μ'sのメンバーが全員ヤンデレだったなら   作:コルセット

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僕から見た、安らかな休日

雨はそんなに好きじゃない。濡れてしまうし、傘を差さなければいけないと言うところにも億劫だ。

そして何より、空気がどうしても好きになれなかった。雨が降っている外を、窓から眺めていると、深く沈んでいくような気がして。

雨の一粒一粒が、地面に落ちて。その雨粒が、広がっていって。地面を雨で塗り替えていくのを見ると、何だか不思議な嫌悪感が僕を襲う。

嫌になるほど雨を体験しているはずなのに。一向に僕は、この感覚に慣れることなんてなかった。

だからこそ、雨が降ると外に出たくない。雨を恋しく思うなんて事、なかった。無かったはずなのに。

 

今が、こんなに雨が恋しいと思うなんて。

 

昨日の天気予報では、今日一日、昨日の雨を引き摺ると言っていたのに。朝起きて、カーテンを開ければそこには、眩しいぐらいの朝日が差し込んできて。

僕に降り注ぐ、日の光が認めたくない事を認めさせてしまう。ああ、晴れてしまった。こんな時に、天気予報が外れるなんて。

そうなってしまえば、約束した通りに行かなくてはいけない。枕元に置いてある携帯が、通知を告げている。

何も言わなくても、分かる。どうせ、時間と場所が書いてあるはずだ。画面を操作して、内容を見る。予想通りだ。

時間が、午前なことを考えると。この様子じゃあ、お昼まで出さなくてはならない。

僕は、部屋の箪笥から封筒を取り出す。小遣いの中から取ってある、何か有った様。予備費と言われる物。それを取り出す。

数少ない僕の紙幣達の、目を覚まさせる。痛い出費だけども仕方ない。約束したことを無下には出来ないだろうから。

背伸びをする。約束の時間まで、あと二時間程度。それまで、ゆっくりすることに決めた。

二度寝をしない程度に、ゆっくりと。

 

人々が行き交う。それぞれが違う場所を見ていて。それぞれが誰かを待っていたりしている。

要するに、駅だ。僕が雪穂達と、約束の場所にしていた所もここだ。生憎、僕の家と彼女の家の間にあるため、良く待ち合わせ場所として利用していた。

勿論、公園も使っていたし、どちらかと言えば公園のほうが使っていたけれど。ここもよく使っていた。どちらかと言えば、遠出して買い物する時はいつもここだった気もする。

近くに寄ってくと、駅の入り口の柱に、今回のメインの二人が見える。少し、早くそこに向かって歩く。

時間より、早く来たはずなのに。待たせたら、怒るだろうか。そんな事を、思いながら。

 

「や。ごめんね。待った?」

「あ、やっと来た。遅いよー、みーちゃん」

「いつになったら、雪穂は僕のことをお兄ちゃんって呼んでくれるんだろうね」

「もう無理だよ。昔から知ってるし、お兄ちゃんって感じじゃないし」

「くぅ……事実だけに何も言えない。亜里沙ちゃんも、ごめんね。待ったでしょ?」

「い、いえ!全然、待ってないですよ」

 

両手を目の前で、降る。その仕草が可愛らしくて、笑みが出てしまう。

なんだか、こう言う仕草にも愛らしさが出るのは、彼女だからだろうか。

 

「そっか。ありがとうね」

 

それと同時に、雪穂が言葉を放つ。持っていた少し大きめのバッグから、パソコンを取り出す。

 

「これ、頼まれてたやつ。ノートパソコンって意外と小さいのもあるんだね」

「お、ありがと。これは持ち運び用みたいなやつだよ。もっと大きいのもあるさ」

 

僕が持っているのは、ノートパソコンでも比較的小さめで。家に置いてあるデスクトップとは別に、持ち運び用が欲しかった。

それを受け取り、バッグの中に仕舞い込む。

 

「みーちゃん、これで貸し二つだね。黙っててあげる奴と、これで」

「ええ……。これに関しては、数えないって事じゃ駄目かな?」

「んー、仕方ないな。みーちゃんの顔を立ててあげましょう」

「……、顔は立ってないけど、ありがと」

 

