前半 姫子と女中の話 花塚家とお祭り会場
後半 文治と姫子の話 花塚家の縁側
となっています。祭り会場では文治が登場しないのでご了承下さい。
*タイトルの賑わいと二人静の二人静は花の二人静と二人きりで過ごす夜という二重の意味で使っています。二人静の花言葉「いつまでも一緒に」という意味も込めています。
前回の更新から大分時間がたちましたがようやく新作が、完成しました
今回はTwitterのアンケートの結果を二次小説で書いてみようということで挑戦してみたお話です。
原作20話後のもしもの話。時期的には名古屋観光する前くらいですが、原作には絡まない話です。また二次創作のため、登場人物の口調や設定が若干異なっています。それでも大丈夫という方向け。またこの話はおにロリ、おじロリですのでそれが苦手な方は注意!!
さらに時代考証もガバガバなので本当になんでも許せる方向けです。(ロシア情勢がちょろっとでてきますが、かなり適当で正確ではないですごめんなさい)
*また龍姉の家事情やこま子の雪についての語りは私が勝手に妄想したものなので原作の設定ではありません。その他原作に出てこないものは全て私の妄想から想像したものなので原作とは一切関係なく公式設定ではございません。
それを理解した上でお読みください。よろしくお願いします。もう一つ敬次郎の話す名古屋弁も名古屋っぽい雰囲気で書いてます使い方が間違っているかもしれませんがご了承ください。
姫子は1人自分の部屋で帳面を開いて何かを書き込むとため息をこっそりついた。このところいつもため息ばかり、お茶を持ってきた女中もそんな姿をよく見かけるようになってきたので、
何か悩みでもありますか?と尋ねてみたものの
大丈夫ですの一点張りでそれ以上教えてもらえずじまいであった。
「他人(ひと)に言えない悩みでもあるんでしょうか、大丈夫と言ってましたけど姫子さまが心配です奥さま」
「そう、私が話しかけた時も上の空だったりするし、何かあったのかしら」
龍子と瑞子が悩んでいると、星子と月子がやってきて「龍姐に奥さま、どうしたんですか」と言う。
聞かれて姫子の事を話すと、2人はなるほどと相槌を打ったあと、
「それは恋煩いですよ」
「恋煩い?」
「好きな相手が自分をどう思っているか、相手から嫌われていないかそういうのが気になってふわふわしたりするものです」
「でも、そんなことって」
「ないとは言えないわ龍姐、文治さまって何を考えているかわからないでしょう」
「確かに自分の考えをあまり口になさらない印象が強いわ」
「だからよ」
星子がグイと身を乗り出すと両手で拳を作って握りしめながら力説する。
「姫子さまは文治さまの本心がわからなくて、不安になっていらっしゃるに違いないとね」
「星子ちゃん落ち着いて…だけど、そうねえその可能性あるかもしれないわねえ」
瑞子は顎に手をあてると思案顔をしてみせた。
「けれど恋煩いだとして、私達どうしたら姫子さまを元気付けられるのかしら」
「それなら、妙案があるの…聞いてもらえる?」
自信ありげに月子が言うと、小声で話しはじめる。
「…ば、姫子さまも元気でますよ」
「…のは…子にしてもらって」
「も、一緒なら…めると思います」
「それなら姫子さまも喜ぶねえ」
瑞子と女中たちのやりとりを通りすがりに聞いていた敬次郎は、片眉をピクリと上げ楽しそうだのと呟いてその場を静かに後にした。
賑わいと二人静
風に木の葉が吹かれてカサカサと音を立てていく。
夕暮れ時が過ぎて、夜も更けてきた頃。姫子はこま子、龍子と一緒に縁日に来ていた。
暗がりをぼうっと提灯の灯りが照らしていて夜店は人で賑わっている。平時から物売りが露店を開いているが祭りの日は更に菓子や子供の玩具などの店がいつもより多く店を出している。
祭りのハレの日、行き交う人々の顔は皆楽しげだ。
それに比べると姫子はなんだかぼんやりしていて元気がない。心ここにあらずといった具合でぼうっと
目の前を見ていた。
「姫子さま、姫子さま?」
「…あっ!はっはい!」
「やはり最近ぼうっとなされることが、多いですね。心配事ですか?」
