白き翼の物語~Trail of klose ~   作:サンクタス

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第七話~謎の青年~

 

ジェニス王立学園……………リベールにまだ貴族という制度が存在した時から続く、西ゼムリアでも名門中の名門の学園である場所だ。しかし、国外からの留学生を積極的に集めたり、五十年ほど前から始まった学園祭では民間人を招くなど、開かれている事で有名だった。(リベールという国自体そのような傾向が強いのだが。)

無論、エリート中のエリートばかり集まるこの学園では、学習レベルや厳しい規範・規則等を否応なしに求められる。そんな学園のトップに立つ学園長なのだから、余程厳しい人物なのだろうと新入生のみならず大体の国民が考えているのだったが……………。

 

現実は、良い意味でも悪い意味でも、期待を裏切るものなのかもしれない。そう、彼………コリンズ学園長は、そう言う噂とほとんど正反対の人物だった。

 

 

 

 

~ジェニス王立学園・学園長室~

 

 

緊張で足をがたつかせながら、私は事前に教えてもらっていたルートを辿り、『学園長室』と書かれた重厚な木の扉をノックした。入りなさい、という声が聞こえるのを確認してから、そっとドアを開ける。うん、こういうところからきちんとしないと。

 

「………失礼します。」

学園長室は、思っていた程広くはなかった。王宮の広々とした感じに慣れすぎているせいかもしれないけど、壁にぎっしりと敷き詰めるように並べられた本とか、淡い黄色の光を放つ導力灯のお陰だろうか、大袈裟に言えば息苦しく感じた。

えっと………まずは挨拶だよね。

 

「おはようございます。学園長先生。今日からこのジェニス王立学園の一年生に編入する事になりました、クローゼリンツと申します。」

 

「おはよう、クローゼ君。君の事は既に聞いている。学園生活を存分に楽しみなさい。」

 

「は、はい!」

コリンズ学園長先生……………くだけた言い方をするものだから、ちょっと驚いた。

そっか、ここは学校。先生は先生だし、私は一人の生徒に過ぎないんだった。私ったら、まだ心の中で王族としての扱いを受けてがっているのかな……………。

 

「細かな話は担任の先生から聞くといい。まず職員室に行きなさい。君の教室に案内してもらえるはずだ。」

 

「判りました。ご丁寧にありがとうございます。失礼します。」

ペコッと頭を下げ、急がず焦らず、部屋を出る。ああ……こんな時から緊張してたらしょうがないじゃない。早くここの空気に馴れないと……………!

 

 

 

 

 

一方学園長は、笑いを堪えるのに精一杯だったようだ。クローゼが部屋を出ていく時、彼女の足と手が一度に前に出ていたのを見た学園長は、咳払いをして吹いてしまったのを誤魔化していた。

 

「ふふふ………これも殿下らしいといえばそうなるか。しかし、陛下がご心配なされていた通りだ。もう少し肩の力を抜いてもいいのですが……………。」

 

以前アリシア女王から、余程の事がない限りは彼女の助けはしないで欲しいと頼まれた以上、それを伝える方法は彼には無かったのだった。

 

 

 

 

 

 

職員室を訪れると、ウィオラ先生という人が待っていてくれていた。周りの様子を見ると、私が王族であるという事は皆気づいていないみたいだった。その後私は早速、先生の後ろに付いて教室に案内してもらった。

この学園には三つの学習コースがあって、自然科、人文科、そして社会科に分かれている。私は、社会科コースを選んだ。自分はこのリベールという国を少しでも学ぶためにここに来たのだし、すぐにここに決めた。学校という場所がどういう所なのか、一体どのような事を学んでいけるのか、説明はユリアさんからもたくさん受けたけれど、期待と同時に、不安だった。

