トレーナーさんは眠らない(ガチ)   作:HK416

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『法界悋気』

 

 

 

「チーム作るとこんな事しなくちゃならないんですか。オレがガキの頃は自分で調べたけどなぁ」

「この業界は戦後からずっと成長期にありますけど、衰退は何時起こっても不思議ではないですからね。中央の委員会や学園の上層部も発信を義務付けているんです」

 

 

 決めあぐねていたチーム名を“デネブ”と決めた翌日。

 さっそく駿川さんに相談し、チーム名の登録など諸々の手続きを終えた。

 これで明日にでもチーム“デネブ”として正式に動き出すことになる。

 

 校舎にある事務局からミーティングルームへと戻るため、敷地内の舗装道を駿川さんと並んで歩いていた。

 

 しかし、オレは想像もしていなかった義務に面を喰らう。

 ピンと人差し指を立てながら懇切丁寧に説明してくれた駿川さんには悪いが、正直面倒でしかない。

 

 義務というのは、チームを率いるトレーナーはウマッターやウマスタグラムなどのSNSにアカウント登録するというもの。

 そして登録したアカウントから所属者の出走レース、メンバーの紹介などを発信していかなければならないのだとか。

 

 確かに今の時代、SNSは情報を発信する上で最適の手段だろう。

 気軽に、何時でも、何処からでも。電波の届く場所であれば個人が世界中にあらゆる情報を広められるITサービス。

 誰かに興味を持って貰うことに腐心して集客してきた業界にとって、広告料も手間もかからない情報発信源は正に待ち侘びた代物だ。

 

 情報発信を義務付けられたチーム側も手間ばかりがかかるわけではない。

 

 巧く宣伝できればデビュー前からでもファンを獲得、グッズの売れ行きも伸びて印税が入る。

 ファンが増えるほどレースの結果に関わらず、中央からトレーナーとしての腕を評価して貰える。

 宝塚記念、有マ記念はファン投票で出走者が決まるから、SNSを上手く使えば出走内定なんてこともありそうだ。

 

 個人的にファンなど実力を発揮すれば付いてくるもので、自ら動く必要性は感じない。

 しかし、トレーナーの義務と言われれば、此方としてもやらざるを得ない。

 

 SNSを使わないわけではないが、基本は受け取る側なので何を発信していけばいいのやら。

 正直、ちと困惑気味。下手な真似をして炎上させたらオレだけではなく皆にも迷惑をかけてしまうのも拍車をかけていた。

 

 

「お困りでしたら他チームを参考にされれば?」

「それが一番かー。ちょっと調べてみてもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

「では遠慮なく」

 

 

 気を遣って説明のためにだけに付いてきてくれた駿川さんに、失礼を承知でスーツの内ポケットから取り出したスマホを見せる。

 すると彼女はニッコリと微笑みながら、気にした様子もなく寧ろ推奨してくれた。

 

 そのままスマホをタップしてウマッターを起動。

 取り敢えず、リギルのアカウントから見てみるか。

 

 まず出てきたのは『チーム“リギル”今月の出走予定』。

 書かれていたのは出走レースと出走者の名前、バ番枠番、開催会場と時間だけという簡潔さ。

 文体からして書いたのはおハナさんだろう。流石の無駄のなさと遊びのなさ、そして分かり易さであった。

 

 この分ではずっとこんな感じか、と過去の投稿を遡ってみると―――――

 

 

『これがナウなヤングにバカウケスイーツ……!』

 

 

 言葉選びからしてマルちゃんのものと思われる投稿があった。

 ちなみに張り付けられていた画像は、何処かの喫茶店と思しき場所で撮られたティラミスとナタデココ。

 

 その二つが流行ったのは平成初期頃。

 やはりセンスがどっかおかしい。一人だけ時代を逆行している。

 しかし、結構いいねを稼いで反応も中々好評な模様。

 

 そらゲキマブが面白いことしてたらファンもつくというもんである。おっと、語彙が。

 

 

