トレーナーさんは眠らない(ガチ)   作:HK416

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『形息名彰』

 

 

 

「そういうわけで、コイツが南坂ちゃん」

「ど、どうも。“カノープス”のトレーナーをしています南坂です」

 

 

 ダンススタジオを共同使用したのを良い事に、一つ下の後輩にほぼ無理やり講師を頼んだ。

 ライブに関係するあれこれで南坂ちゃんを超える者はいないと確信しているからだ。

 

 コイツは元々ウマ娘もレースも興味がなかった。

 だが高校の頃、何となしに連れて行ったレースで物の見事にドハマリした。

 尤もオレのように誰か特定の個人やレースという競技ではなく、ハマったのはライブの方。

 

 曰く、レースの後で苦しいはずなのに笑顔を振り撒いて踊るウマ娘は輝いて見えたのだとか。

 

 そこから南坂ちゃんは一念発起。

 オレはガキの頃から勉強しまくったというのに、遥かに短い年数で何の澱みもなく拷問部屋卒業も中央への就職も成し遂げた。

 

 更には新人に近い状態で先代からチームまで引き継いでいる。

 

 これは異例の事態だ。

 基本、チームを率いるのは経験と実績を重ねてからが常。

 一対多でウマ娘と付き合っていくには人間関係の構築は勿論の事、個々人のトレーニングと出走レースも考えていかねばならない。

 特に新人は挫折も知らずに功を焦って視野が狭くなりがちで、そんな真似はほぼ不可能に近い。

 となると優秀な個人を贔屓しがちになって、チーム内に軋轢を生んでしまいかねない。

 

 そうした理由から実績か経験は必要不可欠なのだが、南坂ちゃんはどちらもないまま学園側からの許可をもぎ取りやがったのである。

 

 トレーナーとしての腕も知識も一級品。

 其処に加えてライブから入っただけあってライブや歌唱、ダンスの知識と指導、更には営業力も生半可なものではない。

 

 まあ、オレが覚えているのは拷問部屋に居た頃の南坂ちゃんでしかないが。

 だが学園に戻ってきてからは直接話もしたし、周囲の反応や話も耳に入ってきている。

 

 出会った頃から天才だと思っていたが、あの南坂ちゃんがこんな立派になるとは想像していなかった。

 

 

「会長さんか……! でもターボ負けない! 最初っから最後まで一番で走ってやる!」

「はは。ツインターボ、相変わらず意気軒高のようで何よりだ。素晴らしい、此方も負けていられないな」

「えっ!? ターボのこと知ってるの?! そうかー、むふふ、ターボもついに其処まで……!」

 

 

 そして、南坂ちゃんの担当している娘達はまだ未デビューなのだが個性派揃いだ。

 

 ルドルフと話していたのは濃い青鹿毛の少女はツインターボ。

 ライスと同じくらいの背丈と華奢な身体付き。髪型は名前に合わせてか白黒のリボンでツインテールにしている。

 

 脚質はスズカと同じ逃げ。

 それも大逃げのところまで一緒。但し、もっと破滅的でもある。

 スズカは何のかんの自分のペースを考えているが、この娘の場合はペース配分もクソもない。

 

 情報収集の一環で模擬レースを見たのだが、オレは思わず笑った。

 もう楽しくなってしまってそのまま過去の模擬レースの映像も確認して更に爆笑。

 勿論、馬鹿にしたわけではない。他の連中がどう思っているかは想像に易いが、オレはもうすっかりファンになっている。

 

 

「はー、あの会長さんに、最近話題のオグリ先輩。このキラキラ感……いやー、アタシの場違い感がなー」

「キラキラ……? いや、君も十分キラキラしていると思うが……」

「うぇっ!?」

 

 

 何か眩しいものでも見るように目を細めていた鹿毛の少女はナイスネイチャ。

 しかし、オグリから想定外の言葉を貰って、目を丸くして白黒させて驚いていた。

 

 脚質は先行、差し。当人の好みとしては後者か。

 レースはセオリー通りに運び、受けた指示や作戦を最後まできっちり貫く優等生。

 ルドルフのように何処を切り取っても高い能力で纏まっているわけではないが、必要な能力は平均値を上回る高バランス型。

 

 そのせいか、勝ち切れない場面が多い。

 最後の直線でジリジリとした速度で追い付くか離されるか。

 あともう一つだけ何かが欲しい、という印象を受けるが侮れない。

 その武器を手にした場合は化ける可能性がある。

 

 

「其方が例の……良かったですね、マックイーンさん」

「ええ、イクノさんもトレーナーさんが見つかったようで何よりですわ」

「ありがとうございます。しかし驚きですね。南坂ちゃんさんがルドルフ会長のトレーナーさんとお知り合いだったとは……」

 

(先輩からの呼び方が移ってる……!)

