白き翼の物語~Trail of klose ~   作:サンクタス

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第二十話~事件、解決……?~

~ルーアン市・南街区・倉庫区画の一角~

 

 

 

 

クラム救出のため、不良グループ『レイヴン』の根城である倉庫に乗り込んだクローゼ達。クローゼの宣戦布告により、彼らは戦闘を開始する。数で圧倒的に上回る『レイヴン』メンバー達はまず彼女達をぐるりと取り囲んだ。

 

「クックック、生意気な口をたたいたこと、後悔させてやるぜ!」

 

『レイヴン』リーダーの一人、レイスは不敵に笑う。それを合図にするように、レイヴンメンバー達はそれぞれ棍棒(スタンロッド)を持ち、かかってきた!

 

「クローゼさん!あいつらは君を狙ってる。できるだけ僕とエステルで引き付けるから!」

 

「クローゼさんはあまり無理しないで!」

 

「わかりました!ヨシュアさん、エステルさん!」

 

「こんにゃろ~、くらえ~っ!」

早速クローゼに向かってくるレイヴンメンバーの一人。しかし、彼女には彼の動きは遅く感じる程であった。

 

「はあっ!」

バシっと叩きつける音、それと同時にレイヴンメンバーは自分の得物を取り落として腕を抱える。

何しろ彼女の得物は、レイピアだ。相手の一瞬の隙をつき、相手の攻撃をかわしながら、急所を打つ。学園フェンシング大会の優勝者の腕は、全く衰えていなかった。

 

「この………」

 

「せいっ!」

彼女は振り下ろされる棍棒をステップを使って軽く避けて一気に相手の懐に入り、相手の腕を狙い打つ。

 

「な………ぐわっ!」

 

クローゼの強烈な一撃をくらったレイヴンメンバーは腕の痛みに耐えかね、再び棍棒を取り落とした。

 

「なるほど、相手の身体を傷つけずに無力化するつもりなのか………」

レイピア自体は細いため、棍棒などの重い一撃を直接受け止めることはできない。それに、刺す事以外で相手に致命的なダメージを与えるのはなかなか難しい。しかし、技巧的な動きをするのにはそれは最適だ。クローゼのように一発一発の威力が期待できないものにとって唯一上回れる可能性のある、速さを活かせるのが、レイピアだった。そして今のクローゼは、それを最大限に活かす戦い方をしていった。峰打ち………実践ではとても使えるものではないが、普段戦闘訓練を受けていない『レイヴン』達には十分だったのだ。

 

「やあっ!せいっ!」

 

「う………!」「ギャッ!痛てててて………」

襲いかかるレイヴンメンバー達がクローゼに次々と無力化されていくと、それを見ていたロッコやディン達はイライラし始め、倒れて痛がるメンバー達に思いっきり蹴りを入れていった。

 

「くっそ~、お前ら!アマッ子相手に何手間取ってるんだ!ダレるんじゃねえぞコラァ!!」

 

「ス、スミマセン、ロッコさん………」

ロッコに喝を入れられたレイヴンメンバー達は慌てて立ち上がった。

 

「う~ん、あいつらの気合注入は効果あったみたいね………。」

 

「やっぱり僕たちが止めを差すしかないみたいだ。行くよ、エステル!」

 

「応っ!」

返事をしたエステルは棍を構え、ヨシュアは双剣を取り出して突撃した!

 

「遅いっ!絶影!」

 

「何………ぐわっ!」

 

「は、速すぎて見えない………」

 

「ほらほら、よそ見してるんじゃないわよっ!」

レイヴン達が怯んだ隙にエステルは棍を手の中で振り回して彼らの中へ突っ込む。

 

「せいっ!」

 

「がはっ………!」

 

「こ、こんちくしょう!」

 

「なんの!はあっ!」

エステルの得物は自分の身長をゆうに超える棍だ。元々東方の武器である棍は正に攻守一体。そしてそのリーチは相手を寄せ付けず、手の中で高速回転させることで威嚇などにも使える。その万能性故に少々扱うにはコツが必要なのだが、彼女はそれを自在に操り、時には突き、時には払ってレイヴン達を打倒していった。

 

「すごい、エステルさん。どんどんなぎ倒してる………。」

 

(おっと、危ないクローゼ!)

 

「え…………」

 

(ちいっ!)

