白き翼の物語~Trail of klose ~ 作:サンクタス
一ヶ月もかかってしまったお陰で書く方もグダグダ………それが伝染ったのかクローゼまでちょっと前半グダってます。ただ悩みに悩んで悩み抜くキャラが私の好みなので逆に……………なんて。
~ルーアン地方東端・エア=レッテン~
ルーアン地方とツァイス地方の境界に当たる関所。それが『エア=レッテン』。
だが、ここはただの関所ではない。そこでは、三百アージュはある崖から轟々と流れ落ちる、滝を見る事ができるのだ。リベール王国では一番のシェアを誇る『リベール通信』で『リベール百景』の一つと紹介されたおかげで観光の名所としても有名となり、ルーアンの観光都市化にも一役買ったという。
関所に到着したエステル達も、絶景と言われるその光景を見るのを楽しみにしていた。
「はい、これでOKです。」
エステル達はまず関所の通行手続き書にサインをし、係員にしっかり提出した。書類が二枚分しかないのを確かめてから、係員は彼女らの後ろで見守るクローゼに目を上げる。
「そちらのお嬢さんは通行手続きをなされないんですか?」
「あ、私はこちらの方々のお見送りに来ただけなんです。『カルデア隧道』の手前までなら大丈夫でしたよね?」
「はい、その通りです。そういう事でしたらどうぞ。ここの階段を上がっていけば入口が見えますので。」
「ありがとうございます。」
丁寧に説明してくれた係員に、クローゼはペコリとお辞儀した。
「いよいよツァイス地方かあ………。」
階段を上がる途中、エステルは彼女らしくもなく感慨深そうに呟いていた。
関所の中でも既に水の流れる音は聞こえていたのだが、いざ外に出ると、それは自分らが立っている床まで震わせるような轟音に変わった。見上げる高さの断崖から弧を描き、太陽の光をキラキラと反射しながら十数アージュ下の滝壺に向かって流れ落ちていく。
「うっわ~、壮観!」
目の前に広がった大瀑布を見たエステルは、真っ先に歓声を上げて駆け出す。
「見て見て!すっごい高~い!」
「あんまり身を乗り出して落ちないようにね。」
というヨシュアの忠告にもかかわらず、彼女は橋から身を乗り出して滝の落ちていくのを目で追っていた。
「(もう、エステルさんったらはしゃいじゃって………。)」
後からやってきたヨシュアとクローゼも、爆音のような水音に驚きながら名所と名高いその滝を見る。彼女も噂には聞いていたが、自分の目で実際に見るのは初めてで、一言「………すごい。」と声を漏らす。
「(前にお祖母様とルーアンに来た時は飛行艇で移動してたから、ここには来てなかったんだっけ。もしかしたら、ヨシュアさん達旅をしているから、こういう綺麗な場所もたくさん見てきたのかな……………。)」
「へえ、滝と言っても自然の川じゃなくて水路から落ちてるんだ。」
滝の落ちる所から石造りの橋が覗いてるのを見て、ヨシュアが呟いた。
「あ、たしか、『ローツェ水道』っていう名前だったと思います。中世に作られた水道橋で、ヴァレリア湖から直接水を運んでいるんですよ。」
「成程………オーブメントもないのによく作れたものだなあ。」
「そ、そうですね……………。」
そう言ってはは、と笑うクローゼ。しかし笑っているのは口だけで、眼は暗く沈んだままだった。
彼女は森での出来事から、未だヨシュアを直視する事ができていなかった。目を合わせたらまた、あの時のような思いをしてしまうのではないかと、不安で、恐ろしかった。ヨシュア自身はいつものヨシュア。いつも通りの優しい彼のままだった。それが何故、あのような表情ができるのか。あんなに冷たい気を纏う事ができるのか。彼女には理解できなかった。
「(ヨシュアさん………あなたは一体、どっちなんですか………?)」
「クローゼ?どうしたの?」
気づくと、ヨシュアが心配そうに彼女を見つめていた。
