春を導くは偉大な赤いアイツ   作:ヒヒーン

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偉大な赤いアイツ、バレる

 トレセン学園は毎日が騒がしい。

 

 在籍する生徒はもちろんのこと、学園に勤めている教員やトレーナー達を含めるとその総数は数千人にも及ぶ程の超マンモス校であるが故に、それだけの人が居れば千差万別な話題が飛び交い、騒がしくなってしまうのは当然のことなのだが、しかしその日のトレセン学園ではとある話題で持ち切りになっていた。

 

「ねぇあの噂聞いた? 今日転入生がやってくるんだって!」

 

「あ、それ聞いたわ! この時期に転入してくるとか地方で活躍してた子なのかなぁ?」

 

「いや、もしかしたら海外とかで活躍してた有名ウマ娘かもよ!?」

 

 朝っぱらから生徒達が頻りに話題にしているのはとある噂話。入学式もとっくに過ぎた時期になって、今更このトレセン学園に転入してくる謎のウマ娘について廊下や教室と場所を問わずに話が繰り広げられていた。

 

「キングちゃんキングちゃん! 転入生だって! どんな子なのかなー?」

 

「私も噂しか知らないから何とも言えないけれど、一流のウマ娘であるキングの敵ではないことだけは確かね! おーほっほっほ!!」

 

「わー! キングちゃんすごいなー!!」

 

 セクレタリアトとの休養日を終え、体力と疲労がある程度回復したことで久しぶりにスッキリとした体調で登校したキングヘイローとハルウララは生徒達が噂する話を耳にしながら教室にて雑談していた。

 

「それにしても、スカイさんは今日どうしたのかしら? いつものこれぐらいの時間なら既に自分の机で寝てることが多いのに……」

 

「もしかしたらまだ起きてないのかも! ウララも楽しい夢を見てたりすると起きれなくなっちゃうもん!」

 

 時計をチラリと見てみれば、時刻はHRの始まる10分前だ。

 

 如何に自由奔放な性格をしているとは言え、根は結構真面目であるセイウンスカイは常ならばとっくに登校している筈なのだが、今日に限ってはまだ来ていない。

 

 まさか寝坊しているのではないか。2人がそう思い心配し始めた頃、教室のドアがガラガラと開いた。

 

 音に釣られてそちらの方を見てみれば、そこには瞼を擦りながらいかにも眠そうな雰囲気をしているセイウンスカイの姿があった。

 

「ふぁ〜……2人ともおはよー」

 

「あ、セイちゃんおはよー!」

 

「おはようスカイさん。とても眠そうだけれど、昨日はよく寝れなかったの?」

 

「あぁ、うん……ちょっと考え事してたらね〜」

 

 あはは、と軽く笑いながらセイウンスカイは教室の中へ入ってくると、自分の机に荷物を置く時に一瞬だけハルウララの方へと視線を向け、直ぐに気まずそうに目を逸らした。

 

 トレセン学園へ戻る夜道にてセクレタリアトから語られたハルウララを取り巻く悪意の数々。当の本人がそれに気付いてないことで心を痛めてたりしないことが幸いとはいえ、逆を言えばハルウララは常に無防備で居ることになることにセイウンスカイは危機感を抱き思い悩んでいた。

 

 友達として何とかしたいとは思う。しかし、ハルウララの現状をどうにか出来るほどの力も知恵もセイウンスカイには無く、また人々の悪意に立ち向かう勇気も持ち合わせていなかった。

 

 ハルウララを擁護することで次は自分が目の敵にされるかもしれないし、そのせいで自分以外の大切な誰かにも迷惑が及んでしまうかもしれない。

 

 そう考えてしまうだけで恐怖で身がすくんでしまう。友達を助けたいのに、踏み出そうとする足が言うことを聞いてくれない。

 

 誰だって人に嫌われるのは怖いし、悲しいし、何より寂しいのだ。

 

 だからこれも仕方の無いことではある……と、割り切ることが出来ればどれほど楽か。

 

 か弱い少女1人の力ではどうにもすることが出来ず、ただただ見ていることしか出来ない己の無力さに嫌気が差す。

 

