白き翼の物語~Trail of klose ~   作:サンクタス

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第十話~邂逅・後篇~

~ルーアン市・北街区~

 

 

 

 

「それで、どういう事なの?」

私達は人の目につかない海岸沿いの小さな公園に行き、そこで改めてジークに尋ねた。彼は私の隣に座って、さっきまでの出来事を思い出そうとしながら話してくれた。

 

「(えーと、順繰りに説明するぞ。まず、クローゼが市長邸に向かったあと、俺は窓の外からレクターを見張ってた。)」

 

「うん。」

 

「(しばらくずうっとヤツは楽しんでいたんだが、いくらかすると、店に一人の女生徒が入ってきた。もちろん、ジェニス王立学園のさ。)」

 

「ええっ!まさか、レクター先輩の他にもカジノに手を出してる人がいたって事?」

少なくても、私と同じクラスの人でカジノに行きそうな人はいないと思うけど……………。

 

「(ドウドウ、落ち着け。その入ってきた女生徒だが、どうやらレクターの知り合いだったらしい。)」

 

「知り合い?」

 

「(そ。だって初対面の男にパンチする女はいないだろ?普通。)」

パ、パンチって………………その人が誰のことだか、わかったような気がする。

 

「ねえ、その人、長い金髪をしてなかった?」

 

「(そうそう!よくわかったね~。)」

案の定。そっか、ルーシー先輩が来てくれてたんだ。という事は、カジノに行っているって事も把握済みかな。

 

「(そのあと、アイツはその女生徒に引きずられてった。俺が見たのはそこまでさ。驚いたよ。アイツがいとも簡単に捕まったからね。)」

 

「……わかった。ありがとうジーク。はあ、それにしても……疲れたな………まさかレクター先輩がカジノまで手を出しているなんて。もう、どうやって更生させればいいのか……。」

 

「(ふん、更生ねえ~。そこまでしてやる必要って、あるか?)」

 

「えっ……………。」

 

「だって、別にアイツに世話になったわけでもないだろ。逆にこっちが迷惑かけられてるくらいだ。わざわざ心配してやんなくったっていいじゃん。」

 

そ、そういえばそうかも………どうして私は先輩の事を気にしているんだろう………。

「(それはそれとして、用事も片付いたし、帰るか。)」

 

「そ、そうね。早めに帰ってね、てジル達も言ってたし。」

そして私達は公園を離れ、学園への道を歩き出した。ジークは、甘えなのかそれとも別の理由かわからないけど、私の肩にのっかったままだった。正直に言って重たいし邪魔だから、飛んで欲しいんだけどな……………。

 

 

 

 

 

「(そう言えばクローゼ。あそこにはいかないのか?)」

街から出たとき、ジークは私に尋ねてきた。あそこ、の意味が分からず私は聞き返す。

 

「あそこって、どこの事?」

 

「(決まってるじゃないか。マーシア孤児院だよ。あれから一回も行ってないだろ?)」

 

「………………………。」

 

「(せっかくルーアンまで来たんだから、一度顔出しといたら先生も喜ぶんじゃないかな?なんていたって九年ぶりなんだし。)」

 

「……………いや、やめとく。」

ジークは重ねて言った。でも私は首を横に振った。

 

「(えっ、ど、どうしてさ?いろいろお世話になったんだろ?)」

 

「お世話になったから、だから、行きたくない。」

 

「(……………?俺にもわかるように言ってくれよ。なんで行かないんだ?)」

ジークはしつこく聞いてきたけど、今は、その事を考えるときじゃない。

 

「そんな事よりもジーク、一つ聞きたい事があったんだけど。」

私は話題をずらそうと、こちらから切り出した。

 

「(え、あ、ああ。奇遇だな。俺もクローゼに言っておきたい事があったんだった。)」

 

「………それって、もしかしてレクター先輩の事?」

 

「(おうよ!思い出すのも腹が立つけど、話すよ。)」

そこでジークは私に、森でレクター先輩に会った時のことを話してくれた。

 

 

 

「………やっぱり、そうだったんだ。だから私にあんな事を………」

 

「(あんなことって、クローゼもアイツから何か聞いたのか?)」

 

