μ'sのメンバーが全員ヤンデレだったなら   作:コルセット

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μ'sからみたお話。 絢瀬 絵里の場合。

初めて会ったとき、彼はどう感じていたのだろう。知る事も出来ない思いにもどかしくなってしまう。

聞いてみたいけれど、聞いてはいけないような。きっと、彼にとってはそうでもないことなんでしょうけど。

それでも私は気になってしまう。どう考えていたのだとか、全部。彼の思いから何から何まで、彼のことを知り尽くしてしまいたい。

頭の中でぐるぐるとその欲求が回っている。何だか病気にかかっちゃったみたい、なんて。

 

でも、病気でいい。この気持ちに嘘はつきたくない。だからこそ、思う。

私の知らないところで、何かをしていることがとても嫌な気持ちになってしまうのも。

私が見ている前以外では、泣いて欲しくないのも。

私以外に、そんな笑顔を見せて欲しくないのも。

私が、あなたを好きなことも。

全部、全部。ずっと、病気になってしまっているから。

 

――そんな、病気にかかってしまった、絢瀬 絵里のお話。

 

ふと、目が覚めてしまう。ゆっくりと視線だけを動かして目覚ましを見ると、時刻は3時を少し過ぎたところだった。

上半身だけ、起こす。まだ、夜明けには早い。時刻を刻む針の音が、部屋に反響する。

眠れない。数時間少し寝ては、起きての繰り返しだ。体に悪い事は知っている。けれども、胸の中で渦を巻いたように、ぐるぐるとまわっている物がある。

あの、日記のことだ。私は穂乃果が読み上げるのを聞いていたけれど、それは私にとって大切な事だった。

湊が悩んでいるなんて、そんな事思いもしなかった。ううん、違う。きっと、私は湊の事に何も分かっていなかった。

一緒に、私達は。μ'sは、成長しているんだって思ってた。湊もきっと、同じ考えなんだって、勝手に思い込んでた。

でも、どうしたらいいんだろう。私に何かできるんだろうか。

その思いが、ずっとループしている。あの時からずっと。

―――穂乃果が湊を好きと、話してから。私は、私達は、きっと湊のことが好きなんだって再確認した。

それぞれの思いがあるからどう思っているのかわからないけど。少なくとも私はそう思う。

長い年月を共にしたわけではないけれど、湊の人柄に惹かれてしまったのは本当のこと。

あんなに、人のために努力して、泣いて。でも私達に心配させないために表情を繕ってまで。

自分の身なんて、どうでもいいみたいに動いている、彼のことが。

どうしても、目で追ってしまっていた。心配でしょうがないけれど、それ以上に気になってしまう。

それに、あの時も。

 

「……、ホットミルクでも飲もうかしら」

 

ベッドから降りる。一階に降りてマグカップを用意する。

冷蔵庫から、牛乳を取り出して、マグカップに入れる。

電子レンジに入れて、温める。その様子を少し見つめる。

 

皆の思いを確認した後。どうしたらいいか、話し合った。どうやったら、湊の悩みを解決できるのか。

悩みについては、結論から言えばまだどうしたらいいか分かっていない。

どうやったら、自分が進歩しているのか分からせることが出来るのだろう。結果がすぐに出てくる物でもない。

真姫がカウンセリングの様なものをすると言っていた。

もうひとつ、の事だけど。これに関しては、いけないことだって分かってる。きっと湊に知られたら嫌われてしまうかもしれないことも。

でも気付かなければ。湊を監視するだけじゃなくて、私が知らない湊を知ることもできる。

だからこそ、迷ってしまう。この件についても、保留となった。

はっと、気付く。ホットミルクはもう出来上がってしまって、薄い膜が出来てしまっていた。

その薄い膜を見ていると、今の気持ちと重なってしまっているようで。

私は、薄い膜をとって、ホットミルクを飲んだ。

明日は、練習はない。本来なら、湊の行動を探る日だったけれど、そんな気力はなくて。

息を吐く。ホットミルクが今の気持ちを落ち着かせてくれていた。

少しだけ、上を見つめる。キッチンのタイルに目を移す。意味はないけれど。呟くように言葉を紡いだ。

 

「……明日も早いし、もう寝ましょう」

 

自分に言い聞かせるように、そう呟く。明日は、学校に行かなくてはならない。

生徒会の引継ぎとして、仕事がある。だから、早く寝なくては。

ホットミルクを飲みほして、マグカップを洗い、食器洗浄にかける。

ベッドに入って寝付くまでには、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝。制服に着替え、学校に登校してきた私は、学校の校門に入って、少し驚く。

