白き翼の物語~Trail of klose ~   作:サンクタス

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第十七話~転機、そして炎上~

~ルーアン市街・北街区~

 

 

 

クローゼ達が遊撃士協会に戻ると、既にギルド受付のジャンが待っていた。エステルとヨシュアは早速転属手続きをし、いくつか世間話をしたあと、宿を取るために外に出た。その時すでに夕方になっていたため、エステルとヨシュアはホテルに、クローゼは学園にそれぞれ向かうことにした。

 

「えっと、私、そろそろ失礼しますね。急がないと寮の門限に間に合いそうもないので……………」

 

「うーん、名残惜しいけど仕方ないか。」

エステルは残念そうに言った。

 

「はい、私もです。今日は付き合わせてもらってありがとうございました。」

 

「いや、お礼を言うのはこっちのほうだよ。案内してくれてありがとう。」

 

「ヨ、ヨシュアさん…………そ、そんな、大したことは、し、してません………。」

ヨシュアがニコリと微笑み礼を言うと、クローゼは突然話がしどろもどろになってしまった。

 

(な、何でだろう。何でヨシュアさんと話すとこうなっちゃうんだろう……………。)

 

「??」

自分の知らない所で起こった意識の変化に戸惑うクローゼ。もちろんヨシュアはそんな事は知る由もない。何とか誤魔化そうと彼女は話題を変えた。

 

「そ、そうだ、お二人はしばらくルーアン地方にいるんですよね?よかったら、来週末にある学園祭にいらっしゃいませんか?」

 

「ガクエンサイ?」

 

「名前から察するに何かの行事みたいだね。」

エステル達は『学園祭』を知らないようだったので、クローゼは、それが学園の許可をもらって生徒が自主的に開く行事である事を伝えた。すると、エステルは飛び上がって大喜びする。

 

「行く行く、ぜーったい行く!というかあたしも一緒にお祭りの準備がしたいくらい!」

お祭り男ならぬ、お祭り娘のエステルはすぐさま飛びついた。しかしヨシュアはエステルの本音を聞き漏らさなかった。

 

「ちょっとエステル、さっきギルドでジャンさんから聞いたばかりなのを忘れたのかい?僕達これからとても忙しくなるって。」

しっかり突っ込むヨシュア。

 

「うう~、それがあったか………。」

 

「まあ、学園祭の当日だけならいい息抜きになると思うし、それまでしっかり仕事しようね。」

 

「ふあ~い。」

 

「クスクス……………(やっぱりお二人は仲がいいですね…………)あの、ヨシュアさん、エステルさん、私そろそろ失礼しますね。近い内にまた……………」

 

「あ、うん、またね!」

 

「気をつけて帰ってね。」

 

「はい。」

クローゼは名残惜しくも二人に別れを告げ、手を振られて見送られながら、学園の道へと向かっていった。

 

 

 

 

 

~十数分後、ジェニス王立学園~

 

クローゼが学園に着いた時には、出発した時よりも日はさらに沈み、ほぼ日没の時間だった。

 

「………ふう。」

校地内に入ったとき、彼女は体の力を抜くように息を吐いた。

 

「何か疲れちゃった。そうだよね。今日はいろいろあったものね………。そうだ、早く明日からの授業の準備をしないと……………」

彼女は足早に女子寮に向かった。

しかし相変わらず胸の動悸は止まらなかった。もしこれが今日以外に起こっていたら、彼女は気にもしなかったか、もしくはイライラするかしていただろう。だが今は苛立ちよりは、困惑の気持ちでいっぱいだった。なぜなら彼女のそれは、実に心地よく、そう、全く不快でなかったのである。それがかえって彼女を混乱させていた。一体この動悸の正体は何なのだろうか……………。考えても考えても、彼女には解らなかった。

 

「……………ジルに相談してみようかな。」

彼女は女子寮の扉を開け、ゆっくりと階段を上がると、自分の部屋の戸をノックする。しかし戸の向こうから返事はない。

 

「………ジル?私。クローゼ。入るよ?」

声をかけるも、やはり返事はない。彼女はそっとドアを開け、中に入った。

 

「あれ?」

 