貸しの一つは、たまたま昨日の様に、舞台の建設や構成の事を見られてしまい。業者の方が見ている前で、土下座までして黙っててもらうことにしたこと。

倒れてしまった時、病室に駆けつけてくれたμ'sのメンバーを除くと、次に駆けつけてくれたのはこの二人だった。と言っても、皆が到着して、怒られてから、三十分もたたない事だったけれど。

彼女達にも、心配をかけてしまった。一生分怒られたんじゃないかってほどに怒られたし。そんな事があったからこそ、ばれてしまうのはまずい事だった。

何とか、訳を話して怒られながらも、納得してもらい。貸し一つ、と言うことになってしまった。

 

「まぁ、行こっか。お店の方向は向こうだしね」

 

そう言って、なんとなく歩き出す。歩き出したのはいいけれども。亜里沙ちゃんは、何か言いたそうな顔をしていた。

僕はなんとなく聞こうかと思ったけど、きっとあの事だろうなと思った。雪穂のことだし、細かい説明をしていないだろうし。

 

「ねえ、亜里沙ちゃん?何考えてるか当ててあげようか?」

「え?」

 

何だか迷っている顔が、さらに困惑しているのが見えた。

もし、これで違ってたらとっても恥ずかしいのだけど。その時は、雪穂にフォローを願おう。

 

「私まで、奢って―――ああ、えっとね。私まで何か買ってもらうなんて悪い、なんて思ってない?」

 

分かりやすいように、噛み砕く。通じるかもしれないけど、通じなかったほうがどうも恰好がつかないし。

 

「あ、そ、その通りです。でもどうして?」

「んー、亜里沙ちゃんの顔に書いてあったから」

「え!」

 

顔を触る彼女が、可愛くて。微笑が漏れてしまう。

雪穂がじっとりとした目で、見てくる。でも、仕方ない。こう、何と言えばいいのだろうか。真姫ちゃんとは違った、弄りがいのある可愛さがあって。

小動物の様な、そんな可愛さがある。

 

「嘘、嘘だよ」

「あ……もう。また亜里沙の事からかったんですね、湊さん」

「あはは、ごめんね。可愛くてさ。えっとね、雪穂の事だから、きっと細かいこと話してないだろうなって。そう―――あれ?どうかした?」

「……いえ、なんでもないです」

 

顔が、少し紅い。そのまま、俯いてしまう。これに関しては、僕は何もしていないはずだ。多分。

ちらりと、助けを求めるようにして雪穂を見る。彼女は、呆れた様にこっちを見ていた。

 

「はぁ、みーちゃんのその癖は治んないんだね。そうやって弄るのやめたほうが良いよ、って言ったのに」

「ええ……?だって、楽しいし、駄目かなぁ」

「そこじゃないんだけどなぁ……。その癖、お姉ちゃんみたいなタイプには弱いのに」

 

はぁ、と溜め息を吐かれる。これに関しては、いつも言われてしまう。

楽しいし、可愛い一面が見れるから、止めたくはない。――――勿論、声には出さないけど。

さて、と仕切りなおす。未だに、少し俯いている亜里沙ちゃんに言い聞かせるように、優しく話す。

 

「亜里沙ちゃん。きっと、君の事だから、貸し借りなんてなくてもって思ってるんだろうね。雪穂は、そう思ってないみたいだけど」

 

目線を向けると、にししと笑顔を見せる。姉と違って、こういう所が少し打算的だ。

少し、いや大分だけど。目線を戻す。

 

「それで、あー、なんと言うかね。んーとですね」

「こら、みーちゃん。考えてなかったの?」

「実は、そうなんだよね」

「はぁ、もう。何だか、かっこいい一面が見れるかなーって思ったのに」

「見せられたら、見せたいんだけどねー」

 

顔を、崩して笑う。何と言うか、こういう空気が楽だ。一つ一つ考えるんじゃなくて。

自然に言葉が出てくるような、こんな空気が好きだから。無理に考えなくてもいい。

後は、きっと。自然に出てくれた言葉が、紡いでくれるから。

 

「ふふっ」

「お、そうそう。そういう笑顔さ。そりゃ、僕と亜里沙ちゃんは、まだ出会って数か月だけどね。こういう空気に慣れてくれたら嬉しいなって」

 

たまたま、学校の帰り道。雪穂と一緒に歩いている彼女を見つけて。話したのが最初で。それから絵里先輩の妹さんって知って。

いろいろあって、今がある。それで、良い気がする。だからこそ、僕らの空気に感染してくれればと思う。

 

