、恐らくシルクのリボンタイをつけている。ここでそう言えばこいつは良いところのボンボンだったと思い出したが、俺の服装はどうすればいいのだろう。そう思っていると、それを察知したように「トモヤは最初に着てたスーツでいいよ」と教えてくれる。そして続けた。

「騎士修道会……正確には教祖の現人神現当主と顔合わせしとかないといけないんだ。この国に入った人間は。祝福を授けてもらうためにね」

「こっちで言う洗礼みたいな?」

「センレイがどういうものかはわからないけど、多分一緒だね。とにかく今日はそこに行くから。ついでに騎士修道会の職場体験もさせてもらう?」

「それは遠慮しておく」

 即座に拒否したのは、自身のスキルのためだ。

 事前に聴いていた通り、騎士修道会は異端狩りという血で綴られた言葉で彩られているという。モンスターや魔女、吸血鬼、人狼など幻想種の類は2千年前に駆逐されたらしい。尤も今でも魔女狩りが定期的に行われているらしいから完全に駆逐しきれているわけではないらしいが。

 さて、そう言えばなぜそのことが民衆に知られているのか。少なくともイノセントは知っているのか――答えは簡単だった。尋ねた俺に、イノセントは容易に答えた。

『見せしめだよ。異端のお前らが下手に出て来ると狩られるぞって言う、そういう話』

 それで、騎士修道会の「本気」を感じた。

 ――そして、この世界では異端とされるスキルを持った自分が、敵の本拠地に乗り込むことになる。それが恐ろしかった。

 服を着替えながらも、俺はおどおどした。

「大丈夫かな……?」

「まあ、今のところ、俺の把握できている限りだと『異端』が祝福において露見したことはないよ。飽くまで俺の把握している限りだと」

「不安が倍増した」

「まあどうせこの国で暮らす以上避けて通れないことだし、先延ばしにしてると余計怪しまれるよ。ここは腹を括って行こう。――ああそうそう、忘れ物はしないようにね」

「忘れ物?」

 そう言って、イノセントは俺に籠を渡してきた。何やらずっしり重い。揺れるとちゃぷん、と水音がした。――水?

「着替え終わったね。それじゃ行こうか」

「あの、その前に朝食は」

「今日は教会に着いてからね。食べさせてもらえるから」

 そう言って、イノセントは先導して屋敷を出た。それに俺は黙ってついていくしかなかった。

 

 異世界でも、相似することがあるのだろうか。雑誌やテレビ、ネット媒体で見た「教会」にその建物はよく似ていた。バチカン市国のそれが1番似ているだろうか。俺が呆けていると、イノセントは俺の袖を引っ張った。

「ほら、トモヤ。こっちで記帳して」

 そこは教会に付属していると思しき建物だった。壮麗な建物に対してやや不釣り合いな、事務的な印象を覚える建造物。そこに足を踏み入れると、やはり事務所的な印象の内装。その中で受付嬢と思しき女性が机を挟んで座っている。女性はシスター服を動きやすく改造したような制服を見に纏っていた。彼女の前で辿々しいながらも英語で名前を記す俺。それに彼女が眉を顰めたような印象を受けたが、自身は応える術もない。「現人神様に謁見したいのですけど」とイノセントは気軽に言う。そして、彼女も気軽に「少々お待ちください」と応えた。いいのか。そういうのってもっと細々した手続きがあるものじゃないのか。俺がそう思っていた矢先、女性は戻ってきた。

「現人神様はお会いになるそうです。どうぞ、こちらへ」

 俺はその言葉に息を飲む。遂に、この国――それどころかこの国近隣一帯を支配下に置く宗教の教祖に見える。なのに、先導するイノセントはごくいつも通りだった。

 礼拝堂を思わせる、長椅子に囲まれた天井の高い空間。赤いカーペットを敷かれたそこを歩いていくと、ひな壇のようなスペースが見えてきた。

 傍らには、癖毛の長い黒髪の男性。年齢はわからないが、自分と同じ日本人に見えた――つまり、恐らくアキツシマネの縁者。それに自身の正体が露見するのではないかと冷や汗を覚えながらも、それよりももっとプレッシャーを覚えるべき相手が目の前にいた。

