トレーナーさんは眠らない(ガチ)   作:HK416

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タウラス杯始まりましたねぇ。
上位リーグは一戦も勝てそうになかったんで、素直に下位リーグに。
それでも勝てる気がしなかったエンジョイ勢ですが、ブルボンが逃げる逃げる逃げまくる。
固有スキルの発動率が高いのか、この娘。ゲキマブレベルで発動率高い、高くない?




『焼肉定食』

 

 

 

 

 

 学園の一般科目が終わり、教官、専属トレーナー、チームトレーナーの下へ多くのウマ娘が集う放課後。

 

 オレと担当の子達は、トラックに集まっている。

 余所のトレーナーやウマ娘達はまばらながらも遠巻きに此方を眺めている。

 

 それもそうだろう。

 三冠バにして“皇帝”の異名で知られるルドルフ。

 デビュー前から注目を集めているスズカ、マックイーン、ライス。

 

 其処に加えて――――

 

 

「オグリキャップだ。今日からよろしく頼む」

 

 

 ローカルシリーズから鳴り物入りで中央にやってきたオグリまでいる。

 そんな現役のスターウマ娘や将来のスターウマ娘候補を、無理・無茶・無謀の三拍子が揃ったままトレーナーを続けているオレが担当しているのだから注目しない方がどうかしているだろう。

 

 

「オグリ、このままじゃ色々と拙いことになりそうだから、オレに担当させて貰えないか?」

「拙い……? よく分からないが、タマが信用しているなら腕は確かだろう。トレーナーも倒れてしまったし、困っていた。お願いしてもいいだろうか?」

 

 

 オグリをスカウトしたのはほんの数日前。

 予想していた通り、オレの健忘など覚えていないかのようにすんなりとスカウトを受け入れて貰えた。

 

 ストレスによる過食については話さなかったが、現状のまま体重の増減が続けば身体を壊しかねない旨だけは伝えてある。

 初めの内は半信半疑の様子であったが、学園に残っている記録から出した平均的な体重増減を見せると流石に驚いていた。

 ただ危機感からスカウトされたというよりも、レースに出走したいという情熱が勝っただけ。いや、食い意地もあったと思う。

 

 ともあれ、やはり落ち着いてはいるのだろうが、それ以上に自分の関心を持った事柄以外にはとんと興味を示していない印象を受ける。

 そして、自分自身にさえ無頓着。オレも余り人のことを言えた義理ではないが、この辺りも矯正していかないと後々禍根を残しそうだ。

 

 

「メジロマックイーンです。お噂はかねがね。よろしくお願い致します」

「ライスシャワーですっ、よ、よろしくお願いしますっ……!」

「……サイレンススズカです。よろしく」

「シンボリルドルフだ。君の勇猛無比な記録の数々は聞いている。共に邁進して行こう」

 

 

 オグリに対する反応は様々。

 前もって説明し、大なり小なり理解を得ていたものの、やはり感情と言うものは面に出るもので。

 

 マックイーンはある程度は予想していたらしく、説明した時から特に口を挟んでは来なかった。

 但し、呆れを隠していなかった。今はすまし顔であるが、内心は呆れ返っていることだろう。

 

 ライスとスズカはオグリではなくオレを見ている。

 顔に穴が開きそうなほどの勢いで、堪らずに目を逸らす。ゴメンネ、シンパイカケテゴメンネ。

 

 そしてルドルフは正に皇帝と言った感じで威風堂々とした御様子。

 今は人目がある上にミーティングルームではないのでマウントルドルフではない。こういったところの切り替えは流石だ。

 まあつい先日、ミーティングルームで眠りこけて寮を無断外泊した挙句、オレと一緒に寮長であるヒシアマゾンに怒られてションボリルドルフになっていたのだが。

 

 

「んじゃ、予定通りに併走始める前に、今日は一つ要求がありまーす」

「要求……?」

「そ。それぞれ自主トレやってると思うけど、その時にやって欲しいことがある」

 

 

 取り敢えず、オグリの件に関してはオレのやるべきこと、皆にやって欲しいことは伝えてある。

 説得によって一応の納得も得てはいるので、申し訳ないが全て黙殺する。

 

 その上で、オレが提示したのは自主トレの件。

 目の前にいる娘達の向上心は素晴らしい。ただ、行き過ぎている感は否めない。

 

 

