愉快犯女神によって転移先異世界で異端審問の危機に陥っている   作:駒由李

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5話です。主人公、異世界就活をはじめる(前段階)


経歴詐称カッコカリ

 山道を三輪トラックで抜けて通っていった先。辿り着いたのは、舗装された道路。街灯が等間隔に並べられて立つ。電柱も同様だ。高層ビルこそないが、建物は比較的近代日本に似ている気がした。もっともデザインそのものはヨーロッパのそれに似ていたが。車が行き交い、人が行き交う。車は見かける度に四輪車だったので、ひょっとしてこのイノセントの車が例外なのだろうか。そんなことを考えながら車中から外を眺めていた俺に、イノセントは微笑ましそうな声で言う。

「君の元の世界だと首都はどんな感じだったのかな?」

「うーん、もう少し車も人も多かったかな」

「それ交通事故起きない? こっちだと滅多に起きないけど、車の数が少ないから」

「起きる起きる。社会問題になって久しいよ。ところで俺らはどこに向かってんだ?」

「まぁ着けばわかるよ」

 舗装された道路。人混みが少なくなっていったが、それに比例するように車の速度も落ちていく。そろそろ家だろうか? 駐車スペースでもあるのだろうか。そう思っていた矢先、車が停まる。イノセントが出て行ったのを見送りながら、フロントガラスから外を見ると――左手に、壮麗な塀。それがぐるりと一帯を囲んでいる、らしい。らしいというのは、車中からだと塀の端が見えなかったからだ。俺が途惑っていると、がちゃがちゃと音が鳴る。まるで門を開くような。

 イノセントが車に戻ってきた。

「着いたよ。俺んち。とりあえず俺んちで落ち着いて。服のこととかあるしね」

「あぁ、それはどう――えっ、『俺んち』?」

 車のドアが閉められ、車体が曲がる。門らしきところで、門番らしき男たちが助手席のこちらを見据えてきた。

 そして俺は、ジェマーケット邸に入ることに成功したのだった。

 

「イノセント坊ちゃま、お帰りなさいませ!」

 使用人らしきメイド服と燕尾服の者達が駆け寄ってくる。彼らに荷物を手渡したイノセントは、俺を示して「客人だから丁重に扱うようにね」と言う。使用人たちは怪訝そうにしながらも「こちらへどうぞ」と案内してくる。通された先は、どうやら風呂場。広々とした湯船にシャワーヘッドがあったから、どうやら使い方は日本式と変わらないらしい。それに安堵しながら垢を落とす。一通り体を洗い温まったところで出て来ると、バスタオルを待ち構えたメイドがいて仰天した。

「じ、自分で体は拭けますので」

「これが私の仕事ですので。さ、お背中を」

 そう言われては、社畜歴5年の自分としては逆らえない。フェイスタオルで手足を拭いていると、服が用意された。

 安心したのは、用意された服が俺の元の世界からも常識が逸脱していないことだった。パンツはどうやらゴムあるいはゴムに似たものがある世界らしく、普通のトランクスだった。襟のついた白いシャツにベスト、スラックスにループタイ。靴だけはそのままだった。靴は自分に合うものを探さないとな、と思いながらも風呂場から出ると、イノセントはつなぎの作業着姿のままだった。客の俺が洗われたのにいいのだろうか、と思っていたら「坊ちゃま、せめてお着替えください。いつも申しあげているでしょう」とメイドに苦言を呈されていた。やはり駄目らしい。しかもいつもらしい。イノセントは「いいじゃん別に」と頭の後ろで手を組んだ。メイドはそれで諦めたように頭を振った。イノセントはこちらに気付いた様子で手を振った。

「おっ、上がった? それじゃ弟と会ってもらおうか」

「弟さん? ご両親は……」

「あー基本寝てるから、2人とも。まあ機会があったら会わせるから」

 あっさり言ってのけたが、俺はかえって怖じ気づく。これだけの豪邸で、当主だろう夫婦は恐らく寝たきり。そして、イノセントは確か長男だとか言っていなかったか。と言うことは弟がこの家を仕切っている?

(どんな厳格そうな男なんだか。そう言えばイノはいくつだ? 見たところ15才ぐらいだが)

「こっちね~」

 俺の思考に気付いた様子もなく、イノセントは暢気に俺を先導した。屋敷の奥へと。

 やがて辿り着いたのは、荘厳な、恐らく樫の木の扉。それをイノセントは無遠慮に3回叩く。「どうぞ」と低い声がした。聞き覚えがある、とても。それはイノセントの声とよく似ていた。兄弟だからだろうか、と俺が思っているとイノセントがやはり無遠慮に扉を開いた。

「アダマスー、ただいまー」

「兄さん、またどこをほっつき歩いていたんだ」

 ずらりと並ぶ本棚。窓を背に重厚な机に向かい、座り心地の良さそうな革張りの椅子に座る――少年。服装は豪奢だ。袖口や胸元にふんだんにフリルがあしらわれ、襟を青い大きなリボンが飾る。恐らく、どれも絹。サスペンダーが見えたがスラックスなのか短パンなのかは机に隠れて見えなかった。髪は直毛の黒、ショートボブだ。目はサファイアを溶かしたような青。肌は触れれば溶けてしまいそうなほどに白い。15才ほどに見えた。

