白き翼の物語~Trail of klose ~ 作:サンクタス
~ルーアン地方、メーヴェ海道~
三人は景色の良い海道上をゆっくり歩いていた。ふとエステルは歩きながらクローゼに尋ねた。
「そう言えば、クローゼさん。」
「はい?なんでしょう。」
「クローゼさんがあのイタズラ小僧の所に行くとき、なんかあの、ジーク……って言ったっけ、あの鳥と話してたみたいに見えたんだけど。気のせいかな?」
「あ、いえ。」
クローゼは首を振った。
「正確に言えばしゃべってるわけではありませんけど、何を言ってるのかはわかります。なんというか……お互いの気持ちが通じ合っている、とでも言えばいいでしょうか。」
「なるほど、相思相愛ってわけだね。」
「はい。」
「へぇ~。」
ヨシュアは大体理解したようだが、エステルにはよくわかっていないようだった。もっとも、エステルでなくても信じがたい話ではあったが。
「あ、今呼んでみますか?」
「ジークをかい?」
「ええ、多分近くにいると思うんですけど……。」
クローゼは立ち止まり、彼がいそうな林の方に声をかけた。
「ジーク!」
すると彼はいつも通り、木々の間から現れ、滑空して一気にこちらに接近する。
「わわっ!」
エステルはいきなりの彼の登場に驚き声を漏らした。クローゼはジークを自分の腕に止まらせ、心配そうに尋ねる。
「ジーク、もう翼は完全に治った?」
「ピュイ。」
「えっ、大したことないって?そんなこと言って、無理しないでね。」
「ピューイ!」
エステル達はその様子を呆然と見ていた。無理もない。実際この様子を初見で見て驚かなかったものは一人としていない。
「え、え~と、クローゼさん。あたしもその子と話せるかな?」
「ふふ、いいですよ。向こうはこちらの話がわかってるようですから。」
エステルはジークにそっと近づき、
「こんにちは。ジーク。あたしエステル。ヨロシクね!」
満面の笑みで言った。
「ピュイ?…………ピュイーッ!」
ジークは突然大きな鳴き声を発し空へと飛び立っていった。
「ああっ…………しくしく、フラれちゃった。」
「はは、残念だったね。」
「クスクス………(ジーク、なんか怒ってましたね……)」
そうこうしているうちに、三人はやっとルーアン市に到着した。エステルとヨシュアは(特にエステルは)海を見る事があまりないらしく、ルーアンの白い街並みと海の青の眩しいほどのコントラストに驚いていた。
「ここがルーアンか~。なんというか、きれいな街ね。」
エステルは思わず感嘆の声を上げた。
「ふふ、色々と見どころの多い街なんですよ。例えば………あの橋とか。」
クローゼは前方に見えてきた巨大な橋を指さしながら言った。
「えっ、なにあれ?」
「『ラングランド大橋』って言って、こちら側の北街区と川向こうの南街区を結ぶ橋なんです。巻き上げ装置を使った跳ね橋になっているんですよ。ちなみに遊撃士協会の支部はそのすぐ手前にあります。」
「よし、じゃあ先に手続きを済ませてこようか。」
「よ~し、じゃあ、レッツゴー!」
エステルはそう言ってまた先に行ってしまった。
「ちょっとエステル………そうやってさっさと先に行かないの。」
ヨシュアもそれを見て呆れながらも後を追っていった。
「……………なんだか、ほんとにうらやましいな……………。」
彼女は小さく呟いた。
準遊撃士が各地で活動を行う場合は自分の所属場所を変更しなければならないため、エステル達は遊撃士協会で所属変更の手続きを行おうとした。しかしクローゼは、外の空気が吸いたくなったと言って、先に外に出て玄関先に立った。
「ふう…………」
ルーアンの街は相変わらず忙しく人々が行き交っていた。仕事着姿で足早に港湾区へ歩く人、観光で一団となって歩いていく人、それらを見ながら、私はぼおっと辺りを眺めていた。そうしていると、
(おーい、クローゼ~。)
ジークだった。彼は遊撃士協会の軒の上にとまった。
(どーしたんだ?そんなとこでつっ立ってさあ。)
「………………。」
ジークが声をかけるも、私はその時は気づかずに、ただ上の空でどこかを見ていた。
(クローゼ?)
「………えっ、ああ、ジーク。」
ようやく我に返った私はジークの方を見上げる。
(ハハハ、相変わらずクローゼは、一人になるとすぐ自分の世界に入っちゃうんだから。で、何考えてたの?)