「成程、チームだからアカウントを共有しておけばメンバーで何かしら投稿するのもありなのね」

「そういったチームも少なくありませんね」

「おっ、リギルは全員参加してやってるのか」

「東条トレーナーが投稿の仕方やネット上での注意点を指導して、その後は任せているようで。チーム“リギル”は安定してフォロワー数を増やしていますね」

 

 

 うーん、流石はおハナさん。抜け目もなければ抜かりもない。

 手腕が鮮やか過ぎて、参考にするどころか惚れ惚れしてしまう立ち回りである。

 

 気になったので他を見てみる。

 

 フジは不定期であるがマジックの動画を上げていた。

 そういうのが得意と言ってたな、そう言えば。

 

 どの程度の腕なのか確かめるために動画を再生してみる。

 

 其処にはにこやかに微笑んだフジが映し出され、何もない所からシルクハット取り出して中から鳩飛ばしてのけた。

 トランプとかコインを使ったテーブルマジック程度かと思ったが、完全に素人の範疇じゃない。

 手際といい、見せ方といい、緩急の付け方といい、完全に玄人のそれ。

 

 この道で食っていけるんじゃないかと思えるほどで、魔法にしか思えない。

 

 

『また動画を上げるから楽しみにしてね。ポニーちゃんに感動をお届けするよ。じゃあね!』

 

 

 楽しそうに笑みを深めてウインクをしたフジのアップで動画は終わった。

 

 うわーーーーーーーーーーーーーー!! また女の子にされちゃう!!

 フジの笑みとウインクが余りにも男前過ぎて、心の奥深くにあるドアを蹴破られて無理くり女性性を引っ張り出される……!

 

 

「ふーーーーーーーーーーーーー………………」

「ど、どうしたんですか? 突然、胸を押さえて……」

「いえ、ちょっと。この胸の高まりを抑えないと今すぐにでもタイに飛んで行ってしまいそうで」

「タイに!? 一体何が?!」

 

 

 そりゃタイは性転換手術が盛んだからである。

 隣に駿川さんがいなければどうなっていたことか、少なくとも黄色い悲鳴を上げていただろう。

 

 下手をすれば、航空チケットの予約までしていた可能性がある。

 衝動的に性転換手術まで視野に入れさせるなど、フジ、恐ろしい娘……!

 

 ビジネススーツの上から胸を抑え、めぎゅっと下唇を噛んで必死に女性性を抑え込む。

 オレが本調子ではないことを知っている駿川さんが心配そうにしてくれているが、決して身体と頭のことではなく心の問題なんです……!

 

 

「いかんいかん。オレは男オレは男」

「は、はあ、それは知っていますけど……ほ、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫。さーて他には、っとぉ」

 

 

 何とか本来の自分を取り戻し、気も取り直してリギルのウマッター鑑賞を再開する。

 

 マルちゃんやフジ以外で目に付いたのは、ヒシアマゾンの投稿だ。

 彼女が作ったと思しき弁当の写真が上げられている。

 

 それもウマ娘のキャラ弁。

 一目見ただけで誰か分かるほど特徴を捉えていて、クオリティが異常に高い。

 意外と言っては失礼だが、少し話しただけでも豪放磊落さが伝わってくる性格からは想像できない女子力の高さである。

 だが不特定多数のファンにとっては定番なのか、返信内容は称賛から辛口評価まで様々。

 

 流石はフジと双璧を為す美浦寮の寮長。 

 タイマンタイマン言っているだけあって、ファン数でもタイマン張れそうだ。

 

 他には花の写真と解説、今年リギルに入ったメンバーの写真と名前が投稿されていた。

 

 多分、前者はエアグルーヴ、後者はナリタブライアンだろうか。

 元は知り合いのはずなのだが、学園に戻ってから会話はしていない。

 

 しかし、為人(ひととなり)はルドルフから部下にして同志として、スズカから友人としての評を聞いている。

 個人の性格を情報として持っていれば、文体や言葉尻からでもある程度は推測は可能だった。

 

 

「でもなぁ……」

 

 

 ウチでそれやってもなぁ。

 ルドルフはマジレスと業務連絡みたいな投稿しかしないだろう。

 他の皆もどんな投稿をするのやら。正直、炎上案件が怖い。

 

