白き翼の物語~Trail of klose ~ 作:サンクタス
~その日の朝、ジェニス王立学園~
「………こ、孤児院が………?」
クローゼは朝の授業が始まる直前に突然コリンズ学園長に呼び出された。彼女は学園長室で聞かされたのは、マーシア孤児院が火事にあい全焼した、という知らせだった。
「そ、そんな………嘘ですよね………お願いです。嘘って言ってください…………!」
「………残念ながら本当の話じゃ。」
初めは苦笑いしながら、最後には懇願するように言うクローゼに学園長ははっきりと告げた。彼女はヒッと息をのみ、声を搾り出すようにして、尋ねた。
「………孤児院の…………孤児院の人は、無事だったんですか?」
「そこまでの情報はこちらにも伝わっておらん。すまない。クローゼ君。」
彼女はそれを聞くと、力が抜けたように近くの椅子に座った。(というより倒れこんでしまった。)流石に彼女も、あまりのことに完全に頭が混乱してしまっているようだった。学園長はそれを見て、彼女の近くに寄り添うように立った。
「………クローゼ君。君はあの孤児院を随分大切に思っているようだね。できればその訳を教えてはくれないかね?」
ガックリと落ち込んでいるクローゼを見かねて学園長が尋ねると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「…………あの場所は…………マーシア孤児院は、私が、私であるための、かけがえのない場所なんです。もし、あの場所に出会わなかったら……………私はここにいなかったかもしれないんです。だから……………」
彼女はそこまで言うと、声を詰まらせ、ワナワナと体を震わせた。すると、学園長は何かを思い出したように目を見開いた。
「………そうか、あの孤児院がそうだったのか……………」
「…………え?」
「少し待っていなさい。」
コリンズ学園長はそう言うと、机に戻って一枚の紙を引き出しから取り出し、それにサラサラとサインをした。
「クローゼ君。これを。」
学園長はその紙をクローゼに差し出した。彼女はそれを受け取ると、それに書かれたものを見て思わず目を丸くした。
「これは…………外出許可証!?」
「君の今の精神状態では、授業に参加しても身にならないだろう。行ってきなさい。」
「学園長先生……………。」
彼女は許可証を懐にしまうと、柔和に微笑む学園長に向かって深く頭を下げた。
「本当に、感謝します。学園長先生!失礼します!」
彼女はそう言うと、脇目もふらずに部屋から飛び出していった。学園長はそれを見て再び微笑み、納得したように頷く。
「そうか………あの孤児院が、九年前の………ふふふ、道理で大事に思われるわけだ。」
私は用務員のバークスさんに正門の鍵を開けてもらうと、街道へと続くヴィスタ林道の道を走り出した。
「先生………みんな………どうか無事でいて…………!」
走っている間、私の脳裏には孤児院での思い出が走馬灯のように駆け巡った。ジョセフおじさんに連れられて初めて孤児院を訪れたあの日、ほかの孤児院の子供たちと遊んだ日々、何週間かしてからの別れの日、そして九年経ってからの再会の日……………それらが全て、自分が知らないところでなくなってしまうなんて、とてもじゃないけど、私は信じることができなかった。受け入れられなかった。だって、マーシア孤児院は、私にとって文字通りの拠り所であったから……………。
「はあ………はあ…………」
メーヴェ街道に出た辺りで、私は息を切らして立ち止まった。
「……………やっぱり私、何も変わってないのかな…………。」
そう、私は、誰にも頼らなくても良い強い自分になるためにここに来たのではなかったのではないのか。自分の道を自分の力で切り開けるようになるためではなかったのか。でも、今の私は、弱いままの自分でいられるあの孤児院にいつまでも執着している……………
「いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。」
私は孤児院の方角をキッと見、再び走り出した。
(そんなことは、私だってわかってる。いま自分がしていることは、単なる逃げだということも。でも、私がマーシア孤児院を、テレサ先生やみんなを大事に思っていることは事実だから。だから、私は敢えてこの道を進む…………!)
