白き翼の物語~Trail of klose ~   作:サンクタス

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第三十話~露見~

~バレンヌ灯台~

 

 

 

『レイヴン』達を倒し、灯台の頂上を目指すエステルら遊撃士三人。薄暗いコンクリートの階段を三、四階上がった辺りで、ヨシュアは手を伸ばし他の二人を妨げた。突然の事だったんでエステルの奴は危なく前に突っ伏しそうになり、俺もエステル達の後に付いて行って階段の手すりにとまってやった。

 

「な、なによヨシュ………。」

 

「………シッ。」

口元に指を当て、ヨシュアはエステルに自制を促す。ノーテンキはその行動の意味にすぐ気づいた。

俺達がいる階段………その上の方から、人の話し声が漏れ聞こえていた。ヨシュア達は息を潜め、それに耳を傾けた。

 

(念のため確認しておくが……証拠が残る事はないだろうね?)

 

(ふふ、安心するがいい。たとえ正気を取り戻しても我々の事は一切覚えていない。)

上から聞こえる声の数は三人。そのうちの一人は………どこかで聞いた事があった。

 

「こ、この声って………もしかしてルーアン市長の秘書?」

ノーテンキ娘は記憶を辿って、声の主を思い出す。そう、あの時俺達が、ルーアンで出会った『彼』だった。直感的に奴は臭うと思っていたが…………やっぱりか。

 

(しかし、あんな孤児院を潰して何の得があるのやら……。理解に苦しむところではあるな。)

 

(ふふ、まあいい。君たちには特別に教えてやろう。市長は、あの土地一帯を高級別荘地にするつもりなのさ。)

 

「な、何だって………!?」

冷静なヨシュアでさえ、この言葉には声を上げずにはいられなかったようだ。俺だって驚いたよ!アンニャロー、クローゼの前で散々ニヤついておいて裏ではこれか!?クローゼがここにいたら何と言うか……………。

 

「…………エステル、ヨシュア、落ち着け。もう少し情報を集めてからだ。」

奴らの悪どさに歯を食いしばるヨシュアとノーテンキエステル。だがニワトリアガットは二人を抑える。

 

(風光明媚な海道沿いでルーアン市からも遠くない。別荘地としてはこれ以上はない立地条件だ。そこに豪勢な屋敷を建てて国内外の富豪に売りつける…………それが市長の計画というわけさ。)

あの秘書、ギルバードの声はクックックと含み笑う。

 

(ほう、なかなか豪勢な話だ。しかしわざわざこのような手の込んだ真似をして、どうして孤児院を潰す必要があるのだ?)

 

(考えてもみたまえ。豪勢さが売りの別荘地の中にあんな薄汚れた建物があってみろ?おまけに、ガキどもの騒ぐ声が近くから聞こえてきた日には……………)

…………よくもまあ、あそこまで勝手な事を言えるもんだ。呆れて物も言えねえ。なあ、クローゼ。

 

 

 

……………クローゼ!?

 

 

 

 

 

俺のすぐ横、そこに、クローゼがいた。

 

(ク、クローゼェ!?ちょちょ、ちょい待ち。どーしてお前がここにいるんだよ!)

驚いたのは俺だけじゃない。ニワトリヤローやノーテンキエステルも口から手が出そうなくらい驚いてた。ただなぜかヨシュアだけはそこまで驚いていなさそうだったが。

 

「(お、おい!どうして嬢ちゃんがここにいるんだ!?先に街に帰ったんじゃ………。)」

クローゼは俺やニワトリヤローの質問にも、エステル達の困惑丸出しの表情にも全く気にしていなかった。彼女の目線の先、注意が向いているのは、ヤツらだけだった。

 

(なるほどな………別荘地としての価値半減か。しかし、危ない橋を渡るくらいなら買い上げた方がいいのではないか?)

 

(ハッ、あのガンコな女が夫の残した土地を売るものか。だが、連中が不在のスキに焼け落ちた建物を撤去して別荘を建ててしまえばこちらのものさ。フフ、再建費用もないとすれば泣き寝入りするしかないだろうよ……………。)

そしてギルバードの声はさも愉快そうに高笑いした。これぞ…………外道、ってやつか。

 

「それが、理由、ですか…………。」

突然灯台の部屋に響く第四の声。しかし今までの冷酷な声とは違い、それは溢れ出る怒りで満ち満ちていた。

犯人どももエステル達も慌てる中、クローゼはカツカツと先に階段を上っていってしまった。

 

「く、クローゼ!?」

 

「チッ、しょうがねえ。二人とも、行くぞ!」

 

 

これは……………『クローゼ暴走のお時間』かな?

