白き翼の物語~Trail of klose ~ 作:サンクタス
~翌日、マーシア孤児院~
その日、クローゼは朝早くから孤児院を訪れた。一度彼女には話さないといけないとは思いながらも、クローゼはただジルを寮で待つのは嫌だったのだろう。しかしそんな気持ちとは裏腹に、孤児院では皆から歓迎され、そのままテレサ先生から留守番を頼まれるのであった。
今日の買い出しには、マリィちゃんと珍しく早起きしたクラム君がついていく事になった。
「じゃあクローゼ、私は街まで買い出しに行ってくるから、留守番よろしくね。」
「はい。わかりました。」
「クローゼ姉ちゃんなら大丈夫だよ。泥棒が来たって、クローゼ姉ちゃん、またあのタカをつかっておいはらっちゃうよ。」
クラム君は嬉しそうにそう言った。
「あ、あはは……………(鷹じゃなくてハヤブサなんだけどね………)。」
「じゃあ、クローゼお姉ちゃん。留守番よろしくお願いします。」
「わかったわ。マリィちゃん。」
「行ってきます。クローゼ。」
「行ってきま~す!!」
「はい、いってらっしゃい!」
テレサ先生とみんなが出かけて、二階でまだ寝ているポーリィちゃんとダニエル君を除けば、孤児院は私一人になった。私は食卓の椅子に腰を下ろし、今後のことについてぼんやりと考えた。
「……結局ここに来ちゃったけど………はあ、どうやってジルさんに切り出そうかな………」
結局、朝になってもジルさんは帰ってこなかった。昨日はなんとか機会は見つかるだろうと考えたけれど、私の方からあんなことを言ってしまったし、とても、正面から切り出す気にはなれない。
「………………はあ。」
また思わずため息を吐いた。考えに詰まったりするとため息が出るのは私の昔からのクセだ。
「……黙っていてもしょうがないよね。よし、花の水やりでもしようかな。」
そしておもむろに立ち上がって、外に出ようと玄関の戸を開けた。すると、
「あ…………。」
そこには思いがけない人物が立っていた。
「…………ジルさん?ハンスさん?」
「ああああ、あえ~………!?」
「ク、クローゼ。ここにいたのか~……。」
ジルさんとハンス君が、玄関先の目の前で立ちつくしていた。二人も私に会うとは思っていなかったらしく、あからさまに驚いた。
「あ、あは……その………ひ、ひさしぶり~。」
「………………。」
「え、えっと、お、思ったよりもいい所ね~。ほら、鶏なんか放し飼いになってるし~。」
ジルさんが気まずくなった空気を誤魔化そうとしているのは簡単に見て取れた。
「おい、ジル………そんなあからさまに…………」
「ええと…………入る?」
もしかすると、話を切り出すチャンスかもしれない。私は感情を殺して静かに言った。
「お、おう。」
「お、お邪魔します……。」
二人はおずおずと答え、私の後ろについて家に入った。
クローゼは二人を中に招き入れ、食卓の椅子に座らせた。
「ちょっと待っててね。今お茶を淹れてくるから。」
そう言ってクローゼは台所の方に行った。ジルはそれを見計らうと、キョロキョロと周りを見渡し始めた。
「おいジル、落ち着けって。」
ハンスは落ち着かないジルをたしなめた。
「……だって、私は孤児院の事をもっと知るためにここに来たんだから!今のうちにたっぷりと見ておかないと……」
「だって、今日は偵察のつもりだったんだろう?」
「し、仕方ないじゃないの!私だってまさかクローゼが先に来てるなんて思ってもみなかったから………。私、孤児院の事、何にも知らないでかるーく茶化しちゃって……孤児院の事よく知れば、クローゼにも謝れると思ったのよ!」
「それはさっきも聞いたよ。まったく、昨日男子寮の俺の部屋に来て、俺のベッドを占領した挙句にそのまま寝ちゃったくせに、今度は朝っぱらからここまで連れてきやがって………。おかげでレオ先輩にどんな目で見られたか………。」
ハンスは大きくため息を吐いた。ハンスはあのレオと相部屋なのだ。
「わかってるわよ。昨日の事は謝ったでしょ。ハンスだって、『クローゼの通ってる孤児院がどんな所だか興味はある。』とか言ってたじゃん。」
「わかった。わかったよ。でもさ、お前、クローゼに謝るためにここに来たんだろ?せっかくクローゼに会えたんだから、いっそ今すぐにでも謝ったらどうなんだ?今更だが、早いほうがいいだろ。」
ハンスが諭すように言うと、ジルは一瞬ためらってから、意を決してゆっくりと立ち上がった。
「……………わかったわ。いっちょ行ってくる。」
「おお、ガンバれよ。」
ジルはクローゼがお茶の準備をしているところに、おずおずと近づいた。ジルは彼女に気づかれないように大きく深呼吸をし、切り出した。
