白き翼の物語~Trail of klose ~ 作:サンクタス
~ジェニス王立学園・旧校舎付近の森~
ありえない。そんなコト、あるはずがない!
「ん、なんのことかな~。」
「(と、とぼけるんじゃない!!今だって通じてるくせに!)」
…………なぜだ!俺達の言葉を感じ取れるのは、セレストの子孫であるアウスレーゼ王家の一部の者だけではなかったのか!?なんでこんな奴が………………
「あ、そうだ。なァジーク、オレの見立てでは、クローゼはこの先随分苦労しそうだぞ~。お前も忙しくなるだろうが、ま、せいぜい頑張るんだな。」
レクターのヤツは、そう言ってまたふわりと木から飛び降りた。
「じゃ、オレ用事があるから。またな~。」
「(お、おい!ちょっと待て!待てったら!!)」
引き止めた。まあ、そんなのヤツが聞くはずもなく…………行っちまった。
くっそ~、あの野郎、人を小バカにしやがって……………。
「(見てろよ~!!いつか絶対、お前の尻尾を掴んでやるからなああああ!!)」
~クラブハウス二階・生徒会室~
ジルさん達と昼食を取り終え、私は生徒会のミーティングに出席するためにクラブハウスの一角にある生徒会室へ向かった。生徒会室はクラブハウス二階にあって、広さは教室の半分位。普段五・六人でしか活動しないからこのくらいでも十分だった。中に入ると、既に生徒会副会長のルーシー先輩、書記兼会計係のレオ先輩、そしてなんとレクター先輩が、真ん中に置かれたテーブルを囲んで待っていた。
「ちわ~……あ、珍しくレクター先輩がいる……。」
「珍しいとはなんだ、珍しいとは。オレはいつも、ここでダベってるだろうが!」
先輩、仕事をしてないことは否定しないんですね………………
「あなただって、ついさっきここに来たくせに、めったなことは言わないの。」
すかさずルーシー先輩がレクター先輩ををたしなめた。
「ルーシーせんぱーい、お久しぶりです~。」
「(…………また、ハンスのやつ、デレデレしちゃって………………)」
「(ねえジルさん。ハンス君とルーシー先輩、何かあったの?)」
「(うんにゃ、なんにも。でもハンス、生徒会に入って先輩に会ってからずっとあんな感じなのよね。)」
確かに、ルーシー先輩って綺麗だものね。端正な顔立ち、長く伸ばした金髪。そう言えば、何人もの学園の生徒がルーシー先輩に憧れて、その全員がアタックして砕けてるって噂に聞いたことがある。
「ハンス君、元気そうね。試験の方は上手くいきそう?」
「あはは~、そんなのー………………俺に聞かないで下さいよ~。」
「……ダメだったわけね。」
ジルさんは冷静に断じた。するとレオ先輩が私達をジロリと睨んだ。
「お前たち、さっさと席に着け。」
「は、はいっ!」
私達も反射的に声を揃えて返事をした。(いつからだろうか、私もつい返事をするようになっていた。)席に着くと、まずレオ先輩から話を切り出した。
「……全員揃った様だな。それでは今日の議題だが、まずは………」
「みんなの将来の夢を聞いておこうと聞いておこうと思ってな!そこの三名!一人ずつ将来の夢を語
れ!」
いきなり、レクター先輩が大きな声で割り込んだ。一応答えたほうがいいのかなと思っていると、ルーシー先輩が何も言わずに立ち上がり、彼の隣に立った。
「……………レクター。」
「ん?なんだルーシー。」
するといきなり、ル-シー先輩がレクター先輩に強烈なボディーブローをくらわせた。私はそれを見て思わず唖然としてしまったが、私以外の人はみんな何事もなかったような顔をしていた。ルーシー先輩もまた何事もなかったかのように席に戻った。
「レオ君。続きを…………」
大人しくなったレクター先輩には見向きもせず席に着いたルーシー先輩は静かに言った。
「(ジルさん、これって………………)」
「(日常茶飯事。最初見たときは驚いたけど、もう慣れちゃった。)」
「(は、はあ………………)」
何だか意外だった。生徒会ってこんなもの?い、いや、ちょっと待って。むしろレクター先輩抜きなら………。
「……まずは今年度の生徒会活動を一通り説明しておく。それから具体的な活動内容と年次予算の割り振りを詰めていく予定だが……」
「まずはジル、お前からだ!お前が今感じている、乙女のハートフルな想いを簡潔に表現して見せろ!」
まただった。レクター先輩が懲りずにまた話に割り込むと、ジルさんは先輩の方をキッと睨んで、きっぱり言った。
「………打倒生徒会長です!!」
「グハッ……………!?」
