白き翼の物語~Trail of klose ~   作:サンクタス

24 / 40
第二十三話~謎の青年、再び~

~ジェニス王立学園・講堂~

 

 

 

講堂に入ってきたのは、一人の見知らぬ男子生徒だった。王立学園の制服を着ているのでそれは間違いない。見たところ……………背も私たちよりちょっと(と言っても数リジュ程度)高いし、年上に見えるから多分三年生の方だろう。でも、私は彼を学園の中で見たことがなかった。違うクラスの人なのだろうか……………

 

「えっと…………あなた、誰?」

エステルさんは至極もっともなことを聞いた。ヨシュアさんやハンス君も彼の事は知らないようだ。

 

「ん、俺か?そうか、初対面だもんな。俺の名はジェイル。ジェイル・フレイドだ。この学園の人文科に所属している。」

彼は肩の手前くらいまで伸ばした自分の髪をいじりながら答えた。私は彼をはじめ見た時、目を見張った。その人の髪は、まるで北方の国で降るという雪のように、真っ白だった。何というか、ほんとに真っ白な髪だったので驚いたのだけれど、多分地の色だろう。とても、綺麗だった。

 

「は、はあ。そのジェイルさんが、どうしてここに?」

 

「う~んと、元々俺はこういうの、劇とかが好きだから、君達の練習とかも全部見ていたんだ。なかなか面白そうな内容じゃないか。」

全部?私達の練習を?全然気付かなかった…………。

 

「ジェイルさん。あなたはさっき、劇に出てもいい、って言ってましたよね。」

 

「ほ、ホントですか!?」

ヨシュアさんが尋ねると、ハンス君もすぐに食いついた。よっぽど役をやりたくなかったんだろう。

 

「ああ、本気だぜ。前から一度はこの王立学園の劇ってのに出てみたかったからな。」

 

「あ、ありがとうございます~!!ほんと、恩に着ます………!」

ハンス君は頭が地面に付きそうなくらいに頭を下げると、彼はハハッと笑った。

 

「ハハハ、そんなに喜んでくれるとは、俺も嬉しいよ。握手でもしようか?」

 

「あの、ひとつ聞きたいことがあるのですが。」

 

「なんだい?イケメンの君。」

 

「い、イケメンって……………。」

ヨシュアさんが珍しく人前でたじろいだ。ジェイルさん、随分開けっ広な言い方をする人だ。

 

「劇に出たかったのなら、どうして最初に出演者を募集してた時に立候補しなかったんですか?わざわざこんなギリギリになってからやりたいって言うのは……………」

 

「不自然だ、って事?」

 

「失礼な言い方になりますが、そうなりますね。」

 

「うーんと………これにはちょいとワケがあるんだ。恥ずかしながら。」

 

「訳…………ですか?」

 

「おうよ。見たら分かると思うが、俺、留年してんだ。それも、何回も。」

な、なるほど。道理で学生にしては大人びている、というか多分二十歳は超えているだろう。

 

「それで親からも見放されちまってさ。家からの仕送りも止まって、今じゃバイトで生活を立ててる状勢だ。それであんまりにも忙しかったから………ちょっとばかり具合が悪くなってな。」

 

「風邪でもひいたんですか?」

 

「ん………まあ、そんなとこだ。それがちょうど劇の役を募集してる時で、時期を逸してしまった、というワケだ。」

 

「なるほど………そういう事ですか。」

 

「分かってくれればいいんだ。イケメン君!」

 

「は、はあ。」

ヨシュアさんは釈然としないみたいだけど、ジェイルさんは陽気に笑ってヨシュアさんの肩をポンポン叩いた。あれ、どこかでこの感じ、見覚えがあるような…………。

 

「で、でも本当にいいんですか?ジェイルさん。見ていたならわかると思いますけど、役は女性役ですよ?」

ハンス君が心配するのも無理はない。よほどのことでない限り女装が好きな男の人はいないだろうから。でも、

 

「ああ、構わんぜ。やれりゃいいんだ、やれりゃ。」

即答だった。

 

