白き翼の物語~Trail of klose ~   作:サンクタス

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第二十七話~『白き花』・後篇~

~第四幕~

 

 

 

ジェイルさんはそう言い放ち、短刀を持って私に襲い掛かった。前に示し合わせておいた通り、私は剣を取リジリジリと下がる。

射程の違う武器同士の戦いはなかなか難しい。リーチのある剣を持った私の方が有利かと思いきや、ジェイルさんの方は一度懐に潜り込んで一突きさえすれば良い短刀を持っているのだ。だから、なかなか正面から打ち合って戦うのは難しい(難しいというよりは、そうやったらおかしい)。

彼に言われた事は、攻めなくていいからとにかく守りに徹しろ、という事だった。手負いで、怪我までしてる奴がそうそう攻撃できるものじゃない、そう言っていた。私は言われた通り相手と常に距離をとリ、ジェイルさんの方ははそれに応じて隙を伺う形となった。

 

「はあっ!」

機を見ながら打ち込む。剣の根元でギリギリ受け、剣を振ってまた距離をとる。

こうなると明らかにオスカー側の方が不利に見える。少しずつ追い詰められていくオスカー。

 

「クローゼ姉ちゃん!悪者なんかに負けるな~!」

なんと客席から声が。クラム君だった。横目でチラッと見ると、周りの席から僅かに忍び笑いがおき、テレサ先生も小声で叱ったので、クラム君も恥ずかしくなって縮こまった。

 

(そろそろ終わらせるぞ。クローゼ君。)

口パクで私に伝えるジェイルさん。よし、やるぞ。

 

しばらく動いて、私は突然ガクリと剣にもたれかかり、膝をついた。そして右腕を抑え、「ぐっ………」と呻く。するとジェイルさんの方はニヤリと笑い、私の前に立った。

 

「あらあら、どうしたのかしら?あそこまで言っておいて、もうギブアップ?」

オスカーの右腕はもうほとんど動かせなかった。そして傷の痺れが鋭い痛みに変わる。限界は近かった。これ以上激しい動きをすれば、命にも関わる可能性もある。その事に彼は既に、気づいていた。

 

「………………!」

しかし彼の目はまだ、諦めてはいなかった。たった一つの、万に一つもない可能性に賭けて。

 

「フフフフ………哀れねオスカー。こんな所で殺されるなんて。武人なら、せめて戦場で生を終える事が、本望でしょうけど運が悪かったと思って、諦めなさい。」

 

ジェイルさんは短刀を持ち直し、そして叫ぶ!

 

「さあ、終わ…………っ!!!」

来た!これが、隙!!

 

「はああああ!!」

 

 

 

ドスッ。

 

 

 

 

 

オスカーは自分の腕を布できつく縛り、仮の止血をする。しかし、当分は右腕は動かせないだろう。さあ、どう言い訳をしたものか。彼はそんな事を考えながら、心の臓を一撃で貫かれた女の屍体を見た。

 

「………哀れな奴だ。」

こんな裏通りで起きた事だ。屍体が発見されたとしても、精々後暗いトラブルに巻き込まれただけだと誰しも思うだけだ。彼は目を伏せ、そして、よろめきながらもその路地を後にするのだった。

 

 

 

 

 

「同日夜。ユリウスはグランセル城を訪れ、セシリア姫に面会するのでした。」

壇上に現れるジル。

 

「ああ、これも運命のいたずらか。ユリウスはセシリア姫に、彼女自身、つまり王位を懸けて、自分とオスカーが決闘をする事を申し出たのでした。オスカーが利き腕を使えないことも知らぬまま…………。そして、彼らの決意を悟ったセシリア姫は、もはや何も言えませんでした。そして、決闘の日………。」

 

 

 

 

 

バックの照明が照らされて、王立競技場(グランアリーナ)のセットが見えてきた。ジルは壇上からそっと降り、ユリウス、オスカー両騎士。貴族、平民勢力と教会等の中立勢力。その他王勢の野次馬の姿が現れた。そこにいる皆が、彼らの勝負を見届けようとしていた。しかし、一人だけ、いるはずの人物がそこに存在しなかった。セシリア姫である。