廊下を歩いていると、だんだんと胸がドキドキしてくるのを感じた。どうしよう………震えてたりしてたら恥ずかしいな……………。

そして私がこれから学ぶ教室、社会科教室の前に立った。ウィオラ先生が引き戸を開けて中に入る。私は先生の後ろに付いたまま、一緒に教室に入っていった。

 

 

 

 

~二階・社会科教室~

 

 

 

 

成程、教室ってこんなところか、と最初は思った。七、八アージュ四方の部屋に、私と大体同じくらいの歳の人達がガヤガヤと雑談をしていた。それを見た時、思わず息を飲んだ。

初めてだった。城で生活していた時、同年代の人は私直属のメイドのシアさんしかいなかった。でも彼女は内気な性格だったし、身分の違いもあるし、落ち着いて話をする事もあまりなかった。だから今、目の前でこんなに大勢の人達が自由にお喋りしている………不思議というか、奇妙にさえ思える程だった。

しばらくしないうちに、一人の生徒が私に気づく。そこからの彼らの変わりようの速さも尋常じゃなかった。

 

「あれ?先生、その人は?」

 

「ねえねえ、学園の制服着てるってことは、もしかして転校生じゃない?」

 

「何?転校生だって?」

一人が気づくとまた次の人が。その人がまた別の人に、といった具合で、教室内の目という目と話題が一瞬で私に集まった。王都の人達を空中庭園から見下ろした事だってあるし、人前に立つのは慣れていたつもりだったのに……………どうしてだろう。私は縮こまって俯いてしまった。

 

「はいはい。みんな。こっち注目~」

ウィオラ先生が、私の登場にざわつく教室を諌めているのが聞こえた。

 

「こちらは編入生のクローゼ・リンツさんです。コースはえっと……社会科ね。うん。私の受け持ちだわ。じゃあクローゼさん。ご挨拶してください。」

 

「………はい。」

目を上げた。好奇心がたくさんこちらを見つめている。緊張のあまり足さえも震えない。

………ダメよ、クローゼ。私はこんな事でビクビクなんかしてられない。自分一人で物事を考えて、自分一人で行動するってあの時決めたじゃない!ここが一番大事な所。まずは挨拶からしっかりやらないと。

 

「………皆さん、初めまして。一年に編入となったクローゼ・リンツです。この素晴らしい学園での生活を長い間楽しみにしておりました。今日、皆さんの一員となれてとても光栄に思います。私はとんだ未熟者で、皆さんにご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが…………精一杯頑張りますので、どうか、よろしくお願いします。」

そして深々とお辞儀をすると、教室からパラパラと拍手が。よく判らないけど、一応なんとかなった、のかな……?

 

「じゃあ、クローゼさん。空いてる適当な席に座ってね。」

 

「あ……はい。」

私が空いた席を探して座っても、相変わらず教室中の眼は私に集まっっていた。

 

「クローゼさん。質問いいですか~?クローゼさん、出身は?リベールの人?」

私の前席の女子生徒が身体を向けて聞いてきた。出身…………どうやって答えよう……………あまり細かく言うと良くないかも。

 

「えっと………はい。グランセル……地方の出身です。」

 

「ご趣味などはお持ちですか?」

別の人からまた質問。…………趣味。なんだろう。強いて言えばお菓子作りとかかな?でも、人に言えるようなことなのかな……………それぐらいで趣味だなんて、言えないよね。

 

「あ……特にありません。」

 

「えっ…ホントですか~?つまんないな………。」

 

そして、その人はがっかりした顔をしてそっぽを向いてしまった。そんな………私、間違った事を言ってしまったのかな………。

 

「えっと………でもやっぱり……特に趣味……とかは……。」

なんとか言い繕うとして必死に考えたけれど、結局何も言えなかった。すると今度は男子生徒の方から話しかけてきた。

 

「編入試験って、すごく難しいんだろ?良く受かったよな……。」

 

「えっ、あの入試より難しいのか?うわー、ありえねー!」

 

「むむ、優秀なんだな……。」

またざわつく教室。

 