(この子、真面目そうな見た目してノリいいな)

 

 

 マックイーンと親し気な雰囲気を醸している眼鏡を掛けた栗毛の少女はイクノディクタス。

 何でも寮の相部屋らしく、他の面々に比べて距離も近く気心が通じる間柄のようだ。

 お互いに担当トレーナーを見つけられたことを心底から喜んでいた。

 

 脚質は先行、差し。此方は先行がお好みの模様。

 レース運びは堅実そのもの。指示を受けるよりも、自分で戦略を練っていくタイプ。

 ナイスネイチャと同じく高バランス型と能力的には同様だが、性格面はより勝負への欲求が強い。

 

 特筆すべきは未出走でありながら、模擬レースを熟している回数が異常に多い。

 ふらりとコースを見に行くと必ずと言っていいほど走っている。

 中等部ながらも高等部を相手にして二着、三着をさも当然と奪っていく辺り、光るものはある。

 

 

「あ……この前、模擬レースで……」

「あれ? えへへー、ライスちゃん、私のこと覚えててくれ……」

「風邪で休んで……」

「はぐわっ……! はぐわっ……はぐわっ……ガクリ……」

「ど、どうしたの、タンホイザちゃん?!」

「あ、あわわ、ご、ごめんねっ、ごめんなさいっ、だ、大丈夫?!」

 

 

 ライスの何気ない一言が心の弱い部分に刺さった色素の薄い栗毛の少女はマチカネタンホイザ。

 両手両膝を床に付いたまま項垂れる姿は非常に哀愁を誘う。

 心優しいスズカは慌てて、ライスは涙目になりながら彼女を心配していた。

 何だこの娘達は、天使の集団か?

 

 脚質は先行、差し。どちらもバランスよくと言った印象。

 中々切れ味のある末脚の持ち主なのだが、一生懸命前に進み過ぎて必要な分の脚を残せていない印象を受けた。

 この娘もバランス型ではあるが、他の面々に比べてスタミナで勝る。

 中距離だけでなく長距離路線でも十分にやっていける筈だ。

 

 ただ、恐ろしく運がない。

 この前、学園内で見かけた時は転んで鼻血ぶーしているのを何度か目撃している。

 ライスの言っていた体調不良といい、調整から何から大変そうであるが、全ての歯車が噛み合った時の実力は決して侮れまい。

 

 

「他がなんて言ってるかは知らないが、いい娘達じゃん」

「僕としては、もうちょっと言うことを聞いて欲しいですけど……」

「それはお前が悪いよ」

「ですよねー」

 

 

 これがカノープスの面々だ。

 

 強いか弱いかで言えば、間違いなく強い。

 速いか遅いかで言えば、間違いなく速い。

 

 ただ、一部の上澄みに比べるとどうしても見劣りしてしまう個性派ウマ娘。

 総じて、トレーナーの腕前と成長を求められる娘達と言えよう。

 オレのように才能だけで勝ててしまえる天才を初担当にするよりも、ずっと賢い選択だ。

 

 自身と相手の才能をハッキリと線引きし易いのが何よりも良い。

 突出した才能を前にすると、勝てた理由を勘違いし、負けた理由を自分に求めてしまいがち。

 本当の勝因も敗因も見えなくなって、驕り高ぶるか、卑屈になるかで歪な成長を遂げてしまう。

 

 オレもそうならないように意識してはいるが、さてどうか。

 

 

「と言うか先輩、本当に僕が指導するんですか」

「いやほら、トレセン入ってからの記憶がぶっ飛んでるじゃん? だからダンスの振り付けも歌詞も一緒にぶっ飛んでさー」

「急に重いのぶっ込んできたなこの人」

 

 