 

 

 

 

 

~第五幕・交わる剣~

 

 

「わが友よ。こうなれば是非もない………。我々は、いつか雌雄を決する運命にあったのだ。抜け!互いの背負うもののために!何よりも愛しき姫のために!」

エステルさんは腰の剣を抜き払い、構えのポーズをとる。練習の成果もあって、セリフもハキハキとして、格好良く決まっていた。よし、私も負けないように頑張らないと。

 

「運命とは自らの手で切り拓くもの…………背負うべき立場も姫の微笑みも、今は遠い…………」

敢てユリウスから目を離し、首を振る私。エステルさんはそれを見て激昂する。

 

「臆したか、オスカー!」

しかしオスカーは彼の言葉に対し、再び横に首を振る。そして、天を仰いだ。

 

「だが、この身を駆け抜ける狂おしいまでの熱望は何だ?自分もまた、本気になった君と戦いたくて仕方がないらしい…………。」

私は目を閉じる。そして、左手で剣を抜き、構えた。

 

「革命という名の猛き嵐がすべてを飲み込むその前に……………剣をもって運命を決するべし!」

 

「おお、我ら二人の魂、空の女神もご照覧あれ!いざ、尋常に勝負!」

 

「応!」

ユリウスに応えるオスカー。いよいよ決闘が始まるという緊張感の中で、貴族派の筆頭、ラドー公爵だけが、不気味な薄ら笑いを浮かべていた…………。

 

 

 

 

 

「はあああああ!!」

 

「うおおおおお!!」

 

グランアリーナに響く剣の交わる音、ほかに聞こえるのは二人の騎士の叫ぶ声と衣擦れの音か。静まり返った空気が、ますます勝負の緊張感を増大させていく。

勝負は均衡していた。オスカーの素早い剣閃はユリウスの硬い防御に阻まれ、逆にユリウスの力強い一撃はオスカーの剣で受け流される。互いに自分の全力を尽くし、命を懸けた戦いが繰り広げられていた。

 

「………やるな、ユリウス。」

互いの剣が正面からぶつかり、鍔迫り合いとなる。

 

「それはこちらの台詞だ。オスカー。」

剣を握る手に力がこもる。

 

「だが、どうやら………未だ迷いがあるようだな!」

そう言い放ったユリウスは一瞬剣を引き、息もつかせず二、三と連撃を繰り出す。

 

「ぐっ……………。」

ユリウスの猛攻を抑えきれず距離を取ろうとするオスカー。

 

「どうしたオスカー!お前の剣はそんなものか!?帝国を退けた武勲は、その程度のものだったのか!?」

いまいち攻撃が煮え切らないオスカーをユリウスは挑発するように言った。だがユリウスは、彼が剣を左手で扱っていた事に気が付いていなかった。

 

「くっ………。」

ユリウスの言葉に、彼は唇を噛んだ。そして………剣を左手から、右手に持ち替えた。

 

「おおおおおおおっ!!」

空気が、変わった。先程までのオスカーと今では、気迫が段違いに高まっていた。この差は利き手の差なのか、それともユリウスの挑発の故か。彼は猛虎の如く突撃し、上下左右と数え切れないほどの斬撃を浴びせる。さすがのユリウスもそれには耐え切れずに三、四歩後退する。そしてユリウスが際どいタイミングで反撃を繰り出し、再び二人は距離をとって向かい合った。

 

「さすがだユリウス………なんと華麗な剣捌きな事か。」

 

「ふ、私も驚いたぞ。まさかここまで私を下がらせるとは。数年前に手合わせした時よりも格段に腕は上がっているようだな。」

 

「無駄口が多いぞユリウス。まだ勝負は終わっては………いない………。」

突然、オスカーは右腕を反対の手できつく握り締めた。顔は苦痛に歪んでいる。

 

