白き翼の物語~Trail of klose ~   作:サンクタス

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第二章~ルーアン編~
第十三話~新たなる出会い~


 

 

 ユリアさん。お元気でしょうか。私の方は相変わらず学園で忙しい毎日を送っています。勉強の方もだいぶ大変になってきましたが、ユリアさんに教えてもらった基礎の部分がとても役に立ってます。

 そうだ。少し前、学園内でフェンシングの大会があって、私、優勝してしまいました。ユリアさんの剣術の指導があったおかげです。ありがとうございました。

 そちらの方では何か変わったことはありませんか?もし、お祖母様が私のことを心配していらっしゃったら、大丈夫だと伝えてくれたらうれしいです。ホントに大丈夫です。今すぐとはいかないと思いますが、できるだけ早く、あの問いにお答えしたいと思っています、と伝えて下さい。

 あ、ジークも元気でやってますよ。なんだか最近やたらとジークがユリアさんの事を気にしてるみたいです。今度の生誕祭の時にそちらに行きますので、いろいろお話を聞かせて下さいね。

 まだまだ書きたいことはありますが、ジークがじれているのでもう渡してしまいます。それでは、お元気で。                                              

                                                クローゼ                                          

 

 

 

 

 

~王都・グランセル城~

 

 

「ふふ、お元気そうで何よりだ。」

ユリアは読み終えた手紙を閉じると感慨深そうに一言呟いた。

 

「ユリア殿、姫殿下はなんと?」

手紙をジークから受け取ったグランセル城の女官長・ヒルダ夫人はユリアに尋ねた。彼女は城務めが長く、幼い頃のクローゼの世話も一時していたこともある。故に彼女にとってもクローゼの事は他人事ではないのだ。

 

「ええ、近況報告などを。これによると、学園のフェンシング大会で優勝なさったとか。」

 

「殿下が………でございますか?いやはや、昔の殿下はとてもか弱い方でいらっしゃいましたが、ずいぶん成長なされたようですね。これも教育係だったあなたの賜物でしょうか。」

 

「いえ、すべては殿下自身の努力によるものですよ。私はそれをほんの少しだけお手伝いをさせて頂いただけです。」

そう言ってユリアは謙遜して言ったが、いろいろと彼女にも思う所があった。

 

(そうだ。クローゼももう十六になったのだった。彼女ももう充分一人でもやっているようだ。私の手など借りなくても。そうなると………私は今、彼女に何ができるのだろうか……………)

 

「ユリア中尉、そろそろお時間です。」

親衛隊員がやってきて彼女に伝えた。

 

「ああ、そうか。今日もアルセイユの試験飛行の日か。わかった。すぐ行く。」

 

「ハッ!」

 

「……あなたもずいぶん忙しいようですね。お身体にはお気を付け下さい。」

親衛隊員が去ってからヒルダ夫人は言った。

 

「お気づかいありがとう。では、私はこれで。」

ユリアは軽く会釈し、踵を返してグランセル城から去っていった。

 

 

しかしその後しばらくユリアは、もう自分から独り立ちしようとしているクローゼの事を考え、自分の存在意義について、一人物思いに更けるのだった。

 

 

 

 

 

~七耀暦1202年、リベール王国・ルーアン地方、ジェニス王立学園~

 

 

クローゼがジェニス王立学園に通い始めて一年以上が過ぎた。相変わらず彼女は、その頑張り屋な性格のおかげで、必要以上に勉強やクラブ活動に追われる毎日を送っていた。(しかしそれでも定期テストでは同学年では必ず上位十位以内には入り、校内フェンシング大会でも優勝という成績を修めていた。もちろん彼女はそれが特別な事とは思ってもいなかったが。)

そしてまた、暇を見つけてはマーシア孤児院へと足を運んでいた。あの日、ジルと仲直りしてから、彼女はしばしばジルとハンスも誘って行くようになり、孤児院の面々も皆喜んでいた。

そしてこの日も、他の生徒が休日の静かな朝に微睡んでいる中、朝から彼女は出かけようとしていた。

 

「それじゃ、行ってくるね。」

 

「うん、行ってらっしゃい!」

クローゼは手を振って学園の門をくぐっていった。

 