「大したことではないですからだい…」
「…丈夫ではないですね。先日は3回もお茶を運んでいる途中零していましたし」
「あれは、ちょっとした不注意で」
「話してください姫子さま」
「龍ねーね…」
「奥さまも心配なさってます。姫子さまが近頃ため息ばかりついていて元気がないと、私と姫子さまは昔のよしみなんですから、悩み事があるなら話して欲しいです」
眉を八の字のようにすると姫子は渋々と口を開く。
「文治さまが、私のことをお好きなのかわからなくて、もし好きではなかったらどうしようかと…」
「そうですねえ…口に出して聞いてみなければわからないと思いますよ。土屋さまのお心は土屋さまにしかわかりませんから」
でも、と尻込みする姫子に龍子は
「いいですか姫子さま。勝手な思い込みをなさるのが一番不安を大きくして自信をなくしてしまうことなんです。そうかもしれないと決め付けないで土屋さまとしっかりお話をする。それが大事なんじゃないでしょうか」
「そうですよね。話してみないとわからないですよね。」
「ええ、何事も確かめてみないとわからないですから」
「龍姐、姫子さま、お祭りなんだから話してないで、出店をまわってみよう!」
こま子が下駄を鳴らしながら2人の所へ来る。
祭り囃子も遠くから、聞こえてきて賑やかになってきた。確かにこんなに楽しげな日に祭りを楽しまない道理はないということで姫子達は祭りをゆっくり楽しむことにした。最も祭りに行くことを一番楽しみにしていたのはこま子なのだが。
名古屋の祭りに使われる提灯は職人が丹精込めて一つ一つ作り上げた一級品で明治時代から海外に輸出される程美しく人気があった。丸みを帯びた形のもの、細長いもの様々な形の提灯が出店や祭りの装飾として至る所に飾りつけられている。
文字や花模様が描かれた提灯がぼんやりと夜を照らす様は幻想的で少し儚い雰囲気があった。
少し道を行くと飴細工の屋台があり、鶴や亀、金魚などの形をした飴が並べられていた。提灯の灯りを反射して燦然と光を放っている。
「きれい」
思わず姫子はそう口にすると、龍子もそれを見て
見事なものですねと言い飴細工を一つ手に取ってみる。
「飴が熱いうちに形を変えて作品にするそうですよ」
「冷たくなったら形を変えられないってことですか?」
「ええ、鉄は熱いうちに打てという言葉がありますでしょう。飴細工もそれと同じなんですよ」
(鉄は熱いうちに打てか…)
心内でつぶやくと姫子は沢山の飴細工を交互に見ながらふうっと息をついた。
「子供の頃は飴なんか贅沢だからって買ってもらえなかったなあ」
こま子が羨ましげに龍子の持つ飴細工を見ている。
「そういえば、こま子の家は裕福でなかったのよね」
「そうだよお…でもおら、奥さまの所で働かせてもらって良かっだあ。あれ、でも龍姐はお金持ちの家の出じゃ…」
「私のことはいいじゃない。それより、せっかくの祭りなんだから楽しまないと損でしょう」
龍子は無理やり話題を切り替える。
こま子もそれ以上は聞かずただ、飴細工を眺めていた。
「文治さまと一緒に見たかったなあ」
この場にいない許嫁のことをふと思い浮かべた姫子はため息ひとつ。きらりきらりと光る飴細工傍目に
思い悩み悲しそうな顔になる。
「それなら、こうしたらどうです姫子さま」
そんな浮かない姫子を見て、どうにかしたいと思ったのかこま子が声をかける。
「えっ…」
「綺麗な飴細工、文治さまと二人で見てえんでしょう」
「………見…たいです」
「じゃあおらの言う通りにして下さい」
「……?はいっ!」
よくわからないけれど反射的に返事をする姫子。
それを聞いていた龍子も怪訝そうな表情でこま子の方を見ていたが、こま子はそんなことお構いなしに
姫子達に秘策を話しはじめたのだった。
それから、暫く姫子たちは金魚掬いや風車や色々な形をした寒天菓子、うどん、焼き鳥、化粧品の屋台などを順に巡って行き宵もふける前には家路についた。
翌日。
「いらっしゃいませ文治さま」
姫子は、玄関で正座をし、両手を揃えておじきをする。顔を上げれば、いつもの文治がこんばんは姫子さんと玄関に立っていた。
