春を導くは偉大な赤いアイツ   作:ヒヒーン

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日本総大将、一流を知る

 生まれ故郷を離れ、単身で大都会である東京へとやってきたスペシャルウィークにとって、東京は正に未知で溢れかえった場所であった。

 

 どうしてスペシャルウィークが東京へと来たのかというと、それはまず彼女の生い立ちから語る必要がある。

 

 彼女が生まれ育ったのは北海道のとある牧場。実の母親はスペシャルウィークが産まれたと同時に亡くなってしまっており、代わりに育ての親の"お母ちゃん"と一緒に彼女は暮らしていた。しかし田舎すぎてスペシャルウィーク以外にはウマ娘が誰も居らず、必然的にスペシャルウィークは普通の人間と同じように育てられてきた。

 

 ウマ娘でありながら人間の学校に通い、牧場の手伝いをしながら毎日のんびりとした生活を過ごしていたスペシャルウィークであったが、育ての母親であるお母ちゃんはその生活に危機感を抱いていた。

 

 どれだけ普通の人間と同等に育てようとも、スペシャルウィークはウマ娘だ。その身体能力は普通の人間と比べるまでもなく隔絶している。

 

 幼い時はまだいい。しかし、大人になった時もしもウマ娘としての力をセーブ出来ずにスペシャルウィークが意図せず誰かを傷付けてしまったら? 

 

 その懸念は年々大きくなっていき、スペシャルウィークが中学生になってからというもの体力測定などで普通の人間と比べたら明らかにおかしい記録を叩き出したという話を本人から聞き、お母ちゃんは確信した。

 

 ……この子いつか力を加減出来ずに思いっきりやらかしかねない、と。

 

 そう思ったお母ちゃんは、家からかなり遠いもののスペシャルウィークにウマ娘としての教育を施すために北海道のトレーニングセンター学園に入学させようと思っていたのだが、その話をした所スペシャルウィークは是非ともテレビや新聞で見た日本一のトレーニングセンター学園に入学したいと口にした。

 

 1度も碌に他のウマ娘と関わったことの無いド田舎のウマ娘が一流だらけの超名門校に入学する。それがどれだけ荒唐無稽な夢物語か考えるまでもないだろう。

 

 普通に考えれば絶対にありえない。だが、愛娘の願いを無下にするのも親として心苦しい。

 

 まぁ、折角だからやってみるか。そんな軽はずみな考えをしつつ、お母ちゃんはスペシャルウィークの願いを受けて通るはずも無いと思いつつも日本ウマ娘トレーニングセンター学園に編入希望届けを出してみた所……何故か通ってしまった。

 

 これには2人ともビックリ。スペシャルウィークは本当に憧れの学園へ入学できることに驚きつつも喜び、日本一のトレーニングセンター学園にうちの子が入学出来るなんて微塵も思ってなかったお母ちゃんは腰を抜かしつつも自分の娘の将来が明るくなったことに歓喜の涙を流した。

 

 結局最後には2人して狂喜乱舞して1時間近く踊りまくっていた。血は繋がっていなくても同じ行動をする2人の間には間違いなく親子としての絆があった。

 

 こうしてスペシャルウィークは日本ウマ娘トレーニングセンター学園へ訪れるべく東京へとやって来た訳なのだが、田舎に住んでいた彼女にとって東京の人口密度や建物の大きさは正に想像以上だった。

 

 しかし、それらよりもスペシャルウィークにとって想像以上だったのは、実際にその目で初めてレース場で見たウマ娘のレースだ。

 

 ウマ娘のレースはテレビで何度も見たことはある。だが、レース場で1度も生のレースを見たことの無かったスペシャルウィークにとって、生のレースの光景はまるで別世界でも見てるかのように感じられた。

 

 ターフの上を一生懸命に走るウマ娘達。鼓膜が破れるかと錯覚してしまう程の観客達の声援。テレビで知っていたはずのそれらは、実際に生で体験した物とは全然違っていた。

 

 レース場には″熱″と″輝き″があった。テレビの前で自分だけが興奮していた時とはまるで違う。水分の1滴をも費やして全力でゴールを目指すウマ娘達の走りには″輝き″が込められており、その走りを一喜一憂しながら見る大勢の人々の感情が″熱″を生み出し、その″熱″は一人また一人と伝わっていき誰もを熱狂させる。

 

 画面越しではない。これぞ本物のレースを目の当たりにしたことで、スペシャルウィークの中にも″熱″が宿る。

 

