愉快犯女神によって転移先異世界で異端審問の危機に陥っている   作:駒由李

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9話です。主人公、不穏な気配を察知


三流銀行行員~インテリヤクザ風味~

 中々、これといった仕事が決まらない。しかしイノセントは辛抱強く付き合ってくれるつもりらしい。今日も、「もしかしたらできるかもね」と言って、昼近くになってから連れ出してくれた。こいつの人の好さは何なのだろう。家は名門らしいし、これがノブレスオブリージュと言うやつか。そんなことを思いながらついていった先は、建物自体はさして高さはないが、なんとなくオフィス街を彷彿とさせる町並みとなっていった。辺りを見渡しながら、ゆっくりと先導するイノセントに尋ねる。

「この辺りの街ってなんなんだ? なんか金融関係っぽいけど……」

「お、正解。銀行街だよ。この国は特性上近隣諸国の中でも経済が発達しててね~」

「あぁ、宝石の売買をするからか」

「そ。トモヤもこの国に慣れてきたね」

 元の世界で勤務していた会社では資材部に所属していたため、その辺りの流れはなんとなく察することができた。

 まだ手持ちには少ない情報しかないが、恐らくこの国の主産業は鉱物業。「ユヴェーラント」(宝石の国)などと言う国名もきっと大袈裟ではないのだろう。そうなると、元の世界の産業革命の時代を彷彿とさせるこの国では既に貨幣経済は成立しているに違いない。そうなると、鉱物は売買の対象。そもそも、俺が拾われたのも鉱山の麓だった。鉱山を開発するにも金が要るだろう。鉱物業がこの国の屋台骨と思われる以上、国からの補償もあるだろう。だが以前本で読んだ「あらゆる移民が働くためにこの国にやって来た」という記述を思い出すと、基本、その辺りは国民任せなのではないかとも思う。未開地を開拓する意志のある者が集ったわけだから。そうなるとやはり銀行の出番だ。

 イノセントは滔々と語る。

「宝石を担保に金を借りたり、鉱山の開発のための融資を受けたり。色々だよ。俺は主に稼いだ金をあちこちの銀行に預けてる」

「あの……」

「お、どうしたの」

 俺は不安になった。

 銀行員なんてのは、元の世界でもエリートの印象が強い。自分はしがない会社員で、銀行は取引相手だった。なのに、もしかして銀行員の職を斡旋してくれるつもりだろうか。俺が不安になっていると、それを察してか「ああ、大丈夫」と彼は朗らかに笑った。

「俺が紹介したいのは――」

 刹那、激しい物音。人と人、人と物がぶつかり合うような音。

 見ると、斜め前方。扉がガタガタと揺れたかと思うと、激しい音を立てて開け放たれた。そこから、刺青に刈り上げの男が顔を歪めて出て行こうとしていた。取り縋るのは年配の女性だ。店員らしく制服らしきものを着ている。痩せぎすの彼女は、男に「待ってください」と叫んでいる。彼女に構わず、男は立ち上がった。

「うるせぇ、払ってられるか! こんな三流銀行、潰れちまえ!」

 そう叫んで立ち去ろうとする。修羅場じゃないか、と俺はイノセントを見た。

 イノセントは、呆れた顔をしていた。

「これ、前にも見たなあ」

 とすら呟いている。前にもあったのか、こんなこと。それでも俺が狼狽えていると、俺たちの横を通り過ぎたスーツの男性がいた。日本人平均身長の俺より小柄な、くすんだ金髪の男性だ。その彼が、何気なくイノセントに何かを手渡した。紙袋だ。

「これ、お願いしますね」

「あ、うん」

 イノセントに特段取り乱す様子もない。それにさらに混乱していると――男性は、あろうことか、刈り上げの男にドロップキックを放った。背中に直撃。男は俯せに地面を滑っていく。あれ絶対顔面に、主に鼻に擦り傷できるぞ、痛そう。俺がそんなことを考えていると、男性は迷わずつかつかと男に歩み寄る。そして小柄な体で苦もなく、男の襟首を猫の子のように掴み上げた。その間に、先程男と女性が出て来た扉からばらばらと屈強そうな体を色取り取りのスーツに――平たく言ってちんぴらかヤクザかマフィア――身を包んだ男たちが出て来た。そして猫の子のように摘まれた男の脇を固める。ドロップキックを放った男性の横顔が見えた。眼鏡の、理知的な印象の男性だ。彼は微笑んで言う。完璧な、貼り付けた微笑だった。

「契約は契約です。法律に則った完璧な契約ですよ。そのことを、じっくりと話して聴かせてもらってくださいね」

「は……放せ! 放せー!!」

 暴れる刈り上げの男は、男たちに建物の中へと引きずり込まれていく。これは見送っていいものか、しかし人前でサイキックを使えない以上自分にできることはない。そう思っていると、眼鏡の男性がこちらに歩み寄ってきた。やはり小柄だ。しかし体つきはしっかりしているから体重は俺より重いかも知れない。そんな彼はイノセントに向かっていた。