「ほい、これ渡しとく」

「ノート、ですの……?」

「そうだ。表紙の裏に走る距離と目標タイムが書いてある。それを目指して一日五回タイムを計測してくれ。それぞれ手始めの距離と自己ベストを基にタイムを設定した。オグリのは前のトレーナーが残してくれたノートの数字を参考にしてある」

「そうなのか。しかし、これは……」

「……???」

「あの、私達の自己ベストに比べると、大分遅いと思いますけど……」

「それに、走る距離も短くありませんか?」

 

 

 ルドルフ以外のノートを行き渡らせ、中身を確認させる。

 各々が表紙裏にオレが書いた距離とタイムを目にすると、オグリとライスは不思議そうな顔をして、スズカとマックイーンは不満たらたらといった感じ。

 

 それもその筈、オレの狙いが何なのか全く理解できていない状態では、不思議にも不満にも思うだろう。

 ある程度、身体が出来上がっているオグリとスズカは距離1000m、自己ベストに+10秒。まだまだ身体を作る段階のマックイーンとライスは距離800m、自己ベストに+15秒。

 実際のレースにおいてトップとドベでも、これだけの秒数が開くのは余程の実力差があった場合だけ。ウォームアップなら兎も角として、自主トレに組み込むには如何にも手緩い。

 

 尤も、それは表面上の話。

 この訓練はただ闇雲に、ただ我武者羅に身体を苛めるだけの訓練よりも遥かに難しく、同時に効果的だ。

 

 

「会長さんは、いいの……?」

「ああ、私は既にやっているからな……あまり口を挟むのはトレーナー君の意図に反するが、敢えて言うのならこのトレーニングには強くなるため、速くなるため、勝つための要素が全て詰まっていると言っても過言ではない。距離とタイムばかりに目を取られるのは早計だ」

 

 

 ただ一人、ノートを渡されなかったルドルフを気に掛け、ライスが不思議そうに首を傾げた。

 

 このトレーニング、ルドルフに相談してみた所、かつてのオレも同じトレーニングをやらせていたらしい。

 流石に、記憶を失った状態でかつてのオレを越える真似などそう易々とは出来ないと思い知ったが、効果についてはルドルフの証言と実証もあって折り紙付き。やらない手はない。

 

 

「毎日やってくれ。これくらいなら自主トレに追加しても負担は少ないだろ? まあ、君等が考えてるより遥かに難しいぜ」

「我々を馬鹿にしてらっしゃいませんこと?」

 

 

 僅かばかりにムっとした表情をするマックイーン。

 確かに馬鹿にしているように聞こえるだろうが、このトレーニングのキモを話していないのだから仕方がない。

 

 

「まさか。現状、これを完璧に熟せるのはルドルフだけだ。誰も出来ないよ。速すぎても遅すぎてもダメだから。合格ラインは表記したタイムに対して±2秒以内」

「……はぁ」

「前日に雨が降ってコースが荒れていようが、ダートだろうが芝だろうが、自分よりも遅い誰かが前を走っていようが関係ない。目指すのは常にそのタイム」

「…………」

「それから目標を達成できた時とできなかった時、それぞれ自己分析して提出するように。最低でも3回連続して達成できたら、距離を長くタイムを短くして次の段階に進む」

 

 

 説明に対しても、それは確かに難しい、かも? と首を傾げるばかりで、オレの意図や狙いに誰一人として気付いていない。

 ルドルフは過去の自分と彼女達が重なったのか、笑いを漏らしていた。

 

 まずオレの一番の目的は自主トレの量を減らすこと。

 シリーズ出走者は言うに及ばず、トレセン生は向上心や闘争心が強すぎて根本的にオーバーワーク気味。

 ただでさえ頑丈さと出力が見合っていない身体でそんな真似を続ければ、どう頑張ろうが故障は避けられない。

 

 そこでこのトレーニングの出番。

 走る以上は誰かにタイムを計測して貰わねばならず、同じトレーニングをしている身内に声を掛けて計って貰った方が効率的。

 タイムを計測している間はその場を動く訳にもいかず、強制的に身体を休ませることができる。

 

 互いに計り合っていれば否が応にも時間を取られ、自己分析を挟む以上考える時間も設けなければならない。

 なおかつ誰かが上手くいっていなければ、相談し合うなんて展開もあるだろう。

 そうこうしている内に、自主トレのできる時間はどんどん少なくなっていき、結果的に量は減るという寸法だ。

 

