白き翼の物語~Trail of klose ~   作:サンクタス

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第二十六話~『白き花』・前篇~

~旧校舎への裏道~

 

 

私達は放送を聞いて、本校舎に駆け戻った。劇の主役三人がまとめて遅刻するなんて恥ずかしいので、できるだけ急いで戻った。

校舎に戻る裏道を走っていく途中、私は何だか少しヨシュアさんの様子がおかしいような気がした。よく見ると、顔色も悪い。

 

「ヨシュアさん。あの…………。」

私は心配になり、つい我慢できずに尋ねた。

 

「なんだい?クローゼ。」

 

「………具合が悪いのでしたら、無理せずに言ってくださいね?」

どういう事、とでも言うように、彼は首をかしげる。もしや、自覚がないのだろうか。

 

「あの、ヨシュアさん、すごく顔色が悪いですし…………私達を気遣って我慢でもしているのなら、申し訳ないなと思って…………。」

 

「………そんな事はないさ。」

 

「で、でも…………。」

私が心配そうな声を出したためか、ヨシュアさんはその場に立ち止まり、私の前に立った。

 

「………クローゼ。」

 

「は、はい。」

そして、彼はそっと私の両肩に手を置いた。

 

「………え…………?」

ヨシュアさんの思いがけない行動に、私は本当に驚いた。顔が……………近い。

 

「心配してくれるのはすごく有難いんだけど、今はそれよりも急いだ方がいい。僕ら主役が遅れたらみんなに迷惑がかかってしまうからね。」

 

「あ………は、はい。そうですね。ジルやハンス君も待ってるだろうし………。」

ふう………ビックリした。まさかそんな事を言うだけに、こんな真似をするなんて……………でも、ちょっとだけ、嬉しかったかも。

 

「おーい!ヨシュア~、クローゼ~!早くしないと置いてくよ~!」

気づくと、私達が話し込んでいる間にエステルさんは早々と先に走って行ってしまっていた。今は振り返ってこちらに手を振っている。

 

「はは、わかってるよ。すぐ行くから待ってて。」

エステルさんに笑顔で答えるヨシュアさん。その笑顔は、私にはとても眩しく感じられた。さっきまでの具合の悪そうだった表情もあっという間にかき消えてしまう………。

 

「クローゼ。行くよ。」

 

「……………はい。」

今はとにかく、エステルさんが羨ましかった。

 

 

 

 

 

~王立学園・講堂~

 

講堂に到着すると、まず待ち構えていたジルに遅刻した事にブツブツと文句を言われ、息をつく間もなく控え室に押し込まれた。

もう開幕間近。見ると、広い講堂は既に来場者でいっぱいになっていた。舞台の袖から客席を覗くと、中には見覚えのある人も何人か………小父様とフィリップさんもいたし、ルーアン市長のギルモア氏やギルバードさんもいた。さっきエステルさんから紹介された人達も何人か確認できた。

それにしても、物凄い人の数だ。二百、もしくは三百くらいはいるだろうか。ここにいても、人々のこれから始まるドラマに対する期待や興奮がひしひしと伝わってくる。こんなに人が集まっている前に立つのは、数年前に出席した(とは言ってもほんのチラッと姿を見せただけだけど。)女王生誕祭以来かもしれない。数分後、この無数の視線に囲まれて演技をするかと思うと、背筋に震えが走った。

 

「クローゼ?早く着替えないと、もうすぐ始まるよ?」

 

「あ………エステルさん、もう着替え終わったんですか?」

既に紅騎士ユリウスの衣装になったエステルさんが声をかけてくれた。練習でも何度も着ているせいか、もう騎士装束がとっても決まっていてカッコよかった。

 

「あの、お客さんがあまりにも多いのでちょっと緊張してしまって。」

 

「そんなに多いの?どれどれ…………。」

エステルさんも幕の隙間から除いてみる。そして彼女も、私と同じ感情を覚えたようだった。

 

「うっわ~………。めちゃめちゃ人がいる~。あう~、私も緊張してきた。」

 