「いやあ~、ありがとうございます!」

 

「で、その空いた役ってなんなんだ?まだ聞いたなかったよな。」

 

「あ、えっと実は、その怪我をしたのが女子生徒だったんで、男の役だったんです。その役は、蒼騎士オスカーの命を狙う刺客なんですけど。」

 

「ほお~、こりゃ願ってもない良い役だな。よし、オスカー役は君だっけ?」

 

「え、は、はい!」

彼の細く鋭い眼が私の眼と突然合った。彼は年に似合わない子供らしさを残した表情で微笑む。

 

「君達は先に夕食を済ませてきたらどうかな?終わったらまたここに来てくれ。動きの確認をさせてもらうよ。」

 

「わ、わかりました。」

 

「じゃ、そこの刈り上げの君。」

ジェイルさんはハンス君に手を差し出した。

 

「お、俺ですか?」

 

「台本を少し貸してくれ。セリフを覚えたいんだ。」

 

「は、はい!どうぞ!」

 

「うん、ありがと。俺は裏方で待ってるよ。じゃ、またな~。」

そう言って彼は裏方に行ってしまった。…………あまりの急な出来事だったので、私達はつい呆然としてしまった。

 

「な…………なにアレ。」

 

「何というか………風のような人でしたね。(やっぱりどこかで会った事があるのかな、この感じは……………)」

 

「まあまあ、こんな形でも役が見つかったんだから俺としては万々歳さ!はあ~、ほんとに助かったぜ。」

ハンス君は自分が劇に出ることになったらと本当に気が気でなかったようで、安心したように胸をなでおろしていた。

 

「あんまりあの人を待たせるのもアレだから、さっさと食堂に行こうか。」

 

「そう!ヨシュアの言う通り!もう私お腹ペコペコ…………。」

 

「では私は、ジルを呼んできます。」

 

「うん、わかった。クローゼ!先に待ってるよ~!」

 

 

 

 

 

その後私はジルを呼びに行って、そして食堂で、明日の学園祭の成功を願ってみんなで乾杯をした。なんだかこれがエステルさんとヨシュアさんの二人と過ごせる最後の夜だってことには、あまり実感がわかなかった。それから私達は賑やかな時を過ごし(ジルに言わせれば、パーッと騒いだ。)、皆の気が済んだところで私達は解散した。私は、学園長先生にあと少しだけ講堂の舞台を貸してくれるようにジルにお願いしてから、急いであの人……………ジェイルさんのところに行った。

 

 

 

 

 

「あら……………。」

講堂に入ると、広い講堂内に舞台だけ明かりがつき、舞台上では……………ジェイルさんがたった一人でセリフを読んでいた。

 

「…………最後にひとつだけ教えてあげましょうか。これは貴方という人物が目障りだというさる高貴な方のご命令ですのよ。さあ、死んでいただきましょうか………!!」

正直、乱入と言ってもいいような形で参加したので、興味本位とか、もしくはただ私達をからかうためにあんな事を言ったんじゃないかと、少し心配だったけど、あのセリフを聞く限りは………そんなことはないかもしれない。だって、さっきのセリフだけでもすごい力が入っているというか、うまかったから。

 

「精が出ますね、ジェイルさん。」

 

「ん、おお、君か。パーティーは楽しんできたかい?」

彼は目を落としていた台本からこちらに目線を移し、さっきまでの真剣な声からまた陽気な声に戻った。

 

「あ、はい。すみません、待たせてしまいましたか?」

 

「いやいや、セリフ覚えてたからなんてこともなかったよ。」

それにしても、不思議な人だ。ついさっき会ったばかりなのに、前から知り合いだったような心地になる。

 

「それにしても、よくやる気になられましたね。あと本番まで一日もないというのに、それも女装する役を……………」

 

「言っただろ?やれりゃ良かったんだよ。それにセリフだって練習は初めから見てたから、大体は把握してたしね。」

 

「そ、そうなんですか……………ということは、その台本のセリフも性別をもう逆転させてあるんですか?」

 

「うんにゃ、これは元のまんまの台本。つまりのところ、読みながらフィーリングで逆転させてるってワケ。」

 

「へえ、すごいんですね、ジェイルさん。そんなことしてしまうなんて。」

 

「なあに、まだまだ演技自体は下手だし、君の演技の足元にも及ばないよ。クローゼ君。」

でも、さっき読んだところだけでも結構うまかったと思うけど…………あれ、さっきジェイルさん、おかしなこと言わなかった?