 勿論、それだけではない。

 それだけでは練習量を減らされるばかりで彼女達も不満を溜めるだけだが、ルドルフが言っていたことは紛うことなき事実だ。

 レースが一人ひとり個別に全く同じ距離を走り、タイムを比較するだけの性能争い(トライアル)ならば、全くの無意味。

 だが、コース取りによって走る距離も変われば、バ場の状態でタイムも変わり、複数人で走る以上は何らかの紛れが起こるレースでは絶大な効果を発揮する。

 

 その辺りの意味や意義、理由も考えさせるつもりなので詳しくは説明しない。

 これで一番苦戦するのは、一人で悩みがちなスズカと自己分析とかしてこなかったであろうオグリか。

 

 マックイーンは肉体面だけではなく、技能面もメジロ家で鍛えられてきたからすんなりと達成するかもしれない。

 ライスはどうだろう。マックイーンと仲が良いから自然と引っ張られるかも。

 

 

「さてと、じゃあ柔軟しようか。何時も通り、ライスはオレと一緒に長めに柔軟して後から参加、スズカはその後でフォーム直してくぞー」

「了解した。では、オグリキャップは私と共に」

「分かった」

「スズカ先輩は私と、ですわね」

「お願いね、マックイーンちゃん」

 

 

 オレの指示に合わせ、それぞれ二人一組となって柔軟を開始する。

 やり方と注意点さえ知っていれば誰とペアを組もうと問題はない。

 それでもオレがライスと組むのはこの娘の身体が特別固いからだ。他の娘よりも時間をかけておかないと不味い。

 身体が固ければ固いほど捻挫や肉離れのリスクは増す。ライスには風呂上りにもストレッチをするように指示してあった。

 

 

「痛くないかー?」

「うん、これくらい、大丈夫だよ」

「それ痛いってことじゃん。ストレッチは我慢したっていいことないんだぞー」

「あっ、ご、ごめんなさい……」

 

 

 ライスに芝の上へと寝転がって貰い、オレが片足を持ち上げて爪先を脛の側へと倒すイメージで押す。

 その状態で30秒ほどキープ。こうすることで脹脛とアキレス腱が伸びる。

 注意点は無理しないこと。痛みを覚えない範囲に留める。

 多くの人々が誤解しがちであるが、無理に筋肉を伸ばしたところで身体の固さはそう変わらない。

 毎日ストレッチを続け、小さな積み重ねを続けることが真の柔軟性を獲得する最短ルートだ。

 

 なのだが、ライスは痛みに強いというべきか、常人なら悲鳴を上げてしまうような痛みにさえ耐えられてしまうのが困ったところ。

 人並み外れた精神力もそうなのだろうが、そもそも精神の形からして常人とは違うイメージ。

 

 これはこれで利点なのだが、同時に欠点になりそうで怖い。

 無理してはならないところで無理できてしまうからだ。ライスには人一倍気を遣ってやらねばなるまい。

 

 

「わっ、わっ、凄い……!」

「んぁ? ……おぉ、こりゃ確かに凄い」

 

 

 そんなことを考えていると芝の上で寝転がっているライスが、何処(いずこ)かを見て感嘆と尊敬の声を上げた。

 

 何事かとストレッチの力加減に気を付けながら視線を追えば、腰を下ろして肩幅に開いた脚の間に上半身を折りたたんで地面に顎を付けているオグリキャップの姿があった。

 ライスやオレばかりではなく他の皆も驚く柔軟性。この調子なら股関節だけでなく、全身が相当柔らかいに違いない。

 

 

「へぇ、生まれつき柔らかいの?」

「いや、違う。生まれた頃は膝が悪くて立ち上がれないほどだったが、お母さんが毎日何時間もマッサージしてくれたんだ。それだけじゃない。お母さんが仕事で無理な時はトメさん達がしてくれた」

「……成程、君の故郷愛の原点は其処にあるのか。体重管理には一層気を付けなければな」

「うぐっ…………が、頑張ってはいるんだ、頑張っては……」

 

 

 腰を押すルドルフの言葉にオグリは気まずそうに声を詰まらせ、ついに出てきたのは結果の伴っていない努力。

 オグリの状態は皆に伝えてある。当人の努力だけではどうにもならない部分もある、と理解してくれているので、ルドルフの言葉に続くような真似はしなかった。

 

 トメさんとやらが何者かは分からないが、オグリが周囲から相当に愛されてきたのは理解できた。

 故郷の皆に報いたいという思いも。本人すら気付いていない焦りも。何故、周囲から愛されてきたのかも。

 オグリも要注意だ。このまま怪我をさせて故郷に送り返すわけにはいかない。

 

 つーか、オレの担当は皆要注意である。

 安定感のあるルドルフやマックイーンにも危機感を覚えるところはある。

 いや、ウマ娘は誰でも危ういか。十代の少女が自分と他人の夢を背負って走り、時に人の夢を踏み躙らなければならないのだから当然だ。

 

 尤も、一番危ういのはオレなんですけどね?