 

 

 

 

 

クローゼを追って階を上がった俺とヨシュア達。そこは灯台の最上階だった。そしてそこにいたのは、クローゼの後ろ姿、後ろ手を縛られて転がされている老人(多分ここの灯台守ってヤツだろう)、ルーアン市長ギルモアの秘書・ギルバード・スタイン、そして変な仮面が付いたヘルメットと真っ黒の装束に身を包んだ二人組だった。

 

「そんな…………つまらない事のために…………先生たちを傷つけて……思い出の場所を灰にして……………あの子たちの笑顔を、奪って……………。あなた達は……………!!」

クローゼの後ろ姿は両拳を握り締め、怒りで身体が小刻みに震えていた。顔は見えなかったが………おそらく普段人に見せないような物凄い表情だったに違いない。

 

「ど、どうしてここが判った!?それより………あのクズどもは何をしてたんだ!」

 

「自分達が操り人形にした人をクズどもとは…………なかなかいい神経をお持ちのようですね。」

 

「残念でした~。みんなオネンネしてる最中よ。しっかし、まさか市長が一連の事件の黒幕だったとはね~。」

ヨシュアとエステルは茶化して言う。すると、ギルバードの身体がワナワナと震えだした。計画が露見したことへの憤りか、それとも今逮捕されそうになっていることの恐れか。

 

「………ちょろちょろ逃げ回った挙句、関所で魔獣までけしかけて来やがって。だが、これでようやくてめえらの尻尾を掴めるぜ。市長秘書ギルバード。及び、そこの黒坊主ども。遊撃士協会規約に基づき、てめえらを逮捕、拘束する。覚悟しな!」

背中の重剣を持ち上げ、犯人達に向けるニワトリヤロー。でも向けている方向はギルバードじゃなくてあの黒装束の方みたいだが……………。

 

「先輩………いや、ギルバードさん。あなたに、孤児院の………あの子達の気持ちがわかりますか?」

突然クローゼに名指しで呼ばれたギルバードはギクリとし、彼女を睨む。その表情には、ルーアンで見た時のあの営業スマイルの面影は微塵も見られなかった。人間、こうも変われるものなのか。もちろん、悪い意味で。

 

「あの子達は……それぞれ事情を抱えて、孤児院に預けられました。一言で片付けられないような事が、あの子達にはあったんです。その頃は、みんな、怯え、縮こまり、傷ついていたんです。それは………私にもよくわかりました。」

クローゼの声質が、いつの間にか変わっていた。さっきまで奴らに対する感情が抑えきれずに震えていたのに、今は不思議、もっと言えば不気味なほどに、穏やかだった。

 

「だからこそ……………マーシア孤児院は、みんなにとって何よりも大切な場所でした。あの子達が受けた傷………心の穴を埋め、癒してくれた場所。そして優しく抱きしめてくれる、お母さんがいる場所………あの子達が失ってしまった、自分自身があるべき場所……………。」

その時、俺は開いた口が塞がらなかった。笑っている。クローゼは………笑っていた。それもすんごい柔らかな微笑み。でもさ、このタイミングで、このシチュエーションで、笑うか!?普通。

 

「それを………あなた達は奪った。あの子達が受けた苦しみ………大切なものを永久に失ってしまう苦しみを、二度もあの子達に味あわせたんです。孤児院が灰になったあの時、あの子達がどれだけ怯えていたか……………想像できますか………?あなた達に。」

ギルバードのヤツを穴が空くんじゃないかと思うくらい見つめるクローゼ。表情は本当に穏やかだったが………俺には見えたような気がした。クローゼの身体から立ち上る、熱い感情のオーラが。それになんとなく気づいているのか、ヨシュアやエステル、アガットも黙ってクローゼを見守っていた。

それに気付かなかったアホな秘書は、また高慢な面に戻って力なく笑った。

 

「………ハ、ハハハ。クローゼ君は随分慈悲深い心の持ち主のようだ。だ、だがなクローゼ君。世の中というのはそう全ての人間が幸せになれるものではないのだよ。たまたま運が悪かったという事も……………。」

ヤツが言い訳がましいことをほざこうとした………その瞬間、クローゼの剣(レイピア)がヤツの顔面にいきなり突きつけられた。

 

「………ひ、ひいいいいっ!!」

奴はクローゼの剣幕におののき、尻餅をついて無様にズリズリと這い下がった。ホント、あまりにも無様な姿だった。

 

(お、おい!クローゼさ~ん!?)

