五等分の花嫁~イベントでも五月のお団子が美味しい御話~ 作:鈴木ヒロ
上杉風太郎の誕生日
同日午後6時頃、喫茶店「なかの」にて
一瞬の静けさをの後に5つのクラッカーが鳴り響いた。
「「「「「誕生日、おめでとう(ございます)!」」」」」
「あ、あぁ。今年もありがとうな」
タイミングが少しずれて「パパパパパンッ」ってなるのがコイツららしい。
テーブルを何台か繋げて大きなものとした大テーブル上には、和洋折衷に限らず多くの料理が所狭しと並んでいる。
「はいフータロー君、これプレゼント」
一花から渡されたのは小さな包み箱。開けてみると中身はパッと見でも高いと分かる黄色のリップクリームだった。
「リップクリームか。化粧品はあんまり使わないが」
「だからこそだよ。それに、魅力的な唇だと四葉が喜ぶよー?」
「ちょ、一花!」
関係ないはずの四葉が慌てて一花を取り押さえる。高価なもので使うのは気が引けるが、せっかくの頂き物だ。箱裏には「向日葵の香り」とあるが全くイメージできん。
「一花アンタ・・・・・・プレゼントにそれってどうなのよ」
「別に、口紅じゃなくてリップクリームだからセーフだよ」
視界の端で一花と二乃が何か話しているが、俺には理解ができない話題のようだ。
「フータロー、これ、二乃と私から」
三玖から少し大きめの箱を受け取る。奥で一花と言い合いをしていた二乃が「三玖!勝手に渡さないでよ!」と慌てて戻ってくる。
二乃が戻ってきてから包装を解いて中身を開けると中から黒のシューズ出てきた。
丁寧に取り出したそのシューズは、黒色を基調とした柔らかそうな生地に控えめに緑色のラインが入っている。
「おぉ、歩きやすそうな靴だな」
「靴じゃなくてランニングシューズ。スポーツ用のシューズよ」
どうせロクに運動してないんでしょ、と決めつける発言をしてくるがその通りなので何も言い返せない。
「四葉が二乃に『一人で走るのは少し寂しい』って相談して、それを聞いた二乃が『2人で一緒に走れば四葉も寂しくない』って」
「三玖アンタ余計な事言わないで!」
「ちょ、三玖まで!」
今度は四葉だけではなく二乃も一緒になって取り押さえる。相手は一花ではなく三玖だが。
開放された一花がコソコソと隣に近づいてくる。
「四葉、フータロー君と運動したがっていたよ。でも勉強の邪魔はしたくないって」
一花の助言に頭を掻きむしる。確かに最近試験勉強ばかりで寂しい思いをさせていたかもしれない。あいつのことだ、俺に気を使ってずっと我慢していたのだろう。
「・・・・・・お前らに教えられたら、どちらが教師か分からないな」
「ふふっ、フータロー君は恋愛に関しては赤点だもんね」
「うるせーよ」
からかいスイッチの入った一花の近くにいて良い事はない。今後の課題を教えてくれたことだけ感謝し、「待て」を言われた空腹の犬のように料理を見つめる五女の下へ避難することにした。
「涎垂れているぞ」
「垂れてないよ!そこまで節操なしじゃないし」
そう言いつつも視線を料理から外さない辺り実にこいつらしい。遅めの昼食だったとはいえ、この料理を前に食べないでいるのは五月じゃなくてもツライものがある。
「おい、お前らの末っ子がそろそろ暴れそうだぞ」
「暴れないって!」
我慢できずに伸び始めた手を一瞬で引っ込める空腹の犬。他の姉妹が定位置に戻り、各々自分の好きなお酒を持つ。
一花はビール、二乃はワイン、三玖は日本酒、四葉はカシスオレンジ、五月はハイボール。
見事のバラバラなのはいつものこと。中野家五つ子クオリティ。
俺はウーロンハイを片手に持ち、一応今回の主役のため簡単な挨拶をする。
「あー、そのなんだ、本日はお日柄も良く」
「フータロー君、もう夕方だよ」
「フー君、そういう堅苦しいのはいいから」
「フータロー、らしくない」
「上杉さん!もっと楽にいきましょう!」
「上杉君!挨拶はもういいので早く!」
こいつら、人が丁寧にお礼を言おうとしているのに。
「ったく、今日は祝ってくれてありがとうな!乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
6種別々のドリンクがカツンッと心地よい音が鳴った。
一花と三玖は手に届く範囲の料理から取り、届かない料理は二乃と四葉が面倒見良く皿へ乗せてあげていた。五月は手あたり次第に皿へ盛り、幸せそうな顔でモキュモキュ食べている。
その様子を見ていると自然と笑みがこぼれるが、それを一花に見られれば再びからかい対象にされるので、俺も料理に手を付けることにした。さて、何から手を付けようか。
「はい、上杉さんもどうぞ」