もう、PVのセットのために着工していた。忙しく現場には人が動き回っている。

ラブライブには出れなくなってしまったけれど。学校の廃校には免れて。でも、まだまだ人を集めるには十分じゃないという理由でPVを撮影することになっていた。

でも、ここまで大掛かりだなんて思ってもいなかった。動いてる人たちを横目に私は生徒会室に向かう。

休日には部活で登校している子もいるけれど、皆物珍しそうに見ていた。ロッカーに鞄を入れ、生徒会室への階段を上がる。

生徒会室を開けて、いつもの席に座る。希は、少し遅れてくるとメールが来ていた。生徒会の他のメンバーは部活が終わった後に来る。

それなら、やることをやってしまおう。書類を引き出して、一つ一つ確認していく。そうして、処理しようとした瞬間。思い出した。

ロッカーの中に入れた鞄の中に、筆記用具を入れたままだということを。

席を立ち、ロッカーに取りに戻る。ふと、窓の外に目を向けると、講堂の裏に見慣れた人影を見た。

少ししか見えなかったけれど。確かに、あれは。

階段を下りて、講堂の裏へと回る。歩いていくと、いくつかの書類を持った湊が見えた。

湊がこちらを確認すると、少し苦笑いをした。

 

「どうも、絵里先輩。おはようございます」

「え、ええ。おはよう」

「絵里先輩は、生徒会の用事ですか?大変ですね」

「……、湊?」

 

はぐらかそうとする湊に、問い詰めるように聞く。訝し気な顔になってしまうのはしょうがない。

湊を見つめると、ばつの悪そうな顔をする。

 

「ちょっと、その書類見せてみなさい」

「あ」

 

少し強引に、書類の一つを抜き出す。そこには図面に手書きで色々と注釈が書かれていた。

これは、多分。いや絶対に。

 

「湊。あなた、これ」

「あー、えっと。いや、あの。ちょっと自分の目で確かめないといけないかな、なんて」

 

目線を服にずらす。所々汚れている。絶対に目で確かめに来ただけではない。

 

「その割には、服は結構汚れているのね」

「あはは……。あの、勘弁してください」

「……。湊、無理はしないって約束したわよね。それに、こういう事は皆でやろう、ってことも」

「そう、ですね」

「皆、業者の方がやってくれるのならって理由なのに。それを湊が一人でやっても仕方ないでしょう?」

「ええ。その通り、です」

 

少し、言い過ぎたかしら。でも、また前みたいになってほしくない。

だからこそ、言ってしまう。

 

「……、心配なの。前みたいになって欲しくないの」

「……」

「あの時も、本当に心臓が止まってしまうかと思った。あなたが倒れたって聞いて。きっと無理をさせたんだって皆思ってた」

「っ……」

「だから、皆あなたに無理をしてほしくない。ううん、一人で背負ってほしくない。私達は10人でμ'sよ。例えステージ上は9人でもね」

「ありがとう、ございます」

 

ここまで言って、日記を思い出す。きっと、今が話すべき時。

変わっていることを感じてほしい。湊も、私達も。

少し、昔を思い出す。あの時、初めて会ったとき。

 

「ねぇ、湊。覚えているかしら。私と湊が初めて会った時の事」

「ええ、よく覚えていますけど」

 

―――――μ'sの初ライブ。μ'sがここから始まる時。誰もいない講堂を見て、彼女たちと話した後。

講堂の端っこで、泣いている湊を見つけたのが出会いだった。男の人がいることにびっくりしたけど、様子が可笑しくて話かけたのよね。

恐る恐るだったけれども。でも生徒会長として見過ごすわけにもいかず。ゆっくりと話しかけた。

 

「何をしているのですか?」

「あ……、すい、ません。えと、これ」

 

首に関係者と書かれた、ネームプレートを見せてくれた。なるほどと、納得したけれど。何故泣いているのだろうか。

そのことを聞いていいのか良く分からない。

 

「ご、めんなさい。邪魔ですよね。すぐに、移動しますね」

「あ、いえ。その」

 

目じりを袖で拭っている。顔を見ると、とても若くて。高校生ぐらいの彼がどうして関係者なのだろうか。

何のために来たのか、興味を持った。勿論、泣いている理由も。

 

「少し、待ってて」

「え?」

 

小走りをして、自販機に向かう。ポケットから小銭入れを取り出して、硬貨を投入する。

一瞬、迷ったけれど、ミルクティーを押す。2つ分の缶を持って、彼の場所に行く。

そこにはまだ待っていてくれて。まだ目には涙が溜まっていた。

 

