白き翼の物語~Trail of klose ~ 作:サンクタス
~帝国軍ルーアン襲撃事件から数週間後~
クローゼがマーシア孤児院に『居候』をしてから数日が経った。最初は元々孤児院にいた子供達から色々と特異の目で見られていたものの、そこは子供である。子供ながらの順応力の高さですぐに仲良くなっていった。ご飯を食べ、掃除をしてから、子供達とごっこ遊びをしたり、テレサ先生とアップルパイを一緒に作ったり、孤児院のみんなで遠足に行ったりもした。
その孤児院の生活は、クローゼにとっては毎日が、自分が永遠に失ってしまった、家庭の、家族のぬくもりを感じられる日々だった。
しかし彼女も心の奥底では、ここでの時間が永遠ではないことは分かっていた。自分が王族であるという事まではあまり自覚していなかったが、自分の身が大切なものである事は子供ながらに感じていた。
自分は、戻らなくてはいけない。
それは分かっていた。しかし自分が王族である事を隠しながら、ジョセフやテレサ先生にその旨を伝える方法を彼女は思いつかなかった。
自分が王族であるということを伝えるのは簡単であった。そうすれば、すぐに軍から迎えが来て、彼女を連れて行ってくれただろう。しかし、彼女にはできなかった。
彼女はまだ身分というものをしっかり理解していなかったが、王族と、一民間人との間には、大きな『溝』があることは、王宮内での生活でうすうす感じていた。彼女は、その『溝』がマーシア孤児院の人達と自分との間にできるのを恐れた。ジョセフやテレサ先生、孤児院との子供たちの間にせっかくできた温かい空間が壊れるのが怖かったのだった。
戻りたくないが戻りたい、戻りたいが戻りたくない。そんな気持ちが、幼いクローゼの心の奥で渦巻いていた。その気持ちが露わになるのは、決まって一人になる時だった。そうなる度に、クローゼは大きくため息を吐くのだった。
そんなある日のこと、クローゼは孤児院内の当番で、庭に植えられたハーブや花に水をやっていた。
「…………はあ………。」
クローゼは大きくため息をついた。
「(テレサ先生やジョセフおじさんはやさしくしてくれるし、他の子とも仲良くなった。なのに、なんでこう、むねがモヤモヤするんだろう。)」
端から順に花壇の花に水をやっていく。
「(こんなに毎日がたのしいのに、なんでだろう。)」
手に持つジョウロが軽くなっていく。
「ユリアさん、来てくれないかな……。」
クローゼはルーアンの方を向いて、呟いた。
ふと気づくと、クローゼは花壇の外にまで水をかけている事に気付いた。溢れた水で自分の足元までベショベショになってしまっていた。
「……あ!……………。」
クローゼは慌てて空っぽになったジョウロを置いた。
「………くつがぬれちゃった。またテレサ先生に怒られちゃうなあ………。」
ジョウロと一緒に、何か別なものまで空っぽになったような、そんな気分だった。
「(わたし、どうすればいいんだろう……。)」
そうして、地面に座り込んだ時だった。
「(やっと見つけましたよ。ご主人様。)」
「!!」
突然、どこからか声がした(様な気がした)。クローゼは驚いて周りを見渡したが、人影は見当たらなかった。
「だ、だれ!?も、もしかして……ユリアさんとか!?」
彼女は不気味とは思いながらも声の主を探した。しかし人影はどこにも見当たらない。
「(もしかして……これがオバケ?)」
孤児院にあった絵本を思い浮かべて、さらに不気味に思ってしまった。
(こちらです。ご主人様。)
また、どこからか声が聞こえた(様な気がした)。なんとなく上の方から聞こえた気がしたので、クローゼは屋根の上を見上げた。
そこに、声の主がいた。純白の翼、スラリとしたシルエット、赤く光る眼、鋭く尖った嘴。
(あれは、ユリアさんが教えてくれた鳥……確か…白ハヤブサだっけ?)