 未だにまともだった頃の調子が抜けきらない。

 以前はアクセル全開で突っ込んでいけたところを今はブレーキを踏まねばならないのだが、どうにも上手く出来ていない。

 そうしたところも巧く折り合いをつけて人を頼ろう。生きるということは、そういうことだ。

 

 

「よし、じゃあ併走開始で。ペースは何時も通りスズカが作っていいよ」

「分かりました」

「無理してペース上げるなよぉ。後ろに近付かれたり抜かれそうになるとムキになるし」

「む、ムキになんてなりません……!」

「ほんとぉ?」

「本当ですっ!」

 

 

 揶揄い半分の言葉に返ってきたのは、誰が見ても聞いてもムキになっているスズカの声と表情。

 スズカ、そういうところだぞ。先頭を走ることへの執念が強過ぎて、大抵これである。

 もうちょっとこう、力の抜きどころというものを覚えて欲しい。

 

 その姿にルドルフはまた笑みを溢しているし、マックイーンは呆れ顔、ライスはちょっとビビリ気味、オグリはぼーっとそれを眺めている。

 

 ぷんすこしてコースに入っていくスズカ。後に続くマックイーンとオグリ。

 オレはライスのストレッチを続けながら、指をちょいちょい動かしてルドルフを呼んだ。

 

 

「オグリの実力が見てみたい。ライスが入る直前くらいでペース上げて」

「分かった。本気で、だな」

「いや、デビュー前の娘等の心を根こそぎ圧し折るような真似やめて欲しいんですけど???」

「いっそ有りではないだろうか。そうしてしまえば君は私にだけ専念できるだろうからな……ふむ、悪くないかもしれないな」

「やめろぉ! 目が怖いんですがぁ?!」

「ははは。冗談、冗談だとも。君の軽妙洒脱な会話を真似てみただけだ。では行ってくる」

 

 

 何が軽妙洒脱だよぉ!

 マジで出来る奴が言うと洒落にならない奴それぇ! オレそんな冗談言わないよぉ!

 

 にこやかに微笑んでいたルドルフであったが、目が半分くらい本気(マジ)だった。

 オグリの件をいの一番に説明したので許してくれているかと思ったが、甘かった。

 どうやら説明の前に相談しなかったことを根に持っているらしい。

 

 何だよ、そんなに怒ることないじゃん。気持ちは分からないでもないけどさぁ。

 あの後、ミーティングルームで寝ちゃったからそのまま寝かせてあげたじゃん。

 無断外泊の件で来た寮長のヒシアマゾンにも一緒に怒られたし、一緒に謝ったじゃん。

 

 そんなことを思いながらルドルフの背中を見送るが、言葉にはしない。

 ションボリルドルフになったりマウントルドルフになったりするが、これでも何のかんの信頼はしているのだ。

 だから信頼に応えてくれとは言わない。任せるのみだ。

 

 もしダメだったら? コースに入ってでも死ぬ気で止めます。

 

 

「よーし、ストレッチ終了。どう?」

「うん、身体中ポカポカするよ……!」

「オッケー。あと二、三周すれば一旦休憩入るから、その後から参加しよう」

 

 

 ストレッチに一時間ほど掛けて全身の筋肉をほぐしたライスはほっこりとした表情で頬を上気させていた。

 血行が良くなった証だ。トレーニング終了後と風呂上りにもやっているようだし、この調子なら暫くすれば問題ないレベルになるだろう。

 

 そうして、コースを走っている四人の姿を見る。

 オレは外柵にもたれ掛かり、身長の低いライスは柵に両手をかけてやや背伸びするように覗き込む。

 

 スズカがやや先行してペースを作り、ルドルフ、オグリが後を追って最後方にマックイーンが続く形。

 実際のところペースを作っているのはルドルフだ。スズカに己を意識させてペースを上げさせ、距離を離すことでペースを落とさせている。

 実力差そのものもあるだろうが、そうしたレースの展開作りが抜群に上手い。支配力とでも言えばいいのか、相手のペースから位置取りまで彼女は掌の上で転がせる。

 

 