 ライバルながらも仲睦まじく話す担当達を尻目に、聞き取られない小声で会話をする。

 

 流石に20年近い付き合いでもなければ、こんなに気軽には話せないし、聞かせられない内容だ。

 他の娘達は様々な意味でオレに気を遣っている。こんな事を言ったら確実に空気が澱む。

 

 冗談で済まない事柄を、冗談で済ませられる間柄、というやつだ。

 それくらい信頼しているし、許して貰える程度に信頼されている。

 

 

「じゃあ、こっちも担当のトレーニングメニューを考えて貰いたいんですけど。ギブアンドテイクという事で」

「そりゃそれくらいいいけどさぁ。いいのか、それで? 手の内バレるぜ?」

「別にいいじゃないですか。それにほら、先輩、昼間の記憶は嫌でも忘れちゃいますし」

「言ってくれるじゃんよ、南坂ちゃんコノヤロー」

「そう言われたくなかったらきっちり治してから復帰して下さい。順序が違うでしょう」

 

 

 不意に、鋭い視線で睨み付けられた。

 苛立ちの色はなく、できた傷口を見ているような観察と痛烈な批判の視線だ。

 冗談交じりの会話だと思ったが、どうやらマジの話だったらしい。

 

 理事長もルドルフも、オレがトレーナーを続けることをよく許してくれたと思う。

 こんな事を言っては何だが、南坂ちゃんにしてみれば二人の信頼は妄信にしか映るまい。

 

 この辺りを面と向かって容赦のなく口にするのは、コイツくらいだ。

 こんな風に、南坂ちゃんはオレを疑ってくれるからこそ信頼に値する。

 

 

「だろうな。でもやると決めた。南坂ちゃんなら全部投げ捨てて逃げちまうか?」

「言い方変えて、やることの印象変えるの止めましょうよ」

「印象変えようが、お前なら結論はオレと同じだと思うけどなぁ」

「それはそうですけどね……言っときますけど、潰れると思ったら僕は力尽くでも止めますからね」

「頼むわ、骨は拾ってくれよ」

「骨拾う羽目になる前に何とかするっつってんですよ、こっちは」

 

 

 学園に来てからの記憶を失っているが、オレ達の会話にも関係性にも特に変化はない。

 唯一違っていたのは南坂ちゃんが成長していたことだが、良き変化である以上は受け入れるのは容易い。

 それが無性に嬉しくなって、同時に泣きたくなったから、オレは思わず笑っていた。

 

 南坂ちゃんはそんなオレが気に入らないらしく、珍しく顔を顰めて語気も荒い。

 年頃の担当の手前、いつもにこやかな笑みを浮かべているが、実際のところは激情家。

 自分の感情を別の表情で覆い隠せる真のポーカーフェイスだが、今は巧くいかないようだ。

 

 オレの決断にまるで納得していない。

 それでも此方を見捨てようとしない辺り、信頼するならやはりコイツだ。

 

 確かな尊重と曲げ得ぬ意思との鬩ぎ合い。

 その上で、己の納得を全てに優先する在り方を貫くのは酷く難しい。

 

 だからこそ、男とは常にこうあるべきだろう。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「ライスさん、指先までしっかり伸ばすように意識してください。ダンスは全体のバランスです。些細な事でも見栄えが悪くなります」

「は、はいっ……指先まで……しっかり……しっかりっ……」

 

 

 南坂ちゃんの手拍子に合わせてライスがステップを踏む。

 入学して日が浅く、一番基礎が出来ていないので直接指導が入っていた。

 

 しかし、流石は南坂ちゃん。

 見る見るライスがステップアップしていくのは、才能よりも的確な指導があってこそ。

 もうアイドルのダンスレッスンも問題なく出来るんじゃないかこれ。

 

 

「マックイーン、ステップと呼吸を合わせな。ライブじゃ歌って踊ってだ。息継ぎのタイミングを合わせないと身体が付いていかない」

「成程…………しっかり指導できるじゃありませんの。もっとやる気を出してください!」

 

 

 オレは基礎が出来ている娘を担当。

 マックイーンは先程までのやる気のなさが気に入らなかったらしくプリプリと怒っていた。

 

 メジロ家ではダンスレッスンの専門講師がいるらしく、土台は既に出来ていた。

 この分では歌唱専門の講師もいただろうし、歌の方も問題ないんではなかろうか。

 

