愉快犯女神によって転移先異世界で異端審問の危機に陥っている 作:駒由李
「ははあ、異世界から……」
その後、車中でおいおいと泣き崩れながらすべての事情を話した。
イノセントは聞き上手だった。泣く俺を慰めながら絶妙なタイミングで相槌を打ち、「それから?」と続きを促す。おかげで元の世界で超過勤務200時間超えをしたことまで話してしまった。こいつカウンセラーの才能もあるな。あとモテるだろうな。顔は凄く良いし、なんか良いところの坊ちゃんらしいし、地位も高いらしいし。そもそも恋人がいる、ボーイッシュ美人の。こいつは元の世界では関わり合うこともなかっただろう勝ち組だ。それがこうして出会って関わることになったのだから運命というものはわからない。と言うか絶世の美少年によしよし慰められるとかどういうプレイだ。そんなくだらないことを泣きながら高速で考えていた。
一頻り話し終えたところで息を吐いた。イノセントは座席の下からなにやら取り出す。水筒のようだった。丸形水筒だ。それと同時に箱ティッシュが出て来た。ペットボトルはないが箱ティッシュはあるらしい。葉っぱを出されるよりはマシだが……。
「いっぱい泣いて喉渇いたでしょ。洟かんだら水分補給するんだよ」
「うぅ、有難う……」
ここまで世話を焼かれるとは。俺が情けなさを痛感しながらも言われた通りにすると、紙袋が差し出されたのでそれに屑を放る。水筒の蓋を閉めた俺に、イノセントは言葉を返してきた。
「俄には信じがたいことだけど、とりあえず普通じゃない力を持ってるのだけはこの目で見ちゃったからなあ。言葉は割と通じてるけど」
「それは、なんか俺のいた世界の『英語』とほとんど変わらないみたいだから……」
「ああ、日常会話はエンデュミオン語だけど、正式な書類や場面だとアリストクラート語だからその辺覚悟しといて。国内外の共通語はエンデュミオン語だけど正式な公用語はアリストクラート語なんだよ」
「あ、アリストクラート……?」
なんだそれは。どんな言語だ。思い悩みそうになったがとりあえずその悩みは横に置くことにした。今は自分の身の上話とこれからの身の振り方の問題だ。
気が付けば辺りはとっぷりと暗い。ヘッドライトで照らされた山道は、街灯などないからその光が切り裂くばかりだ。今日はこのまま車中泊だな。そう思いながら俺は言った。
「そういうわけで、この辺りの事情を全く知らないのはつい昨日まで違う世界にいたからなんだ。文字通り。だから俺のスキルがやばいってことは本当に知らなくて」
「それはわかったよ。――一応訊いておくけど、元の世界には戻れないんだね?」
問われて、答えに窮する。なんとか絞り出せたのは、「わからない」という言葉だった。
実際わからないのだ。あの真っ白い空間から放り出されたのは上空だった。概念的に「天の世界」ということなのだろうが、たとえ物理的に空へ飛ぶことができても戻れるとは思えない。
それに。
「正直な話、元の世界に戻りたいとは今でもあまり思えない。俺は、あの世界から出て来たかったんだ。だから、この世界で何とか生きていきたい。このスキルが使えないとしても」
「……そう」
俺の言葉に、イノセントは小さく呟いた。
そして、手を握ってくる。
目を瞠る俺に、イノセントは顔を覗き込んできた。そのルビーを溶かした円らな目が、俺を映していた。
「大変だったね」
「――まだ、そんなに苦労はしてないけど」
「それでも、元いた場所から飛び出したくなるほどのことだったんでしょ。そりゃ大変だよ。俺はそこまで思い詰めた経験がないからわからないけど。ただ、大変だったんだな、ってことはわかる」 イノセントは、握る手の力を強めた。
「この世界は……特にこの国はそこそこ物騒だけど、でも、優しい人も多いよ。だから、トモヤのことを受け入れてくれると思う。まあ、スキルのことと異世界のことは絶対話さない方がいいだろうけど」
「異世界のことも?」
「異端狩りされるよ。世界を飛び越えてくるとか、そんな奇蹟起こしたなんて知られたら。拷問の末火炙りされたい?」
「嫌だよ! 奇蹟を起こしたのはあのクソ女神なんだけど……?!」
「騎士修道会にとっては神はボトム教の教祖一族だけだから。諦めなさい。ま、とにかく」
イノセントは微笑んだ。どう見ても男なのに、慈母という言葉が浮かんだ。
「俺が助けになるよ。とりあえず、どうしたいか。これからどういう身の振り方をするか。エーデルシュタインに着くまでに考えよう」
そこで、俺はふと不安になる。だから、それを直ぐ口にした。
「なんでそんなに親切なんだ?」
「え?」
「会って1週間も経ってない、身元も不確かな不審者だぞ。こんなのほっぽりだした方が――」
「だって」
イノセントは大きな目を瞬いた。
「困ってたじゃん」
「――は?」
「困ってる人を助けるのは、当然のことでしょ」
そう、真っ直ぐに言うので。
俺は危機感を抱いた。
(駄目だこいつ。治安が悪いって言ってたのに、そんな国でこんな考え。いつ取って喰われるかわからん……!)
「……そうか。有難う」
「どういたしまして」
俺はその手を握り返した。強く、強く。
少なくとも俺が傍にいる間は、この少年を守ってやらなければ。俺はそう決めた。
そのときは、スキルを使うこともやむないと。そして、きっと後悔はないだろう。そう思った。
この善き人のために。
イノセントの手から毛布が渡される。まだ暖かい季節だが、車中泊をするには寒い。一応ヒーター機能もついている車らしいが、ガソリンが勿体ないということで使わないらしい。俺は風邪ひかないといいなぁ、と思いながら、ふと尋ねた。
「ところでイノ。エーデルシュタインってどこだ」
「ああ、説明し忘れてた。首都だよ。この国の首都。参祖の宗家が集ってるところ。つまり王家と王立騎士団団長の家と俺の実家が揃い踏み」
「緊張しそうだなぁ。あと聴き忘れたんだけど、その3つが参祖なら、そのボトム家とやらを加えて四祖にはならんの?」
そう尋ねると、イノセントは欠伸をしながら座席に埋もれる。
「理由があってね。ボトム家は違うんだ……まあ国を盛り上げたのには間違いないけど……その辺はまた明日ね……お休みなさい」
「お休み」
疲れていたのだろう。俺たちはすぐに寝入ってしまった。
結局首都に着くのは翌日の昼過ぎとなる。
Next......