部屋にはジルも、誰も居なかった。門限も近いのにどこに行ったんだろうと思いながら、彼女は荷物を置き、自分の机に座った。そして窓に映る沈みゆく日をジッと眺めた。

 

(ふう………………)

身体が暖かい。だがやはり具合の悪い時の様な不快さは全くない。これは身体的というよりは、精神的なものかもしれない。彼女はぼんやりする頭で直感的に感じた。

 

「あー、疲れた~。あ、クローゼ、もう帰ってたの?」

やっと戻ってきたジルは窓辺で黄昏るクローゼに尋ねた。

 

「……………。」

しかし彼女はジルの言葉に全く反応を示さず、窓の外を眺めるばかり。

 

「………えっと、クローゼ?」

 

「…………ん、ああ、ジル。もう帰ってきてたの?」

二度目の声にようやくジルの存在に気づくクローゼ。そんな彼女にジルは、

 

「帰ってたの、じゃないわよ。クローゼが放心するなんて珍しいじゃない。どうしたの?」

呆れて、言った。それに対してクローゼはニコリと笑って、

 

「あ、うん。ちょっとね。」

サラっと言った。少なくともクローゼ自身はそう思った。だが、そう言った途端、ジルの目がキラリと光った。

 

「…………怪しい。」

 

「…………えっ。」

ジルはクローゼにツカツカ歩み寄って、わざとらしく肩を合わせる。

 

「クローゼがそういう言い方をするってことは、何か隠してるでしょ。ふふふ、隠しても無駄よ………」

 

「え、えっと、ジル?」

またジルの早とちりぐせが始まった、と彼女は思ったものの、こうなるとなかなかジルは止まらないということも彼女は知っていた。そしてジルは下を向きブツブツ何か呟き始める。

 

「一人寂しく窓辺に佇む乙女……………そしてその背中に漂う哀愁…………そして異様なほど爽やかな微笑み………間違いない。

彼女はクローゼをキッと睨み、

 

「男か!!!!」

言い放った。

 

「え、えええっ!」

まるで犯罪の証拠を突きつけるがごときジルの言葉に、クローゼはもちろん仰天した。まさかそこまで飛躍するとは…………彼女も長年ジルと付き合ってきたが、さすがに彼女も予想外だった。

 

「そうかそうか!ついにクローゼも…………『恋』…………いい響きね~…………」

 

「ちょ、ちょっと待ってジル!あの、私、そんなつもりじゃ……………」

 

「いいのよクローゼ!恋は乙女の特権よ!で、で、相手はどんな人なの?年は?身長は?どうせカッコイイ人なんでしょ!どこまで行ったのさ~。ねえねえ……………」

 

「ジル!いい加減に怒るよ!」

絶え間なくさえずるジルにクローゼは声を荒げた。

 

「ふふ、しょうがないわね。じゃあからかうのはこの辺にしておくわ。」

 

「もう、ジルったら……………あのね、ただ、いい出会いがあっただけなの。」

 

「いい、出会い?」

 

 

 

クローゼは今日あった出来事をできるだけ端的に説明した。

 

「……………っていう事。だから、ジルが好きな色恋沙汰の話じゃなくて……………ねえ、聞いてる!?彼女はついまた声を荒げて言った。というのも、最初はジルは興味津々に彼女の話を聞いていたのだが、いつの間にか黙りこくってなにか考え込んでいたのだった。それに対しジルは顔を上げて答える。

 

「……………いや、聞けば聞くほど、シチュエーションは完璧だなあって思って。」

 

「……………え。」

思わず口をポカンと開けるクローゼ。

 

「だって、そのヨシュア君、話を聞いただけでも相当カッコイイし、優しい人なんでしょ。それに危ないところを助けてもらったりして。もしそれで顔もよかったらほぼ百%イチコロだと思うよ。ねえ、クローゼ、なんか心当たり無い?」

 

「こ、心当たり?」

 

「ほら、俗に言う『トキメキ』ってヤツよ!何かないの!?」

ジルはここが肝心とばかりに聞いてきた。そして………

 

(………そう言えば……………)