「どうしたオスカー?………まさか、お前………腕に怪我をしているのか!?」

ユリウスは友の表情を見て尋ねるが、オスカーは心配ないとでも言いたげに首を振る。しかし苦痛の表情は変わらない。

 

「問題ない………カスリ傷だ。」

 

「未だ我々の剣は互いを傷つけていない筈………。ま、まさか決闘の前に…………」

信じられなさそうにユリウスは呟く。

 

「卑怯だぞ、ラドー公爵!貴公の謀り事か!?」

クロード議長はすかさず公爵に抗議する。議長としては、貴族派側に不利な事項は多く作っておきたいという意図もあったが、公爵は不敵に笑い返した。

 

「ふふふ………言いがかりは止めてもらおうか。私の差し金という証拠はあるのか?」

 

「父上……何ということを…………!」

公爵のあまりの厚顔無恥にユリウスは、実の父とは言え燃え上がる憤りをなかなか抑えきれなかった。だが、当人のオスカーは、何故かとても穏やかな表情に変わっていた。

 

「いいのだ、ユリウス。これも自分の未熟さが招いた事。それにこの程度のケガ、戦場では当たり前のことだろう?」

 

「………………(オスカー、まさか、死ぬ気で…………?)。」

オスカーは右手に剣を握り直し、力強く剣先を相手に突きつける。

 

「次の一撃で全てを決しよう。自分は……君を殺すつもりで行く。」

 

「お前………わかった。私も次の一撃に全てを賭ける。」

彼もまた剣を握る手に力を込め、構えた。

 

そして、二人は一度深く息を吐き、互いの相手をジッと睨めつけた……………!

 

 

 

 

 

~第六幕・奇跡~

 

 

 

ようやくここまで来た。物語の最高のクライマックス。観客達も息を飲んで、静かに舞台を見つめている。。緊張はしていないつもりだったけど、ほんのわずかに足が震えるのを感じていた。

そしてそれは、あのシーンが近づいている事も意味していた。

 

『ヨシュアさんとのキスシーン』

 

いけない。今からその事を考えたら私の顔が赤変する事に誰かが気づいてしまう。考えない、考えない………。

どうしよう。今更だけれど、本当に、いいのだろうか。もちろんフリだ。それでも、エステルさんは………どう思うかな?

ジルは『本当に』してもいい、なんて言ったけど、とんでもない。そんな事をしたら、エステルさんを裏切った事になる。自分に嘘をついてでも……………それだけは。

 

「次の一撃で全てを決しよう。自分は……君を殺すつもりで行く。」

 

私はふと観客席の方を見た。無意識の事で特に意味はなかったはずだったが、その時私の眼には不可解な物が映ったのだった。

観客席からさらに外側には、生徒が舞台方面に通るための通路がある。そこを、ジェイルさんが歩いていた。講堂の外に向かって。

遠くから見ても、あの真っ白の髪のおかげですぐに見分けがついた。でもなぜだろう。まだ劇は終わっていないというのに、先に講堂を出て行くなんて。彼は小走りに歩いて行って扉を開け、出て行ってしまた。

 

「お前………わかった。私も次の一撃に全てを賭ける。」

 

あ………危なかった。そんな事を今は考えている時じゃない。そう、劇はこれからが大事な場面だ。何週間も練習をして、エステルさんやヨシュアさんと生活して、そして今、ここにいる。私もユリウスのように、この数週間の全てをこの劇に、賭けてみせる!

 

「はあああああっ!」

 

「おおおおおおっ!」

そして二人同時に真っ直ぐ突撃する!