「ん……いや、なんでもないの。ちょっとぼおっとしてただけ。」
(あ~、そー。それならいいんだけどさ~。)
そう言いながらジークは鼻歌を歌い始めた。(これはクローゼにそう聞こえただけで実際ジークが鼻歌を歌っているかどうかはわからない。)ずいぶんと今日のジークは機嫌がいい。何かあったのだろうか………?
「……ジーク?さっきから気になってるんだけど、何かいい事でもあったの?」
(………え?)
ジークはずっと落ち着きなく翼を動かしていたが、私がそう言った途端にピタリと動きを止めた。
「だって、さっきから何かと嬉しそうにしてるから。ジークにしては珍しいから、何かあったのかなって思ったんだけど………。」
(そ、そんなことないって!うん、ない。)
ジークは慌ててその場を取り繕った。明らかに怪しかったが、私はあえて気にしない事にした。
(あ、思い出した。ねえクローゼ。さっきのノーテンキそうなやつは何なんだ?)
「……ノーテンキ?誰のこと?」
(ほら、あのツインテールの。)
「ああ、エステルさんのこと?」
「そー、それ。」
ジークは頷いて言った。そしてイラついたようにフンと息を吐く。
(俺はああいう馴れ馴れしいヤツは嫌いなんだ。何が『ヨロシクね』だ!)
「………そ、そんなにへそを曲げなくても………。」
(あ、もう一つ思い出した。俺、さっきグランセル城に定期連絡をしに行ったんだけど………)
「定期連絡?そんなこと今までしていたっけ。」
(こ、細かい事は気にするな。で、そこで小耳に挟んだんだが…………どうやら『アルセイユ』が完成したらしい。それで国内のあちこちを周るんだってさ。)
「えっ、アルセイユが!?」
『アルセイユ』とは、数年前からツァイス中央工房で造られていたリベール王家直属の高速巡洋艦のことだ。飛行速度なら、百日戦役時にも活躍した軍用飛行艇も上回ると言われていて、国内外から注目を集めているらしい。アルセイユの艦長にはユリアさんが任命されたので、私も以前から少し気になっていた。
「……そうなんだ。ユリアさんも毎日のように試験飛行をしていたって言ってたし、そのおかげかな。」
(いや~、そりゃもう……………)
ジークはなぜかデレッとした声で言った。やっぱり気になって私が疑問の眼で彼を見ると、彼は咳払いをしてごまかした。
「コホン、まあ、それだけさ。じゃあ、俺は近くで待ってるから、いつも通り用があったら呼んでくれ。じゃあ、またな~!」
早口で言い終えると彼は慌てて屋根から飛び出し、家々の間に消えていった。
「………………ジーク、何か隠してるのかしら。」
ジークが隠し事をするのもまた珍しい。変だとは思いながらも、私はジークが消えた方をちらりと見遣り、また道行く人々を眺め始めた。
(…………また胸がドキドキしてる………一体どうしちゃったんだろう、私………………)
すると、遊撃士協会支部の扉が開き、エステルさん達が現れた。
「はあ、困ったわね~。」
「どうしたんですか?エステルさん。」
「あ、ええと、さっき手続きを終わらせちゃおうと思ったんだけど、受付の人が二階で打ち合わせをして
いるらしくて。もう少しかかるから待ってて、って言われたんだけど………どうしようヨシュア?」
彼女は困ったようにヨシュアさんを見た。
「うーん、そうだね。ただ待ってるだけなのも何だし、せっかくだから街の観光でもしてこようか。」
「おっ、それナイスアイデア!」
「(………よし、それなら……)あの、エステルさん、もしお邪魔じゃなければ、もう少しご一緒させていただけますか?せっかくお知り合いになれてここで別れるのももったいないですし………。」
「お、それはいいわね~。もちろんいいわよ!」
「じゃあ、あの、ヨシュアさんは?」
期待するようにクローゼはヨシュアを見る。
「うん、君がそれでいいんなら、僕は構わないよ。」
「(ふう、よかった。)では、決まりですね。」
「よ~し、じゃあ、レッツゴ~!」
(ふーん、ずいぶんノリノリだなあ。)
ジークはクローゼ達のやり取りを遠くから眺めていた。そして彼女が妙に積極的にエステル達を引っ張っていくのを見て思わず呟いた。
(そういや、クローゼがああやって積極的になるのって珍しいよな。一体どうしたんだかな~。)