な……何、この漫才みたいな会話………。
「……………見ての通り、これは戦力外だ。何も期待しないように。」
それからレオ先輩はレクター先輩を華麗にスルーしながら会議を進めていった。
「(レクター先輩……どういう反応してるんですか…………。)」
「(本当に、いてもいなくても迷惑な人だ……………。)」
その後もレクター先輩の懲りない妨害に遭いながらも、数十分後、ミーティングは無事終了した。
私達一年生組は、一度外の空気を吸ってから、さっきのミーティングで決められた仕事に向かうことにした。………レクター先輩をここまで面倒くさいと思ったのは、初めてだった。
「ああ、疲れた……。今日はボディーブロー三回、蹴り二回、スルーが五回で計十回。今日はいつにも増して妨害が多かったわね………。」
「クローゼがいたからかねえ、かなりテンションが高かったな。レクターさんを捜すのも疲れるが、出席しているのも疲れるんだよな………。」
しかしその瞬間ハンス君は疲れ顔をデレッとさせて、
「唯一の救いはルーシー先輩に会えたことだぜ。試験期間中は会えなかったからなあ~……。」
うっとりと言った。
「…………おいおい、今朝も必勝祈願とか言って会ってなかった?」
「ふふ、私もそれ、お見かけしましたよ?」
二人でハンスにツッコミを入れて笑いあっていると、クラブハウスからレクター先輩がフラフラと出て来た。そして私達を見つけると、怪しげにニヤッと笑い、こちらに近づいてきた。
「おー、お前ら………ヒマそうだな。」
「……先輩よりは忙しいです。これから各クラブの部長さんを回って予算案を作成しなきゃいけないんで。」
ジルさんはさっきの仕返しか、不快感を露わにして答える。まだ根に持っているみたい。でもレクター先輩は全く構わずに、
「そーか。ならクローゼだな。」
そう言って私に封筒をポンと手渡した。後で思えば半分押し付けられていたようだったけれど。
「………えっと、これって………?」
「ルーアン市長に提出しなきゃならんらしくてな。レオがうるさいのだ。クローゼ、行ってこい。」
「……それ、本当はレクター先輩の仕事なのでは?」
ジルさんは怪しんで聞いた。
「イヤー、ソンナワケ………」
「先輩、声裏返ってます。」
ハンス君がすかさずツッこむと、レクター先輩は私の顔を見てふと何かに気付いたような目をした。
「……クローゼ、頭に羽毛付いてんぞ。」
「えっ………………!」
彼は私に近づいてポンポンと頭を払った。
「ジークの奴だな。そういやアイツ、そろそろ羽根が生え変わる時期とか言ってたしなァ。」
「(い、いつから付いてたんだろう……もしかして試験中も?は、恥ずかしい……………って、え!?)」
今………先輩、妙な事を言ったよね。
「先輩、ジークの事知ってるんですか!?それに言ってたって………。」
「あー。その封筒ヨロシク~。」
レクター先輩は無視してクラブハウスにさっさと戻っていってしまった。さっきの言葉………どういう事だろう………。
「(レクター先輩………本当に得体のしれない人ですね………!)」
「クローゼ、あの…………」
ジルさんは言いにくそうに私を見る。その方向には、一通の茶封筒。
「……まんまと仕事、押し付けられてるわよ?」
「それに………別に羽毛なんて付いてなかったぞ。」
「!!!……………また、からかわれました………。」
恥ずかしくて、つい目を伏せた。という事は、レクター先輩、私の頭を撫でたかっただけ、って事?
「ほらクローゼ、すぐに追いかけて突き返さないと。」
「いや、今から追いかけて捕まるかどうか……そうだな、このタイムラグなら早くて五時間ってところか……。」
ハンス君は冷静に分析してくれたが、ここで私が迷惑をかけるわけには、いかない。役に立てるなら何でもしないと。
「あ、あの…………もう私が行ってきます。その方が早そうですし…………。ルーアンの市長さんに届ければいいんですよね?」
「う~ん。クローゼにはあたしたちを手伝ってもらうつもりだったのに……まあ、クローゼがそう言うんなら仕方ないか。クローゼ、道わかる?」
「あ、知ってます。以前お伺いしたことがあるので。(と言っても九年前のあの時以来ですけど……もうわかるはずよね。)」
「まあクローゼなら大丈夫だろ。でも一応魔獣には気を付けてくれよ。」
「じゃ、ここでお別れね。また後でね。クローゼ!」
「早めに帰ってこいよ!」
「はい!」
そして二人は先に校舎へ向かっていった。よし、私は、私の仕事をこなす!