 

 

「だめーーーーーっ!!」

一瞬のフェードアウト。痛々しい効果音。

 

 

その後明るみに出たのは、私達二人の間に立つヨシュアさん………セシリア姫だった。

彼女は二人の渾身の一撃を、その身を盾にして受け止めたのだ。

 

「な………………」

 

「セ……シリア…………?」

二人の騎士は思わず剣を取り落とし、姫の下に駆け寄る。セシリアは力なく膝を付き、オスカーである私が彼女の身体を支える。もう少し重いかと思っていたら、予想以上にヨシュアさんの身体は軽かった。

 

「ひ、姫ーーーーーっ!!」

 

「セシリア………どうして………君は欠席していたはずでは………?」

ユリウスとオスカーは自分達の目の前で起きた出来事を未だ信じる事が出来ないでいる。

 

「よ、よかった………。オスカー、ユリウス………。貴方達の決闘なんて見たくありませんでしたが……どうしても心配で………戦うのを、止めて欲しくて…………。ああ、間に合ってよかった……………。」

セシリア姫は傷の痛みに喘ぎながら、それでも柔和な微笑みを絶やしてはいなかった(どうしてヨシュアさんはこんな、女の子より女の子らしい演技ができるのか……)。

 

「セシリア…………。」

 

「ひ、姫…………。」

二人は黙りこくり、自分が犯してしまった過ちを深く悔やんだ。周りでその出来事を目撃した人々も、何も言えず、ただ俯くのみであった。

 

「皆も……聞いてください………。わたくしに免じて、どうか争いは止めてください………。皆……リベールの地を愛する大切な……仲間ではありませんか………。ただ……少しばかり………愛し方が違っただけの事…………。手を取り合えば……必ず分かり合えるはずです…………。」

姫は自らが発せられる最大の声で、グランアリーナにいる全ての人々に語りかけた。しかし、時が経つ毎に、姫の声はだんだんと小さく弱くなっていく……………。

 

「お、王女殿下………」

 

「もう……それ以上は仰いますな………」

おそらく己がした事を一番やましく思っているラドー公爵とクロード議長はセシリア姫を諌めた。

 

「ああ……目が霞んで…………。ねえ……二人とも……そこに………いますか…………?」

 

「はい………。」

 

「君の側にいる………。」

私とエステルさんはヨシュアさんに寄り添い、そっと手を握る。

 

「不思議……あの風景が浮かんできます………。幼い頃……お城を抜け出して遊びに行った……路地裏の………。オスカーも……ユリウスも……あんなに楽しそうに笑って………。わたくしは……二人の笑顔が……だいすき……。」

『大好き』…………その言葉を聞いて、私自身が思わずドキっとした。何しろこんなに近くで、笑いかけられながら言われるのだもの。エステルさんの表情は見えなかったが、もしかしたら彼女も同じ気持ちかもしれない。

 

「だ……から……どうか…………いつも……笑って……いて………………。」

彼女の目はゆっくりと閉ざされ、そして……………彼女の腕は力なく垂れ下がった。

 

「姫………?嘘でしょう、姫えええ!!」

ユリウスがセシリアの腕にすがりついて呼びかけるも、彼女はピクリとも動かなかった。

 

「セシリア……自分は………あなたが……………。」

オスカーの、姫を支える手に力がこもる。(実際はヨシュアさんがうまく力を分散させてくれて私は力を使わなかった。)

 

「姫様、おかわいそうに……………」

 

「ああ、どうしてこんな事に……………」

人々の中から漏れるすすり泣き。皆一人の王女の逝去を、心から、悼んでいた。

 

「殿下は命を捨ててまで我々の争いをお止めになった…………。その気高さと較べたら……貴族の誇りなど如何ほどの物か………。そもそも我々が争わなければこんな事にならなかったのに……………。」

ラドー公爵は悔しそうに拳を握り締め、地に手をついて体を震わせた。

 

「人は、いつも手遅れになってから己の過ちに気がつくもの…………。これも魂と肉体に縛られた人の子としての宿命か…………。ああ、エイドスよ。大いなる空の女神よ。お恨み申し上げますぞ……………。」

クロード議長もまた、口を引き結んで天を仰ぐ。誰もが、セシリア姫が死んだ悲しみに身を任せていた……………。

 

その時であった。

 

『まだ……判っていないようですね。』

天から聞こえてくるかのような清らかな声が、会場全体に響き渡った。それと同時に舞台の上方から、キラキラと瞬く蒼い光が降り注いだ。そしてまた声が聞こえてくる。

 