南街区の方に向かったクローゼ達を追って、彼も南街区へと向かった。彼自身もクローゼに訝しんで見られていることにはまだ気づいてははいなかったが。
クローゼはエステル達を連れてあちこちを回った。二人はたまに歓声などをあげていたが、特にエステルは海を見たのもここに来て初めてらしく、どこを見ても興味深そうにしていた。
そしてこれはクローゼ自身も後で気づいたが、彼女も心の中では小躍りをしていた。
そうしているうちに、三人は南街区の港湾区域を訪れた。多くの労働者がいそいそと行き交い、交易船が荷下ろしをする姿を、二人は興味深く見つめる。
「へえ、船がたくさん停まってるわね~。」
「飛行船が普及してからは水上に浮かぶだけの船は少なくなりましたが………今でも船を使った外国との貿易は継続しているんです。昔はもっとたくさんあったらしいですよ。」
クローゼの解説にふーん、とエステルは頷きながら辺りを眺めていた。
「えっと、あれは倉庫かな?」
ヨシュアが橋の向こうの建物の並びを指した。人気はなく、灰色の大きな建物が所狭しと並んでいる。
「はい。外国から運ばれた荷物が保管されているんです。昔と比べると、荷卸しの量も減ってしまったそうですが……。」
「ふーん、クローゼさん、物知りね~。あれ?」
いきなりエステルは疑問符を出す。
「どうしたんですか?」
「あれって、ジークじゃない?」
エステルが倉庫街の方を指すと、彼女の言うとおり彼がやって来た。彼女は何だろうと思いながらも肩にとまらせた。
「………あなたの方から先に来るってことは、何かあったのね?」
(『あった』んじゃない。これから『ある』んだ。)
「えっ、どういう事?」
(向こうからガラの悪いヤツらが何人か出て来た。こっちに来たら厄介だから早くここを離れよう。)
「ええっ!」
「どうしたの?クローゼさん。」
突然悲鳴を上げたクローゼにエステルは聞いた。
「え、ええと、それが………」
「二人とも、ちょっと下がって。」
ヨシュアは腕を出してクローゼ達を自分の後ろに下がらせる。彼が睨むその方向………倉庫の間から若者が三人程こちらの方にやって来るのが見えた。
「おーい、そこの姉ちゃんたち。」
「え、あたし?」
エステルが彼らの方に振り返ると、その中の緑の髪をした青年がエステル達に声をかけ、品定めするように眺める。
「おっと。こりゃあ確かにアタリみたいだな。」
恥ずかしげもなく彼は言った。
(げげっ、もう来ちまった。どうする?クローゼ。)
クローゼの耳元でささやくジーク。彼女も彼らのような人種に対しての対処法は専門外だったので(何しろその様な輩は学園には100%存在しない。)、どうするべきか迷ったが、ここは一つ、自然にやってみようと思った。
「えっと、何か御用でしょうか。」
「へへへ、さっきからここをブラついてるからさ。」
と、緑の髪の若者が言った。
「ヒマだったら俺たちと遊ばないかな~って。」
「何よ、いまどきナンパ~?」
エステルは彼を小バカにするように言った。エステルもこういう輩の取り扱いは知らないらしい。
「あの、私達、ルーアン見物の最中なんです。できれば他をあたってほしいのですが…………」
「お、その控えめな態度。オレ、ちょっとタイプかも~。」
「え、えっ、あのー………」
クローゼはなんとかその場を収めようとしたが、赤毛の若者が突然茶々を入れ、動揺してしまった。ジークはすかさず、
(落ち着け、クローゼ。どうせあいつらはこっちをナメてるんだ。少し強気にいけよ。)
彼女をフォローした。そうしていると三人の中で一番ガタイのいい若者(彼女達はリーダー格だと思った。)が、
「見物がしたいんだったら俺たちが案内してやろうじゃねえか。そんな生っちろい小僧なんか放っておいて………俺たちと楽しもうぜ。」
ヨシュアに盛大にガンを飛ばしながら言った。しかし当のヨシュアは無表情でそれを聞くだけだった。そしてエステルは彼の『生っちょろい』発言につい反応してしまった。
「ちょ、ちょっと!何が生っちょろい小僧よ!」
「そ、そうですよ!ヨシュアさんはそんな人じゃありません!」
(お、おい……なんでそこでクローゼが出てくるんだよ!黙ってろって!)