マーシア孤児院は、もうすぐだ。
………ようやく、着いた。海道との分岐点に立つ看板に書かれた『マーシア孤児院』の文字。私にはそれがとても遠いものに思えた。
「…………先生………みんな。」
私は息を呑む。
(クローゼ。やっぱり来てたのか。)
見上げると、ジークがいた。私はコクリと頷いた。
(さっき、ルーアンで風の噂で聞いた。すぐに伝えようと思って探していたんだ。)
「……………ねえ、ジーク。もう、孤児院、見た?」
(……………………。)
ジークはあからさまに顔を曇らせる。
(………ああ。空からな。俺が説明したってしょうもない。来いよ。)
そう言って孤児院の方に飛んでいった。
「……………女神よ………。」
私はゆっくりと歩き出した。真実に、そして自分にも向き合うために。
俺は入口近くの木でクローゼが来るのを待っていた。しかしなあ、孤児院があんなになってる所を見せて、本当に大丈夫か?アイツ、耐えられるのかな……………ん、来たか。
「……………っ!!!」
クローゼはついに孤児院を自身の目で見、声にならない悲鳴を上げた。
(…………クローゼ。見ての通りだ。)
孤児院は、完全に焼け落ちていた。建物の木造部分は完全になくなって、辛うじて一階の石壁のあったところだけが残っていた。その他は…………真っ黒に焼け焦げた柱が枯れ木みたいにバラバラと残っているだけだった。そしてもちろん、あの、俺でも感じるほど暖かで朗らかな空間は、そこに認めることができなかった。
クローゼは焼け落ちた孤児院をただ呆然と眺めていた。あまりのショックで涙さえも出ないのだろう。まあ、無理もないよ。あんなに大切にしていたこの場所が、こんな簡単になくなってしまうなんてな。はあ、こういう時って、どんな言葉をかけてやりゃいいんだろうなあ…………。
(あ~…………えっと、クローゼ。ひとまず先生やガキどもの安否でも確認したらどうだ?ほら、あそこに人が何人かいるし………。)
黙っているのも気まずく、俺がそう言うと、クローゼは一度俯いてすぐにまた顔を上げた。まだ泣いてはいなかった。
「……………そうよね。ここで立ち止まってもしょうがないよね。」
彼女はゆっくりと歩き出した。しかし、ボロボロに荒れた庭や花壇からは自然と目を背けているように見えた。そりゃそうだよな…………初めてここに来た時も世話してたって言ってたし……………。
待てよ。何か違和感がある。火事にあっただけなのに、何で畑や花壇が荒れるんだ?よく見ると、畑のハーブは根元から引き抜かれている。他にも庭に積んであった木箱や薪までバラバラだ。これは一体、どういう事なんだ……………?
「あら……………あの人は……………」
クローゼが何かに気づいたようだ。あ、もしかしてあそこにいるのは…………エステルとヨシュアか!?
(そっか。あいつら遊撃士だったもんな。多分火事の知らせを聞いて調べに来たんだろうさ。ちょうどいい。あいつらに話を………って。)
クローゼは既に彼らの話に耳をそばだてていた。なぜなら、彼らが信じがたい言葉を口にしていたからだ。
「それって、誰かがここに放火したってこと?」
エステルの奴が信じられなさそうに言うと、ヨシュアの方は確信を持って頷く。
「うん。僕もそう思う。このあたりに漂う臭いは、可燃性の油の臭いだ。多分この辺にぶちまけてから火を付けたんだろう。」
…………おいおい、マジかヨシュア!もしそれが本当だったら……………
「それ………本当ですか…………?」
クローゼがついに我慢できなくなったのか、口を開いた。
「あ、クローゼさん!?」
「来ていたのか…………。」
「どうして………誰が………こんな事を………かけがえのない想い出が一杯に詰まったこの場所を…………。」
クローゼは拳を握り締め、憤りで身体を震わせていた。
「どうして…………こんな…………酷い事ができるんですか!?」
ああ、涙声になってる。クローゼがこんな声出すなんて何度もないからな……………。
「クローゼさん…………。」
「……………。」
「……………ごめんなさい………取り乱してしまって…………私…………」
クローゼは今にも消え去りそうな声で言った。すると、エステルがクローゼに近づいて、そっと彼女の手を握ってやった。
「取り乱すのも無理ないよ。知り合ったばかりのあたしだってちょっとキツイから……………。信じられないよね、こんなことをする人がいるなんて。」
「エステルさん…………」
「でも、院長先生とあの子達はみんな無事だったって言うから…………だから、大丈夫。もう安心してもいいからね?」
はあ、こういう時の女の子って、有利だよなあ。俺にはできねえや。うん。