いつもと同じやりとり、日常。その日常が壊れたらどうしようという一抹の不安が胸をよぎる。それを姫子は笑顔で一生懸命隠していた。着物の赤い椿が、その不安を大きくしているような気がして姫子はなるべくそれを見ないようにするのだった。
夕食を食べ終わると、文治は縁側で煙草に火をつけ一服する。これもいつもの見慣れた光景でなんということはない。その隣で姫子が茶を注いで勧めると
どうもと湯呑みを受け取る文治。
「………」
何も変わらない普通のやりとり、それが何故か苦しく思えて姫子はぐっと押し黙っていた。何か一言発すると泣き出してしまいそうだったからだ。
「姫子さん」
「…っはい!」
長い沈黙の後唐突に文治が姫子を呼んだ。
「今日は随分と神妙な顔をしていますね」
「そっ、そんなことは…」
言いかけて祭りの時に龍子に言われたことがふっと頭に浮かんでくる。
(勝手な思い込みをなさるのが一番不安を大きくして自信をなくしてしまうことなんです。そうかもしれないと決め付けないで土屋さまとしっかりお話をする。それが大事なんじゃないでしょうかーーー)
(私勝手に文治さまに嫌われている、と思い込んでるのかな。)
(思い込みで自信を無くしちゃいけない)
ぐ、と手のひらを握ると姫子は意を決して文治を見た。湯呑みをそっと置いて一呼吸整えると口を開いた。
「あの…私、怖くなってしまって」
「怖いとは」
「もしかしたら、文治さまに嫌われているんじゃないかって」
「ハハハッ」
短くなった煙草を灰皿に入れてしまうと、文治は豪快に笑った。あまりにも豪快に笑うので何か変なものでも召し上がったのかなと姫子が思っていると文治はすぐに口を開く。
「姫子さんを嫌うなんてあり得ません」
「……ほんとうに?」
「勿論」
それを聞いてほうっと安堵の息をつくと急に力が抜けて姫子の身体が傾いだ。とっさに床に手をついて支える。
「人とは不思議なもので好いてない人とは長く一緒に過ごせないんです。姫子さんとはむしろ長い時間一緒に過ごしても足りないぐらいに感じてしまいますね」
「安心しました。私も、もっと文治さんと一緒に過ごしたいです」
「急にそんなことを聞くとは、何かありましたか?」
心当たり、それは確かにあるのだが
(あの人が好きなんだ。でもそれって一方的じゃない?)
リンの言葉が頭の隅に残っているなど姫子は言えないと思った。嫌われていないということがわかっても、文治が姫子をどんな風に好きなのかはわからない。そこまで知ろうとするのは正直、気が引けたからだ。
「特には、ただ」
「ただ?」
「私だけが、文治さまを好きで舞い上がってしまっていたとしら、恥ずかしいと思ってしまって」
「ふふ、姫子さんは、」
言いかけて文治は新しい煙草を取り出すと、マッチで火をつける、マッチの灯に照らされてほの赤く文治の顔が浮かび上がった。少し長い黒髪と精悍な顔、目の下の黒い隈がくっきりと橙の灯りに照らされているのを姫子は見て、はっとするなんと神々しいのだろう。
「姫子さんは可愛い人ですね」
「はい…って、かわっかわ、可愛い」
「私のことを好きだとはっきり言ってくれているじゃないですか、そんな姫子さんは可愛い人ですよ」
「可愛い人…」
文治の言葉を繰り返してみた後、顔がどんどん赤くなる。
「ええ、可愛い人です」
その上、覗きこむような形で笑顔を見せるものだからなお姫子は恥ずかしくなってしまう。
「わかりましたからその、もう大丈夫です。文治さまが私のことを好きなことは充分にわかりましたからっ!」
真っ赤な顔を袖で覆って隠してしまうと姫子は少し涙ぐむ。自分の勝手な思い込みで落ち込んでいたなんてという気持ちとどうしようもない勘違いをしてしまった自分への羞恥が内混ぜになった涙であった。
鈴虫の鳴き声が庭から聴こえてくる。
すっかり秋もふけてきたというのを告げるかのように連なった鳴き声が響いて聴こえてくる。
少しの間、黙って虫の声に耳を傾けていた姫子と文治。灰皿には吸殻が沢山入っていた。
「そうだ、今日は文治さまに見せたいものが、あるんです!」
