白き翼の物語~Trail of klose ~   作:サンクタス

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第二十八話~明から暗へ~

~ジェニス王立学園~

 

 

 

劇が終わってしばらく経っても、なかなか観客達の興奮は収まらなかった。劇を見た人達は、皆満足そうな表情で学園から去っていく。ジルの気まぐれで、男女の役を入れ替えるなんて事になってしまったけど、結果的にはみんな楽しんでくれていたようで、やっぱり主役を引き受けて、良かったと思った。

 

私はヨシュアさんとエステルさんで舞台の簡単な片付けを済ませ、学園長室に向かった。ヨシュアさん達は遊撃士の仕事をこれ以上休んではいられないと、すぐにギルドに向かうことに決めており、私は、孤児院のみんなと話したい事もあったし、今一度、ゆっくり過ごしておきたかったから……………。

だから、三人一緒に外出届けをもらおうとやってきたのだけれど………学園長室にはなぜか、ジル、ハンス君、そしてテレサ先生までもがいたのだった。

 

 

 

 

 

~学園長室~

 

 

 

「テレサ先生!?ど、どうしてここに………」

 

「ああ、クローゼ………来ていたのですか。」

先生は珍しく取り乱した様子でこちらを見た。手には分厚い封筒。何があったんだろう。

 

「クローゼ!それにエステルとヨシュアも。ちょうど呼びに行こうと思ってたトコなのよ。」

ジルも私達に気づいて言った。すると、椅子に座っていたコリンズ学園長が立ち上がって私達の所に来てくれた。

 

「クローゼ君。私から事情を説明しよう。これはジル君のアイデアでな。君には内緒で、学園祭中に孤児院再建のための募金活動を行っていたのだよ。わしらも微力ながら、力になればと思ってな…………。」

 

「募金活動、ですか?いつの間に………あ、もしかして、ジルが朝言ってた生徒会の用事って…………。」

 

「ま、そういう事。」

ジルはすました顔で言った。なんて事………彼女は突拍子もない思いつきをして、それを実行しようとする癖があるけど、今回はそれが良い方向に向いたという事だ。ありがとう、ジル。

 

「なーんだ。よかったじゃない、院長先生。なんだか浮かない顔をしてるから悪いことでもあったのかと思ったけど…………」

エステルさんがそう言ったが、やっぱり先生は暗い表情のままだ。

 

「でも、こんなにしてもらうわけには………。」

 

「あの、不躾な質問ですが、一体いくら位集まったんですか?」

ヨシュアさんが尋ねると、先生はためらいがちに答えた。

 

「………百万ミラです。」

 

「ひゃ、ひゃく万ミラ!!」

 

「そうか、だからか………。」

エステルさんはその額を聞いて驚き、ヨシュアさんは何やら腑に落ちた様子だった。

 

「今年は公爵や市長達等多くの名士が来場したからのう。例年より多く集まったのだよ。」

 

「生徒会では毎年学園祭の時に寄付金を集めているんです。いつもは福祉活動に使わせていただいているんですけど………孤児院再建のためだったら寄付した方々もきっと納得しますよ。」

 

「しかしこんな大金………やはり受け取れません。ここまでしていただくわけには……………。」

テレサ先生は持っていた分厚い封筒……それが多分寄付金だろう……を学園長先生のデスクにそっと置いてしまった。

 

「先生………どうか受け取ってください。」

あくまでも辞退しようとするテレサ先生に、私は食い下がった。どうしても、諦められなかった。

 

「クローゼ………ですが………」

 

「先生が戸惑う気持ちも判ります。ですが…………」

お金のことに関しては至極潔癖なテレサ先生の事だ。それに百万という額。辞退したい気持ちも私にはわかる。でも私は………自分勝手かもしれないが………孤児院が、再びあの場所に在って欲しかった。

 

「どうか考えてみて欲しいんです。それだけのミラがあったら、孤児院を再建することだって出来るし、もちろん王都に行く必要もありません。あの大切なハーブ畑だって…………放っておかなくたっていいんです。」