「あ、あの………。」

ど、どうしよう…………こういう時って、なんて言えばいいのかな…………?ダメだ、頭が真っ白だ…………。

 

「はいはい、みんな!質問は、授業が終わってからにして~!」

ウィオラ先生が再び諌めると、何人かの生徒はまだ何か言いたげだったが、次第に静かになってくれた。

 

「じゃ、授業を始めるわよ。教科書の23ページを開いて。」

授業が始まってからも周囲の関心は衰えることはなく、私も全く落ち着かなくて何もできなかった……………。

 

 

 

 

 

その喧騒の様子を、教室の後部席から静かに眺めていた生徒がいた。特に良い子をしたかったとかそういうわけではない。ただ、その『編入生』に他の生徒よりも興味を持った事は確かだった。

 

「(うーん。突然の編入生か……。良いところの子かな?ちょっと堅い感じもするけど………。)」

眼鏡の女子生徒は、クローゼを興味深そうに見つめた。

 

「(一年の五月に編入ねえ。ちょっとワケありっぽいよな。)」

隣の席の刈り上げの男子生徒もそれに応じた。どうやら二人は仲の良い友達らしい。

 

「ほら、そこ!もう授業は始まってるわよ~。」

 

「は、はい!」

 

すかさずウィオラ先生に注意され、自分のノートを開く二人。彼らは後に、クローゼと深く関わっていく事になる……………。

 

 

 

 

 

~二週間後のある日~

 

 

 

そのころ、学園の生徒の間では『謎の編入生』の噂で持ち切りだった。非常に頭がよく、礼儀正しい、しかしやたらと堅苦しい一年生の話題である。風紀に厳しいこの王立学園ではなかなかスキャンダル的な事件が起こりづらく、それ故にちょっとしたネタにもすぐに飛びつく生徒が多かった。当の本人は全く気づいていなかったのだが。

時間が経てば、彼女の緊張も少しづつ解れていていくだろうと思われていた。しかし、もう誰にも頼らないと誓った彼女にに触れ得るものは少なく、何も見えない彼女が受け入れる者はなかった。それでも彼女は、自分はやらなければならないとただひたすらに念じ続けているのだった。

 

 

 

 

 

ある日、その日の授業が終わった時の事である。教室に残っていたクローゼは慌てて教室に飛び込むウィオラ先生と鉢合わせする。どうやら先生が生徒宛のプリントを配り忘れたらしかった。困っている先生を見かねたクローゼはプリントの配布の代行を申し出、一人夕方の学園内を周っていた。

 

「残り三枚……まだ行っていないのは……クラブハウスですね。」

 

その頃の彼女は、特にクラスメイトから嫌われているとか、そういう物は無いようだった。かと言って、親しい友人がいるかと言えば、これまたそういうわけでもなかった。彼女は、とにかく目の前の事をしっかりこなそうとしていた。それ故に誰よりも一生懸命だったし、『良い子』だったのだ。

本校舎から一区画離れている、渡り廊下で結ばれた扉を開けると、学園の生徒達が部活動等に使っている『クラブハウス』という建物がある。社会科クラスの生徒を探してクローゼが中に入ると、十数人の生徒が立ち話をしたり、奥手の食堂で早くも食事を摂っていた。

 

「あ………いた。」

遠慮がちにキョロキョロと辺りを見回していると、お目当ての人影が彼女の目に入った。上級生二人と一緒に、クローゼと同級生の一年生二人グループ。

 

「ぜえ、ぜえ…………あのダメ人間め……一体どこに隠れてんのよ!」

一年生組の顔は火照って赤みを帯びていた。息も切らしているところを見ても、何らかの激しい運動をしていた事はすぐに悟った。その内のメガネの女子生徒はイラつきながら毒づき、隣の刈り上げの男子生徒もあからさまにため息をつく。

 

「これだけ探しても、見つからないなんてな……ルーシーせんぱ~い!俺もう限界っすよ~!」

 