「……お。おはようジル。どうした、そんなとこで。」

朝の空気を吸おうと男子寮から出て来たハンスは、ジルに声をかけた。

 

「あ、おはようハンス、さっき、クローゼの見送りをしてたとこ。」

 

「こんな朝早くからか?という事は………孤児院か?」

 

「なんか、今日は久しぶりに休日だから、あそこで子供達とゆっくりしたいんだって。最近色々と忙しかったから。」

 

「はあ、クローゼはホント、勤勉と言うかなんと言うか………」

ハンスは感心するように言った。

 

「でもクローゼ、しっかり楽しんでるみたいよ。あそこに行く前になると彼女、すごい嬉しそうな顔してるし。」

 

「そうか。クローゼ、充実してんだな~…………」

二人はそのまま校庭のあたりを歩き始めた。朝の校庭は人もまだ少なく、ひんやりとしていた。

 

「そういえば、ちょっと前にあったあのフェンシング大会、決勝はクローゼとハンスだったって聞いたんだけど………。」

 

「ああ。そうだ。そうだったんだが………」

ハンスは突然口ごもった。

 

「………どうしたの?」

 

「い、いや。決勝戦の時、クローゼは『未熟者ですが、お手柔らかにお願いしますね。』とか最初に言ってたんだが、いざ始まったら…………うん、圧倒的だった。」

 

「そ、そんなにクローゼって強いの?」

 

「まあ最近は俺も部活動をサボってたのもあるんだが、まさかあそこまで徹底的にやられるとは思わなかったぜ。あいつ一体どこでどういう練習したらあんなに強くなるんだか。」

 

「うーん、ここに来てクローゼの謎がまた増えたわね~…………」

 

 

 

 

 

~メーヴェ海道~

 

 

「…………クシュン!」

私は孤児院に向かう海道を歩いていた。そして突然大きなくしゃみをした。

 

「おかしいな。風邪なんてひいてないはずなんだけど………」

 

(ふむ、それは誰かが噂でもしてるんじゃないか?)

 

「えっ…………あ、ジーク。」

いつの間にかすぐ近くに来ていたジークはひょいとクローゼの肩に飛び乗った。

 

「ジーク。ちゃんとユリアさんに手紙、届けてくれた?」

 

(もちろん。と言いたいトコだけど………)

 

「な、何かあったの?」

 

(………いや、ちょうどその時ユリアが出かけてたらしくて、仕方ないからヒルダさんに渡してきたんだ。)

不満げに言った。

 

「特に何も問題ないじゃないの。」

 

(大アリだよ!せっかくチャンスだったのに……………)

ジークはなぜか小さい声で呟いた。

 

「えっ、何?」

 

(な、なんでもない!それよりも、と言うか俺本当は伝令役よりも護衛がメインのはずなんだけど………)

 

「そんなこと言わないの。みんなあなたを信頼してるのよ。それに十分役に立ってるじゃない。」

そう言いながら私は軽くジークの頭を撫でてやった。

実際ジークが私の所に来た時は、私はほとんど王宮の中で過ごしていたため、護衛なんてする必要はほとんどなく、彼は暇を持て余していた。そしてそれを見かねたユリアさんが、彼を王宮直属の伝令役に任命したという経歴がある。とは言っても彼は人見知りなので、主に私とユリアさん同士の情報交換に役立たせてもらっている。導力通信が使えない時は、飛行船の約二倍の速度である千八百セルジュという彼の飛行速度は、随分と役に立っている。それから九年間、ジークは年中あちらこちらに駆り出されていた。

 

(ま、まあそれもそうなんだけど。で、今日はこんな朝早くから何の用事?)