 自分もレースに出たい。レースに出て、自分の走りで人を励まし、勇気付け、夢を与えられるようなウマ娘になりたい。そして何より、自分もレースで勝ったサイレンススズカのようにキラキラと輝きたい。

 

 ただの観客としてではない、レースで走る1人のウマ娘としての本能に火が着いたスペシャルウィークだったが、彼女はこの時肝心なことを忘れていた。

 

 ……レースに熱中しすぎて、トレセン学園から言い渡されていた門限を完全に忘れてしまっていたのだ。

 

 その結果、どうなったかというと。

 

「ごめんくださーい!! スペシャルウィークですー!! 怪しいウマ娘じゃないですー!! 開けてくださーい!!」

 

 まぁ、当然ながら寮から閉め出された。

 

「すみませーん!! 誰か居ませんかー!?」

 

 辺りがすっかり暗くなった中で、鍵のかかっている寮の扉をガンガンとノックしつつ大声で叫ぶも、寮の中から一向に誰も出てくる気配が無い。

 

「うぅ……どうしよう……」

 

 予め門限を伝えられていたというのに、転入初日でそれを破ってしまうなんて不真面目にも程がある。ましてやその理由がレースで夢中になっていたからというあまりにも自業自得すぎることにスペシャルウィークは耳をペタッと伏せて泣きそうになる。

 

 頼れる人物が誰も居ないという状況。上京したての寂しさも相まってスペシャルウィークの中でお母ちゃんと会いたいという欲求が湧き上がってくるが、どうしようもならないという現実に絶望感さえ感じ始めた……そんな時だった。

 

 コツコツ、と。寮の方へと近付いてくる複数の足音と誰かの話し声が微かに聞こえ、スペシャルウィークは伏せていた耳をピンと立たせた。

 

 渡りに船とは正にこのこと。誰かは知らないが事情を説明して助けてもらおうと考えたスペシャルウィークは聞こえてきた話し声の方へと駆け出す。

 

 最初は暗くてよく見えなかったものの、段々と声が近付くにつれてスペシャルウィークの視界に校門の方から歩いてくる5人のウマ娘の姿が見えた。

 

「すみませーん!!」

 

 トレセン学園の制服を着た5人のウマ娘達。間違いなくこの学園の関係者だと確信したスペシャルウィークはパッと明るい笑みを浮かべて大きく手を振りながら5人へと駆け寄った。

 

「あの、私今日からこの学園に転入してきたスペシャルウィークっていうんですけど、実は学園に来る途中にあったレース場でレースを見ていたせいですっかり門限のことを忘れてしまってて、急いでここまで走ってきたんですけど寮の扉に鍵がかかっていて、ノックしたり大声で呼び掛けたりしても誰も反応してくれなくてそれで私どうすればいいのか分からなくなっちゃってそれからえっと」

 

「OK、少し落ち着け。そんなオウムみたいにペラペラと喋られても早口過ぎて何言ってるのかさっぱり分からん」

 

 自分は怪しい者じゃないという説明と、どうしてトレセン学園に居るのかという説明に、初めて自分以外のウマ娘と話すという緊張感から頭の中がパニックになったスペシャルウィークは頭に浮かんだ言葉を深く考えずに次々と早口で語ってしまった。

 

「すみませんすみません!?」

 

「そんな謝らなくてもいい。とりあえず、名前のとこからゆっくりもう一度話してくれ」

 

「は、はい!」

 

 背の高い赤い栗毛のウマ娘に促され、スペシャルウィークは今度はゆっくりと先程と同じ内容を語った。

 

「あぁ、今日やって来るはずの転入生っていうのは君のことか。時間になっても全然来ないからとても心配していたけど……まさか道草を食っていたとはねぇ」

 

「す、すみません……」

 

 スペシャルウィークの話を聞き、どうして彼女がこの場に居るのか得心がいった黒髪のウマ娘が頭を痛そうに抱え、その様子を見てスペシャルウィークは思わず頭を下げた。

 

「転入初日から遅刻するたァいい度胸してんじゃねぇか。私ならそんな真似は二度と出来ねぇようにしてやるぜ?」

 

「ひぃ!?」

 

「うるさい、これは栗東寮の問題だ。君には関係ないだろう。あと転入生が怖がるからそれやめろ」

 

 拳をパキポキと鳴らしながら獰猛な笑みを浮かべる褐色肌のウマ娘に危険を感じたスペシャルウィークは小さな悲鳴を上げながら距離を取り、黒髪のウマ娘は疲れた様子でため息を吐いた。