 惜しむらくは、それぞれが別に指導されてきた点か。

 メジロ家の考えとしては基礎をしっかりと固めるための措置といったところかな。

 一度に同時にやってどれも中途半端になるくらいなら、踊る歌うに重点を置いて指導して、歌って踊るはトレセン学園に任せる。

 似ているようで違う行為に、マックイーンもなかなか苦戦している様子。

 

 但し、オレのアドバイスには素直に従うし、言うべきことは言ってくる辺り、余裕のあるしっかり者で頼もしい。

 

 

「えー、オレはやらなきゃいけないこととやってあげたいことは真面目に真摯にやる。好きなことは好きにやる。嫌なことは嫌々やる、って決めてるから」

「結局はやるんですね……」

「投げ出さないのは、彼の素晴らしいところだよ」

 

 

 呆れているスズカと手放しに称賛してくるルドルフ。

 ルドルフは既にライブを経験しているし、スズカは密かに練習していたらしい。

 この二人は特に問題なく、卒なく熟せてしまえるだろう。

 

 社会人になればやりたくないこともやらなければ立ちいかない。

 断固拒否するなら相応の理由がなければ誰も納得しないだろう以上は当然のこと。

 

 ライブは反対ではあるが、皆がやりたい、見たいというのなら是非もなし。

 怪我に繋がると判断すれば止めるが、ライブそのものを否定するつもりは毛頭なかった。

 

 

「ほっ、ほっ、ひっ、ふー……!」

「おっ、なんだオグリもやるじゃん」

「これもカサマツ音頭とノルンエースがダンスを教えてくれたお陰だな……!」

「やはりカサマツ音頭……! カサマツ音頭は全てを解決する……!」

「いえ、違いますからね? そのカサマツ音頭推しは何なんですか」

「どう考えてもノルンエースとやらのお陰だろう。カサマツ音頭万能説を提唱するのはやめるんだ」

 

 

 オグリは奇妙な呼吸をしながらも、完璧なステップを踏んでいた。

 走ることと食べることと寝ることしか興味がないと思ったが、これが中々様になっている。

 今すぐにでもライブに出れるとまではいかないが、少なからず恥を掻くことはなさそうである。

 ルドルフの言う通り、カサマツの友人と思しきノルンエースの努力もあったに違いない。

 

 でもオグリはカサマツ音頭やってるからな……!

 

 もうオレはカサマツ音頭のことで頭いっぱいである。

 どうにかしてライブでオグリに踊らせてやれないものか。

 いや、オグリだけではない。全ウマ娘に踊らせるんだ。

 

 

「冗談は兎も角、そろそろ休憩にしない?」

「冗談か? 本当に冗談だな? 私の目を見て言うんだ」

「冗談ダヨ?」

「会長これダメなヤツです」

「ああ、分かっている。断固阻止せねばな」

 

 

 しっかりと目を合わせて宣誓したのに、全く諦めていないのがバレてしまった。

 オレの曇りなき眼を見ても、スズカは顎に手を当てて疑いの視線を向けてくるし、ルドルフは腕を組んで鋼鉄の意思を示している。

 

 クソゥ、駄目かぁ。

 絶対面白いと思うんだけどなぁ。別にライブなんて盛り上がればいいんだよ。

 かわいい、かっこいい要素がなくなって、面白い要素でだって盛り上げは可能である。

 

 心中では盆踊りライブを画策しながらも表面上はガッカリして、用意しておいたミネラルウォーター、スポーツ羊羹と低糖度バナナを持ってくる。

 人と全く同じ動きをしていようが、ウマ娘の方が消費するカロリーも水分も多い。

 倒れるまではいかないが、軽度の脱水症状くらいには簡単になるのでトレーニング中の休憩時には水分補給栄養補給は必ず行う。

 身体能力が高い、というだけでウマ娘を人間の上位種と勘違いする輩もいるが、相応のデメリットもあるものだ。

 

 勿論、カノープスの面々の世話になる予定だったので、人数分キッチリと用意してある。

 尤も、南坂ちゃんのこと、色々と用意しているだろうがそこはそれ。

 感謝は多少なりとも行為で示しておいた方がいい。

 

 