 スズカはそもそも興味を持っていないのでやらないだろう。

 やったとしても走ることに関してしか投稿しなくて、見ている側が困惑するような発言をお出しするだろうから却下。

 

 オグリも興味はないだろうが、やれと言われればやってくれる。

 但し、天然発言か飯のことばかり……これはこれで人気が出そうだな。いやアイツ、スマホどころか携帯も持ってなかったな。

 

 マックイーンは割とムキになるところがあるから煽られればスルーできまい。

 ただ、自覚している部分はあるので断るだろう。

 

 ライスなんかは考え過ぎて知恵熱を起こしてしまいそう。

 何かと気にしいなので、一人ひとりに返信するとかやりそうだ。SNSなどやらせられない。

 

 となると、やはりオレがやるしかない。

 こういうのは南坂ちゃんが得意だから、アイツにも聞いてみよう。

 

 

「義務と言っても罰則等はありませんので、無理はなさらないで下さいね?」

「いやぁ、気を遣って貰ってばかり、世話にもなりっぱなしで申し訳ない。今度、メシでも奢りますよ」

「あら、デートのお誘いですか?」

 

 

 別に他意はない。

 昼間に起きた出来事を覚えていられないとなれば、相手にどれだけ迷惑をかけることになるか。

 今は流石に誰かと付き合う、結婚する気になどとてもなれない。

 

 ともあれ、此方まで笑みが零れた。

 

 何処か揶揄うような笑みを浮かべる駿川さんは酷く女性的である。

 同時に人間的な魅力まで詰まっていたからだ。

 

 

「南坂ちゃんやおハナさん、小宮山さんも誘うつもりですけど」

「まあ、それは楽しみですね! レースやウマ娘のお話も聞けそうですし、是非!」

 

 

 オレの誘いに、両手を顔の横で合わせ満面の笑みを浮かべた。

 

 流石にサシとなれば相手も委縮したり、ない下心を警戒されるのは予想していた。

 彼女以外にも南坂ちゃんもおハナさんにも世話になっているし、小宮山さんとはタマちゃんを通じて何度か話をしている。

 ならいっそのこと世話になっている人物は全員誘うのもいいだろうと考えていた。

 

 単なる思い付きではあったが、好評なようで何より。

 時間の調整と場所の予約は企画者のオレがするとしよう。

 幸い、全員の連絡先は知っているし、何かと忙しいトレーナーであるが一日休みを作るくらいは訳ない筈だ。

 

 

「………………」

 

 

 しかし、オレはこの時気付かなかったのである。

 

 この些細な思い付きと会話を聞いているウマ娘がいたなどと――――!

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 ミーティングルームに戻って、時刻は14時。

 この時間にやることは、17時以降の計画を立てるのが主。

 前向性健忘になる以前であれば、ある程度無計画でも人よりも多い時間を使ってやりくりできたのであろうが、今はそうもいかない。

 何をやるのかを明確にしておかないと、記憶が失われた瞬間から無為になる時間が増える。

 

 そうした時の焦りや不安は尋常ではない。

 記憶にある範囲で時間が足りないと感じたことはなく、眠らないオレには無縁ですらあった。

 

 正直、眠らなければならない人々への敬意を禁じ得ない。

 こうした不安と日々戦いながらやらなければならない事柄を熟しているなど。

 健常であった頃には理解すら出来なかった事実を直視できたのは、手放しに喜べないが経験にはなっていた。

 

 トレーニングの効果と各人の様子を確認。

 スズカのフォーム改善の進捗状況と別の要因がないか。

 スズカ以降に予定している確認のフォーム改善案。

 今日の様子から明日以降のトレーニング計画の立て直し。

 各々の目的に応じた出走レースの選定。

 時間が余れば映像研究。

 

 やることは山積みだが、計画があるとないとではかなり違う。

 何処から手を付けていいか迷う必要がないというだけで精神的な負担も少ない。

 

 ある程度纏まってきたと思ったその時――――

 

 

「失礼するぞ、トレーナー君」

「はぁい、私も失礼するわね」

「ほいさ……うわ、二人とも勝負服じゃん。どうしたよ?」

 