 

「まぁ、言いたいことは色々とあるが……もう遅い時間だし、とりあえず寮へ戻ろうか」

 

「だな。じゃあ私達はこっちだから、お前らも気を付けて戻れよ〜」

 

 褐色肌のウマ娘はそう言い残すと芦毛のウマ娘を引き連れてこの場を去って行った。

 

 後に残されたのはスペシャルウィークと黒髪のウマ娘と赤い栗毛のウマ娘とカチューシャを着けた背の低いウマ娘の計4人。

 

「さて、それじゃあ私達も戻ろうか。寮の鍵は私が持っているからちゃんと入れるよ」

 

「あ、ありがとうございます! えっと……」

 

「ん? あぁ、自己紹介がまだだったね。私の名前はフジキセキ。このトレセン学園にある栗東寮の寮長を務めているよ。今回は初回だから見逃すけど、寮のルールを破ったり、門限を破ったりする悪いポニーちゃんには容赦なく罰を与えるからちゃんと覚えておくんだよ? いいね?」

 

「はい! 気を付けます!」

 

 ニッコリと微笑みつつ、目だけは完全に笑っていないフジキセキの表情を見て、スペシャルウィークは返事をしつつ背筋をビシッと正した。

 

 逆らえば何をされるか分からない。今のフジキセキからはやると言ったからにはやる『スゴ味』のようなものをスペシャルウィークはビシビシと感じ取れた。

 

「うん、素直でよろしい。じゃあ、これから一緒に暮らす仲間として折角だからフラワーちゃん達も挨拶だけしておこうか」

 

「分かりました」

 

 フジキセキの言葉を聞き、カチューシャを着けたウマ娘がスペシャルウィークの方へと一歩近寄った。

 

「初めまして、ニシノフラワーです。今年入学したばかりの新入生ですので、どうか仲良くしてください。よろしくお願いします」

 

「えっ、あ、はい! こちらこそよろしくお願いします!」

 

 自己紹介をすると共に軽くニシノフラワーと握手をするスペシャルウィークだったが、彼女は内心でとても驚いていた。

 

 ニシノフラワーの見た目はどう見ても幼い。ぶっちゃけて言ってしまえば子供としか思えないのに、自分と同じ学年であるということが俄には信じがたかったのだ。

 

 スペシャルウィークのそんな考えが彼女の表情に出てしまい、それを目敏く感じ取りスペシャルウィークの考えていることを察したニシノフラワーは苦笑した。

 

「ふふ、本当に同じ学年なの? って顔に出てますよ?」

 

「えっ!? 嘘っ!?」

 

 考えていたことを当てられ、ペタペタと自分の顔を触るスペシャルウィークにニシノフラワーはクスクスと笑う。

 

「確かに学年は同じですけど、飛び級してこの学園に入学したので年齢的に言えば私はスペシャルウィークさんや他の皆さんよりもかなり年下ですよ」

 

「へ〜、そうなんですね〜……って、飛び級!?」

 

 ニシノフラワーの容姿が年齢通りであることに納得したものの、ふとそのまま流しかけたとんでもない単語にスペシャルウィークは再び驚く。

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園は日本一のウマ娘育成学校だ。一流のウマ娘ばかりが在籍しているのは周知の事実だ。

 

 そんな中で飛び級して入学するなんて、余程の天才でもない限り不可能に近いということはいくら田舎者と言えどスペシャルウィークにも分かる。

 

 それをやってのけたというニシノフラワーの異常性。それがどれほどのものか、スペシャルウィークには想像もつかなかった。

 

「ニシノフラワーさんとても凄い人なんですね!」

 

「いえいえ、そんなことないですよ! 皆さんと比べたら私なんかまだまだですし……えへへ」

 

 スペシャルウィークが素直に賞賛すると、照れたニシノフラワーは顔を少しだけ赤くしながら嬉しいそうにはにかみつつ、挨拶を終えたことで元の位置へと下がった。

 

「さて、それじゃあ次は───」

 

「俺の番だな」

 

 フジキセキの言葉を遮り、赤い栗毛のウマ娘が前へ出る。

 

 遠目から見てもかなり大きく見えたのに、改めて間近から見ることでスペシャルウィークの目には更に大きく映った。

 

 ざっくりと見ただけでも180センチはあるだろう。それ以外にも日本人ののっぺりとした顔立ちとは違い、外国人特有の肌の白さに美しく整った顔立ち、黒髪や茶髪がほとんどの日本では中々見れない赤みがかった栗毛といい、何かと特徴に困らないそのウマ娘は、スペシャルウィークの前に立ってジッと無言のまま視線を向けている。