 

「えっとね、今日は久しぶりに一日休みができたから、孤児院で一日ゆっくりしようと思って。」

 

(なるほど、そういうことか。テレサ先生は俺みたいなやつにもおいしいご飯を用意してくれるからなあ。あ~、腹減ってきた。)

 

「(やっぱりそれが目的だったんだ………)あともうちょっとだから、我慢してね。」

 

 

 

そんな事を言っている間に、私達は孤児院に到着した。ジークを外に待たせると、私が来た事を知らせるために孤児院の中に入った。

 

「テレサ先生。クローゼです。」

返事は………なかった。部屋の中を見渡したけれど、なぜか人影は見えなかった。

 

「…………おかしいな。テレサ先生、いないのかな。」

戸惑っていたら、上から足音が聞こえた。そして、二階から誰かが駆け下りてきた。

 

「あ………クローゼお姉ちゃん。おはよう!」

マリィちゃんだった。彼女は孤児院にいる子達の中で一番お利口さんで、何かと私の事も助けてくれる。

 

「あ、マリィちゃん。えっと、テレサ先生は?」

 

「テレサ先生?先生はたしか………ちょっと前買い出しに行くって言ってでかけたましたよ?そういえばいつもよりも帰るのがおそいけど……………。」

 

(も、もしかして、何かあったのかな。事件か何かに巻き込まれたのではなかったらいいんだけど…………。)

するとマリィちゃんはハッとして言った。

 

「あっ、思い出した。今日はテレサ先生、マノリア村の方に買い出しに行くって言って、そしたら珍しく早起きしてたクラムがいっしょにに行くって聞かなかったの。しかたなく先生もクラムを連れて行ったんだけど、もしかしたらクラムがなんか先生にメイワクかけてるのかも。」

 

「そうなの?……うーん…………」

もしそうだとしたら、私も手伝わないと。よし。

 

「マリィちゃん、私、様子見てくる。お留守番お願いね。」

 

「は、はい。あ、そうだ。クローゼお姉ちゃん。」

私がすぐに孤児院から飛び出していこうとしたら、マリィちゃんは引き留めた。

 

「どうしたの?」

 

「あの、ちょっと前に来た時、お姉ちゃん、剣を忘れていったから。」

 

「そ、そういえばそうだったね。」

二日ほど前にここに来た時、クラム君に「クローゼ姉ちゃんが剣使ってるトコ見たい!」って言われたから、昨日自分のレイピアを持ってきて見せてあげたのだけれど、そのままレイピアを置いて行ってしまって、クラブ活動の時に困っていたのを今思い出した。早く持って帰らないと。

 

「じゃあ、今日帰るときに持って帰るから、玄関に出しておいて。」

 

「わかりました。いってらっしゃい、クローゼお姉ちゃん!」

 

「うん、いってきます!」

 

 

 

 

 

「ジーク!来て!」

 

(なんだなんだ、せっかく着いたのにまた出かけるのか?)

彼はボソボソと不満を漏らす。何かとすぐに不満を言ってしまうのが、彼の悪い癖だ。

 

「あのね、マノリア村で何かあったらしくてテレサ先生が帰ってこないの。先に行って、様子見てきてくれる?」

 

「はあ、なるほど。オッケー、わかった。」

ジークはすぐに飛び立ち、マノリア村の方角に消えた。

 

「……さて、私も急がないと。」

私は少し小走りしながらマノリア村への道を歩いていった。

孤児院とマノリア村の距離はたいしてなく、それ故すぐに帰ってこないのは確かに不自然だった。

 

「………私の最悪の想像が当たってなければいいんだけど……」

半ば祈るように、私は村へと急いだ。

 

 

 

マノリア村は、ルーアン地方とボース地方の境界付近に位置する小さな村だ。花などの園芸農業と漁業が主幹産業のこの村は、海沿いの自然豊かな土地であるため、知る人ぞ知る観光名所でもあった。私自身はあまりここに来る機会はなかったけれども、木蓮(マノリア)の香りがほのかに漂うこの村の澄んだ空気は嫌いではなかった。私は一度辺りを見回してから、村に入った。

 

 

「……さて、テレサ先生はどこに居るんだろう………。」

村の中を歩いていると、その答えはすぐに見つかった。村の宿酒場の近くを通る時、その中から聞き覚えのある声が漏れて聞こえてきた。

 

(……………わかりました。ありがとうございます。)

 

(……………いやいや、お役にたてなくて申し訳ない。もし見かけたらすぐに知らせますよ。)

 

「この声は………テレサ先生?」

私は聞き耳を立てた。確かに片方の声はテレサ先生の声だった。もう片方はこの店の主人だろうか。

 

(……………いえ、お心遣いだけ受け取らせていただきます。多分あの子ももう自分で帰っていると思いますので。それでは失礼します。)

