忍者とエアマスター
――銀座 CAFEでいびす――
「なあ壊爺、『エアマスターって知ってるか?』」
多仲忍者の問いに、店の老マスター璃刃壊左 は答えた。
「えあますたあ、で御座いますか。これはまた懐かしい。忍者坊はその名をどちらでお聞きになりましたか」
「今日路上で襲撃かけてきた半グレが言ったんだ、『エアマスターって知ってるか?』って。もちろん即半殺いたけどよォ、そいつが何か妙な麻薬キメてて、少し気になってさ」
忍者の説明を受けながら、壊左は静かに珈琲カップを傾ける。愛用の片眼鏡を湯気で曇らせながら、老人は「えあますたあ」の響きを古い記憶の中に探っているようだった。
「でいびす」のマスターの顔は、璃刃壊左の表の顔に過ぎない。大都会東京の裏社会で悪事かます輩を成敗する現代の忍者衆「帝都八忍」の第二席にして、全ての東京忍者の師。それが璃刃壊左の裏の顔である。壊左の前に座る少年忍者もまた、壊左の弟子であり、帝都八忍の同志であった。戦後から現在に至るまでの東京の表と裏を知り尽くす壊左。その壊左の記憶の片隅に、エアマスターの名前は引っかかっていた。
「十数年前、丁度忍者坊がお生まれになった頃、日本中でストリートファイトが流行になっておりました。路上には街の喧嘩自慢たちが溢れ、目と目が合えば喧嘩が始まる、そんな時代で御座いました。当時伝説的な強さを誇ったストリートファイターの名が、エアマスター。私も実際に見たことは御座いませぬが、なんでもその実力は――『飛ぶ』とか」
「飛ぶ?」
「――『飛んで終わらせる』とか」
「飛んで終わらせる?」
「ほっほ、唯の噂話に御座います。いずれはどこぞの喧嘩自慢の武勇伝に尾ひれが付いたものだったので御座いましょう。結局ある頃を境にエアマスターの名はとんと聞かなくなり、正体は掴めず終いでして。それからしばらくして、ストリートファイトもすっかり廃れてしまいました故」
壊左も正体を知らない伝説のストリートファイター。その行方をなぜ今、半グレが追っているのか。近頃は、忍者の宿敵である極道の動きも活発になっている。本来は”鬼死荒行”で肉体を極限まで鍛えた忍者にとって、極道も半グレも敵ではない。だが、今日忍者が半殺いた半グレは、何らかのドラッグで肉体を強化しているようだった。極道や半グレが千倍肉体を強化しても、忍者の方が万倍強い。だが、もし「飛んで終わらせる」とかいうストリートファイターが肉体改造をしたら? もしかすると、忍者の爪の先ぐらいには届き得るかもしれない。
念には念を入れて、もしそのエアマスターに邂逅したら、速攻でブッ殺す、そう忍者は心に決めた。
一方、壊左の頭に浮かんでいたのは、渾身のギャグ「布団が――吹っ飛んだ」。エアマスターの「飛ぶ」という噂から思いついた壊左珠玉の一句である。過去のトラウマで”笑えない”体質の忍者を、明日こそこのギャグで笑わせてみせよう。そう密かに決意する壊左だった。
――池袋 某所――
『ブクロ99、グレハンッ、速攻デオ願シャス!』
忍者の諜報員、べしゃり烏の知らせを受けて忍者が駆け付けたとき、戦いはすでに始まっていた。
アスファルトの上に、十人近くの男たちが転がされている。その全員が白地にド派手な紋章を染め抜いた半纏を羽織っていた。恐らくは、最近急速に拡大している半グレ集団”燃悪妊愚”の構成員だ。そして同じ衣裳を身にまとった四人組が、一人の男を取り囲んでいる。四人組の背後には体格も顔貌も熊のような男が一人。こいつがこの半グレ集団のボスだろう。ビルの壁際に追いつめられた男の表情は分からない。小柄なその男はレスラーのような覆面を被っていた。
雑居ビルと雑居ビルの間に挟まれた一本の細い路地。大都会の灯りも届かぬここは、まさに路上。
ストリートに、風が吹いた。
風を合図にしたかのように、四人組が一斉に躍りかかる。覆面男は、跳んだ。一人をカウンターの跳び蹴りで沈め、再びジャンプ。壁を蹴って方向を変え、宙返り、そのまま着地。一瞬で背後を取り、残る三人をいとも簡単に沈めていく。
「なかなかやるなァ、おっさん。あんたもしかして……」
最後に残った熊男が、覆面男に問いかける。
「エアマスター、か?」
その疑問は、一部始終を目撃していた忍者が抱いたものと同じものだった。空中殺法を得意とする覆面のストリートファイター、それが噂のエアマスターの正体なのか?