「大丈夫だよ。二人とも。遅くまで講堂に残ったりしてあんなに練習したんだからさ。」

その時、着替え室からセシリア姫姿のヨシュアさんが現れて言った。やはり、この姿のヨシュアさんは、眩しかった。

 

「それに、劇が始まったら他の事は気にならなくなるさ。君って、一つの事にしか集中できないタイプだからね。」

 

「むっ、言ってくれるじゃない。でもまあ、そのカッコじゃ何言われても腹立たないけど。」

 

「うっ…………。」

 

「クスクス………。」

エステルさんに一番痛いところを突かれ、口篭るヨシュアさん。その時、今回は裏方に専念するジルとハンス君が控え室に駆け込んできた。

 

「はいはい、痴話ゲンカはそのくらいで。」

 

「みんな、最後にちょっとだけ集まってくれ。」

劇に出演する生徒達は輪になって並び、そしてその中心にはジルが立った。

 

「今年の学園祭は大盛況。何やら公爵だの市長だのお偉いさんがいるみたいだけど、私たちが臆することはないわ。練習通りにやればいいとの事よ。」

 

「俺たち自身の手でここまで盛り上げてきた学園祭だ……。最後まで、根性入れて花を咲かせてやるとしようぜ!」

 

 

 

ジェニス王立学園最大のイベント・学生劇『白き花のマドリガル』が今、開幕。

 

 

 

 

 

講堂の扉が全て閉じられ、天井の照明もゆっくりと落とされていく。劇の開幕に興奮する観客がいくらか騒めいたが、間もなく会場に響き渡るブザーの音。

 

「…………大変お待たせしました。ただ今より、生徒会が主催する史劇、『白き花のマドリガル』を上演します。皆様、最後までごゆっくりお楽しみください…………。」

直後にアナウンスの声が流れると、会場は盛大な拍手の波に包まれた。数分の後、その波は静かに引いていき、再び静寂が戻ってくると、舞台に向けてスポットライトがパッと点灯した。光の先にはジルの姿が。

 

「時は七耀暦1100年代………。百年前のリベールではいまだ貴族制が残っていました。」

淡々と語り始めるジル。ジルは裏方の仕事以外にも、ナレーターの仕事も兼任してくれている。

 

「一方、商人たちを中心とした平民勢力の台頭も著しく………貴族勢力と平民勢力の対立は日増しに激化していったのです。王家と教会による仲裁も功を奏しませんでした…………。」

このあたりは全部史実に基づいた話だ。(史劇というからには当たり前だけど。)そう言えば貴族制が廃止された今でも、たまにその方面から政治的圧力がかかる事があるとお祖母様から聞いた事がある。国の王というのは、そういった歴史とも向き合っていかなければならないのだろうか……………。

そんな事を考えていると、スポットの絞りが開かれ、暗闇の中にポツリと立ちすくむヨシュアさん…………セシリア姫が浮かび上がった。

 

「そんな時代………。時の国王が病で崩御されて一年が過ぎたくらいの頃……。早春の晩、グランセル城の屋上にある空中庭園からこの物語が始まります…………。」

ジルは一礼して舞台から降りる。パラパラと客席から拍手が漏れる中舞台の照明が灯り、グランセル城をイメージしたセットが顕になる。

 

 

 

 

 

~第一幕・嘆きの姫~

 

 

 

「街の光は、人々の輝き……。あの1つ1つにそれぞれの幸せがあるのですね。ああ、それなのに私は…………。」

セシリア姫は夜空に浮かぶ星を見、悲しげに呟く。

本当にヨシュアさんは演技が上手かった。見た目が完璧にマッチしているというのもあるかもしれないけれど、誰から見ても、それは『セシリア姫』が話しているとしか思えなかっただろう。ヨシュアさん、本当に演劇の心得、ないのかな?

