ゆみずか みなと
この物語の主人公。2年生組とは昔からの付き合いだが、年齢は一つ下。
また本編との時間軸が曖昧です。またライブ表現などは無い為ご注意ください。
第一話
うららかな春の日が窓から射しこみ、朝の空気が体を覚醒させる。まだ眠気眼だった僕は、いつものようにリビングの雨戸を開けた。
さわやかな空気と共に、聞き覚えのある甘い声が傍から聞こえる。体がこそばゆくて震えた。
少しため息をつくと、そちらに顔を向ける。綺麗な笑みと共に目線が三つも刺さる。これもいつも通りであった。
「何か用?ことりねぇ、海未ねぇ、穂乃果ねぇ」
「え、用がなくちゃ来ちゃいけない?」
少し不思議そうに首をかしげる穂乃果ねぇ。後ろで呆れたようにしている海未ねぇとは真逆に、綺麗な、陰りも見せない笑みを浮かべることりねぇ。
いつも通りの光景だった。と言っても半年ほど前に一人暮らしを始めてからだが。
「いや、別にそう言う訳じゃ無いんだけど。それにしても毎朝来なくても。学校から遠いでしょうに」
「だって、心配なんだもん。みーくん、ちゃんと起きれるかなって」
「そうですよ、湊。一人暮らしを始めたからには、自堕落な生活など送ってはいけません」
「そうだよ!穂乃果、とーっても心配なんだから!」
「そっくりそのままお返しします」
「むー!最近はちゃんと起きてるもん!」
そう言えば、そうかもしれない。数か月前まで、寝坊が多かったのに。ここ最近しなくなったみたいで。
穂乃果ねぇの母親から涙ながらにお礼が来たのだが、いったい何だったんだろうか。寒気がするのは、気のせいであってほしい。
苦笑すると共に、時計を見る。そろそろ出なくてはいけない時間だ。
「ちょっと待ってて。着替えてくるよ。お茶でも飲む?」
「うーん。いや、大丈夫だよ!外で待っとくね!」
「海未ねぇとことりねぇは?」
「いえ、大丈夫です」
「ことりも大丈夫だよ!」
そうなると、速く着替えなくてはいけない。あまり女の子を待たせるのは良くはない。
すぐに自分の部屋に行くと、昨日のうちに用意してあった制服に着替える。
机の上に置いてあった鞄を持ち、扉を開けた。
その瞬間。コルク色の髪が目の前でさらりと流れ。体に少し衝撃が走る。とっさに抱き留めてしまう。それが、ことりねぇである事を認識するのに数秒を必要とした。
「っと、ことりねぇ?」
両手でことりねぇの両肩を軽く押し、立たせる。顔を見ると、何か言いたげだった。
「ね、みーくん。ちょっとお部屋入ってもいい?」
「え?」
「この間ね、遊びに来た時に忘れ物しちゃったの」
と言って困ったように笑う。両指をクロスさせるかのように合わせる。
果たして、忘れ物なんてあっただろうか。まあ、すぐに見つかるだろう。広くもない部屋であるし。
「いいよ。すぐに見つかる?手伝おうか?」
「ううん。大丈夫。ヘアゴムだし、すぐに見つかるよ!」
「そっか。じゃあ先に玄関にいるから」
そう言って、玄関に向かう途中。リビングに置いてある受話器が落ちているのが目に入った。
いったい何時落ちたんだろう?少し疑問に思いながら、元に戻す。何だか幸先が悪いというか。何というか。苦笑してしまう。
そのまま玄関に向かい、靴を履いて外に出た。そこにはいつもの様に話し合っている2人がいた。
「あ、来た来た」
「ごめん、待たせちゃった?」
「いえ、そんな事はありませんよ。ことりはどうしたのですか?」
「すぐに戻ると思うよ……って言ってる間に来たね」
「じゃあ、学校に向かって出発!」
と、穂乃果ねぇが元気よく言って、先に進む。そのあとを追っていく。
何時もの、風景だった。先を行っていた穂乃果ねぇがくるりと向いて、そういえばと口火を切った。
「今日は練習見に来る?」
「あー、もうそろそろ次のPVの演出考えないとなぁ」
「そうですよ。次のPV撮影までそう時間はないんですから。歌もダンスも仕上がってますから、後は演出だけですよ」
厳しい一言を貰ってしまう。しかし、そう言われても構成を考えるのは難しいことなのだ。
今の所、考えなど纏まっていなかった。 μ'sの演出家担当として抜擢されたのはいいが、そう何度も上手く考えが付く訳では無いのだ。
「ま、学校が終わったらそっちに行くよ。その間に何か考えとくね」
「みーくん来るんだぁ……。いろいろ用意しておかなくっちゃ!」
「そんな用意されると逆に行きずらいんですけど……」
足を進めていくと、いつもの分かれ道にでた。鞄を背負い直し、別れを告げる。
刹那、ことりねぇの忘れ物の事に気付いた。結局の所あったのだろうか。
「ことりねぇ。忘れ物あった?」
その言葉に対して、ことりねぇは首をかしげる。何か、おかしいことでも言っただろうか。
それとも言葉が足りなかっただろうか。もう一度、しっかりと肉付けして言う。
「ヘアゴム。僕の部屋に忘れたんでしょ?あったのかなって」
「あ、うん。あったよ。あった」
「ならいいけど。気を付けてね」
何だか、返答に乏しいというのだろうか。しっかりと返してこないと、気になってしまう。
穂乃果ねぇに負けず劣らず、抜けたところがあるからだろうか。
「じゃあ、また。学校終わりに電話するね」
「うん。それじゃあね」
そういって別れる。今日も、長い一日が始まる。