白き翼の物語~Trail of klose ~   作:サンクタス

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第十五話~クラムの危機~

~メーヴェ海道の途上~

 

 

 

私は海道をひたすら走って戻りながらも、さっきジークが告げたことを未だ信じられずにいた。

 

 

(クラムのヤツが、魔獣に襲われてる!俺が出来るだけ時間を稼ぐから、誰か助けを呼んでくれ!)

 

 

「クラム君……なんで魔獣がいる所なんかに行ってしまったの……?……私が言い過ぎたから?もしそれでクラム君に何かあったら、テレサ先生になんと言ったらいいの…………?」

私は考えた。ジークがクラム君を見てから既に何分も経っている。それから自分に知らせて、また向こうに到着するまでずいぶん時間が経ってしまっているだろう。最悪間に合わないか、間に合っても魔獣に囲まれてしまって動けなくなっているのも十分にあり得ることも考えられる。そうなったら、私だけの力では……………

 

「もしかしたら、これを使わないといけないかもしれない………。」

私はポケットに手を入れて、そこにある物を握り締めた。そこには、ユリアさんから渡された最新型戦術オーブメントが入っていた。私の脳裏に、これを渡された時のユリアさんの姿が目に浮かんだ。

 

 

(クローゼ、あなたがこれを使うことがない事を祈っていますよ。もし使うときは、ご自分の身が危険にさらされた時だけ。それ以外にはなるべく使わないように願います。それは、一介の学生が持っているような代物ではありません。目立ってしまうことを避けるためにも、これは常に自分に身に着けておくだけにしてください。)

 

 

「ユリアさん。また約束を破ってしまいますね……でも、クラム君は、私の身よりも、何よりも大事な物なんです………!!」

自分の足が動く限り、全力で、走った。

 

「クラム君……………どうか、どうか無事でいて………!」

 

 

 

 

 

「うう………うわああ……………」

クラムは、海道から降りた場所にある砂浜で、逃げ道を探しながらじりじりと後退していた。彼の目線の先には、サメ型魔獣(サメゲーター)が五匹、彼の動きを窺いながらゆっくりと迫っていた。

 

「ど、どうしよう………」

ふと、クラムの背中に何かが立ちふさがる。

 

「え……………」

クラムの後ろには、数アージュはある切り立った崖があった。クラムは慌てて脇に逸れて逃げようとしたが、既に魔獣の一匹が待ち構えていた。

 

「わ、わわ………」

クラムがさらに動揺すると、魔獣の一匹が勝ち誇ったかのように唸り声をあげる。

 

「………や…やだ…………マリィ…ポーリィ…ダニエル…クローゼ姉ちゃん…先生……誰か、誰か助けてェ!!」

クラムは必死に叫び、そして彼に一番手近の魔獣が大きく口を開いた!

 

「ピューイ!!」

 

「えっ……?」

クラムが声のした方を見る間もなく、白い何かが魔獣に向かって急降下し、魔獣に激突した。

 

 

 

 

 

(うおおおおおおっ!!)

俺はクラムを襲う魔獣の群れを確認すると、翼を縮めその中の一匹に向かって急降下した。

 

(相手は魔獣の中では小型だ……急所を突けば、あるいは……)

あいつだ。俺は先頭の一匹に狙いを定めた。あの悪ガキのためにこんなことをするのもメンドウだが、仕方ないっ!

 

(そこだっ!!)

嘴は魔獣の脇腹を捉え、相手の魔獣は彼の勢いに負け一瞬たじろぎ、そのまま倒れた。もちろん俺も反動で軽く地面にぶつかったが、すぐに体勢を立て直し飛び上がった。

 

(痛たたた……ふう、やはり生身じゃキツいな……………。)

魔獣達は突然現れた敵に一瞬ひるんだが、新たな敵に対抗しようと今度は全員がこっちの方を向いて進み始めた。うん、ここまでは俺の狙い通りだ。

 

「あ、あれって、クローゼ姉ちゃんの白ハヤブサ!?」

クラムは崖に張り付いたままその様子を眺めていた。そして魔獣の目標が離れると、すぐに近くの岩陰に隠れた。よしよし。オッケーだ。

 

「な、なんでこんなとこにアイツがいるんだ!?もしかして、クローゼ姉ちゃん?」

 

(くっ、こっちだ!こっちへ来い!!)

