五等分の花嫁~イベントでも五月のお団子が美味しい御話~ 作:鈴木ヒロ
上杉風太郎の誕生日
同日午後1時頃、喫茶店「なかの」にて
「三玖―?帰ったわよー」
カランカラン
「おかえり・・・・・・と、あれ、フータロー?」
「おう、久しぶりだな三玖」
街中の一角にある小さな喫茶店。木製のテーブルや観葉植物が多い中、時計が埋め込み式だったりメニューボードがローマ字表記だったりする点が、何とも二乃と三玖の店といった感じがする。
「久しぶりだね」
「そんな久しぶりじゃないだろ」
そんなに久しぶり感はない。たまにメールはしているし、疎遠になったつもりはない。
近くのテーブルに荷物を置きながら呆れ顔をする二乃。
「先月は一回だけでしょ。しかもホワイトデーのお返しって渡したらすぐ帰るし」
それに倣って俺も同じテーブルに荷物を置く。四葉と付き合うようになってから外出する機会も増え、高校時代より体力は付いた方だが二乃の荷物も一緒に持てるほどの体力はなかった。
「用事はそれだけだったからな。早く家帰って勉強したかったし」
「ったく、勉強熱心は相変わらずね。そのせいで四葉に寂しい思いさせないでよ?」
「余計なお世話だ」
カウンター奥にいた三玖がテーブル上の荷物を確認する。冷蔵庫に入れるものや調味料類を分けていると、何かに気づいたように首をかしげた。
「二乃、予定していた料理以外に何か作るの?」
「えぇ、フー君のお昼がまだだからご馳走しようと思って」
カウンター奥に掛けられた紫色のエプロンを手に取って腰に巻く。シュシュで二つ結いしていた髪は一度解き、1つのシュシュでポニーテールに結い直した。
「メニューはパスタでいいかしら?うちのメニューの試作も兼ねて―――」
「待って」
厨房に向かおうとする二乃を三玖が制止した。そのまま近くにカウンター上に置いてあった青色のエプロンを首に掛ける。
「私はフータローに作る」
「アンタは今日の仕込みをするんでしょ」
「それは二乃も同じ」
「私はアンタと違って要領がいいのよ。時間かからないわ」
「私だって午前中にある程度済ませた。それに」
チラッと俺を見てくる視線に気づく。そして自信に満ちた顔で二乃に再度向き合った。
「フータローに、私の今を知ってほしい」
その表情を二乃はじっと見つめ返し、小さなため息をつく。手に持った材料の袋を三玖に差し出すその表情は、呆れたような、しかし少しだけ嬉しそうな顔をした。
「分かったわよ。春キャベツとアスパラのペペロンチーノ、レシピは覚えているわね?」
「うん、ありがとう」
袋を受け取った三玖はそこから必要な食材を取り出して調理に入る。
調理はホール裏にあるメインの厨房で行わず、カウンター裏の簡易キッチンで行うようだ。
最初は横で様子を見ていた二乃だが、少し経つと何も言わずにその場から離れてホール裏へと下がっていった。
調理をする三玖の顔は少し緊張したもので、手つきも二乃とは違い少しぎこちない。しかし、昔の三玖を考えるとその成長に驚く。
野菜を切る一定の音と店内に流れる静かなBGMが心地良い。
思わず三玖の料理姿をずっと見ていたが、見続けるのも悪い気がして何か時間を潰すものはないかと店内を散策する。
入口付近の本棚に並んでいるのは、ファッション誌や料理本らの雑誌や戦国武将の小説など、店員の趣味が全振りのラインナップだった。
「それ、お客さんに楽しんでもらうために私と二乃で選んだの」
フライパンに茹で上がったパスタを移していた三玖が手を止めて説明してくれた。
「だろうな。お前と二乃の趣味全開だ」
武田信玄と題された小説を手に取る。二乃が選んだと思われる雑誌類は喫茶店でも読みやすいが、恐らく三玖が選んだ歴史本は喫茶店で読むには手が出しにくい気がする。
「なぁ三玖、流石に喫茶店で小説は―――」
「それね、小説じゃなくて漫画なの」
大きな皿を乗せたトレーを席まで運んでくる。ニンニクの野性的な香りが鼻腔を通り、遅めの昼食で飢えた食欲を刺激してくる。
手に取った本を元の位置に戻して席に戻る。三玖は俺が席に座るまで料理を置くのを待ってくれた。
「お待たせしました。こちら春キャベツとアスパラのペペロンチーノです」
俺の目の前に置かれたトレーには、キャベツと小さくカットされたアスパラが散りばめられたパスタ。
シンプルな見た目にインパクトのある香りのギャップに反射的に生唾を飲んだ。
「い、いただきます」
フォークと一緒に置かれたスプーンの使い方は分からないが、フォークでキャベツとアスパラを一緒に刺し、パスタを無造作に巻いて口に入れる。
食レポをできるほど語彙力や表現力はないため、俺が口にできる感想は一つだけだった。
「美味い・・・・・・。こう、上手く表現できないが、本当に美味いぞ」