『……確かに私はあなたたちに器としての肉体を与えました。しかし、人の子の魂はもっと気高く自由であれるはず。それをおとしめているのは他ならぬ、あなたたち自身です。』

 

「おお……なんたること!方々、畏れ多くも女神達が降臨なさいましたぞ!」

その声を聞き、王都グランセルの司教が恭しく皆に伝えた。

 

『若き騎士たちよ。あなたたちの勝負、私も見させてもらいました。なかなかの勇壮さでしたが……肝心なものが欠けていましたね。』

 

「女神よ………仰るとおりです…………。」

 

「全ては自分たちの未熟さが招いた事…………。」

ユリウスとオスカー、二人の騎士は女神の声に応え、頭を垂れた。

 

『議長よ……。あなたは、身分を憎むあまり、貴族や王族が同じ人である事を忘れてはいませんでしたか?』

 

「……面目次第もありません。」

議長も、二人の騎士に従った。

 

『そして公爵よ……。あなたの罪は、あなた自身が一番良く判っているはずですね?』

 

「………………。」

彼は、何も言えずじまいだった。

 

『そして、今回の事態を傍観するだけだった者達……。あなた達もまた大切なものが欠けていたはず。胸に手を当てて考えてごらんなさい。』

傍観者達、つまり中立勢力となっていた教会や野次馬達も、揃って押し黙った。

 

『ふふ、それぞれの心に思い当たる所があるようですね。ならば、リベールにはまだ未来が残されているでしょう。今日という日の事を決して忘れる事がないように、特別にあなた方には祝福を与えましょう……………』

 

(あ……………。)

気のせいかもしれない。いや、きっと気のせいだろう。その時私は、頭上から純白の羽根が数枚、ひらひらと舞い落ちて来、セシリア………ヨシュアさんに触れると同時に、消え去るのを見た。

そして天からの神々しい光も消え、あたりは静かになった。

 

「…………ん………………」

微かに聞こえたその声は、セシリア姫のものだった。彼女はパチパチと目を瞬かせ、周囲を見回した。

 

「あら……ここは…………」

 

「ひ、姫!?」

 

「セシリア!?」

眠りから覚めたような表情のセシリアに、二人の騎士は驚き、また信じられなさそうに言う。

 

「まあ……ユリウス、オスカー………まさか、あなたたちまで天国に来てしまったのですか?」

 

「こ、これは…………。これは紛う方なき奇跡ですぞ!」

司教が再び皆に告げる。

 

「あら……公爵……議長までも…………。わたくし……死んだはずでは…………。」

 

「おお、女神よ!よくぞリベールの至宝を我らにお返しくださった!」

 

「大いなる慈悲に感謝しますぞ!」

公爵達もまた天に向かって叫んだ。セシリア姫はまだ状況が理解できず、ユリウス達によって尋ねた。

 

「オスカー、ユリウス………。あの……どうなっているんでしょう?」

 

「セシリア様………。もう心配することはありません。永きに渡る対立は終わり………全てが良い方向に流れるでしょう。」

オスカーは笑みを浮かべ、セシリア姫に答える。しかしユリウスは、

 

「甘いな、オスカー。我々の勝負の決着はまだ付いていないはずだろう?」

ニヤリと笑い、挑発するように言った。

 

「ユリウス…………。」

 

「そんな……。まだ戦うというのですか?」

セシリアの問に黙って首を振るユリウス。

 

「いえ…………。今回の勝負はここまでです。何せ、そこにいる大馬鹿者が利き腕を怪我しております故。しかし、決闘騒ぎまで起こして勝者がいないのも恰好が付かない。」

そう言うと、彼は人々に向かって両手を広げて叫ぶ。

 

「ならば、ハンデを乗り越えて互角の勝負をした者に勝利を!」

 

「待て、ユリウス!」

身を引こうとするユリウスをオスカーは止めようとする。

 

「勘違いするな、オスカー。姫をあきらめたわけではないぞ。お前の傷が癒えたら、今度は木剣で決着を

つけようではないか。幼き日のように、心ゆくまでな。」

彼は再び、ニヤリと笑った。ユリウスの真意を知ったオスカーは頷き、彼の手を取って笑い返した。

 

