愉快犯女神によって転移先異世界で異端審問の危機に陥っている   作:駒由李

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13話です。主人公、反体制的絵本作家のメシスタント体験をする。


蠢動

「さて」

 と、イノセントは、俺の部屋に宛がわれた椅子の上で手を組んだ。ゲ●ドウポーズだなと俺が思っていると、イノセントは顔に見合わない低音を更に低めて言った。

「そろそろ俺が紹介できる職場も数えるほどになってきました」

「寧ろ今までこれだけたったひとりで紹介してくれたことの方に驚いてる。まだあるんだ?」

「あとひとつか2つかってところだね。それでひとつ目の方だけど……こっちは1日体験と言わず1週間ぐらい泊まり込みでお願いしたい。向こうからのたっての要望だよ」

「えっ、何するんだ」

「話は簡単」

 イノセントは言った。

「メシスタントだね」

「は?」

 

 イノセントに連れて行かれた先。そこはごく普通の一軒家に見えた。家全体が黒檀で作られているのではないかと思うほど黒く塗装されていること以外は。ドアノッカーを叩くイノセントの後ろで、鞄を抱えた俺は途惑う。

「なぁ、メシスタントって言われたけど、要はそれってアシスタントの飯を作る担当版ってところなんだろ? 俺、大して作れるわけじゃ……」

「レシピがあればなんとかなるんでしょ? それなら大丈夫大丈夫、それに多少焦げてようが生焼けてようが気にしない大雑把な舌の人だから」

「で、何してる人なんだ」

「ああ、それは――お、ヤンジャック先生。今日は大人しく出て来られましたね」

「……誰だ……」

 出て来た男は、またもや大男だった。この国だとひょっとして大柄な男性が標準体型なのかも知れない。黒髪をオールバックにしており、小さな双眸は紫色。スラックスにカッターシャツというところまではごく平均的な服装だったが、纏っている白衣が絵の具だらけなことが彼が芸術方面の仕事あるいは趣味であることを示していた。画家だろうか。この強面の男性がキャンバスに向かっている姿は様になりそうだった。

 しかしイノセントは、思わぬ発言をする。

「電話かけたら、仕事があるって言ったでしょ。絵本作家のイソップ・ヤンジャック先生――もといイーヴォ・イッテンバッハ」

「え、絵本作家?」

「意外だったか?」

 そう言って男――イーヴォは含み笑う。どうやら自身が堅気に見えない自覚に富んでいるらしい。慌てて諸手を振って誤魔化す自身に「まぁいい」と鷹揚に許してきた。

「それで彼が、イノ。お前の言ってた『メシスタント』か」

「〆切まであと1週間、飯支度してくれる人です。トモヤ、挨拶」

「あ、はい。トモヤ・マツシタって言います」

「――アキツシマネか? フランチェスカからの移民か?」

「えーと、アキツシマネからの直接の移民ですね」

 と言うことにしておいている。やや目を泳がせたが、イーヴォは構った様子はない。彼は「まぁいい」と背中を向けた。手招きしてくる。入れ、ということらしい。イノセントの方を見ると、こちらも手を振っていた。

「1週間契約だから、ちゃんと最終日にはお給料をもらってくるんだよ」

「うん」

「しっかりしてるな……――ところで、飯だけ作るという契約だが」

 扉を閉めたあと、ついていく。……廊下に本が積まれていた。

 リビングらしき部屋に入ると、そこは物が乱雑に置かれており、本棚の周りには本棚に入りきらなかったと思しき書籍が積まれていた。

 台所に回ってみても、なぜか本が諸処に積まれていた。

「これを片付けてくれてもいいんだぞ」

「いえ。俺の仕事は『食事を作ること』らしいので。ところで寝泊まりすることになるらしいですけど、寝床はどちらに?」

「ちぇっ……寝室なら客間がある。そこと風呂だけは片付けてるから安心して寝てくれ。タオルも自由に使っていい。さて、早速だけど何か作ってくれ」

「昼食ですね」

 言いながら、冷蔵庫を開いた。

 俺としては警戒していた。空っぽ、もしくは傷んだ食材が並んでいるのではないかと。

 しかし、意外なほど野菜室も冷蔵庫も整理されていた。リビングの惨状が信じられないほどに。そんな俺の思考を読んだように、イーヴォがリビングの椅子から声をかけてきた。

「意外ときれいにしてるだろ、冷蔵庫は。普段は偶に自炊するんだ。忙しくなると近所の喫茶店からデリバリーしてもらうがな。簡単なものでいいぞ。とりあえずサラダだけでいい」

