μ'sのメンバーが全員ヤンデレだったなら   作:コルセット

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第九話

僕の中で、アイドルという物は偶像であると思っている。

一種の崇拝の対象であるような、物であると。そのためには、偶像も偶像であるためにそのあるべき姿を崩さないようにするものだ。

分かりやすく言えば、アイドルがアイドルでいる必要条件がある訳で。それには色々と束縛されてしまうのだろう。

人付き合いや、性格、趣味や好きな物なども場合によっては書き換えなくてはいけない。恋人に至っては、もちろんだ。

とにかく、何が言いたいのかというと。穢れないままでいるためには、男の影など感じさせてはならない。

そう、教えてもらったんだけど。

 

「にこ先輩。アイドルの基本はいいんですか?」

 

僕の隣で座ってテレビを見ているにこ先輩に語り掛ける。そうそうに僕の家に上がると、いつもやっているかの様に分担をし始めた。

いつものツインテールを解いて、ロングにしている。新鮮な感じだ。

くるりとこちらを体を向け、訝しげに聞いてくる。

 

「何よ?急に」

「いや、前に話したじゃないですか。二人で」

「ああ、あれね。いいのよ、別に。にこはしっかり守ってるし」

「え、あ、そうですか」

 

おかしいな。男に関しては僕がいるからか、すごく言われたのに。

もしかして、僕は男に見られてないのだろうか。それはそれで悲しい気もする。

 

「ねぇ!湊!スビョークラってあるかしら?」

 

キッチンのカウンターから、絵里先輩が問いかける。

しかし、なかなか聞きなれない名前が出たなぁ。スビョークラって、食材だった気がする。

 

「いや、ないですね。ロシアの食材ですよね?多分、近所の輸入スーパーにあると思うんですけど、買ってきましょうか?」

 

そう問いかける。希先輩は忘れたものがあるらしく、自分の家に取りに行っているし、僕とにこ先輩なら僕のほうがこのあたりの地形は知っている。

僕がそう言うと、絵里先輩はエプロンを脱ぎ玄関へと向かう。

 

「いいわよ。私が持ってくるのを忘れたのに、買いになんて行かせられないわ。それに、このあたりの輸入スーパーって一か所しかないから買いに行ったこともあるし」

「そうですか。料理で見ておくものもないですか?」

「ええ。食材を切っただけだから大丈夫よ。じゃあ行ってくるわね」

 

そう言って、外へと出る。それを見送ってからリビングへと戻る。

にこ先輩がソファーにあったクッションを抱きながら、こちらに顔を向ける。

 

「ねぇ、絵里はもう外に出た?」

「ええ、買い物に行きましたよ」

「そう」

 

そう言って、またテレビへと視線を移す。番組は切り替わり、バラエティ番組が始まる。

にこ先輩から少し離れたソファーに座ろうとすると、不満そうな顔で睨まれる。何か用だろうか。

そう思っていると、にこ先輩が口を開く。

 

「なんで離れたところに座ろうとするのよ」

「え、お邪魔かなと思って」

 

いくら知り合いで、仲のいい先輩だとしても隣に座るような度胸は持ち合わせてなどいないのだ。

どうしようもないことだし、分かってほしいとこでもあった。

しかし、こちらの思想などお構いなしのようで。さらに不機嫌になっていくのが手に取るようにわかる。

 

「隣来なさいよ。いいから」

「そう、ですか」

 

隣に座る。甘い匂いが僕の鼻をくすぐる。やっぱり慣れない。

どうしてこうも男と女では違いが生まれるのか。心臓の動悸が聞こえてくるほど五月蠅い。

そんな僕を見て、満足そうに笑う。そのままテレビを見始めた。

僕たちじゃない笑い声が部屋に充満して、擬似的な団欒のような空気を作り上げる。そんな空気のおかげで僕の心臓は収まっていくことが出来た。

テレビを見つめるにこ先輩の顔は笑っているわけではなく、無表情のままで。ただ見ているような気がする。

二人とも何も喋らないが、こんな空気は嫌いじゃなくて、むしろ好きだった。

少ししてから、にこ先輩が語り掛けてきた。

 

「面白くないわね。何だか」

「そうですかね。僕はこういうの好きですけど」

「にこは駄目ね。何が面白いのかさっぱりだわ」

「何だか、笑えるとかじゃなくて。惰性で見てられるからいいんだと思いますよ」

 

テレビのテロップに、人生を変えた人と出る。それについて色々と話を聞いていた。

感動的なものから、笑い話まで色々だった。少し興味があるのか、にこ先輩が食いついて見ていた。

逆に言えば僕はこういうのは苦手だ。何故だかわからないけど、興味が一向に沸かないのだ。

それを見ていたにこ先輩が、僕に聞く。

 

「あんたはこういうのあるの?」

「人生を変えた、ですか。うーん、僕はないですね。これから出てくるのかもしれませんけど」

「何だか湊は冷めてるものね。納得だわ」

「そこで納得されるのはあんまり嬉しくないんですけど」

 

笑いあう。ああ、と一呼吸置く。そう言えば、いたと言えばいた。

あまり言葉に出すのは恥ずかしいのだが。こういう話をするのは珍しいから言っておいたほうが良いのかもしれない。

 