彼女には確かに心当たりはあった。もちろんそれは、今日一日ずっと起こっている胸の動悸である。まさか、とは思ったが、そう考えてみると辻褄は合う。彼女が最初にそれに気づいたのは、最初にヨシュアに会ってからすぐの事。それからずっと継続している。それに今思えば、クローゼ自身、ずいぶんヨシュアを意識した言動・行動を無意識にとっていたような気がした。

 

「……………あ……………。」

 

「まさか、あるの!?」

 

「えっと、本当にそれと関係あるかどうかは分からないんだけど………。」

クローゼはジルにその事についても説明をした。するとジルは、

 

「……はあ………。」

やたらと派手にため息をついた。

 

「ど、どうしたのジル。」

 

「………あのね、クローゼ。」

 

「うん。」

 

「……………間違いないじゃない!!!」

 

「……………え。」

再びクローゼは口をポカンと開けざるを得なかった。

 

「なんとまあ、クローゼがここまで鈍感だとは思わなかったな~。よおし、決めた!私、クローゼの恋が成就するよう全力で応援するわ!あー、楽しくなってきた!そうだ!ハンスにも協力させよう!クローゼ!また後でね!」

早口でまくし立てた後、クローゼが反論する間も与えずジルは疾風怒濤のごとく部屋の外に走り去っていった。

 

「もう、人の話を聞いてってば!」

クローゼはジルが去った後の空間を見ながら言う。

しかし彼女は、声は怒っていたが、心の方はなんだかパズルのピースがうまったような心地だった。そして、力が抜けたように椅子に座った。

 

(そんな事言われたら、嫌でも意識しちゃうじゃない………………)

気づくと、日はもうすっかり沈んでいた。

 

 

 

 

でも確かに、ジルの言う通りだ。私が、ヨシュアさんの事を…………好きになっているのは、間違いない。一体、いつからだろう……………もしかしたら、最初に会った時?………そうだ。マノリア村の居酒屋さんの前で偶然出会った時から、私は何か、ヨシュアさんに惹きつけられるようなものを感じていた。それからおしゃべりなんかをしているうちに、いつの間にか、ヨシュアさんが私にとってとても大切な人に思えてきた。今日倉庫街でヨシュアさんをムキになって庇ったのも、そういう感情があったからなのだろう。はあ…………全然気が付かなかった。この何とも言えない、甘いような、苦しいような、複雑な気持ち。人を好きになるっていうのは、こういう気持ちになる事なんだ………………。

じ、じゃあ、ヨシュアさんの方はどうなんだろう。ヨシュアさんは、私の事…………どんなふうに思っているんだろう。やっぱり、同年代の友達ぐらいにしか思っていないのかな……………ヨシュアさん、優しいし、礼儀正しいから、どの人にも分け隔てなく接しているのかもしれない。

いや、それは違う。ヨシュアさんは、エステルさんだけには……………向ける眼が違った。あの眼。少し前の私にはわからなかったかもしれないけど、今ならわかる。あれは多分、愛しい人に向ける………眼差しだ。ヨシュアさんは……………エステルさんの事が、好きなんだ。じゃあ、私は………この気持ちを、どう伝えればいいのだろう……………。

 

 

 

 

 

夜がすっかり更け、学園の中も静まり返った頃、私が明日の授業の準備をしているところに突然ジルが駆け込んできた。

 

「ふわ~、遅くなっちゃった~。」

 

「お帰りジル。こんな時間まで何してたの?」

 

「ちょっと、『打ち合わせ』をね。」

 

「は、はあ。」

そしてジルは、手に持った大量の紙束を机に投げ出すようにドサッと載せた。

 

「さっきから気になってるんだけど………それ、何?」

 

「んん、これ?フフフ、見たらわかるわよ…………。」

そう言って、ニヤッとした。今度は一体何を企んでいるのかと思いながら、私は紙束の一つを手にとってみた。それは製本されていて、表紙にはこう書かれていた。

 

『白き花のマドリガル』

 

「これって確か、学園祭の……………」

 

「そう、学園祭の劇の台本。」

ジェニス王立学園では毎年、生徒達だけで全て取り仕切って行う劇というものがある。劇の質は高いことで有名で、毎年王国中からそれを目当てに訪れるお客さんが多い程のメインイベントだ。そして、劇の核になる監督・脚本・演出は、生徒会メンバーが担当することが恒例になっている。ちなみに今年の監督はジル。脚本と演出はハンス君が担当している。