姫がそのまま俯くと、それを見かねたメイド達が姫の下にやって来る。

 

「姫様……。こんな所にいらっしゃいましたか。」

 

「そろそろお休みくださいませ。あまり夜更かしをされてはお身体に障りますわ。」

配役は全て男女逆転が原則だから、もちろんメイドも男子生徒が演じている。だけど………ヨシュアさんの後にセリフを言うのは、さすがに酷と言えるかも………。

 

「いいのです。わたくしなど病にかかれば……。そうすれば、このリベールの火種とならずに済むのですから……………」

 

 

 

 

 

「う~ん、相変わらず器用だねえ、ヨシュアのヤツは。」

 

「はあ、何回見ても綺麗です…………。これだと、今回の劇の最大の功労者はヨシュアさんになりそうですね。」

エステルさんと私は何をしていたかというと、舞台の袖側から劇の様子を見ていた。そして今は、ヨシュアさんの演技にただ見とれていた。

 

「あの、エステルさん。ヨシュアさんって、演劇の経験がおありなんですか?発声といい、間の取り方といい、プロの役者さん顔負けですよ。」

 

「あ、うーん……………。」

そこでなぜかエステルさんは困ったような顔をした。エステルさんがそういう顔をすることはあまりないので、私も少しびっくりした。

 

「………あたしも、出会う前のことはよく知らなかったりするのよね。」

 

「………そうなんですか?」

 

「何があったのか知らないけど、あんまり喋りたがらないんだ………。」

意外だった。普段あんなにヨシュアさんと仲良くしているのに、昔の事を知らないだなんて………ヨシュアさん、一体何を…………

 

「すみません………失礼な事を聞いてしまって。」

謝る私にあはは、と笑って返すエステルさん。

 

「いいわよ、別に気にしなくても。でもね………あたしもヨシュアに昔のことは聞かないようにしてるんだ。」

 

「え………ど、どうしてですか?知りたいとか、思った事は………?」

 

「もちろんあったわよ。でも最近はそうは思ってない。あたし、決めたんだ。ヨシュアの方が話してくれる気になるまで、あたしからは何も聞かないって。ヨシュアもそれで納得してくれたよ。」

 

「………エステルさん…………。」

 

「それに五年も経つんだもん。なんか、どーでも良くなったし。」

 

「で、でも、五年の間、何も話さなかったって事ですよね………どうして………その………受け入れられたんですか?」

私は自分が思っていた事を率直に言った。失礼な言い方だというのは分かっていたけど、どうしても、聞いておきたかった。それは、エステルさんとヨシュアさんの関係に深く関わっていると思ったから。でも、エステルさんは何事もなく答えた。

 

「あはは、そんなの当たり前じゃない。だってヨシュアは家族だし。」

 

「家族………。」

 

「そう。あたしは、ヨシュアのことは色々知ってるつもりだよ。本が好きで、頭が良くて、やたらと要領がよくて、人あたりはいいけど他人行儀で、人を寄せ付けないところがあって………でも、面倒見は良くて実はかなりの寂しがり屋。」

ヨシュアさんの事を話すエステルさんの眼は、まるで手のかかる弟の事を愚痴っているような、そんな眼だった。その眼がさっきのエステルさんの言葉を雄弁に語っていた。

 

「もちろん過去を含めてすべて知ってるわけじゃない。でもクローゼだって、孤児院にいる子供達のことを全部知ってるわけじゃないでしょ?ヨシュアの事だって、それと同じよ!」

 

「あっ………。」

 

「あっ、そろそろ私達の出番みたいよ。準備準備!」

私は、何にも解っていなかった。なんて私は、馬鹿だったんだろう……………舞台へ上がっていくエステルさんの背中を見ながら私はそう、思った。

 

 

 

 

 

~第二幕・二人の勇士~

 

 

 

グランセル城下のとある路地裏、市民達の雑貨類が打ち捨てられ、得体の知れない荷物が山と積まれた、昼でも僅かに薄暗いこの場所に、二人の騎士が訪れていた。場にそぐわぬ見事な紅と蒼の騎士装束を身にまとったその二人は、一人が『紅騎士ユリウス』(エステルさん)、もう一人は『蒼騎士オスカー』(クローゼ、つまり私)………どちらも、先の帝国との戦で名を馳せた英雄だった。二人は、グランセル市民の人通りも少ないこの路地裏を、なんとも懐かしそうな目で眺め歩いていた。

 