確かにそこには、一羽の白いハヤブサがとまっていた。彼女は以前城下に降りた時、街の中央にある大きな隼の銅像があるのを見た事があった。しかし、本物を見たのはこれが初めだった。
「(
『それ』は一度空中に飛び上がり、旋回しながら、なんとクローゼの肩にとまった。
「………え…………?」
「(初めまして、クローゼ様。いや、クローディア様、とお呼びした方がよろしいですか?)」
「……え!?ど、どうしてそれを……。」
「(私の声を『感じて』いらっしゃるな。それなら話が早い。)」
そのハヤブサは一回空中に舞い上がり、近くの木のベンチに着地した。
「(クローゼ様、お座りください。立ったままではお辛いでしょう。)」
「は……はい。」
クローゼはそのハヤブサの言われるままにベンチに腰かけた。白ハヤブサはクローゼが座るのを見ると、そのままクローゼの方を向いて、『話し』かけた。
「(申し遅れました。私の名はテイル。リベール王家に影ながら仕えてきた白ハヤブサ一族の末裔です。)」
「!!………え?」
「(いきなり押しかけておいてたくさんの事を申し上げたので困っていらっしゃるかと思います。何か質問があれば、何なりとお申し付けください。)」
彼がそう言ったものの、クローゼは完全に頭の中が混乱してしまっていた。王家………末裔………ハヤブサ……………わけがわからない。
「え…………、ど、どうしよう。何かあるかって言っても……わからない事だらけで………。」
「(そうですか。では失礼をして、私の方からご説明いたします。少し長くなりますが、よろしいですか?)」
「は、はい!」
彼女はとにかくこの状況を整理したかった。夢かとも思ったが……そうではないようだ。
「(わかりました。)」
そしてテイルと名のった白ハヤブサは淡々と『語り』始めた。
「(では、私共白ハヤブサ一族の歴史からお話しいたしましょう。それははるか昔、リベール王国が建国される頃までさかのぼります。その頃はまだリベールは人の手が入っていない、言わば未開の地でした。それだからこそ私達は、外敵こそいましたが、繁栄を遂げておりました。
しかし、そこに私達が知らない生き物が現れました。彼らは常に何かを争っていました。その経過で、彼らは私たちがいた森を切り倒したり、焼き払ったりして、荒らしていきました。
私達は困り果てました。どうしたらあの者たちに森の破壊をやめさせることができるのか……話し合おうとも思いましたが、彼らは私達の話など全く耳を貸さず……いえ、私達の話が理解できませんでした。そこに、救世主が現れたのです。)」
「救世主?」
「(はい。彼女は、見た目は森を破壊する者達と同じでしたが、彼らと違い、どうやら私達が考えている事がわかるようでした。彼女は私達に言いました。『自分達はは空の上からやってきました。私が彼らに森の破壊を止めるよう頼んでみます。その変わり、それが実現できたら、ひとつお願いをさせて頂けませんか?』
彼女がそう言ってから何日か経った後、森を破壊していた者達はいつの間にか去っていました。
私達は彼女にとても感謝し、何か私達にできることはないかと尋ねました。すると彼女は言いました。『ここら一帯に、ある施設を作りたいのです。だからある程度の土地を私たちに譲ってほしい。もちろんあなた達の生活を脅かすような事はしないから。』そう彼女は言いました。
この方なら譲っても問題ないだろうと思い、私達はその頼みを受け入れたのです。
彼女にはほかにも何人か仲間がいたようでした。彼女は彼らに命令を出し、どこからか機械のようなものを持ってきて深い深い穴を掘っていました。後に気づきましたが、彼女らは他にも各地に人を送って何かを建造していたようでした。
そうして何か月か経った頃、突然巨大な『何か』がどこからともなくやってきて、彼女らが作っていた『穴』を襲いました。彼女らも必死に応戦していたようでした。それが何日か続いていましたが、ある時急にその戦いは終わりました。そして再び彼女は私たちの所を訪れ、こう言ったそうです。『ここに私たちを住まわせてほしい。あなたたちの住処を少し分けていただけないだろうか。』
一族の中にも反対の者はいました。また昔のように、森が次々と破壊されるのではないかと危惧していたようでした。しかし、「彼女たちは今住む所がなくて困っているのだ。私たちも住む場所を奪われていたのを助けてもらったのだから、困ったときはお互い様だろう。」そう言う意見が多数だったので、私達は承諾し、湖の一角に、彼女らの小さな街ができました。それが、リベール王国の始まりなのです。)」
「へえ………ちょっと難しいですけど、そんなことがあったんですか。(そんな事ユリアさんにも教えてもらわなかったな……。)ところで、その『彼女』って、だれなんですか?」
「(彼女の名は、セレスト・D・アウスレーゼ。)」
「……アウスレーゼ……!それって…………」
「(はい、あなたの姓もアウスレーゼ。彼女は、リベール王族の始祖様です。