「オグリ先輩、凄いねっ!」

「ああ。分かっちゃいたが、実際目にすると驚かされるよ」

 

 

 彼女を見た時点でよもやとは思っていたが、実際に見るとよもやよもやである。

 そして、アレを見て凄いで済ませられるライスも凄い。

 

 地方から中央にやってきたウマ娘は成績が揮わないことが多い。

 逆に中央から地方に行ったウマ娘は大戦果を挙げることが多い。

 これは地方と中央の実力差が明確に表れた結果だ。

 

 如何せん、施設・設備からトレーナーの腕まで、何から何まで地方の方が劣っているのだから当然だ。

 劣った環境の中で成長したオグリが、ルドルフの作るペースに涼しい表情で付いていけるのが異常でさえある。

 

 

「何だか、走り方が会長さんに似てる……?」

「体型と体幹のバランスが兎に角いい。それにストライドも広い。確かに似てるな」

 

 

 このレベルの天性は珍しい。地方からとなれば珍事どころか異常ですらある。

 脚質は先行・差しと言ったところだが、伸ばし方によっては追い込みも選択肢に入ってくるだろう。

 適性距離は1600くらいか。此方も伸ばそうと思えば2500まではギリ行けそうではある。その分、短距離はやや苦手か。

 地方出身だけあって、ダートもお手の物。芝も苦手ではない。

 

 大抵のウマ娘が脚質、適性が狭い範囲で収まっていることを考えれば、ルドルフに比肩し得る万能振り。

 

 地方もトレーナー不足。

 中央のように過剰とさえ言える試験内容もない。

 それはつまり、オグリが生まれ持ったものだけで今まで勝ち上がってきたことを意味している。

 

 正に天性の肉体。

 人にせよウマ娘にせよ。こうした理不尽な怪物が生まれてくるところが恐ろしくも面白い。

 

 

「…………」

「……ふっ」

「……ッ!」

 

 

 オグリの天性を十全に味わっていたであろうルドルフは、オレ達の視線を感じ取ると一気に加速を始めた。

 背後から急速に膨れ上がった気配を感じ取ったか、スズカもまた速度を上げようとしたが、今まで先頭を走っていたために消耗が最も大きく加速の乗りが悪い。

 マックイーンはスタミナこそ残っていたが、身体がまだまだ出来上がっていない。

 

 スズカを一息に、マックイーンを置き去りにしてルドルフが先頭に躍り出る。

 

 

「――――ほう」

 

 

 その影に追い縋るように付いていったのは、他でもないオグリ。

 少なからずルドルフも驚いていることは表情から伺える。

 

 ウマ娘のフォームは独特でそれぞれが厳密には異なるが、人間の陸上競技者のように胸を張るような走り方の方が珍しい。

 基本は頭を低くする前傾姿勢――――なのだが、オグリは更に一段低い超前傾姿勢。一瞬、転倒したのかと見紛うほどだ。

 

 地を這うような、とよく表現するが、オグリにはそれがピタリと当て嵌まる。

 抜群の体幹を利用して、頭部の重さすら前へ進むための推進力に変換しているかのようだった。

 

 現時点でルドルフの加速に付いていけるだけで十二分に化け物染みている。

 それを実現可能としているのは、尋常ならざるパワーと柔軟性。だからあんな姿勢でも無理なく走れている。

 

 個人的に何よりいいのは、走り方に余り危機感を覚えないところだ。

 誰からの指導もなくフォームが理想形に近い。それを天性だけで嗅ぎ分けて身に付けたとするのなら――――

 

 

「“芦毛の怪物”、か」

 

 

 まことしやかに囁かれるオグリの異名を漏らす。

 

 そもそも、中央は怪物が多過ぎるんだよ。

 マルちゃんといい、ナリタブライアンといい、怪物呼ばわりされる娘が多過ぎる。年頃の女の子に付ける異名じゃねーよ。

 

 そう呼ばれるだけのものを誰もが持っているのもまた事実。

 今の世代は粒揃いだ。誰もが頂点に立ってもおかしくはない。

 余りにも黄金期すぎて、今後は衰退していく一方ではないかと心配になるレベル。

 

 中には世紀末覇王とか自称している子もいる。もう世紀末越えてるんですがそれは。

 ラオウかな? ラオウみたいな子かな? と思ってワクワクしてたら、出てきたのは宝塚系の美人だったので逆にガッカリした。

 

 一人くらいラオウ系女子のウマ娘が居てもいいと思うんだ、オレは。

 相手のこと、うぬとか呼んじゃったりするウマ娘。面白い、面白くない?