「覚えているか、オスカー?幼き日、棒切れを手にしてこの路地裏を駆け回った日々のことを。」

ふと立ち止まり、自らの最大の友、オスカーに声をかけるユリウス。オスカーは感慨深そうに首を縦に振る。

ユリウスは、リベール王家に代々仕える公爵家の嫡男という設定だ。幼い頃の彼は公爵邸に閉じこもっている事が我慢できず(この辺りはエステルさんにハマリ役かも。)、毎日こっそりと館を抜け出してはこの路地裏で平民の子供達とチャンバラごっこをしていたのだ。しかし彼は幼少の頃から剣の手解きを受けており、並の子供では誰も彼に太刀打ちができなかった。そんな彼に唯一勝利を収めたのが、オスカーだった。それ以来、ユリウスとオスカーは互いに良きライバル、かつ親友として切磋琢磨し、今ではリベールに立つ双巨塔と言われるまでになったのだった。ただ、二人が同じリベールの軍人となったのは、彼らが親友だったという理由だけではない。

 

「ユリウス………。忘れることができようか。君と、セシリア様と無邪気に過ごしたあの日々………。かけがえのない自分の宝だ。」

 

「ふふ、あの時は驚いたものだ。お忍びで遊びに来ていたのが私だけではなかったとはな…………。」

そう、その路地裏を訪れていた平民以外の人物はユリウスだけではなく、なんとリベール国王の一人娘、セシリア姫までもがいたのだ。彼女もまた、身分を隠して城下町を散策していたのだった。(なんというか………身につまされる話だ。)そして、彼女、セシリアの登場で、ユリウスとオスカーは恋敵という間柄が新たに生まれたのだった。

 

「舞い散る桜のごとき可憐さと清水のごとき潔さを備えた少女……。セシリア様はまさに自分たちにとっての太陽だった……………」

 

 

 

演技をしながらも、私はずっと劇とは関係のない事を考えていた。知ってか知らずか、この劇の設定は私に共通する部分が有り過ぎた。

………今私はこうやって学生劇なんて他愛もない事をしているけれど、いつかセシリア姫のような葛藤すべき時が来る。もっと私は悩むべきだ。そう、葛藤が足りない。だからいつまでたっても自分の重さに正面から向き合う事が出来ないんだ。

私はいつまで、クローゼでいられるんだろう。クローディア・フォン・アウスレーゼに戻る日は、いつだろう。今すぐ戻るべき?

…………ダメ。今の私では、王位継承などという業を背負うことは出来ない。かと言って、いつまでも先延ばしにはできない。どうしよう……………これって、八方塞がり?

ああ………またこのパターンだ。せっかく考えても、私はまたクローゼという安住の地に収まって、全部忘れてしまうんだろう。私って……………なんて馬鹿なんだろう……………。

 

 

 

 

 

~第三幕・陰謀渦巻くグランセル~

 

 

 

「ユリウスよ、判っておろうな。これ以上、平民どもの増長を許すわけにはいかんのだ。ましてや、我らが主と仰ぐ者が平民出身となった日には…………。伝統あるリベールの権威は地に落ちるであろう。」

 

「お言葉ですが、父上………。東に共和国が建国されてから十年ほどの年月が流れました。最早、平民勢力の台頭も時代の流れなのではないかと………………」

ある日の夜、ユリウスは彼の父、ラドー公爵に呼び出された。王国の保守派勢力の第一人者なだけに公爵は、なんとしてでもユリウスに王になって貰いたかった。しかし当人のユリウスは、オスカーやセシリアの気心を知っているだけにただ伝統という旗頭だけで王になる事には反対する。しかし公爵は彼の言葉には全く耳を貸さなかったのだった。

 

 

 

 

 

「…………ふう。」

次に舞台に上がるのはこの幕の後半になってからだ。私は控え室に備え付けの椅子に座り、向こうの舞台から聞こえてくるセリフにぼおっと耳を傾けていた。

 

「何が自由か!何が平等か!高貴も下賤もひとまとめにして伝統を捨てるそのあさましさ。帝国の軍門に下った方がはるかにマシと言うものよ!」

公爵役の生徒のセリフが、私の胸に突き刺さる。

 

