愉快犯女神によって転移先異世界で異端審問の危機に陥っている 作:駒由李
俺が早足で歩いてくると、イノセントの姿が見えた。門前でアッシュブロンドのベリーショートの女性と話している。あれは例のカノジョだろう。しかし今はそれに嫉妬という思考すら避けない。
足音に気付いたらしい。イノセントがこちらを見た。そして首を傾げる。
「あれ、トモヤ。お前、イーヴォんちでの仕事は?」
それに俺は早口で答える。
「それなんだけど通いでやらせてもらうことになったから」
「まあいいけど……面倒臭くない? 特に朝食」
「元のせか……国での仕事で早起きと徹夜には慣れてるから」
「あんた軍人かなんかだったのか?」
女性が思わず、という様子で口を挟んでくる。ある意味では合っているかも知れない。サラリーマンは企業戦士、と呼ばれた時代もあった。しかしそんな、誇りを持った時代の人間ではなかった。俺は嗤った。
「勤め先の家畜みたいなもんだったかな」
「家畜はきちんと睡眠取ってるぞ」
言われて、肯く。
「成る程。前の俺は家畜以下だったわけだ……」
「何があったんだよ……」
「ま、まあとにかくトモヤは家の中に入ろう。マリーア、また明日ね」
「おぉ……」
カノジョを見送ると、イノセントは俺の背中を押す。そして囁いた。
「なにかあった?」
「……あったっちゃあった」
「俺に話せるやつ?」
「まぁ……話していいんだろうな……どうせお前にはばれてることだし……ただ……」
「ただ?」
敷石を踏んでいき、玄関の扉の前。そこで俺は囁いた。
「……――短い付き合いだけど、お前のことは信用してる。だから、下手なことは吹聴して回らないだろ?」
「つまり大っぴらには話せないことなんだね。いいよ、部屋に行こう」
「お帰りなさいませトモヤ様、イノセント坊ちゃま」
扉を開くと、メイドやフットマンが駆けつけてくる。それを先に回り込んだイノセントがあしらって、俺を彼の自室へと誘導した。
「『魔女』?」
「――って、イーヴォは言ってた」
メイドに淹れてもらった紅茶を啜りながら、俺は語る。
イッテンバッハ家で起きたことを。
『魔女って……騎士修道会に駆逐されたんじゃ』
途惑う俺に、イーヴォは少しだけ興奮が醒めた様子で言った。
『そこまで聴いてるなら、今でも定期的に“粛正”が行われているのも知ってるだろ。つまりまだ細々と魔女やモンスターも生きてる。少なくとも、俺はどちらにも遭遇した』
『え――?』
困惑する俺に、イーヴォは真剣な面差しで言った。
『お前がどういう経緯でその力を手に入れたのか。今、思わず使ってしまった、という様子ならまだ使いこなせてないんだろ? しかもお前はどう見ても成人を過ぎてる。と言うことは、後天的に何らかの事情でその力を手に入れた――違うか』
『……』
『沈黙は肯定と見なす。――その力について、知りたいことはないか』
『え』
イーヴォは言った。
『この国にも、まだまだ開拓されていない土地がある。地平線の果てまで荒野の続く場所もある。深い森もある。広い広い湖もある。――そこに、魔女はいた』
『……』
『驚いたよ。それより俺は先にモンスターに襲われた。襲われたところを――魔女が、なにかしたんだろうな。モンスターは倒れて、魔女がその死体を浮かせて運んでいった。俺はそれについていったよ。命の恩人だったからな。魔女は困った様子だったけど、結局家に招き入れてくれた。そのときに、教えてもらったんだよ』
イーヴォは息を吸った。
『“奇蹟を起こすのはボトム家の人間だけじゃない”って』
『――』
『驚いたよ。俺はその時点でボトム家に祝福を受けていた。現人神一族が住むメッカの国の民として誇り高いものを抱いていた。だから、それはショックという言葉じゃ表しきれなかった……』
『……』
『それから俺は、“もう帰りなさい”って言われて、気付いたら最寄りの宿泊街付近で佇んでた。それで親に発見されたけど……俺は、あのときの魔女のことで頭がいっぱいだった。あの“目”を持った魔女のことが』
『目?』
『邪眼、邪視、あるいは魔眼と呼ばれるものだろうな。伝承では。とにかく――トモヤ。お前、その力について知りたいことはないか』
そう言われて、俺は一瞬、考え込んだ。
この世界にいるという現人神、同じように奇蹟を起こすという魔女。そして、自身をこの世界に転移させた女神。3人の女性がいる。そして、次に恐らく会えるとしたらその魔女だろう。
気になっていることがある。この世界に来て、ちくちくと自分を呵んでいたことだ。
それでも、即応しかねた。
『考えさせてください』
それで、俺はイッテンバッハ家を辞してきたのだ。
一連の話を聴いたあとの、イノセントの言葉は至ってシンプルだった。
「で、結局、魔女に会いたい?」
「――それは……」
「迷ってるなら会いに行った方が早いんじゃない?」
「でも、下手に会いに行ったら……その魔女に迷惑じゃ」
「ああ、見つかるかもか」
答えながら、イノセントはしばし顎に手を添えていた。しかしそれは一瞬のこと。
「よし決めた。それじゃトモヤ、仕事はちゃんと1週間終えて来てね。それで終わったら俺に教えて」
そう言って、イノセントは俺の肩を叩いた。繊細な顔に、人を安堵させる笑みを乗せて。「俺も手伝うから」
そう言われて1週間。通いで食事を作り続けた。食事は俺と一緒に摂るという約束だったし、日が経つにつれ徐々に会話も増えた。イノセント以外にできた、秘密を共有できる友人ができたかな、と思った。
そして1週間後。〆切を迎えたイーヴォはふらふらと俺に給料を渡すと、そのままベッドに倒れ込んだ。俺はおまけとして次の日の朝食を用意して冷蔵庫に入れておくと、ジェマーケット邸に帰った。
仕事が終わった旨を告げると、イノセントは言った。
「よし。旅行の準備しよう。必要なものはこれから買いそろえに行こうね」
「へ?」
「その魔女の住処がどこかわかんないけど、何の目的もなく下手にうろうろしてると修道会に目を付けられる可能性があるからね」
「そう言うわけでイーヴォ! 目的地まで俺も含めて旅行しよう! 俺の三輪トラックで!」
〆切空けの爆睡から目覚めたイーヴォは、寝ぼけ眼で――しかし視線はしっかりと俺とイノセントを見据えて言った。
「イノも知ってたのか、お前のその……」
「俺に『その力は使ったらまずい』って教えてくれたのイノなんだ」
「成る程」
イーヴォは苦笑した。
「〆切空け祝いってことで、ふらふら3人で旅行するか――俺も目的地は曖昧だからな」
「よっしゃ! 男3人旅! あ、ちなみに3輪トラックだからひとりは荷台に乗ってね。言っておくけどこの国の運転免許持ってるの俺だけでしょ」
「……」
「……」
「じゃーんけーん」
「それじゃ出発は明日。それまでに荷造りして、どっちが荷台に乗るか決めておいてね」
イノセントが去っていく。俺たちはしばらくあいこが続いたが、最終的に所用で戻ってきたイノセントに「ああそう言えばイーヴォの方が大きいね。イーヴォ荷台に乗って」と無慈悲な最後通牒がされることになる。
Next......