「うん。レクター先輩、前に『ジークが言ってた』って言ってたの……。それって、ジークが言った事が解った、って事だよね。」

 

「(そういう事になるな。はあ、俺もアイツに話しかけられたときは驚いたよ。まさかクローゼ以外にも俺達の言葉がわかるヤツがいるとは…………それに、気になることも言ってた。)」

 

「気になること……………。」

 

「(アイツは言った。『クローゼはこの先苦労する』。)」

 

「え…………それがどうかしたの?」

 

「(俺の深読みのしすぎだといいんだけど、それはこうも読み取れる。アイツは、クローゼの正体を知っている。)」

 

「!!」

そ、そんな、まさか……………!!確かにこれから王位の継承の問題で私もいろいろ頑張らなきゃならないけれど、レクター先輩がそれを知ってるはずは……………

 

「(俺だって信じられないさ。だって名前も偽名だし、写真を見たって、クローゼが王女として写っている公式の写真はみんなヘアピースを付けて長髪だから見た目だって全然違う。第一、王家の人間が学園にいるなんて、普通は誰だって夢にも思わない。)」

 

「そ、そうだよね。私が王立学園に通っていることを知ってるのは、王家の人間、お祖母様や城の一部の人間しか知らないはずだものね。」

 

「(だが、他にあの言葉を説明できる理由が………あっ……………!!)」

その時、突然ジークの顔が引きつった。(他の人にはそうは見えなかったと思うけど。)

 

「どうしたの?ジーク。」

 

「(………いや、ありえん。流石にそれは……………。)」

彼はブツブツ言いながら首を振る。

 

「ねえ、どうしたの?またなにか思いついたの?」

 

「(………………クローゼ。これも俺の思いつきだけど、レクターが、もしアウスレーゼ王家に関係する人物だとしたら………どうだ?)」

 

「ええっ!!」

ジークのそれは、私を声が出ないほど驚かせた。先輩が………?

 

「(だが、そうすると辻褄が合う所があるんだよなあ。色々と。)」

確かに先輩が王家の人だったとしたら、ジークの存在も知ってるし、話すこともできるかもしれない………でも、私もジーク達白ハヤブサの事は知らなかったし、私が王位継承問題で悩んでる事まで知ることなんて、できるのかな………………。

 

「(ん………何か色々言ったけど、全部俺の戯言さ。忘れてくれ。)」

 

「………クスクス。」

 

「(な、何がおかしいんだよ。)」

 

「だって、ジークがこうやって色々推理したりするのって、珍しいなって思って。」

 

「(お、俺だってたまには考えたりするんだよ!バカにするな!)」

 

「クスクス、もう、ムキになっちゃって………………」

 

 

 

 

 

「(ん、おや、あれは……)」

クローゼ達は既にメーヴェ海道の学園との分岐点まで来ていたが、その海道沿いの道で一人の少年がしゃがみこんでいた。

 

「迷子かしら…?一人みたいだけど……。」

 

「(俺は遠くから見てっからさ。ちょっと見てきたら?魔獣の心配もあるし、ほっとくわけにはいかんだろ。)」

 

「うん。」

クローゼが近づいてみると、大きな帽子(多分大人用の)を被った男の子が何かを必死になって探しているようだった。あちこちの草むらをかき分けながら、ない、ない、と呟いている。赤茶のボサボサ髪に草が引っかかっていて、彼女はちょっとだけ、かわいい、と思った。

 

「………ない、ない……ここにもない。おっかしいな………。」

 

「どうしたの?もしかして迷子?」

クローゼは思い切って話しかけてみた。すると少年は彼女に気づき、少し驚いたようだったが………。

 

「ちっ、ちがわい!ちょっと探し物してるだけだよっ!」

 

「……探し物?」

 

「…………~っ!」

男の子はイラついたように唸った。その姿が、クローゼには何となく微笑ましく思えた。

 

「えっと…………私も一緒に探してもいいかな?」

 

「えっ………べ、べつにいいけど……赤い石なんだ。すげーきれーなんだ……。多分この辺で落としたんだけど……。」

 

「赤い石ね。」

 

「う、うん。」

そしてクローゼはその男の子と一緒に探し始めた。

 

「(何やってんだ?クローゼは。)」

ジークは木の上からそれを見ながら首をかしげていた。

それから五分ほど経ち、彼女も少々本気になって探し始めていた。

 