「ちがう、俺の名はルチャマスター!」
覆面男の答えは否。
「エアより先に戦ってた俺が”二号”扱い……納得いかんぞ!!」
エアマスターと間違えられたことがよほど心外だったのか、覆面男は覆面を脱いで叫んだ。覆面の下には、また覆面。ルチャマスターは二重覆面のストリートファイターなのだ。
「おまえら、なぜエアマスターを探す?」
「最強を証明するため」
「最強だと……?」
「極道もチビる俺ら”燃悪妊愚”は路上が根城……路上では無敵でなきゃいけねえ」
「ふん、エアマスターより弱けりゃ示しがつかんというわけか」
「そうだ! いずれ最強の”燃悪妊愚”が極道に代わって裏社会の天下を獲る!」
「最強なら……こいつはよけろよ!」
熊男の目の前でルチャマスターが跳んだ。
超高速至近ソバット。
死角からの後ろ回し蹴りが顔面にクリーンヒットし、熊男は鼻血を出して吹っ飛んだ。立ち上がるのを待ってルチャマスターは告げる。「さあ、次はお前の技を見せてみろ」。
相手の技を受けた上で、なお上回って勝つ。それが覆面レスラー・ルチャマスターの、ファイターとしての矜恃だった。
立ち上がった熊男は、血の混じったつばを吐き出し、口許を拭って、嗤った。その様子を見て、忍者は駆け出す。錠剤? 紙切れ? 野郎、今何かを口に含みやがった!
「極道技巧 ”愚連憎怨”」
熊男の一撃はただの拳打、それも上体だけで打たれた素人同然の拳打だった。にも関わらず、ルチャマスターの体は30mほどブッ飛んだ。コンクリートの壁にぶつかり、完全に意識を失っている。驚くべきパワー。忍者が以前戦った半グレと同じく、熊男の肉体は飛躍的に強化されていた。肉体改造の副作用か、目の周りの血管が黒々と脈を打ち、肌にヒビが入ったようになっている。
「極道から盗った紙麻薬に、市販の錠剤かけ合わせりゃ……これだけの力が得られる。この麻薬キメれば”燃悪妊愚”が路上最強……」
己の肉体から湧き出る力に酔いしれる熊男。だがその前に、忍者が立ちはだかる。
「なんだ、ガキぃ。小便チビリ散らしてえのか!」
「打てよ」
「あ……?」
「打てっつってんだよ、クソ野郎がよォ」
「てめえ、何モンだ?」
忍者。そう答えて忍者は構えをとった。両の手を鋭い錐の形に尖らせた忍者の基本形、”暗刃”。熊男の脳裏に、裏社会の住人なら誰もが知る、あの、お伽噺がよぎる。
『裏社会で悪事かますと忍者が来襲る』!
