白き翼の物語~Trail of klose ~   作:サンクタス

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お待たせしました!
待ってくれて………いますよね。うん。
すみません、色々と忙しいのもので。次回でようやく第二章・ルーアン編最終回………の予定です。です。多分短めな話になります。今回で予想以上に尺取ってしまったので。

あと、三十四話の途中が抜けていたのに今更気づき、修正しました。


第三十五話~恐怖~

~ルーアン市・ラングランド大橋~

 

 

 

 

クローゼが見送りに来てくれるのを待つ間、エステルとヨシュアは、今回の事件の事について話していた。

市長が全ての黒幕だったのにも驚いたのだが、それよりも、彼らはルーアン市の人間がほとんどダルモア市長の逮捕に関心を示さなかった事が意外だった。彼らの故郷、ロレント市の市長が住民と親密で好かれていた事もあり、エステルは妙な違和感を感じていたのだった。

 

しかし、彼女よりも違和感を感じていたのはヨシュアの方である。いや、違和感ではないのかもしれないが、別の事が気になっている事は確かだった。

 

「(あのアーツの高速駆動……………只者じゃない。)」

市長邸でダルモアの魔獣と戦い、勝つ事はできた。しかしその勝ち方は、頭脳明晰な彼にも全く予想できない物になった。

クローゼの思いがけない介入、そしてアーツを使った遊撃士顔負けの戦闘。アーツの使用にはオーブメントによってクォーツの属性効果を増幅するための時間、駆動時間が必要となる。それは低級なものから高レベルのものまで、すべてのアーツに共通する。しかしあの時、彼女はほぼ駆動時間ゼロで『アクアブリード』を放ち、さらには駆動が遅く実戦では使いにくいと言われる土属性防御アーツ『アースガード』を再び高速駆動して使用、止めは水属性最強アーツ、空気中の水分を凝集し強力な冷気によって敵ごと氷の中に閉じ込める『ダイヤモンドダスト』……………軍や遊撃士ならまだしも、ただの民間人には到底できない所業だ。そう、『ただの』民間人なら。

 

「(君は………やはり……………。)」

 

「あ~!また一人で考え込んでる。」

耳元でいきなり叫ぶように言われ、ドキっとすると同時に、犯人のエステルを横目で見る。

 

「な、なんだよ………脅かさないでよね。」

 

「だって、ヨシュアってすぐ一人で溜め込むクセがあるから。水臭いわね………何のことを考えてたのよ。もしかして………クローゼの事とか考えてたりする?」

いたずらっぽい目を彼に向けるエステル。

 

「えっ………………。」

 

「あれ?もしかして図星だった?」

いや、確かにそうだけど……………と言おうとしたが、ヨシュアはあえてそれを止めた。余計な事を言って、彼女と僕達の中にむやみに亀裂を生みたくはない……………懸命な判断だった。

ただその懸命な判断も、相手にその意が伝わらなければ全く意味がない。

 

「そ、そうなんだ……………ホントに考えてたの……………。」

頬を赤らめるエステルに、ヨシュアはすぐに気づいた。しかしこれも同じく、なぜ頬を赤らめたりするのか、その事を彼が理解していない限り、会話は全く成立しない。

 

「あの…………なんか勘違いしてない?」

 

「そ、そうよね………キ○………までしちゃったんだもんね………そりゃ気になるよね………。」

 

「エ、エステル………あのね、あの時は…………。」

ようやくエステルの誤解の一つに気づいたヨシュアがその早とちりを正そうとする前に、自分らを呼ぶ呼び声によって中断されてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

「エステルさ~ん、ヨシュアさ~ん!」

手を振りながら、走って向かってくる学生服の少女。青紫の髪色のおかげで、エステルらはすぐに彼女が誰かを識別できた。

ようやく橋にたどり着いて、クローゼははあはあと息を切らせて、

 

「す……すみません。お待たせしてしまいました?」

 

「いや、僕達も来たばかりだから大丈夫だよ。」

 

「クローゼって、もしかしてここまで走ってきたの!?」

まだ呼吸が乱れているクローゼを見て、エステルは驚き混じりに聞く。

 

「………海道をゆっくり歩きすぎていたみたいで…………公園の……………時計塔を見たらもう、約束の時間になっていて……………慌ててここまで走ってきたんです…………。」

 