テレサ先生は何も言わない。

 

「ここで王都に行ってしまったら…………何より、ジョセフおじさんや、クラム君やマリィちゃん達を………裏切ってしまうような気がするんです。だから、お願いします。どうか、そのミラを受け取ってください…………。」

 

「クローゼ…………。」

浅ましい人間だと思うだろうか。でも私はそう思われても、あの孤児院は、先生のためにも、子供達のためにも、そして自分のためにも、欠かせない場所だと思ったから……………

 

「………さすがクローゼですね。十年前に初めて会った時は泣いてばかりいたと思っていたのですが…………。」

 

暫くの沈黙の後、テレサ先生はポツリと言った。

「へえ~、クローゼって、昔は泣き虫だったんだ。」

興味深そうに呟くエステルさん。

 

「ちょ、ちょっと先生…………。」

 

「でも、いつの間にか、こんなに大きくなって………敵いませんね、クローゼには。」

えっ、と、いう事は…………!

 

「もう…………皆さんには、何とお礼を言ったらよいか………ありがとう…………本当に、ありがとうございます……………。」

デスクの上の封筒を再び手に取った先生は、ホッとした表情のそこにいる全員に、深く頭を下げた。子供達に話したい事が、また増えちゃったな…………。

 

 

 

 

 

~王立学園・正門前~

 

 

 

いつの間にかもう夕方になり、学園から去るヨシュアさん達と私を、ジルとハンス君は見送りに来てくれた。数週間を同じ学び舎で過ごした私達はもうすっかり仲良くなっていたので、二人とも名残惜しそうだった。もちろん、私もその一人だった。

 

「はあ、これから学園祭の打ち上げだってあるというのに、主役三人が揃いも揃っていなくなるってのは、痛いわね~………。」

 

「ごめんねジル。でも私、みんなと一度話しておきたいの。」

 

「あたしらも、新米のくせにいつまでも留守にするのもなんだし…………残念だけど遠慮しとくわ。」

 

「今日中に報告したいから、悪いけど、これで失礼するよ。」

しょうがないか、と自分を納得させようとするジル。お祭り騒ぎを何よりも愛するジルにとって私達が打ち上げに出席しないのはかなりの痛手だろうけど。

 

「そう言えば、テレサ先生はどうした?あんなに大金持って心配だったが………。」

 

「大丈夫よ。ハンス君。学園長先生が護衛の遊撃士の人を付けてくれたみたいだから。」

 

「私達の知り合いで、カルナさんっていう人。相当腕利きの人だから、心配ないと思うわよ。」

エステルさんが得意げに言うと、ハンス君は、なるほど、と言って納得したようだった。

 

「それにしても、アンタ達ってばホント一緒にいて退屈しなかったわ。また、なにかあったら遠慮なく遊びに来なさいよね!」

と、ジル。

 

「もちろん、泊まりがけでだぞ!」

と、ハンス君。

 

「わかった。ぜひ寄らせてもらうよ。」

と、ヨシュアさん。

 

「あ、クローゼ。ちょっと…………」

 

「どうしたの?」

ジルの手招きに応じて私が近くに寄ると、コソコソとジルは耳打ちする。

 

(で、で、どうなったのよ。)

 

(な、何の話?)

 

(まったあ~、とぼけちゃって~。ヨシュアの事に決まってるじゃない!)

 

(……………………。)

 

(あれからどこまで仲良くなったのさ。帰ってきたらた~っぷり聞かせてもらうからね!)