「えっと……赤い石……赤い石……あれ?」

そして、道端の草むらの中に光が見えた。草の中をかき分けてみると、綺麗に輝く赤い石が見つかった

 

「あっ、これは………。」

その石を手に取り、少年に見せると、

 

「ねえ………ひょっとして、これかな?」

 

「!!」

男の子は走ってきて、クローゼの見つけた石をじっと眺めた。そして、ウンウンとうなづいた。

 

「う、うん。これ………これ、オイラの大切だった人のプレゼントなんだ。」

 

「ふふ、見つかって良かったね。」

クローゼは男の子に石を手渡した。男の子は石を受け取ると、また一度石を眺めてからすぐにポケットにしまった。

 

「う、うん。………お、オイラ、クラム。その、あり、がと。」

クラムと名乗った子はやけにモジモジしながら言い、途端に逃げ出すみたいにして彼女に背を向けた。

 

「じゃ、じゃあな!!」

そしていきなり走り出した………かと思ったが、何かにつまずき派手に転んだ。クローゼはそれを見て、心配そうにクラムに駆け寄る。

 

「だ、大丈夫?」

 

「へ、へーき……」

 

「お家まで送るよ。ね?」

 

「い、いらないって!バカにすんじゃねーぞ!」

彼はムキになって言う。

 

「(どうしようかな………何だかこのまま帰すのも心配だし………そうだ。)………えっとね。実は私、道に迷ってしまって。お家の人に道を聞きたいんだけど……案内してくれるかな?」

 

「え………?う、うん、そんならしょうがねーな……。」

クラムは仕方なさそうに頷いた。

 

「(やっぱりこの子、強がってるけど多分本当は優しい子なのね。)」

 

「……こっち!ほら、早く早く!」

 

「ふふ、そんなに急かさないで。」

クローゼの言うことも聞かず、クラムはルーアン市街とは反対方向に走って行った。

 

「(あれ、こっちって………マノリア村の子なのかな?)」

ルーアンの反対方向、北側には、『マノリア村』という小さな村がある。彼女も何度か休日に散歩に出かけた時に立ち寄るので、場所は知っていた。

 

「ほらほら~。はやくいこうぜ~!」

 

「ちょ、ちょっと待って。今行くから。」

結局、しつこく急かすクラムに彼女は小走りでついていった。

 

 

 

 

「(おいおい、クローゼ!学園はそっちじゃないぞ~!………はあ、付いてくしかないか。それが俺のお役目だしな。)」

ジークは面倒くさそうに翼をばたつかせ、空に舞い上がってから滑空してクローゼ達の後を追った。

 

「(「ん………あれ、もしかしてアイツ、あそこの子じゃねえか?………いいのかなあ。ついさっき、行かないって言ってたのに………。)」

 

 

 

 

 

 

「こっちこっち!こっちだよ!」

クラムはマノリア村の手前の分かれ道で、クローゼに向かって手を振った。そしてもちろんその道がどこに向かう道か、彼女はすぐに気づいた。

 

「(え………?やっぱりマノリア村の子じゃない……あ……………もしかして、こっちは…………。)」

クローゼの予想は的中していた。

クラムが海道を右折して入って行った場所、それは、あのマーシア孤児院だった。

 

 

 

 

 

………………『マーシア孤児院』。

そこは、九年前とほとんど何も変わっていなかった。古ぼけた小さな門、きちんと手入れをされたハーブ畑、整備された花壇に咲き誇る花々、放し飼いにされたニワトリもいる。そして………小さくてボロボロだけど、大切な思い出がたくさん詰まった、あの家……………。

マーシア孤児院。私の大切な場所。あれから九年間、この場所を忘れたことは一度もなかった。四年前、お祖母様とルーアンに来た時も、ずっと、ずっと気になっていた。王立学園の入学が決まった時だって、受験に受かった事よりも、ルーアンに、いっぱい思い出の詰まったあの町に行ける事、そして、ここにまたいつでも来られるようになる事が、何よりもうれしかった。