 

「それでだ。一つ君に相談があるんだけど。ちょっと、来て。」

 

「は、はい。」

私は彼が手招きしたので舞台に登ると、彼は持っている台本を私に見せた。

 

「えーっと、この幕では、君、オスカーがリベールの城下街の裏街道を歩いているところを俺、つまり貴族側が放った刺客に襲われる。合ってるね?」

 

「はい、たしかそんな感じだったと思います。」

 

「ホントはここでこの幕は終わりなんだけど、どうだ。ここで一つ、立ち回りを入れてみないか?」

 

「えっ!ちょ、ちょっと待ってください。そんな急に決めたりしたら迷惑がかかるかも…………」

 

「この幕の登場人物は俺達だけだから大丈夫だって。アドリブみたいなもんさ。」

 

「ア、アドリブって……………。」

そうか。わかった!なんでこの人に何となく親しみを感じるのか。多分、この人が………レクター先輩に似ているからだ。この大胆というか、ちょっと適当さも感じる性格。変に気取ったりしてない喋り方。全てが一致しているわけではもちろんないけど、共通点は感じる。

 

「ん、どうかした?」

 

「え、い、いや、なんでもないです。わかりました。やってみます。ジルとハンス君には後で説明しておきますから。」

 

「お、やってくれるのか?うんうん、君ならそう言うと思ったよ。よーし、では早速……………」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。先にそれぞれの動きの確認をしないとできませんよ?」

ジェイルさんは早速小道具のナイフを構えたので私は慌てて止めた。

 

「ん、ああ、そうか。よし、さっさと決めてしまおうや。ハハハ、楽しみだな~………。」

 

 

 

 

 

「えっと、こんな感じではないでしょうか。」

 

「うん、いいんじゃない?」

私も劇の振りをつけるなんて初めてだったし、うまくいくかな……………

 

「よし、ひとまずやってみようじゃないか。ほら、剣を持って、クローゼ君。」

ジェイルさんは早くやってみたくてウズウズしているようだ。彼は小道具のナイフを拾い上げ、手に持つ。

 

「あ、は、はい。」

 

「それじゃ、行くぞっ!」

 

 

 

 

 

その後、私とジェイルさんは剣を使って試しに動いてみた。一通り剣を交わしてまず思ったことは、ジェイルさんの筋がやたらと良いことだった。初心者なのに立ち回りをしたいと言うのはおかしいとは思ったのだけれど、剣筋のキレ、ステップの軽やかさとかから見ても、少なくともある程度の修練はしているように思える。

 

「あの、ジェイルさん?」

私は台本をまた覗き込んで見ている彼に尋ねた。

 

「ん、どーした?」

 

「ジェイルさんって、剣を学んだりした事があるんですか?もしくは何か武術をやってらしたとか…………」

 

「いや…………ない。せいぜい子供の時にチャンバラをしたぐらいかな?」

 

「…………本当ですか?」

 

「おいおい、そんな疑いの目で見ないでくれよ。えーっと、チャンバラはまだしも、武術を習ったりしたことはない。これはホント。」

そうだろうか。それにしてはあまりにも……………あ、こういう所もレクター先輩みたいだ。あの人もかなり腕は立つようだったし……………

 

「いやあ、光栄だな。学園で一番の女剣士さんに褒めてもらえるなんて。俺も捨てたもんじゃないな。」

 

「そ、そんな、剣士だなんて……………恐縮です。」

 

「おっと、もうこんな時間か。」

ジェイルさんはそう言うとすっくと立ち上がり、舞台から飛び降りた。

 