「これ。飲んで」

「あ……すいま、せん。お金わた、しますね」

「いいのよ。いいから、飲みなさい」

「あり、がとう、ございます」

 

缶を受け渡す。少しずつ飲み始めたのを見て、隣で缶を開けて、飲み始める。

暖かくて、ミルクの甘い味と紅茶の匂いが、広がる。

長く、沈黙が続く。ちらりと盗み見ると、涙は止まっていた。

沈黙を破るために、合わせていた唇をゆっくりと開く。

 

「ねぇ、聞いても、いいかしら」

「なんでしょう」

「どうして、泣いていたのかしら。何かあったの?」

「……」

「あ、いえ。不躾な質問だったわね。ごめんなさい。忘れてね」

「……あの。今ここで、ライブをしていたのを知っていますか?」

 

そのことを言われて、少し鼓動が大きくなる。

彼女たちの強さを見た後だから、なのかしら。

 

「ええ。知っているわ」

「そう、ですか」

「……それが、どうかしたのかしら」

「僕は、彼女たちの演出を任されたんです。でも、僕はこんなにも彼女たちが本気だったのに。僕は」

 

少し声が涙交じりになる。少しこらえて、ミルクティーを飲んでいる。

 

「僕、は。彼女たちに何もできてなかった。謝って欲しくなんてないんです。僕は、軽々しく受けて、中途半端だったんだ。あの言葉を聞いて、彼女たちは本気に動いてるのに」

「皆が折角、手伝いに来てくれて。僕にどうしたらいいか聞いてくれるのに。僕は曖昧なことしか言えなかったんです」

 

思い出す。あの強い意志と、前を向く強さに。

普通ならやめてしまいたくなるのに。

 

「……ごめんなさい。こんな事、あなたに言ってもしょうがないですよね。お話、聞いてくださってありがとうございま―――」

 

彼の目じりをぬぐう。それから、ゆっくりと頭を撫でる。

びっくりしている彼の顔が見える。こんな事、するべきじゃないかもしれない。

でも、見捨てられるほど薄情じゃない。それに、なんだか今の彼を見ていられなくなってしまう。

 

「涙を流しなさい。今は、泣いていいの。それから、強くなりましょう。一歩ずつ、しっかりと、ね?」

「っ」

 

彼女達をまだ、認めたわけではないけど。でも、きっと本気なんだろうなと思う。

分かっているけど、本心はそう思っていても。今の自分に語り掛けているみたい。

 

なんて――――。

 

「あの時のこと、覚えてる?」

「ええ、とっても良く。僕が恥ずかしくて消してしまいたい、記憶の一つですから」

「ふふふ……そうかしら。あのことがあったから、きっと私も元気づけられたんだと思うわ」

「やめてくださいよ……もう」

「いえ、本当にそう思っているのよ?」

 

湊の顔を斜め下から見上げるように見つめる。少し顔が赤くなっている。

意地を張ろうとしてこちらを見つめるが、恥ずかしくなったのか、少し頬が赤みを帯びてくる。

なんだか、何とも言えない空間がそこにはあった。

どちらともなく、顔を背ける。

 

「あー、と。そうですか?僕にはあの時に話してよかったとは思いますけど」

「ううん、そうじゃないわ。その後の話よ。私に勇気をくれた、君のこと」

「なんですか、それ。そんな事しましたっけ?」

「あら。湊は覚えてないのかしら」

 

そう言って、目を見ると少し動揺していた。覚えがない、のだろうか。

私は懐かしむように、少しずつ声を思い出に乗せながら出していく。

 

「私が、μ'sに入る時の事よ。思い出して?」

「えっと……」

「教室に居た時。君が来てくれて――」

 

彼女たちが輝いているのが目に見えて。自分がしていることが良く分からなくなった。

希が私のことを全てわかっているようで。訴えかけてくれたけど、そう簡単には認められなくて。

その場から逃げて。私は自分の教室で、外を見ていたわ。自分の中で整理をつけようとして、だけどそう上手くいかなくて。

どうしたら良いのか、まったくわからなくなってしまった。

まるで、子供みたいね。本当。今思い返せば、そう思うわ。でも、そこに君が来たのよね。

何も言わずに、あの時の様にミルクティーを持って。

 

「これ、どうぞ」

「え?」

 

外を見ていて、気付かなかった。ふと、声のしたほうに顔を向けると、μ'sの演出家さんがいた。

少し、びっくりしてしまう。彼は微笑んで、ミルクティーの缶を置いて少し後ろへ離れる。

 