セレスト様は約束した通り、私たちに最大限の配慮をしながら、開発を進めていきました。少しでもやりすぎな開発が行われると、セレスト様が身をもって私たち白ハヤブサを守ってくれたのです。そこで私たちも、なにかセレスト様に役立てるような事はできないか考えました。
そこで私たちはセレスト様の一族に代々お仕えし、守る事で、恩返ししようと考えました。セレスト様もその提案に賛成されました。そしてセレスト様は、時が経っても自分達が私たち白ハヤブサの忠義を忘れないよう、白ハヤブサを代々リベールの国鳥として祀る、そう約束されたのです。)」
「……………。」
(リベールには遥か昔から残る自然がたくさんあります。それは、セレスト様がそう約束されたから。だから、今のリベールがあるのです。)
「(そう言えば、お祖母様も自然のものや生き物は大事にしなさいって言っていたっけ。)」
「(セレスト様は、私達だけでなく、このリベールに生きる生き物のすべてを愛していらっしゃいました。それは、セレスト様が私達―――――――人間ではない生き物―――――――の感情を解する事が出来るがためだったのでしょう。)」
「じゃあ、お祖母様や小父様も、あなたの言葉がわかるの?」
「(いえ、今のあなた様のようにはっきりと感じ取れるのは、セレスト様の血をより濃く受け継ぐ者だけ………そのような能力を持つ方は王家の中でも稀なのです。実際セレスト様が亡くなってから百年ほどは、我々の言葉をはっきりと『感じる』事ができる方はいなかったそうです。もっとも、ある程度は分かるかもしれませんね。)」
「へえ…。あ、そういえば、あなたは白ハヤブサの『一族』って言ってましたけど、あなたの他にもやっぱりたくさんいるんですか?あなたみたいに、話せるハヤブサさんが。」
「(……それが……。)」
白ハヤブサ、テイルは悲しそうに俯いた。
「(セレスト様が亡くなって数百年か経った頃、あなた方人間の開発は急速に進んでいきました。それに一族の者たちは不満を持ったのです。ある者はこう言いました。
『やはりあのセレストという者も、我らの住処を奪いたかっただけなのだ。我らを助けるふりをして、本当は我らを手懐けるつもりだったのだろう。我々は騙されたのだ!』
そう言って彼らはセレスト様を非難しました。さらに、報復として一族全員でリベール王宮を襲撃しようと言う者まで現れました。そのような動きをいさめる者達もいました。彼らはこう言ってセレスト様を非難する者達を説得しようとしました。『数百年前、セレスト様が我ら一族を救ったのは事実だ。その恩を仇で返そうと言うのか!!』と。
議論は数か月間続き、気付いた頃には、一族は二つに分裂していました。人間による森の侵食を許せないグループは、このままここに住んでいたら一族の滅亡を待つだけだとして、一族のほとんどを連れて、あ再び安住できる場所を求めてリベールから去りました。そしてリベールに残った者たちは、人間のあまり寄り付かない森の奥などにこもり、静かに暮らしました。それが、私の祖先なのです。)」
「そ、そんな…………。私達のために、ハヤブサさん達に迷惑をかけていたなんて………私、知りませんでした………。」
「(いえ、私達は、少なくとも私は、あなた方がした事が間違っていたなどとは思っていません。
確かにあの当時、あなた方が森の開発を急に進めていたのは事実でした。しかし、私達一族の数は減少の一途を辿っていたのです。実際その頃、あなた方の人口は爆発的に増え、今まであった街のスペースも足りなくなっていたようです。私達は減るべくして減り、あなた方は増えるべくして増えた。多分これも必然だったのでしょう。それでどうしてあなた方を怨む理由がありましょう。もし人間たちの急な開発にリベール王家が関わっていたとしても、それはリベールの国民のためにやった事で、至極当然のことだと私は思います。実際この様な事になっても、残った者たちはリベール王家への忠誠心を忘れませんでした。馬鹿正直と言われるかもしれませんが、私たちは、セレスト様から受けた恩義を忘れることができないのです。しかし、一族の分裂時から私達側の人数は少なかったのです。それからも人口は増えることなく、今では本当に数える程しかいません………なんとも悲しい事です。)」
白ハヤブサは一気に話し終えると、少し話し疲れたように目を閉じた。すると孤児院の方から、呼び声が聞こえてきた。
「…………クローゼ?どこに行ったの?……クローゼ?」
「あ………テレサ先生だ……。」
「(少々話しすぎたようですね。)」
テイルはふわりと空に舞い上がり、孤児院の屋根の桟にとまった。
「(まだお伝えしたいことがあるのですが、今日はひとまずお暇させていただきます。もし、何かご用がございましたら、私の名をお呼び下さい。)」
「は……はい。」
「(私達白ハヤブサは、いつも王家のため、王家と共にあります。お忘れなきように。では……。)
テイルは桟を蹴って空高く舞い上がり、見る見るうちに空の彼方へ姿を消した。
「クローゼ。ここにいたのね。」