「え………ジェイルさん、もう帰るんですか?まだ全然練習してないのに……………」

 

「なあに、君ほどの腕なら練習したところでそんなに意味はないって。」

 

「で、でも、ジェイルさんは大丈夫なんですか?」

 

「俺が筋がいい、って言ったの、君だろ?」

 

「……………あ。」

 

「じゃ、また明日。頑張ろうな~。」

………………行ってしまった。なんだか納得がいくような、いかないような…………。完全に相手にペースを持って行かれてしまったようだ。

 

「………私も、早く帰らないと。」

私は手早く片付けを済まして、講堂から出た。

 

 

 

 

 

(…………うん。やっぱり、似てる。)

講堂を出てからも、私は彼について考えていた。ジェイルさん…………細かい所はもちろん違うけれど、性格というか、雰囲気というか、そういうものが、どことなくあのレクター先輩に似ているような気がする。どういうことだろう。あの人、どこかでレクター先輩と関係があったとか?

 

(でも、あの人はレクター先輩じゃない。)

そうだ。あの人はレクター先輩ではない。そうやって比較したりするのはあの人に対しても失礼だ。私も、いい加減レクター先輩のことを引きずるのはよそう。でも、そうなると、あの人は一体何者なんだろう……………。

いや、今はその事を考える時じゃない。私が今やるべきことは、明日の劇を成功させて、孤児院の子供たちを喜ばせてあげる事。そしてそのために、早く寮に戻って寝る事だ。今は、それだけを考えよう。

 

その後私はジルやエステルさんを起こさないように部屋に入り、早々とベッドに潜り込んだ。

 

 

 

 

 

~学園祭当日・朝、講堂~

 

その日の朝早く、劇の主要メンバー………エステルさんとヨシュアさん、ジルとハンス君、そして私………で講堂に集まった。いよいよ当日なので、気合を入れておこうというジルの提案だった。

 

「よっしゃ!これで準備完了だわ!」

さっきから小道具や大道具の確認をしていたジルは嬉しそうに叫んだ。

 

「そろそろ開場だが、劇の上演までには時間があるからそれまで遊んできたらどうだ?」

 

「そうこなくっちゃ!さあ、屋台とか片っ端から回るわよ~っ」

 

「回るのはいいんだけど、食べ過ぎて劇の最中に動けなくならないようにね。」

相変わらずヨシュアさんのツッコミは好調だ。お二人って、本当に仲がいいな………。

 

「そ、そんなのは判ってるわよ。そういえば、みんなも一緒に回るんでしょ?」

 

「私とハンスは生徒会の仕事が残っているから無理ね。あんた達だけで楽しんできてちょうだい。」

 

「ええっ!」

ちょっと待って。仕事って、もう学園祭が始まっているのにそんな緊急の仕事なんてあるのかな?

 

「……………ジル。もしかして、また何か企んだりしてる?」

私が小声で尋ねると、ジルはそんなことはないと言わんばかりに首を振った。

 

「今度は真面目な話だって。そっちの話じゃないよ。ホントに生徒会の仕事。」

 

「そうなの?忙しくなりそうなら私も手伝うけど………」

 

「いいっていいって、あんたはエステル達を一通り案内してやんなさい。チビちゃんたちも来るんでしょ?」

こういう所でちゃんとフォローしてくれるのがジルの良いところだ。逆に心配されてしまったみたい。

 

「あ……うん、ごめんね。」

 

「ま、俺達もヒマを見て適当に楽しませてもらうさ。」

 

「わかったわ。二人の分も含めて楽しませてもらいましょ!」

 

「じゃ、僕らは先に行ってるよ。」

 

「エステル、ヨシュア、クローゼ、いってらっしゃい!」

 

「ありがとう、ジル。いってきます!」

 

ヨシュアさん達と私が行動から出たちょうどその時、学園祭の始まりを知らせる放送が流れた。

ここに、第五十二回・ジェニス王立学園学園祭が開幕した。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。