「まずは外出許可をもらわないと。学園長に事情を説明してみましょうか。」
学園長室は、コリンズ学園長先生の意向で日中なら誰でも入れるようになっている。私は扉をノックし、そっと中に入った。
「………学園長先生。失礼します。」
「おや、クローゼ君。どうかしたのかね?」
読書中だったのか、先生は分厚い本を机の脇に置いて私の目を見る。
「すみません。少し用事ができてしまいまして………外出許可をいただけないでしょうか。」
先ほどあった事を手短に説明すると、学園長先生は納得したように二、三度頷いた。
「成程、生徒会の用事でルーアンへまで……もちろん、構わないとも。」
学園長先生は机から外出許可証を取り出し、それにサインして私に渡した。
「ありがとうございます。」
「ふむ、君もこちらの生活に大分慣れてきたようだな。ふふ、話は聞いているよ。よく学園の中を走り回っているとか。」
「あ、あはは……最近生徒会のお手伝いをさせていただいてるんです。それで、その……ちょっと走り回る用事がありまして。」
「そうか…………。」
学園長先生は微笑みながらまた頷いた。
「えっと、では私、これで失礼しますね。」
「ああ、道中気を付けてな。」
「はい。」
私は会釈をして部屋から出た。
「ふふ……いい顔をなさるようになった。あの時とはまるで違う。どこまでも陛下の言う通りだった、という事か。」
クローゼが部屋を出た後、コリンズ学園長はクローゼの姿があった場所を見ながら思った。
その時、再び部屋の戸をノックする音が聞こえた。
「……うん?どうぞ、入りなさい。」
「失礼します。」
入ってきたのは、レクターだった。しかしいつもよりは、姿勢をきちんとさせているようだった。
「レクター君か。今日は何の用だね?」
「はい、今日もここでひと休みさせていただこうと思いまして。」
言葉は丁寧だったが、彼は部屋の隅にあるソファに躊躇いなしにゴロっと横になり、足を投げ出した。
「ふふ、君も相変わらずのようだね。君だろう?クローゼ君達をあちこち走り回らせているのは。」
「お言葉ですが先生、私が彼女たちを走らせているのではなく、あのレオが走らせているのです。そこのところをお間違えなきよう。」
レクターが返すと、コリンズ学園長はさも愉快そうに笑った。
「ははは、君は本当に愉快な男だな。…………そうか、クローゼ君があのような顔をするようになったのも、一つは君のおかげかもしれんな。」
今度はレクターは何も答えずにニヤリとしただけだった。
「それにしても、君は不思議な男だ。君は傍目では怠惰な生活を送っているようにも見えるが、不思議と相手をリラックスさせる、そんな力があるようだ。それとも、無防備にする、と言ったほうが近いかな?」
レクターはさっきと変わらず、ソファでくつろいでいる。
「レクター君、私は君の事についてはよく知らないが、君は十分信用に足る人物だと思っておる。そこを覚えておいてもらいたい。」
学園長がそこまで言うと、レクターは顔を学園長に向け、そのままの体勢で小さく会釈した。
「ありがとうございます。学園長先生。」
そして、彼は再び背を向け、いびきまで立て始めた。学園長はそれをたしなめることなく、何やら物思いに耽ったようだった。
学園長室を出た後、私は用務員のバークスさんに正門のカギを開けてもらい、レクター先輩に押し付けられた封筒を届けにルーアンに出発した。学園からルーアンまではそんなに遠くはなく、私はすぐに街中に着いた。
~海港都市ルーアン・北街区~
「ルーアンの街…………。」
そう言えば、この街をこうやって歩くのは久しぶりだった。一回目は九年前、二回目は四年前、お祖母様の国内視察について行った時。でも二回目は導力車の移動だったから………。私もあまり印象にない。
だからここに来ると、自然と九年前の頃を思い出してしまう。あの時の事はもう、あまりはっきりとは覚えてはいなかったけれど、人々の雑踏や、この白い街並みは私の記憶の底にうっすらと残っていた。
「………こんなに、華やかな街だったんですね……。」
しかし、それよりも遥かにはっきりと残っている記憶がある。『あの人』に出会ったこと。『あの場所』で暮らしたこと。そして……………。
「(あの時、私は…………。)」
「(お~い!クローゼ!)」
私は、頭の中で響く声でふと我に返った。
「え、ジーク……?」
ジークは人目に付きづらい木の枝の間にとまり、こっちを睨んでいた。