「見せたいものですか」
「はい今お持ちしますね」
姫子が一旦その場を後にし姿が見えなくなると、文治は煙草に火をつけ軽く煙を吸い、目を閉じる。
時折、自分を慕う姫子を不用意に傷つけていないか怖がらせていないか考えるが、どんなに気をつけていてもこちらの配慮不足のせいで姫子が不安になっていると思うと胸がちくりと痛んだ。
その一方、怖い顔をしている自分を、こんなにも好いていてくれる姫子を可愛いと思い一緒に過ごしていたいという本心は確かにあるのだ。
(むしろ、姫子さんから嫌われるのではないかと思っているのは私の方かもしれないな)
ふうと煙を吐き出して、また吸い口に口をつけると
いつもより苦い味が舌に広がった。
ぱたぱたと足音がすると、姫子が戻ってくる。
両手に何かを持っているようだ。
手にしているのは
「提灯ですか」
「はい、この前こまちゃんと龍ねーねと一緒にお祭りにでかけて買ったものです」
「ほう、祭りですか」
「いつもより沢山、出店があって人も沢山いてすごかったんです。」
身振り手振りで祭りの感動を伝える姫子。
それをうんうんとうなづいて聴く文治。
「あ、それからこれも」
もう一方には花瓶に挿した2本の飴細工。
2本とも鶴の飴細工で、頭や嘴から羽根の先まで細部が細かく作られた美しいものだった。
「これは、見事な飴細工ですね」
「ふふ、この飴細工がきらきらしているのを文治さまと一緒に見たかったんです」
姫子は火袋を膨らませていた提灯をまたしぼませ、蝋燭立てに小さな蝋燭を立てると
「火をつけてもらっていいですか?」と頼んだ。
文治が下輪を持ちマッチの火をつけると小さな灯火がゆらゆらと眩く2人を照らした。しっかり蝋燭を固定した後、提灯の上輪を引き上げる。
すると、蝋燭よりも柔らかい光が広がった。
かたわらに置いた飴細工がその柔らかい光に照らされて、きらきらと輝くと、姫子の顔に笑顔が溢れた。
「文治さま見てください」
少しはしゃいで花瓶に挿してある飴細工を取ると提灯の灯りに近づけてみせる姫子。
すると、飴細工が陽の光を反射した水面のように輝いた。きらり、きらりと輝く鶴の飴細工は輝石と同じくらい美しく儚げに見える。
「とても綺麗だ。まるで、姫子さんの瞳のように美しい」
「え、ええっ」
熟れたさくらんぼのように、ぽっと頬を染める姫子。文治はそれを見て優しげな顔をすると、花瓶に挿してあった飴細工を手に取り、同じように提灯にかざしてみる。
「どんな高価な金銀財宝を目の前に出されても
姫子さんには敵わないでしょうね。私が美しいと感じるのは心根が美しい女性ですから」
さらり、と言った文治の言葉にどきんと胸が高鳴り
姫子は飴細工を取り落としかけるがなんとか持ち直す。
「その、心根が美しい女性とは」
「勿論、貴方のことですよ許嫁殿」
「わっ、私は、心根がうつ美しいんでしょ、うか?」
「姫子さんは私のために色々してくれていて、更にできないことをできるようになろうと努力しているそして、私だけでなく、ご友人にも優しい。充分心根が美しいじゃないですか」
「ありがとうございます」
恥ずかしさと照れでまともに、文治の顔を見れない姫子は、ほんの少し俯きながら答えた。
二人だけの静かな空間を提灯の灯りがぼうっと包み温かい雰囲気を醸し出していた。
一方
文治と姫子が二人で話している様子を龍子たちは襖の影からそっと見ていた。話し声は、はっきり聞こえないが、仲睦まじく話している様子を確認すると、気付かれないよう、その場を後にする。
廊下を行く途中、月子が
「こま子が姫子さまに提灯を使ってみては?と教えたのよね」と聞く。
「そうだよ、おらの故郷は雪が降ると小さなかまくらン作っで蝋燭を入れたんだあ。かまくらの中の灯りできらきら光る雪は、綺麗だったなぁ…って
それとおんなじように提灯使えば飴細工綺麗に見えるかなあって」
「へえ、かまくらに蝋燭ね。なかなか素敵じゃないねえ星ちゃん」
「ほんと、蝋燭で灯りを灯して2人で話すなんて素敵よね月ちゃん」
「………」
その会話を黙って聞いていた龍子は、ふいに