「いいよ、エステル、クローゼ。別に気にしてないから。君たちが怒っても仕方ないだろう?」
反発する女性陣に対してヨシュアは落ち着いていた。しかし気に食わないのは倉庫に溜まる若者達。彼らはヨシュアの言葉にむっとして、
「なに………このボク、余裕かましてくれてんじゃん。」
「むかつくガキだぜ……上玉二人とイチャつきやがって。」
「へへ、世間の厳しさってヤツを教えてやる必要がありそうだねぇ。」
指を鳴らしながらヨシュアにゆっくりと近づいた。もちろん女性陣も黙ってはいない。
「ちょ、ちょっと………!」
「や、止めて下さい!それ以上近づいたら…………」
「なんだ嬢ちゃん、やろうってのか?」
(ああ、もう。言わんこっちゃない。クローゼ!落ち着けって!)
(だ、だって、ヨシュアさんが………)
何やらゴタゴタした雰囲気になってくると、ヨシュアは近寄ってくる三人に向き直り、彼らの顔を一通り眺めてからツカツカと逆に彼らに歩み寄った。
「……僕の態度が気に入らなかったなら謝りますけど。彼女たちに手を出したら…………手加減、しませんよ。」
そう言って彼らを睨めつけた。その金色の瞳から放たれる異様なほどの威圧感に三人は思わず後ずさった。
「な………」
「何なんだ、コイツ…………」
「フ、フン、女の子の前でカッコつけたくなる気持ちもわかるけどな。あんまり無理をしすぎると大ケガをすることになるぜ……」
一瞬ビビったのを誤魔化すように脅しをかけたが、彼らの声に先ほどまでの覇気はもうなかった。
(よ、よし。今なら…………)
小さく呟いたクローゼはヨシュアの前に立ち、
「あ、あの、皆さんは私たちよりも年上ですよね?なのにそんなことをして……………恥ずかしいとは思わないんですか!?」
(お、おい、クローゼったら~!)
「ク、クローゼさん!?」
クローゼが突然声を荒げ言ったので、そこにいた面々は皆驚いた。だが彼女自身も、なぜ自分がこんなにムキになっているのか、よくわかっていなかった。
(で、でも…………私は………………!)
「な、なんだと!?おいおい、ちょっと調子に乗りすぎなんじゃないか?」
「ふん、この世間知らずのお嬢様にも少し教えてやる必要がありそうだな。」
「へへっ、その澄ましたツラをいつまでしていられるかな~。」
(こ、この…………こうなれば俺もやるしかないか…………)
いかにもその場の空気が臨戦態勢に入った、かと思った時、
「お前たち、何をしているんだ!」
変に裏返った声が聞こえた。声のした方を見ると、青髪の青年がこちらに走ってくる。それを見た倉庫区の若者たちはなぜかため息をついた。
「げっ…………。」
「うるさい奴が来やがったな…………。」
(おいクローゼ。なんかいかにも小物臭のするヤツが来たぞ。)
(あれ、あの人、どこかで見たような………………)
クローゼが誰だか思い出そうとする間、青年は息を切らせながら(走ったのは結構短い距離のはずだったが)若者たちに、
「お前たちは懲りもせずにまた騒動を起こしたりして、いい年をして何をやっているんだ!」
これまた覇気のない声で怒鳴った。しかし彼らは既に面識があったようで、馬鹿にするように彼をじろりと見る。
「う、うるせぇ!てめぇの知ったことかよ!この市長の腰巾着が……………」
「な、なんだと…………」
「おや、呼んだかね?」
今度は威厳のある声がしたかと思うと、続いてまた一人の男がこちらにやってきた。すると倉庫区の三人はさっきとはうって変わってグッとひるんだ。
「ダ、ダルモア!?」
「ちっ…………」
(ねえクローゼさん、誰なのかなあの人。すごく威厳ありそうな人だけど。)
エステルはクローゼにこっそりと囁いた。彼女は彼の事はいろいろ知る機会があったため知っていた。
(ルーアン市長のダルモア氏です。で、あの人は………たぶん秘書の方だと思うんですけど…………。)
その時、一年ほど前の光景が彼女の目に浮かんだ。
(そうだ、あの人は…………ギルバードさんだ。)
一年前、クローゼがレクターに押し付けられた仕事をするために市長邸に行った時、市長の代わりに応対してくれたのがギルバードだった。その時彼は飛びっきりの営業スマイルで迎えたのだが、クローゼはレクターのことで頭がいっぱいで、全く印象に残っていなかったのであった。そんな彼を脇に下がらせ、ダルモア市長は彼らに語りかけた。