「え?………あ……えっと………その…………。」
「もしかして、まだあの事が気になっているのかい?」
どきり、と脈が速くなる。
「やはり民間人の君には、魔獣の掃討はキツかったよね。ごめん。君の気持ちも考えないで。」
「………そ、その事はいいって言ったじゃないですか。私、大丈夫ですよ。」
「無理はしない方がいいよ、クローゼ。学園にいた時も思ってたけど。君って少し頑張りすぎる所があるから。」
「ヨ~シュア!クロ~ゼ!何やってんのさ。」
まともに答えを返せないまま、エステルが会話を打ち切った。
「すごいわね~、思った以上に大迫力!クローゼもそう思わない?」
「あ……ええ。まあ………。」
はしゃぎにはしゃいでいるエステル。普段だったら、彼女も一緒に笑っていたのかもしれない。しかし………。
「それで、あっちの方が………。」
「うん。あれがトンネル道の入口だね。」
「あ………。」
彼女の指差すその方向。断崖絶壁の山の中腹にポッカリと黒い口を開け、堅牢そうな門がその前にどっしりと構えている。それが、先程彼女らが下で聞いた『カルデア隧道』の入口。ルーアン地方と隣のツァイス地方の境界だった。
「………………。」
「………………。」
「………そろそろお別れね。」
「はい………。」
別れにふさわしくない、寂寥感が辺りを漂った。エステルがはしゃいでいるお陰で幾分かは和らいでいたが、それでもクローゼには空気が重たく感じられた。
いや………それは彼女だけだったのかもしれない。
「え、えーと……ありがとう。クローゼ。クローゼのおかげでこの数週間、とっても楽しかったわ!」
屈託のない笑いで言うエステル。
「エステルさん……こちらこそ、無理を言って学園祭を手伝ってもらったりして………お礼を言いたいのはこちらの方です。」
「いや、僕らだって学園祭に参加したくて手伝ったわけだし、遊撃士の修行では体験できない事をさせてもらったんだから。クローゼ。君には本当に感謝しているよ。」
「とんでもありません……………。」
口だけがあはは、と笑う。
おそらくその時、彼女は我慢ができなくなったのだろう。エステルやヨシュアにまで、自分を隠しておく事、それが堪えられなかった彼女の口からは、苦笑いではなく、言葉がついて出ていた。
「あの………エステルさん。ヨシュアさん。」
急に改まった口調になるクローゼに二人は首をかしげるも、彼女は続ける。
「私………この数週間で、お二人には色々助けられましたし、たくさんの事を教えていただいたと思ってます。でも、私は何もできなかった。」
最後の所で、声のトーンが僅かに落ちた。
「私って、いつもそうなんです。他人に助けられてばかりで。それなのに、自分からは何もできなくて……………ずるいですよね。」
「ク、クローゼ?やだなあ、何を今更そんな事言って………。」
「そうなんです、エステルさん。今更です。もうお別れしてしまうって時に。もう会えなくなってしまうかもしれないのに。そんな時になってからこんな事を言い出して……………無意識のうちに、逃げているのかもしれませんね。自分の弱さに向き合うのが怖いから、だからこうやって向き合った事実だけ作って。」
だんだんと彼女の口調が強くなっていた。エステル達に話しかけているというよりは、訴える、もしくは自分に言い聞かせているようにも聞こえた。彼女は続けて言う。
「ヨシュアさん。私が市長邸で言った事、覚えてますか?『立場に囚われている』………『自分の身が可愛いだけ』………あんな偉そうな事を言っておいて、本当は、私も同じだったんです。私は逆に、自分の立場から逃げようとばかりしていました。孤児院にしても学園にしても、どこか逃げ場にしていたんです。正直に言います。お二人の、いつでも一生懸命頑張っている姿が、羨ましいです。輝いて見えます。私なんかよりもずっと……………。」