「もう、そんなに慌てる事もなかったのに。」

すると彼女は首を横に振り、深呼吸して呼吸を整えてから、

 

「いえ、お見送りをするのに遅れるわけにはいきませんから。連絡をくださってどうもありがとうございました。」

笑って、言った。

 

「お礼を言うのはこっちだよ~。ありがとう、クローゼ!」

 

「はは、それじゃ、出発するとしようか?」

 

「はい!」

 

「よーし、ツァイス地方に、レッツ・ゴー!」

 

 

 

 

 

 

~アイナ街道~

 

 

 

ルーアン市を南に抜けると、隣の地方、ツァイスに向かう一本道がある。アイナ街道と呼ばれるその道は、リベール王国のオーブメント技術の心臓部、ツァイス中央工房に陸路で物資を運ぶための重要な道路の一つだった。

その日は魔獣も少なく、エステルらはまだ見ぬツァイスについて喋り合っていた。………実際は『エステルら』と言えるような状況ではなかったが。

 

 

 

「……………というわけで、現在のツァイス市にラッセル博士が西ゼムリア一のオーブメント工房、ツァイス中央工房を創ったんです。」

 

「そうか、僕も王国の歴史については勉強してたつもりだったけど、クローゼにはかなわないな。流石名門のジェニス王立学園の生徒だけあるね。」

 

「そんな、恐縮です…………。」

クローゼとヨシュアは妙に話が盛り上がっていたが、取り残されたエステルはというと、

 

「……………。」

なんとなく、悔しそうだった。

 

「(いやいやいや、ちょっと待ってよ。なんで私ったらこんなに…………これって、『妬いてる』ってこと…………?)」

想像した途端、また彼女は耳まで赤くなった。そしてすぐさまブンブン首を振って、自分の変な妄想を飛ばそうとする。

 

「(もう、なんてこと考えてるのよっ!)」

 

「エステル?どうかした?」

ハッと気づくと、エステルを心配そうに見つめるヨシュアとクローゼが立っていた。

 

「もしかして……具合でも悪くなったんですか?」

 

「だ、大丈夫よ!ただちょっとだけ………してただけで……………。」

 

「え?」

 

「あ~んもう!とにかく全然問題ナシ!」

 

「(何を怒っているのかしら…………。)」

誰も悪気はない。ただほんの些細なズレが、いくらでも会話を成立させなくする。このズレが収まる日が来た時、彼らは既に大人になっているだろう…………今の彼らこそ、青春真っ盛りであった。

 

 

 

 

 

「あれ、これって……………。」

エステルが突然足を止め、道外れの看板に目をとめていた。看板の先には獣道のような細い道が森の奥に続いている。

 

「『紺碧の塔』か。多分『四輪の塔』の一種だね。大昔にリベールの各地に建てられたっていう。」

 

「どうしたんですか?何か見つけたとか……?」

こういう風に彼女が興味を持つ事も珍しく思いながらも、クローゼもまたその看板を見てみる。

 

「いや、大した事はないんだけど………なんか、変な音がしない?」

 

それでやっと腑に落ちた。エステルが自らこういう学術的な類のものに興味を持つはずはないだろうと思っていたが、気になっていたのが塔ではなかったのなら納得がいく。

 

「………魔獣の気配がする。それもかなりの大物の。」

ヨシュアが森の奥を見て言う。クローゼもまた、なんとなく嫌な気配を感じていた。

 

「もしかしたら手配魔獣かも………ねえヨシュア、行ってみない?」

 

「構わなけど、クローゼを連れて行けないよ?」

 

「い、いえ!大丈夫です。」

えっ、と声を漏らすヨシュア。大丈夫と言った彼女の顔はいたって真剣だった。

 

「私………少しでも、エステルさん達のお役に立ちたいんです。あの時みたいに、足を引っ張ったりはしませんから。お願いします。」

 

「……………………。」

 

「いいじゃないヨシュア!魔獣くらいあたし達だけでチャチャっと片付ければいいのよ。もしものことがあっても、クローゼの実力はよく知ってるし。」

本来なら、遊撃士としてここで彼女を連れてくことはできない。しかし彼………ヨシュアは、彼女をできるだけ一人にしてはいけないのではないかと思うようになっていた。確固とした証拠のようなものは一つもないが、本当に彼は気づいていたのかもしれない。