「このルーアンは自由と伝統の街だ。君たちの服装や言動についてとやかく文句を言うつもりはない。しかし…………他人に、しかも旅行者に迷惑をかけるというなら話は別だ。」
「けっ、うるせえや。この貴族崩れの金漢市長が。」
不良達はまた懲りずに反発する。
「へっ、どうせまた遊撃士に通報するとか言うんだろう。ちったあ自分の力で何とかするつもりはないわけ?」
「たとえ通報されたとしても奴らが来るまで時間がある…………とりあえずひと暴れしてからトンズラしたっていいんだぜえ。」
彼らはそう言うと勝ち誇ってニヤニヤした。だがそれを聞いたエステルとヨシュアは顔を見合わせる。そして呆れたようにエステルが話し始めた。
「えっと、悪いんだけど…………通報するまでもなく既にここにいたりして。」
「な、なにぃ!」
「はあ~、この期に及んでこの紋章に気づかないなんてね。」
そう言って彼女は左胸に飾った小さなバッジを指差した。その先に光るのは支える篭手……準遊撃士の紋章だった。彼らはそれを見ると、さすがににわかに信じられないというような顔をした。
「そ、それは…………!?」
「遊撃士のバッジ!?じゃ、じゃあこっちの小僧も…………」
「そういうことになりますね。」
ヨシュアは澄まして答えた。すると彼らはにわかに焦り始めるのが見て取れた。彼らは二、三歩下がり、集まってヒソヒソと何かを話し合い始める。
(へ~、遊撃士っていうのは随分と顔がきくんだな。)
(そ、そうみたいね。)
ジークとクローゼはその光景を見ながら思った。そしてしばらくすると倉庫区の若者たちはこちらに向き直り、
「きょ、今日のところは見逃してやらあ!」
「今度会ったらただじゃおかねえ!」
「ケッ、あばよっ!」
倉庫区の方に逃げ去った。そんな彼らを見てジークは、
(な、なんと陳腐なセリフ……………)
思わず言葉を漏らした。
ダルモア市長達は彼らが見えなくなるのを見計らうと、
「済まなかったね、君たち。街の者たちが迷惑をかけてしまった。」
一言、詫びを入れた。
「申し遅れた。私はルーアン市の市長を勤めているダルモアという。こちらは私の秘書を務めてくれているギルバード君だ。」
よろしく、とギルバードが言うと、エステル達もそれぞれ自己紹介した。
「そうか、君たちがジャン君が言っていた新人遊撃士か。今、色々と大変な時期でな。君たちの力を借りることもあるかもしれないが、その時はよろしく頼むよ。」
「は、はい。精一杯頑張ります。」
「ところで、そちらのお嬢さんは王立学園の生徒のようだが。」
「はい。王立学園二年生のクローゼ・リンツと申します。」
「そうか。君がクローゼ君か。」
と、ギルバードが口をはさんだ。彼は再び例の爽やかな笑みを復活させ盛大にクローゼに飛ばす。
「君の噂は聞いているよ。優秀な後輩がいてOBとして僕も鼻が高いよ。」
「そんな、恐縮です。」
(……………。)
クローゼは謙遜するように笑った。
「では、私も公務があるので、この辺で失礼させてもらうよ。」
そしてダルモア市長はギルバードを連れ市長邸に戻っていった。危なく暴力沙汰になるところだったのをなんとか収まってくれて、一同は安心した。エステルは市長が去るのを見届けてから、
「うーん、なんと言うか、やたらと威厳のある人よね。」
と一言呟いた。
「ダルモア家といえばかつての大貴族の家柄ですから。貴族制が廃止されたとはいえ未だに上流階級の代表者と言われている方だそうです。」
「なるほどね、立ち振る舞いといい、市長としての貫禄があるのも頷けるね。」
「しっかし、それにしても、ガラの悪い奴もいたもんね。」
エステルは倉庫の方を見ながら言った。クローゼは申し訳なさそうに言う。
「ごめんなさい。不用意な場所に案内してしまったみたいです。」
「君が謝ることないよ。ただわざわざ彼らのところに近づかないようにしよう。」
「うーん、納得いかないけど仕方ないか。………あれ、クローゼさん、どうしたの?」
クローゼはその時なぜか頬を少しだけ赤らめていた。
「えっ、い、いや………なんでもありません。」
「よし、じゃあそろそろ遊撃士協会に戻ろうか。」
トラブルに遭遇したものの、そうして彼女らはルーアン観光を終え、遊撃士協会に向かった。
(………………。)
そして何故か、ジークはクローゼたちが行った後も市長達を睨みつけていたのだった。
サブタイトルは仕様です。念のため。
どういう意味かは………察してください。クローゼの……………ですよ。