 

 ノックもなしにミーティングルームの扉を蹴破る勢いで入ってくるルドルフとマルちゃん。

 珍しく非礼な振る舞いであるが、別にオレも疚しいことをやっていたわけではないので責める気も起きない。

 

 そして、別段珍しい組み合わせでもなかった。

 この二人は親友と呼んでも差し支えない間柄で、学園内でもよく一緒にいるのを見掛ける。

 物珍しかったのはGⅠレースでもないにも関わらず、二人が勝負服を着ていたことだ。

 

 勝負服は晴れ着そのもの。

 大舞台でのみ着用するものなのであるが、如何なる理由で身に纏っているのやら。

 

 

「ああ、これか。取材があってね」

「それで急遽、勝負服の写真が欲しいー、って言われちゃって」

「へぇ…………いやちょい待ち。オレ取材あるとか聞いてない」

「ああ、私個人へではなく学園全体へのものだったからな。こうなるのは想定外だったが」

「アレ、狙ってたわよねぇ……」

 

 

 個人への取材となるとトレーナーを通して様々な手続きと制約が生じる。

 対し、トレセン学園そのものに対する取材となれば手続きこそ必要だが、トレーナーを介す必要がなくなる。

 

 トレーナーはウマ娘を育成、補佐する立場で取材にも同行するのが常。

 如何に優れた能力を持つウマ娘と言えども、所詮は10代の少女。

 インタビュアーから大衆が喜びそうな醜聞や捏造しやすい言葉を引き摺り出される場合もある。

 そうした事態を防ぐために同行するのだが、ブンヤ側としては邪魔者にしか映るまい。

 

 その邪魔者を排除できるのが、この手段。

 大方トレセン学園の学生の印象を聞きたい、という名目で有名選手に突撃取材をしたわけだ。

 

 汚いな、さすがブンヤきたない。

 二人はブンヤの手段になど慣れ切っているのか、やや辟易としているだけ。

 無茶な取材や写真撮影に応えたのは、ブンヤの向こう側で待っているファンを思ってだろう。

 不用意な発言などしているとは思えないが、理事長に打ち上げて厳重注意をしておいて貰おう。

 

 

「いや、そんなことよりも――――駿川氏と食事に行くそうだな」

「はぇ? そりゃ行くけど、何処で聞いたんだ?」

「取材を受けている最中に偶々耳に入ってね……そうか、行くのか。そうかそうか、つまり君はそういう人間だったのだな」

 

 

 駿川さんと話している最中に近くにいたのか。

 まあ、ウマ娘の聴覚なら、近くなくても聞き取れるのだろうが。

 

 ………………しかし、なんか怒ってない?

 

 別に怖くも何ともないが、普段よりも威圧感マシマシである。

 何と言うか、『中央を無礼るなよ』と今にも言い出しそうだ。

 

 オレにあったのは困惑だけ。

 知り合いと食事に行くことの何がそんなに拙いのか。これがさっぱり分からない。

 確かにオレはトレーナーだが、プライベートで誰と食事に行こうと構わないだろう。

 そりゃルドルフ達に何らかの異常や不調が発生したというのなら、プライベートなどいくらでも犠牲にするが。

 

 助けを求めるようにマルちゃんを見たが、ルドルフの見えないところで口元を抑えて笑いを堪えているだけ。

 一目でこの状況そのものを楽しんでいるのが伝わってくるのだが、オレとしては解説か助け船が欲しい。

 

 

()()()()()()()でありながら、私を差し置いて食事に行くなど――――いやらしい」

「なんでぇ? 別に仲間内でメシを食いに行くなんて普通だろ。何なら、今だってルドルフ達と一緒に食べてるじゃん」

「違う。そうじゃない」

「違うのぉ? そうじゃないのぉ?」

「んんーーーーーーーーーーーっ!」

 

 

 キッカケはオグリの過食症対策だったけど、最近は全員馴染んできたと思っていたのだが。

 それぞれ出会ってから一月も経っていないのに壁らしい壁がなくなって、言いたいことを言い合える仲にはなってきている。

 ルドルフとオグリなんて一緒にスケートしそうなくらいに仲が良いのに何が不満だと言うのか。

 いや、流石にスケートまではしないか。困惑の余りに存在しない記憶が脳内に溢れ出していた。

 