本当は、真っ先に駆けつけたかった。あんなにお世話になった、テレサ先生や、ジョセフおじさんに会いたかった。でも………私は決めたのだ。もう何にも頼ってはいけない。私は、自分の足で歩いていかなければならない。だから、私はここに来てはいけない。今の弱い私では、きっと何もかもこの場所に頼ってしまう。だから……………。

 

「ね、ねーちゃん、どーしちゃったのさ、ぼーっとしちゃって。せんせー紹介するぜ?」

クラム君の声で、私はふと我にかえった。

 

「あ……う、うん。」

でも…………今なら大丈夫かもしれない。クラスや学園生活にも慣れたし、親しい友人もできた。クラブ活動で剣の稽古も再開したし、レクター先輩を追いかけてるうちにずいぶん体力もついちゃったし………今の私なら、大丈夫かもしれない。今なら、胸を張って、この場所に還ってこられる…………。

 

「ねーちゃん……?具合、悪いの?」

クラム君が気遣って聞いてくれた。でも私は微笑んで首を横に振る。

 

「ううん、大丈夫。……クラム君。えっと、中を案内してくれるかな?」

 

「う、うん!まかせとけって!ほらぁ、ぐずぐずしてっとおいてくぞ!」

そう言ってクラム君は元気そうに孤児院の方へ走って行った。そして、私もそれに付いて、孤児院へと一歩一歩、足を踏み入れる。足元の土の感触まで、懐かしかった………。

 

 

 

 

 

孤児院の中も、驚くほど九年前と変わっていなかった。みんなでご飯を食べる時に使ったイスとテーブルもそのままだったし、台所もあの時と同じようにきちんと整頓されていた。不思議な事に床の木目までちゃんと覚えてた。そして、もう一つ変わらないものがあった。それは…………。

 

「あら、クラム。どこに行ってたのですか?もうみんなはとっくに……………」

台所から、『あの人』の姿が覗く。クラム君にお小言を言おうとしたのか、こちらを振り向いた。

 

「あら、あなたは………。」

クラム君のすぐ後ろに立っていた私に、彼女は気づく。

 

「もしかしてクローゼ?まあ、大きくなって………。」

不審に思うような素振りも見せず、自然に………私だと、わかってくれた。九年間、会うどころが手紙さえも出していなかった私の事を、覚えていてくれたんだ。それに、やっぱりあの時と変わらない笑顔で……………

 

「……テレサ………先生………。」

意識した時には、私の眼からは自然と涙が溢れていた。考える間もなく私はテレサ先生に駆け寄って、抱きついていた。

 

「先生、先生っ……!せ、先生、あの………わ、私………。」

 

「あらあら、泣き顔は変わっていないのですね。」

思わず泣きじゃくる私を、テレサ先生は優しく抱きしめ返してくれた。あの時………一番初めにここを離れると決めた時みたいに。

 

「だ、だって…………。」

 

「へ……………ど、どーなってるの!?」

クラム君は私達の様子を見て、訳が分からず戸惑っていた……………。

 

 

 

 

テレサ先生に抱きしめてもらって、何分経っただろうか。涙が止まってから、自分がかなり取り乱していた事に気付き、先生から慌てて離れた。

 

「あはは………す、すみません。取り乱してしまって。私、本当に嬉しくて……つい………。」

 

「………クローゼ…………ふふ、お帰りなさい。」

ああ………たった一言がここまで心に染みるものとは………思ってもみなかった。

 

「……はい!……グス……。」

 

「あらあら、本当に変わりませんね。」

微笑みながら言うと、先生は訳が分からずオドオドするクラムを見る。

 

「クラムもお帰りなさい。でも勝手に抜け出してはダメよ?」

 

「ちょ、ちょっと探し物してただけだって!」

クラム君の弁解を聞きながら、私はふとあることに気付いた。九年前とほとんど変わらないとおもっていたこの場所で、一つだけ足りないものがあった。せっかくここに来たのだから、『あの人』にも挨拶しておきたい。

 

「あの、テレサ先生。ジョセフおじさんはどちらに……?」

 

「………………。」

その時初めて、私は先生の暗い顔を見た。そしてそのまま黙り込んでしまう。いつも柔和な微笑みを絶やさないテレサ先生が、そんな顔をするなんて……………。

 

「えっと……テレサ先生?」

 

