白き翼の物語~Trail of klose ~   作:サンクタス

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昨日更新するの忘れてました。スミマセン。


第十九話~剣を、振るう。~

~マノリア村、宿屋の一室~

 

 

 

「は~、驚いちゃった。メイベル市長もそうだったけど、めちゃめちゃ太っ腹な人よね。」

エステルさんはギルモア市長達が帰った後、呟いた。

 

「先生………さっきの市長のお話………先生は、どうなさるおつもりですか……?」

 

「そうですね…………あなたはどう思いますか?」

 

「………………………。」

 

 

 

(孤児院がああなってしまっては、これから困るだろう。実は、王都グランセルには我がダルモア家の別邸があってね。普段はたまにしか使っていなくて空き家同然なのだが、しばらくの間、子供達とそこで暮らして見てはどうだろう?もちろんミラを取るなどと無粋なことを言うつもりはない。気が咎めるのであれば、うん、屋敷を管理していただこう。もちろん謝礼もお出しするよ……………)

 

 

 

ギルモア市長はそう言った。正直言って、うますぎる話だった。でも、これ以上有難い話はないのも事実だった。

 

「常識考えるのなら、受けたほうがいいと思います。だけど…………いえ、なんでもありません。」

なんでもないことなんて、ない!だって、一度王都に行ってしまえば………孤児院は…………

 

「ふふ、あなたは昔から聞き分けがいい子でしたからね。いいのよ、クローゼ。正直に言ってちょうだい。」

 

「………………あのハーブ畑だって世話をする人がいなくなるし……それに……それに…………」

私は一瞬言葉を詰まらせた。これ以上言ったらもう我慢ができなくなりそうで…………

 

「……先生とジョセフおじさんに可愛がってもらっていた思い出がなくなってしまう気がして……………ごめんなさい………愚にもつかないわがままです。」

 

「ふふ、私も同じ気持ちです。あそこは、子供たちとあの人の思い出が詰まった場所。でも、思い出よりも今を生きる事の方が大切なのは言うまでもありません。近いうちに………結論を出そうと思います。エステルさん、ヨシュアさん。申し訳ありませんが……調査の方、よろしくお願いします。」

 

「お任せ下さい。」

 

「絶対に犯人を捕まえて償いをさせてやりますから!」

 

 

 

 

 

それからエステルさんとヨシュアさんは、孤児院に放火した犯人の手がかりを探すことになった。でも、さっきの現場検証やテレサ先生の話だけでは、情報が少なすぎて困っているようだった。私にも何か手伝えることがあればいいのだけれど………………。

 

「じゃあ僕達は、一回ギルドに戻ってジャンさんに報告してくるよ。捜査はそれから始めることにする。」

 

「そう、ですか………。わかりました。」

 

「ねえクローゼさん。さっき話しに出てたジョセフさんって、テレサ先生の旦那さん?」

 

「あ、はい。数年前にお亡くなりになりましたけど………私も随分可愛がっていただきました。」

 

「ふーん………。あ、全然関係ないんだけど、クローゼさんが腰にかけてるそれ、何?」

 

「あ、これは……………」

エステルさんは私のレイピアを指差して言った。普段は目立たないように布にくるんで持ち運んでいるので、見た目では剣だとはわからない。一応説明しておこうかな、と思った時、

 

「クローゼお姉ちゃん!」

ふと私を呼ぶ声がした。振り返ると、マリィちゃんだった。何やらとても慌てている。

 

「マリィちゃん。どうしたの?そんなに慌てて。」

 

「あのね、あのね!」

マリィちゃんは息を切らせながら言う。

 

「クラムのやつがどっかに行っちゃったのよ!」

 

「え………」

それを聞いたとき、私はとても嫌な予感がした。あの時と、同じだったからだ。

 

「ど、どこかに行ったって、もしかしてマノリアの外に?」

エステルさんが驚いて尋ねた。

 

「あ、はい………。あのオジサンたちが来てから、クラム、二階に上がったみたいで…………」

オジサン達というのは、おそらくギルモア市長とギルバードさんの事だろう。どうしてそんな事を………。

 

「そしたらすぐに降りてきて、真っ赤な顔して、『ゼッタイに許さない!』とか言って…………」

するとヨシュアさんは、やっぱり、と一言呟いて、頷いた。

 

「やっぱり、って、ヨシュアさんには心当たりがあるんですか?」

 

「うん、市長達が帰ったあと、外で誰かの足音が聞こえた。軽い足音だったから子供だろうし、走っているのもわかったんだけど、まさかあれがクラム君だったとは…………」

 

「ゼッタイに許さない……………それってまさか!」

 

「多分あいつらの所に行ったのだろうね。倉庫街にいる『レイヴン』の所に。」

 

「あ、あの子、もしかして連中の所に乗り込むつもりなんじゃ…………」

 

「え、ええっ………!」

そんな………で、でも、考えてみればエステルさんの言う通りかもしれない。クラム君一人であそこになんか行ったら、どんな事をされるか……………!