 

(……………………。)

とりあえず私はジルには何も答えず、何事もなかったように元の位置に戻った。ジルもふざけ顔から普段はなかなか見せないしんみりとした表情になり、元に戻った。

 

「それじゃあ、元気でね。エステル、ヨシュア。頑張って修行して、正遊撃士を目指しなさいよ?」

 

「うん、まっかせて!」

 

「君達も勉強、頑張ってね。」

 

「またね~!」「またな!」

手を振るジル達にこちらからも手を振り返しながら、私達は学園を後にした。

 

 

 

 

 

~ヴィスタ林道~

 

 

 

私達は学園を出て、ルーアン市につながるメーヴェ海道まで、一緒に歩いて行く事にしていた。そして今は、その途上にある林に囲まれた小道、ヴィスタ林道を歩いていた。

もうお別れだというのに、私達は何もお喋りをしなかった。………実感が、沸かなかったからかもしれない。

これからヨシュアさんとエステルさんは遊撃士の仕事に勤しみ、私はこのまま学園での生活を続けていくだろう。そしていつか、お二人はルーアンでの修行を終え、他の都市に旅立つだろう……………。

でも、この数週間は、私にとって本当に大きな物になったと思う。ただ学園にいるだけでは経験できないような事も、たくさん教えてくれた。二人には、本当に感謝してもしきれない。

 

「あの………エステルさん?」

一言お礼を言わせて貰おうと、私は沈黙を破った。するとエステルさんは、

 

「ふえっ!?」

飛び上がるみたいに驚いた。あの時と、同じだ。

 

「な、なに?クローゼ。何の話?」

 

「え、いや、まだ何も言ってませんけど………。」

目が踊っている。多分、ヨシュアさんの事でも考えていたんだろう。

 

「………エステルさん。もしかして、あの事、まだ引きずってますか?」

………図星みたい。顔がサアッと赤くなった。

 

「ち、違うわよ!べ、別にそんなのじゃなくて………ただ気が抜けたっていうか、頭が混乱してるっていうか………あーもう、大丈夫!問題ナシっ!」

最後の方は明らかにエステルさん、自分自身に言い聞かせていた。でも、あの時は……………説明、しておかないと。どうやら誤解しているみたいだ。

 

「エステル、クローゼ。」

 

「は、はいっ!?」「………はい?」

先を歩いていたヨシュアさんがいきなり振り返って言うので、びっくりして私達二人は慌てて返事をした。エステルさんの方はちょっと過剰反応だったけど。

 

「もう、着いたみたいだよ。」

ヨシュアさんが指さす方向は……………。

 

「あ…………。」

 

 

 

 

 

~メーヴェ海道とヴィスタ林道の合流地点~

 

 

 

気づくと、私達は林道を出、メーヴェ街道に立っていた。ここで、お別れだ。太陽はだいぶ沈みかけ、これからすぐに暗くなるだろう。いつまでも一緒に、というわけには、いかない。

 

「さてと、ここでお別れだね。」

 

「はい…………。」

ヨシュアさんはサラリと言った。

私の事、ヨシュアさんはどう思っているのだろう。結局、私からは何も言い出せなかったな………。

 

「あの………この数週間、本当にありがとうございました。」

 

「うん、あたしたちも楽しかったわ。劇に出演するなんて思ってもいなかったけど…………遊撃士としても、いい経験になったと思う。ありがとう、クローゼ!」

 

「はい。私も…………ただ学園で暮らしているだけではわからないような事、たくさん教えて頂きました。エステルさんからも………ヨシュアさんからも。」

 

「それじゃあ……先生とあの子たちによろしくね。」

 

「はい………さようなら。ヨシュアさん。エステルさん。」

そして私は北に、ヨシュアさん達は南に、それぞれ向かおうとしたら……………鳥の羽音と共に、懐かしい声が私の頭に響いた。

 

(クローゼっ!こんなトコにいたのか!学園にいないからどこに行ったのかと思ったら………)

彼は私の腕に乱暴にとまり、バタバタと翼を動かした。

 

「わわっ、ジーク………なんだか久しぶりのような気がする。学園祭中は見なかったけど、元気だった?」

 

(世間話なんかしてる場合じゃないっつーの!!)