「忍者だとォ……ふざけんな、極道技巧――」
熊男が打つよりも早く、忍者の”暗刃”が一瞬にしてその首を貫いた。
「これが、真実の忍者の……音より速ェ!!」
宙を飛んだ生首が、路上のアスファルトに血の花びらを舞わせて落ちていく。
「忍手”暗刃”、ブッ殺した」
風に吹かれて雲が散ったか、月の光が俄に強まり、凄惨な戦いの跡を照らし出した。倒れた半グレの構成員十数人と覆面レスラー、そして大男の死体と生首。動いている者は、今宵の仕事を終えて立ち去ろうとする少年忍者ただ一人。
いや、もう一人いた。路上に吹く血の匂いに誘われたように、この路地に立ち入ってきた人間が。
「エアマスターを探してるってのは、おまえか?」
それは、虎の眼をした女だった。
「――――来な」
極道と坂本ジュリエッタ
――池袋 乙女ロード――
話は数時間前に巻き戻る。その時刻、豊島区某所に位置する関東最大級の半グレ集団”燃悪妊愚”の事務所に、極道が襲撃をかけた。極道と半グレは麻薬の商圏や縄張りをめぐって競合関係にある。この襲撃が特異だったのは、襲撃をかける側とかけられる側、両者の規模があまりにつり合わないものだったことだ。
事務所に立て篭った半グレ五百人に対して、極道はたった二人。鏖にしたのは無論、極道の方だった。
夢澤恒星と殺島飛露鬼。極道側が派遣した二人はいずれも”破壊の八極道”。暴虐を極める忍者討伐のために集められた猛者であり、並の半グレが束になっても敵う相手ではなかった。
彼らのボスが下した指令は二つ。「紙麻薬”天国への回数券”を横流しする半グレ集団を壊滅させること」「半グレ集団に先駆けて彼らが探す『エアマスター』を見つけ出すこと」。その一つを無事に果たした二人は、もう一つの使命、エアマスター捜索のために池袋の街に出ていた。もっとも、まともに人捜しをする気があるのは夢澤だけである。殺島は、彼の”神性”に魅せられ”逆ナン”してきた婦人をはべらせて、一夜限りの火遊びを楽しんでいる。
「おにーさん、あなたの連れが探してる『エアマスター』って? あの人のカノジョ?」
「俺らのボスが”熱愛”の”喧嘩屋”……サ。女か男かもわかんねーんだけどよォ」
「なんかよく分かんないけど、誰でも彼でも声かけるのはやめさせた方がいんじゃない? ホラ、みんな引いてるし……」
言われるまでもなく、夢澤が懸命に声かけをする程に人波が段々と離れていくのは感じていた。その愛すべき愚直さは夢澤の長所だが、こうした諜報には不向きな人材だといえるだろう。何より、身長220㎝超の大男が頭を低くして聞き込みをする異様な姿は、人目について仕方なかった。それはまた、余計なトラブルを呼び込むことにもなる。この時も……
「見つけたぞ糞極道……死にさらせやァ!」
夢澤の姿を認めて近づいてきたのだろう。人垣の中からガラの悪い若僧が飛び出してきた。決死の形相で拳銃かまえ、殺島たちを狙っている。恐らくは先の抗争で潰滅した半グレの生き残り。こちらも愛銃をとり出そうとした殺島を夢澤が手で制する。殺島の”跳弾”を街中で使えば堅気の衆に迷惑がかかる、夢澤の厚い背中がそう語っている。
「殺島の兄貴、姐さん、オレの背後へ――”征”って来やす」
巨体の背後に二人をかばいながら、夢澤はただ真っ直ぐ、半グレの方へ向かっていった。その肩に、胸板に、弾丸喰い込んでも歩みは止まらない!
「虚像でしょッ! あの人不死身!?」
「さすが”仁義の大侠”……半端な鉛玉じゃ止まんねーゾ!?」
極道技巧 ”進撃の極道電車道”。
真っ正面からの拳骨一発で半グレは脳天砕かれて逝った。怯まず、緩まず、止まらず、ただ前へ。それが”仁義の大侠”夢澤恒星の生き様だった。
「絶頂んねー、いい暴走、魅せてもらったぜ」
「殺島さん、どうスか、ここらで松阪牛でも……」
肉に喰い込んだ弾丸を摘出みながら、夢澤は子供のような笑顔を見せた。その肩に、背後からぶつかった人影がある。
夢澤ほどではないがかなりの体格をした大男だ。この蒸し暑い夜にダークスーツに身を包み、両手はズボンのポケットに突っ込まれ、長い前髪に隠れた眼の焦点はどこに合っているのか伺えない。何より異様なのは――「テン…テテ…テテテ テン…テテ…テテテ」――沢田研二「TOKIO」のイントロを口ずさんでいることだった。
「なぜ”沢田研二”を……」
見るからに壊れてる奴だ、無視こいた方がいい。殺島はそう判断したが、夢澤のとった行動は違っていた。気持ちよさそうに口ずさむ男の腕を取って訊く。「『エアマスター』という御仁を知らないか?」。
沢田研二のイントロが止んだ。
「何でもいい、知ってることがあれば教えてくれ」
「邪魔だ」
夢澤が、蹴り飛ばされた。
不意に放たれた蹴り一発で岩石のような大侠が石コロさながらに宙を舞い、遥か後方で二度、バウンドして動かなくなった。一撃必殺。信じがたいことにスーツの男はポケットに両手を突っ込んだまま、その一撃を繰り出したのだった。
「もう、止められるものでもないんだ……マキが俺を待っている」
その声に、あっ、と殺島の腕に掴まっていた婦人が声を上げた。
「あの人……あいつ、ジュリエッタよ! 坂本ジュリエッタ!」
「誰だ、ジュリエッタ」
「凄腕の幽霊記者よ。”文壇”と”路上”の業界では超有名人の、”神”ね。……私、若い頃あの人の”内縁の妻”やってたの。デタラメに強くて、イイ男だったわ」
デタラメな強さは今の一撃で証明されている。あの夢澤を膂力で一蹴できる輩は「破壊の八極道」の中にもそうはいない。だが……
「相手が”神”なら、俺は負けらんねぇよなぁ……!」
その一語が、殺島の”心”に火を付けた!