彼女は堰を切ったようにまくしたてた。押し黙ってしまった二人にクローゼは我に返ったように頭を下げる。
「す、すみません………こんな時に………私、何をやってるんだろう。」
「僕は、そんな事ないと思うな。」
「えっ………。」
気づくと、ヨシュアが笑みを浮かべながら見つめ返していた。クローゼは僅かに目を逸らす。
「はは、クローゼはやっぱりクローゼだね。」
クローゼはクローゼ……………その時の彼女には彼の言葉の意味は判らなかった。
「ちょっと思い違いしてるみたいだから言わせてもらうよ。僕は、君を見ていた期間はそんなに長いものでもないし、一緒に寮で過ごしたエステルと比べても、僕は君の事をよく知らない。そんな僕から見ても、君は十分強いと思う。」
「で、でもっ!」
「僕も弱い人間だから………君の気持ちもよく判る。過去の過ち、失敗。後悔する事はいくらでもある。だけど、それを考えるというのは、なかなか体力がいる。」
「は、はい………。だから私………。」
「強いと思うよ。」
「どうして、どうしてそうなるんですかっ?自分にも向き合えない私が………。」
「向き合ってるじゃないか。だから今みたいに悩んでいる。」
「…………………。」
レクターのような丸め込む論じ方とは違い、ヨシュアの言い方には、安心感というべきか、妙な説得力があるように彼女は感じた。
「そうやって悩んで、今のままではいけないと思ってる。それも前進の一つさ。世の中には、自分の間違いに気づきながら、見て見ぬふりをして生きている人間だってたくさんいる。他人………いや、自分にだって嘘をついている人も。それと比べたら、君は十分すぎるほど正直だし、真剣だと思う。」
ヨシュアが口を止めてから一時、会話が止まった。崖上から流れ落ち、滝壺に叩きつけられる水音は、先程と変わらず轟音を放っている。しばらくして、後ろに引っ込み気味だったエステルがクローゼの前に進み出る。
「あ~、あの、クローゼ?ちょっといいかな?」
「………なんでしょう。エステルさん。」
弱々しく答えるクローゼ。その手を、エステルは突然ガシッと(!)掴み、両手で軽く握った。ビクッとして即座に彼女に目を合わせるクローゼ。
「あ……………。」
胸中の鼓動が速まっていく。突然手を取られた事よりも、直接手を握られた事が男女含めても始めてだったクローゼには、かなりの衝撃だったに違いない。目を丸くする彼女に、エステルは軽く頭を下げた。
「………こっちこそゴメン!あたし、クローゼがそんな風に悩んでるなんて、全然気付かなかった。」
「い、いえ………エステルさんが謝る事じゃないですよ。悪いのは私なんですから……………。」
苦笑いに対しブンブンと首を横に振るエステル。
「ううん………そんなこと言わないで。でも、でもさ、クローゼが何か悩んでるんだったら………私達に言ってよ!もしかしたら力になれるかもしれないし。」
「ロレントじゃ、相談事は大抵僕の所に回ってきてたからね。たまにはエステルにも相談に乗ってもらう立場になって欲しいかな。」
「ぶ~、余計なこと言わないの!」
二人でじゃれあう中、クローゼの表情はまだ変わらない。そんな中、エステルはふと何かに気づいたようにボソリと呟く。
「そっか………あはは、なんか面白いな。」
「……………面白い、ですか?」
「うん。今思ったんだけど、ヨシュアも結構悩みとか溜め込む方なのよね~。それも、あたしっていういいお姉さんがいるのに、ぜ~っんぜん相談もしてくれないしさ。」
「ちょ、ちょっとエステル………いきなり何を言い出すのさ。」
止めようとするヨシュアを、彼女はいいじゃないと言って、話し続ける。
「あ、そう言えば性格とかも似てるかも。生真面目だし、頭もいいし、それに結構人にも優しいトコもあるしさ。学園祭の劇だって……………あ。」