すると中から戸が開いて、たくさん買い物の荷物を持ったテレサ先生が現れた。

 

「あ、やっぱり先生だったんですね。」

 

「まあ、クローゼ。おはようございます。今日はずいぶん早いですね。」

テレサ先生は、今日私が来るとは思っていなかったみたいで、嬉しそうに言った。

 

「おはようございます、先生。実は、先に孤児院に寄ったんですが、マリィちゃんから先生がまだ帰っていないと聞いたので心配になって、ここに来たんです。」

 

「そう、マリィには心配をかけてしまいましたね。もう聞いているかもしれませんが、朝ここに来るときはクラムも一緒に来ていました。でも私が買い物をしているときにどこかに行ってしまって………見かけた人がいないかと思って、さっきお店の人を訪ねていたんです。」

 

「そうだったんですか………。」

私はホッと胸をなでおろした。

 

「じゃあ先生、先生は先に帰っててください。クラム君は私が捜しておきます。」

 

「いいのですか?ごめんなさいね。来たばっかりでなにか仕事を押し付けたみたいで。」

 

「いえ、気にしないで下さい。私も好きでここにいるので。それに先生は荷物もいっぱいあるようですし。」

 

「わかりました。もしかしたらクラムももう孤児院に帰っているかもしれませんし、無理しないで早めに帰ってくるのですよ。」

 

「はい。」

私がテレサ先生を見送ると、遠くから見ていたジークがすぐに飛んできた。

 

(何だ、すぐ見つかったじゃないか。)

 

「うん、一応ね。後はクラム君を捜すだけなんだけど……」

 

(俺も手伝うか?)

ジークは首をかしげて言った。

 

「いや、大丈夫。ジークは先に帰ってて。私もすぐに帰るから。」

 

(………ここで帰るのは本当は反則なんだが………スマン、俺腹減ったから先に帰るわ。)

 

「ふふ、じゃ、また後でね。」

 

(お、おう。)

ジークは待ちきれなさそうに飛び立っていった。いつもだったら断固として私から離れないのに、よっぽどお腹が空いていたみたい。それを見届けると、私は一度深呼吸をした。

 

「………よし、捜索開始ね!」

 

 

 

その後張り切って村のあちこちを周ったのだけれど、なぜかクラム君の足取りはつかめなかった。クラムの寄りそうな商店も一通り回り、まさかとは思いながら茂みの中なども見てみても、何も見つけることはできなかった。

 

「ここにもいない………。」

村の展望台を除いた後、私はボソリと呟いた。

 

「はあ、やっぱりジークに探してもらえばよかったかしら………。」

私は近くにあったベンチに腰を下ろした。海に突き出た展望台。そこに吹く海風がとても心地良い。心なしか、ルーアンに吹く風よりも少し澄んでいるような感じがする。

 

「ふふ、なんか懐かしいわね。こうやってにあちこちを捜しまわるなんて。何か月ぶりだろう…………。」

私はつい、あの人の事を思い出した。

 

(レクター先輩………今何をしてるんだろう。何も言わずにいなくなっちゃったから、きちんと挨拶もできなかったし…………元気にしていればいいんだけど。)

そこまで考えると、私はふと我に返った。

 

「…………今はそんなこと考えている場合じゃないよね。よし、もう一度最初から探してみよう。」

よし、また振り出しから。一度村の入り口まで戻り、再びクラム君の手ががりを捜した。

 

「えっと、ここはさっき捜したよね。」

私はまたテレサ先生に会った宿酒場の前まで来た。

 

「雑貨屋さんにもいなかったし…………さすがに困ったわ………どこに行っちゃったのかしら。」

そう言って辺りを見回していた。すると突然宿酒場のドアが開いた音がして、何やら活発そうな声が聞こえた。

 

「ほらほら、ヨシュア!早く早く!」

 

「ちょっとエステル………前を向いて歩かないと…………。」

私は完全に周りに気を取られていて、背後から近づく足音にも気がつかなかった。

 

「あうっ………」「きゃっ………」

私とその人は背中合わせにぶつかって、その場に倒れてしまった。

 

 

 

 

 

そしてその出来事は、彼女の運命に大きく関わる出会いとなるのだった………………。


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