 

「(そうか。隠す必要もなくなったという事か………。)……仕方ない。でも最大限気をつけてね。」

 

「は、はい!ありがとうございます。ヨシュアさん!」

 

「良かったね、クローゼ!じゃ、さっさと行きましょ。魔獣なんかにはもう負けないわ!」

 

 

 

 

 

「(やっぱり、思った通りだ。)」

木の陰から塔の辺りを覗うと、ヨシュアは口パクでそう伝えた。クローゼ達も、古めかしい塔の前にカブトガニのような褐色の魔獣が複数群れているのを認めた。

 

「(ふ~ん、図体はデカいけど、動きも速くないし、たいして強くなさそうね。じゃあまず私が突っ込んで手前の奴をぶっ飛ばすわね。)」

 

「(了解。僕は後からだね。)」

ゴソゴソ動き回る魔獣から目を離さないように、エステル達は自分の得物をグッと握り締める。そんな二人を、クローゼは少し離れたところから見つめていた。

 

「二人ともすごい息があってる……………いいなあ。」

 

「とおりゃ~っ!」

突撃したエステルの棍が遠心力でしなりながら、魔獣の真上に振り下ろされる。手元に食い込むような感触があったその途端、

 

「えっ……きゃっ!」

 

「エ、エステル!」

 

「(どういう事………棍が………弾かれた?)」

背後に弾き飛ばされたエステルも、腰をさすりながら立ち上がる。

 

「いたた……何があったのよ!もう!」

 

「エステル、待って。今度は僕が!」

腰の双剣を抜き払ったヨシュアは叫んだ。魔獣達は既にこちらに気づいていたが、敢えて彼は正面に突っ込んだ。そして…………

 

「(背後を………取る!)」

使うと思っていた双剣の片方をしまい、代わりに取り出したのはオーブメント。走りながら彼は駆動させ、

 

「……シルフェンウィング!」

彼の足元で一瞬、風が舞った。ちょうどよく魔獣の目の前に到達したところで、彼は跳躍した。一アージュ半はある魔獣達の後側までだった。

 

「(そっか………シルフェンウィングは風耀の力で体を軽くするアーツだから、生身の人間でもあんなに飛べるんだ。)」

 

「取ったあっ!」

魔獣達が戸惑っている間に再び彼は双剣を取り出し、背中に向かって突きを繰り出す……………が。

 

「うっ………ダメか!」

彼は弾かれる剣を飛ばされまいとしながらも、バック宙で衝撃を回避した。エステルの例を見ていたおかげだったが。

 

「エステル!多分こいつらは物理攻撃を遮断する結界のようなものを張っているらしい!ただ叩いてもダメージは効かない!」

 

「あ、あんですって~!」

 

「離れるんだ。アーツを使う!」

 

「ヨシュアさん!後ろ!」

クローゼの声に気づき、振り返ることもなく彼はとっさに横に飛ぶ。そしてその直後、彼がいた場所に氷塊が降り注ぎ、辺り一面の地面が凍りついた。

 

「こ、これは『ダイヤモンドダスト』………。」

 

「やばっ………。」

いつの間にだろうか。彼らの周囲を、水色の丸い形をした魔獣が、大量に取り囲んでいた。二人は魔獣達に背を向けないよう、互いに背中を合わせる。

 

「ポムか………これだけの数を相手にするのは厄介だな。」

 

「どうすんのよ!前はカブトガニ、後ろはポムだらけ………。」

 

「また、二手に分かれるしかないか………。(この数を相手にするには………使いたくはなかったけど、『あれ』を使うしか……………。)」

彼の瞳の奥に、一瞬だけ黒いものが宿ったその時、

 

「ヨシュアさん、エステルさん!」

 

「あ……クローゼ、出てきちゃダメだ!」

ヨシュアの制止も聞かず、クローゼは木の陰から飛び出し、二人の傍に駆け寄る。

 

「クローゼ……どうして………!」

 

「あの甲殻魔獣、直接攻撃ができないんですよね。だったら私のアーツで何とかします。私の得意分野ですから。」

 

「しかし………君に手配魔獣の相手をさせるなんて事は………。」

クスクス………とクローゼは小さく笑った。その意味を取りかねるヨシュアに、彼女は目線を向けた。

 