「あのー、その………ご、ごめんねクローゼ。私、無神経なこと言っちゃった。」
「ううん、いいの。」
クローゼはポットにお湯を注ぎながら言った。
「………座って。お茶、ご馳走するから。」
「う、うん。」
ジルが席に戻ると、クローゼは二人にお茶を配り、自分も席に座った。
「あー、俺は席、外した方がいいかな?」
ハンスは気を使って席から立ち上がりかけた。
「ううん、ハンス君にも聞いてほしい。座ってて。」
「あ、ああ。」
ハンスが席に座ると、クローゼは静かに話し始めた。
「……あのね、わたしね………幼いころに両親を亡くしてるの。」
「え………」
「そ、そうだったのか………」
「…………だからね。あの子達に、自分の姿を映していたのかもしれない。」
クローゼは眼をつむった。まるで何かを思い出すかのように。
「両親がいないからって必ずしも不幸じゃない。たったそれだけの理由で、この人は一生不幸だって決めつけられてしまうのは嫌。私、ずっとそう思っていたの。“可哀想”って言われたくなかった。………私が言われたくなかったの。」
「あ、あの………クローゼ、その事なんだけど………」
ジルは気まずそうに言ったが、クローゼはそれをとどめる。
「ううん。ジルさん。最後まで言わせて。私はやっぱり…………ここにいる子供たちを想って怒ったんじゃない。私はあの時、自分のために怒った。そして優等生とか献身とか、そんな言葉にいらだった……………」
「…………クローゼ……………」
クローゼの生の言葉に、ジルもハンスも、何も言えなかった。
「偽善、だよね…………。そんな心をジルさんに言い当てられちゃって………でもそれを認めたくなくて………つい、ムキになってしまったみたい。……………本当にごめんなさい。」
彼女は頭を下げた。ほとんど目を伏せたような形になったが。
「い、いや~クローゼ………ほんっと~にゴメンッ!!」
クローゼが言い終るか終らないかのうちに、ジルは叫ぶように謝った。
「あ、あたし全然そんなつもりじゃなくて………その、クローゼの事情とかも全然知らなくって…………偽善とか、そういうつもりはなかったの。本当ぉ~にゴメン!!ホントはもっと早くに謝りたかったんだけど………そ、その………どうやって切り出せたらいいか分かんなかったというか………」
ジルは早口にそう言う。クローゼは何も口を挟まず、彼女がしゃべるままにしていた。
「それと、子供たちのこと可哀想って言ったのも取り消します。あたし、ここに来たこともないのに………孤児院の子ってどんな子か知りもしないのに………軽いこと言っちゃって、ごめんなさい!!」
「クローゼ!聞いた通りなんだ。こいつも本当に悩んで、ここに来る時も、一人じゃしゃべれないんじゃないかってこいつが心配してたから俺が一緒に来たんだ。頼む!コイツの事、許してやってくれ!(って、なんで俺まで謝ってるんだ!?)」
二人は深く頭を下げた。そんな二人をじっと見たクローゼは、おもむろに椅子から立ち上がった。
「………あの、ジルさん。ハンス君も。子供達のこと、少し見ていかない?」
「え………………」
二人は顔を見合わせた。
ジルとハンスはクローゼに連れられ二階の部屋の一つに通された。その部屋の中では、孤児院の子供達が小さく寝息を立てて眠っていた。
「へえ~………二段ベッドかー。いいなぁ~。」
「確かに。俺も一人っ子だから二段ベッドには縁がなかったな。」
ジル達がベッドを覗き込みながらうらやましそうに呟くと、ポーリィが小さくくしゃみをした。
「あはは、かわいい!」
ジルは寝相が悪くてはがれた布団をポーリィにかけなおした。
「ホントにかわいい寝顔ね~。」
そう言ってクローゼの方をちらっと見ると、ジルはクスッと笑った。
「あはは……知らないうちに傷つけちゃってた。」
「ん………私もごめんなさい。あの時ジルさんに悪気がないってちゃんとわかっていたのに……勝手に怒
って……八つ当たりしちゃった。」
「い、いいよー、そんなの。あたしも悪かったんだしさー。」
「ははは、良かったじゃないか。無事に仲直りができたようだな。」
「じゃ、起こしちゃ悪いから、そろそろ出よっか。」
「うん。」
「ふふ………でもね。」
クローゼは子供部屋のドアをそっと閉めて言った。
「……私も今回の事で、少し気持ちの整理ができたみたい。今は不思議なぐらい穏やかな気持ちなの。……私、やっぱりここが大切な場所だって感じてるから………」
そう言うと、クローゼとしては珍しく大きな欠伸をした。彼女は普段、欠伸など人前で見せないだけに、二人はとても驚いた。