 

「学園祭の劇か……………嫌でも思い出すよね。去年の事。」

 

「うん。今でも忘れられない。」

去年の学生劇、あの日は色々な意味で学園の歴史に残るものだった。劇のクライマックス、最後の最後で、あのレクター先輩が突然乱入、そこで口にするのも恥ずかしいような事をしでかした。会場は大爆笑の渦が起こり、ルーシー先輩やレオ先輩は頭を抱え、そして私達一年生組は何もする事もできないまま、学園祭は終了したのだった。そういえばそのすぐ後だったな。レクター先輩が突然いなくなったのは。

 

「でも、これがどうかしたの?」

 

「えっとね、一回全部回収したの。台本を。」

 

「ええっ!何で?学園祭までもう時間あまりないよ?」

学園祭まで後数週間。何かするにしても間に合わない事はないかもしれないけど、さすがにギリギリ過ぎる。

 

「まま、慌てなさんな。こっちには策ってモンがあるのよ。」

そしてジルはまたいつもの企み顔をした。

 

「策……………?」

 

「クローゼ、この劇のストーリー、知ってるよね?」

もちろん知ってる。『白き花のマドリガル』は、貴族制度が廃止された頃のリベール王都、つまりグランセルを舞台にしていて、古典の作品の方では結構有名な方だ。内容は、お互い幼馴染の関係にある、貴族出身の騎士と平民出身の騎士の、王家の姫君を巡る恋の物語から、さらに貴族勢力と平民勢力の思惑と陰謀が絡んでいく……………という話だ。しかしそれでも学生劇としてはマイナーで、ジルも台本は学園の資料室の奥から引っ張り出してきたみたい。

 

「まー、そんなとこだけど、ここからが本題。」

 

「うん。」

 

「まず、男子と女子がお互いの役を入れ替える。」

 

「…………………。」

 

「あれ、あんまり驚かなかった?」

 

「…………えっと、それ、どういう事?」

 

「そのまんまよ。男子がやる役を女子が。女子がやる役を男子がやるって事。」

 

「…………………ええっ!!!」

 

「ね!面白そうでしょ?」

ジルは嬉しそうに言うけれど、面白いもなにもそんな話、聞いたこともない。

 

「そ、そんなのよく先生方が許してくれたね。」

 

「性差別からの脱却!ジェンダーからの解放!とかなんとか理屈をこねて無理やり押し通しちゃったわ。」

 

「もう、ジルったら……………。」

この短時間で先生方に了解を取るところまで進めるなんて…………本当にジルの行動力は計り知れない。

 

「そしてもう一つの策なんだけど、クローゼ、ひとつ頼みがあるの。あのね、例の二人を学園祭に参加させて欲しいのよ。」

 

「え………例の二人って、エステルさんとヨシュアさんの事だよね?参加させるって…………。」

 

「フフフ…………私にとってはこれが真のメインイベントよ!クローゼ、耳貸して。」

その時、私はジルからとんでもない計画を聞かされた。そして、もし私たちの他にここに誰かがいたら、その人は私が耳まで赤くなるのを目撃したに違いない。

 

「…………………!!」

 

「ね、ね!いいアイデアでしょ!せっかく私達がチャンスを作ったんだから、ムダにしちゃダメよ!」

 

「そ、そんな……………(よ、ヨシュアさん………私は………)」

 

「あ~、んもう!学園祭が待ちきれないわね~!!ねえクローゼ!?」

まさかジルの暴走がここまでとは……………今年の学園祭も、忘れられない思い出になるだろうな、と、直感的に、思った。

 

 

 

 

 

~その夜、マーシア孤児院~

 

 

 

その日も、マーシア孤児院の夜は静かだった。昼間の子供たちの笑い声は寝息に変わり、周囲の森で騒がしく鳴いていた鳥の声の代わりに、今は心地の良い虫の音が響いている。そんな中、孤児院に一つ明かりが灯されていた。テレサ院長が子供たちが静かになったのを見計らって、衣服などを繕っていたのだった。もうかなり深夜を回っているが、彼女はお構いなしに作業をしていた。