「俺のお昼、預かってもらって恐縮です。それで今日はお金の引き出しに?」

「あー違う違う。昨日電話で言ったでしょ。ちょっと仕事を見せてあげて欲しい奴がいるって――トモヤ?」

 俺は既に察していた。この世界に来て数日、勘は格段に良くなったと思う。その上で、俺は言った。

「もしかして、俺に紹介したい仕事って」

「今みたいな、金を払わずに逃げようとする客をとっつかまえるだけの簡単なお仕事だよ」

「無理です」

「へぇ、人員が増えるのは嬉しいですけど」

「無茶です」

「そんな頑なに断らなくても」

「無理なものは無理!」

 本来俺は肉体派ではない。サイキックを使えないのでは尚更だ。俺は声高に拒否をしたのだった。

 それでも「まぁどうせ来たならお茶でもどうぞ」と眼鏡の男は言った。

 

 暴力団事務所に連れてこられた借金持ちの一般人はこんな気持ちだろうか。

 男の悲鳴が聞こえたり、泣き声が聞こえたり。人がぶつかるような物音も響く。どしん、と人が倒れるような音もした。その中で、眼鏡の男は「粗茶ですが」と見るからに安物のカップを俺たちの前に2つ置いた。紅茶のようだ。いやそれよりも異世界なのに、ヨーロッパっぽい世界だろうに「粗茶ですが」と言う文化があるのか。確かに粗茶のようだが。俺が怯えながらも思考を巡らせていると、イノセントは悠々とカップを手に取った。ところどころ革が剥げたソファに、貴族のように優雅に座っている。

「トモヤ、お茶冷めちゃうよ」

「あ、うん……」

「それで、なんでしたっけ。そちらの方が職を求められているとか」

 言われるがままにカップを手に取った俺に、正面のソファに座った男が問いかけてくる。紅茶の味はダージリンに似ていた。男の質問に答えたのはイノセントだ。

「そう。俺の伝手で知ってるところから紹介して回ってるところ。まあここんちの力仕事は駄目だろうなって思ったろうけど、彼、この辺の地理に詳しくないから案内も兼ねてね」

「まぁ、銀行なら何れ来ることになったろうけど……あの、ここ、普通の銀行なんですよね? なんで……その……」

 俺がしどろもどろに目線を彷徨わせていると、眼鏡の男は首を傾げる。そうすると幼い印象を受けた。

「あなた、この国の方ではないんですか」

「えぇ、アキツシマネの出身で」

「それならこの国の銀行の特殊事情もご存知ないですか……私からご説明しましょうか」

「お願い」

 男の視線がイノセントに向かい、イノセントが肯いた。それで、男はこちらを見た。

「まず、そもそも銀行というものがどういう性質のものかはご理解いただけてますね」

「……金の貸し借りを請け負う機関でしょう」

「概ね合ってますね。それでこの国の銀行というのは、専ら鉱山開発の融資を承っています。『宝石の国』ですからね。そう言った目的の、大半のお客様はきちんと担保を用意し、厳しい審査を受けた結果融資を受けられて鉱山の開発などに乗り出されます。その後、銀行側にも見返りが来ますね」

「それじゃ、『きちんと』担保を用意できない客は……」

 俺が言うと、男は微笑んだ。あの、貼り付けた微笑みだ。俺が内心戦いていると、男は淀みない声で言う。

「そう言ったお客様もおられますね。勿論普通ならそう言ったお客様はご融資させられないのですが……当行のような、『審査の緩やかな』銀行もございます。そして、中には先程のように契約を一方的には破棄されるようなお客様もいらっしゃいます」

 男は微笑んで言った。完璧な微笑だった。接客業のお手本にしたいぐらいだ。

「そう言ったお客様には、『お連れ』して『説得』するのがこの近辺の銀行のスタンスですね」

「や、闇金……」

「闇金とは違うよ、トモヤ」

 隣からフォローが入る。イノセントがカップを口から離していた。そのときまた大きな物音がして、震動で天井からパラパラと粉が落ちてきた。

「少なくともこの銀行は、法律の範疇の利子で融資してる。それに、さっき見たでしょ。その上でなお踏み倒そうとする客はろくなのがいない。だから行員自ら『説得』するってわけ。ここの行員、見た目怖いの多かったでしょ。ああ言う連中を前にしてぬけぬけと借金を踏み倒そうとするのは大抵太い奴らだからね」

「それにしたって――」

「あら、フランちゃん。こんなところに来ちゃったの?」

 女性の声がした。確か、先程「客」に縋り付いていた女性行員の声だ。フランとは誰だろう、そう思っているとぱたぱたと軽い足音がする。それが近付いてきたかと思うと、パーテーションの向こうから子どもが――子ども?