そこまで言ったところで、プツッと流れが途切れた。何かと思い見ると、うずくまって顔を隠すエステルがいた。
「だ、大丈夫ですか?」
「へ、平気………思い出したら、ちょっとね。」
耳まで赤くなっていた彼女だったが、周りにいたのは顔の節々にまで気を遣う人物ではなく、気づかれなかったのが幸いだった。
「思い出すって、何を?」
「ほら………学園祭の劇の最後のシーンでさ。ヨシュアと………クローゼが……………したじゃん?」
……………困惑が辺りの空気を駆け抜けていった。一人は何の事かさっぱり判らず、一人はまだ説明をしていなかった事と、これからそれをどう伝えようかという迷い。
全くばかばかしい話なのだが、その場に漂っていた何となく重たい空気を打ち払うのには十分だった。
「そうよね………そう考えると二人って………似合ってるのかも…………。」
「エ、エステル……………。」
「あ、あの、まさか、ずっと勘違いしていたんですか?」
へっ、と言って顔を上げるエステル。呆れて物も言えないクローゼとヨシュア。
「エステルさん………あの『キス』本当にしてたと思ってたんですか?演技ですよ。あれ。」
「……………。」
エステルの口がポカンと開いた。
「あ、あんですって~っ!!」
「うまく角度をずらしてしたように見せただけなんだ。先に説明してなかった僕達も悪いけど、ずっと気づいてなかったなんてね…………。」
ヨシュアは呆れた目でエステルを見返す。彼女も合わせるように顔を見合わせる。しばらくそうしていると、エステルの方が突然、プッと吹き出し笑う。つられてヨシュアも。
「あはは………。」
「ふふふ………。」
とうとう、二人とも抑えきれないように笑い出した。彼らの周りに人はなく、彼女らの笑い声が微かに崖にこだましていた。
「な~んだ!そういうワケだったの~。もう………変に心配して損しちゃった……………。」
最後にこっそり口にしてしまうエステル。まだ耳が赤かった。
「ふう、笑ったら何だかすっきりしたわ。ごめんね、ヨシュア、それにクローゼ、話の腰を折っちゃって。」
「僕も久しぶりにこんな風に笑った気がする。ありがとう、エステル。素直に気持ちを伝えてくれて。」
「ふふん、どういたしまして………って、クローゼ?どうかした?」
ふとエステルがクローゼに目を向けた。その時の彼女は、まるで雷に打たれたような面持ちだった。
「そうか………そうだったんだ……………。」
夢見心地のように言葉が口から漏れる。最期の言葉は、近くにいたエステルにも聞き取れない程だった。
「……………し………かだ。」
「……………え?」
そう言ってから、長く下を向いていたクローゼの眼がようやく、正面を向いた。
「………私、吹っ切れました。」
うっすらと輝くその瞳からは既に不安の色は消え去り、代わりに、喜びがそこにあった。
「結局、最後の最後までお世話になってしまいました。エステルさん。ヨシュアさん。本当に、ありがとうございました。お二人がして下さった事、私、絶対に忘れません………。」
「や、やだな~。今更水臭いってば~!」
「おあいこって事にしようよ。君も、僕達も互いにお世話になった。それでいいじゃないか。どうやらその様子だと、君の悩みも晴れたみたいだしね。」
彼にそう言われた時のクローゼは、今までで一番喜びを感じた瞬間かもしれない。満面の笑みが、零れた。
「……………はい!」
その時、遠くの方で鐘の音が響くのが聞こえてきた。カンカンというその響きは、ルーアンの跳ね橋の開閉を知らせる鐘だった。
「………鐘の音………という事は、もう正午近くになっちゃったんだ。」
「それじゃあ………そろそろ行くとしようか?」
「ん………そうね。」
「…………………。」
今度こそ、別れの時だった。しかしクローゼは安心していた。気がかりもなくなり、不安も消えた。あるとすれば……………
「あ、あのっ!」
「何?クローゼ。」