 自己嫌悪と自己擁護の狭間に包まれながら、帰ってから寝るまでずっとそのことを考えていたせいで、セイウンスカイはロクに眠ることも出来ずに朝を迎えてしまったのだ。

 

「ごめん……」

 

 聞こえないように小さくそう呟き、セイウンスカイは2人の視線から逃れるようにして自分の机に荷物を置くと腕を枕にして顔を突っ伏した。

 

「セイちゃん……?」

 

「ちょっと、本当に体調悪いなら保健室行った方がいいわよ?」

 

 常のセイウンスカイとはかけ離れた様子に2人が心配して声をかけたと同時、ガラガラ! と先程よりも大きな音を立てて教室のドアが開く。

 

 あまりにも大きな音を立てたことに驚いたキングヘイローとハルウララを含めたクラスメイト達が入口の方を見てみれば、そこには見た覚えのないウマ娘が1人立っていた。

 

 白い前髪と同色の三つ編みのハーフアップが特徴的なそのウマ娘はまるでレース直前のような鋭い視線をクラスメイト達へと向けながら、ゆっくりと息を吸い込み───

 

「皆さんこんにちは初めまして私スペシャルウィークって言います北海道から来て今日からこのクラスに転入することになったんですけどわひぁ!?」

 

 一息かつかなりの早口で自己紹介をしつつ教室の中へと入ってきたそのウマ娘は教壇に躓いて見事に転倒してしまった。

 

 ……教室の空気が死んだように静まり返る。誰もがこの事態に困惑し、言葉を無くしてしまっていた。

 

 え、なにこれ? とその光景を目撃していた全員が顔を見合わせるしかなかった。

 

「大丈夫!? 怪我してない!?」

 

 そんな空気を引き裂いて、ハルウララが倒れたウマ娘へと駆け寄ると、それにつられて他のクラスメイト達も心配して駆け寄って来た。

 

「あらあら、派手に転びましたね〜」

 

「コメディアンもビックリな登場デース!」

 

「まさか、アナタが噂の転入生? 思いっきり顔から倒れたけど大丈夫かしら?」

 

「あっはい! 大丈夫です! ありがとうございます!」

 

 ハルウララの手を借りて立ち上がったスペシャルウィークは特に何の怪我もしてないらしく、快活な笑みを浮かべて元気さをアピールした。

 

「いきなり転んじゃったからビックリしちゃったよ〜! あ、私ハルウララって言うの! これからよろしくねスペちゃん!」

 

「よ、よろしくお願いしますってスペちゃん!?」

 

「こら、ウララさん。いきなり人を渾名で呼ぶだなんて失礼じゃないの。ちゃんとそういうのは許可を取ってからにしなさい」

 

 急に渾名を付けられたことに驚くスペシャルウィーク。その様子を見てキョトンと首を傾げて不思議そうにするハルウララの姿にため息を吐きながらキングヘイローは話に入り込んだ。

 

「初めまして、スペシャルウィークさん。私の名前はキングヘイロー。ウララさんが急に失礼したわね。この子ってば誰に対してもこんな感じだから、悪く思わないでちょうだい」

 

「あ、いえ! ちょっと驚いちゃいましたけど、むしろ渾名で呼んでもらえて嬉しいです!」

 

「そういうことなら私もスペちゃんって呼んじゃいマース!」

 

「では、私もよければ〜」

 

 キングヘイローの次にスペシャルウィークへ話しかけたのはプロレスラーが着けているような覆面を被ったウマ娘とおっとりとした雰囲気を持つ大和撫子のようなウマ娘だ。

 

「はじめまして! アタシはエルコンドルパサー! アメリカ生まれの帰国子女デース!」

 

「初めまして、グラスワンダーと申します。以後お見知りおきを〜」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 スペシャルウィークがキングヘイロー、エルコンドルパサー、グラスワンダーと握手を交わし、自己紹介を終えると同時にHRの時間を知らせる予鈴が鳴り響いた。

 

「あっ! 私クラスに戻るから後で話そうねー!!」

 

「同じクラスじゃないんですか!?」

 