「なんだか、何回も会ってる筈なのに、違う人に会ったような、そんな感じがします」

「んー。ほら、僕と雪穂は昔から知ってるでしょ?それで何だか、入りにくそうにしてから。そんな気遣い不要だって言いたかったんだ」

「ほぇー。みーちゃん、そういう事考えてたんだ。私には、さっぱり思ってなかったよ」

「僕は、男って言う条件もあるしね。いくら仲が良い子の友達だからとは言っても。何回か会えば仲良くなるけど」

 

二人を見る。僕がこういう真面目な話をすることなんて、このメンバーじゃ最後にして欲しいから。そういう願いも込めて。

僕は、二人に向けて話す。

 

「そういう条件を抜きにして、楽でいたいって思ったから。気が置けない……っと、要するに、気を遣わなくても良くなりたいって事!」

 

微笑む。それに釣られて二人も笑う。多分、言いたいことは伝わったはず。それじゃあ、こんな真面目な空気はごめんだ。

用件だけ話して、お昼を食べに行こう。お腹も空いてきたことだし。

 

「んで、僕がお金を出す理由もそういう事さ。君たちは美味しい物を食べて、笑顔を見せてくれればそれで十分!」

「ええ!本当、みーちゃん!」

「いや、毎回は奢んないぞ」

 

釘を刺す。真に受けて毎回奢るなんて、溜まったもんじゃない。そのやり取りを見て、亜里沙ちゃんが笑う。

ほんわかとした、優しい空気が僕らを包んだ気がする。

 

「じゃ、ご飯食べに行こう。何か食べたい物はある?」

「何でも―――」

「何でもいいは、なしだよ亜里沙!」

「何でもいいは、駄目だよ亜里沙ちゃん」

 

声が被る。目線が声のした方に移る。どうやら、同じことを考えてたようで。苦笑する。

ここは、彼女に任せよう。僕は、少し空を見る。どうやら、今日、晴れていたのも、今となってはよかったのかもしれない。

外してくれた天気予報に、少し感謝しつつ、意識を戻す。雪穂の教えはどうやら伝わったようで。

 

「さて、じゃあ。何か食べたい物はある?」

 

願いを聞いて、僕はお店を提案する。二人の了承を得てお店へと向かう。

一歩踏み出してくれた彼女と、可愛い妹の様な彼女をエスコートする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事を済ませて、お店を見て回る。遊ぶといったら、カラオケか、こうやってお店を見て回るぐらいだ。

服を見に行くのもいいけれど、二人はまだ中学生だ。服を買うといっても限度がある。そんなこんなから、小物や雑貨店を中心に回る。

僕は、こういう雑貨が結構好きで。見て回るのが楽しみだったりする。

二人の様に、目を輝かせるようなほどではないけれど。ペンケースや、フォトフレーム。色々と手に取りながら見ている。

なんだか、その様子が可愛らしくて。笑みがこぼれてしまう。

 

「ねぇ、みーちゃん!これ加湿器なんだって!」

「ハラショー……。本ではなかったのですね。湊さん!これ見てください!」

 

僕を呼ぶ声が聞こえる。なんとなく手に取っていた、デスク用の収納箱を置く。

近くに見に行くと、本と見間違うような、そんな加湿器があった。

 

「うわ、なんだこれ。穂乃果ねぇの前に置いたらびっくりして、騒ぐんじゃないか。本から煙が出てるー!って」

「お姉ちゃんのそう言ってる姿が浮かんだよ……」

「でも、これ、良くできてますよ。雪穂なんて開こうとしてたんですから」

「うわわ、亜里沙!しーっ!」

「姉の血は受け継ぐものだったね……」

 

そう、話をしながら、買い物を続ける。余り手の出さないものや、形が面白いものから、多々あった。

残念ながら僕は、購入したくなるような気が惹かれるものはなくて。店を出ようとした。

ふと、振り返ると、二人が僕を見ていて。何だか先に行って欲しそうにしていた。

そのことが分かっていれば、居座る理由もなく。先に外で待ってるとだけ告げる。

外に出て、数分もしないうちに出てきたことに、少し疑問を抱いたが、大したことではないと無視することにした。

それから幾つも回っては見たけれど、僕の心を動かすような物はなくて。どうやら、これに関しては二人も同じだったみたいで、手に持っては戻して、と繰り返していた。

僕らは、こうなると選択肢は限られてくる。ゲームセンターか、カラオケか。もしくはカフェに行くか。少し話し合い、今回はゲームセンターに行くことにした。

歩いて、数分。煌びやかな電光と、出入りの際に音が漏れている。ここらでも、大きいゲームセンターの一つに来た。大きいゲームセンター特有の、大きなロゴとビルが目を刺激する。