 

「ふふ、繕いものが多いのは元気な子が多い証拠かしら………」

テレサ院長が嬉しそうにつぶやいた時、大きな導力時計のアラームが鳴った。ふと見ると、既に真夜中であった。

 

「あら、もうこんな時間。さてと、そろそろ休みますか。」

テレサ院長は手に持った針を椅子に置き、立ち上がった。そして窓辺に立つと、毎日の日課であるエイドスへの祈りを捧げた。

 

(エイドスよ、あの子達に健やかなる明日を与えたまえ……………。)

 

敬虔深い彼女はどんな時でも、子供達の明日を願わないことはなかった。その時、

 

「あら?」

彼女は窓の外からふと何かの気配を感じた気がした。それに、外のどこからか薪をくべるような音が聞こえる。

 

「…………これは、煙の臭い………まさか!」

彼女は慌てて部屋から飛び出した。心当たりはなかったが、急がなくてはならない事ははっきりと感じていた。

 

 

 

 

 

部屋から出て真っ先に目に入ったのは、パチパチと音を立てながら燃える真紅の炎だった。なぜか何もない東側の壁あたりから火が出ているが、今はそんな事を気にしている場合ではない。テレサ院長は子供たちのいる二階に駆け上がった。

 

 

 

「みんな、起きて!」

院長の突然の大声にまずはクラムとマリィが飛び起きた。

 

「わわっ、もうしませんっ……………って、あれ?」

 

「…………もう、クラムったら、なに寝ぼけてるのよう…………」

 

「ダニエルとポーリィも、早く起きなさい!火事です!」

院長がますます切羽詰った声を出すと、残った二人もようやく起き上がった。すでに起きていた二人は火事と聞いて飛び上がった。

 

「え。か、火事!?」

 

「ほ、ほんと!?」

 

「みんな!一階に降りますよ!慌てずに、大急ぎで先生についてきなさい!」

 

 

 

 

 

着の身着のまま子供達が降りてきた時、既に一階はほとんど炎に包まれていた。もともと古い建物だったからか、火の周りが予想以上に早い。

 

(………一刻も早く避難しないと…………子供達が………!)

 

「ケホケホ、煙臭ーい。」

 

「こ、こわいよ~!」

 

「さあ、みんな。出口に急いで!なるべく体を低くするの!」

テレサ院長は必死に子供たちを誘導したが、炎を怖がってなかなか進んでくれない。一体どうすれば、と思った、その時だった。

 

「………!!みんな!下がって!」

 

「え………わあっ!!」

そう院長が言ったとほぼ同時に、いきなり彼女らの目の前に天井の梁が焼け落ち、降ってきた!ガラガラという轟音、舞い散る火の粉。しかし運良くその殆どは彼女らの反対方向に流れていった。

 

「みんな!大丈夫!?」

 

「う、うん………。」

 

「………先生!あれ!」

 

マリィが指差すそれ。それは、出口への進行方向を完全に塞いだ先ほどの梁だった。

 

(完全に出口を塞いでしまった…………どうすれば!?)

そうしているうちに炎は勢いを増し彼女らを囲んでいった。このままだとほぼ確実に助からない…………!

 

「せ、先生!」

 

「こわいよ~!助けてえ!」

 

「ああ、女神《エイドス》よ!どうかこの子達だけでも………」

テレサ院長が思わず祈ったその途端、前方から突然何かを叩き斬るような音がした。驚いて炎を透かして前を覗うと、何者かが玄関の前に立っているようだった。どうやら何らかの方法で扉を蝶つがいごと破壊したらしい。

 

「………大丈夫か!」

『彼』は叫んだ。声だけ聞くと、若い男性の声に聞こえた。テレサ院長は『彼』が自分たちを助けに来たのだと気づき、

 

「私は大丈夫ですが……子供達が!」

炎がはじける音にかき消されぬよう大きな声で答えた。『彼』も院長の周りで恐怖のあまり泣き叫ぶ子供達に気づいた。すると『彼』は躊躇など微塵もせず入口をくぐり、彼女らの正面に立ち塞がっている燃え盛る梁の前に立つ。

 