「(まったく、俺に何にも言わないでどこ行くんだよ。無いとは思うけど、もしクローゼになんかあったら俺、親父に半殺しにされるよ?)」
「ごめん。近かったから別にいいかなと思ったんだけど………」
「(ま、すぐに見つかったからいいんだけどさ。そういや上から見て気づいたけど、あのデッカイ橋、上がってるよ?)」
「えっ……!」
ルーアンには町を南北に分ける川、ルビーヌ川が流れている。そこを行き来するために導力で駆動する跳ね橋、ラングドン大橋がかかっており、それは一定の時間に上がり下がりを繰り返すようになっていた。私はそのちょうど橋が上がっている時間帯に出くわしてしまったのである。よく見ると、家々の隙間から橋の先が覗いている。しかし、目的地であるルーアン市長邸は橋を渡った南街区にあった。
「そうだった。この時間帯は通れないんだった。市長邸に行くには少し待たないと。」
「(シッ、クローゼ!あれ見て!)」
「え……?」
ジークが向いている方向を私も見た。そこにはなんと、レクター先輩が鼻歌を歌いながら歩いているのが見えた。
「(な、なんでレクター先輩がルーアンにいるの?)」
「(見ろよ、あの店に入るみたいだぜ。)」
私達はレクター先輩がその店に入ってから、そっと店に近寄った。店の看板には『カジノバー・ラヴァンタル』と書かれていた。
「このお店って……カジノバー!?」
「(チッ、あのヤロー、どこに行ってるのかと思ったらこんなところに来てたのか。)」
「ジーク、私レクターさんに会ってきます!」
「(わかった。俺はここで待ってるよ。)」
私はレクター先輩の入った店に走って行った。いくらなんでも、賭博にまで手を出すなんて………!
~カジノバー『ラヴァンタル』内~
一階は普通のバーで、そこには先輩の姿はなかった。二階に走って上がると、ルーレットやトランプ台が並んだ小規模カジノのようになっていた。まだ日中だから客も少なく、私が辺りを見回すとすぐに見つけられた。スロット台の前に座っているレクター先輩を。私はツカツカと先輩の所に歩み寄った。
「レクター先輩………。何してるんですか!こんな所で!学園の生徒は賭け事禁止ですよ!?」
「おお、知ってるとも。何せオレは生徒会長だからな!……おっ、キタキタ~!」
ジャラジャラと台からコインが出てくる。私は思わず怒鳴ってしまったけれど、レクター先輩は変な言い訳で聞き流した。
「(……本当にこの人、生徒会長なのかしら。)」
早くここから連れ出さないと、と思った時、コンコンと何かが窓を叩く音がした。
「(クローゼ?いるんだろ?)」
ジークが窓の桟にとまってくちばしで窓を叩いていた。
「ジーク。どうしたの?」
「(いや、さっきあの橋が下りたから伝えようと思ってさ。)」
窓の外を見ると、確かに橋は既に降りていた。これで届け物ができる。
「うん、わかった。ありがとう………先輩、私は先に用事を済ませてきますから。ここで大人しくしていて下さいね!絶対ですよ!」
「おおう、おうおう……おお?…おー……もうちょいだな……」
「……何がですか!もう、ほんとに……。」
わからない。私は完全にスロットに夢中のレクター先輩に呆れながら、店を出ていった。
外に出ると、ジークがすぐに私の所に飛んで来てくれた。
「(どうだった?クローゼ。)」
「なんだかスロット台に夢中みたい。どうしてあんなものに夢中になれるんだろう………。」
「(クローゼは真面目だもん。わかるはずないさ。これからどうする?市長邸にも行かにゃならないんだろ?)」
「えっと…………じゃあジーク。私これから市長邸に行って用事を済ましてくるから、絶対にレクター先輩を逃がさない様に見張ってて!」
「(合点だ。じゃ、いってら~。)」
「お願いね!」
逃げ足の早い先輩のことだ。ジーク相手でも逃げてしまう可能性は十分にあるけれど、仕方がない。まずは急いで仕事を片付けよう!
それから私は市長邸に行き、出来るだけ手短に用事を済ませた。そして、できる限り急いで走って『ラヴァンタル』へと戻った。
「レクター先輩、大人しくしているでしょうか……。」
正直、もういないだろうとは思っていた。ダメもとで見てみようと、『ラヴァンタル』の玄関を覗き、中に入ろうとしたら。
「(ク、クローゼェ~!)」
すると、ジークがなぜか遠くの方から飛んで戻ってきた。
「ジーク!一体どこに行ってたの?」
「(た、大変なことが起こったんだ!)」
「え、ええっ!?」
私は驚いて、ジークの所に駆け寄った。