白き翼の物語~Trail of klose ~   作:サンクタス

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外伝1-2~植木鉢事件・後編~

~ジェニス王立学園・クラブハウス二階・生徒会室~

 

 

 

 

 

 

昼過ぎに、私は生徒会のメンバーを部室に集めた。

 

「はは、君が自分から呼び出してくるなんて珍しいじゃないか。」

 

「あの、どういう風の吹き回しか知らないけど、今レクターのヤツを捕まえるのに忙しいのよね………。」

 

「とりあえず座って。話したい事があるの。」

上級生の二人はすぐに見つかったのだけれど、ジル達はレクター先輩を探して移動していたのか、なかなか見つからなくて大変だった。ルーシー先輩が目で小さく合図をして、二人は席に着いた。

私は席から立ち、一度周りを見回してから話しだした。

 

「えっと、いきなり呼び出したりしてすみませんでした。あの、今朝の事件の事で判った事があるので………報告しようと思ったんです。」

レオ先輩の肩がピクリと反応した。事件に関係する話だとは思っていなかったのかもしれない。私を見る目がガラリと変わったようだ。

 

「話を聞いてから、私は先程まで独自に調査を続けていました。そして、なぜこの事件が起こったのか、原因を突き止めたと思っています。」

 

「あら、それは頑張ったのね。クローゼさんは生徒会ではないのにごめんなさい。」

 

「ルーシー先輩………そんな事、ないですよ。私も好きでやってるので。」

 

「それで?」「それで!?」

二つの声が打ち合わせたようにシンクロした。被ってしまったジルは慌ててレオ先輩に発言権を譲った。

 

「コホン………それで、犯人は……………レクターなのか?」

案の定………すぐにその質問が飛んできた。レオ先輩がレクター先輩を初めから疑っているのも察していたし、このタイミングで聞いてくるだろう事も予想は付いた。ジルも同じ事を考えていたとは思わなかったけど………。

 

「犯人は………レクター先輩……………」

そこにいる全員が、ゴクリと息を飲んだ。

 

「………じゃありません。」

 

 

 

しばらく、誰からも反応が返ってこなかった。そのまま黙っていると、

 

「ど、ど、ど、どうしてそうなるのよっ!」

我慢できずにジルが叫んだ。

 

「だ、だって、どう考えたってアイツしか………。」

 

「静かにしたまえ。ジル君。」

張りのある声が部屋に響き、ピシャリとジルの動きを止めた。レオ先輩は………ゆっくりとメガネに手を添え、かけ直した。

 

「聞かせてもらおう。クローゼ君。君のその『根拠』を。」

力が入っているわけではない、けれどかなり凄みの効いた一言だった。

レオ先輩に直接論陣を挑むなんて、勿論経験なんてない。でも自分の力を信じるしかない。今は、それだけ。

太陽が、僅かに赤みを帯びていた。

 

 

 

 

 

 

「えっと………まず、私がこの生徒会室を調べてわかった事から説明します。窓際に置いてある植木鉢は、全てこのように、両面テープでしっかりと固定されていました。」

私が近場の鉢を叩いても、それはピクリとも動かない。

 

「でも、事件の鉢は落ちたのよね?」

 

「そうです。ルーシー先輩。でも風なんかじゃ、この鉢は倒れない。そうなると、風以外の何かの力が外から加わって落ちた、という事になります。鉢を落とせる程の力を持った何かが。」

レオ先輩をチラッと見たけど、彼は何も言わずに睨み返した。

 

「では、誰かが投げたのか、という話になりますが、問題があります。そうですよね。レオ先輩。」

 

「ああ、俺は用事があって朝早くから生徒会室に行ったが………部屋には鍵がかかっていたし、中に入っても誰もいなかった。その窓は開いていたが。」

と言って、先輩が事件の時から開きっ放しの例の窓を指差す。

 

「先輩は部屋に入ってから数分後、事件の話を聞いたんですよね。」

 

「そうだ。」

 

「事件があったのは朝の七時ごろ。つまり、レオ先輩が部屋に入る前に鉢が落ちたという事は、入る直前には鉢を落とした犯人がいた事になります。そしてドアが開いて先輩が入る前に、犯人は姿を消した。」

 

ジルがさっきから盛んに身体を揺らしている。そら見たことか!とでも言いたいのかな。確かにここまでではレクター先輩が限りなく犯人の条件に合っている。でも、それだけじゃない。

 