(………今は、貴族と市民という分かりやすい対立構造は無くなった。でも、この当時と同じような保守的勢力は今でも王国内にたくさん存在している。その中には、リベールをエレボニア帝国のような軍事国家に変えるべきだ、と主張している人もいると聞いた。それはかなりの極論だけれでも、百日戦役から十年、今こそリベールを変えるべきだという声は大きい。私は………どうすれば………)

 

「まったく、腹立つ野郎だな~、コーシャクめ!」

 

「本当ですよね。腹立つ…………って、ジェイルさん?いつの間にそこにいたんですか?」

彼は、どうやったのか、私に気づかれないように私の隣に座っていたみたいだ。ジェイルさんは既に舞台衣装に着替えを済ませていたようだ。元々髪はそこそこに長かったからか、女装なのにヘアピース等は使わない事にしたらしい。結局今日まで練習はほとんどしてなかったみたいだけど、本当に大丈夫なんだろうか?

 

「ん?ああ、さっきから居たよ。いや~、また君が一人熱心に考え事をしてたっぽいから、耳に息でも吹きかけてやろうと思ったんだけど、つい先に声が出てしまったよ。」

そう言って彼は愉快そうにカラカラと笑う。

 

「もう…………人が悪いですね。それはともかくとして、ジェイルさん、劇の方は………」

 

「そう、それ!」

彼は私の言葉を臆面もなしに遮った。

 

「朝からずっと考えてたんだけどさ、どうもカッコイイ止めの刺され方が思いつかなくてね。それで、その辺はクローゼ君、君に任せることにした。」

 

「えっ、あのどういう事で…………」

「俺がここだ!、と思った所でわざと隙を晒すからさ、そこをエイヤッと剣で突く。これだけ。いや、もちろんホントに刺さないでよ?」

 

「当たり前ですよ!あの、舞台裏の人とも打ち合わせなければいけないので、そういう事はもう少し早めに言って…………」

また勝手に決めてしまって………昨日の立ち回りの話だってジェイルさんに私が代わりにジルに怒られたんですからね……………。

何か彼に文句を言おうとしたちょうどその時、後ろの方でドサドサと何かが崩れるような音がした。

 

「えっ………な、何!?」

 

「ふーん………裏からみたいだね。」

 

 

 

私が慌てて音のした裏方に向かうと、なんと床中にカバンが散らばって、中身があふれている物まであった。

 

「ええっ!い、いったい何が………。」

その答えは幾分もしないうちに見つかった。机の上に積まれていた劇関係者の私物が、何かの拍子にひっくり返ってドサドサと床に落ちたんだろう。床には分厚いマットレスが敷かれていて、会場まで音が響かなかったのが幸いだった。

 

「あ~あ、やっちまったなこりゃ。どうしよう、時間はあんまりないけど、直しちゃおうか?」

 

「も、もちろんです!」

多分、狭いテーブルに荷物を載せすぎたんだろう。随分と派手に散らかってしまっていたので、早めに片付けないと他の人に迷惑がかかる。そう思った私はジェイルさんと一緒に(彼は当然のように私を手伝ってくれた。)床に落ちてしまった荷物を集めた。どうやら複数の人の荷物が混ざってしまったようで、間違えては悪いと思った私は一応わかる範囲で仕分けだけしておくことにした。

 

「えっと、これは多分エステルさんのかな?………うん、そうだ。名前が書いてある。」

 

「…………こっち側はもうないみたいだ。クローゼ君、そっちは終わった?」

棚の隙間とかを覗いて回っていたジェイルさんは私に尋ねた。

 

「はい。後一つなんですけど…………」

最後に残った物は、随分と不可解な品物だった。それは見た目は真っ黒な半球状の物体で、表面に紋様が刻まれていた。スイッチや、蓋さえもない。なんだろう。これ。

 

「どうしたの?」

ジェイルさんはそれを持って固まっている私を見て、手に持った黒い物体もチラッと見た。

 

「…………………!!!」

彼はいきなりビクッと背後に仰け反った。

 