「ヨシュアさん、水臭いですよ。こんな時だけ遊撃士ぶるなんて。」

 

「へっ………?」

 

「あなたは………私を友達として扱ってくれました。学園祭の『あの』時も、私を受け入れてくれた。市長邸でも、私を守ってくれた。我が儘言った私を。私、とっても嬉しかったんですよ?」

 

「…………………。」

 

「私にも同じ事、やらせてください。友達は、困った事があったら助け合うものですよね?だから………。」

クスクス………と、また笑った。しかし今度はヨシュアだったが。

 

「ほんとにもう………何を言ってるのさ。君は。」

 

「えっ………。」

 

「僕達の後ろ、守ってくれるかな?君の事だから、うまくやれると信じてるよ。」

 

「………あ……………。」

そうこうしているうちに、魔獣達は少しずつ包囲網を狭めていた。

 

「………ありがとうございます!」

 

「え~っと、なんだか取り残されちゃったけど、クローゼも手伝ってくれるのよね。よ~し、三人力を合わせて、アイツらをぶっ飛ばすわよ!」

 

「はい!」「おう!」

 

 

 

 

 

ヨシュアさん達は周囲のポム掃討をする間に、私はこの魔獣達を倒さないといけない。相手も私が攻撃しようとしているのに気づいたのか、甲羅の先についた小さな目達がこちらを睨んでいた。動きの遅い魔獣で良かった。

 

「(ヨシュアさんに認めてもらった……………初めて、はっきりと。自分で言い出した事なんだから、今度こそは、失敗しないっ!)」

戦術オーブメントを、私はギュッと握り締めた。表面の金属のひんやりとした感触を感じる。

 

「オーブメント、駆動開始………!」

握った手が小刻みに震え、次第に熱を帯びてくる。確かクォーツの属性は水しか付けていないはず。効いて、お願い………。

 

「……アクアブリードっ!」

空中に水の球が一気に凝集、それをそのまま相手にぶつける!それは緩やかな弧を描いて一頭の魔獣の頭部に直撃した。しかし、強烈な衝撃に飛ばされたものの、硬い甲羅で守られたせいか、びくともしていないみたいだ。

 

「(水じゃダメなのかな………よし、それなら!)」

持ってたはず。替えのクォーツ。確かここに………っ!?

 

「きゃっ………!」

と、跳んだ。あの短い足でどうやったんだろう。跳び上がった魔獣は私のすぐ近くにドスンと着地する。危なかった。あんなのにのしかかられたらひとたまりもない。

 

「(距離を取らないと………あった。)」

見つけた。替えのクォーツ。魔獣達からかなり離れた場所で、私はスロット盤を開けた。そして空いたスロットに持っていた緑色のクォーツを装着する。

 

「よし、後は固めれば!」

少し無謀かもしれないけど、やるしかない。私は魔獣達のいるところの中心に向かって走った。さっきのように跳ばないでくれれば。

 

「さあ、来なさい!」

多分魔獣達は、私が武器を持ってないからそこまで警戒はしていないはず!

 

……………今だ!

 

オーブメント駆動………風属性アーツ、『エアリアル』!

自分の足元に放ったアーツは私の周りに空気の渦を作り出し、そして一気に増幅させる!

 

「はああああっ!」

風の渦は半径三アージュ以上に広がり、魔獣達を巻き込んで大きな体を宙に舞い上がらせる。空に浮き上がった魔獣は、渦の無くなったところで速度を失い、逆さまになって地面に落下した。頭部から落ちて潰れるもの、背中から落ちて起き上がれなくなるものもいたけど……………

 

「なんとか無力化、できたかな……?」

その場に一度へたり込んで、呟いた。ふう………良かった。これで一安心。ヨシュアさんの期待にも応えられただろうか……………。

 

「そ、そうだ。ヨシュアさん!私…………」

ヨシュアさんのいる方向に振り返った私は……………声を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

クローゼが見てしまったもの。それは……………彼だった。彼女は、再び自分の知らない彼を見てしまったのだった。

彼の双剣が、小さい魔獣を的確に真っ二つに切り裂いていく。敵が撃つ無数のダイヤモンドダストも諸ともせず軽々と隙間を縫い避け、目にも止まらぬスピードで魔獣の一団に近づき、また双剣の剣閃が弧を描く。大量の魔獣があっという間に切り刻まれていく様は正に、殲滅という言葉がふさわしい所業だった。