「…………ありがとう。少しだけ落ち着きました。朝、いきなり学園長から聞かされて………孤児院で火事が起きたらしいって教えてくれて………ここに来るまで…………生きた心地がしませんでした。そうですか………先生たちは無事なんですか………よかった…………。」
「院長先生たちはマノリア村の宿屋にいるらしいよ。調査も終わったし、僕たちも一緒にお見舞いに付き合わせてくれるかな?」
「ヨシュアさん…………はい。そうしていただけると嬉しいです。」
「それじゃ、行こっか。」
村に行くのか?ふう、じゃあ俺もガキどもの様子を見に行くとしますか。
私達がマノリア村についた時、村の人たちが私に気づいて私たちを案内してくれた。私は二階に駆け上がって先生たちがいるという部屋の戸を開け、中に飛び入った。
「先生、みんな………!」
「あ、クローゼ姉ちゃん!」
「来てくれたんだ…………!」
クラム君やマリィちゃんは真っ先に私に気づいて駆け寄ってきた。
「みんな、どこにも怪我はない?」
「うん、だいじょうぶだよ~。」
「えへへぇ、ポーリィもへーき。」
ダニエル君やポーリィちゃんも元気そうで、私は心の中で胸を撫で下ろした。本当に、本当に良かった……………
「ふふ、よく来てくれましたね。」
「先生も………よくご無事で………。」
「随分とあなたには心配をかけてしまいましたね。ああ、エステルさんとヨシュアさんも一緒に来てくれたんですね。」
「はい。ギルドに連絡があったので。調査のついでにお見舞いに寄らせて頂いたんです。」
「調査って、あの火事のことを調べに来たんだろ。何か分かった事、あんの?」
クラム君が鋭く尋ねてきた。
「えっと……………」
「なんと言ったらいいのか……………」
ヨシュアさん達は口ごもって、困ったように目を交わした。子供達にありのままを………あんな残酷な事は話したくないのだろう。私もできれば今は聞かせたくはない。よし。
「ねえ、みんな。お腹は空いていないかしら。私、朝ゴハンを食べていなくて。ついでにみんなに甘いものご馳走させてあげる。」
「で、でも姉ちゃん……………。」
「…………行きましょ。クラム。」
突然マリィちゃんが言った。するとクラム君も驚いて、彼女に振り返った。
「え…………。」
「つべこべ言わずに、さっさと来なさいっての。」
そう言って、マリィちゃんはクラム君の手を引っ張った。
そうか、マリィちゃんは、もう私たちが言いたい事に気づいているのかもしれない。ありがとう。マリィちゃん。そして、ごめんなさい……………
「じゃあ、下に行こっか。」
私はみんなを連れて下の階に行こうとした。その時、マリィちゃんが私にこっそり近づいてきて、小さな声で囁いた。
(クローゼ姉ちゃん。ここはまかせて。)
(えっ………で、でも…………)
(いいの。私達の代わりに、話を聞いてて。)
マリィちゃんはそう言って、他のみんなが外に出たのを見計らって戸を閉めた。
「マリィちゃん……………。」
「ふう、助かっちゃった。あの子達にはあまり聞かせたくなかったから…………」
エステルさんは安心したようにため息をついた。
「やっぱりそうだったんですか。私も、あの場所が放火されたなんて、とてもじゃないけど聞かせたくありませんでした……………。」
「そうだね。あのマリィって子は察してくてたみたいだけど。」
「ふふ、良い子に恵まれて私は本当に幸せ者です。」
テレサ先生は笑って、そう言った。
「それで、調査に来たとおっしゃっていましたね。どうぞ、何なりと聞いてください。何やら放火なんて言葉も聞こえたのですけど………。」
「ご協力、感謝します。」
それからヨシュアさんは、さっきまでの調査の結果を話してくれた。先生が火には充分気をつけていたことや、外から聞こえた怪しい物音から放火の可能性が高い事。そして、先生は、そのような事をされる覚えも全くないと、話してくれた。そして、話は犯人に移った。
「ミラや怨恨ではないとなると、嫌な話ですけど、愉快犯という可能性もありますね。テレサ先生、事件の前後に、何か変わったことはありませんでしたか?見知らぬ男達が孤児院の近くをうろついていたとか……………。」
「そうですね………昼間にエステルさんがお見えになってからは特に……………」
その時、テレサ先生はハッとした顔をした。
「先生………何か心当たりがあるんですか?」