元「暴走師団 聖華天」総長・殺島飛露鬼。彼が結成した聖華天は90年代末期全日本の暴走族・走り屋を統一し、”大暴走族時代”を築き上げた。圧倒的神性によって10万の悪童を束ねた、暴走族の生きた伝説。人は彼を”暴走族神”と呼ぶ!
「よォ、あんたが『エアマスター』かい?」
「『エアマスター』はマキだ」
「あんたがマキか?」
「マキが『エアマスター』だ」
「マキって女か?」
「マキは俺の女だ」
「俺は神だぜ」
……………………。
一瞬の静寂を破って動いたのは、坂本ジュリエッタ。その強烈な蹴りが爆発的速度で殺島を襲う。滑走するジェット機が自分を轢き殺そうと迫ってくるような圧力。だが殺島は……耐えた!
ジュリエッタの蹴りの”矢印”は、わずかに殺島の身体の軸を外れていた。殺島がとっさに体幹ずらし、打撃の威力を後方に流していたのだ。そしてジュリエッタのこめかみには銃口が押し当てられている。
こいつは恐らく、夢澤と同じ「痛みを操作できる」特異体質。”飛び道具”じゃ分が悪ィ。”零距離”から”頭蓋”に”跳弾”かますしかねェ!
「踊りな、死出の弾丸!」
極道技巧 ”狂弾舞踏会”――
だがしかし、引き金を引く寸前で”踊”ったのは殺島の方だった。蹴り飛ばされ、放物線を描いて落ちて行きながら、殺島は何が起きたか、”奴”が何をやったか理解する。
蹴り外した”死に体”から体重移動なしで”対空”撃ちやがった……! ”非実在”ェ! ”頂点”意外にも、こんな真実化物がゴロゴロしてんのかよ、路上にはッ!
極道界統べる「破壊の八極道」を知らずして二人まで撃破した坂本ジュリエッタ。まるで雷がビルをつらぬき、地表につきささるように現れたその男の頭は、しかし一人の女性への思いでいっぱいだった。
マキ……俺に安心をくれ……マキ……。
「俺には分かる……マキまでもうあと1㎞だ……マキはこっちにいる……」
気絶していた殺島が目を醒ましたとき、すでに坂本ジュリエッタは、愛する女性のもとへと立ち去った後だった。
エアが来襲る
――池袋 某所――
――俺に安心をくれ、マキ!
その時、襲い来る敵の気が、なぜか一瞬弱まったのを忍者は感じた。
突然襲いかかってきた謎の女と殴り合うこと十数分。致命的な一撃はまだもらっていない。だが忍者の攻撃も、ただの一度も当たっていなかった。奴は音速を超える忍者の手刀”暗刃”を、ギリギリのところですり抜けていく。人間の域を超えた、信じがたい反応速度。まるで人体を取り巻く空気の流れが見えているような……。
そこで忍者はハッと気付いた。
「おめー、やっぱ、エアマスター、だろ。”空気”読んでやがる」
「なっ、ちがう、ちがうぞ私は」
飢えた狼のごとく戦いにのめり込んでいた女が、なぜか慌てだした。どうやら自分の正体が簡単にバレるとは思っていなかったようだ。とっさに足下に転がっていた覆面(ルチャマスターの)を被って顔を隠した。
「今の私はエアマスターではない! 私の名前は……”戦うマン”だ!!」
「……いや、今のっつったら、正体バレバレだろーがよ」
「ウルサイ!」
「でもよォ、その馬鹿さ加減は嫌いじゃないぜ、エアマスター! 『帝都八忍』多仲忍者、てめえは全力でブッ殺す!!」
100%ブッ殺すと決めた相手には堂々名乗る、それが”裏社会の礼儀”!