クローゼが気づいた頃には、レイヴンメンバーの一人が棍棒を振り上げ目の前にまで迫っていた。しかし、

 

(おうりゃ!)

 

「うおっ!な、なんだこのハヤブサ………は、離れろっ!」

 

「隙ありっ!」

すかさずジークがメンバーに取り付き動きを封じている間に、クローゼは腕の急所を狙い、相手を難なく武装解除した。

 

(ふう、危なかった。ぼおっとしてたら怪我するぞ!)

ジークは倒れたレイヴンに一瞥を遣る。

 

「ご、ごめんジーク。」

 

(自分からケンカするって言い出したんだから、気をつけろよ。よし、行くぞっ!)

 

「うん!」

 

 

 

 

 

その頃、ヨシュアはロッコとレイスを同時に相手をしていた。二人は『レイヴン』内でも喧嘩には強いからこそ、リーダー格としての地位を保っている。それ故それなりの自信というものは彼らにはあった。

 

「ふん、相変わらず澄ましたツラしやがって…………」

 

「ヒャハハ!そのツラにデッカイ傷をつけてやるぜっ!」

 

「………やれるものなら、やってみて下さいよ。」

ヨシュアはいつも通り、クールに答えた。もちろんその上には、ゴロツキ程度には絶対に負けないという彼の自信があった。しかしその態度こそがロッコを一番怒らせるのだ。

 

「こ、コイツ…………もう我慢できねえ。本気で行くぜ………とおりゃああ!!!」

 

渾身の力でヨシュアに向かって棍棒を叩きつけたロッコだったが、それはヨシュアの左の双剣にあっけなく阻まれた。

 

「な、何!?」

 

「……甘いよっ!」

 

ロッコは棍棒の重さと自分の力に任せてそれを振ったため、腕が伸びきって大振りになってしまった。そこをヨシュアは見逃さなかった。ヨシュアは棍棒の衝撃をさらりと受け流し、再び振る余裕も与えず一気に懐に潜り込み、

 

「とおっ!!」

右手の双剣の肘部分を彼の鳩尾に打ち込んだ。

 

「ぐふっ………。」

小さい体から放たれるヨシュアの強力な一撃に、屈強なロッコも流石に声も立てずにドタリと崩れ落ちた。

 

「そ、そんな………あのロッコさんが一瞬で………」

余裕をかましていたレイスも、みるみるうちに目に焦りの色が浮かび始めた。ヨシュアは彼を片眼で睨む。

 

「さあ、まだ戦いますか?」

 

「な、なめんなァっ!俺っちの本気を見せてやるぜいっ!!」

 

「はあ、仕方ないな。」

 

「おりゃ!くらえっての…………!!」

 

しかし、焦りのあまりに再び正面から突っ込んだのがレイスの過ちだった。相も変わらず大振りで棍棒を振り降ろしたため、ヨシュアの双剣の峰が彼の脇腹に叩き込まれた。

 

「うぐふっ…………」

 

「峰打ちです。多分しばらくすれば痛みも引きますよ。」

 

「…………く、くそ………どこまでも人を舐めやがって…………」

彼はそこまで言って、落ちた。

 

「ふう。戦闘終了、かな。エステルとクローゼさんは大丈夫かな…………?」

 

その途端、彼は背後で強烈な殺気を感じた。

 

 

 

 

 

あーあ、面倒なことになった。クローゼのおかげであのチンピラどもと喧嘩することになっちゃった。俺は生身で戦うのは苦手なんだが…………まあ、仕方ない。俺はチンピラどもの頭を突っついて邪魔したり、目の前を横切ってひるませたりした。もちろんあいつらも邪魔くさがって俺をあの棒っきれみたいなので殴ろうとしたが、あんなのに当たるほど俺も馬鹿じゃない。そんな感じで軽く翻弄させてやるつもりだった。だが…………奴らはムダにしぶとかった。

 

(はあ、こいつら何度痛めつけても立ち上がってくるなあ…………大丈夫かクローゼ。疲れてないか?)