「………レクター先輩のアリバイは残念ながらありませんでした。でも私は、真犯人の手がかりを見つける事はできたんです。さらに、犯人の証言も取る事ができました。」

さすがに、この言葉で反応がない人はいなかった。レオ先輩は珍しく目を見開いて驚いていたし、ジルの机はガタンと音を立てた。

正直、ハッタリみたいなやり方。でもそれこそが真実。私はあの時少なくてもそう思った。

 

「『彼』の証言は、次の通りです………。」

 

 

 

今朝、俺は珍しく早起きしたんだ。別にしようと思ってしたんじゃない。俺が眠ってた木にウリボアーがまとめて二・三匹ぶつかってきやがって………地上数アージュから落っこちたらそりゃ起きるだろ?

ま、まあそれはいいとして。いつもより二時間は早く起きちゃったから、とにもかくにも眠たかったんだ。今から二度寝しても寝覚めが悪いし。だからちょっと、校区の中を散歩してたんだよ。

で、休憩のつもりで俺はあの生徒会室の窓に入った………気がする。いやだって、ホントに眠かったもんだから記憶もはっきりしてないんだ。ちょうど窓が空いてたから、そこで休んでたら今度はウトウトして………。

そしえ、いきなりだ。俺の背後でガチャガチャっと音がしたわけよ。鍵を開ける音さ。まず心臓が飛跳ねるくらいビックリして、焦ったね、俺は。何しろクローゼのいないところで俺が人に会うとさ、色々面倒じゃん。逃げたさ。慌てて。

だが………慌てたのが災難だった。測ったことないからわからんが、俺って翼広げたら半アージュは有に超えるからさ。思いっきりぶつけちゃったのさ。何にぶつけたのかはわからん。感触では、何かひっくり返したような感覚だっだぞ……………

 

 

 

「ま、まさか………。」

 

「クローゼ、それって………!」

 

「………待て。俺には判らなかったぞ。誰なんだ?その『彼』というのは。」

ハンス君やジルの一年生組はすぐに気づいてくれた。私が何を言いたいのかも。そして、誰が犯人なのかも。

 

「そうなんです。本当の犯人は………『彼』だったんです。」

 

 

 

私が指さすその先には………すました顔で窓際にとまって私達を見つめる白いハヤブサ、ジークだった。

 

「さっき私が話した事は、全て彼………ジークが言っていた事です。信じられないかもしれませんが……………。」

視線が一箇所に集まり、集まったレオ先輩はというと………やれやれ、と言ったように、首を二、三度、振った。

 

「君の事だから、もう少しまともな意見を出してくれると思っていたが、どうやら俺の買いかぶりだったようだな。」

 

「し、しかし先輩!」

ここで、なんとジルが声をあげた。一瞬ウケ狙いかと思うも、彼女の表情は、至って真剣そのものだった。

 

「クローゼ………彼女のハヤブサは、レクターを捕まえるのに随分役に立ってくれるし、彼女はそのハヤブサの言っていることを聞いて居場所を見つけているんです。だから………。」

 

「だから、どうしたと言うのだ。」

彼はいつもの覇気のある声を響かせる。

 

「百歩譲って、クローゼ君がそのハヤブサの声を聞いているとしても、その事自体が真実である保証はどこにもないっ!クローゼ君がレクターを庇っている以上、そんな言葉は信用する事はできない。まず前提として、レクターが関わっていないとする証拠を見つけられなかった時点で、結論は決まっているのではないか?」

痛い所を突かれた私とジルは、何も言い返せないで口を引き結んだ。

 

「言いたい事は、それだけなのかな?クローゼ君。」

悔しい。悔しい。悔しい!

私はジークから本当の事を聞かされて、その時点で自己完結してしまった。そこからさらに掘り下げていけば……………。

ジークの証言は私にしかわからない。そんな事判っていたはずなのに、どうして裏付けを取ろうとしなかったの?なんて短絡的な………いくら焦っていたとしても、単純な話なのに。

もっと時間があれば……………など、今更だ。それが私の実力だった。だから、だから………余計に自分が、馬鹿らしい。

もう、反論できる材料もなかった。自分の無力さを悔やむ気持ちと、レクター先輩への申し訳ない思う気持ちでいっぱいになってしまった私は、レオ先輩に対しただ頷いた。

 

 

 

 

いや、頷こうとした。でもそうする前に入口のドアがバーンと派手に開いたせいで、私達の目は皆そっちに向いてしまった。向かざるを得なかった。だって、あの人が、来てしまったのだから。