 段が重なった先。そこの1番上で、少女が――そう、少女だ。精々18歳かそこらの――座していた。玉座のようなそこで鎮座する彼女は、やや明るい赭色の長い髪をしていた。伏せ気味の目の色は遠目にはよくわからない――とにかくそんな彼女は、「祝福か」と平板な声で言う。彼女は問うてきた。

「名は」

「トモヤ・マツシタと言います」

「故郷は」

「……アキツシマネです」

「ふむ、そうか」

 肯いた彼女に、自身はどうすればいいかわからない。そこで隣から、イノセントが囁きかけてきた。

『その持ってきた籠の中身が供物だから、それを捧げて。“祝福をお与えください”って』

『あ、うん』

 言われるがまま、籠を持っていく。それを男が受け取った。男は段を上り、彼女の元へと捧げた。それと同時に、手で祈る。

「どうか、祝福をお与えください」

「うん。わかった」

 そう言って、彼女は籠を膝に乗せた。

 そして俺は目を瞠る。籠の中に入っていたのは、透明なガラスの瓶――ひょっとして、中身は水か? 否、それよりも問題がある。

 籠に入っていたのは、石だ。岩と言った方が近いかも知れない。重かったはずだ。俺が内心で狼狽えていたが、彼女は構った様子はない。ついでにイノセントも。途惑う俺に構わず、彼女はまず瓶を手に取り――その中身が、見る間に赤く染まったのを見た。あれは、ワインレッド。

「……?!」

 驚く間もなく、彼女は岩を手に取る。それは彼女が掴むと――パンに変じた。

「……?!」

 待て、これは聴いたことがある。これは――元の世界で「彼の人」が起こした奇蹟だ。

 驚く俺に、彼女は段を下りてきて、思わず跪いた俺に、籠にパンと瓶を戻して渡してきた。

「あなたに祝福がありますよう」

 渡してきたはずだった。その足が、最後の段に蹴躓いた。

「にっ」

「当主様!」

 立ち上がった男の声。そのときには、彼女は倒れ込んでいた――俺の体の上に。籠はなんとか俺が片手で受け取って無事だった。恐らく彼女も無事だろう。彼女が大した重さではなくてよかったな、と女性に対して失礼なことを考えていると、もぞもぞと彼女は動いた。そして俺の胸の前で目を瞬いていた。彼女の目はやや明るいオリーブグリーンをしていた。彼女は言う。

「吃驚したぁ、またやっちゃったよ。ゴメンね、えーと、マツシタさん。祝福は確かに授けたから」

「はぁ……」

「当主様! そろそろ立ち上がってください」

 そう言って男は彼女の体を引っ剥がす。その扱いがやや雑だったので、本当にこれが近隣諸国の宗教の教祖として崇められている当主なのか……? と疑念を覚えた。ぽかんとしながらも座り込んだままの俺に、イノセントが手を貸してくれる。

「アーリャ――アリランはだいたいいつもこんな感じだよ。イマイチ決まらないんだよね」

「イノ、聞こえたよ」

「イノセントさん、不敬ですよ」

 玉座に戻った彼女はむくれていたし、男は不機嫌そうだった。

 

 教会を出て来て。教会の近くの広場でベンチを見つけた俺は、イノセントと並んで座った。

 籠の中には確かにパンが入っており、水が入っていたと思しき瓶のコルク栓を軽く引き抜くと上質な赤ワインの豊潤な香りがした。

 パンに齧り付くと、酵母菌が仕事したと思しき酸っぱいような風味がした。バターの香りも豊かで、自分が乳製品アレルギーでなくてよかったな、と思う。それよりもあの行程で何が起きたのか。まさに奇蹟としか言いようがない。朝食を摂れなかった分がつがつとパンに齧り付いていると、イノセントは微笑ましいものを見る目をしていた。