「……エステルさん達は、このまま王国を一周するんですよね?それならひょっとしたら、王都でまたお会いできるかもしれません。」
「え、そうなの!?」
予想していなかった彼女の言葉に喜びをにじませるエステル。
「私、女王生誕祭の頃には王都に戻るつもりなんです。親戚の集まりのようなものに出席しなければならないので………。」
「女王生誕祭というと、たしか一ヶ月くらい先だね。確かにその頃には王都に行ってるかもしれない。」
「あ、じゃあさ………親戚の用事が終わったら王都のギルドに連絡してよ?そうすれば会えると思うから。」
「はい!必ず連絡しますね……………えっと、エステルさん、ヨシュアさん。遊撃士の修行の旅、頑張ってください。それから、お父様の行方が判る事をお祈りしています。」
「うん………ありがと!今度は王都で会いましょ!」
「君も元気で!」
手は振らなかった。さよならとも言わなかった。三人はただにこやかにそれぞれの笑顔を交わし、その内の二人が黒いトンネルへ足を向けていった。エステルは未だ名残惜しそうにこちらを振り返り見ていたが……………二つの影が闇の中に消えた時には、トンネルの金属門がガシャンと音を立て元の通りしっかりと閉じられた。
エステルらが消えていったトンネルを、蒼い瞳が眺めている。彼女はしばらくそのまま立ちすくんでいた。
「(お~い、クローゼさあ~ん!)」
聞き馴れた声が彼女の頭の中で響く。ふと振り返ると、白いハヤブサが一羽、向かってきていた。彼はバサッと一瞬翼を広げ、橋のたもとにきれいにとまった。またトンネルの方を見始めるクローゼの顔をジークは下から見上げていた。
「(行っちまったのか。アイツら。)」
「………うん。」
「(そっか………これから寂しくなるな。)」
その言葉を聞いた彼女は……ニンマリとしてジークの眼を覗き込む。妙に嬉しそうにするクローゼにもちろん彼は怯んだ。
「(な、なんだよ。)」
「うふふ……だってジーク、せっかくエステルさんがいなくなったのに、嬉しがるどころがそうやって寂しがってるから。」
「(ギクリ………お、俺はヨシュアがいなくなって寂しいって言ったんだ。あのノーテンキがいなくなって、ホントはせいせいしてんだぞ!)」
「ふふ、どうだか。」
ジークの誤魔化した言い方に、またほろりと彼女の口から笑みが零れた。それを今度はジークの方が珍しそうに見つめる。
「(………ふーん。)」
「ど、どうかした?」
「(………いや、笑い方が変わったなあと思って。お前の。気のせいかな、どことなく柔らかくなったというか、力が抜けたというか。)」
なんでだろう、と呟きながら彼は考え始める。しかし彼女はその理由にすぐ考えが及んだ。
「(教えてくれたのは………笑い方もでしたね。)」
「クローゼ。お待たせしました。」
また、慣れ親しんだ声。振り返ればおそらく、蒼い軍服を着た人物が立っているだろう。
彼女の隣でジークが突如飛び上がり、やって来る彼女に飛び出した。いきなりの事で思わず慌てるユリア。
「(お~っ!来てたのかユリア!)」
「こ、こら、ジーク。じゃれつくんじゃない。お前、護衛の使命はちゃんと果たしてるのだろうな?」
彼女にしては珍しく、慌てふためいていた。
「(何言ってんのさ~。ユリアの分まできちんと仕事してるって!)」
「大丈夫ですよ、ユリアさん。ジークにはいつもお世話になってますから。ね、ジーク?」
「(おうよ!)」
「まったく、調子のいい奴だ。」
クスクス笑う二人に呆れた表情を見せるユリア。そして一度、クローゼが神妙な面持ちになる。
「ユリアさん。事件の時はありがとうございました。」
「それについては、私も色々と言いたい事もありますが………ここで言うのもはばかられますね。」
『それ』に妙に力がこもっていたが、悪意は感じない。ユリアの事だから、本心から自分の事を心配してくれていたのだろう。クローゼはそう思った。