 

「こうしてはいられません!私、急いで追いかけないと………」

 

「僕たちも付き合うよ。相手は子供の足だから、急げば、ルーアンに着く前になんとか追いつけるかもしれない。」

 

「クローゼお姉ちゃん……………」

マリィちゃんはいかにも心配そうな顔をしていた。

 

「心配しないで。クラム君は必ず連れ戻すから。」

とは言ったけど、私が心配なのも同じだ。クラム君、大丈夫だろうか……………

 

「それじゃ急いで、ルーアンに引き返しましょ!」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

~ルーアン市・北街区~

 

 

 

その後、私たちは走ってルーアンに向かったのだけれど、街道を抜けて市街に入っても、クラム君の姿は認められなかった。

 

「………街道にはいなかったね。」

 

「とにかく南の倉庫区画に急ごう。まだ間に合うかも…………」

 

……………カーン、カーン、カーン……………

 

「こ、これは…………」

まさか、こんな時に限って……………

 

「橋が開く合図です!」

それは、ラングランド大橋が開く事を知らせる鐘の音だった。

 

 

 

 

 

急いでラングランド橋の前に向かうと、ちょうど橋が上がり始めていた。その橋を渡った向こうに、クラム君の姿が…………

 

「クラム君、待って!」

 

「………駄目だ、行ってしまった。」

この橋が空いている時間は三十分。でも、そんなに待っていたら、クラム君が危ない!

 

「ピューイ!」

 

「え………この声は、ジーク!?」

その通りだった。鳴き声と共に、ジークが空から降りてきた。

 

(おいおい、どうした?三人揃って橋の前で…………)

 

「ジーク!私たち、今すぐ向こう岸に渡らなくちゃダメなの。何かいい案、ない!?」

 

(なんだなんだ、藪から棒に………。)

もう藁でも掴みたい思いだった。

 

(向こう岸にねえ………泳いで渡るのも無理そうだし、ボートはないのかい?)

 

「ボート…………」

 

「ボートなら、確かホテルにあるみたいだよ。」

ヨシュアさんが思い出したように言った。

 

「昨日あのデュナン公爵に部屋を追い出された時、彼自身が明日舟遊びをすると言っていた。もしかしたら……………」

追い出された?それもデュナン公爵って…………いや、それを聞くのは後!

 

「ヨシュアさん!行きましょう!早くしないと……………クラム君が!」

 

「わかった。こっちだ。急ごう!」

 

 

 

 

 

大急ぎでホテルに向かって、支配人さんに貸しボートがあることを教えてもらい、私達はホテルの裏に行った。ホテルの裏は川に接していて、そこに船着場があった。私たちはそこにいた船頭さんを説得して、デュナン公爵、つまり小父様の乗るはずだった船を貸してもらった。(船頭さんは特に嫌がる様子もなく、すぐに貸してくれた。やっぱり小父様は人気がないらしい。)

 

 

 

 

~ルーアン市・南街区~

 

 

 

「ふう、なんとか倉庫区画に着いたけど…………やっぱりクラム君はここに?」

エステルさんはボートから飛び降りて言った。

 

(俺、見たぞ。アイツ、一番奥の倉庫に入って言った。あそこに多分あいつらがいるんだろう。)

 

「ちょ、ちょっと待ってジーク。見てたの?クラム君を!」

 

(な、何だよ。怖い顔して…………)

 

「もう、それならクラム君の所に行って止めてあげれば良かったじゃないの!」

 

(あ………いや、まあ………そうだな。うう………スマン。)

 

「えっと、何だかもめてるみたいだけど…………」

 

「あ、すみません。急がないといけないのに…………。クラム君は一番奥の倉庫にいるそうです。行きましょう!」

 

 

 

 

 

~とある倉庫・内部~

 

 