 

「つ、疲れてはいないけど…………」

そんなことを言いながらクローゼはチンピラの腕をレイピアの先っちょでぶっ叩いた。まあ、あの鋭いレイピア捌きができるなら、大丈夫だろ。それにしても、こうやってレイピアを振り回してるクローゼって、ユリアにそっくりだな。全く。

 

(さて、あとの二人は…………と。)

 

あのオレンジ娘は(こんなこと言ったら怒られそうだが。)………………雑魚がよってたかってるのをまとめてぶっ飛ばしてるな。あっちもオッケーだろう。ヨシュアはってえと、あのリーダーらしき二人とやってる。それもその片方はあのデカブツだ。大丈夫かな~………と思ったら、もう倒しちゃったよ。デカブツ。

 

「…………す、すごい、ヨシュアさん。」

いやいや、クローゼさんよ。感心してる場合じゃないぞ。と言ってる間にもう一人。なんという手際の良さ。遊撃士とやらになったばかりだって言うけど、あいつ、相当の手練だな。

 

「ヨシュアさーん。大丈夫でしたか?」

 

「ああ、クローゼさんこそ怪我はないかい?」

 

「は、はい。おかげさまで…………。」

だ~か~ら!世間話してるくらいだったら、早く残りの奴らを黙らせろって……………

 

「……………!!ヨシュアさん!後ろ!!」

 

「!!」

ヨシュアが振り返った時、なんと、そこにはさっきのデカブツが立ち上がっていた。顔を真っ赤にして。正に鬼の形相だ。

 

「………………もう………………許さねえ。このクソガキがあああああああああああ!!!」

まずい。完全に頭に血が昇ってる。ああいう奴は追い詰めるとコワイってのは定石なのに…………迂闊だった!

 

「くらえええええええええっ!!!ブチギレアタッ…………………」

 

(え~い!!デカブツは黙っとれえええっ!!)

 

 

 

 

 

ジークはそう叫んでから彼のところに猛スピードで突撃して、彼の頭に思いっきり体当たりをした。彼はそれをくらうと、なぜかその場で一瞬立ちすくみ、そのまま倒れてしまった。クローゼとヨシュアはそれをただ苦笑いしながら見つめるだけだった。

 

「…………ど、どうなってるんでしょうか。」

 

「さあ、僕にもさっぱり。」

 

「はああっ!!」

掛け声とともに、またレイヴンメンバーの一人がエステルの一撃で吹っ飛び、壁に叩きつけられた。

 

「はあ、はああ、思ったよりも、時間かかったわね~。」

 

「すみません、エステルさん、ヨシュアさん。お手を煩わせてしまって。」

 

「いや、これも遊撃士の仕事の一つだから。気にすることないよ。」

 

「あ、ありがとうございます。ヨシュアさん。」

クローゼははにかむように笑ってから、手に持ったレイピアをそっと鞘に収め、レイヴンメンバーの最後の一人、クラムを捕まえてこちらをにらむディンに向き直った。

 

「………残ったのはもうあなた一人です。もう、これ以上の戦いは無意味だと思います。お願いします。どうかその子を放してください。」

 

「こ、ここまでボコボコにされて、はいそうですかって渡せるかっ!」

 

「こ、このアマ…………」

 

「そう簡単に降参してたまるかってえの…………」

ディンの言葉に反応するように、ロッコとレイスもヨロヨロと立ち上がった。

 

「くっ、まだ起きられるのか…………。」

 

「さっすがはリーダーというだけあって、スタミナだけはあるわね~…………。」

エステルさん達は素直に彼らを評した。

 

(やっぱり、まだ戦うしかないのでしょうか……………)

 

(甘いぞクローゼ。手負いの獣ほどコワい物はないぞ。)

そして『レイヴン』の三人が棍棒を振り上げたその時、

 

「……………そこまでにしとけや。」

クローゼたちの背後から、声がした。あまりに突然だったので、『レイヴン』達はさらに動揺した。

 

「だ、誰だ!?」

 

「新手か!?」

 

「やれやれ、久々に来てみりゃ、俺の声も忘れているとはな……………」

呆れたように呟きながら現れたのは、燃えるような赤毛をした、いかにも屈強そうな青年だった。その彼の姿を見た時、クローゼとジーク以外の人物は皆仰天した。さらに『レイヴン』達はなぜか焦りの表情を見せていた。

 

「あ、あんたは……………」

 

「アガットの兄貴!」

 

 

 

 

 

その後は、あれよあれよという間に事は進んだ。突如現れたアガットという青年は、『レイヴン』達をいきなり二、三発ぶん殴り、クラムを解放させた。そして、『レイヴン』達が本当に孤児院放火事件の犯人かどうか調べると言って、クローゼ達を倉庫から追い出してしまった。