 

「ど、どうして………。」

 

「貴様……。」

口笛を吹きながらドカっと自分の椅子に座り、足を組んでだらしなく座った。

 

「ごきげんよう。諸君。少々遅刻してしまったが許してくれたまえ。」

 

「……何しに来た。今度お前がしでかした事は、以前のようにうやむやにはしないぞ。」

普段は冷静なレオ先輩が怒りを滲ませるのにも全く動じずに、ニヤリとするレクター先輩。

 

「イヤ~、ちょっとね。みんながなんだかオレを白い目で見てるって教えてくれたからさ、様子を見に来たのよ。なかなか面白いことになってるじゃないか。」

 

「面白がっている場合じゃないでしょ。レクター。一体会議もすっぽかしてどこに行ってたの?」

 

「おお!それを聞いてくれるか!イヤこれには話すと長い事情があってなァ。」

レクター先輩……そんな事言ってたらまたルーシー先輩に殴られますよ………。

って。どうして先輩がここに!?言い訳なんかしないって言ったのに。どこまでいい加減な人なのかしら。

 

「せ、先輩。あの………。」

 

「クローゼ。だから言ったろ?焦ったらお前は必ずヘマをする。証明したのは、お前のバカさ加減だったようだなァ~。」

先輩、またサラリと上手い事言って………もしかして、こうなる事を予測していた……………?

 

「さて、そんな事をオレは言いに来たかったんじゃない。どうもクローゼが頑張ってくれたみたいだからな。少しはオレにも言わせてくれ。」

 

「レクター!お前の話など何の信憑性が……………。」

 

「まあまあ、レオ君。一応聞いてみましょうよ。」

レオ先輩とタイ張って話せるのは生徒会ではルーシー先輩だけ。なぜだか彼女の言う事には先輩は従ってくれた。この時もまた然り。

 

「すまんなルーシー。よし、ダラダラ話すのはオレの性に合わないからな。早速オレのアリバイを言わせてもらうぜェ。」

 

「レクター、アンタのアリバイなんか何の役にも立たないわよ?」

もっともな事を言うジル。

 

「そんなことないぞ?クローゼが証明できない物、それはオレのアリバイだけだ。だからオレがアリバイを証明できれば、クローゼの証明も成り立つ。そうだよな、レオ?」

チッ、と舌打ちをした。私にはそう見えた。目を閉じて黙り込む先輩からは何を考えているのかは読み取れなかったけど………

 

「………判った。お前にアリバイがあるのなら、クローゼ君の主張も認めよう。」

意外にあっさりと認めた。

 

「だが、できなかったなら………大人しくお縄についてもらおうか。」

 

「おう。望むところよ!」

 

 

 

 

 

 

~三十分後~

 

 

 

「……………。」

 

「………………。」

 

「…………………。」

レクター先輩が威勢良くレオ先輩に宣戦布告………したと思ったら、彼は用事があると言って外に出てしまった。それからなんと三十分。勿論何の音沙汰もない。せっかく妥協してくれたレオ先輩も、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうになってしまっている……………。申し訳なさよりも、恥ずかしかった。

 

「……………どういうつもりだ。」

 

「……………。」

 

「………もしかして、またアイツにからかわれただけとか?」

ジルの余計な言葉のせいで、ついに、切れた。立ち上がったレオ先輩は………ツカツカと私に近づき、テーブルに手を付いた。近くにいるだけなのに、ピリピリと空気が振動しているみたいだったのを、今でも覚えている。

 

「……まんまと奴に踊らされていたようだな………責任を、取ってもらおうか!?」

 

そんな………レクター先輩………お願い…………戻ってきてください…………っ!

 

「お~待たせ~!」

また、バーンとドアが開いた。

 

「すまんなァ。またまた遅くなちまっ………。」

 

「レクターっ!!お前という奴は………っ!!」

このままレオ先輩の怒りが爆発、ではなかった。どうしてなのか、先輩の怒鳴り声は寸止めで終わった。その代わり、穏やかな、聞き覚えのある声がした。

 

「ほう、レオ君もそんな風に声を荒げる事があるとはね。ほっほ、やはり君も人間であるという事だな。」

 

「あ、ああっ!」

 

「あなたは………コリンズ学園長………。」

学園長室以外ではほとんど姿を見せなくても、学園に一番影響力を持つ人物………学園長先生、まさかこの人が出てくるなんて。

 

