セイウンスカイは子供の頃からずっと自由奔放に生きてきた。
青空に浮かぶ白い雲のように何事にも縛られない自由な生き方を信条としている彼女は昔からやりたいことは全力で事に当たり、やりたくないことは必要最低限だけかもしくはやらないようにしてきた。
しっぽの向くまま、気の向くまま。自分がしたいことを我慢せずに行うマイペースなセイウンスカイはその性格もあってほとんど1人で居ることが多かった。
友達が居ないという訳では無い。少ない数ではあるが確かに友達は居るものの、なるべく自分のしたいことだけをしたいセイウンスカイにとって多少なりとも他人に合わせなければならない友達付き合いというのは少しばかり苦手な部類に入った。
遊びの約束だったりとか、一緒にご飯を食べる約束だったりとか、そういった約束という名の縛りで自分の行動を決められてしまうのがどうにも嫌だと感じてしまい、いつも適当に誤魔化して断ってしまう。
そういうこともあってセイウンスカイと一緒に居てくれる人物はまず居らず、セイウンスカイ本人もそれでいいと思っているのだが……どうにも世の中には奇特な人物というのが何人か居るようで。
「あっ! セイちゃんまた寝てるー!」
「スカイさん! さては貴女また授業をサボったわね!?」
ハルウララとキングヘイロー。トレセン学園に入学してからというもの、この二人は特に常日頃からセイウンスカイと一緒に居ることが多かった。
セイウンスカイが何かしている所をハルウララが見つけ、それに釣られたキングヘイローがやって来て説教を始める。このパターンがほとんどだ。
授業をサボって木陰の下でのんびりと寝ている時も、練習をサボって川辺で釣りをしている時も、食堂で独りで静かにご飯を食べている時も、二人は揃ってどこからともなくやって来た。
そんな二人に釣られ、さらに他のウマ娘達もやって来て、気付けばいつもセイウンスカイの周りには多くの人達が居た。
皆が皆知り合いという訳では無いが、少なくとも気心の知れた仲間であることには違いなく、友達のように気楽に話せつつ約束事などが一切ないこの関係がセイウンスカイにとって何よりも心地よかった。
出来ることならこの毎日が続けばいいのに、と心の底で願うぐらいには大切な日常。しかし、チームリギルの選抜模擬レースが行われた日からちょうど1週間が経った頃から、セイウンスカイは毎日の日常の中でふと違和感を覚えるようになった。
最初に違和感を覚えたのはいつものように授業をほとんど居眠りして過ごしてしまった後の休憩時間中のことだった。
「ふぁ〜……あれ?」
大きな欠伸をしながら机から身体を起こす。いつもならこのタイミングでクラスメイトであるキングヘイローが寝てばかりで授業をまともに受けていないセイウンスカイを叱りに来るのだが、どういう訳か全然やって来ない。
不思議に思いキングヘイローの席へ視線を向けてみれば、キングヘイローは席に座ったままこっくりこっくりと船を漕いでいる。
キッチリとした性格で優等生の見本と言っても過言ではないぐらいに真面目なキングヘイローにしては珍しい姿にセイウンスカイは目を引かれたが、きっとトレーニングとかで疲れているんだろうと思い、今日は叱られなくてラッキーと内心でしめしめと思いながら寝直した。
……なお、この後に休憩時間だけでなく次の授業になっても寝過ぎたことで教師から叱られることになってしまった。
次に違和感を覚えたのはまた別の日の休憩時間だ。
「あれ? ねぇキング、今日ってウララ休みー?」
「いえ、普通に登校してるはずよ? 今日の朝も私がちゃんと起こしたもの」
違うクラスだというのにわざわざいつも遊びに来るハルウララが一向に教室へ遊びに来ない。
不思議に思ったセイウンスカイがハルウララと同室のキングヘイローにそう聞いてみれば、サラッと毎朝ハルウララを起こしていることを告げられたもののキングヘイローの面倒見の良さは既に身をもって体感してるのでそこは別にどうでもよかった。
この前の時のように風邪を引いた訳でも無い。なのに毎日のように遊びに来ていたハルウララがやって来ないことに疑問を感じたセイウンスカイは昼休みの時間に食堂で昼食を取るついでにハルウララに直接聞いてみることにした。
「ウララ〜。今日こっちの教室に来なかったけど何かあったの?」