「はぁ……それじゃ頑張りますね。えーっと何があるかな……」

 言われて、冷蔵庫を漁る。サラダ、サラダ……スープも欲しいな……。あ、ブロッコリーがある。ミニトマトもあるな。お、トウモロコシと……こっちの棚にはタマネギも……。

 一通り漁ったところで、メニューが決まった。鞄から持ち込んできたエプロンを身に纏う――包丁を手にした。

 出来上がったのは2品だった。盆に乗せて、イーヴォの座る席の前に差し出す。

「ブロッコリーと卵のサラダと、コーンポタージュです」

「随分早かったな」

「これは俺の元いたせか……国でも作ってたものだったので」

 サラダと言われて、本を開くまでもなかった。ポタージュスープも。社畜生活で疲れ果て、できるだけ胃に優しい且つ作りやすいものを……とインターネットで検索した結果がこのメニューだった。思わぬ郷愁を抱きながら突っ立っていると、サラダを頬張っていたイーヴォが言う。

「それで君の分は?」

「え? あぁ、俺はまたあとで――」

「どうせなら、次からは2人で食べよう。確かに〆切1週間前だが、食事はゆっくり摂るつもりだから。どうせならひとりより2人がいい」

 そう言って、しゃりしゃりとサラダを美味しそうに食べるイーヴォに、俺は内心で感動していた。

 確かに、この世界に来てからは、ジェマーケット邸でイノセントやアダマスと共に食事を摂っている。豪華な食事も慣れてきてしまった。なぜか、健在なはずの両親が出て来ないことに疑問を感じていたが――それはともかく。

 俺としては、この何てことのない食事で、誰かと一緒に食べるということが、随分久し振りに感じられた。

 それで思い出したのは、実家のこと。

 ――ガチガチな家だった。良い想い出より悪い想い出の方が色濃い。

 けれど、その僅かな「良い想い出」が、心に引っ掛かった。

「どうした?」

「いえ」

 それでも、俺は飲み込んだ。

 ――俺は、この世界で生きていこうと決めたのだ。あの世界ではかけてもらえなかった、優しい言葉のために。

(けれど、別れの言葉ぐらいは言いたかったかも知れない)

 俺の胸に、後悔の澱が、僅かに積もった。

 それを払拭するように俺は尋ねる。

「ところで俺、あなたの描かれる作品がどういうものか存じ上げないんですが……」

「え? 何も知らない奴寄越したのか、イノの奴。まぁその辺にある『イソップ・ヤンジャック』名義の奴は全部俺の本だから、暇な時に読めよ。ほら、これとかこれとか」

 食事を中座して、その辺りに積んでいた本を拾い上げたイーヴォはそれを手渡してくる。絵本だから薄い。そして表紙は柔らかい色合いをしていた。成る程、絵も文章も彼が作っているらしい。それに感嘆しながらも、俺は本を捲った――

 そして数冊を読み終えた頃、ゆっくりと食事をしていたイーヴォも御馳走様、と挨拶した。そんな彼に、俺は思わず小声で囁く。

「ちょっと……いいんですか、こんなこと描いて」

「ん? お前も反対派か?」

 そう答えるイーヴォは慣れた様子だった。しかし俺としては看過できなかった。

 それは、元の世界では有り触れた題材だったかも知れない。けれど、この世界ではまずいのではないのか。

 魔女、狼男、吸血鬼、妖精、巨人、竜。他にもそれ以外の幻想種を題材にした絵本というのは。

「反対派というか……騎士修道会に睨まれてません? この『犬と魔法使い』はシリーズものってことは人気があるんでしょうが……」

「勿論睨まれてる」

「なら」

「けどな、トモヤ。文字書きなんてのはな、反体制的でなんぼなんだよ」

「……」

 言いたいことはわかる。わかるが、それでも少しは我が身を省みた方がいいのかも知れない――尤も、サイキックなどというスキルを持つ自身が言えたことではないが。

 さて、そこで何かしら油断したのか。自身は「お皿片付けますね」と立ち上がった。そのとき、テーブルに足をぶつけた。同時にイーヴォもぶつけたらしい。皿が浮いて、テーブルから飛び出した。

 そのときだ。咄嗟に――スキルを使ってしまった。

『浮け!』

 果たして、念じた通りに皿は浮いた。そしてふわふわと、フローリングに軟着陸する。ホッとしたのも束の間。はたと気付いた。恐る恐るそちらを見遣る。

 イーヴォは自身と、床に「下りた」皿を交互に見遣っていた。そして、言う。その目は輝いていた。テーブル越しに俺の肩を掴んでくる。

「お前……お前、『魔女』か!?」

「え? そ、それは違いますね……」

「ならその力はなんだ? あぁ、また俺は出会えたのか……!」

 イーヴォは恍惚とした顔で、俺を見つめていた。

「あの日俺を救ってくれた『魔女』に!」

 

 

 

 

 

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