 

「はあ~、なんか拍子抜けしちゃったわね。」

 

「確かに、僕もここにアガットさんが来てるとは思わなかった。」

 

「あの…………すみません、ヨシュアさん、エステルさん。さっきの方とは…………お知り合いなのですか?」

 

「うーん、知り合いというか…………」

 

「仕事仲間、ってとこかな。彼も僕らと同じ遊撃士なんだ。昨日も関所で会ったばかりだったから、ギルドで事件の話を聞いてここに来たんだろう。」

 

「は、はあ……………」

 

(…………フン。)

突然、クローゼの腕に乗ったジークが変なため息をついた。

 

「ど、どうしたのジーク。」

 

(いや………なんというか………ニンゲンって、キライ。)

 

「…………………。(い、一体何を言うのかと思ったら…………。)」

 

「クローゼさん、ジーク、何言ってるの?」

 

「え、えっと……………ジーク、あのアガットさんとはウマが合わないそうです。」

 

「………待たせたな。」

ぶっきらぼうな声と共に倉庫の扉が開いて、アガットが中から現れた。

 

「ご苦労様でした。取り調べの方は終わりましたか?」

 

「ああ、一通りな。絶対とは言い切れんが、多分、あいつらはシロだろう。」

彼は無愛想な顔で、はっきりと告げた。

 

「ホントに~?まさか、昔の仲間だからって庇ってるんじゃないでしょうね?」

エステルは怪訝な顔をして言った。しかしアガットは彼女の言葉に対してまた怪訝な顔をした。

 

「…………お前、どこでそれを聞いた?」

 

「えっ、ギルドの受付のジャンさんからだけど。あんた、昔あいつらのリーダーだったんでしょ?」

 

「チッ…………相変わらず人を食ったヤツだ。あの野郎。」

 

(そうか、だから『レイヴン』の人達も素直にクラム君を解放してくれたんだ。)

 

「あ、あの…………。」

すると突然、今までずっと黙っていたクラムが、ふと口を開いた。

 

「クローゼ姉ちゃん…………エステル姉ちゃんにヨシュア兄ちゃん…………今日はありがとな。オイラなんか助けてくれてさ。」

 

「クラム君………気にしなくてもいいのに…………」

 

「そうですよクラム。まずは自分のことを心配しないと。」

突然聞き覚えのある声。なんと、いつの間にかテレサ院長が来ていた。

 

「せ、先生!?」

 

「テレサ先生、どうしてここが…………」

 

「ギルドの方で事情を伺ってそちらの方に案内していただきました。エステルさん、ヨシュアさん、本当にありがとうございました。」

 

「なんのなんの、これも仕事のうちですから。」

エステルはいつも通り笑って答えた。テレサ院長はもう一度、どうもありがとう、と言って、クラムの方を優しい………しかし今日は厳しさも入り混じっていた………目で見つめた。

 

「クラム。後で話があります。こんなことをした訳をしっかり聞かせてもらいますよ。」

 

「うう………………」

 

「テレサ先生…………私…………」

 

「クローゼ。あなたにも感謝しなければいけませんね。本当にありがとう。」

 

(て、テレサ先生…………そんな改まらなくても…………)

 

「でも、あなたには学園祭の準備があるのですから、そちらの方も頑張ってくださいね。」

 

「あ…………は、はい。わかりました。」

 

「クローゼ姉ちゃん…………オイラ、ほんとうにバカだったよ。弱っちいクセに仕返ししようとしてさ…………かえって姉ちゃん達に助けられちゃって…………ホント、みっともないよな。」

そんなことない、とクローゼは言ってあげようと思ったが、それより先にヨシュアがクラムのそばにスッと寄り、目線を合わせるようにしてしゃがみ込んだ。

 

「みっともなくなんかないさ。大切なものを守るために身体を張って立ち向かおうとする…………そんなの、大人だって簡単にできることじゃないよ。だから僕は、君のことがすごくカッコイイと思った。」

 

「ヨシュア兄ちゃん……………」

 

「だけど、犯人を捜し出してとっちめてやるのは僕らでもできる。君は、君にしかできないやり方で、先生や他の子を守るべきだ。一緒にいたり……お手伝いをしたり……励まし合ったり……支えてあげたりね。クラム、それは君にしかできないことだよ。」