『レイヴン』………彼らは自分たちの事をそう呼んでいた。もちろん実際は、人生の行き場を失った若者達のたまり場である。彼らは、人生に成功した者たち、つまり一般市民達を敵視していた。理由は簡単。ただの妬みである。彼らも薄々このままではいけないとは気づいてはいるのだろうが、一度突っ張ってしまった彼らに、自分から引き返すことはできないのである。そんな彼らのもとに、一人の少年が飛び込んできた。初めに彼に気づいたのは、『レイヴン』リーダーの一人、レイスだった。

 

「お~、なんかガキが紛れ込んできたぞ~。」

 

「こらこら、ここはガキの来るトコじゃねーぞ。帰った帰った。」

もう一人のリーダー、ディンは面倒くさそうに手を振った。

 

「………お前ら………なのか?」

 

「なんだと……………」

 

「孤児院に火をつけたのは、お前らなのかって聞いてるんだよっ!!」

 

「ハッ、何か言ってるよ!どうするロッコ~。」

ロッコと呼ばれた青年は、今まで黙ってそっぽを向いていたが、ゆっくりと立ち上がった。彼もリーダー格の一人で、『レイヴン』の中では一番ガタイがいい。

 

「ふん、ほっとけ。そんな奴相手にしたって遊び相手にもならん。」

 

「そういうことだ。ボウズ。」

 

「とぼけるなよ!お前達がやったんだろ!ゼッタイに許さないからな!」

クラムは顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「さっきから何言ってるんだ?このガキは。」

食い下がるクラムに、ロッコは少しイラっとしたようだ。

 

「何度も言わせんな。ここはお前みたいなお子ちゃまが来るとこじゃねえんだよ。とっとと家に帰って、母ちゃんのオッパイでも飲んでな。」

 

「ひゃはは、それはいいや!」

そして、そこにいたレイヴンメンバーは腹を抱えて笑いこけた。そこで、クラムの怒りは頂点に達した。なぜなら、その言葉はクラムにとっての最大の侮辱の言葉だったのである。

 

「うううう…………うわああああああああああっ!!」

クラムは大声で叫ぶと、ヤケになったのかロッコたち三人に飛びかかり、ポカポカと殴った。

 

「な、なんだ?」

 

「このガキ……なにブチギレてるんだぁ?」

 

「母ちゃんがいないからってバカにすんなよっ!オイラには先生っていう母ちゃんがいるんだからなっ!」

クラムはほぼ半泣きになりながら、ロッコたちを殴り続ける。

 

「その先生の大切な家を、よくも、よくも、よくもおっ!」

その時、ついにロッコが、キレた。そのキレるに至るまでの早さは彼が『二トロッコ』と呼ばれる所以である。彼は飛びかかってくるクラムに向かって容赦ないカウンターパンチを食らわせた。

 

「あうっ…………。」

反動で後ろに吹っ飛んだクラムにロッコはツカツカと歩み寄り、クラムの胸ぐらを掴んでそのまま持ち上げた。

 

「ううっ、うぐう………。」

 

「黙って聞いていればいい気になりやがって…………どうやらちっとばかりオシオキが必要みたいだな…………。」

 

「お尻百叩きと行きますか?ヒャーッハッハッハ!」

 

「やめてください!」

レイスの甲高い笑い声が響くのと同時に、やっとクローゼ達が倉庫に乗り込んできた。

 

 

 

 

 

「な………お前たちは!」

 

「あの時の遊撃士!?」

レイヴンメンバー達は既に三人に話を聞いていたのか、それぞれ自分の棍棒(スタンロッド)を取り出した。あのリーダー格の彼も掴んでいたクラムを自分達の後ろに放り出し、棍棒を構えた。

 

「ケホケホ……………。」

 

「クラム君、大丈夫!?」

 

(やっぱりいたか!バカクラム!)

 

「クローゼ…………姉ちゃん?」

私は遠目でクラムが無事なのを確かめると、『レイヴン』達をキッと睨んだ。

 

「子供相手に、遊び半分で暴力を振るうなんて…………最低です……恥ずかしくないんですか。」

 

「な、なんだと。」

 

「ようよう、お嬢ちゃん、あの時も言ったけどさあ、ちょっとばかし可愛いからって舐めた口、利きすぎじゃねえの?」

 

「いくら遊撃士がいた所で、この数相手に勝てると思うか?」

そう言って彼らは勝ち誇ったようにニヤニヤしだした。…………もう許せない。絶対に。

 

「クローゼさん、下がってて!」

 

(俺達がなんとか時間を稼ぐよ。その隙にあの子を助けてやってくれ。)

ジークが耳元で小声で言った。でも、人任せにはできない。私は、クラム君を守る……!