「お~い、そこ!ダレるんじゃない!……ハンス、あんた実はサボってたんじゃないでしょうね!?」

 

「いや、マジで真剣に探したって。目撃情報は山ほどあるのに、どうして見つけられないんだ!?」

ハンスと呼ばれた同級生の男子生徒は言い返した。すると、ハンスにルーシーと呼ばれた長い金髪の女子生徒が華奢な顎のあたりに手をやり、少し考え込む。

 

「やっぱり、今日中に捕獲するのは難しそうね……レオ君、どうしましょう?」

 

レオと呼ばれた生真面目そうな上級生も、ため息をついて黙り込む。そして細縁の眼鏡をかけ直すと同時に一年生組をジロッと睨みつけた。

「………仕方がない。生徒会の仕事は俺とルーシーで進めておく。だが最終決印にはヤツが必要だ。お前たちは早急に探し出せ。」

 

「は、はいっ!」「了解しましたっ!」

 

「二人とも、また後でね。」

ニコッと一年生組に笑いかけるルーシー。足早に二階に上がっていったレオを追い、彼女も階段の上に消えた。

 

「はぁ~ルーシー先輩~。」

去っていく二人(特にルーシー)の後ろ姿を見ながら、ハンスはだらしなくニヤニヤした。メガネの女子生徒は彼の背中をバンと叩き、気合を入れさせる。

 

「ほら、捜索再開と行くわよ!」

 

「はあ、気が重いなあ……」

 

「(あのお二人………先輩達と何の話をしてたのかしら………。)」

 

上級生の話に割り込むわけにはいかないと思い、部屋の片隅で待っていたクローゼは、ため息を繰り返している彼らにすかさず声をかけた。

 

「あの……ジルさんと、ハンス君?」

実は彼らは同じ教室(それも席は前後で隣同士)で、顔見知りだった。眼鏡の女子生徒………ジルは、プリントの束を抱えたクローゼを不思議そうに見る。

 

「あ、クローゼ……どうしたの、そんなにプリントなんか持って。」

 

「えっと、これは…………少しウィオラ先生のお手伝いをさせていただいていて………。」

あはは、とクローゼの口が笑った。

 

「それで放課後に配って回ってるのか?うーん、俺なら断っちまうけどな。」

 

「あのー………えっと、クローゼ………?何だったら、あたしたちも手伝おうか?丁度さあ、これからあちこち回る用事があるし………。」

 

「いえ、これは私の仕事ですから。」

ジルの誘いをクローゼはきっぱりと断る。彼女は二人の分のプリントを手早く渡し、

 

「ジルさん、ハンス君、それでは失礼します。」

そう言って彼女も二階に上がっていった。

しばらく二人はそのまま立ち尽くして、ジルの方は、はあ、と詰まった物を吐き出すように息を吐いた。

 

「……………あー、あのさ、ハンス……彼女と同室になったのよね。寮の部屋。」

 

「ああ、なんだ。そうだったのか。………編入生クローゼ・リンツ。超が付く天才だって有名だよな。いいじゃないか。毎日勉強を教えてもらえるぞ。」

ニヤニヤ笑うハンス。しかしジルは浮かない顔で、

 

「うーん、でもさ~。なんていったらよいか……上品だし、すごく礼儀正しいんだけど………どこか余所余所しいのよね。」

 

「まあちょっと、肩肘張ってる感あるよな。……でも同室なら会話ぐらいあるだろ?」

 

「んや……………あたしとも挨拶ぐらいしかしないのよね。(もうちょっと普通にお喋りとかできたらいいんだけどなー………)」

実際さっきも、普段会話のないクローゼにどう話せばいいのかわからず、言葉の節々がしどろもどろしていた。元々お喋り好きな自分としては、同室のクローゼとは楽しんで会話がしたい。ジルはそう、思っていた。

 

 