俺は砂浜の上を跳ね回って魔獣たちを挑発していった。あの魔獣共はどちらかと言うと水中型魔獣だから地上では足が遅い。このまま行けば、なんとか魔獣共をクラムから引き離せるように思えた。

 

「ジーク!」

その時、クローゼがやっとクラムや魔獣共のいる砂浜を見つけて、崖の上から俺を呼んだのが聞こえた。

 

(クローゼ!援軍は呼んできたのか?大人が数人いればなんとか………。)

ところが、俺の予想と裏腹にクローゼは首を振った。

 

「ううん、呼んでない。」

 

(な、何でだよ!さすがにこの数を俺だけじゃ倒せないぞ!)

 

「……大丈夫!私も戦う!」

 

(バ、バカ!!クローゼがどうやって………)

あのバカ!どんなに威勢のいい事言ったって、クローゼがあんなサメの大群追い払えるわけないだろ!まったくもう、こういう時に限って気が利かないいんだから……………。

 

「あっ………!ジーク、危ない!後ろ!」

 

(……何!?)

俺が飛び上がる間もなく、突如水の塊が飛来して俺を吹き飛ばした。そして俺はなす術もなく地面に叩きつけられた…………。

 

 

 

 

 

「ジーク!!」

私はジークが地面に叩きつけられたのを見て思わず叫び声をあげた。

 

(ク……これは……導力魔法(アーツ)か!?)

水球の飛んできた方向を見遣ると、そこには新手の魔獣が現れていた。それは丸い大きな体を尻尾で支えながらこちらの様子をうかがっていた。私は魔獣の事はあまり知らないが、見たこともない魔獣だった。

 

(……くそっ、こんな攻撃を受けるなんて………)

 

「ジーク!大丈夫!?」

 

(いや、大丈夫だ……イテテ…………)

ジークが痛そうに翼を動かしている間に、サメ型魔獣は刻々と彼に迫っていた。そしてさっきアーツを放った魔獣は急に動きが活発になった。どうやらまたアーツを使うつもりらしい。ごめん、ジーク。私が声をかけたばかりに………………

 

「…………やっぱり、これを使うしかない……!!」

実は私はこれを実戦でまだ一回も使ったことはない。でも使い方ならユリアさんに習ったから知っている!そして私は今の状況でこれ以外の方法が思いつかなかった。私は懐の戦術オーブメントに手をかけた……………

 

その時だった。背後から声が聞こえたのは。

 

「クローゼさん!そこよけてっ!」

 

「えっ……!?」

振り返ってみると、エステルさんとヨシュアさんがこちらに走ってきた。

 

「せいっ!棯糸棍っ!!」

エステルさんが掛け声とともに手に持った長い(スタッフ)を振り下ろすと、それから放たれた空気の塊が真っ直ぐ直進し、アーツ駆動中の魔獣をひるませた。

 

「えっ!なに今の!?す……凄い。」

私が面食らっているところをヨシュアさんは驚く程のスピードで駆け抜けて行った。

 

「エステル、援護するからとどめは頼む!」

 

「オッケー!」

ヨシュアさんは崖からふわりと飛び降りた。

 

「……はっ!!」

彼は腰の双剣(ツインエッジ)を抜き払って突進し、目にも止まらない速さで魔獣達をなで斬りにする。魔獣達は彼のそのスピードにひるみ、その動きを止めた。(後でヨシュアさんから、それが『絶影』という技だと教えてくれた。)

 

「よ~し、行っくわよ~!」

そしてエステルさんも続いて崖から飛び出し、魔獣の群れのど真ん中に着地した。

 

「はああああっ!旋風輪!!」

彼女がその場で棍を激しく回転させると。その勢いに巻き込まれた魔獣は四方に弾き飛ばされ、崖や地面に叩きつけられてそのまま動かなくなった。ほんの数秒間。あっという間の出来事だった。

 

「ヨッシャ、片付いたわね。」

 