ジークはまた翼をバタつかせる。鳴き声で気づいたのか、ヨシュアさん達が道を引き返して戻ってきてくれた。

 

「おっ、ジークじゃない!久しぶりね~。」

 

(あ~、エステルもいるのか。どいつもこいつもノーテンキばっかり………。)

 

「えっと、もしかして、何か急用でもあるの?」

彼は文句を言い始めると止まらない癖がある。それは分かっていたから、私は早めに彼をなだめた。

 

(そ、そうだった!こんな事してる場合じゃない。いいかクローゼ。落ち着いて聞けよ。)

 

「う、うん。」

 

(テレサ院長が………先生とガキ共が、何者かに襲われた。)

ジークは声を落とし、言った。

 

「えっ………………。」

 

(細かい事情はマノリア村で聞いてくれ。俺は先生達を襲った奴らを追う。俺のスピードなら、まだ追いつけるかもしれない。)

早口でそう言い、さっと空へ舞い上がるジーク。

 

(クローゼはマノリアで待ってろ。何かわかったら知らせる。じゃ、またな!)

彼はさらに高く舞い上がり、そして風に乗って、あっという間に見えなくなった。

 

「………………。」

彼が去っていくのを目で追っていたエステルさん。見えなくなると、彼女は私に尋ねた。

 

「クローゼ?ジークのヤツ、何だか慌ててたみたいに見えたけど、どうしたの?」

多分エステルさんはそう言ったと思う。それを聞いたと同じくらいに……………。

 

 

私の目の前は、真っ暗になった。

 

 

 

 

 

「…………ーゼ………クローゼ!?」

なんだろう。私を誰かが呼んでいる。何かに身体を支えてもらっているようだ。ゆっくりと目を開けると、始めはぼんやりとしていたけど、だんだんと目の前に人の顔が見えてきた。

 

「クローゼ!よかった………気がついた。もう、いきなり地面に倒れ込むから、どうしちゃったのかと思うじゃない!」

 

「多分貧血かなにかだよ。さすがにクローゼも疲れていたんだろうさ………。」

エステルさんとヨシュアさんが、私を心配そうに見つめていた。そうか。私、ジークの言葉を聞いて………十数秒くらい気を失っていたんだ。

 

「大丈夫かい、クローゼ。起き上がれる?」

 

「………は、はい。大丈夫です………。」

だいたい意識がはっきりしてきたその時、私は自分の今の状況にようやく気がついた。私は今……………ヨシュアさんの膝の上に乗っている!!

 

「!!!」

それに気づくと、私は慌てて跳ね起きた。ま、まさか。十秒ちょっととはいえ、ヨシュアさんの膝の上で寝る事になるなんて…………。

そんな私を見て、ヨシュアさんはほっとした顔をした。何事もなくてよかった、と思っているのだろうけど、私の方は心臓が爆発しそうな程だった。

 

「あ~、えっと………それで、クローゼ。何があったの?」

エステルさんの話し方がたどたどしくなっている。傍から見ていたエステルさんも、ドキドキしていたのかもしれない。

 

「す、すみません………取り乱してしまって………」

 

「クローゼがそこまで驚くってことは、余程の事があったんだね。聞かせてもらっても、いいかな?」

 

「ヨシュアさん……………はい。わかりました………。」

私は気を取り直し、説明した。

 

 

 

「あ、あんですって~!?」

私がジークの言った事を伝えると、エステルさんは声を上げた。ヨシュアさんは不思議そうに首をかしげる。

 

「おかしいな………テレサ先生には護衛として正遊撃士のカルナさんが一緒にいたはずだ。簡単に襲われるはずが……………。」

 

「と、とにかく、マノリア村に行きましょ!テレサ先生やクラムの事が心配だもの!」

 

「いや、ちょっと待って。」

マノリア方面に走ろうとするエステルさんを、ヨシュアさんは引き留めた。

 

「まずは先にギルドに連絡したほうがいい。遊撃士がやられたんだ。報告しないわけにはいかない。」

 

「でも、先生達が………。」

不安げに俯くエステルさん。するとヨシュアさんは目を閉じ、一瞬考え込んだ。

 