「ん、クローゼ、眠いのか?」
「うん、実はちょっと、寝不足なんだけど………」
彼女は気恥ずかしそうに笑う。そこでジルも一緒になってウンウンと頷く。
「あれ、クローゼも?あ、あたしも昨日は全然眠れなくてさぁ………」
「よく言うよ。俺のベッドを占領して熟睡してたくせに。」
「だ、だからその事は謝ったでしょ。しつこいんだから、もう。」
「ふふふ………。」
クローゼはジルとハンスの掛け合いを見ておかしそうに笑った。いつの間にか彼女の顔には、負の表情が消えていた。
「あっ、そうだクローゼ………前から言おうと思ってたんだけどさ。」
「なあに?」
「私の事はジルって呼び捨てにしてくれない?私の方はずっと呼び捨てだしさ。」
「うん、そうね………。じゃあジル、今日はありがとう。」
クローゼが言うと、ジルはなぜかぶるっと体を震わせた。
「ううっ………!面と向かって言われるとこっ恥ずかしい………」
「おいおい、お前がそう言えって言ったんだろうが。」
「クスクス………。」
クローゼ達は孤児院の外に出た。朝の涼しい空気はだんだん薄れ、陽光に照らされて少しずつ暖かくなっていた。三人は太陽の柔らかな光を浴び、大きく伸びをした。
「おお、今日もいい天気だな。」
「あー、なんだか急に眠くなってきたぁ………なんという陽気、耐えられないぃ~…………」
すると、ジルは近くに会ったベンチにおもむろに倒れこむようにして寝転がった。
「まだ寝足りないのか?いくら寝ればお前は気が済むんだ!」
「うう、少しだけこのままにさせて~…………」
そのまままどろみモードに突入するジル。その時、クローゼはジルが寝転ぶベンチの隣に腰かけた。
「…………ねえジル…………自分の手で大切な物を掴むって、こういうことなのかな。」
「んん~………………?」
ジルは一つ唸ったが、そのまま眠りに落ちていくのだった。
~数日後~
「レクタ~……………ッ!」
王立学園の校庭にジルの声が響いた。レクターがまた生徒会の仕事を放り出して逃亡したのである。学園内をあちこち逃げ回るレクターをジルは少しずつ追い詰めていこうとしていた。
「今日こそはたんまり仕事してもらうわよ~。観念しなさい!!」
そして逃げるレクターはクルリと向きを変えると、クラブハウスの裏の茂みに飛び込んだ。
「え~い、逃がすか!!」
ジルも後を追って茂みに飛び込んだ。だが……………
「わぁっ……!」
「きゃっ……」
突然ジルは何かにぶつかった。派手に尻餅を付き、何かと思って前を見てみると、クローゼだった。
「ク、クローゼ!?大丈夫?」
「う、うん。何とか挟みうちしようと思ったんだけど、失敗だったみたいね……。」
「フハハ、愚か者どもめ。」
どこからか声が聞こえてきた。クローゼ達が声のした方を見上げると、屋根の上からこちらを覗き込んでいるレクターが目に入った。
「あっ、あんなところに………!」
「本当に素早いですね………。」
「フン、己の思慮の浅はかさを悔いながらそこで朽ち果てるがよいわ。」
捨てゼリフを残して、レクターは屋根の奥の死角に消えた。
「ヤロォ……………何ワケの分かんないこと言ってんのよ~!!」
ジルはそう叫ぶとすごい勢いでクラブハウスへと飛び込んでいった。しかしクローゼは、その場で目を閉じ、考えた。
「………先輩の事だから、きっと裏をかいてますよね。いると見せかけていない、いないと見せかけている………少し、捜してみよっか。」
(……クロ~ゼ!)
鳴き声とともに、ジークが飛んできた。彼はいつものように空中を旋回してからクローゼの腕にとまった。
(………なんか今思ったけど、こういうシチュエーションって、多くない?)
「そんな事はどうでもいいの。ちょうど良かった。ジーク、一緒にレクター先輩を捜してくれない?」
(え……ま、まあ、いいけど。どうせヒマだし。)
「じゃあ私は屋内を探すから、外で見つけたら教えてね。」
「了解!」
それから数十分後、レクターは再びクラブハウスの屋根に上り、日向ぼっこをしていた。
「やっぱり、ここにいたんですね。」
(うん、ずっと見張ってた甲斐があったぜ。)
クローゼは屋根に取り付けられたロープを登りながら言った。
「おお、クローゼか。それにジークも。今日もいい天気だなァ~。」
「……またそんな事を言って。ヒマなら仕事してください。みんな困ってますよ?」
「いや、オレは今ちょー忙しい。」
(全くそんなようには見えないんだが……。)
ジークは呆れて言った。
「オレは今十年後の天気を予想しているのだ。邪魔をするでない。」
(またいい加減な事を言いおって、ほれ、クローゼも困ってんだ。さっさと仕事しろ!)