「いいえ…………エステルさん、ヨシュアさん、私も戦わせてください。」

 

「へ…………。」

エステルさんは私の言葉に面食らってポカンと口を開けていた。

 

(ユリアさん、今なら、いいですよね…………。)

 

 

 

 

 

~三年前・王都グランセル城~

 

 

ユリアさんに初めて剣を習ったのは、たしか三年ほど前だったと思う。私は、ユリアさんの剣の練習を何回も見たことがあるから、それに憧れて、ユリアさんに『剣を教えてください』って頼んだんだった。はじめはユリアさんもあまり乗り気でなかったみたいだけど(今思えば、私がもし王太女になったとしても、剣を習う必要はなかった。だからだろう。)、いつの間にか真剣になって教えてくれた。そしてある日、ユリアさんが突然聞いてきたのだった。

 

 

 

「クローゼ。あなたはなぜ、剣を振るいたいと思ったのですか?」

 

「え、えっと………」

 

「良いですよ。正直に答えてください。」

私は恥ずかしそうに口ごもり、ユリアさんはフフッと笑う。

 

「あの………かっこいい、と思ったから…………私、ユリアさんを見て、とてもかっこいいと思ったんです。だから、私もユリアさんみたいに剣が使えたらなあって。」

 

「ふふ、そうですか。」

 

「すみません、なんか変な答えですね。」

 

「いえ、答えというのは一つではありません。答えというのは、一人一人がそれぞれ持っているものなのですから。」

 

「は、はあ。」

ユリアさんがその時妙に感慨深そうに言ったのを、今でも私ははっきりと覚えている。その訳は今でもよくわからないけれど。

 

「では、ついでに私からも話しましょう。剣を振るう訳を。」

 

「え、あ、はい。お願いします。」

 

「私は、守りたいのです。このリベールという国を、アウスレーゼ王家を。そして、あなたを。」

 

「……………………。」

 

「もちろん、この細腕で何ができるか。何もできない。実際、七年前、私は守ることができなかった…………。」

 

「ユ、ユリアさん…………。」

 

「しかしそれでも、私は自分の大切なものを、この手で守りたいのです。決して自分のためではなく、誰かの為に…………。」

 

「…………すごいですね、ユリアさん。そんなことを考えていたんですか…………。」

 

「いえ、これはただの受け売りです。」

 

「受け売り?」

 

「はい。私の師…………カシウス・ブライトからの。」

 

 

 

 

 

(私も、クラム君を守るために、この剣を振るう!)

 

(クローゼ!何言ってんだ!お前に何ができるってんだよ!)

 

「クローゼさん、どういうこと?戦うって……………」

驚いて聞くエステルさん。ジークも耳元で叫んでいるが、私は振り向いて、腰につけたレイピアの布を取り払う。

 

「剣は、人を守るために振るうよう教わりました。今が、その時だと思います。」

そして、鞘から剣を抜き払うと、『レイヴン』達に突きつけた。

 

「ええっ!!」

 

「護身用の細剣《レイピア》?」

 

(おいおい、マジかよ…………。)

 

「その子を放してください。さもなくば………実力行使させていただきます!」

私がレイピアを持っていたことに驚くヨシュアさん達をよそに、私は『レイヴン』達に言い放った。思いがけない私の行動に彼らもだいぶ動揺していた。(特に下っ端の人達は。)

 

「……………かっこいい。」

 

「……可憐だ………。」

下っ端達の中から声が漏れた。(私は少し恥ずかしかったけれど。)

 

「可憐だ、じゃねえだろ!」

リーダーの一人が大声を出して言った。

 

「こんなアマッ子こにまで舐められてたまるかってんだ!」

 

「俺達『レイヴン』の恐ろしさを思い知らせてやるぞ!」

 

「ウイーッス!」

 

「クローゼさん、本当にいいの?」

エステルさんは私を心配しているが、私は負けられない。ここで退いたら………何の意味もない。

 

「………はい。足手まといにならないように、頑張らせていただきます!」

 

「来るよっ!」

 

(も~、しゃーないな!俺も援護する!)

そうして思いがけなく、『レイヴン』達との戦いが始まった。


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