μ'sのメンバーが全員ヤンデレだったなら   作:コルセット

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μ'sから見たお話 西木野 真姫の場合

いつから、人を好きになれたと思う?

 

そう、聞かれた。たったそれだけで。その言葉だけで私は動けなくなった。

虚空を見つめるような瞳が、私に向いている。何処までも堕ちて行きそうなそれは、深淵のようで。踠いても踠いても、抜け出せないような。そんな瞳だった。

不思議と怖くは無かった。動けなくなったのは、多分。私と彼の違いが分からなくなった。そう思い込んで。

手を伸ばした。星に手を重ねるように。掴めもしない物が、今は掌の中にある気がしていた。開いて仕舞えば、消えてしまう。泡沫の夢のようだと、嘲笑った。

それでも。夢でいいから。夢で構わないから。夢の中だけでは。

 

私に、星を掴ませて。

 

お願い、今だけは。覚めたくないの。彼の笑顔が。彼の姿が。溶けて行かないでよ。

私を一人にしないで。見栄なんて要らない。本当に欲しいの。欲しくて欲しくてたまらないの。

 

星のような、貴方のことが。

 

ふわりと。夢の中の貴方が、私に触れるようなキスをして。

ベッドから目覚めた。朝日が、頬を伝う涙に反射する。プリズムの様なそれは、シーツへと吸い込まれていく。

ああ。またこの夢か。

ベッドから降りて、鏡を見る。涙の跡が付いている。

跡を指でなぞる。何も、考えられない。本当に嫌な夢だ。

何処かに消えてしまう不安が。喪失感が。私を襲う。

これは夢なんだと、そう思っているのに。どうしようもなく想いが走る。

 

そこまで全速力じゃなくていいのよ。

 

そう、呟いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習後の帰り道。珍しくグッズを見に行こう、となった。珍しく、と言っても私が参加する事だが。だが、全員のモチベーションは勿論、自分自身としてもグッズと言う目に見える評価が出る事は嬉しいことだ。

––––口には、出さないけれど。

それを隣で面白そうに見てくるニコちゃんには、少し腹が立った。

少しぶっきらぼうに問いかける。

 

「……何よ。何か用なの?」

「んーん?唯、真姫が来るなんて珍しいなぁーって」

「別にいいでしょ。偶然よ、偶然」

 

顔をそらす。本心を話すのにはまだ、と言うかなんと言うか、恥ずかしいとはまた違う。

素直に表現出来ないだけじゃなくて––––。

ああ、なんと言えばいいのかしら。

考えていたけれど、馬鹿らしくなってやめた。

 

秋葉原の駅を通り抜け、ショップへと向かう。人の往来が激しい。あまり、こう言う場所は得意ではない。

ふと、隣を歩いていたニコちゃんが、何かを含んだ笑みを浮かべていた。

 

「ふふふ……」

「何よその笑い。気持ち悪いわね」

「気持ち悪いってどう言う事よ!……まあ、いいわ。いいあんた?周りの人の声を聞いてみなさい!」

 

耳を澄ませると、何処からかμ'sじゃ無い?と言った、まるで有名人を見たかのような声が聞こえた。制服も着ているから、バレやすいがそれでも、恥ずかしい物は恥ずかしい。

 

「この注目度!まるで有名人の様じゃない!?」

「ちょ、ちょっと!」

 

さらに注目を浴びる。無理もなかった事だった。そもそもこの通りには、スクールアイドルショップへと続いている道なわけで。

自然に目が集まるのは当然とも言えた。

スクールアイドルをしているとは言え、恥ずかしい物はやはり恥ずかしい。少し顔を下に下げて進む。

こういう時、ほんのちょっとだけニコちゃんが羨ましい。注目でさえ自分の糧としていく姿は、眩しく見えた。

 

スクールアイドルショップに着くと、私達–––μ'sが置いてあった場所へと向かった。けれど、そこには違うアイドルグループのグッズが陳列している。何処かに移動したのだろうか。

ふと、目線をずらすと大きなポップ広告と共に私達のグッズが置いてあった。

少し、いや、とても嬉しい。もちろん表には噯にも出さないけど。みんなが喜んで笑顔を見せている。少しずつやってきた事が認められている気がしている。それは、何事にも代えがたい。μ'sにとっても、もちろん湊にとっても。

そうだ。何か買って行ってあげようかしら。

刹那、脳裏にあの時の日記がちらつく。きっと、目に見える形で進んでいる事が分かったなら。そう、思いたかった。

 

「あの……」

 

声がする。みんなが振り向く。そこには3人組の制服を着た男子がいた。きっと高校生ぐらいだろうか。その制服はここらあたりじゃ見なかった。少し遠い所から来たのだろうか。