 

「…………」

 

「…………」

 

 無言。ただひたすらに無言。スペシャルウィークの前に立っただけで赤い栗毛のウマ娘は何も言わず、何とも居心地の悪い時間だけが過ぎていく。

 

 スペシャルウィークとしては自己紹介されるのを今か今かと待っており、フジキセキとニシノフラワーも概ね思っていることはスペシャルウィークと一緒だ。

 

 一向に自己紹介しようとしない赤い栗毛のウマ娘。微動だにせず仁王立ちする姿に疑問を抱いたフジキセキが声をかけようとした瞬間、赤い栗毛のウマ娘は決死の戦いを前に覚悟を決めたような表情をしつつようやく口を開いた。

 

「俺の名前はセクレタリアト……すまん、とりあえず握手してもらってもいいか?」

 

「……へっ?」

 

 自己紹介をされたと思えばいきなり握手を求められ、スペシャルウィークは思わず呆けた声を出してしまった。

 

「…………」

 

「えっ、と……?」

 

 今度は右手を差し出した状態のまま無言で動かなくなったセクレタリアトに、スペシャルウィークは困惑しながらも恐る恐るセクレタリアトの手を握り……目を見開いた。

 

(え、なにこれすっごく硬い!?)

 

 先程握手したニシノフラワーは少女らしい手つきでとても柔らかかったのに対し、セクレタリアトの手つきはとても硬く、柔らかさなんて皆無であった。

 

 握った感触から伝わるセクレタリアトの手。それはとても人間とは思えない程に硬く、まるで硬い石でも握っているかのような感覚をスペシャルウィークは覚えた。

 

 いったいどれほど鍛え上げればここまで硬くなるのか。子供の時からお母ちゃんと一緒に農作業や牧場の手伝いをしてきたことで筋肉には少しばかり自信のあったスペシャルウィークだが、握手だけでセクレタリアトの筋肉は明らかに自分を超えているのをすぐに自覚した。

 

(凄い……これが一流のウマ娘なんだ……!!)

 

 トレセン学園を飛び級で入学してきたニシノフラワーといい、鍛え上げた筋肉を持つセクレタリアトといい、さすがは一流のウマ娘が数多く在籍している日本一の学園。並大抵の学園とは訳が違う。

 

 入学する前からそんなことは分かりきっていたこととはいえ、改めて一流のウマ娘という壁の高さを認識したスペシャルウィークは興奮を隠すことが出来なかった。

 

 故郷を離れる時に約束した『日本一のウマ娘になる』というお母ちゃんとの誓いを果たすために、スペシャルウィークは闘志を燃やす。

 

 ……なおこの時。

 

(おぉ、この子がスペシャルウィーク! やっべ、興奮しすぎて汗が出てきそう。思わず何も考えずに握手要求しちゃったけど大丈夫かな? というか、あの日本総大将がこんな可愛い子になってるとかマジか! キングとウララの話からセイウンスカイだけじゃなくてグラスワンダーやエルコンドルパサーも居ることは知ってたけど、遂にスペシャルウィークも来たからとうとう黄金世代が揃ったなこれで! いかん、胸アツすぎてマジでヤバい。あの黄金世代のレースをもう一度見れるとか興奮止まんねぇわマジで)

 

 このウマ娘、ファン魂を爆発させて突発的に行動したものの、後先のことは何一つとして考えていなかった。

 

 ……ちなみに。

 

「あの2人、さっきから握手したまま睨み合ってるけど……どうしたんだ?」

 

「さぁ……?」

 

 握手したまま固まってお互いに見つめ合ってるスペシャルウィークとセクレタリアトの様子をフジキセキとニシノフラワーは不思議そうに眺めていた。

 




今週のシンデレラグレイも良かったですね……アニメのオグリも好きだけど怪物オグリもほんとすこ。

それはさておき、今回少しだけ短くなってしまい申し訳ございません。サラサラっと書ける時は普通に書けるのに、言葉が思い付かないと全然書けないもんですね……(遠い目

最近だと全然書けない→ウマ娘をやる→ライブでテンション上げる→執筆するを無限ループしまくってる気がします(震え声

なるべく週一更新を心掛けてマイペースにこれからも頑張っていきますので、どうか応援よろしくお願いします!

……それはそうと、オグリセンターの本能スピードいいよね。怒涛の4段カメラズームと音ハメが気持ちよすぎて最高(小並感

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