そして何よりもクローゼが見た、見たくないのに見てしまった物は、彼が全身に纏った黒いオーラと、暗く冷たい輝きを放つ、彼の瞳だった。

 

あの時と、同じく。

 

「…………………………。」

最後の魔獣が切り裂かれるまで、彼女は再び声を出す事ができなかった。何故だかは判らない。しかし鳥肌が立つほど強い『恐怖』。

 

――――――――――こんな気持ち、感じたくない。

 

――――――――――見たくない、聞きたくない。もう、やめて。

 

目を瞑りたかった。しかし、彼女の気持ちとは裏腹に、彼女の瞳は彼から離れる事ができず、心の中で震えながらも、その光景が瞳の奥にに焼き付けられていった。

 

 

 

 

 

全てが終わってから、恐る恐る彼女は彼の背中に声をかける。

 

「ヨシュア……さん………?」

 

「………あ、クローゼか。その様子だと、なんとかなったみたいだね。」

クローゼに気が付き、ニコリと笑顔を向ける。

 

「は、はい………。」

 

「ヨシュア~!クローゼ~!」

パタパタと活気のある足音が近づき、二人の間に立つ。

 

「はあ~、何だ。私が最後かあ。一番に片付けてやろうと思ったのに………。」

 

「はは、君が考えそうな事だね。でも僕達もさっき終わったところだから。そっちにポムが偏ってたかもしれないしね。」

再び金色の瞳が細まり、口元も緩む。

 

「それもそっか。よーし、これでまた一つ依頼達成ね!報告は………。」

 

「ギルドへの報告は地方を跨いでもできるから、ツァイスに着いてからでいいと思うよ。」

 

「そ、そうなんだ。じゃあいちいちルーアンに戻らなくてもいいのか。よかったあ~。」

 

「…………………。」

あれ、と言って、エステルはクローゼの沈んだ眼に気づいた。

 

「どうしたの、クローゼ。も、もしかして怪我しちゃったとか!?」

 

「あ………い、いえ。そういう事じゃなくて、ちょっと疲れてしまって………。」

彼女は誤魔化すように、力無く微笑む。

 

「………やはり遊撃士がする仕事をやらせてしまったから、だいぶ無理させたみたいだね。ゴメン。僕達の怠慢のせいで……………。」

 

「そんな、ヨシュアさんが謝る事じゃないです。私が自分からやりたいって言った事ですから。ほんとに、大丈夫ですから。」

 

大丈夫。大丈夫。彼女は心の中でも、そう何度も呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで一度、物語は数十分前に遡る。クローゼがルーアン市に入っていった直後、海道から外れた木々の間から一人の人物がゆらりと現れた。

なんとも奇妙な格好である。首から靴の先まで純白のスーツのような服、これまた真っ白のマントを羽織った姿は、まるで道化………もしくはマジシャンのような姿だった。この人物を初めて見る人ならほとんどが、彼の事を旅の手品師か何かと思っただろう。

そして何よりも彼の外見で奇妙だったのは……………左右両側に白い翼がついた、銀色のマスクをしている事だった。

 

「…………………。」

 

しばらく彼はクローゼの去った方をじっと目を向ける。顔半分を覆うマスクのおかげで目の動きなどは察せられないものの、口元に浮かぶ微笑は、見て取ることができた。急にひんやりとした海風が吹き、彼の青みがかった髪とマントがそれに合わせてはためいた。

 

「……………哀れなものだ。自分の運命に気づかず、他人の作ったルートの上を歩かされる………フフフ、まるでシナリオも知らずに舞台を舞う舞姫。」

 

独り言だった……………が、妙に高揚した独り言だった。それこそ役者がセリフを喋る様に。

 

「しかしその姫は、定められた運命に惑わされながらも懸命に舞うのだ………気高く、それでいて穢れない、麗しく………ああ、美しい………。」

 

「またろくでもない事を口走っているのか………『B』。」

 

どこからともなく声が聞こえ、間もなくもう一人の人物が現れた。

年齢は三十代くらいのようだが、もう少し若くも見える。真っ白の髪を腰辺りまで伸ばし、どことなく古風な服装がまた周囲の雰囲気に浮いていた。

 