「生誕祭の事について、お話したい事がいくつかあります。街道の外れに『アルセイユ』を止めてあります。詳しくはそちらで。」
「わかりました。……………学園生活もしばらくお休みですね。王都に戻る前に先生達に挨拶しなくては………。」
「(あと、ジル達にもな。何も言わずにいなくなったらアイツら、あとがコワいぞ~。)」
「ふふ、そうね。」
「では、目立たぬよう私は先に待っています。」
踵を返し、立ち去るユリア。階段を下りていく彼女の姿を見ながら、ジークがボソリと呟いた。
「(はあ………やっぱユリアのヤツ……………。)」
「はい?」
「(な、なんでもないっ!ほら、俺達もさっさと行くぞ。)」
クローゼはもう一度背後を振り返った。もちろん期待していた姿はない。
「(大丈夫だって。今生の別れってわけじゃないんだから。)」
「うん、そうね……………また、会えるよね。」
自分に言い聞かせるように出たその言葉の後、彼女の目線がそっとトンネルの方向から離れていった。それを見計らうようにジークも空中に飛び出し、クローゼもその後を追って街道へと歩いて行った。
エア=レッテンの滝は、彼女達が来る前と変わらず、轟々と音を立てて流れていた。
――――――――――私、勘違いしてました。ヨシュアさんが怖かったのは、あんな目をしてたからじゃない。私は、人に、親しい人にさえ言えないような秘密を持つ人に、恐怖を感じていた。表面では優しくても、心の中では信用されていないんじゃないかって……………。
――――――――――でも、それはみんな同じなんですね。秘密があるからって、信頼し合う事ができないなんて、ない。そうじゃなくて、どんな秘密だって、悩みだって、気にせず包み込んであげるのが、信頼なんだ。だからヨシュアさんは、エステルさんの事を心から信頼してるんだろう。
――――――――――そしてお二人は、会ったばかりの私にも、その信頼を分けてくれた。それに気づかないで……………私は勝手に落ち込んでました。馬鹿ですね。私。『素直になる』………たったそれだけの事だったのに。
――――――――――やっぱり私は、どうしようもなく弱いと思います。現実を知らず、知ろうともしないで逃げ回っている。ヨシュアさんの事だって、彼の闇から目を背けていただけ。
――――――――――そんな私にエステルさん達は教えてくれました。どんな時でも前向きに進んでいく決意………大切なものを守る強さ………そして、互いを認め合い、尊敬し合い、信じあう想い。ああ、これって、国民と王の関係にも当てはまるのかな。そんな事を、力まないで自然に口に出せるお二人………心から素晴らしいと思いますし、とっても、羨ましいです。
――――――――――お二人とも、ありがとう。お二人のおかげで、私一人じゃ気がつかない事もたくさん気づかせてくれました。私も、少しだけ勇気が出せそうです。お二人に負けないように、私、精一杯頑張りますね。
第二章 完
という事で、なんとかキリのいい所まで行く事ができました。全然キリよくない?気のせいでしょうww
え、えっと、ここでお知らせです。『白き翼の物語』もやっと佳境に入ってきたとこですが、一回ここで更新を中止します。当分は過去話の修正に取り組もうかと。
何故かというと、今回作者のグダグダ病発症のせいで一ヶ月も更新が滞るという悲惨な自体になってしまいました。だから、またストックを貯め直します。この先の話は結構ネタが詰まっているんで、書くスピードも少しは上がる(かも)……………と期待してます。(とか前にも同じような事言ってましたが。)
更新が安定できるようになるまで溜め込んだら、タイトルの方でお知らせします。
更新を待っていた方々には申し訳ないですが、ご了承ください。できるだけ早く書き上げて、次話更新をしたいと思います。