「いや、まだだよエステル!」

するとヨシュアさんの背後から魔獣が水の塊を飛ばした。しかしそれを読んでいたのか、ヨシュアさんは素早く脇に避け攻撃を回避した。

 

「な、なに今の!?」

 

「水属性アーツ、アクアブリードだ。距離を取ってる限り魔獣はアーツを使ってくる。一気に近づいてケリをつけるよ!」

 

「わかったわ!」

エステルさん達は飛んでくる水球を回避しながら魔獣に突撃して行った。

 

「す、凄い………!」

私はエステルさん達の動きに見とれていたけれど、その時ようやく自分がここに何をしに来たのか思い出した。

 

「あ………そうだ!クラム君は!?クラム君っ!」

私は崖の下に降りる道を探して降りて行った。そして岩の陰でクラムがうずくまっているのが目に入った。

 

「クラム君!大丈夫だった?怪我はない?」

私はクラム君に駆け寄り、声をかけた。クラム君が振り返ると、涙目だった。きっと、怖いのをずっと我慢していたのだろう。

 

「く、クローゼ姉ちゃん……………」

 

「ああ、良かった!クラム君が無事で!私、もしクラム君に何かあったらどうしようかと…………」

 

「………………クローゼ姉ちゃん!!」

クラム君はそう叫ぶと私に抱きついた。

 

「ううっ………グスッ…………怖かったよう…………。」

 

「……ごめんねクラム君、怖い思いさせちゃって…………。」

私はクラム君をテレサ先生がいつもやるように優しく抱きしめてあげた。今の私には、これくらいしかできなかった。

 

「………クローゼ姉ちゃん、オイラ、クローゼ姉ちゃんにどうしても謝りたくてさ。な、何もしてないなんて嘘ついたりしてごめんなさい。」

嗚咽混じりに言うと、クラム君は頭を下げた。

 

「ふふ……怒ってないから安心して。こっちこそ、なんかクラム君を傷つけちゃったよね。」

 

「ううん、そんなことない。オイラ、クローゼ姉ちゃんにどうやって謝ろうか考えてて、それで…………」

 

「そう、それでこんなところまで来ちゃったの。…………でも、本当に謝りたい人は他にもいるんだよね?」

 

「ギクッ………」

 

(はは、なんとかなったようだなあ。)

突然、頭上から声が聞こえた。

 

「……ジ、ジーク!」

 

「あ…………クローゼ姉ちゃんのタカ!」

彼はいつの間にか崖の上に登っていたが、そこから滑空しふわりと傍に降りた。

 

(だからクラム!俺はタカじゃなくてハヤブサ!クローゼからも何か言ってやってくれ。)

 

「だ、大丈夫なのジーク?」

 

(ああ。さっきはふいをつかれちまったけど、少し休んだから痛みも引いたよ。)

 

「よ、よかった………。」

 

(ふう、クローゼの護衛をするはずの俺が逆に心配されるなんてな。まったく、こんなとこ親父に知られたらなんと言われるか…………)

 

「ふふ、大丈夫よ。だってあなたはちゃんとクラム君を守ったじゃない。」

 

(はあ、だからそういう問題じゃないんだが…………。)

 

「……えっ?」

 

(ん、いや。向こうもケリがつきそうだぞ。)

 

「あ………。」

 

 

 

 

 

「とおりゃ~っ!!」

エステルが渾身の力で払った棍は魔獣の脇の辺りに直撃し、魔獣は吹っ飛んで海にドボンと落ちた。そのまま動かないのを見届けると、力が抜けたように彼女はその場にへたり込んだ。

 

「はあ、はあ……なかなか骨が折れたわね……。」

 

「多分、さっきのは手配魔獣に登録されてた魔獣だったと思う。普段は森に生息してるらしいけど、なんかの拍子に海に迷い込んできたんだろうね。」

 

「て、手配魔獣!?道理で手ごわいはずね……。」

彼女の様子を見て、ヨシュアはクスッと笑った。

 

「でも、エステルも強くなったよね。」

 

「そ、そうかな~。」

 

「うん。動きにキレが出て来たよ。」

 

「はは、ヨシュアにそう言われると、なんかうれしいわね~。」

エステルは照れながら頭を掻いた。

 

「……エステルさん、ヨシュアさん!」

 