「別に何もないよ〜! ただ、トレーニングで疲れちゃったからずっと自分の席で寝ちゃってたんだよね〜。気付いたら授業中も寝てたから先生に沢山怒られちゃったよぉ」
「あぁ〜……ドンマイドンマイ、そういう日もあるよー」
よよよと泣き崩れるハルウララを軽く慰めつつ、たまにはそういうことがあっても不思議じゃないとセイウンスカイは思った。
だが、日が経つに連れて二人のこういった行動はさらに頻度を増し、いつしかキングヘイローは授業中でも寝るようになり、ハルウララは数日間も遊びに来なくなった。
日常生活の中で明確に表れるようになった違和感。トレーニングを頑張っているにしても明らかにおかしい2人の様子に、セイウンスカイは次第に怪しさを感じるようになった。
もし2人が本当にトレーニングを頑張っているせいでそうなっているのならさり気なくトレーニングを見直すように言うつもりだが、それ以外の理由で疲れているのだとしたら。
そう考えてしまえばもう疑問は止まらない。難解な問題が解けない時のような胸の中でモヤモヤとした感情が渦巻き、それを煩わしいと思ったセイウンスカイはそのモヤモヤを解消するべく行動に移す。
「最近さー、2人とも日に日に疲れていってない? 毎日どんなトレーニングしてるの?」
「それは、その……ひ、秘密ですわ!」
「秘密のトレーニングだよ! 師匠からトレーニングのことを聞かれたらそう言えって言われてるんだー!」
「ちょ、ウララさん!? それは言っちゃダメでしょう!?」
「もがっ!?」
ある日セイウンスカイが直接トレーニングのことを聞いてみれば、ハルウララの口から師匠という言葉が飛び出し、キングヘイローが慌ててハルウララの口を塞いだ。
「ねぇ、師匠って誰のこと〜? キングもなーんかウララと一緒に隠し事してるみたいだし……最近2人とも本当は何やってるの?」
「な、何のことかしら? 私達はトレーニングを真面目にやってるだけよ。おーっほっほっほ」
「むー! むー!!」
「…………」
冷や汗を滝のように流しながら何とか誤魔化すキングヘイローと口を塞がれて何も話すことの出来ないハルウララをセイウンスカイはジーッと無言で見つめる。
「あ、私達そろそろトレーニングの時間だからもう行くわね。ほら、ウララさん行くわよ!」
「むーむ!」
「あっ、ちょっと!」
セイウンスカイの無言のプレッシャーに負け、キングヘイローは即座に戦略的撤退へと移りハルウララを脇に抱えて、制止するよう手を伸ばしてくるセイウンスカイからダッシュで逃げた。
本人の生真面目な性格もあって嘘をつくのが下手にしても、あのキングヘイローの慌てっぷりは明らかに何かを隠している。そして、それを指示しているのは師匠という謎の人物。
謎が更なる謎を呼び、セイウンスカイの中で次第にキングヘイローとハルウララの秘密を暴きたいという欲求が湧き上がってきた。
自分のしたいことには素直に従う。それがセイウンスカイというウマ娘であるが故に、入学してからちょうど1ヶ月という月日が経った頃、セイウンスカイは更なる行動に出る。
「ねぇ、フラワー。今日の放課後に私と一緒にキングとウララの尾行しない?」
「いきなり何の話ですか?」
昼休みの時間、セイウンスカイは食堂にて本日の日替わり定食を食べつつ一緒に食卓を囲むニシノフラワーを巻き込もうとしていた。
「ほら、あの2人ってば最近怪しいじゃん? トレーニングしてるって言うけど本当にトレーニングしてるのか確かめたいんだよねー」
「だからと言ってそんな不審なことしなくても……直接キングさん達に聞くとかじゃダメなんですか?」
「前に直接聞いたけど、秘密って言われて逃げられたんだよね〜。だから、今度はコッソリと隠れてキング達の後をつけようかなって。フラワーもキング達の様子がおかしくなった原因気になるでしょ?」
「それはそうですけど……でもプライベートなことかもしれませんし……」
キングヘイローとハルウララの様子を見て心配し、何が原因なのか気になる所ではあるが、キングヘイローと同じく真面目な性格をしているニシノフラワーは尾行という個人のプライベートを踏みにじりかねない行為に渋る。
だが、そのことはセイウンスカイも百も承知。ニシノフラワーの性格を知っているからこそ、彼女が必ず食いつく次の手を打つ。
「キング達がもしも危険なトレーニングとかしてるのなら、止めてあげるのが大人のお姉さんとして正しい行動だと私は思うけどなー?」