「ミルクティーです。僕にくれたお返しですよ、生徒会長さん」

「あ、ありがとう」

 

缶のプルタブを開けて飲む。暖かい紅茶の匂いと甘いミルクの味が、心を落ち着かせてくれる。

彼を盗み見ると、同じようにゆっくりと缶を傾けながら飲んでいる。

でも、どうして。何をしに来たんだろうか。

 

「あなた、どうしてここに?」

「いえ、少し。気になって。先程走り去っていたのが目に見えたので」

 

嘘は言っているように見えない。希に頼まれたわけでも、なさそう。

じゃあ、何のために。気になってしまう。

 

「……落ち着きました?」

「え」

「いえ、何だか困惑してる、と言うか。そんな感じだったので」

 

ゆっくりと微笑む。そのまま、缶を持ちながら少し移動した。

私はまだ喋ることが出来なくて。まだ、どうにも整理がついていないのだろうか。

それとも、ただ単に弱い所を見せたくないのだろうか。

 

「そう言えば、前にもこんな事ありましたね。あの時は逆でしたけど」

「そう、ね」

「まあ、生徒会長みたいに気が利いたことも言えないんですけど、ね。何だか男として情けないなあ」

 

おどけたように笑う。少し、楽になる。

彼は、缶に口づけて、またゆっくりと飲み始める。

同じように、飲む。ゆったりとした時間が過ぎていく。

 

「さて、僕は行きますね」

「え、もう?」

 

そんな、まだ来て経ってないのに。

そう思った時、口が勝手に動いてしまっていた。

 

「ええ。そろそろ、時間でしょうし」

「時間?」

「あ、こっちの話です。それに」

 

一呼吸置く。そのまま出口に向かう。

 

「僕は手伝うだけですから。あの時の様に、背中を押してあげるような言葉なんて出ませんし」

「あ……」

「僕が出来るのはこうやってお話するぐらいですよ。それじゃあ、また」

 

そう言って出ていく。それから、すぐに彼女たちが来て―――。

 

「そんなこと、あったでしょう?」

「ああ、何だかありましたね。でもそれは励ました訳じゃ――」

「ううん。そんなことないわ。私にとっては凄く励ましになったの」

 

ほんの少しの間のことだったけど。私にとっては何も言わずにいてくれた君のことが。とても、とても。

動き出すきっかけをくれた、あの微笑みが。今でも鮮明に残っている。

ミルクティーの甘さも。あの暖かさも。何もかも。切り取ったみたいに、保存されている。

 

「そう、ですか。なら、良かったです」

「あの時から、私達は一緒に歩んできたわよね」

「……ええ、そうでしょうね。きっと」

「なら、どうして。……いいえ、ごめんなさい。こういう事が言いたいんじゃないの」

「あ、え?」

 

ゆっくりと抱き締める。湊が持っていた書類はゆっくりと地面に落ちて行って。どうしたらいいのか分からなくなっている、彼の頭をしっかりと抱きとめる。

どこにも行かない様に。ゆっくりときつく抱き締めるかのように。

一つの思いが胸に宿る。頼って欲しい。と言うことが。

 

「お願い。私達を、頼って。きっと、ううん。必ず、力になって見せるから」

「っ」

 

ふと顔を見ると、恥ずかしさのために顔が赤く色づいていた。まるで果実の様に、熟れていく。

刹那、頭に何かがよぎる。それは、もっと見たことのない顔を見たいという心と。

――――他の誰にも湊を見せたくないという心が。

混じり合って、落ちていく。

 

「ねぇ、湊。顔、赤くなってるわよ?」

「あ、ち、違うんです、これは」

「ふふ、どうだったかしら?もっと、もっと。溺れてみない?」

「っ――――」

 

なんて、可愛らしいの。なんて、愛らしいの。なんて、愛くるしいの。

どうして、私以外に見せてしまうんだろう。どうして、湊は皆に好かれているんだろう。どうして、皆に笑顔を振りまくんだろう。

私以外に振り向かないでほしい。私以外のところに行かないでほしい。私の目から離れないでほしい。

 

「絵里、先輩?」

「あ、ごめんなさい。冗談よ?」

「やめてください。心臓に悪いですよこれ。」

「ごめんなさいね。本当。でも、言ったことは本当よ?頼って欲しいの」

「ええ、そうですね。今度からは、心配はおかけしませんよ」

 

そう言って、私から離れる。名残惜しい。ずっとあのままでいたかった。

でも、やっぱり。あの思いは私から消えない。あれは、きっと。

 

私の、本心。


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