 

 確かにこう、独特な娘ではあったんだけどね? 

 何と言うか、オレの考えていた方向とは別方向のネタに振り切れていて。いや、それでもクッソ速いし、強いから要マークなんだけどさぁ。 

 

 

「ライスも、あんな風になれるかなぁ……」

「え? テイエムオペラオーみたいに!?」

「……???」

「あ、いや、ルドルフとかみたいにか」

 

 

 オペラオーの事を考えていたので勘違いしてしまった。

 

 ライスの自信なさげな口調も分からなくはない。

 現時点で、性能的に劣っているのは事実だろう。

 だが、微差と呼べる程度であり、これからを考えれば十分に覆しようのある差だ。

 

 必要なのは地力の底上げと如何にして自信を持たせるか。

 自信を持てば走り方も変わる。取れる戦略の幅も増す。

 その辺りも考えてトレーニングや出走レースを選ぶのもトレーナーの仕事だ。

 

 

「難しいが不可能じゃないよ。ライスとオレの頑張り次第だ」

「うん……うんっ! そうだねっ! がんばるぞっ、おーっ!」

「……?」

 

 

 オレの言葉を疑いすらせず信じるライス。

 此処までの素直さは中々見ないが、それ以上に可愛らしいものを見た。

 

 右手で握り拳を作り、天に掲げる姿。

 彼女なりの鼓舞なのだろう。

 尤もライスの容姿と相俟って、勇ましさは微塵もなくひたすらに愛らしい。

 

 何だ、この素直さと可愛さは。

 もしかしてライスはウマ娘ではなく、天使だった……?

 

 

「あっ、これね。お母さんが教えてくれてね」

「成程。よし、じゃあオレもあやかって……頑張るぞぉ、おーッ!」

「ヒェッ」

 

 

 オレの声量が思った以上に大きかったのか、ライスは肩をびくりと震わせた。

 

 思わず腹から声出しちゃった。

 もうライスみたいな『おーっ!』じゃなくて『オォォォオォォォォ――――!』って咆哮か雄叫びみたいな声が出た。

 ライスどころか併走してる皆も、遠巻きに眺めている連中の視線まで集まっている。

 

 ご、ゴメンネ。びっくりさせてゴメンね?

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 時刻は20時直前。訓練コースの消灯時間が差し迫った時間帯。

 元々設定してあったトレーニングに加え、全員の自主トレも終了済。

 

 取り敢えず、トレーニング中はより細かく各人の様子を把握しておきたいので、手帳ではなくノートに切り替える。

 17時以前の記憶は相変わらず保持できないが、記憶を失う前と後での齟齬を可能な限り少なくできるだろう。

 

 加えて、ルドルフとも話して今日のトレーニング内容、彼女の気になった点も聞いておく。頼れるものは何でも頼らねば。

 

 

「……うーん」

「……よし」

「確かに、難しいものですわね」

「うぅ、何がダメなんだろう……マックイーンさんは?」

「私も似たようなものですわ。ライスさん……もですわね。ライン取りは意識しまして?」

「うん、なるべく内の方を」

「私も……タイムが目標を下回ることが多いですから、敢えて大きく膨らむのも一つの手、なのかしら?」

「……!」

 

 

 さて、他の皆はと言えば、コースの隅にあるベンチに仲良く並んでノートと睨めっこ中。

 

 スズカとオグリは基準よりも大幅にマイナス。

 つまりは早すぎる。タイムだけを見れば素晴らしいが、それだけでしかない。

 オレの意図や目的が何処にあるのか、何一つ理解できていないらしい。

 この調子では本当に時間がかかりそうだ。デビューが近い二人には早目に気付いて欲しいんだけどなぁ。

 

 対し、マックイーンとライスは基準の上と下を行ったり来たり。

 これはつまり、タイムを調整しようと試みた証に他ならない。

 先輩二人と違って、互いにタイムを見せあって相談してみたり、指摘してみたりと大変よろしい。

 自己分析だけで足りないと感じたのなら、客観的な意見を他人から貰うのも一つの手。予想した通り、クリア一番乗りはマックイーンかな。

 頭で分かっているだけではなく、身体に覚え込ませなければならない面があるので一日片時(いちじつへんじ)とは行かないだろうが。

 

 

「良い傾向だな」

「ああ、スズカとか君と同じ事を書いてきそうだけど」

「うっ……み、見たのか」

「見つけちゃったぁ~」

 

 