 

「んと、何する?UFOキャッチャーでもする?」

「ねぇねぇ、あれやろうよ!ダンスゲーム!」

「ダンス……?」

「あれ、亜里沙ちゃん初めてか。結構来てるみたいだけど、そう言うのに手だしてなかったんだね」

 

話しながら、エスカレーターを上がる。少し歩くとすぐに、お目当ての筐体が見えた。

ダンスの音楽ゲーム。四方向のパネルが、足元にあって。画面に映し出される方向と連動していて、タイミングよく合わせて踏むゲームだ。

ゲームだからと言って侮ることは出来なくて、意外にも本格的なダンスのステップや、体力なんかも要求される。音楽も、ダンサブルなものが多く、馬鹿に出来ない。

僕は、荷物を備え付けの籠に置いて、説明をする。……多分、見たほうが速いけども。

一通り説明をしても、首をかしげている。まあ、そう簡単には分からないだろう。

 

「じゃあ、僕と雪穂がやるからそれを見てて。多分見たら分かると思うし」

「分かりました!」

 

ちょこん、と後ろのベンチに座る。荷物を下げたままと言うことに気付いた。籠に僕と雪穂の荷物を入れて、近くによる。

 

「はい、荷物入れに入れちゃいなよ、そのカバン」

「あ、ありがとうございます」

「ん。じゃあ、ここに置いとくね」

 

カバンの入った籠を、亜里沙ちゃんの座っていたベンチの横に置く。

腕まくりをしながら、雪穂を見る。僕と彼女の実力は、同じぐらいだ。可もなく不可もなく、普通だ。

でも、対戦となると熱くなるのは、何故なんだろうか。きっと僕の中にある、小さい闘争心がやる気を出してくれているからだろうか。

 

「今度こそ、勝つよ。雪穂。ここの所負けこんでたからね」

「ふーん?みーちゃん、強気に出たね。私だって、負けないよ」

 

どうやら彼女も同じみたいで、闘争心が見て取れた。硬貨を投入して、二人プレイを選択する。

曲の選択は、雪穂に任せることにした。僕らの得意な曲は、丁度似ていて、アップテンポな曲が得意だった。

曲が選択される。この曲は――――。

 

「僕が、勝ったことない曲を入れてくるか」

「みーちゃん、この曲苦手だもんね」

 

この譜面には、変則的なステップが幾つもあって、リズムを取るのがかなり難しい。

一度踏み外してしまえば、またリズムに乗るのは、至難の業だ。

画面に、スタートの文字が浮き出る。ふと、視線を亜里沙ちゃんへと移す。目を輝かせながら、見ている姿が視認出来た。

これは、もう。なおさら。

 

「負けるわけには、いかないよね」

 

小さく呟く。自分の気持ちを鼓舞させるためにも。それから、すぐに。僕は、矢印の方向へと足を動かした。

靴のグリップを利かせる。足が固まらない様に、なるべく柔らかく。譜面を目で確認する。

下から上に流れてくる譜面は、目では追わない。そう、目で追ってはいけない。

追えば、集中はそこに向かってしまい。体の動きに規制がかかる。だからこそ、確認するぐらいでいい。

なるべく、出来るだけ。自然な体の動きに任せる。意識しすぎずに。

ステップを踏み続ける。最後まで、気を抜かずに。踏み切れない所は、切り替えて。

曲の終わりとともに、大きく息を吐く。後は、点数だ。リザルトが画面に表示されていく。

点数と、評価が出る。僅かな差で、僕の勝ちだった。

 

「おおお、勝てた!」

「ええ……この曲で、みーちゃんに負けるなんて、ちょっとショック」

「僕も、毎回負けるわけにはいかないからね」

 