代表として穂乃果が受け答えする。どうやら私達のファンらしい。ここではお店に迷惑がかかるため、取り敢えず外に出る。

話を聞けば、穂乃果達3人がやっていた頃からのファンらしく。私達の良さを熱く語ってくれている姿に自然と笑みが漏れていた。私は顔には出さない様にしていたけれど、それでも嬉しい事だった。それから、握手を求められた。それくらいはするべきなんだろう。ニコちゃんもそう言っていたし。握手をする。きっと以前の私なら出来なかっただろう。これもμ'sの、湊のおかげだ。そうだ。やっぱり湊に買っていこう。そう思って視線を動かせば。

 

少し遠くに、消えそうな表情をした湊が見えた。

 

そのまま何処かへ走り出した。嫌な予感がする。途轍もなく私を襲う。

周りを見れば気付いているのは私だけの様だった。どうして湊を見ている時は敏感なのにこういう時は違うのよ!

そう、強く思う。兎に角、追わなければ!

 

「ちょっと!真姫!どこ行くのよ!」

 

ニコちゃんが私に声をかける。けれど応対している場合じゃない。方向的に湊の家に向かったはずだ。

急ぐ。雨が降り始めてくる。けれど傘を差す時間なんてなかった。

 

探し続ける。全神経を集中させる。それでも、見つからなかった。鞄の中にある携帯が鳴っている。きっと、事情を聞きたいのだろうけども、そんな暇はなかった。自然と足が止まる。湊の家の前に着いた。恐る恐る玄関へと近づく。

近づいていくにつれて、心臓が騒ぎ始める。どうしてかはわからないけれども。とても、とても嫌な予感がする。

少し息を吸う。インターホンを押そうとして、ふと視界に隙間が空いた玄関の扉が見えた。

自然と手が動く。扉を開いた。大きな音を立てて。

視界が開いていく。見慣れた湊の玄関が広がっていく。半分まで開けて。廊下に座り込んでいる湊が見えた。

 

「湊!」

 

急いで近寄る。肩に触れる。湊の顔が、その目が。私を貫く。

黒い、黒い目だった。景色を映すだけのビー玉のような。それだけで、異常だと思えてしまうほどに。

 

「っ、どうしたのよ。あなた。ねえ」

「……」

「ちょっと。ねえ。湊?」

「ああ、うん。ごめん。そうだよね。ほんと、ダメだよね。僕は全く。その通りだよ」

「湊……?」

 

おかしい。受け答えが出来ていない。まるで、どこか違う場所にいるかのように。少し、寒気が走った。

私の声も届かない。そう考えた瞬間。私は不意に落ちていくような気がした。どこまでもどこまでも。まるで底なし沼のように。焦る。とにかく、どうにかしなければ。でも、どうしていいかわからなかった。

自然と肩に触れていた手が頬へと移った。

 

「み、なと」

「僕は、もう。わかんなくなっちゃった。どうしていいのかもう。みんなに置いてかれるのが嫌なのに。みんなといっしょにいたいだけなのになぁ」

「……」

 

分からない。どうしてこうなったのか。けれど、きっと何かがおかしいことだけがただ漠然と目の前を覆う。一緒に歩いてきたはずなのに。どうして。

 

「ぼくは。きっと、前から変われないままだったんだ。まるで子供のままだよね。

 わらっちゃうよ。まえから、ほのかねぇたちに依存していたなんて、分からないふりしてさ。

 そのくせ僕はそのことを知っておきながら自分から離れようとしてたんだ。

 わかんないよねもう。分からないよ」

 

まるで、子供のように戻ったり今に戻ったりするような。そんなタイムスリップを起こしているようだった。頬に置いていた手をゆっくりと背中に回す。

こんなこと、普段はできないけれど。それでも今はそうしなければどこかに行ってしまうような気がして。

半渇きのシャツが、濡れたシャツとくっつく。

髪が頬に当たって。雫が頬を濡らして。鼓動が合わさるように動く。

つぶやく。声を出そうとして、かすれる。けれど、もうどうでもいい。とにかく伝えたい。

 

「どこにも、行かないわ」

 

ただ。それだけ。感じる体温が、ここにいるのだと伝えてくれれば。きっと。

少しだけ、鼓動が跳ねていた。ああ。よかった。

 

「まきちゃん」

「何かしら」

「僕は、間違ってるのかなぁ」

「わからないわよ、そんなの」

「そっか。ありがと」

「……」

「うん。あり、がと……」

 

声がかすれていく。暖かい雫が首筋を濡らす。

鼓動と雨音だけが、響く。きっと。分からないことがたくさんあるけれど。

今だけは、このままでいれば。大丈夫だろうから。

 

だから。このままで。

 


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