大音声で名乗りを上げて忍者は気合いを入れ直した。その気迫がエアマスターの心をも煽り立てる。
二人の間に再び緊張が走る。相手の出方を伺う時間は終わった。次で沈めると、互いの眼が語っている。
先に一歩踏み出したのは忍者、が、その出足を”狙撃”われた! 足裏で膝を押さえられ、前に出ない、出れない、その一瞬の隙にエアが”飛”ぶ。ひねりをつけて後ろに回転しながら忍者の首を両脚で挟み、
「戦ウ・カット・ターミネーター!」
空中で意識を刈り取る大技をキメる。
「危ねぇ……今のモロに喰らったら危険かったぜ、でも……」
驚嘆! 忍者は紙一重でエアカットを抜けていた!
「かわりにてめえの肉、えぐった!!」
エアマスターの胸元から鮮血が吹き出る。この土壇場で忍者の”暗刃”が、初めてエアに届いたのだ。
「……こんな手刀をもらったのは、生まれて二度目だ。すごいな」
「当りめーだ、次は首奪んぞエアぁぁぁ!」
「おまえは、私を……」
「…………?」
「おまえは、私の中のエアマスターを、もっと高く飛ばせてくれるのか?」
「ッ、自分でエアって……」
エアマスターの闘気が急激に高まっていく。覆面の下の眼から甘さが消え、現れたのは、まるで邪鬼。これがエアマスターの真実の姿なのか。
「……いいぜ、エア、”来襲”な」
エアの姿が視界から消える、いや上だ。上空から踵落とし、回し蹴り、再び飛んで空中で蹴りの連撃。空気が唸りを上げて肌を裂く。間一髪で防ぐ忍者の首を手刀がかすめる。血の糸が路上にたなびく。かすっただけでこの威力、これはまさしく「”暗刃”!?」。
「おまえの技巧はもう模倣った」
「ざけんなエアぁ!」
忍者の”暗刃”を合気で受け流し、再び”暗刃”! 空中戦の次はお互い足を止めての”暗刃”の乱打戦だ。互いに一歩も退かず、相手の首を貫こうと刺し合う。
壮絶な攻め合いは、しかし忍者に一日の長があったか、徐々に手刀のキレを増し、ついにエアの首数㎝まで迫りゆく。しかし後わずかのところでその軌道が逸らされた。張り合いを失った体が前に流される。敵の勢いを逸らして殺す”化勁”、そしてそこからの全体重をのせた蹴撃!
「超ぉ弩級ぅぅぅぅ!!!」
アスファルトに叩きつけられる寸前で身を翻した忍者に上空から”暗刃”の錐の先が迫る。避けてる余裕はもうない。
「なら、”迎撃”してやんよ!」
二つの”暗刃”の切っ先がまさに激突しようとするその時、雷鳴のような声が路上に轟いた。
――愛してるぞ、マキィィィ!!!!
その声を耳にして、エアマスターは”暗刃”の矛をおさめた。そのまま路地の入口に立つ坂本ジュリエッタに向かって駈けだしていく。
「帰ろうマキ……そして、俺に安心をくれ!」
助走をつけたマキの容赦ない飛び蹴り、エルボー、エア・カット。そして意識を刈られたジュリエッタを抱きとめて、抱擁。それは、わずか数秒間の出来事だった。
「やられた側が微笑って……どーいう仲だてめーら」
「すまない、私はこいつを連れてかなきゃいけないから……」
先ほどまでのエアマスターの闘気はすでに静まっている。これ以上闘り合う気がないことは忍者にも分かっていた。
「別にいーけどよ、次は二度とやらんねえぞ」
「また路上に来な。そうすれば、また戦れる」
「エアマスターと、かよ?」
「た、戦うマンだ。……今日のところはな」
ジュリエッタの身体を背負い、エアマスターは一歩ずつ夜の街へ消えていく。忍者はその後ろ姿をじっと見送っていた。
世の中は広い。忍者と対等に戦える”喧嘩自慢”が現代にいるとは、まさか思わなかった。
「笑えねー今日明日にもよォ、ちったあおもしれえ奴がいるもんだぜ」
忍者が心にそうつぶやいたのは、忍者と極道の全面戦争が勃発する、そしてとある極道と「運命の出会い」を果たす、その前夜のことだった。
その後のエアマスターの行方は定かではない。だがこの夜を境に、路上にたむろする悪童たちに新たな伝説が広まった。
人々は噂する、
『路上で悪事かますとエアが来襲る!』と。
〈完〉