僕はそう言って、筐体の台から降りる。目を輝かせたままの、亜里沙ちゃんの元へと歩く。

こちらを見る目が、どうやら理解したということらしくて。僕は、少し微笑みながら話す。

 

「その様子を見ると、分かってもらえたみたいだね」

「はい!とっても面白そうです!」

「うむうむ。じゃあ、やってみよっか」

 

ワンクレジットで三回まで出来るため、まだ踊ることは可能だ。僕は座っていた彼女の手を取って、エスコートする。

緊張と、楽しげな感情が混ざった顔は、僕が初めてこのゲームに触った時と、同じように見えて。

ゆっくりと、リラックスしてもらうために。僕は、アドバイスをする。

 

「そんな固まんなくても大丈夫だよ。最初は簡単さ。ほら、深呼吸してー」

「すぅ……はぁ」

「そそ、力抜くぐらいで言いんだよ」

 

深呼吸を続けてもらう。筐体の台の上に立つと、どうしても高揚感が隠し切れないものだ。

僕は、深呼吸を続ける彼女を尻目に、雪穂と会話をする。

 

「初めてだし、簡単な奴だよ?」

「わかってるよ。それくらい」

「ん、そっか」

 

雪穂が、初心者用の簡単な曲をセレクトする。僕は、そっと離れて、先程まで座っていた亜里沙ちゃんの席に移動する。

楽しそうに雪穂が、亜里沙ちゃんに話しかける。それに笑顔で答えていて。とても微笑ましかった。

プレイはやはり、初めてだから仕方ない。焦ってしまったり、ステップが崩れたりする。けれども雪穂が、しっかりと教えていて。

二曲目には、かなり踊れていた。何と言うか、絵里先輩の姉妹だからなんて言い方悪いかも知れないけど。こういう事にセンスはあるのだなと思った。

プレイが終わってから、嬉しそうにこちらに向かってくる。まるで、子犬のようだ。なんて。言葉にはしないけれども。

 

「湊さん!見てましたか!私とっても、これ好きです!」

「おお、いいねぇ。僕らの競争仲間に飛び入り参加だね」

「みーちゃん、亜里沙凄いよ。まだ二回目なのに、結構踊れてたし」

「見てたよ。僕らも、うかうかしてられないねぇ」

 

子犬の様に、僕に楽しさを一杯に表現してくれる彼女が、愛らしくて。

自然に手が、頭を撫でてていた。本当に、意識なんてしていなかった。子犬みたい、と思ったからだろうか。

優しく、ゆっくりと撫でてしまっていた。

 

「あ、ごめんね。ついうっかり」

「……ハラ、ショー」

「え?何か言った?」

「あ……いえ。その、湊さんがお兄ちゃんみたいに見えて。だから、その。続けて、下さい」

 

僕の目を見て、そうお願いされる。僕の手は引くことは出来なくて。そのまま、絹糸の様な、滑らかな髪が僕の手に伝わる。

絵里先輩よりも少し暗めで。鶸色の様な繊細な色だ。柔らかくて、とても甘い花のような匂いがする。

なんだか、引き込まれてしまうような。そんな感触と匂いだった。

 

「……。ね、みーちゃん」

「え?」

 

雪穂に呼ばれる。目線を向けると、頭を若干こちらに向けていて。顔が恥ずかしそうにしていた。

そこから、言葉は紡がれなかったけど。僕は、なんとなく、分かっていた。

妹が新しく出来た、そんな気になりながら。僕は、雪穂の頭を空いている方の手で撫でる。

 

「んぅ」

 

くすぐったそうに、声を漏らす。艶やかな赤銅色の髪の毛が、緩やかに流れていく。

髪の一つ一つが、光沢を放っていて。柔らかいけれども、しっかりとした。そんな手触りがした。

指で少し、髪の毛を押すと、優しく返ってくる。小豆の様な、そんな甘い匂いがする。

このまま、時間も忘れて触れて居たくなってしまいたくなる。両方の感触が、僕の心を刺激する。

このままじゃ、変な目で見られてしまう。

 

「っと、じゃ次行こっか」

 

と言って。無理矢理、僕の心に言い聞かせるようにする。二人の顔を見れなくて。何だか妹と思っていても、恥ずかしいものは恥ずかしいんだ。

立ち上がって、籠の中からバッグを取り出す。二人のバッグも渡して、次に向かう。

次は、どうやらプリクラにするらしい。こう言う物自体、僕はあまり得意じゃない。何というか、雰囲気と言うか。

何とも言いにくいものがそこにはあって。あまり、入らない場所だ。僕は渋々、二人に連れられる。

硬貨を投入すると、そう言えば場所決めをしていなかったと思い出す。

 