 腰を浮かしたのは眼鏡の男だった。それで、男の仮面が外れた音を聞いた。

「フラン? どうしたんだ、こんなところに来ちゃ駄目だろ」

「ヘンリーお兄ちゃん、お仕事頑張ってるかなぁって」

 子どもは、少女のようだった。恐らく秋物のワンピースに靴下、革靴。それに肩からはポシェットを斜め掛けしていた。やや痩せた印象の、しかしかわいらしい少女だ。最初、男と父娘かとも思った。しかし彼を――恐らくヘンリーというのは彼の名なのだろう――「お兄ちゃん」と呼んでいる。それに、種類は違えど両者共に金髪だ。この間会ったマグダレーナ姉弟と言い、金髪率が高いなと他人事のように思いながら目の前の光景を成り行きのまま見守っていると、少女は手に持っていた「それ」を眼鏡の男に差し出した。

 それは、花だった。野の花をそのまま摘んできた風情の、可愛らしい花束だった。男は目を瞬いている。

「これね、お仕事が頑張れるようにお守り! 公園で摘んできたんだ!」

「――そうか」

 男は、その花束を受け取った。

 そして、少女の目線に合わせてしゃがみ込む。小さな、丸い頭を撫でた。

「有難う。頑張れるよ。みんなで見られるように受付に飾っておくから」

「うん!」

「それじゃ――いや、今このまま家まで送る。すいません、私ちょっと出て来ます。あ、あとジェマーケット様と、えぇと」

 少々狼狽えた様子の男に微笑ましさを覚えた。子どもを前にすると人間、本質が出るものだ。その笑みはまだ怯えがあったので控えつつ名乗ることにする。

「マツシタです。トモヤ・マツシタ」

「マツシタ様。少々席を――」

「いや、俺らは帰るよ。邪魔したね。お茶、美味しかったよ」

 そう言って、イノセントはソファから立ち上がった。立ち上がる仕種まで優雅だったので、躾けられたんだろうな、と思いながら俺は庶民らしく立ち上がった。美味しかった、というのは世辞だろうなと思いつつ。

 そのときには、男はフランと呼ばれた少女と手を繋いで出口に向かって行っていた。

 

 この国の銀行の事情について語られたのは、散歩ついでにジェマーケット邸へと遠回りに歩きながらのことだった。

「さっきヘンリーは省いてたけどね。この国で銀行が生き延びるのは中々厳しいことなんだよ」

「そうなのか」

「倒産しそうになったら国が補償してくれるけど、雀の涙だね。鉱山開発の融資を募ると偽って金を借りるだけ借りて高飛びする奴もいるし、易々と貸したはいいけど、焦げ付いて不良債権になることもある。この国じゃ1度そういうことが起きると悲劇にしかならない。で、自然とそう言うのに慎重な銀行が生き延びてきたってわけ」

「……」

「で、審査が緩い銀行って言うのは人が集まるけど、犯罪に結びつくケースも多い。前にも言ったし遭遇したでしょ? テロリスト。ああ言うのが資金集めに、身辺のキレイな奴を雇って嘘の融資を受けるっていう例もある。そういうのは逃すと大変だから、行員も武装して取り返しにかかる。そうでなくとも、まあ普段から不届きな客を逃さずに捕まえて金をびた一文負からず払わせるっていうのが日常業務みたいなもんだしね」

 言ってから、イノセントは嘆息した。

「さっきのフランも、そう言う例のひとつでね」

「えっ、どっち?」

「テロリストに雇われた方。あ、あの子の父親がね。色々あって金を持ってテロリストの元に逃げようとして……結局捕まって。体が弱り切っていたから最初は入院したけど、その後は結局刑務所行き。今、フランは父親を待ってるところなんだよ」

「……なんでそれが、その、ヘンリー? さんのところで?」

「さあ、その辺の事情はよく知らないな。ただ個人的にあの2人は相性が良さそう――ああそうそう、周りからはヘンリーって呼ばれてるけど、あいつの本名はちょっと違うよ」

「へぇ、なんて言うんだ」

「ヘンリク・ニルソン」

 その名前に、俺は首を傾げた。名前の響きからして東欧か北欧じゃないだろうか。イギリスやイタリア、ドイツを合わせたようなこの国にはあまりしっくり来ない。俺がそう思っているのを察してか、「あぁ、ヘンリーは移民なんだ」と答える。

「移民って今でも結構多いよ。ユヴェーラントはその辺寛容だからね。宝石を掘る意志ひとつあればいいみたいなところあるし」

「そっか……俺は鉱山労働者には向きそうにないが……」

「まあそれは期待してないよ」

「それはそれで腹が立つな……それで、何て言う国からの移民なんだ」

 俺はこのとき、何となく質問したつもりだった。世間話の一環だ。それに対し、イノセントもやはり世間話に過ぎない調子で答えた。

 俺にとって、あまり聞き捨てならない言葉を。

「ヴァナルガンド王国ってところ。『北の地』に近いところだね」

「え――?」

「どうかした?」

 俺は口を噤んだ。けれど、それでも取り繕って「何でもない」と答えた。

 

 俺はこのとき、ただ驚いたのだ。

(なんで、俺の世界にもあった国が、そのまま存在しているんだ……?)

 

 

 

 

Next......


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