「大人のお姉さん……!」
大人のお姉さんという言葉に反応し、耳をピンと立たせ目をキラキラと輝かせるニシノフラワー。
素敵な大人の女性になる事を夢見ている彼女にとって、その言葉は決して聞き逃せるものではなかった。
「分かりました! 私、頑張ってキングさん達を止めます!」
「ありがとう、フラワーならきっとそう言ってくれると信じてたよ」
拳を握りやる気を出すニシノフラワーの姿を見つつ、思った通りの反応にセイウンスカイは内心でニヤリと笑った。
「じゃあ、私がキングを尾行するからフラワーはウララを尾行してもらってもいい? 同じクラスだから授業終わってもすぐに後をつけれるでしょ?」
「はい! お任せ下さい!」
これで万が一片方が失敗してももう片方が成功すれば大丈夫になり、自分の想定通りに物事が進んでいることにセイウンスカイは悪い笑みを浮かべる。
セイウンスカイがこうしてニシノフラワーを巻き込んだのも、自身の尾行がバレた時のための保険作りや、彼女がハルウララと同じクラスだから尾行しやすいという理由もあるが、何よりも安定して仲間に引き込みやすいということが1番の理由だった。
これがエルコンドルパサーやグラスワンダーになると彼女達はノリや勢いだったりとか、そもそも自分のトレーニングで忙しいという理由で断られかねない懸念があるが、ニシノフラワーはまず間違いなく釣れる。
大人のお姉さんになるためならどんな努力でもする。それはニシノフラワーの長所でもあり、短所でもあった。
「……フラワーも、もうちょっと気を付けたほうがいいよ〜?」
「はい? 何がですか?」
「ん〜、いや、何でもないよ」
自分で利用しておきながら何だが、チョロすぎるニシノフラワーの先行きが不安になるセイウンスカイであった。
◆◆◆
時刻は進み放課後。セイウンスカイとニシノフラワーはキングヘイローとハルウララの尾行を開始した。
「こちらセイウンスカイ。キングは今下駄箱でローファーを履き替えてる最中。オーバー」
『こちらニシノフラワー。現在ウララさんは購買でおやつを買っています。オーバー』
「お、フラワーも意外とノリノリだねー。さてはこういうの少し憧れたな〜?」
『えへへ、実を言うとちょっとだけ憧れてました♪』
物陰に隠れ、トランシーバーの代わりにスマホを耳に当てながらスパイ物の映画やドラマでよく見るシーンを再現して遊びつつ、セイウンスカイ達はキングヘイロー達の後をつける。
「キングは校門の方に向かってるよ。そっちは?」
『ウララさんも同じくです。買ったにんじんアイスを食べながら校門の方へと向かっています』
「いいなぁ、私もにんじんアイス食べたいなぁ〜」
『食べたいなら今度作ってあげましょうか? 最近アイス作りのレパートリーがいくつか増えたので、その味見をしてくれるなら全然作りますよ〜!』
「お、本当? フラワーの作る料理って何でも美味しいから期待して待ってるねー!」
『ふふっ、もうスカイさんったら! 褒めても何も出ませんよ?』
和気藹々と会話しながらセイウンスカイとニシノフラワーが尾行を続けていると、キングヘイローは校門の前で誰かを待つようにして立ち止まり、暫く経ってからハルウララもキングヘイローの所へとやって来ては2人して何かを話しながら校門で立ち尽くしている。
「2人とも何してるんでしょう?」
「さぁ……?」
図らずもキングヘイローとハルウララが同じ場所にいるということで、セイウンスカイ達も合流して同じ物陰から2人のことをひっそりと暫く観察し続けていると、校門の前に1台の黒い車が止まった。
「車……?」
「何の車でしょう?」
セイウンスカイ達がその黒くて怪しい車を不思議そうに見ているのを後目にキングヘイローとハルウララは何事も無いかのようにその黒い車へと乗り込むと、車はすぐに発進してしまった。
「「えっ!?」」
キングヘイロー達の行動に驚きつつセイウンスカイ達が慌てて物陰から校門の方へと飛び出せば、黒い車は既にかなり遠くの方まで移動しているのが見えた。
「くっ! 追いかけるよフラワー!」
「えぇ!?」
まさかの事態ではあるがここまで来たら意地でも秘密を暴きたいセイウンスカイは車の後を全速力で追いかけ始め、ニシノフラワーも驚きつつ一緒になって追いかける。
キングヘイロー達がどんな秘密を隠しているのかは知らないが、先程の怪しい車や師匠という謎の人物が関わっていることから、どうにも真っ当な秘密とは思えない。