「場所はどうする?どう並ぼうか」

「みーちゃんが真ん中で、私と亜里沙が横でいいんじゃない?」

「亜里沙も、それでいいと思います」

「ん、分かった」

 

こういう時に反論してもしょうがない。多数決で出てしまっている。欲を言うなら端が良かったけれど。

案内通りに進んでいく。フレームや色々なことは二人に任せる。その内、カメラのアングルが画面に映された。

 

「みーちゃん!ほら来て!」

「湊さん、来てください!」

「はいはい」

 

呼ばれて、横に並ぶようにする。ポーズはどうしようか。ピースでもいいかな。

そう思っていたら、僕の両腕を取られて。驚いている間に、シャッターのカメラは切られた。

 

「うぉ、びっくりしたなぁ」

「へへへ、ごめんね。みーちゃん」

「……、はいはい」

 

雪穂はいつもの事として。亜里沙ちゃんまでするとは思ってなかった。

隣を見ると、若干赤い顔でにこりと笑った。

まったく、もう。無下に出来なくなるじゃないか。それから、同じようなポーズで何枚か撮られ。気分は、何だか連れられている宇宙人のようだった。

外に出て、悪戯書きのコーナーがあった。二人は思い思いに描いていく。僕も誘われたけれど、そう言うのにはセンスが無くて断った。

時間ぎりぎりまで書いている。ふと、画面を見ると。一枚だけ何も書いてないのがあった。初めに撮った物だ。

 

「あれ、これはいいの?」

「あ、うん。これはこれでいいの」

「……?そっか」

 

良く分からないけど。良いというならいいんだろう。決定ボタンを押して、取り出し口からプリクラが落ちてくる。

それを丁寧に切り分ける。二人は手帳などに貼っていたけれども、僕は生憎あんまりなくて。一枚だけ、パソコンの外側に貼った。

そのプリクラには、仲良し三人組と書かれていて、優しく心が暖まるのを感じた。自然に笑顔が漏れてしまうのも、しょうがない事だ。

それから、UFOキャッチャーや他のゲームに目移りすることもなく。時間も丁度夕方になり、お開きとなった。

僕らは、外に出る。ふと、思い出すことがあった。パソコン用の外部記憶媒体が欲しかったことだ。

 

「ああ、そう言えば。僕は買い物しに行くけど、どうする?ここで別れちゃうかい?」

「どこに行くんですか?」

「えーと、秋葉原駅の近くなんだけど」

「ここから、帰り道と逆方向ね」

 

雪穂が言ったとおり、丁度僕が目指してる場所は逆側で。二人の家はここから近かった筈だ。

そうなると、帰った方が速い。それに遅くなってしまう。

 

「じゃあ、私達はここで帰るよ」

「そっか。了解」

「あ、湊さん!ちょっと待ってくださいね」

 

僕を呼び止める。雪穂と亜里沙ちゃんが、二人で袋の中から出して、何かを入れていた。

何だろうか。気になる。

数秒もしないうちに、二人から手渡される。キーホルダーだった。中にはさっき撮った、落書きのしていないプリクラがあった。

 

「これ、さっきの」

「うん。今日一日のお礼!みーちゃんにはいつもお願い聞いてもらってるしね」

「それで、雪穂と話し合って。亜里沙達のお礼として渡すことにしたんです」

「うう、いい奴らめ。僕の財布の紐がどんどん緩くなって行くじゃないかぁ」

 

二人を撫でる。本当に良い娘たちだ。撫でる力も優しく、けれども少し激しくなってしまう。

ちょっとばかし、潤んだのは内緒だ。ぽんぽんと、頭を優しく叩いて、お礼を言う。

 

「ありがと。これ大事にするよ」

「うんうん。それじゃあね」

「また、今度!」

 

二人が手を振って歩いていく。僕はキーホルダーをカバンの中に仕舞う。これは家で飾る予定だ。

そのまま、僕は家電量販店へと向かっていく。今日が良い日であったと思いながら。

 

そう、思っていたはずなのに。


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