俺が声をかけたものの、聞くはずもなかった。

 

「…………失望しました。」

クローゼは静かに言った。その声は、最初の怒りの入り混じった声に戻っていた。

 

「……………私は………あなた達を………許さない。絶対にっ!!」

彼女の突き刺すような叫びが、灯台内に響き渡った。

 

 

 

 

 

「そこまでにしてもらおうか。ここで貴様らと裁判ごっこをしている時間は、我等にはないのでね。」

口を出したのは、あの黒装束どもだった。それを聞いたギルバードは天の助けとばかりに慌てて奴らに駆け寄った。

 

「き、君たち!そいつらは全員皆殺しにしろ!か、顔を見られたからには生かしておくわけにはいかない!」

ギルバードのヤツ、ここまできてまだ助かるつもりか?ホント、いい神経しとんな。おバカさんにも程がある。

 

「フン、やる気か?お前ら。」

 

「そうよそうよ!なんてったってこっちは四人もいるんだから!」

 

「三人だよ、エステル。クローゼも戦わせる気?」

こんな時でもヨシュアはツッコミを忘れない。

 

「フ…………確かに、真っ向からの勝負ではやはり遊撃士は手強い。特にあの赤髪の遊撃士はな。」

 

「ああ、隊長の忠告通り、ここは油断すべきではない。ならば………。」

 

「『ならば』………どうするってんだ?まさかここに来て逃げようって言うんじゃないだろうな?」

 

「………その通りだ!」

ニワトリヤローの釘さしに黒装束の一人は答えた。そして、懐から何かを取り出し、ギルバードのこめかみにつきつけた。

 

「な、なんだと………!」

 

「小型の導力銃(アサルトライフル)か………!?」

そう、ヨシュアの言うとおり、奴らが取り出したのは導力銃。黒光りするそれを一人は俺達に、もう一人はあの秘書の頭にグイと押し付けていた。俺は銃のことは詳しくないが、レイストン要塞で見た連射可能なライフル銃とよく似ていた気がする。

 

「な、なんのつもりよっ!」

 

「動くな。それ以上近寄れば……こいつの頭が吹き飛ぶぞ。」

黒装束はさらに導力銃を押し付けて、棒を振り上げようとしたエステルを牽制する。押し付けられたギルバドは今度はガタガタ震え出す。

 

「き、君たち!?や、雇い主に向かってどういうつもりだ!?」

 

「勘違いするな、若造。我々の雇い主は市長であって貴様ではない。市長にしたところで同じこと。利害が一致していたから協力していたに過ぎん…………。」

ギルバードのヤツは甲高く裏返った声で叫ぶも、黒装束の方は冷たく笑っただけだった。

 

「お前がここで死のうが我々は痛くも痒くもない。悪く思うな。」

 

「そ、そんな………ひ、ひいいいい……………。撃つな、撃たないでくれ!」

ギルバードは情けない悲鳴を上げ、さらに大きくガタガタ震えだした。

 

「………待ってください!そんな事をしたら……………。」

そこでクローゼが口を挟んだ。いくらあの秘書が極悪野郎でも、殺して欲しくはないと思ったんだろう。でも黒装束は彼女が全部言い終わる前に導力銃を構えなおした。

 

「図に乗るな小娘。遊撃士共と一緒に、階段の辺りまで下がれ。さもないとこいつの命はない。」

 

「………………っ!」

 

「おい、嬢ちゃん!さっさとこっちに来い!」

いつの間に重剣をしまったニワトリヤローが、クローゼに向かって怒鳴った。

 

「ど、どうするのよアガット………このままじゃ、逃げられちゃうよ?」

 

「黙ってろ。(いいか、俺が奴らの注意を引きつける。その時ヨシュア、お前は奴らを武装解除しろ。エステルと嬢ちゃんは灯台守を頼む。)」

 

「(わ、私も、ですか?)」

途中からヒソヒソ声になるニワトリヤロー。それにクローゼは驚いた。

 