 

「……………オイラにしかできないこと…………………。」

クラムはヨシュアの言葉を噛み締めるように呟いた。

 

「………うん、兄ちゃんの言いたいこと、なんかわかったような気がするよ。」

 

「どう、やれそうかい?」

 

「モチのロンだよ!オイラに任せておけって!」

 

「ふふ、何から何まで本当にありがとう。」

それらのやり取りを見て、テレサ院長は嬉しそうに微笑みながら言った。

 

「それではみなさん。私達はこれで失礼します。」

 

「あ、クローゼ姉ちゃん!お芝居、楽しみにしてるぜ!」

 

「うん、頑張っちゃうから、みんなで一緒に見に来てね。」

 

「あったりまえだよ!またな!姉ちゃん達!」

そして、テレサ先生とクラムは倉庫街の道を歩いて行った。

 

 

 

 

 

私は先生達が見えなくなるところまで、手を振っていた。そして姿が見えなくなると、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「よかった………クラム君、元気を取り戻してくれて………。」

 

「ヨシュアってば、なかなか憎い事言うじゃん。」

エステルさんはニコッと笑ってヨシュアさんの方を叩く。

 

「いや、大したことは言ってないよ。………………………ふう、大切な人を守る、か。」

最後にヨシュアさんがなにかポツリと言ったように聞こえたけれど、小さくてよく聞き取れなかった。その声に、何か暗いものが走ったのをなんとなく感じたのだけれど……………。

 

「ふう、話が脇道にそれちまったな。」

テレサ先生たちが帰った後、アガットさんはボソッと言った。心なしか、さっきより更に不機嫌そうな顔になっていた。

 

「そういえばアガットの方はずっと大人しかったわね。どうかしたの?」

 

「いや、ああいうのは…………俺は苦手でな。そんなことはどうでもいい。さっきも言ったが、『レイヴン』の連中は多分シロだ。昨日の夜、船員酒場で酔いつぶれてたって証言もある。そして、酔った勢いだけじゃあんな周到な放火はできん…………。」

 

(あいつの言うとおりだ。あのチンピラなんかに、わざわざ可燃性の油を用意したり、ご丁寧にハーブ畑まで荒らしたりはしないと思う。)

うーん、確かにジークの言うとおりだけど、でもそうなるとまた犯人のあてがなくなってしまう。…………じゃあ一体誰が………あんなひどい事を…………

 

「そういうことなら、とりあえず保留にしても良さそうですね。彼らに放火をするだけの度胸がある人達とも思えない。」

 

「そういうことだ。まあ、あいつらには俺が睨みを聞かせておくさ。犯人探しをするついでにな。」

 

「へ……………。」

アガットさんの言葉にエステルさんはポカンと口を開けた。

 

「事件の調査は俺が引き継ぐ。お前らには手を引いてもらう。」

 

「あ、あんですって~!」

 

「納得できる説明を聞かせていただけますか?」

二人はアガットさんの言葉に反応し、問い詰めた。私もびっくりした。私だって、この事件は気心のある人に捜査して欲しいけど……………。

 

「お前らは私情を挟み過ぎなんだよ。遊撃士に限らず、情が絡むと判断は鈍るもんだ。ったく、ただの民間人を戦闘に巻き込みやがって。」

 

「あ………す、すみません………私…………」

 

「あんたが謝る必要はねえ。こいつらの心構えの問題だ。要はプロ意識が足りないのさ。」

そ、そんな………私のせいで、ヨシュアさんやエステルさんに迷惑がかかってしまうなんて…………

 

「な、なんでそこまで言われなきゃいけないわけ!?何と言われたって、あたし達は院長先生と約束してるんだから………………」

 

「おい、ヨシュアって言ったか。お前の方が物分りが良さそうだから聞くが、正遊撃士と準遊撃士が同じ任務内容を希望した時、規約で優先されるのはどっちか、わかるか?」

 

「………………確か正遊撃士、だったと思います。」

 

「そういう事だ。話は終わりだ。悪く思うんじゃねーぞ。」

ヨシュアさんやエステルさんに反論の余地も与えず、アガットさんは足早に去って行ってしまった。そしてエステルさんは悔しそうにその場で地団駄を踏んでいた。

 