 慌てて教室から出て行くハルウララに驚くあまり声を上げてしまったスペシャルウィークを見て、クラスメイト達が面白げにクスクスと笑う。

 

 いつもよりも騒がしい一日がこうして幕を開けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「え、じゃあセイちゃんはスペちゃんのこと昨日から知ってたの!?」

 

「そうだよ〜」

 

 時刻は進み昼休憩の時間。お昼時ということもあって転入してきたスペシャルウィークと親交を深めるべくキングヘイロー達は食堂でご飯を食べながら談笑していた。

 

「まぁ、昨日の夜に偶然顔を合わせただけでロクに話してもないから初対面とほぼ変わらないけどね〜」

 

「そうだったのね……それにしても、まさか近くでやってたレースに夢中になって道草してた挙句、遅刻して寮から締め出されてるだなんて……」

 

「うっ、す、すみません……初めての都会や生で見るレースについウキウキしちゃったんです……」

 

 田舎に住んでる娘が都会に来て羽目を外すというのはよくある話とはいえ、さすがにそれで遅刻していては自業自得でしかない。

 

 そのことをしっかりと自覚しているスペシャルウィークはキングヘイローからの呆れるような視線を受け、反省して肩をすぼめるしかなかった。

 

「スペちゃんってばおっちょこちょいなんだね〜!」

 

「ウララさんは人の事を言えないでしょう! ほら、頬にご飯粒付いてるからじっとしてなさい!」

 

「わわっ、キングちゃんありがとうー!」

 

「ふふっ、2人とも仲良しさんなんですね♪」

 

 子供のように純粋無垢なハルウララとその世話を焼くキングヘイローの姿を見て、スペシャルウィークは子供の頃の自分もあんな風にお母ちゃんに世話をしてもらってたことを思い出し、優しく微笑んだ。

 

「……アレ?」

 

 微笑ましい光景を見つつ、エルコンドルパサーはスペシャルウィークの話を聞いていてふと疑問を感じ、セイウンスカイの方へと顔を向ける。

 

「どうしてセイちゃんはスペちゃんと会ってるんデース? スペちゃんがここに来たのは門限を過ぎてからデショー?」

 

「あら、言われてみれば確かに……セイちゃんも昨日の夜は外出してたんですか?」

 

 エルコンドルパサーのその指摘を受け、セイウンスカイはピシリと動きを止めた。

 

(やばっ! やらかした!)

 

 なぜ昨日の夜に外出していたか。それを素直に語るということは即ちハルウララ達とセクレタリアトの関係を公表するに等しい行為である。

 

 セクレタリアト当人からもなるべく自分達の関係はまだ秘密にしといてほしいと頼まれていたにも関わらずこの醜態にセイウンスカイは内心で冷や汗を滝のように流す。

 

 ハルウララ達とセクレタリアトが師弟関係を持っていることを知っているのは極小数の人数だけであり、当然ながらエルコンドルパサーとグラスワンダーはそれを知らない。

 

 ハルウララの友達でもあるこの2人ならば教えても特に問題は無いかもしれないが、キングヘイローとハルウララの師匠であるセクレタリアトに何も伝えずにそれを勝手に決める訳にはいかないだろう。

 

「あ〜……ちょっと野暮用があってね〜」

 

「野暮用……そんな夜中にですか?」

 

 セイウンスカイは何とかして煙に巻いて逃げようとするが、グラスワンダーは更に追求してきた。

 

「ムッ、なんだか怪しいデース! さては私たちに何か隠してますネ〜?」

 

「いやぁ〜、そんなこと全然ないよぉ〜」

 

 そこにエルコンドルパサーも加わり、2人からの追求にセイウンスカイは表情ではなんともない様子を繕うが、内心では悲鳴を上げていた。

 

 何とかして誤魔化さなければ。頭を必死に回転させて、どうにかして現状を切り抜けようと考えていたその時、セイウンスカイの隣に座っていたスペシャルウィークが急にガタッと席を立った。

 

「あっ! すみません! ちょっと私行ってきますね!」

 

「スペちゃん!?」

 