「姫子さまが、嬉しそうでよかった」とひとりごちる。その口元は自然と笑顔になっていた。
「あら、龍子ちゃん」
「奥様」
廊下の角を曲がろうとした所で、瑞子に出くわす。
「姫子どうでした?」
「心配ないですよ奥様、姫子さまは、いつも通りに土屋さまと過ごされてます。」
「ふふ、そう…良かったわ。姫子のことだから、無理して元気なふりをしているんじゃないかと思っていたけど、それなら大丈夫ね」
「はい、一時はどうなるかと思いましたが元気を取り戻したようで安心しました」
「でも、龍姐どうして姫子さまが買う飴細工を2つとも鶴にしたの?」
「そうよ、なんで鶴なのかしら?金魚や亀なんかもあったでしょう」
「あっそれ、おらも気になってた」
「鶴の夫婦は一度つがいになると一生添い遂げるんです。夫婦円満という意味があってとてもおめでたいのよ。2つとも鶴にしたのはそういうこと」
よね?龍子ちゃんと言いながら瑞子は龍子に微笑んでみせた。
「そうですよ…でも姫子さまのためで、土屋さまのためではないですから」
目を閉じてふいと視線を逸らすと、龍子はごほんと咳を一つする。
「その意味を知っているのは文治さまだけでしょうし」
「ふふっ。そうとは限らないじゃないねえ?星ちゃん」
「そうよね月ちゃん」
「???」
月子と星子が、意味ありげに頷き合うと袖で口元を隠して龍子に目配せをしてみせる。
「あっ」
そこで肝心なことに、気がついた龍子は口を手の平で覆う。しばらく呆然としていたが我にかえると
顔が朱色に染まっていった。
「ともかく、姫子さまの恋煩いが治って良かったあ。もし、あのままだったらおら、ご飯が喉を通らないかと…」
「ぷっ、こま子に限ってそれはないでしょう」
「そうよ大食いのこま子が、食べられなくなるなんてあり得ない」
「確かにそうだけど、今は姫子さまが元気になった事が一番よ。落ち込んでいる姫子さまをずっと見ているなんて耐えられないですからね」
「そうねぇ…あんなに何かを思い詰めてる姫子をただ見ているだけしかできないのは私もかなり堪えたわ。」
「奥さま…」
「でも、龍子ちゃんとこま子ちゃんが姫子を元気にしてくれたのだから万事解決ね。本当にありがとう」
心から安堵して瑞子が言うと、龍子は礼を返し、こま子も照れながら謙遜の言葉を述べた。月子と星子はふふと含み笑いをしていたが、よく見ると目の端に涙があるのを瑞子は見逃さなかった。
「さ、お茶にしましょ。文治さんからお茶菓子を頂いたんです」
それに気づかないふりをして瑞子もまた、涙をぐっと堪え努めて明るく言ってみせるのだった。
瑞子達が、いなくなった後。
敬次郎が廊下に現れ顎髭を撫でながら
「瑞子も雀どもも、あんばようやりおるの。」
と満足そうに呟く。軽い口調とは裏腹にその目には一抹の翳りが浮かんでいた。
敬次郎が手にしている新聞には露西亜国と書かれた記事があった。
日本から離れた国であるが、不穏な動きがあると少し前から噂されていた。いずれ、その不穏な動きが大きくなり再び戦争になるのでは、とも今は言われている。
10数年前日本と露西亜が戦争をしたことは、敬次郎の記憶にまざまざと残っていた。皮肉にも今は戦地ではない日本が大戦景気と称する好景気の時代に入っている。それもいつまで続くかはわからないが、やがて不況になるのは目に見えていた。
しばらくその新聞を眺めてから懐に仕舞うと敬次郎は、姫子と文治がいる縁側が見える場所まで向かった。朗らかに談笑しあう2人を覗き見ると満足そうに頷いた。孫娘の晴れ姿を何よりも敬次郎は楽しみにしているので、つつがなく仲良さげにしている2人を見るのが敬次郎の楽しみの一つになっていた。
「姫子の花嫁姿を見るまでは平穏に過ごしたいだがや」
時は大正5年の名古屋。西洋文化が馴染みはじめたもののまだまだ、日本らしさが残っていた時代。
30歳の土屋文治と12際の花塚姫子は3年後、結婚を控えていた。数年後の時代に影が差しそうでも、2人の想いは永遠に途切れることのない深い縁で結ばれているに違いない。そう予感させる何かが文治と姫子の間に確かに在った。
再び縁側