 

 

 

学園の生徒が放課後に活動する拠点となる場所だけあって、部屋も広く、私は同級生の人を探すだけでも一苦労だった。そんなクラブハウスの中を探し回り、ようやくプリントの最後の一枚を渡す生徒を見つけた。フェンシング部の方で、ずっと更衣室に閉じこもっていたため見つからなかったのだった。私はそっと更衣室に入り、声をかける。

 

「す、すみません。あのー…………。確か社会科の方、ですよね……?」

 

「あ、編入生の………クローゼさんだっけ?何か用事?」

彼女は私の顔も見ずに答えた。

 

「はい、えっと………ウィオラ先生からプリントを預かっていまして………。」

私が最後のプリントを渡すと、彼女は、あー、と言って頷いた。

 

「社会科コースの年間単位表かあ。うう、授業がこんなにある。二年生にもなるとキツイなあ……………ん、でもこれって別に急ぐ話じゃないよね。」

 

「え………。そうなんですか?」

思いがけない言葉だった。ウィオラ先生から渡された時、先生、とても慌てていたから、余程大切な物なのだろうと漠然と思っていたけど…………。

 

「うん、ウィオラ先生って去年も渡し忘れてたよ。確かずいぶん後になってもらったんだ。先生、美人だけどちょっと抜けてるトコあるから………クローゼさんも気をつけなよ。ちょっと頑張り屋さん過ぎるから、いいように使われちゃうよ。」

 

「………………。」

 

「じゃ、私ミーティングに行かなきゃなんないから。じゃーね、クローゼさん。プリントありがとー。」

 

「あ、はい……………。」

私は、彼女が出ていくのを苦笑いしながら見送るしかなかった。

 

 

 

――――――――――ちょっと頑張り屋さん過ぎるから、いいように使われちゃうよ。

 

 

 

さっき聞いた言葉が、ずっと私の中で響いていた。私は、先生のみんなの役に立とうとしたのに。でもそれって何か、間違ってるの………?

 

「…………でも………私は、しっかりやらないと……!」

そうだ。これくらいの事で、負けていられない。私は、負けられない。人に言われたくらいで自分を見失っちゃダメだ。私は私で、やれる事をやるだけ…………。

 

 

 

 

 

クラブハウスから出ると、私は一つの事に気付いた。みんなにプリントを配る事に精一杯で全然気付かなかったけど………。

 

「………あ、あれ?ない。私のプリントがない…………。きょ、教室に忘れて来たのかな…………?」

外はもう夕方、園庭が少しづつオレンジ色に染まってきていた。あまり遅くなったら、教室に鍵が掛けられてしまうかもしれない。

 

「…………急いで取りに戻らないと!」

私は教室のある本館へと走っていった。

 

 

 

 

 

教室の鍵は、開いていた。自分の机の上に、一枚プリントが残っている。慌てて机に駆け寄り、プリントを手に取ると、年間単位表だった。

 

「ふう……………。」

よかった。もし無くしてたらどうしようかと思った。

 

…………バカだな。私。

 

「………こんなので、大丈夫なのかな…………。」

自分の分のプリントを教室に忘れてくるなんて…………いや、それよりも、こんな事でいちいち慌てている私自身が、本当に馬鹿らしく思えた。

 

 

 

 

 

窓から差し込む赤い日差しが室内をサッと照らし出した。もう時間も遅い。寮に戻ろう。

そうして社会科教室から出ると、話し声が聞こえてきた。声も小さいし、人の姿も見えないから、多分隣の教室からだろう。

 

「……でさー、さっき編入生のコが来たんだけどー………。」

 

「………………!」

直感的に、つい話に耳を傾けた。

 

「……ああ、あの天才とかいう………。」

 

「……それがさー………でねー………。」

細かいところは聞こえてはこなかった。でも、声の調子などで話の大体何を話しているのかは読み取れてしまった。その内容が、自分にとって少なからず好意的なものではないという事も。