 すまし顔で後輩を見守っていたルドルフであるが、オレの指摘に恥じらいから顔を赤くした。

 

 残してあった資料の中には、彼女が挑戦したと思しきノートがあった。

 その一ページ目に書かれていたのは――――

 

 

『このトレーニングが想像以上に難しいことは分かった。しかし、意味があるとは思えない。トレーニング量を増やしたいのだが』

『この負けず嫌いの頭皇帝がよぉ』

 

 

 やたら丁寧な字で書かれた自己分析ではなく喧嘩腰の感想であった。

 そして、オレも赤ペンで喧嘩腰のコメントを残している。

 

 何だろう。当初のオレ達は仲が悪かったのだろうか。

 いやでも、あっちの方から頼んだと言っていたからな。お互いに信頼していたからこその不満と軽口の応酬といった感じか。

 

 そうしたところからも失われたものがどれだけ重かったのかが伝わってくる。

 ルドルフを一人置き去りにしてしまった申し訳なさ、オレが一人置いていかれてしまったかのような寂寞は同時に訪れる。

 

 …………いや、止めよう。

 何時か思い出せればいいだけだ。それが無理なら新しい思い出を作ればいいさ。

 

 

「よーし、そろそろお開きにするぞー。ノート提出してー」

 

 

 気持ちを切り替えるために、全員に向けて声をかける。

 すると、皆はベンチから立ち上がり、素直に近寄ってきた。

 

 さて、初日は何を書いてくるやら。まずはスズカから。

 

 

『凄く難しかったです。でも、これが先頭を走ることに繋がっているようには思えません。もっと走りたい』

 

「スズカさぁ~ん?」

「……………………」

 

 

 ノートから顔を上げてスズカを見ると、気まずそうに目を逸らす。

 成程、巧く自己分析できなかった自覚はあるか。でもだからって喧嘩腰になるのはどうなの???

 

 まあこれくらいは軽めに流すとしよう。

 余り自分を表に出そうとしない娘が本音を言わないにせよ、書きはしたのだ。

 オレが何を言っても見捨てない、と信頼している証拠と受け取ることにする。

 

 しかし、この娘ホント走ることしか考えてねぇ~。

 よし、コメント決定。『この頭ランニングウーマンがよぉ。明日からサイレンススズカからランニングスズカに改名するように』と。

 

 

「気持ちは分かったから、もうちょっと真面目にやんなさいね」

「うっ……で、でも」

「これ先頭を走ることにちゃんと繋がってるから安心しな」

「……敢えて、遅く走ることがですか?」

「そう、敢えて遅く走ることが。そうして得られるものは君みたいなタイプにとって一番重要で、一番強力な武器になるんだよ。それをまずは学んで欲しい」

「あっ、うぅ……はい……」

 

 

 ノートを返し、諭す意味合いも込めて手を頭の上に乗せて撫でてやる。 

 スズカはされるがまま顔を俯かせ、真っ赤になっている。ハハハ、こやつめ、一丁前に照れておるぞ。

 

 どうにもこの娘は焦りが抜けきらない。

 ルドルフという強大すぎるライバルの登場と元々スランプに陥っていたのもあって、焦る気持ちは分からないでもない。

 だが、焦りの果てに待つのは破滅と後悔でしかない。フォームの改善ばかりではなく、その辺りも気に掛けてやらねば。

 こうしてオレが馬鹿をやるのもいいだろう。人の緊張や気を抜いてやるのは得意なんだ。

 

 よし、お次はマックイーンとライス!

 

 

『目印の少ないコース上では時間を体感で計るのは難しいとよく分かりました。私なりの目安を探ってみます』

『今日は全部同じようにコーナーを抜けたから、次はコーナーの入り方と抜け方をもっと考えて試してみるね』

 

「二人とも、んぐぉかくッ!」

「や、やったぁっ……!」

「ふふん。この程度、メジロのウマ娘として当然ですわ……あの、ところでこの花丸は?」

「可愛いだろ?」

 

 

 オレの褒め言葉にライスはその場でぴょんと飛び跳ねて、マックイーンは口元をニヤけさせながら喜びを表現していた。

 二人のノートに書かれた簡単な自己分析を見て、ノータイムで花丸を書いてやる。

 

 そうそう、こういうの。こういうのが欲しかったんだよ。

 

 文字数自体は少ないが、初日からこれとか優秀以外の言葉が出て来ない。

 バカな子ほど可愛いと言うが、素直で優秀な子だって同じくらい可愛いもんである。

 

 この二人はこのまま協力しつつ高め合う方向性で行って欲しい。

 相性も悪くないようだし、互いに与える影響が良い方向にばかり転がっていくのは嬉しい限りだ。

 

 さて、最後はオグリ!