孤児院から出てきたテレサ先生は呆然としているクローゼに声をかけた。
「…………………。」
「どうしたの?そんなところに立って。」
「…………………。」
「クローゼ?具合でも悪いの?」
テレサ先生は心配そうに聞いて、クローゼは我に返った。。
「…………あ、テ、テレサ先生。」
「いったいどうしたの?ぼおっとしちゃって。」
「い、いえ、なんでもないです。」
「それならいいのだけれど……。じゃ、中に入りましょう。」
「はい。」
その後クローゼは、二回の子供部屋の自分のベッドの中で、さっき起こった出来事について考えていた。
「…………夢、だったのかな……………。」
しかし、夢でないことははっきりしていた。夢にしては記憶がはっきりしすぎているし、第一クローゼの肩にはあの白い羽毛がいくつか付いていた。
「私が鳥と話せたのは、私のご先祖様のおかげだったんだ……。」
アリシア女王やユリアには内緒にしていたが、実はクローゼは、空中庭園にくる鳥達と話す事だった。最初は冗談のつもりで話しかけたのが、どういうわけか話が通じた『気』がして。それでも、さっきのテイルのようにはっきりと話しかけられたのは初めての事だった。
しかしそう考えると、とても不思議な気がした。
「白ハヤブサさん、か。」
クローゼは肩に付いた羽毛を一つつまんで、回して眺めてみた。
―――――何かご用がありましたら、私の名をお呼び下さい。
―――――私達白ハヤブサは、いつも王家のため、王家と共にあります。
「!!……………あ。」
突然、クローゼの脳裏にある考えが浮かんだ。今自分があるこの状況を打開する方法、しかし、それをしてしまえば、どちらにしてももう、ここには戻れない。
「でも、私は、戻らないと……戻らなくちゃ………!!」
彼女の眼には、もう迷いはなかった。
次の日の早朝、孤児院全体がまだ寝静まっている頃、クローゼは朝露に濡れた庭に出た。そして、
「……テイルさん!!」
彼の名を呼んだ。明け方の澄んだ空気にクローゼの声が響くと、幾分もしないうちに木々の間から白い影が現れ、空中を二、三回旋回した後、クローゼの肩の上に舞い降りた。クローゼの小さな体には彼の身体は大きく見えたが、彼女が思っていたより重さはなかった。
「(お呼びいただいて光栄です。こんな時間に私を呼びなさったということは、何かわけありのようですね。)」
「はい。実は、人を探してもらいたいんです。」
「(人、ですか。さて、どんな人を?)」
「私の、先生のような人なんです………。」
クローゼは彼女の人相をできるだけ細かくテイルに伝えた。
「(その方を見つけたら、どうすればよろしいですか?)」
「何とかしてここに連れてきてください。お願いします。」
「(承知しました。では、失礼到します。)」
テイルはクローゼの肩を蹴って、あっという間にルーアンの方向へ消えた。見えなくなっても彼女はその後を見つめ、そして、
「…………これで最後、ですね…………。」
一言、呟いた。そして、クローゼは自分のベッドに戻ろうと歩きだした。
「どうやってテレサ先生やジョセフおじさんに言いだそうかな……。」
クローゼが孤児院の戸口にまで来たとき、ふいに何かにぶつかった。
「……………あ………………。」
戸口の前には、テレサ先生が立っていた。笑っていた。
「せ……先生……いつからそこに………。」
「あなたが外に出た時からずっと見ていましたよ。」
テレサ先生は優しい声で言った。しかし、どことなく、悲しげだった。
「……テレサ先生、その………。」
「クローゼ。」
「は、はい!」
「あの人があなたを連れてきてから、私はあなた自身の事を一回も聞きませんでしたよね。なぜだと思う?」
「………え…………。」
「それは、あなたはもうあの時から私達の家族だから。あなたは自分の事について何も言わなかったけど、それでもいいと思ったの。でもね………。」
「……でも?」
「帰る時ぐらいは、私に言って欲しいな。」
テレサ先生のその表情、クローゼ、いや、誰も見た事がないんじゃないだろうか………そんな表情をクローゼは目の当たりにした。
「せ、先生………。」
そしてクローゼに近寄って、優しく包み込むように頭を撫でた。
「…………あ……………。」
「あなたが何者でも、どこに居ても、あなたは私たちの大事な家族の一人なのよ。それだけは忘れないでね。」
「………先生…………テレサ先生!!」
クローゼはテレサ先生に思いっきり抱きついた。
「あら、クローぜったらまた甘えちゃって。」
「……先生、ごめんなさい……。本当にごめんなさい………。」
「……クローゼ?泣いてるの?」
「………だって、…うう、私………ぐすっ……。」
「ふふ、クローゼが泣き虫なのは変わりませんね。いいのよ。そのまま泣いてなさい……。」
そう言って、クローゼがここに来た時と同じように、優しく抱きしめた。何分も。何分も………。
ひとまずこの章が終わるまでは更新を急ぎたいと思います。序章からグダグダするともたないので………。