 

「え、えっと……………は、早く帰って、授業の復習をしないと………!習得単位の確認もしないといけませんよね………!」

私はその場から逃げるように走り去った。それ以上聞きたくなかった。それ以上聞いたら、ブレてしまいそうな予感がして。

 

 

 

 

 

「はあ……………。」

本館から出ると、ため息が口から漏れた。なんと言えばいいのだろう………不愉快な感情が、胸の中でぐるぐると渦を巻いているような、そんな風に思えた。

 

「………………少し、疲れちゃったな………。」

そして、園庭に降りる階段に腰を下ろした。中途半端な時間だから、園庭を散歩する人もいない。静かだった。

 

「はあ……………。」

またため息が出た。

 

「(クローゼ~!どうしたんだよ?そんなとこで。)」

親しみのある声が、頭上から響いてきた。僅かな羽根音と共に、白いハヤブサが私の隣にふわりと着地し、私の顔をじっと見つめた。

 

「ジーク………。」

 

「(………ははあ、その顔は、なんか気に障ることがあったんだろ?いや~、クローゼはホント打たれ弱いな~。)」

 

「………ふふ、ジークには敵わないわね。」

話してどうにかなるものじゃないとは思うけど、ジークならいいかな…………。このモヤモヤがどうにかできれば。

 

「………私、何か間違ってるのかな…………。」

 

「(何が?)」

 

「私、ここに来る前に決めたの。もう誰にも頼らないって。自分の足で歩いていくって。少しでも、お祖母様の問いに答えられるくらい強くなれるようにって。もう、何かにただ流されるのは嫌だったから。でも……………。」

 

「(でも?)」

 

「何かが違うらしいの。多分私が気づいていない何かが。それがわかってないから、うまくいかないんだと思うんだけど…………正直言って、ここでどうやって生活していけばいいのか、わからないんだ………。」

思った事を素直に口にしてみたつもりだった。でもジークは、呆れたように首を振った。

 

「(……………はあ、クローゼは相変わらず頭堅いねえ。)」

 

「…………え?」

 

「(まあ、俺の立場からじゃあんまり言えないけどさ。人のこと言えないし。あ、そうだそうだ。クローゼ、俺一回里帰りがしたいんだけど。)」

 

「………里帰り?」

 

「(親父から何ヶ月かごとに報告しろって言われてるんだ。数日で帰ってくるから、一人になっても寂しがるなよな?)」

 

「もう、そんなことないって、子供じゃないんだから………。」

もう、いつの間にか、話をずらされてしまった。私がそれを伝えようとした途端、

 

「(…………っ!)」

その時、いきなりジークは慌てて近くの木の上まで飛び去った。

 

「ジ、ジーク?」

 

「よお、編入生クン。」

 

「……………!」

今度は突然背後で声がした。振り返ると、よれよれの学園の制服を着た男子生徒が一人、立っていた。多分上級生。そして、彼の顔にはどこかで見覚えがあった。

 

「………あ、あなたは、えっと……生徒会長の……」

 

「レクターだ。おお、今日は夕焼けがきれいだなア。」

 

「あ………は、はい………。」

そうだ。確か、学園の広報誌か何かに顔が載っていた。生徒会長のレクターさん。なんでこんなところにいるんだろうと私が思っている間に、彼は私の横にドカッと座った。ジークは彼の視界に入らないうちにこっそりとそこから飛び去ったようだった。

 

「どう、この学園の感想は。」

彼は前かがみになりながら突然尋ねてきた。随分親しげに話しかけてくるけど、前にあった事、あったっけ………?