 

 

『お腹が減っていたから上手に出来なかった』

 

「………………」

「どうだろう、的確な自己分析だと思う」

「いや……あの、これ……」

 

 

 表情少ないオグリには珍しく、これ以上ないドヤ顔で胸を張っていた。

 

 ……マジか……えぇ……これマジィ?

 この娘、走ってる時以外は食うことしか考えてないの???

 

 確かに、先程からオグリの腹からは怒り狂った虫の声が聞こえている。

 自分に無頓着な彼女でも流石に恥ずかしいらしく、ずっと腹を摩って虫の怒りを鎮めようとしているのだが巧くいっていない。

 

 かなりの天然だと話していて思ったが、これじゃあただの――――いや、よそう。オレの勝手な推測で皆を混乱させたくない。

 

 

「オグリ、本当に、本当に君って奴は……」

「ふふふ。そんなに褒められたら流石に照れるぞ」

 

 

 こんなの“芦毛の怪物”じゃないわ! ただのオチ要員よッ! だったらオトせばいいだろ!

 

 という感想しか出て来ない。

 

 もうやるせなさと切なさと悔しさとダルさが込み上げてきて、思わずオグリの髪をわしゃわしゃしてしまう。

 

 

「褒めてねーよ! わぁぁぁぁぁぁッ!!!」

「な、何? ではどうして頭を撫でるんだ?」

「撫でてねーんだよこっちはさぁ!」

「うぅ~~~~~~~、やへるんら」

 

 

 まるで効果がないので、頬を両手で挟んで潰れオグリにしてやる。

 

 クソッ! 柔らかいほっぺたしやがって!

 このカサマツ産の饅頭銘菓がよぉ! いや、オグリは食べる側だけどさぁ!

 もうちょっと、こう……なんか、それなあれが……なんかあったろぉ!?

 

 

「うぅ、一体私の何が悪かったんだ……」

「あーもうやめだやめッ。今日はもうおしまい。皆、カフェテリアに夕飯食べにいくぞ」

「あっ……待ってくれトレーナー、私は部屋で……」

「いいだろ。皆で食べようぜ。カフェから部屋まで持ってったら冷めちまうよ。ライスも一杯食べるから気にすんな気にすんな」

「うん、ライスもたくさん食べるから、大丈夫だよ?」

「そ、そうか。むぅ、なら、まあ……」

 

 

 取り敢えず、何も分かっていないオグリは無視して気持ちを切り替える。

 ローカルシリーズでの戦績やレース内容を見る限り、全くの考えなしというわけではないし、学校の成績だって悪い訳じゃない。

 オグリには考える力を付けられるように、都度アドバイスしていこう。

 

 そして、オグリのストレス軽減策の一つを実行する。

 内容は奇を衒うでもなく皆で一緒に食事をするだけ。

 近所の人達に助けられていたのなら、食卓を囲むこともあっただろう。その頃の環境に少しでも近づける。

 

 これからライスにはオグリと極力一緒に食事をして貰う予定。

 彼女もまた健啖家。その細い身体の何処に入っていくのかと誰でも不思議に思うに違いない。そうして、周囲からの視線を分散させる。

 ついでに言えば、ライスは一噛み一噛みを本当に幸せそうに食べる。見ている側が思わず微笑んでしまうほどに。

 それを見せて、本当の食べる喜びというものを思い出して貰いたい。

 

 

「じゃあ、行こう。おばちゃんには時間の指定もしてあるから暖かいご飯が食べられるぞぉ」

「そうするとしよう。君の激しいスキンシップで時間を取られてしまったからな。ああ、悪いことではないし、私にはしていないが――――していないが」

「………………」

 

 

 カフェテリアに向かおうとした矢先、横から凄まじい圧を感じて堪らずに視線を向ける。

 其処には微笑みながらも圧を掛けてくるルドルフの姿があった。怖い。

 

 これは、アレかな?

 生まれたばかりの弟や妹に両親がかかりっきりになってしまった子供の嫉妬的なアレかな? アレだよね?

 

 よもや、よもやだ。

 まさか本日、真のオチ要員が彼女だったとは。

 

 ションボリルドルフ、マウントルドルフと来て――――今日の彼女は嫉妬リルドルフだった。

 

 

 

 

 

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