「(ここまできたんだったら、それくらいの覚悟はあるんだろう?それなら怪我しない程度に使わせてもらうぜ。)」

おそらく、クローゼへのアイツなりの配慮なんだろう。あのヤロー、あんな顔してなかなか……………。

 

「何をしている。さっさと階段まで下がれ!」

 

「………わかったわかった。ほらよ。」

黒装束がしびれを切らすと、仕方なさげに後退するアガット達。黒装束達も、もう少し注意深く俺達を見ていれば、誰も諦めた目をしていない事がわかっただろうにさ。

 

「ふふ、いいだろう。」

黒装束はほくそ笑み、ギルバードに銃を突きつけながらジリジリと灯台の外階段に歩いていく。そうか。抜け道があるんだな………。

 

「(………行くぞ。覚悟はいいか。)」

 

「(オッケー!)」

 

「(………いつでも。)」

 

「(はい!)」

四人は気づかれないように身構える。緊張が走る。

 

「それでは、さらばだ………。」

 

その瞬間、空気が動いた。

 

 

 

 

 

 

 

何がなんだかよくわからなかった。ひとまずアガットが走り出し、次いでヨシュアも行った所まではわかった。

その直後だ。黒装束達の真背後、灯台の外階段へ続く入口から、何かが飛び出した。そしてその『彼』は奴らの頭上を軽々飛び越える。黒装束達が気付いて導力銃を発砲するも当たらず、床にふわりと降り立つや否や、『彼』の手にしたレイピアは奴らの腕を刺し貫いていた。腕の痛みに耐えかね呻き声を上げる黒装束達。その隙さえも見逃さず、『彼』は手早く奴らの導力銃を剣で弾き飛ばしてしまった。

 

「な、何と………。」

 

「(………あの人は、まさか!?)」

 

結論としては、俺達が動く暇もなく『彼』は黒装束二人を倒してしまった、という事だ。アガット達は、それをただ呆然と眺めるだけだった。

 

「………くっ、馬鹿な!こんないとも簡単に我らが敗れるなど……………。」

 

「…………貴様、何者だっ!遊撃士の仲間か!?」

『彼』はレイピアを鞘に収め、黒装束達を見下ろした。

 

「フフフ、残念ながらオレは遊撃士なんかじゃない。助っ人、のようなものかねェ。」

ぞんざいな口ぶりで話す『彼』はこっちの方をチラッと見遣る。

 

「助っ人、だと……………。」

 

「どっちにしたって、アンタら、もう大人しくしておいた方がいいんじゃねえか?下手に動くと、利き腕が使えなくなるぜ?」

よーく見ると、黒装束どもは腕の関節を的確に突き刺されていた。『彼』は、空中から反動なしに着地し、そこからあらかじめ見極めていた奴らの利き腕の関節をピンポイントで狙い撃ちしたんだ。なんていうか、そら恐ろしい身体能力だ。

 

「………片腕が使えなければ『爪』を使う事も出来ぬか。」

 

「ククク………だがな。このような場所でみすみす捕まるわけには………いかんのだ!」

そこからの行動はさすがに素早かった。出し抜けに立ち上がり身を翻して俺達から距離を置いた黒装束達は、懐から瓶のような物を取り出した。

 

「マズい、みんな伏せろっ!」

アガットが叫ぶと同時に奴らが転がした瓶が、炸裂した。部屋の中があっという間に灰色の煙で覆われる。これは一体………ゴホゴホ……………。

 

「これは………煙幕弾(スモークグレネード)!」

 

「クソッ…………ヨシュア、エステル!俺は奴らを追う!お前達は今回の事件をジャンに報告しろ。秘書野郎と馬鹿どもの面倒は任せたぞ!」

アガットの声はそう言い、慌ただしく走り去る足音が聞こえた。

 

「逃がすか、オラあっ!!」

 

「ちょっと、アガット!待ちなさいってーの!」

おそらくエステルだろう。遠くから聞こえたアガットの声の方向へ、足音が向かう。

 

(………そうだ。クローゼっ!どこだっ!)

ヤバイ。色んな事が起こりすぎてすっかり忘れてた。あのバカ、どこ行きやがった?こんな事になるくらいだったら、あの時直ぐに連れ戻せばよかったよ……………。

 

(クローゼ!聞こえてんなら返事しろ~っ!)

 

「………ジーク!どこにいるの?」

聞こえた。あそこだ!