もしもキングヘイローとハルウララがイケないことに手を出していて、それを第三者に口止めされているというのであれば、仲間として見過ごす訳には行かない。
ビコーペガサスのように正義の味方になったつもりは無いが、少なくとも悪い奴らの手から2人を必ず取り戻してみせると、そう義憤を燃やすセイウンスカイはレースさながらの真剣さで街中を駆け抜ける。
ウマ娘の身体能力ならば車並みの速度を出して走るのは容易いこと。遠くに見える黒い車を見失わないようにしながら、セイウンスカイはキング達にバレない距離を保つ。
だが……。
「はぁ……はぁ……!」
「フラワー!?」
1キロを超えた辺りから、ニシノフラワーの呼吸が徐々に荒くなり始めたことにセイウンスカイはようやく気付いた。
ステイヤーであるセイウンスカイは長距離を走ることに慣れているが故にスタミナもまだまだ残っているが、短距離をメインにして走るスプリンターであるニシノフラワーにとって長距離を走るのはかなり不得意だ。
走る車を追いかけるとなればそれなりの速度を常に出さなければならず、如何にウマ娘と言えど速さは出せてもずっとその速度を維持できる訳では無い。スタミナが切れれば速度は自然と落ちていく。
ましてやセイウンスカイ達が今履いている靴はレースで使うような専用靴ではなく、普通の靴だ。普段のレースや練習と違って走りにくくて仕方がない。
何度か赤信号に捕まってスタミナ回復することが出来たとしても微々たるもの。そんな状態でニシノフラワーが長距離を走れる訳もなく、彼女は既にスタミナが切れかけていた。
「はぁ、はぁ……! スカイ、さん! 私に構わず先へ!」
「フラワー……でも……!」
「大丈夫、です! 必ず後から追いつきます!!」
「くっ……ごめん!」
こんなことになるとは完全に誤算だった。自分の考えで巻き込んでおきながら、いざとなったら置いて行ってしまうことに申し訳なさと罪悪感を感じながら、セイウンスカイはニシノフラワーを置いて車の追跡を続ける。
これで車を見失ってキングヘイロー達の秘密を知ることが出来なければ、頑張ってくれたニシノフラワーに合わせる顔が無い。絶対にキングヘイロー達の秘密を突き止めてみせるとセイウンスカイは意気込む。
そして暫く走り続けて、セイウンスカイはふと周りの景色が段々都会から離れていることに気が付いた。
尾行に夢中になりすぎて気が付いていなかったが、セイウンスカイはいつの間にか広大なビル群が立ち並ぶ街中から、豊かな自然が溢れた長閑な田舎風景の中へと立ち入っていた。
こんな所まで来ていったい何をするのか。キングヘイロー達の隠している秘密の予測が全然つかず、困惑するセイウンスカイを置いて車は遂に山の中へと入っていく。
「うわぁ……山かぁ……」
山の入口を前にして、セイウンスカイの口から心底嫌そうな声が漏れる。
平地と違って山は坂ばかりだ。走りにくさは段違いに上がり、急坂にもなれば容赦なくスタミナを削られる。つまるところ平地で走るよりも格段に疲れるのだ。
そのことから坂は多くのウマ娘にとって苦手とされており、例に漏れずセイウンスカイもその1人であった。
「仕方ないか……!」
いくら苦手でも登らなければならないならば、やるしかない。ここで退いてはここまで頑張って追いかけてきた意味が無くなる。
「よーし、行くぞー!!」
覚悟を決めたセイウンスカイはそのまま山登りを始めた。
ここ数日の作者に起きた出来事(という名の奇行)
うまよんまとめ動画を一気見してセイウンスカイとニシノフラワーがてぇてぇ過ぎて尊死する→スカイとフラワー登場させたい意欲を滾らせて執筆する→Twitterにてウマ娘二次創作騒動を知る→泣く泣く1から書き直す→再びTwitterにて全年齢対象ならスカイとフラワーの二次創作許可を知り馬主さんに感謝しながら話をまた書き直す→文字数多くなりすぎたから分割しなきゃ(震え声
尊死したり憤死したりファンアートと支援絵もらって歓喜しすぎて発狂もしましたが、私は元気です(白目
今回は色々とあって文字数が増えすぎてしまったので前編と後編で分けます!
後編についてはまた数日したら投稿するのでよろしくお願いします!!
あと、馬主さんに迷惑をかけるのは絶対にやめましょう。もれなく私のような妄想オタクが泣きます(般若顔