 

「え……あ、はい。え、えっと………。」

そ、そんな急に振られても。ちょっと待って。落ち着いて、落ち着けばちゃんと話せるんだから。

 

「とても良い所ですよね。設備も充実していますし。学業に励むための素晴らしい環境だと思います。」

そう言うとレクター先輩は体を震わせる。そして………。

 

「……………くっく…………ハッハッハ!成程、そう来たか。」

弾けるように笑った。

 

「???……ええっと、あ、あの………!?」

私はなぜ彼が笑ったのかわからず余計に戸惑った。私、また何か変な事、言ったかな?そんなつもりなかったのに。

 

「いや………学園生活の方はどうかと思ってねエ。見たところ、あまり楽しんではいないようだが?」

!!………な、なんでわかったんだろう。というか、レクター先輩とはやっぱり初対面のはずなんだけど…………いつの間にか、親近感の様な物を感じていた。

 

「え、えっと…………その、まだ慣れていなくてうまくいかないことも、あ、ありますけど……でも、私、頑張りますから………!」

私はきっぱりと言った。素直に言ったつもりだった。それに対する彼の答えもまた、意外だった。

 

「……ふ~ん、君は…………そんな事をするためにここに来たの?」

さっきまでのおちゃらけた様子とは打って変わり、至ってその眼は鋭かった。

 

「!!……え…………?」

 

「フッ…………いや~、お前って真面目だなァ~。たまには手ェ抜いたりしないワケ?」

 

「あの、え、えっと……!?わ、私は……そ、その……。」

私が戸惑っているのに構わず、レクター先輩はその場に身体を投げ出してゴロンと寝転がった。こんな事をしているから、おそらく制服がヨレヨレになっているのだろう。

 

「オレってさー……一応生徒会長なんだよなァ~。どお?生徒会。ワリと楽よ?」

 

「勧誘……ですか?」

 

「オレたちと一緒に、青春の汗を流さないか?」

先輩はこれでもかというほど棒読みで言った。

 

「……………。」

反応のしようがなかった。

 

「あれ?外したか。」

 

「(こ、この人って……生徒会長ですから偉い人なんですよね。で、でも……えーっと、なんだろう……むしろ、その、まったく信用できない感じが………。)」

レクター先輩から目を外しながら、思った。それよりも、生徒会長さんが何故こんな所で寝転がっていられるのか、その時点で意味が判らない。

 

「あ……、そーいやミリアが授業に出ろってうるさかったなァ。今度はどうやって誤魔化すっかな~。ミリアがカンカンに怒りそうなやつ……。」

 

「(うん……なんだかやっぱり信用できない…………)」

思わず小さくつぶやいた。特に反応もなかったけど、聞こえてしまっただろうか。

 

「………あ、あの。私、もう寮へ戻らないと………。」

そう言って階段から立ちあがった時だった。

 

「このアングルで立つと……………見える!」

 

「!!!!」

私は声にならない叫び声をあげ、その場から飛び退いた。

 

「失礼します!!」

ありったけの憤りの意を込めて叫び、走ってそこから去ろうとした。けど。

 

「そっちは男子寮。」

…………確かに、私が走り出した方向は男子寮だった。

 

「…………………。」

もう、私ったら………何も言えずに踵を返し、今度こそ私は女子寮に走って行った。

 

 

 

 

 

あ~あ、ひでえな。いいようにからかわれちゃったよ、アイツ。クローゼの様子を、俺はこっそり離れたところから見ていたんだが………フフンアイツの女の子っぽい所、久しぶりに見れたな。

それにしてもあの男、随分と人を食ったような奴だな。クローゼがいなくなった後もヤツを眺めていると、ふと起き上がって、

 

「やれやれ、世話が焼けるやつだなァ。」

呆れたように呟いた。世話が焼ける?どういうことだ。クローゼと奴は初対面だったはずなのに………………

 

「フッ、まあせいぜい頑張りな~。」

そう言って奴はヒョイっと立ち上がって、校舎の中に消えていった。

うーん、何となく気になる。クローゼとの関係も気になるし、帰ったら少し観察してみるかな…………。

 

 

 

 

 

そうして、その一日は終わった。


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