 オレが困っているのが楽しいのか、ルドルフがやきもきしているのが面白いのか。

 マルちゃんは両頬をハムスターのように膨らませ、顔を真っ赤にして堪えている。

 

 色々と考えてみたが、もしかしてルドルフも一緒に来たいとか。

 それなりにお高いちょっといい店を探すつもりだ。

 普段よりもちょっといいものが食べられるとでも思っているのかな。

 

 

「じゃあ一緒にルドルフも来る? 何ならマルちゃんもいいけど……」

「違う。そうじゃない」

「違うのぉ? そうじゃないのぉ?」

「…………んぐっ、んふっ、ふふっ」

 

 

 流石にオグリほど食い意地は張ってないか。

 そもそも、ちょっとお高い程度では名家出身には嬉しくもないか。

 

 マルちゃんは遂に笑いを堪えきれなくなって噴き出した。

 ルドルフはもう気性難みたいになっちゃってるし、助けの手を差し伸べて貰えないオレは困惑の至りである。

 

 あと考えられそうなのは何だぁ……?

 

 

「…………他のトレーナーと一緒に行って手の内を晒すのを心配している、とか」

「違う。そうじゃない」

「違うのぉ? そうじゃないのぉ?」

「んふふっ、たーのしぃーーーー!」

 

 

 もう何をそんなに怒っているのか教えて欲しい。

 こっちとしては思い当たる節なんて一つもないのだから。

 何かが気に入らないというのなら改善するが、その何かが分からなければ改善しようもない。

 

 マルちゃんはもう全力でエンジョイしていた。

 一しきり一連の流れを楽しんでようやく満足したのか、目に涙を溜めながらもルドルフの肩を掴んで何事かを耳打ちする。

 

 

(いい加減になさいよ、ルドルフ。私達は()()恋人でも何でもないんだから、彼の行動を縛る権利なんてないでしょう……?)

(ぐっ、むぅ……確かに道理だ。し、しかし、君はそれでいいのか?)

(私はいいわよぉ? 最後に彼の隣に立っている自信はあるし。あんまりトレーナー君を困らせちゃだぁめ。余裕のない女は嫌われるわよぉ~♪)

(……ぐぅの音もでないとはこの事だな。だが、私も彼の隣を譲る気はない)

(その心意気、チョベリグねッ! 普段アレだけ聡い彼がこんなニブチンになっているということは、私達はそもそも恋愛対象じゃないのよねぇ。つまりは……)

(どれだけ彼に意識させられるかが勝負、ということか……!)

(あたりきしゃりきのこんこんちき!)

 

 

 やがて気が立っていたルドルフの態度が柔らかくなっていく。

 マルちゃんの言葉が怒りにスーっと効いて……これは、ありがたい。

 

 但し、オレを見る二人の瞳の奥に怪しい光が灯った気がする。

 何となく、何となくであるが、とてつもなく嫌な予感が……。

 

 

「トレーナー君、済まなかった。君の交友関係にまで口出しする権利などないにも関わらず……」

「いや、そりゃ構わないけど……」

「じゃあ丸く収まったみたいだから私は行くわね? あ、そうそう。トレーナー君、ちゃんとドライブデートの準備もしておいてね」

「ん? ああ、分かったよ。次の休みを合わせるから、その時に行こう」

「…………………………は?」

「ふふっ、じゃあドロンさせて貰うわ。バイビー!」

 

 

 最後にウインクを決めてスキップしながら退室していくマルちゃん。

 こちらはフジとは違ってヒロイックさよりもキュートさが前面に押し出されていて愛らしい。

 全力で人生を謳歌しているのが伝わってきて、羨ましいやら感心してしまうやら。

 

 オレも時には自らの置かれた境遇を忘れ、楽しむことだけを追い求めるのもいいかもしれない。

 悩みも重荷も全てを忘れ、ただ享楽にのみ殉ずるべく頭を空っぽに――――

 