「………い、一体何を…………」

院長が不安そうに見つめる中、『彼』はポケットから手のひらサイズの何かを取り出した。そしてそれを梁の方に向けた。

 

「……水よ、吹き上がれ。ブルーアセンション!」

『彼』が唱えた途端、目の前に巨大な水柱が轟音を立てながら上がり、それが消えた時には、目の前の梁は完全に消滅していた。その光景に院長や子供たちは唖然とした。

 

「通路は作った!多分建物自体が崩落するのは時間の問題だ!早く避難しろ!」

 

「あ………は、はい!」

何が起こったのかつかめないが、今はまず子供達の安全を確保したい、そう考えた院長は子供達の手を引き、言われるがままに外に出た。

 

 

 

 

 

テレサ院長達が『彼』に誘導されて外に出ると、炎に照らされて辺りは昼間のように明るかった。そして背後を振り返ると、孤児院はすっかり炎に包まれ、今すぐにでも崩れそうにメキメキと音を立てていた。

 

「な、なんて事………。」

院長は絶句した。クラム達もその様子を見て声を出すこともできず、ただ泣きじゃくっていた。

 

「………お~い!大丈夫か~!」

呼び声とともに、大勢の人たちの足音が聞こえてきた。振り返ると、男たちがバケツで水を運んでくる。その一団から一人外れて院長達の方にやってきた。

 

「ご無事でしたか!いやあ、良かった!マノリア村の方からこちらで火が上がっているのを見て、慌てて来たんですよ。」

マノリア村の村長だった。彼とはここで育てていたハーブの事などで何度か親交はあったため、院長とは顔見知りだった。

 

「そうだったのですか………迷惑をかけてしまったようで申し訳ありません。」

 

「そんなことはありません。困ったときはお互い様ですよ。しかし、本当によく助かりましたなあ。子供達もほぼ無傷のようで。」

マノリア村の村長は消火活動を続ける男たちを見ながら言った。

 

「ああ、実は先に私達を助けてくれた方がいたんです。あの、こちらに………」

 

「ええと………誰ですかな?子供達しかいらっしゃらないようですが。」

 

「え…………。」

院長は辺りを見回したが、確かに自分達を助けてくれた男は既にいなかった。

 

「あら………みんな?さっき助けてくれた方、どこに行ったか見ていない?」

 

「ん、見たけど。」

クラムが初めに言った。

 

「先生が話してるあいだにどこかに行こうとしたから、どこに行くの、って聞いたんだ。そしたら………」

 

「あの人、ニコッて笑いながら口に手をあてたんです。『静かに。』って言って。それでそのまま森の中に行っちゃったんです。」

マリィが後に続いて説明した。

 

「そうですか。一言お礼を言いたかったのですが…………仕方ありませんね。」

 

「院長先生、ここは私たちに任せて、村の方に行きませんか?子供たちも疲れているだろうし、宿の一室を借り部屋として使ってもよろしいですよ。」

 

「えっ、いいのですか?村長さん。」

 

「言ったでしょう?困ったときはお互い様ですよ。さあ、行きましょう。」

 

「村長さん。本当に感謝致します。みんな、行きますよ。」

 

「は、はい…………グスン。」

テレサ院長達はマノリアの村長に連れられ、村へと向かっていった。

 

 

 

 

 

それらの様子を、森の木陰から眺めている人影が一つあった。『彼』である。人目につかず、さらに全体を見渡せる位置を選んで、院長たちがここから去るのを見ていた。

 

「ふう、ガラにもない事をしたもんだ。」

『彼』はそっと呟いた。

 

「フフ、あの時闇の中で動いていた黒服のヤツら、多分あのユニフォームは王国の情報部の物だったか。なぜここにアイツらがいるのかな~。」

その時、消火活動をしている男達の方から安堵のため息が漏れた。さっきまで燃え盛っていた炎の勢いがやっと弱まってきたようである。すると『彼』も同じようにため息をついた。

 

「………にしても、誰も死ななくてよかった、よかった。アイツの悲しむ顔はできれば見たくなかったからなあ。多分、オレができるのはここまでだ。あとは自分の力で乗り越えてみるんだな。」

『彼』はそう捨てゼリフを残し、森の奥へと消えていった……………

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