「な、な、な……………何様のつもりよアイツ!?」

エステルさんは怒りを顕にして叫んだ。

 

「悔しいけど、彼の言い分は間違ってはいないからね………反論できないのが辛いな。」

 

「………あの、本当にすみません………私が剣を抜かなかったら………」

 

「それは関係ないってば。」

私が謝ると、エステルさんはすかさずかばってくれた。でも、本当に取り返しのつかないことをしてしまった……………。

 

「仕方ない。ひとまず僕たちはギルドに報告してくる。クローゼさんはどうする?」

あ、そうだ。今ならあの話、大丈夫かもしれない。

 

「あの、お二人に一つ相談したいことがあるんですけど……………ギルドの前で待っていても、いいですか?」

 

「ああ、構わないよ。」

 

「よ~し、受付のジャンさんにさっきの事を直談判してやるわ!」

 

 

 

 

 

その後、私達はギルドに行き、エステルさんは、自分達の仕事を取り上げられた、と訴えたそうだが、結局、主張は通らなかったらしい。遊撃士教会の中では、やはり規約というのは絶対なんだ。それはもちろん、国を単位にして言えることでもあるけれども。

 

「そう、でしたか…………変わりませんでしたか…………」

 

「う~、やっぱり納得いかない!」

再び口を尖らせて不満げにするエステルさん。

 

「それよりもエステル、ジャンさんが言ってたこと、気にならない?」

 

「え……?」

 

「『アガットさんが追っている事件』の話だよ。複雑な事情があるって言ってたけど、僕たちから仕事を取り上げてまで追っている物って、なんだろうと思って。」

 

「そんなことよりも孤児院よ!あたし、院長先生とあの子達のために何かしたいと思っていたのに………こんなのって………。」

そう言って、ガックリと落ち込んでしまった。

 

「エステル…………」

 

「………………あの、エステルさん、ヨシュアさん。さっきご相談したいって言った話なんですけど………。」

今思ったら、もしかすると、この話でエステルさんも元気づけてあげられるかも……………。

 

「遊撃士の方々は、民間の行事にも協力してくださるんですよね?それなら……その延長で、私達のお芝居を手伝っていただけないでしょうか?」

 

「え………?」

 

「それって、どういうこと?」

 

そこで私は、学園では毎年演劇をする事、そして、その劇であと重要な役が二人分決まっていないことを説明した。しかし、これは昨日ジルがエステルさん達を学園に連れてくるために考えた嘘で、本当は、わざと主役の役を空けておいたのだった。

 

「ど、どうしてあたし達なの?自慢じゃないけど、お芝居なんてやったことないよ?」

エステルさんが不安そうに聞く。でもその質問も既にジルが予測済みだった。

 

「えっと、片方の、女の子が演じる役が武術に通じてる必要があって………エステルさんだったら、うまくこなせると思うんです。」

 

「な、なるほど…………。」

これもジルの作戦の一つで、劇の原本にはなかった決闘シーンを無理やり突っ込んだのだった。

 

「確かに、そういうのはエステルにぴったりだと思うよ。それで、もう一つの役は?」

 

「そ、それは…………私の口から言うのは…………」

ど、どうしよう。説明がしづらい。それに…………最後のシーンでは…………

 

「言うのは?」

 

「………恥ずかしい、です。」

 

「…………そ、それってどういう意味…………?」

学園に来れば、嫌でもわかると思いますよ。ヨシュアさん。そ、想像しただけで顔が赤くなってしまいそう……………。

 

「もー、ヨシュアってば。しつこく聞くと嫌われるわよ?お祭りにも参加できるし、あの子達も喜んでくれる……しかもお仕事としてなら一石三鳥じゃない!こりゃ、やるっきゃないわよね!」

 

「ふう………何だかイヤな予感がするけど。あの子達のためなら頑張らせてもらうしかないか。」

 

「それじゃ、決まりね!じゃあ早速、レッツゴー!」

そう言えば、最初エステルさんに学園祭のことを話した時も出たがっていたっけ。ふふ、良かった。これでエステルさんも元気になってくれたし、お二人を学園祭に連れてくることもできたし。私にとっても、一石二鳥だったかも。あ、でも………ヨシュアさんが劇に出るってことは………あのシーンをやることに………私も、ヨシュアさん以上に覚悟しておかなければいけないかもしれない……………。


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