「そんなに美味しい? 俺が食べたの遙か昔だからもう覚えてないんだよね」

「お前も祝福を授けられたのか」

「当時の現人神からね。今は孫娘に跡目を譲って現役を引退されてるけど」

「というかそれってもしかして子どものうちにワインも授けられたのか」

「当時はコップ1杯だったけどね、さすがに。大人は瓶1本くれるよ」

「そっか……ところでさ、イノ」

「なに?」

「俺、酒弱いんだよね」

「えっ」

「だからワイン1本飲み終わるまでに確実に潰れてるから、残りは屋敷に帰ってからでいいかな」

「ああ……この調子だと今日は職場体験は――」

「あれ、イノじゃん」

 不意にかかる男の声。先程の黒髪の男とは別の、明るい声だ。しかし、自分の直感には、どこか殺伐とした雰囲気があるな、と背中越しにも感じた。振り向く。

 そこには金色の目をした男が立っていた。身長はイノセントと変わらなそうだ。まだ若そうで、多分俺より年下だ。イノセントの友人だろうか。そう思っていると、イノセントはこちらを向いた。そして俺を示しながら男に言う。

「やっほロビン。紹介するよトモヤ、こいつがボトム教騎士修道会の現会長。ロバート・グッドフェロー」

「ロビンかロブって呼んでくれ」

「えっ、こんな若そうなのに……?」

「まぁ実際若いよ。僕22歳だし」

 言いながら男――ロバートは頭を掻く。照れ隠し、と言うには少しすれている雰囲気があった。

「前の会長が亡くなったあとで誰もなり手がいなくて。偶々僕が1番腕っ節が強かったからなっちゃったって感じだね」

「え、騎士修道会ってそう言う……?」

「決まってるじゃん」

 答えたのはイノセントだ。

「大事な大事な現人神様を守るのには腕っ節の強い奴が1番偉いに決まってるでしょ」

「イノの言う通り。尤も王立騎士団みたいに剣術だけが推奨されているわけじゃなくて、得物は人それぞれなんだけどね。真っ当に剣を使う奴もいれば弓もいるし銃もいるしハルバートもいるし、何ならスコップもいる。身分も問わないし。信仰心があればそれでいいって感じ」

 そう言って、ロバートはこちらにずい、と顔を寄せてきた。

「それで君、噂には聞いてたけど今職探ししてるんだって? どう? ウチに入らない? ウチなら王立騎士団みたいに身分や身元に煩いこと言わないよ」

「あー……」

 言われて、俺は一瞬考える。

 腕っ節は強くない。スキルを使うのはここでは以ての外だ。ついでに、「無宗教」と言われる日本という国で生まれ育った身としては、宗教というものにどうにもアレルギーがあって。

 俺は気が付くと、籠を持ったまま諸手を広げていた。

「すいません、考えておきますね」

「本当にね、考えておいてね。まぁ他に職が決まったら無理強いはしないけど……それじゃ、僕はこれで」

「それじゃまたねー」

 ロバートはそう言うと、手を振って教会のある方へと歩み去っていった。

 それを見送りながら、俺は彼についての所感を小声で述べる。

「何て言うか……陰がある感じの人だったな」

「間違ってないと思うよ」

 イノセントはやはり小声で囁いた。

「ロビンの出自には謎が多いんだよね。そもそもどこから来たかもわかんない。あと気付いたらルーデと付き合ってたし」

「ルーデって」

「俺の彼女の姉。酒処ミシュレで職場体験したとき客として来たんでしょ。そのとき会わなかった?」

 言われて思い出す。そう言えばルーデと呼ばれた女性がいた。アッシュブロンドの長い金髪の――美女。

 俺は瓶を握り潰しそうになった。

「いい女には男がいるっ……!」

「どうどう、落ち着いて。何したって現実には変わりはないんだから」

 落ち着かせようとするイノセントの言葉は逆効果で。俺は屋敷に戻ってからワインをラッパ飲みして自棄酒することとなる。

 

 

 一方、残された現人神――アリランは思い返していた。

 縺れ込んだ先にいた、あのマツシタという青年。

 彼からは、何かしらの「力」を感じた。

(……あたしは構わないけど……修道会にばれないといいな)

「当主様?」

「何でもないよ、サクラ」

 アリランは努めて穏やかに微笑んだ。

 自分の立場をよくわかっていたから。

 

 

 

 

 

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