「ところで、姫子さん」
「はい?なんでしょう」
「鶴の夫婦のことを知っていますか」
「いえ知らないです」
「鶴の夫婦は一度一緒になると、ずっと一緒に過ごすそうですよ」
「そうなんですか!わあ、仲良しなんですね鶴の夫婦って」
「私と姫子さんもそう、成れればいいですね」
ぽつりと煙草を吹かしながら言った一言に姫子はドキッとするが、文治は何食わぬ顔をしている。
「そっ、そうですね」
すっかり、顔を赤らめて照れてしまった姫子は
胸中で(文治さまとずっと一緒にいられますように)と願う。いつの間にか秋の虫の鳴き声もすっかり止んで冷たい風が文治と姫子に吹きつけてきた。
寒くなってきましたね、そろそろ中へ入りましょうかと文治が言うと姫子がそうですね、と答えて部屋の中へ姫子と入っていく。
少しずつ深くなっていく秋の季節のようにに2人の仲も徐々に深まっていくのであった。
翌夕方
姫子は自分の部屋で帳面を開くと
文治さまに嫌われないようにする
と書いてあるページの字を消して
文治さまとずっと一緒にいられますようにと書き直すとにっこり微笑んでから帳面を閉じた。
おわり
チヨコレートと幸せ
「これが、チヨコレートですか。」
板チヨコをまじまじと姫子が見ながら言うと、文治はそうですと言って包み紙を剥いてチヨコを取り出す。
「食べてみます?」
「いいんですか!」
「どうぞ、お口に合うと良いですが」
文治が、ぱきりとチヨコを割って姫子の手にひとつ乗せてあげると姫子はそれを恐る恐る口に含んだ。口の中でふわと甘い香りが広がる。
赤味噌と似た色をした異国の菓子は口の中で溶けてあっという間になくなった。
「あ、甘くて美味しい…。チヨコレートって珈琲のような色をしてるのにとてもいい香りで甘いんですね!」
「喜んでもらえたようで良かった。」にこと笑ってみせる文治。
「文治さまは食べないんですか?」
「私は甘いものはあまり食べないですから、残りは姫子さんがどうぞ」
「勿体ないです。こんなに美味しいのに」
上目遣いでじ、と文治を見つめる姫子に文治は耐えられくなり、では一つだけと言ってチヨコを一欠片口にしてみせた。
「どうです、お味は?」
「とても甘い。でもたまには甘いお菓子も悪くないかもしれませんね」
「へっ?」
「姫子さんと一緒に同じ物を食べる瞬間が私にとって、この上なく倖せなのだなと」
「私もです。文治さまと一緒に過ごす何気ない日々が愛おしくてしあわせ、なんです」
頬を赤くしながら姫子は言ってチヨコレートをも一つもらって食べた。その味は、倖せな味。
おわり
お茶と相好
「星子!お茶の準備できた?土屋さまにお出しして」
「龍姐、お茶だしなら姫子さまが私がやります!と言って急須と湯呑みを持って行ったけど…大丈夫かしら」
「えっ…姫子さまが茶の準備を、何故止めなかったの?」
「龍姐も野暮なんだから、姫子さまがやりたいといったら私達はやらせてあげることにしてるのねえ?月ちゃん」
「そうよ、奥さまもやりたいと言うならやらせてあげなさいって言っていたしねぇ星ちゃん」
「だめよ…お茶だしは本当は私達の仕事です!姫子さまにはまだ早いわ」
慌てて龍子は応接間へと急ぐ。客へのお茶だしする時にお盆に湯呑みに茶托を乗せ、急須を一緒にしお盆に乗せていくことと、客の目の前で茶を入れるのは失礼だからだ。
息を切らしながら応接間にたどり着くと、姫子と文治が楽しそうに話しているのが聞こえてきた。
「許嫁殿、前にお会いした時よりも随分大きくなりましたね」
「そうでしょうか?私はこまちゃんみたいになりたいのでまだまだ小さいです」
「ハハハッこれは一本取られましたな。」
龍子が中へ入ると、姫子が茶托ごと湯呑みをテーブルに置いて急須で茶を注いでいた。
遅かったか…と龍子が肩をがくりと落とすと姫子が龍子に気づく。
「龍ねーね。どうしたんですか、お茶なら私が用意したので」
にこりと笑うその顔は優しく、いつまでも眺めていたくなるが、龍子は気を引き締めて顔を険しくすると
「土屋さま、失礼いたしました。私の不注意でお茶を姫子さまに出させてしまったことと、お茶をその場で注がせてしまうという無作法を犯してしまいました。どうか、お許しを」