「ところでさ、トレーナーさんと南坂ちゃんって、どういう関係なの?」

「それは気になりますね。正直、三冠バトレーナーと南坂ちゃんさんとでは釣り合いが取れていません」

「いえ、あの……それよりもボクのことを南坂ちゃんと呼ぶのは止めてくれません……?」

 

 

 ダンススタジオの床に座って休憩中。

 思い思いに談笑、チーム間で交流を行っていると、バナナを食べ終わったナイスネイチャとイクノディクタスが口を開いた。

 

 そして、威厳のない呼ばれ方でガックリしている南坂ちゃん。

 一人の大人として舐められている、とでも感じているのか。

 そう落ち込む事もない。愛称で呼ばれるのは、親愛と信頼を覚えているに他ならないのだから。

 

 トレーナーのウマ娘に対する接し方は様々だが、こうした関係性も悪くない。

 時に厳しい言葉をかけなければならない立場であるが、壁を作る必要も常に威厳を醸す必要も何処にもない。

 

 妙に格好付けたがる後輩を横目に、オレは自然体のままでいることにした。

 

 

「釣り合いも何もなぁ。地元が一緒で、ガキの頃から一緒にバカやってた、ってだけだよ」

「へぇ~、幼馴染なんだぁ。どんなキッカケだったの、南坂ちゃん?」

「タンホイザさんまで……」

「私も気になるな。君は余り自身の過去について話したがらない」

「話したがらないって。別にそんなつもりはないけどなぁ」

 

 

 普段の威厳は何処にやら。好奇心を煌めかせながらルドルフが見つめてくる。

 

 全てのウマ娘の模範となるべく生きている彼女ではあるが、今は相好を崩している。

 必要な場面では威厳を発揮しつつ、こうした場面では力を抜ける頼もしい生徒会長さんだこと。

 

 まあ、今は正直話したくないところはある。

 オレから失われた思い出は、周囲の人間にとっても余りに重い。

 しかし、それはあくまでも失われた範囲に限った話でだ。

 

 以前のオレが自分から語らなかったのは、知って貰いたい過去などなかったからだろう。

 過去語りするほど年を食ってはいないし、吐き出さなければやっていられない過去もない。

 かつてを語るよりも現在や未来の話をしていた方が楽しかっただけ。

 

 だからマチカネタンホイザやルドルフだけではなく、他の皆もオレ達の子供時代に興味があるようなので、答えるのも吝かではない。

 

 ではないのだが――――

 

 

「キッカケ、ねぇ……………………なんでだったっけ?」

「えぇ……あんな出会い方して忘れますか、普通?」

「え? そう? ずっと仲良い奴との出会いなんて一々覚えてないって」

「それはそうかもしれないですけど、アレ忘れるとか……ないわー」

 

 

 オレはすっかり南坂ちゃんとの出会いを忘れていた。

 

 しかし、こんなもんだろう。

 劇的な出会いだろうが平凡な出会いだろうが、重ねた日々で更新されていくものだ。

 

 特に男なんてどれだけクールぶっていようが、内面はガキのまんまなんて珍しくもない。

 一緒にバカをやればもうその時点で親友みたいなところもある。

 

 ただ、南坂ちゃんにとってそうではないのか、首を振りながら呆れ返っていた。

 

 

「おお、これはきっとアレッ! 男同士の友情ッ! 河川敷で殴りあって認め合うやつ!」

「いえ、ターボさん、僕達が出会ったのは小学生くらいですから、それは流石に……」

「中学高校時代の南坂ちゃんならやってたかもな、お前荒れてたし」

「さらっと僕の黒歴史明かすの止めてくれます???」

 

 

 ツインターボは色めき立っていた。

 彼女の中では漫画かアニメのような過去が展開されているのだろう。

 

 だが、そんなことはない。

 小学校の頃の南坂ちゃんは兎に角ヒョロかったし、何時も暗い顔をしている典型的ないじめられっ子だった。

 喧嘩などするような性格でもなければ、オレも喧嘩を吹っ掛けるような真似はしたことがないので在り得ない。

 

 尤も、その反動か中学高校の南坂ちゃんは酷いもんだったが。

 そらもう触れる者みな傷つけると言った有り様で、女遊びもしまくっていた。

 トレーナーとして認められつつある事実に感心したのは、そういう理由もあった。

 