 

「は?????????」

「いや、あの……」

「私を差し置いて、マルゼンスキーとドライブデート……? 済まない、意味が分からない。私に分かるように説明して欲しい」

 

 

 ――――出来ませんでした。

 

 だって能面のような無表情になったルドルフが、此方に虚無の視線を向けてくるんだもの。

 何時もは夢と誇りで煌めいている紫紺の瞳は、今や現実に空いた(うろ)のように底の見えない色をしている。

 

 あとバチバチと放電現象を起こしているのは目の錯覚だと思いたい。

 

 汝、皇帝の神威を見よ、と言った感じ。

 こんなんでは血眼して(おろが)んでしまい、うほおおー! してしまいそうだ。

 

 マジかよ……!

 さっきオレの交友関係に口出しする権利などないとか言っていたのに、舌の根も乾ききらない内にこれ!

 

 ほ、本格的にルドルフの情緒が分からなくなってきた!

 学生時代はそれなりに付き合ったりしてきたから女心は分かっているつもりだったが、これじゃあマジで秋の空模様と変わらない移ろい易さだよ!

 

 

「じゃあルドルフも行くか……?」

「そういうことを聞きたいのではない。どうせ君のことだ、マルゼンスキーのデートに同行するかなどと――――」

「……何なら二人だけでもいいけど?」

「な、何……?」

 

 

 別にそれでも構わない。

 前々からルドルフは堅い所があるから、息抜きの方法を知っているか気になっていた。

 

 夢に邁進するのも結構だが、それだけでは息が詰まる。

 世に結果を残してきた人間が、ただ一つにのみ人生を捧げたかと言えばそんなことはない。

 

 ガンジーとか若い頃、女遊びしまくって親の死に目に会えなかっただとか。

 ルソーが実はマゾヒストで、女性に罵って貰うために全裸になって捕まっただとか。

 

 そういった偉人達の残念エピソードは思いの外多い。

 いや、ルドルフにそのレベルになられたら困るのだが、要するに多少息抜きしたって結果は残せるよ、という話。

 

 多少でもそうした形で彼女の助けになれるのなら、オレも付き合おう。

 ピコピコと忙しなく動く耳、緩んだ口元と紅潮する頬を見るに満更ではないようで安心した。

 

 

「ルドルフが嫌なら他の皆も誘うけど?」

「こ、断る! それはまた今度だ!」

「そ、そうっすか」

 

 

 全力のオ(コトワ)ルドルフだった。

 マウントルドルフ、ションボリルドルフ、嫉妬リルドルフ、ニッコリルドルフに続いて五人目。

 皇帝戦隊ルドレンジャーの完成である。多分近い将来、六人目の追加戦士が現れることだろう。

 

 

「ふふふ、そ、そうか、デートか。君の方から誘われるとは思わなかったが、成程悪くない気分だな」

 

 

 すっかり上機嫌になったルドルフは今からもう楽しみなのか、ソワソワとその場を行ったり来たり。

 

 まるで遠足前にはしゃぐ子供のようだ。

 こりゃ責任重大だ。何時かは分からないが、きちんと楽しませるべくエスコートしなくては。

 

 

「…………っ」

 

 

 ――――その時、ふと彼女の右胸で揺れる勲章に目を奪われた。

 

 

 勝負服は専門のデザイナーが手掛けており、トレセン学園の外にも著名なデザイナーがいる。

 それを考えると勲章の本体となる章身の造りは稚拙で、明らかに職人の作ったものではない。

 

 ただ作成者が何をイメージしたのかは分かる。

 章身と胸を繋ぐ織物、綬と呼ばれる部位の色は彼女が達成した三冠――即ち、皐月賞、東京優駿、菊花賞の優勝レイを模したものだろう。

 

 自分でもよく分からないまま、涙が出そうなほどに胸が締め付けられる。

 まるでかつてのオレが忘れてはならないものを忘れている、と責め立てられているようで。

 

 だが結局、オレの壊れた頭は何一つ思い出せないまま、その答えを得ることさえ叶わなかった。

 

 

 

 

 







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