 そして俺の眼には、ある事実が映っていた。

「うわ同じ顔。色違いだけど……ひょっとして双子?」

「言うと思った~」

「確かに僕と兄さんは双子だが、あなたは? 兄さんが客人を連れてきたと先触れがあったが……」

「あの、お兄さんに拾われた身でして……それでこちらで職を紹介してもらえる、と」

 そうなのだ。

 エーデルシュタインに着くまでの途次、車中でイノセントと話し合ったのは、まず身元を固めること。そして、生きていく上で必要な「金」を手に入れるために仕事に就くこと。そのために、イノセントが「こういうことが得意な奴がいる」と言ってくれたのだが――まさか、この一見儚げなゴスロリ少年がそうとは俄に信じがたかった。否、イノセントも儚げではあるのだが、つなぎの作業着を着ている姿と比べるとどうにもそのイメージとちぐはぐだ。俺が混乱していると、アダマスは書類を片手に溜息を吐いた。

「また面倒事を持ってきて……兄さんは黙って石を彫っていればいいのに、各地の鉱山を飛び回っては石と一緒に何かしら持ち込んでくる。それで今回は石の収穫はあったのか」

「それが今回は収穫なしなんだよね。だから彫りかけのやつ彫ることにするわ。まあそれはいつでもできるからいいとして、今は彼のこと。トモヤ・マツシタ。アキツシマネ出身でこの辺のことは常識レベルで知らない。ただしサラリーマンとして働いていた時期はあるってさ。エンデュミオン語も話せるし文字書きもできる」

「どうも……」

 ――さらに虚実織り交ぜた経歴をでっち上げた。

 イノセントが俺の経歴を聴いてその場ででっち上げたものだ。こいつ、詐欺師の才能もないか。俺が訝しみながらも、賢明にも黙っていると、アダマスは鼻で笑った。

「ふん。大方身元不明の奴を拾ったからどうにかしろ、そう言いたいんだな」

「まあ、遠からず」

「構わん。しかしサラリーマン勤務経験があるというのは嬉しいな。何ならうちで直接雇って――」

「あ、あの。身元を保証してもらえるだけでいいんです。あと職が決まるまで、最低限衣食住を保証してもらえれば……」

 後半はだいぶ図々しいと理解しながらも、俺は言う。

 実のところ、車中でもイノセントに言われていたのだ。俺は元の世界では資材部だった。だから宝石商だというジェマーケット家で働くには充分能力があるんじゃないか、と言われた。

 しかし、ここに至ってなお、俺は諦めていなかった。

 即ち、異世界ライフを。異世界ライフと言えばジョブ。転職。イノセントに聴いた限りではこの世界には白魔導士とか剣士とかそういうのはなさそうだしそもそもRPGにおける金を巻き上げる対象のモンスターも駆逐されて久しいと言うからそういう「旅で稼ぐ仕事」というのはなさそうだ。それでも異世界で職業を得るというのは心躍る響きだ。

 きらきらと目を輝かせているだろう俺をどうどうと抑えながら、イノセントはアダマスに言う。

「そう言うわけで、アダマスにはトモヤの身元引受人になって欲しいんだよね。ふらふらしてる俺よりしっかりしてるでしょ」

「僕の仕事を増やす気か」

「でもアダマス、仕事大好きだよね。ワーカホリック」

「……否定はしない」

「仕事の紹介の方は俺がするからそれだけ宜しく。あ、あとしばらく彼、ウチに住ませるから」

「は!?」

「えっ」

 アダマスと俺が同時に驚く。イノセントはしれっとしたものだ。

「もう使用人たちにはトモヤの部屋の準備はさせたから。食事の用意もさせたし」

「そんな勝手な」

「だってアダマス。そうじゃなきゃわざわざ職が見つかって安定するかわからないうちに一々住処を変えさせるの、かえってしんどいよ。ウチから通わせた方が楽。衣食もそうだし。なんならトモヤの分は俺が出していいし」

 激しい応酬。しかしやがて、アダマスの方が折れた。

「……全く、兄さんは本当に面倒事を持ってくる天才だな」

「トモヤ、俺褒められた」

「やったなイノ」

「褒めてない!! 全く……窮鳥懐に入れば猟師も殺さず……違うか? まぁ、仮にも兄さんが信用したんだろうし、置いておいてやってもいい。実質上の現ジェマーケット家当主が許可する」

 そう言われて、俺は首を傾げる。――「実質上の」?

 そんな俺に構わず、アダマスは笑った。出会って数分、はじめて見る笑顔だった。その笑顔はイノセントに似ていた。立ち上がったアダマスは、俺の前に出て手を差し伸べてきた。

「宜しく、トモヤ。今日からあなたは我がジェマーケット家の大事な客人だ」

「早いところ出て行くつもりなので、それまで宜しくお願いしますね」

 

 さて、翌朝からイノセントに連れられて職場体験のコースに出ることになったのだが、これが一筋縄でいかなかった。

 

 

 

 

 

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