魅力的な料理の数々に目移りしていると横から大きな皿が差し出される。皿の上は肉、野菜、魚、ご飯と、一つのプレートのようにバランスよく料理が乗せられていた。
「四葉セレクトのワンプレートです!あ、生魚は苦手って聞いたのでカルパッチョは外しておきましたよ」
しかも俺の好みを完全に把握しているようで、乗せられた料理に苦手なものは1つもなかった。
「あら、フー君生魚ダメだったの?」
「あぁ、昔ちょっとあってな」
受け取った料理に手を付ける。うん、美味い。
としか感想が言えない自分が悲しくなる。味だけではなく見た目も凝っている料理だ、相当手をかけてくれたんだろう。
味の評価はできないが、せめて見た目を誉めよう。
「この料理すごく見た目が凝っているな。何というか・・・・・・凄く美味そうだ」
口から出たのは薄っぺらい感想。どうやら俺は美術的センスが欠如しているらしい。
そんな評価でも気をよくしてもらえたようで、二乃は満足そうに、三玖は安心した表情をした。
新たな自分の課題に頭を悩ませていると、いつの間にかニヤケ顔の一花が隣にいた。嫌な予感しかないその表情に冷や汗をかく。
「それにしてもフータロー君の好みを把握しているなんて流石四葉だね。これはいつでもお嫁に行けるかなぁ」
嫌な予感は的中したようで、その爆弾発言に俺と四葉の動きが止まる。
「い、一花!急に何を言うの!」
「そんな慌てちゃってー。別におかしい事じゃないでしょ?」
四葉をからかう一花が思いついたように買い物袋に手を入れ、何かを俺の手に乗せてきた。
グミ、それはどこにでもありそうな小さなグミだった。他と違うのはそれがリング形状になっており、「指にはめられる」のキャッチフレーズで売り出されているものだった。
「はい、四葉は手を出して。あとは分かるよね、フータロー君?」
一花に誘導されて左手を差し出される四葉は、最初はキョトンとしていたが次第にその意味が分かったのか顔が一気に紅潮する。
ここまでお膳立てされたら俺にも分かる。が、流石にこれは。
「さぁさぁ、フータロー君、どうぞ!」
一花の一言で二乃、三玖、五月が注目してきた。四葉はどうしたらいいのか分からず、顔を赤くしてワタワタしている。
一花のワクワクした目、二乃のキラキラした目、三玖のオロオロした目、五月のドキドキした目。
その視線を一身に受け止めて、俺は―――
「くだらん!」
グッと目を瞑って手に乗せられたそれを一口で食べる。甘味を感じる余裕はなく、ただグミらしい弾力のある歯ごたえしか感じなかった。
「意気地なし」
「チキン」
「臆病者」
「サイテー」
姉妹順々に罵倒されるが何とでも言え。こんな恥ずかしいことをお前らの前でできるか。
罵倒を右耳から左耳へと流して無視する。しかし一瞬見えた四葉の表情は無視できなかった。
俺の愚痴で盛り上がる他の姉妹を見て笑う四葉の傍に寄り、他の奴らにバレないようコッソリと四葉の指に自分の手を近づけた。
左手薬指。その指を自分の親指と人差し指の根元で包むように握る。
予想外の行動に驚いた四葉はビンッと背筋を伸ばして硬直する。少し間をあけて錆び付いた歯車のようにギコギコと俺の方へ首を回す。
「う、上杉さん?」
「3年だ」
一度言葉を切って小さく息を吸う。そしてゆっくりと息を吐いて文字通り一息をつき、四葉の目を見る。
「3年以内にこの指に付けてやる。グミなんて偽物ではなく、本物をだ。だから」
そこまで言って急に羞恥心が襲ってくる。これ以上四葉の目を見ることができず目を逸らしてしまった。それでも一度口にした決意だ、ここで止めるわけにはいかない。
「―――もう少しだけ待ってくれ。・・・・・・今、指のサイズ覚えたからな!これ以上太くなるんじゃねぇぞ!」
恥ずかしくなり最後に意味の分からない言葉を付けてしまった。後から考えてもここの台詞は前半だけで終われば格好がついただろう。
四葉から返事はない。反応がないと不安になるのは誰もがそうだろう。時間を経つつれ羞恥心が焦りに代わり、焦りが不安になる。
自分の行動を後悔し始めて指を解いて手を引こうとする。しかしそれは重ねられた四葉の手によって阻まれた。
「―――待ってますから」
自分の手が四葉の手と重なり、自分だけではない優しい熱を感じる。
「私、いつまでも待ってますから」
重ねた指をゆっくりと動かしお互いの薬指だけを絡めるように手を重ねる。
薬指の未来を想い誓ったお互いの熱は、しばらく冷めることなかった。
正直花嫁の正体が四葉とは思いませんでした。
四葉の魅力は普段は元気いっぱいなのに、恥じらったり詰め寄られると弱々しくなるの可愛いですよね。
勤労感謝の日の四葉デート回でのペアルックを勧められて「やっちゃいます?」の表情が凄く好きです。
次回の更新予定は4月20日です。