「え、ど、どうしましたか?ジェイルさん。」

彼のそれはただ事じゃない驚きようだった。私が心配して聞くと、彼は目を閉じて黙りこくった。それは、昂った神経を落ち着かせているように見えた。あまりにも、普通じゃない反応だった。

 

「…………いや、なんでもない。あー、それだけど、持ち主が分からないんだったら、後で他の奴らに聞いてみたら?どうせこの劇の関係者の物なんだからさ。」

誤魔化すように元の口調に戻るジェイルさんだったけど、まだ動揺が隠しきれていない。声も震えている。一体、ジェイルさんをそこまで動揺させるこの物体は………何?

 

私はその物体を暫し見つめた後、黙ってそれを自分の制服のポケットの中にグイと押し込んだ。

 

「お、おいおい……………。」

 

「ひとまず、これは私が持ってます。劇が終わったらみんなにも伝えておきますから。」

 

「い、いいのか………?もしアレだったら俺が持ってても………」

 

「いえ、そんな事でジェイルさんの手を煩わせる事はないですし。」

すると、舞台の照明がやんわりと落とされた。次は、私の出番だ。

 

「すみません、ジェイルさん。次の幕では、よろしくお願いしますね?」

 

「あ、ああ……………。」

すっかり意気消沈してしまったジェイルさんを控え室に残し、私は舞台へと登っていった。

 

 

 

 

 

~第四幕・襲いかかる魔手~

 

「議長………私はやはり、納得が出来ません。」

その日、オスカーもまたユリウスと同様に、秘密裏に呼び出しを受けていた。彼を呼び出したのは、表向きは市民派として知られる市民出身のリベール王国議会のクロード議長だった。用件も件の公爵と同じ。野心家の議長にとって、平民出身のオスカーが王になる事は悲願と呼べる物。平民派がこのリベールにおいて主導権を握るためには………貴族派を抑え、さらに消滅させるまでに至るには必要不可欠な事案だったのだ。しかし彼………議長の思惑を見抜いていたオスカーはそれに賛同する事はできなかった。己の最大の友、ユリウスのためにも。そして自らの最愛の人、セシリアのためにも。

 

「あの時、議長は確かに言った。もし私が王になれなければ、その時は流血の革命が起こるだけだ、と。もしそうなれば………ユリウスも、セシリア様も、歴史の闇の中に放り込まれるだろう。それだけは…………それだけは避けなければ……………」

時は既に宵を過ぎている。彼は漆黒の闇に包まれたリベールの城下町をゆっくりと歩いていた。

もしユリウスが王となれば、彼もセシリア姫も安泰に暮らせるだろう。しかしオスカー自身は、死ぬ。オスカーが王となれば、市民派が一気に王国内での力を増大させ、貴族派は潰されるだろう。そして、貴族派と市民派との融和を願ってきたセシリア姫が放っておかれるわけがない。彼女も………政治的な力を奪われ、いつか表舞台から、そしてこの世からも消されてしまうだろう。

彼はその時、大きなジレンマに囚われてしまったのだった。

 

「流血の革命だけは起こさせるわけにはいかない…………。ユリウスもセシリア様も死なせるわけにはいかない…………。自分は、いったいどうしたらいいんだ……………。」

 

 

ふと彼は自分の周りを見回す。無意識でなのかそうでないかは彼にもわからなかったが、いつの間にか彼は、あの路地裏の中を歩いていた。貴族連中にはせいぜいゴミ溜め、平民達にも何も知らないガキ共くらいしか来ない場所。

そんな場所でも、彼………彼らにとっては、かけがえのない場所なのだ。

 

「………うう……あ痛たた…………。」

するとどこかから、呻き声のような物が聞こえてきた。オスカーはそれにすぐに気づき、声の主を探す。

木箱の陰を覗くと、そこに茶色のみすぼらしい姿をした一人の女性(ジェイル)がうずくまっていた。彼はその女性に駆け寄り肩を持った。

 

「どうした、大丈夫か?具合が悪いのか?」

優しく声をかけて介抱しようとするオスカーに、彼女は弱々しく首を振る。

 

「………はい……大丈夫です。」

 