クラムを連れてエステル達に駆け寄るクローゼ。

 

「あ、クローゼさんとクラム君。そうしてるってことは、クラム君に怪我はなかったようだね。」

 

「はい。ヨシュアさんたちのおかげです。本当にありがとうございました。」

彼女が丁寧に頭を下げると、クラムも彼女の前に出てきてペコリと頭を下げた。

 

「に、兄ちゃん、助けてくれてありがとな!」

 

「ふふ、どういたしまして。」

 

「ちょ、ちょっとちょっと、私には何にもないワケ!?」

エステルは不満そうに口をとがらせる。

 

「そうよ、クラム君。エステルさんもクラム君を助けるために頑張ってくれたんだから、ちゃんとお礼を言わないとダメよ。それに謝らなければならないこともあるよね?」

 

「うっ………そ、そんなことないもんね!」

 

「あなたが良い子なのは私、よく知ってるから。ね…………ちゃんと謝ろう?」

 

「…………………。」

クローゼは微笑みながらクラムを促す。彼は暫し何か考えるかのように黙り込んだが、やがて口を開いた。

 

「……………クローゼ姉ちゃんの頼みなら仕方ないや…………。」

 

「???」

クラムはとぼとぼとエステルの前に行った。エステルは話を聞いていても何の事だかわかっていないようだった。

 

「……悪かったよ。遊撃士の姉ちゃん。ゴメン………なさい。」

 

「あ、あはは……あたしに謝りに来たんだ。なんだ。素直なトコ、あるじゃない!」

ようやく話がわかったエステルはそう言ってクラムの肩をポンポンと叩いた。するとクラムはたじろいでサッと彼女から離れた。

 

「か、勘違いするなよっ!クローゼ姉ちゃんに頼まれたからだってば!大体なぁ、遊撃士のくせに注意力が足りないんじゃないの?オイラみたいな子供に簡単に盗られてどうするのさ?」

 

「うぐっ、そう言われるとあたしも立つ瀬がない………」

エステルがヘコむと、クラムの表情はコロッと変わり、勝ち誇ったようにニヤリとした。

 

「へへ、バイバイ!せいぜい修行しろよな!」

彼は捨てゼリフを残し、孤児院の方にさっさと走り去っていった。エステルはその後ろ姿を見ながら悔しそうに歯を食いしばった。

 

「うう、やっぱりかわいくない!」

 

「まあまあ、ただの照れ隠しだってば。まああの子の言うとおり注意が足りなかったことは確かだからね。もう少し修行が必要なんじゃない?」

ヨシュアは微笑みながら言った。もちろん彼に悪気はないのだろうが、やはりイヤミにも聞こえる。

 

「ううう………ヨシュアはもっとかわいくない!」

 

「クスクス………エステルさんとヨシュアさんってとっても仲がいいんですね。さっき戦っていた時も息がピッタリ合ってましたし、まるで本当の姉弟みたいです。」

 

「そ、そうかな~?」

クローゼが笑いながら言うと、エステルは照れ臭そうに笑い返した。

 

「面倒を見る割合から言うと姉弟っていうより兄妹だけどね。」

 

「むっ、失礼しちゃうわね。」

 

「ふふ、うらやましいです。私は一人っ子でしたから。(だからあそこの雰囲気に憧れてしまうんですけど…………)」

 

「え?」

 

「あ、いえ……………すみません、時間を取らせてしまいましたね。」

 

「いや、そこまで急いでいないから大丈夫だよ。それよりも、今回のような場合は僕たち遊撃士の出番だから、気軽に呼んでほしいな。」

 

「あ……は、はい。(そう言えば最初からエステルさんたちに頼めばよかったんですよね。私ったら、勝手に一人で焦ってしまって…………)」

 

「クローゼさん、ルーアンはこっちでいいのかな?」

エステルは南の方角を指さして言う。

 

「あ、はい。このまま海岸沿いにまっすぐ行けばルーアンに着きます。それではそろそろ出発しましょうか。」

 

「よ~し、じゃあレッツ・ゴー!」

今日は特別長い一日になりそうだ、とクローゼは直感的に感じた。そしてその勘は当たってしまうのだった。


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