俺は息を止めてその方向に即座飛び出した。そしてまもなく座り込んで咳き込むクローゼを見つけた。

 

(大丈夫か!?ケガは?)

 

「ジーク………うん、なんともない。」

 

(色々言いたいこともあるけど………ひとまず外に出よう。多分、こっちだ。)

ある程度なら、俺は空気の流れを読む事ができる。気流が勢いよく抜けていく方向をクローゼに指し示した。

 

「………ありがとう。ジーク。それよりも、あの人は!?」

 

「アイツか?多分ヤツのことだからとっくに外に出てるよ。全く、どーしてアイツがここにいるんだよ?後で問い詰めてやらんと……………。」

 

 

 

 

 

エステルは真っ先にアガットの後を追った。手探りしながら部屋の外に出ると、彼女はベランダのように灯台の周囲にぐるりと柵を巡らせた場所に出た。灯台のサーチライトの点検時に使われる場所だろう。

 

「ここは………灯台の頂上みたいね。アガットのヤツ、どこ行ったんだろ。」

彼女はキョロキョロと辺りを見回す。灯台から放たれる巨大な光線が、闇に包まれたアゼリア湾を照らし出していた。その明かりを頼りに柵を伝って歩いていくと、柵の終点にロープのようなものが引っかかっているのを彼女は見つけた。

 

「こ、これって………」

 

「ザイルだよ。多分あらかじめ取り付けておいたんだ。」

 

「………!!び、ビックリした~。ヨシュアかあ。」

突然背後に現れたヨシュアに思わずギョッとするエステル。そんな彼女をヨシュアは完全スルーし、ザイルの周辺をあちこち調べる。

 

「エステルさん………ヨシュアさん………。」

 

「ピュイ!」

 

「クローゼ!それにジークも!よかった、無事だったのね。」

灯台の入口から立ち上る白煙の中から咳き込み出てくるクローゼ。心配そうに駆け寄るエステルに、彼女は、

 

「はい。すみません………私が出しゃばったばかりに余計な心配をかけてしまって……………。」

申し訳なさげに俯いた。それでもやはりエステルはいつもの笑顔で返す。

 

「いいのよ、気にしなくたって。いきなりクローゼが来た時は驚いたけど………クローゼがあんな風に言いたくなる気持ち、すごくわかる。そうだよね……………あんな事、絶対に許せないよね……………。」

 

「エステルさん……………。」

 

「でも、あのインチキ秘書はとっ捕まえられた。あの黒装束は逃げちゃったけど、アガットがきっと捕まえてくれる。だから、元気出そう?クローゼ!」

クローゼは息を呑んだ。ギルバードらの非道な言葉を聞き、荒み、昂っていた自身の心が、優しく解され消えていくように彼女は感じた。

 

「……………本当に、ありがとうございます。エステルさん。」

 

「ハッハッハ、どうやらまたイイ友達を見つけたみたいだな。クローゼ。」

ぶっきらぼうな物言い。それと同時に白煙の中から最後に現れた人物………『彼』だった。

 

「えっと、あなたが………さっき私達を助けてくれた?」

 

「まー、そういう事になるな。」

おずおずと尋ねるエステルにも、『彼』はいつもと変わらぬ物言いであった。

 

「ピュイ!!ピューイピュイ、ピュ~イ!!」

突如ジークはクローゼの腕から飛び出し、『彼』の頭上をぐるぐると回る。『彼』はビクとも動じず、ジークに声をかける。

 

「おお、ジークじゃないか。相変わらずクローゼのお守り、ご苦労様だな。」

 

「ピュイイ、ピュイーー!!」

 

「そうかそうか。お前も大変なんだなァ。」

慣れた様子でジークとじゃれあう『彼』。そこへ、クローゼはツカツカと歩み寄った。

 

「えっと………聞きたい事は山ほどあるんですけど………順番に聞いていきますが、よろしいですか?」

 

「おおう。答えられる範囲なら答えてやるぜ。」

 

「………わかりました。」

クローゼは確信していた。『彼』が黒装束を無力化した時から。忘れもしない、この声。そして常人を遥かに超えた身体能力。そしてたった今………ジークと話している事。そしてそれらが意味するのは、それが、『彼』だという事だ。

 

 

 

「………何故こんな所にあなたがいるんですか……………レクター先輩。」

 

『彼』はクローゼに目線を合わせ、フフッと笑った。


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