「ろくでもないとは心外だな。私は自らの心の内を気の向くままに表現しただけだというのに。」

 

「………ふん、くだらぬ。それよりも、貴様にいくつか聞きたい事がある。」

 

「ほう、君がこの私に尋ねたいとは……………稀有な事もあるものだ。」

そう言って『B』は相手に向かって大仰に手を広げてみせる。

 

「さあ、なんでも聞いてみるといい!」

 

「………調子に乗りすぎると痛い目に遭うぞ。」

紅い眼がギロリと睨みつけるも、なんて事もないように忍び笑いをする『B』。

 

「……………何故、貴様は此処に留まる。任務は既に完了した。我らには幾分かの自由が与えられているが、遊びが過ぎるぞ。」

 

「やれやれ、君という人物は。まだ気づいていないのかね?」

 

「………何だと。」

 

「見たまえ!この美しく広がる蒼穹の様を!エレボニアやクロスベルの濁った空とは訳が違う。レマンやアルテリアはまあまあだったが………リベールの空に敵うものは未だ見たことがない。なんと素晴らしい………。」

 

「………………………。」

白い衣の人物は『B』の言葉に微動もせず、口を引き結んで黙り込んでいた。当て付けがましく溜息をつく『B』は再び彼に向き直る。

 

「……これだけ言っても判らないとは、つくづく無粋な男だな、君は。」

 

「微塵も理解できない。そして理解するつもりもない。そしてもう一つ、理解できぬ事がある。」

途端に、周囲の空気が紅く変化した。彼の鬼気迫るオーラが辺りを覆い、熱を帯びる。

 

「……………何故、邪魔立てした。」

 

「フフフ………何の事だろうか。」

 

「ふざけるなっ!!」

憤りに燃える彼はツカツカ彼に歩み寄ったかと思うと、『B』の胸倉を掴んで眼前にグイと引き寄せた。

 

「あの小娘を始末しようとした時、貴様は奴の盾となり、庇った。貴様がいなければ、今頃奴の身体は二つに引き裂かれ、そこに転がっていたはずなのだ!」

『B』の表情は相変わらず読み取れない。

 

「長い間………私は奴らの息の根を止める事だけを考え、行動してきた。成し遂げるための力も手に入れた。後は実行するだけなのだ。それを貴様は……………っ!!」

握った拳がブルブルと震えている。そこに隙を見た『B』は、彼の拳をきっぱりと振り払った。

 

「……………やはり、君は勘違いをしているようだ。君は自分の立場というものを理解していない。」

 

「…………………。」

 

「『執行者』と云えども、『結社』の一員である以上は利己的過ぎる行動は許されない。君がやろうとしていることは、今回の計画に少なからず影響を与えると判断した。だから止めたまでの話だよ。」

 

「しかし、私は……!」

 

「安心したまえ。時期が来れば、そのような機会はいつでも来る。」

ハハハ、と『B』は笑った。

 

「……………フン、それだけではあるまい。」

 

「うん?」

 

「貴様のような男がそこまでするというのは合点がいかない。本心を話せ。一体何を考えている。」

また、ハハハ、と笑った。さっきよりも愉快そうに、高らかに笑った。

 

「……………君にしては勘がいいな。では話そう。私の目的は……………『彼女』だよ。」

 

「っ!!!」

 

「市長邸での彼女の働き、たっぷりと見せていただいたよ。フフフフ………私とした事が、再びあのような高嶺の花に焦がれてしまうとは。これも運命かもしれぬな。」

 

「……貴様ああっ!!私を愚弄するつもりか!?」

 

「ああ、不幸な事に、私と君は同じ人物を標的にしてしまったのだ!一方は彼女の心を。一方は彼女の……………命を。しかし君は私を殺す事はできない。もし殺せたとしても、君は君の『その』力を失う事になるだろう。それは君も重々承知の筈。なかなか面白いゲームになりそうじゃないか。」

 

「おのれ………っ。」

 

「フフフ、そんな風に眉間に皺を寄せるものじゃない。今はただ見守るとしようぞ。このドラマの結末を。彼女の舞い踊る様をね。」

そう言って彼は右手の指をパチンと鳴らした。それと同時かそれとも直後か、彼らの姿は辺りの風景に溶け込むように消えていく……………。

 

何事もなかったかのように、涼し気なに吹く海風が音を立てて流れていった。


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