 

「へぇ~~~~、意外じゃん。ヤンチャしてたんだ?」

「あぁ~~~~~~、止めてください止めてください、本当に恥ずかしい過去なんですよ!」

 

 

 今の姿からは想像できない意外な過去に、ナイスネイチャを筆頭にカノープスの面々はニヤニヤと笑っている。

 過去のツケを払わされている南坂ちゃんは涙目になりながら頭を抱えていた。

 

 ヤンチャ自慢なんて聞いていて面白くはないが、本人が隠したい秘密を暴くとなると面白い。

 聊か以上に悪趣味と言わざるを得ないが、彼女達の気持ちは分からないでもない。

 

 しかし、もう反省はしているので、助け船を出してやるとしよう。

 

 

「もぐもぐ。ではトレーナーもヤンチャしてたのか? もぐぐ」

「どうだろうなぁ、勉強してた記憶しかない」

 

 

 ところが何の意識もしていないオグリが期せずして話題を変えてくれた。

 

 彼女はこういう所がある。

 空気を読めないだけなのだろうが、狙っていないにも関わらず良い方向に空気を持っていくと言うか。

 相手が無駄に噛みついてさえ来なければ、どうやったところでほんわかと空気を和ませてしまう。

 

 バナナとスポーツ羊羹を貪り尽くす勢いで食べているので、皆からはドン引きされていたが。

 

 取り敢えず、オレはスルーしておく。

 オグリが強迫観念に駆られて食べているか、単純に身体の求めるままに食べているか見分け易いからだ。

 

 それは腹の虫が鳴いているか否か。

 これは身体の血糖値が下がったことで起きる現象で、分かりやすい栄養補給のサインでもある。

 病気の可能性も否定できないので一概には言えないが、少なくともオグリにはピタリと当て嵌まる。

 

 今回は腹の虫を聞いているので、好きにさせておく。

 この場にある食べ物を食べ尽してもカロリーは許容範囲内で収まるし。

 

 

「嘘ですよ。ヤンチャはそんなにしてなかったけど遊びまくってましたよ、この人」

「えぇ? そう? そうかぁ?」

「そうですよ。人の倍勉強して、人の三倍遊ぶがデフォですからね。昔から自分の体質フル活用してましたよ」

「らしいと言えばらしいですわね」

「酷くない???」

「ふふ、根を詰め過ぎない性格と言っているだけですよ」

 

 

 マックイーンは何処か揶揄するような笑みを浮かべていた。

 心外、でもないが勉強よりも遊び、仕事よりも息抜きの方が重要、とでも思われていたのはややショック。

 スズカはフォローしてくれていたが、そんなちゃらんぽらんに映っていたのか。

 

 …………いや、ちゃらんぽらんだなぁ。

 

 少なくとも今日のオレを見て、ちゃらんぽらんと思わん人間はいないと思う。

 やたらカサマツ音頭を推すし、後輩にダンスの振付丸投げだし、そらそうである。

 

 

「それよりもそっちの……、そっちの………………チーム名なに?」

「そう言えば、私達も聞いてない……」

「まさかとは思うが、まだチーム登録を行っていない、などということはあるまいな?」

「いや、チーム登録はしてある。けど、名前がまだ決まってない」

 

 

 ツインターボに思わぬ方向から刃を捻じ込まれ、思わず息が詰まる。

 その様子にライスは不安そうに、ルドルフは威圧感マシマシで此方に視線を向けてくる。

 

 チーム登録に必要な全員の個人情報や同意書、志願書などの必要書類は既に提出済。

 ただ、チーム名はその場で思いつかなかったので、無記載のまま提出した。

 

 案の定、駿川さんから直々にお叱り、というほどでもない指摘を喰らって保留中。

 チームとしては学園側に登録されているものの、チーム名のない宙ぶらりん状態というわけだ。

 

 チームは伝統的に、星の名前から付けられることが多い。

 カノープスもリギルも一等星由来の名前なのだが、どうも星の名前って決まり過ぎてる感が否めないのが個人的な所感。

 

 シリウスとかもう決め過ぎ。天狼星に、意味は「焼き焦がすもの」、昔の人は何考えてこんな名前つけたの?