「わかった。僕がルーアンに戻って報告するから、エステルとクローゼは先に行ってて。すぐに追いつくから。」

 

「………うん、わかった。」

頷くエステルさん。

 

「クローゼもいいかい?」

私は未だに気が動転していてうまく頭が働かなかった。それでも、一刻も早くマノリア村に向かわなければならない事は理解できた。

 

「はい………!」

 

 

 

そうして、思いがけなく事件に遭遇した私達は二手に分かれ、ヨシュアさんはルーアンの遊撃士協会へ。エステルさんと私はマノリア村の宿屋へ。それぞれ走って向かったのだった。

 

 

 

 

 

~マノリア村・白の木蓮亭~

 

 

テレサ先生が仮住まいしている宿屋、『白の木蓮亭』に到着した私達は、まずは泣いている子供達に会った。………可哀想に、本当に怖かったのだろう。

話を聞くと、海道を歩いていたら、突然覆面をした黒服の男達が現れ、襲ってきたらしい。そして、子供たちを庇おうとした遊撃士のカルナさんと………テレサ先生が………やられてしまったのだそうだ。そして、その黒い覆面の男達は先生からあの封筒………百万ミラを奪い、逃走した。目的はやはり、百万ミラだったようだ。

それが幸か不幸か、子供達には全く怪我はなかった。でも、みんなの話を聞いていると、とても安心はできなかった。

 

「…………あいつら、先生からあの封筒を奪ったんだ…………。オイラ……取り戻そうとしたけど思いっきり突き飛ばされて…………。うぐっ…………ヒック…………。」

 

クラム君は、目に大粒の涙を溜めながら、話してくれた。クラム君は孤児院のメンバーでは年長だから、少しでも気丈でいようと涙をこらえていた。あまりにも…………あまりにも、健気すぎた。

私達が子供達を慰めていると、ヨシュアさんも追いつき、全員揃ったところでテレサ先生達の容体を見せてもらった。看病をしている村の人によると、外傷はないけれど、何故か二人とも目を覚ましていないということだったが……………。

 

「間違いない………。睡眠薬を嗅がされたみたいだ。」

ヨシュアさんはそれを聞くと、二人の口元を調べ、言った。

 

「す、睡眠薬ぅ?」

 

「うん、かすかに刺激臭がする。副作用がないタイプだから安心してもいいと思うけど…………」

つまり、先生達を傷つけるつもりはなかった………でも、それが許される理由になるかと言ったら絶対に違う!………許せない。テレサ先生や子供達を………私の大切な人達の心を………ここまで痛めつけた人達………絶対に、許せない!

 

「ひどい………こんなことをするなんて、一体どこのどいつの仕業よ…………。」

 

「エステルさん………ちょっといいですか?」

さっきまでずっと落ち込んでいた私がいきなり話し出したので、エステルさんはびっくりした。

いつまでも落ち込んではいられない………こういう時にしっかりしないと、グランセルからここに来た意味がない!

 

「はっきりしているのは………犯人たちは相当の手練ということです。遊撃士の方がなす術もなく気絶させられたわけですから…………そしてもう一つ……。計画的な犯行だと思います。狙いはもちろん先生の持っていた寄付金………孤児院を放火したのもおそらくその人達でしょう。」

私は考えていた事を伝えた。ヨシュアさんはそれを聞いて二、三度頷く。

 

「クローゼの言う通り、その可能性が高そうだ。クローゼ。もう、落ち着いたのかい?」

 

「はい………。落ち込んでいても仕方ありませんから。今はとにかく、一刻も早く犯人の行方を突き止めないと…………。」

 

「……そいつは同感だな」

どこかで聞き覚えのある声。ドアが開き、入ってきた人物を見てエステルさんは驚きの声を上げた。

 

「あ~っ!アガット!どうしてここに………。」

そう。入ってきたのは、クラム君を助けてくれたあの赤毛の遊撃士さんだった。

 