「μ'sの皆と会えたのは人生を変えたと言っても良いかもしれませんね」

「へぇ、そうなの」

「きっと、こんなに一生懸命に誰かのために動くことなんてないと思いますから」

「これから先もあるのにそういう事を言ってもいいの?」

「ええ。未来にあったとしても、今をないがしろになんて出来ないでしょう?それに、僕に理由をくれた一つですから」

「理由?何の理由かしら。働くための理由?」

 

興味を持ったのかさらに聞いてくる。目が輝いているのがわかる。

聞いても面白くなんてないと思うんだけど。でも話をそらすことは出来そうになかった。

 

「いえ、違いますよ。僕を変えたとでも言えばいいでしょうか」

「変えた?何よそれ」

 

首を傾げながら聞いてくる。話そうとして、昔のことを思い出す。

そういえば、そんな事もあったなぁと思う。恥ずかしい事だった。

 

「昔、穂乃果ねぇ達と会ってからの話なんですけど。昔の僕はませていたというか、達観している子供だってよく言われてたんです」

 

何事にも興味が持てなくて。ただ何かを眺めているだけの人形のようだった。

穂乃果ねぇ達が遊びに誘ってくれなければ、何もしない無気力な人間だったと思う。

 

「よく穂乃果ねぇ達が遊びに連れて行ってくれたんですけど。僕はただそれを受け入れるだけで、何もしなかったんです。僕は何も進歩しなくて」

 

一呼吸置く。胸の奥が苦しくなる。ただそこにいれば与えてくれると思っていた自分が、殺したくなるほど後悔の念でいっぱいだ。

どこかでそんなことはないんだって思えれば良かったのに。そんなことも思えないほど泥沼だったんだろう。

黙って聞いてくれているにこ先輩の顔が少しずつ変化してるのがわかる。

 

「特にひどかったのは中学時代でしょうか。普通なら友達を作ろうとするんでしょうけど、僕はそんな事しなかった。いつもの4人でいられるとずっと思っていた。

 きっと人間としては駄目なくらい人との繋がりを求めなかったんです。僕はきっと4人でいるって言う現状に甘えてたんだと思います」

 

それこそ友達なんて要らないぐらいに思っていた、と思う。ぼんやりとしていてあまり覚えていないけど、学校にいるときはずっと無口で。終わってからすぐに穂乃果ねぇ達といたと思う。

それくらい中学には思い出がなくて、高校も同じようになるとこだった。

 

「それから、高校生になって。同じように成りそうなところでスクールアイドルの話があったんです。それから、μ'sの皆と会って。繋がりを知ることが出来て。変わることが出来たんだと思います」

 

だからこそ、誰かのために働くことが出来ることを知って。多分会わなければ、同じような自分から動くような人にはならなかっただろう。

そこからは同年代の友達や先輩も出来て。今思えば、本当に人生の岐路のように感じる。

 

「だから、きっと。この先に人生を変える出会いなんてないと思うんです……って自分語りが過ぎましたね。こんな感じですよ」

 

自虐気味に笑う。こんなこと語る必要なんてない。心の内に秘めといたほうが良い。

ふと目線をにこ先輩に向けると、少し震えていた。心配になって声をかける。

 

「にこ先輩?どうかしましたか?」

「……から、なのね」

「え?」

 

小さく何かを呟いた。それは僕の耳に入ることはなくて。聞き返すことになってしまった。

顔を上げる。にこ先輩の真紅の両目は濁ってしまっているように見えて。引き込まれそうだった。

真紅の両目が僕を貫くように見つめる。少しずつ詰め寄ってくるのが分かり、どんどんと押し倒されるような形になっていく。

柔らかな小さい掌が、僕の手の甲に重なる。ゆっくりと開く唇が一つ一つ言葉を紡いでいく。

 

「湊が、変わってしまったから、私から、離れていくのね」

「何を、言って―――」

「何を、ですって?そうでしょう?違う?変わらなければ離れなくて済んだのに。そうやって皆から離れていくのね。そんなの許せないわ」

「離れるって、誰もそんなこと言ってないですよ」

「言わなくても思うことは出来るわよ。にこはそんなの許さないわ。思うことも駄目よ」

 

僕の手首を締め付けるように握る。少しの痛さに冷静さを取り戻す。とにかくどうにかして元に戻さないと。

このままの状況は好ましくない。

 

「何の話を、してるんですか。ほら、態勢を戻してください」

「どうして、話を逸らすのかしら。にこは騙されないわ」

「騙すも何も、ないですって。離れる気なんてないですよ」

 

離れるとか、騙されるとか良く分からないけれど。とにかく今の状態をどうにかしなければいけないと思っていた。

多分だけど離れるというのは禁句なのだろう。今の状態ではそこまでしか推理することは出来ない。

 

「本当かしら」

「ええ。絶対に。何を思ってそう言ったのは知らないですけど、今のまま皆を見捨てるわけないでしょう」

 

これが正解かどうかは知らないけれど。今言える精一杯であった。

それを聞いたにこ先輩は少し安堵をしたようで。僕にしなだれる。

 

「ならいいの。でも駄目よ。あんたの痛みも、思いも、存在も、体もすべて―――」

 

息を吸い込む。二度と離さないようにきつく抱き締められる。

痛みで、少し顔をしかめるが我慢する。

 

「にこの物よ。これからもずっと離す気はないわ」

 

似たようなことを誰かに言われた気がすると、僕は他人事のように思っていた。


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