口に入っているパスタを呑み込む前に再度パスタを巻き付ける。そして口の中が空になったと同時にすぐパスタを口に運んだ。
「そう、良かった・・・・・・」
心の底から安心した顔をする三玖。そして何かを思い出してカウンター裏へと戻った。
しかし今の俺に他を気にする余裕はなく、次々とパスタを口に運んだ。
夢中で食べていると目の前にティーカップが置かれた。中身は若緑色の飲み物のようで、落ち着く匂いがした。
「これは緑茶か?」
「そう、メニュー名はグリーンティーだけどね」
目の前の空いた席に三玖が座る。『風林火山』と書かれた湯呑みに緑茶ことグリーンティーを淹れてきたようで、両手で包んでゆっくりと飲んだ。
一度フォークをトレーに置き、三玖に倣ってグリーンティーで一息つく。
緑茶の違いは分からないが、渋すぎず薄すぎない加減が口をスッキリさせた。
「ふぅ、これを食べたら学食のパスタは霞んでしまうな」
「それは言い過ぎだよ。でもありがとう」
少し照れたように顔を背けたがすぐに向き直って控えめに笑う。高校時代は前髪で表情が見づらかったが、今の三玖は前髪を分けているため高校よりも笑顔がはっきりと見える。
額を晒すのは自信の表れと言ったのは誰だろうか、今の三玖がまさしくそうなのは俺含め姉妹全員が思うだろう。
その笑顔は控えめながらも安らぎを感じる花のような魅力があり、視線が釘付けになる理由には十分だった。
「どうしたのフータロー?」
黙って見つめる俺を不思議に思ったのか、湯呑をテーブルに置いて問いかけてくる。
「あ、あぁ、昔のお前より今のお前の方が―――」
「? 今の方が、なに?」
「・・・・・・いや、何でもない。忘れてくれ」
言い終える前に恥ずかしいことを言おうとした自分に気づく。会話の流れを変えるために半分以上なくなったパスタを大きめに巻き取って食べる。大きめにしたはずのそれは、先ほど食べた一口より味が薄く感じた。
「フータロー、気になる」
不機嫌そうに頬を膨らませ文句を言う三玖を無視して緑茶に手を付ける。こちらも渋みが薄まっている気がした。
「大した事じゃない。前よりも自信家になったなと思ってな」
「・・・・・・本当に?」
「本当だ。嘘じゃない」
嘘ではないためこちらも自信を持って返せる。残ったパスタと野菜をフォークでかき集め、最後にまとめて食べようとすると、そのフォークを三玖が奪った。
「そっか。でも自信家になったのはフータローのおかげ」
音を立てずに静かに集めると、それを綺麗にフォークに巻き付けた。
俺ばかり食べてお腹が空いたのだろうか、それとも自分も味見したかったのか。
どちらにせよ最後の一口を譲ってお茶を飲んでいると、目の前にパスタを巻いたフォークが突き出された。
「・・・・・・これも自信家になっての行動ってわけか?」
「さぁ、どうだと思う?」
少し意地の悪い笑みで質問を質問で返してくる。出会った当初は消極的だったが次第に積極性を見せてきた三玖。そんな当時でもこんな余裕のある表情はしなかっただろう。
(三玖は昔から不安と戦ってきた。人の助けはあったとはいえ、最終的に大きな壁を1人で乗り越えたから自信は、間違いなく三玖の戦果であり武器だ)
そんな在りがちな言葉にまとめられるほど、彼女の成長は安くない。それでも俺はそれ以外の賞賛は思いつかず、それは三玖も自負していることだろう。
「悪いが俺は負けず嫌いなんだ」
差し出されたフォークの柄を掴んで奪い取る。そのまま向きを反転して三玖へと差し出した。
「大丈夫だ。鼻水なんて入ってないぞ」
予想外の行動にキョトンとする三玖。してやったと思い強気になった俺はゆっくりと三玖の口元に近づける。
慌てるとはいかなくても多少は恥ずかしがるだろうと思っていると、三玖は何も躊躇うことなく一口で食べた。
「さっきの質問の答えだけど」
手を口元に当てて上品に咀嚼して飲み込む。すると、先程の意地の悪い笑顔ではなく、優しく穏やかな笑顔になる。
「遠慮しなくていいって、誰かさんが言ったから」
迷いのないその瞳と優しい笑顔。その言葉にもう反論する気はなくなった。
「そうかよ」
高校時代は隠されていた綺麗な額、その額を中指で軽くデコピンをした。
小さく「あうっ」と声を出す三玖。その額は少しだけ赤くなっており、大した理由も分からず少しだけ嬉しくなった。
その後、一部始終を見ていた二乃に「乙女に痕を付けるなんて信じられない」と怒られた。
しかし三玖は赤くなったそれの苦情を言う訳でなく、デコピンされたその額を大事そうに撫でていた。
三玖は前半の消極的なアプローチが一転、後半には二乃に対抗できる程の積極的なアプローチが魅力の一つかなと思います。
風三は前半三玖だと風太郎の天然に三玖が慌てる魅力がありますが、後半三玖だと逆に積極的な三玖に風太郎が慌てそうですよね。どちらも美味しいです。
次回の更新予定は4月18日です。