深く頭を垂れて謝る龍子を文治は叱りもせずにどうか、頭を上げてくださいと優しく言う
「ですが!」
「私も軍人、規則や決まり事を守ることが大切なのはわかっています。ですが、この場では軍帽を脱いでおりますゆえ、軍人ではありません。ただの一人の人厳しいことは言いますまい。軍のしきたりにも辟易していましてね。やれ髪が長い、やれ服装が乱れているなどとね。ここでは自由に過ごしたいのです」
「土屋さま本当にいいのですか、無作法をしたのは私が原因ですのに」
「いいんですよ。私が許嫁殿に直接、お茶を入れてもらいたかった。だからそうしてもらっている。それでいいじゃないですか」
「わかりました。お邪魔してしまいすみません」
「私、間違ったことしてしまいましたか?」
不安な顔でおろおろしながら姫子が言うと
「いいえ、許嫁殿は何も間違ったことはしていませんともさあ、話の続きを」
文治が相好を崩すと姫子もつられて満面の笑みを浮かべた。それを見て龍子も少しだけ微笑むとゆっくりと応接間をあとにした。
おわり
かなりお久しぶりです。完成できるかできないかというくらいどんな形でまとめるか悩みました。序盤に出てくる帳面に書き込む場面を最後と繋げようとまとまり、なんとか形になりました。なるべく原作に近い形にしつつオリジナル感を出すというのは難しいですね。
色々調べて名古屋は提灯が有名というのを知り
提灯を使ったロマンティックな話にしようと思うまでは良かったのですが、飴細工をきらきらさせるに持っていく流れもなかなか浮かんでこないという有様。昔お祭りに行ったことを思い出してみたりネットで雪まつりのサイトを調べたりしてアイデアをまとめ自然な流れになるようにしてみました。やはり漫画という画を文章として書き出すというのは難しいですね。
長蔵ヒロコ先生(アシスタントさんもほぼ先生?)の細かい描写を的確に書こうとしたらいくら文字があっても足りないという感じなんです。自分の文章力の無さにショックを受けますね。もっと上手くならないと!
本当は女中さん達の着物やら髪型も細かく書きたいのですが、私の語彙力の無さがわかってしまうので断念しました。(大正時代の髪型も研究しないとですね)
唯一文章でも原作ぽさを出せるのはドキッとしてる姫子ちゃんくらいでしょうか、もう少し色々書けるよう努力します。
拙い文章ですが、少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。読んでいただきありがとうございました。いつものごとく誤字脱字ありましたらすみません。*おまけは後日追記する予定です。
次もまた煙と蜜の短編二次小説を書く予定です。
あとがきのあとがき
(*いつもの煙と蜜の話です)
大事なのはあとがきよりこちら!
いやー本当めでたいですね全国書店員が選んだおすすめのコミック第7位ですよ煙と蜜!ついに一桁台に!第三集も初夏発売ということでめでたいづくし!
そういえば新聞広告って四季が揃いましたね。
最初の広告は蹄と良い子のワンシーン。
夏は浴衣姿の文治さんと姫子ちゃんに朝顔とスイカ。秋はオズの魔法使いを読んであげる文治さんにぶどう。冬はお正月で軍服の文治さん笑顔の姫子ちゃんに熊手。春は花束をあげる?姫子ちゃんとそれをもらう文治さんに桜とつがいのメジロ並べてみると素敵。いつか画集が出たらじっくり眺めてみたいです。
あと、ハルタを毎号買ってて楽しみなのが作者コメントなんですけど先月号の長蔵先生の鳩時計を買って鳩が出るまで待ってる猫と、とかなんか癒されるコメントだなあって
日常感出ていいよねーああ、ハルタ買っててよかったってなりました(個人的感想)面白いですよね長蔵先生って…
第3集は名古屋デートの話なのでとてもおすすめです。文治さんと姫子ちゃんの洋装が、とてもおしゃれなんですよ。
まだ漫画読んでない方は先に1〜2集を買って読んでみてもいいかもしれません。
*4月21日おまけを追記しました。以前Twitterにあげた話です。