「話はギルドで聞いたぜ。ずいぶんと厄介な事になってるみたいじゃねえか。」

 

「ひ、他人事みたいに言わないでよ!カルナさんだってやられちゃってるんだから!っていうか、なんでアンタがここにいるのよ!」

 

「僕が呼んだんだよ。エステル。僕がギルドに着いた時、ちょうど出くわしてね。事情を話したら来てくれる事になったんだ。」

問いただそうとするエステルさんを、ヨシュアさんは説明して留めた。

 

「そういう事だ。きゃんきゃん騒ぐな。」

うまく丸め込められてしまい、エステルさんは不満げながらも黙った。

 

「お久しぶりです。アガットさん。ルーアンではお世話になりました。」

 

「うん………ああ、あの時の学生か。どうしてあんたがここにいるんだ?」

 

「………はい。あの、襲われたテレサ先生とは普段からお世話になっているので………事件の事を聞いて、飛んできたんです。」

 

「ふん、なるほどな。」

態度はちょっと乱暴だけど、話の節々にはどことなく思いやりがある。エステルさんは彼をあまり良く思っていないみたいだけど、私は信用できる人だと思った。

 

「まあ、確かにカルナは一流だ。相当、やばい連中らしいな。大ざっぱでいいから一通りの事情を話してもらおうか。」

 

「はい……………。」

 

 

 

ヨシュアさんから詳しく事情を聞いたアガットさん。そして腕組みして考え込む。何か、心当たりがあるみたいだ。

 

「ふん、なるほどな………。妙な事になってきやがったぜ。」

 

「妙って、何がよ?」

 

「ああ、実はな………『レイヴン』の連中が港の倉庫から行方をくらました。」

 

「そ、それって…………。」

『レイヴン』………私がヨシュアさん達と初めて会って、港湾区を案内していた時に突然絡んできた人達だったっけ。それが消えたという事は……………

 

「やっぱりあいつらが院長先生を襲ったんじゃ!?」

エステルさんは早くも確信したように言ったが、ヨシュアさんはすぐに否定した。

 

「いや、それはどうかな。彼ら程度に、カルナさんが遅れを取るとも思えない。」

 

「そっか、確かに……。あの連中、口先だけでろくに鍛えてなかったもんね。」

 

「ヨシュアさん達のような準遊撃士にでさえ勝てないのに、正遊撃士のカルナさんに勝てるはずがない、そういう事ですね。」

 

「しばらく睨みを利かせて大人しくなったと思ったが……。今日になっていきなり姿をくらましやがって……。そこに今度の事件と来たもんだ。」

アガットさんは忌々しそうに舌打ちしたが、どことなく『レイヴン』達を心配しているようにも思えた。結構、気にしているのかも。

 

「犯人かどうかはともかく何か関係がありそうですね。」

 

「ああ、だが今はそれを詮索してる場合じゃない。新米ども、とっとと行くぞ。」

彼はくるりと後ろを向き、部屋から出ていこうとすると、エステルさんが呼び止めた。

 

「なによ、いきなり……。いったい、どこに行くの?」

 

「わかんねえヤツだな。犯行現場の海道に決まってるだろ。あのバカどもがやったかどうかはともかく…………。できるだけ手がかりを掴んで犯人どもの行方を突き止めるんだ!」

 

「あ……なるほど。」

 

「分かりました、お供します。」

 

「あの………私も、一緒に行ってはいけませんでしょうか?」

 

「何……?あんたがか。」

アガットさんはジロリと私を睨んだ。でも、私は引かなかった。

ここからは完全に遊撃士の仕事の範囲内だ。正直言って、そういった所に厳しそうなアガットさんが私をついて行かせないと思ったものの、

 

「………まあ、ついてくるだけなら構わねえが………俺達の邪魔だけはしないでくれ。」

意外とあっさり、許してくれた。

 

「はい………。わかりました!」

こうして私は、テレサ先生襲撃事件の調査に同行することになった。


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