「そうか……。ふふ……わかった、受けて立とう。」

握手を交わす二人。そんな二人を見て、セシリアは困ったように呟く。

 

「もう、二人とも……。わたくしの意見は無視ですか?」

 

「そ、そういうわけではありませんが…………。」

近い。もうすぐだ。胸のあたりが熱い。

 

「ですが、姫……。今日の所は勝者へのキスを。皆がそれを期待しております。」

………緊張で頭が締め付けられるようだ。前がよく見えない。変な話だけど、この感情は、恐怖に近いかもしれない。

 

「……わかりました。」

ヨシュアさんがこちらを向き、バレない程度に小さく頷く。

私は彼に向かって一歩一歩進んでいく。体が思うように動かない。客席から、変な動きに見られてはいないだろうか?ああ、頭がもういっぱいだ。

 

 

ついにヨシュアさんの前に立つ私。もう目を開けるので精一杯……………。

 

 

 

ヨシュアさんが私の腰に手を回す。どうしよう。どうしよう……………どうすればいいんだろう。

 

 

 

 

彼は目を閉じ………………互いの顔と顔とが近づいていき………………そして………………

 

 

 

 

(あ………………。)

 

 

 

 

 

「女神も照覧あれ!今日という良き日がいつまでも続きますように!」

 

「リベールに永遠の平和を!」

 

「リベールに永遠の栄光を!」

 

観客からの大喝采。舞台の幕がゆっくりと下ろされ、完全に、閉じた。

 

 

 

 

 

私達が演じた劇『白き花のマドリガル』が、第五十二回・ジェニス王立学園学園祭が、そして、私の生涯の中で最も緊張した十数秒が、終わりを告げた………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

劇中の最後のセリフと同時に、講堂内は拍手と歓声の渦に包まれた。席に座った物も、客席の横や後ろで立ちながら観ていた者も、皆がその熱狂を作り上げていた。

 

その中に、多分唯一と言って構わないだろう、拍手をせずにジッと舞台を見つめていた人物が存在した。

象牙色のコートを着た、アッシュブロンドのその青年は、舞台の一点を見つめて静かに笑う。

 

「フフ…………やはり最後は大団円か。」

何やら意味ありげに呟く。

 

「だが………それでいい。せめて物語の中では、そうあって欲しいものだ。」

そして、彼は目を閉じた。

 

「…………フッ、ここにいたのか。『剣帝』。」

 

「ん………?」

彼が目を開けると、隣に一人の男性が立っていた。白の中世風な装束を着たその男は、切れ長の目には真紅の瞳が輝き、背中まで伸びる髪は……………雪のように真っ白だった。

 

「下見はもう終わった。何をぐずぐずしている。」

 

「いや………懐かしい顔を見たのでな。」

『剣帝』と呼ばれた銀髪の青年がそう答えると、白髪の男性は息を吐いた。

 

「ふん、『牙』の事だろう?貴殿はまだ未練でもあるのか?」

 

「…………奴はもう『執行者(レギオン)』ではない。それが全てだ。」

銀髪の青年は無表情で言った。

 

「フン。それなら良いのだがな。」

 

「しかし、『雷光』殿。貴方の方も確かめておきたかったのでは?彼の者の顔を。」

 

「気遣いは無用だ。情報は全て『B』から聞いている。」

 

「なるほど………彼が。」

劇が終わり、学園祭の終了を知らせるアナウンスが講堂内に流れる。観客も少しずつ動き出し、室内に流れが生まれつつあった。

 

「………さて、我らも退散するとしようか。」

その二人は踵を返し、講堂の外へと歩き出す。外に出る直前、白髪の男性は再び背後を振り返り、舞台を睨みつけた。

 

「待っておれ……………貴様はきっと、私が息の根を止めてみせる。リベール王家の末裔、クローディア・フォン・アウスレーゼ……………。」

 

 

 

 

 

彼らの姿はあっという間に群衆によってかき消され、見えなくなった。


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