ジークはパッとレクターに飛びかかり二、三回あちこち突っついた。
「おっとと、お前最近ちょっと過激になってきてねえか?」
(そう言えば、まだレクター先輩にお礼を言ってなかったな………こういう時のレクター先輩って、意外と真面目に話を聞いてくれるんですよね。今なら、いいかな……?)
クローゼはレクターとジークが戯れるのを見ながら、思った。クローゼはレクターの横に立ち、小さく頭を下げた。
「………レクター先輩。ありがとうございました。」
「……ん?何の話??」
レクターはとぼけて言った。
「いろいろです。先輩って、いつも私の事助けてくれましたよね。でも、いつも誤魔化してさっさと逃げてしまうから………あれからずっと思ってたんです。一度きちんとお礼を言わないとって。」
「んん~、何の事だかサッパリわからんなぁ~。」
レクターは遠くの空を見ながらまたとぼけて言った。
「……以前、私に尋ねましたよね。私は何のためにここに来たのかって。私は………以前の生活が嫌いでした。ただ周囲に流されていくだけ。自分で掴んだものなんて何一つなくて。………そんな自分が嫌いでした。私は、空っぽだったんです。」
(クローゼ…………そんな事考えていたのか………。俺にも一言言ってくれればいいのに………。俺だって…………。)
ジークはクローゼが語るのを聞きながら俯いた。レクターの方は何も言わずにただ彼女の話を聞いていた。
「だから、先輩の質問みたいな事は考えないようにしていました。弱い自分を認めてしまったら、もう強く在れない気がして……………。
だけど、もう空っぽじゃありません。この学園に来て、先輩やみんなのおかげで、たくさんの事を学びましたから。そして自分の力で大切な物を掴みとる事ができましたから。
だから、前に私が先輩に言ったような事は、もうどうだっていいんです。先輩が何者であろうと、先輩が、私の事を気遣って、助けてくれたのは事実ですから。だから…………ありがとうございました。」
「フゥ~ン………。」
ペコリとお辞儀するクローゼ。レクターは彼女が話すのを黙って聞いていたが、ふと口を開いた。
「……………クローゼ。やっぱお前、真面目だなァ~。そんな事で悩んでたワケ?エイドスもビックリだぜェ~。」
「先輩………またからかってますね…………。」
(おいレクター、クローゼも思ったこと吐き出したんだから、お前の方も何か吐けよ。俺もずっと気になってたんだが………なぜおまえはここに来たんだ?理由。)
ジークはレクターの顔を覗き込んで言った。
「確かに、先輩っていつも自分の話題になると逃げてしまうから………私にも聞かせて下さい。先輩は、どうしてこの学園に?」
「………ん?ああ、それはな…………まーヒマだったからなァ~。特にやることもなかったしィー。」
「ふふ、そうですか。」
(それなら話が早いな。)
クローゼとジークは笑みを浮かべると、いきなりレクターの襟をつかんで引っ張った。
「じゃあ、とりあえず仕事してください。」
「え…………。」
レクターはクローゼの思いがけない行動に驚いて言った。
「明日は生徒総会ですから。今日中に仕上げてもらいますね。まだ机に山積みになってますよ。」
そう言ってクローゼはそのままレクターを引っ張って行こうとした。
「お、おい…………!?ちょっと待て、クローゼ。話せばわかるッ。」
「ジーク。手伝って。」
(了解!このアホ生徒会長め、いつも俺をコケにしやがって。覚悟しろ~っ!!)
そう言ってレクターのあちこちを突っつきまわし、踏ん張って耐えていたレクターもだんだんクローゼに引きずられ始めた。
「ま、待て!み、見逃してくれェ~………!」
「だ~め!」(だ~め!)
そうしてレクターはそのまま引きずられて生徒会室に連れ戻されるのだった。
そしてそれが、クローゼがレクターにお礼を言えた最初で最後の機会であった。レクター・アランドールはその後、その年の学園祭の翌日に突然退学届けを出して失踪することになる。生徒会メンバーの驚愕っぷりは(良い意味でも悪い意味でも)計り知れないほどで、もちろんクローゼやジークとっても驚きの出来事だった。その後、クローゼは彼と思いもよらぬ場所で再開する事になるのだが、それはまだ遠い先の、別の話である。
ようやく、第一章・学園編、終了です!ここからが本番ですね。
舞台はこの話から一年後………あの場面からのスタートです。
物語は続きますが、感想など、たくさん貰えたら嬉しいです。ぜひよろしくお願いします!