「体調が悪いというのに、こんな真夜中の街を出歩くのは感心せんな。家が近いのなら送ってやろうか?」

 

「………よろしいのですか?ああ、親切な騎士様………私のような者にまでお慈悲を下さり有難うございます………。」

彼女はそう言い頭を垂れる。だがオスカーは苦虫を噛み潰したように口を引き結んだ。

 

「騎士様はやめてくれ………自分は大した人物ではない。何をすべきかも分からずに道に迷うだけの未熟者だ…………。」

彼は目を閉じ、拳を痛いほど握り締める。自尊心が高く、なおかつ謙虚な彼には、『騎士様』などと呼ばれる自分が許せなかったのだろう。(クローゼが劇中で一番力が入っていたのは、このセリフだったようだ。多分彼女自身にもダイレクトに響く言葉だった故か。)

その時、彼が手を当てた背中が小刻みに揺れた。

 

「……………!?」

 

「フフフ………確かに、その通りかもしれませんわね。」

その後は、まさに一瞬の出来事だった。先程まで歩くのも億劫そうだった女性の体が驚異のスピードで反転し、隠し持った短刀が空を切った。だがオスカーも歴戦の強者である。咄嗟に身を引き回避する………が、出来なかった。

 

「くっ、利き腕が…………。」

彼は右腕を抑え、ヨロヨロと背後に下がる。彼を襲った短刀は急所こそ当たらなかったが、彼の利き腕、右腕を捉え、切り裂いた。抑えた腕から鮮血がポタリポタリと滴り落ちる。(もちろん本物の血ではなく、すぐに色が消える赤インクである。)

オスカーを襲った女は、短刀を構えたまま愉快そうに笑った。

 

「フフフフ………このナイフには痺れ薬が塗ってある。大人しくして頂きますわよ。」

 

「貴様…………何者かに雇われた刺客か!?」

路地裏にオスカーの声が虚しく響く。女は更に高々と笑う。

 

「クククク…………じゃあ、一つだけ教えてあげましょうか。これは貴方という人物が目障りだというさる高貴な方のご命令ですのよ。さあ、死んでいただきましょうか………!!」

 

女は勝ち誇ったように叫ぶ。オスカーにとって、まさに絶体絶命の危機だった。誰の目から見ても、結果は明らかのように思えた。だが………彼は、諦める事はしなかった。

 

「私は………私は、こんな所で………死ぬわけには…………いかないのだ……………!」

彼は壁を支えにしてゆっくり立ち上がり、そして傷ついていない左腕で腰の剣を、抜き払った。

 

「ほう、まだ戦うとでも言うの?もうあなたが死ぬ事は決まっているというのに………。」

 

「………死ぬ?何の事だ。」

 

「な、なんですって………!」

彼の意外な言葉に女はどきりとした。

 

「そんな事もわからないとは、薬が頭まで回ってきたのかしら?決まっているじゃない。私が、あなたを、殺すのよ。」

 

「………貴様が、私を殺す、か。ふっふっふ………はっはっはっは……………。」

 

「な、何がおかしい!!」

だんだん彼女も苛立ってきたのか、オスカーの笑い声に大声で言い返した。すると彼はピタリと笑うのを止めた。

 

「………では私も一つ、貴様に問おう。貴様に、私が殺せるのか?」

 

「なんですって!フフフ、簡単じゃない。毒をくらって利き腕を無くしたあなたに、勝目なんてないわ。」

 

「そんな事を聞いているのではない。毒なんて卑怯な真似を使ってでも私を殺そうとした貴様が、十年以上もの間修練を積み重ね、己の剣技を磨いてきた私に勝てるとでも思っているのかっ!!」

 

オスカーの声は人の姿が皆無な路地裏に大きく響き渡った。それは助けがやって来れるまでには至らなかったが、女の心に響きをもたらすには十分すぎるほどであった。彼女はクッと口を引き結ぶ。そして、首を横に振った。

 

「………少し喋り過ぎたようね。あなたに、大きな口を叩いた事…………後悔させてあげるわ!」

 

 

 

 

 

後編へ続く………………………

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