「……………火に包まれた建物から私たちが脱出しようとした時………天井の梁が落ちてきて、玄関から出られなくなってしまったんです。ですがその時、扉を破って助けに来ていただいた人がいて………梁をどけて、私と子供たちが逃げるのを助けてくださったんです。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。梁って、そんな簡単にどけられるもんなの?」
エステルさんは信じられないようだった。
「私も信じられないのですが、確か………あの方はあの時、何かを取り出しました。」
「何か?」
「はい。そして何か唱えたかと思ったら、急に目の前から水柱が……………」
「み、水柱!?」
「まさか、アーツを使ったのか……。」
水柱………ヨシュアさんの言う通り、それがアーツなのは確実なのだろう。でも………梁一つを一瞬で吹き飛ばすなんて、随分アーツの扱いに慣れている人らしい。私もアーツを使うのは得意な方だけど、そんな事はとても出来そうもない。
「そんなことがあったんだ。それってマノリアの人なの?」
「それが、私達を助けた後いつの間にかいなくなってしまっていて…………マノリアの方々に聞いても、誰も心当たりはないそうです。」
「………怪しいですね。そんな真夜中に、孤児院の近くにいたというのも気になりますし。どういう雰囲気の人でしたか?」
「炎に紛れてよくわからなかったのですが…………多分二十代くらいの方だったと思います。そうそう、赤毛の方でした。」
「うーん、普通の人とは思えないけど、人助けをしたのは事実だし。」
「………そうだね。案外どこかの遊撃士かもしれないし。その人のことはとりあえず分けて考えたほうがよさそうだ。」
誰だろう。孤児院に来た人でそんな人は見たことはないけど……………
「……失礼します。クローゼ君、いるかな?」
何やら聞いたことのある声が聞こえた。
「は、はい。どうぞ、入ってください。」
「お邪魔するよ。」
入ってきたのは、あの秘書のギルバードさんだった。そして、ルーアン市長のダルモア氏も一緒だった。
「おや、昨日会った遊撃士諸君も一緒だったか。……………お久しぶりだ、テレサ院長。先ほど知らせを聞いて、慌てて飛んできた所なのだよ。だが、ご無事でよかった。」
「ありがとうございます、市長。お忙しい所を、わざわざ訪ねてくださって恐縮です。」
「先生、市長とお知り合いだったんですか?」
テレサ先生のあまりに手馴れた応対に私は驚いて、慌てて尋ねた。
「ああ、クローゼ君。私はジョセフとは昔から知り合いだったのでね。院長とも懇意にさせていただいているのだよ。そのジョセフの奴が愛していた建物が、あんなにも無残に…………心中お察し申し上げる。」
「いえ………子供たちが助かったのであれば、あの人も許してくれると思います。」
「遊撃士諸君、犯人の目処は付きそうかね?」
「調査を始めたばかりですから、確かなことは言えませんが、ひょっとしたら愉快犯の可能性もあります。」
「そうか………嘆かわしいことだな…………。」
ヨシュアさんが言うと、ギルモア氏は目を閉じ、ため息をつく。
「市長、失礼ですが………。」
その時、ギルバードさんが口を挟んだ。
「ん、何だね?」
「今回の件、もしかして彼等の仕業ではありませんか?」
彼がそう言った途端、ギルモア市長の顔が曇った。エステルさんは聞き捨てならないとすぐに飛びついた。
「ま、待って!『彼ら』って誰の事?」
「君たちも昨日絡まれただろう。ルーアンの倉庫区画にたむろしているあの『レイヴン』という奴らだよ。」
「『レイヴン』ねえ。何カッコつけてんだか。」
『レイヴン』と言ったら、確か「ワタリガラス」という意味だったはず。つまり、ブラブラしてる、ってことかな………?よくわからないけど。
「彼らは市民に迷惑をかけることを楽しんでいるフシもある。それにやたらと市長のことを敵視していてね。だから市長が懇意にしているこちらの孤児院に…………」
「ギルバード君!」
突然市長は彼をたしなめるように怒鳴った。
「は、はい!」
「憶測で、滅多なことを口にするのはやめたまえ。これは重大な犯罪だ。冤罪が許されるものではない。」
「も、申し訳ありません。考えが足りませんでした………。」
ギルバードさんは慌てて謝った。私はなぜかその時の掛け合いの様なやり取りに違和感を感じたが、特に気にはしなかった。
「余計なことを言わずとも、こちらの遊撃士諸君が犯人を見つけてくれるだろう。期待していいのだろうね?」
「うん、任せて!」
「全力を尽くさせてもらいます。」
エステルさんとヨシュアさんはハキハキと答えてくれた。
「うむ、頼もしい返事だ。ところでテレサ院長。ひとつ伺いたい事があるのだが……………」
そこで私は、市長からとある話を聞いたのだった。