 食べかけのご飯はそのままテーブルの上に置き去り、どこかへと駆けていくスペシャルウィークの姿を目で追っていると、彼女の行く先には1人のウマ娘の姿があって───

 

「セクレタリアトさん! 昨日の夜はお世話になりました!!」

 

 昼食を取っていたセクレタリアトに向かって、頭を下げつつ大きな声でスペシャルウィークがそう告げると、食堂に静寂が訪れた。

 

 あれだけワイワイガヤガヤと生徒達の話し声で騒がしかった食堂が一瞬で静まり返り、全員がスペシャルウィークとセクレタリアトの方へと視線を向けていた。

 

「……あれ? 皆さんどうしたんですか?」

 

「………………はぁぁぁぁぁ」

 

 急に静かになったことと周りに居た人達がこちらに注目を向けていることに疑問を感じたスペシャルウィークは不思議そうに周りをキョロキョロと見回り、セクレタリアトは憂鬱と言わんばかりに深くため息を吐いた。

 

「あのなぁスペ。せめてお礼を言うにしても時と場所を考えようぜ……」

 

「あ……お食事中にすみません! 早くお礼を言おうと思ってて……」

 

「いや、それもそうなんだがな……まぁ、うん、どういたしまして。お礼は気持ちだけ受け取っておくから早く飯食ってきな」

 

「はい! ありがとうございました! 失礼します!」

 

 頭を抱えるセクレタリアトにもう1度だけ頭を下げた後、スペシャルウィークはキングヘイロー達の居る元の席へと戻ってきた。

 

「突然席を立っちゃってすみません。実は昨日の夜に寮で寝る場所が無くて困ってた所をセクレタリアトさんが快く自分の部屋のベッドを貸してくれまして、そのお礼をまだ言えてなかったのでついつい言いに行っちゃいました」

 

「おー! スペちゃんってば師匠とも知り合いなんだねー!」

 

「師匠……って、ウララさんセクレタリアトさんのお弟子さんなんですか!?」

 

「うん! そうだよー!」

 

「ちょ、ウララさん!?」

 

 静まり返った食堂にて響き渡るハルウララの爆弾発言に、キングヘイローは慌てて立ち上がり周囲の人々はざわざわと静かに騒ぎ始める。

 

「それは言っちゃいけないって約束でしょ!?」

 

「ん? あっ! そうだったー!? どうしよー!?」

 

「あぁもうこの子ってば本当に……!!」

 

「あはは……」

 

 アワアワと慌てるハルウララに、頭を抱えるキングヘイロー、そして先程まで頑張って思考を巡らせていたことが全て無駄になり乾いた笑いをするセイウンスカイ。

 

 先程までの和やかな食事風景が一変し、混沌と化した現状にオロオロとするスペシャルウィークを他所に、エルコンドルパサーとグラスワンダーは互いに顔を見合わせ、同時に力強く頷くと2人でキングヘイローの肩にポンと手を置いた。

 

「ヘイ、キングゥ……」

 

「説明……していただけますか?」

 

「……セクさんも呼んでくるからちょっと待ちなさい」

 

 全てを諦めたキングヘイローの顔には、綺麗な笑みだけが浮かんでいた。




皆様活動報告への沢山のコメントありがとうございます!

皆様の意見一つ一つを参考にさせて頂き、やはり自分が楽しみながら書くことが1番大事だということに改めて気付くことが出来ました。

これからも頑張って執筆を続けていきますので、応援よろしくお願い致します!

……まぁ、それはそれとして。

Q.嘘予告だけ消そうとしたら間違えて前話の方を消してしまった時の気持ちを答えよ

A. ふざけるな!!ふざけるなっ!!馬鹿野郎!!!うわぁーーーーー!!!!(全泣き

という訳で、本当だったらスズカと絡ませるつもりだったけれど消えてしまったのでプロット変更するしかなくなったぜ……ははは(白目

追記:バックアップってところに残っていることを教えて頂き、確認したところちゃんと残ってました!

ただ、この話を消して再投稿したら皆様にも話がややこしくなると思うので、プロットを変更したままで進めていきます!

ご教授いただき誠にありがとうございましたm(_ _)m

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