「さて、レクター君が私をこんな所まで引っ張ってきたという事は、余程の事情があると見たが。」

 

「申し訳ございません。学園長先生。ルーアンに滞在中のところを無理にお越し頂きまして。この頭でっかちのレオを説得するのに、力をお貸しください。」

レクター先輩は、三十分前とは見違えるような、恭しい態度で言った。そうか。だからこんなに時間がかかったんだ。

 

「ふふふ、成程。私の言葉なら信用があるという事だな。ではその期待にお答えしよう。レクター君は、今日の朝までずっと、私の部屋………学園長室にいたのだよ。」

 

「!!!」

 

「えええっ!!」

 

「ど、どういう事ですか、学園長先生!?どうしてレクター先輩が………。」

 

「あの部屋にいたか、という事かね?実は彼は、あの部屋に置いてあるソファが大のお気に入りらしくてね。しょっちゅう来てはあそこに昼寝をしてくるのだよ。」

そ、それって、明らかに良くないよね?学園長室に軽々しく入るだけでも色々問題がありそうなのに、昼寝なんて………先輩らしい、で片付けられていいのかな?

それにしても道理で、校舎中を探しても見つからないわけだ。学園長室にいたなんて………。

 

「そして今朝早く、仕事をしていた時に彼が入ってきて、ソファに寝転んだ。その時刻がちょうど七時だった。導力時計のベルが鳴っていたからよく覚えていたよ。」

皆、唖然とするばかりだった。これ以上の信頼できるアリバイは、ない。

 

「そういう事だ。先生、どうもありがとうございました。」

 

「そうか、私をダシに使うとはな、レクター君にもなめられた物じゃのう。はっはっは………。」

 

 

 

 

 

学園長先生がお帰りになった後も、しばらくは何も言えなかった。この逆転で一番ダメージを受けたのは、レクター先輩に軽くあしらわれ、学園長先生に自分の取り乱した姿を見られた、レオ先輩だったかもしれない。

 

 

 

 

 

「はあ~っ。どっと疲れた気がするよ。」

 

「なに言ってんの。アンタ、何も言わなかったじゃない。」

 

「いやいや、話を聞くだけでもかなり疲れるものなんだって。」

すっかり日の暮れてしまった校庭を、私達一年生組はフラフラと散歩していた。一日の半分をあの狭い生徒会室で過ごしたせいか、外の空気がとっても気持ちが良かった。

事件は一応、解決した事になり、不運な事故、という結論になった。怪我をした人には悪いけれど、ハヤブサが犯人と言っても信じてくれなさそうだし。

 

「私も疲れちゃった。こんなに神経をすり減らしたのって、先月の定期試験の時以来かも。」

 

「いやあ、クローゼもすごかったわよ?成績トップの天才一年生と王立学園の首席学生との熱き論戦!これまたいいネタになりそうだわ~。」

 

「じ、ジルったら。もう、一体今まで何を考えていたんだか。」

そう言えば、どうして私はこんなに疲れているんだろう。違う。どうして、あんなに体を張ってまで、レクター先輩を庇ったのだろう。あの時の恩返し、というつもりでもなかったんだけどなあ。

 

「なあジル。気になったんだが、どうして一回だけクローゼに、レクター先輩に味方したんだ?」

 

「へ?」

 

「ほら。レオ先輩がジークの話を蹴ろうとした時、お前止めただろ。」

ああ、あれね。と言って、彼女は決まり悪そうに下を向いた。

 

「レクターのヤツをを応援するつもりなんてさらさらなかったんだけど………感化された、っていうのかな?」

 

「感化?」

 

「クローゼによ。クローゼがあんなに一生懸命やってる姿を見たら、なんだか助けたいような、そんな気持ちになって………私らしくないよね。こんなのってさ。」

ジルがここまで恥ずかしがっているのを見たのは、初めてだった。

 

「………ありがとう。」

 

「えっ?」

 

「本当に、ありがとう。」

 

あの時ほど、夕日が目に染みた事って、なかった。

 

 

 

 

 

 

あの後、植木鉢の残骸を調べたら、白い羽毛が一つだけ、紛れ込んでいました。これを見つけていればもっと早く事が終わったのに………。結局、みんなに助けられて終わった、私の思い出の事件でした。




書き始めから書き終わりまでその場の思いつきだけで書いたら、こんな話になってしまいました。ホントはもっと複雑な話にしたかったのに………。クローゼと同じく、まだまだ未熟な私です。

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