 アンタレスもヤバい。意味は「火星への反逆者」。反逆しちゃったよ、ウルトラマンレオとも戦ってやがる。

 アルタイルも凄い。意味は「飛翔する鷲」、ゲームの主人公にもなりやがった。

 アルデバランなんて最強だ。黄金聖闘士(ゴールドセイント)だぞ黄金聖闘士(ゴールドセイント)

 

 その点、カノープスはいい感じだ。

 戦乱時には見えず、世が平穏になると見えるなんて俗信もあって、人々が幸福と長寿を願う星。

 勝利を願うと共に応援もしたくなる和気藹々としたチームの雰囲気によく合っている。

 

 こっちはルドルフが看板のチームだからキメッキメの名前もいいが、率いるのオレだからなぁ。

 もうちょっとこう、決まり過ぎていない間抜けな感じの方がいい。

 

 

(……いや、だが)

 

 

 チラリとチームの面々を眺める。

 

 ルドルフは世界中のウマ娘の幸福を。

 スズカは先頭の景色を。

 オグリは故郷への礼と期待を。

 マックイーンはメジロの誇りと天皇賞制覇を。

 ライスは見ている者を勇気付けられるヒーローを。

 

 夢そのものは抽象的であれ、それぞれの明確な目標地点が決まっている。

 

 その道は果てしなく遠く、きっと険しい。

 だが、辿り着いた果てにあるものは、誰もが目を細めるような輝きに満ちているだろう。

 

 

「そうだな。じゃあ“デネブ”だ。“デネブ”にしよう」

「デネブ……えっと、確か、夏の大三角形の一つ……?」

「それから白鳥座の星でしたわね。何か意味でも……?」

「いや、特に。ほら、響きがちょっと間抜けで可愛くないか?」

「先輩、それは流石にないですよ。ないわー」

 

 

 チームの反応はやや不評だったが、忘れないよう手帳にしっかりと書き込んでおく。

 選んだ理由がちょっと間抜けな響きだから、では年頃の娘には面白くないだろう。

 まあ、本当の意味と込めた願いは全く別なので勘弁して欲しい。

 

 デネブは21ある一等星の中で地球から最も遠く、西暦10000年前後で北極星になるのだとか。

 

 どれだけ長い道のりを歩むことになったとしても、必ず夢を掴めるように。

 誰もが目を奪われて、指針となる夢と場所を彼女達が目指し、辿り着けるように。

 

 そして、さっさと辞めてしまえばいいものを、意地だけで周りへの迷惑を顧みず長く愚かな道を選んだオレへの皮肉も込めた。

 

 何の心配もいらない。

 オレ一人の力など大したものではなく、人より優れていたとしても特別には程遠い。

 必死で進んでさえいれば、道半ばで倒れたとしても信頼に足る「後に続く者」が現れる。

 悔いも未練も置き去りにして、オレ達は夢にも人生にも安心して幕を引けば良いのだから。

 

 

 

 

 




南坂T

此処のトレーナーのせいで、アニメ版とは大分違う。
トレーナーとは地元から一緒で兄弟のように育ってきて、ヤベー奴に潰されるどころかひーひー言いながらも付いてきてたヤベー奴。
長い付き合いなので、トレーナーが覚悟ガンギマリの超人メンタルしているのは知っているが、かなり弱っていることにも気付いている。
トレーナーはトレーナーで、南坂Tの天性に気付いているので、誰よりも頼りにしている節がある。
トレーナーとしての腕はおハナさん沖野Tにやや劣るが、その分ライブ関係では他の追随を許さない。
この辺りは、アニメ二期を見ててネイチャさんがテンション上がってるからって投げキスとかするか? → これはトレーナーの指導の賜物ですね(確信)→ デカした南坂ァ!! になったから。
稍重過去持ち。中学高校と荒れに荒れていた元ヤン。なおアニメでのウマ娘のお願いを叶えるために秒でライブジャックを考えつくサイコ野郎ぶりは健在の模様。

サポート効果:全体の友情トレーニング効果中UP。カノープスメンバーの友情トレーニング効果特大UP。レースボーナス大UP。やる気が「普通」以下にならなくなる。獲得マニー大UP。ファン獲得数大UP。

ライブに特化していてチームメンバーに印税生活させてやれるくらいの腕があるので、こんな感じ。
彼が担当したライブは常に大成功の大評判になる。


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