「………そう、クローゼはまだ知らなかったのですね。」

先生は言った……………私と目を合わさないで………言葉の節々に、堪えきれない物を滲ませながら。

 

「主人は……あの人は、亡くなりました。もう四年になるかしら………。」

 

「……………………え……………。」

……………声も出なかった。嘘だ。まさか。あのジョセフおじさんが?あの優しい笑顔で迎えてくれた、あの人が?な、く、なっ、た……………。

 

「ルーアンに買い出しに出かけた時に事故に巻き込まれてしまって………それで……………。」

 

「………………。」

私は……………なんて事を尋ねてしまったのだろう。ジョセフおじさんが、よそ者だった私にも分け隔てなく優しく接してくれたあの人が、亡くなっているだなんて……………。

深い悲しみの後、私の心はどうしようもない悔悟の念に満たされていた。

 

「……………ご…ごめんなさい…………。」

 

「………どうして謝るの?」

 

「……私……わたし…………何も知らなくて……………つまらない意地ばかり張って……ここが、大好きだったのに……来ちゃいけない、なんて…………勝手に思い込んで…………!」

身体中が熱くなるのを感じた。握った手に汗が滲む。歯を強く食いしばるせいで、身体全体が細かく震える。

 

「もっと早く………もっと早く来ていれば…………!!」

四年前……………その時の私は、ルーアンに来ていた。あの時無理してでも孤児院に寄れば、もしかしたらジョセフおじさんに会えたかもしれないのに。お礼を言えたかもしれないのに!何故、何故私は……………こんな、取り返しのつかない事を……………!

 

 

 

 

何もなかったら私はまた泣き出してしまっていたかもしれない。でも、奥の階段の方から子供の声が聞こえてきて、間もなく、二、三人の子供達が楽しそうな声を上げながら下りてくると、状況が変わった。

 

「…………ぇ………?」

 

「あ、クラム!どこ行ってたのよ、もー。」

当然だけど、見たことのない子達だった。二人の子がクラム君の方に行き、一人だけ、私に気付いて近づいてきた。私の泣きそうな瞳を見上げ、舌足らずな声で、

 

「ねーちゃ、どおしてないてゆの~。」

 

「え……えっと………っ………。」

 

私が反応に困っていたら、テレサ先生がそっと肩を抱いてくれた。

「ふふ、今私が世話をしている子供達ですよ。ほら、みんな。あいさつをして。」

 

「は~い!」

子供達は元気に返事をして、行儀よく私の前に並んでくれた。

 

「マリィで~す!」

と緑髪の女の子。

 

「??ほえ~?」

さっき私に話しかけた天然パーマの金髪の女の子は、相変わらずほんわかとしていた。

 

「こんにちは~!おね~ちゃん!」

紫髪の元気そうな男の子。

 

「こらポーリィ。ほえ~じゃないだろっ!」

クラム君は、金髪の子………ポーリィちゃんにツッコミを入れていた………。

 

私は、元気にあいさつをする子たちを見ながら思った。この風景、この笑い声、みんな、九年前と同じだという事。ここにはジョセフおじさんはいないけれど、しっかり生きていた。この場所、空気、空間に。

 

「クローゼ?マーシア孤児院は、ここにあるのですよ?」

そうだ。ここは、マーシア孤児院。私の、大切な場所………!

 

「………………あ……………はい!」

 

「丁度時間もいいようですし、お茶にしましょうか。クローゼ、手伝ってくださる?」

 

「……はい…………!」

 

 

 

 

 

それから私は、暇を見つけては孤児院に顔を出すのが日課になっていた。

 

後から思うと、やっぱりあの時の私は、何も変わっていなかったのかもしれない。ここに居れば、私は、弱いままの私でいられた。孤児院の優しくて暖かい空間にただ身を置いて、懐かしい先生と愛しい子供達のぬくもりに包まれて居るだけで、それだけで、私は幸せな気分になれた。心行くまで、笑い声と共にいられた。

 

両親を知らない私にとって、幼い日の私の唯一の想い出。そんな記憶と共に、孤児院は変わらずここにあってくれたから。だから、私は安心して頼っていられた。ただひたすら自分を……私自身を騙し続けることができた。

 

そう………私の心は……………

 

それほど綺麗なものではない。


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