トレーナーさんは眠らない(ガチ)   作:HK416

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大変励みになると共に、助かっております。

ところでジャミニ杯はどうでしたか?
作者はAグループまで行ったものの、グレードリーグでAグループに入れたまでは良かったが、結果3位に。残念!
黒マックもゴルシちゃんも、タイシンも運良くスピード、スタミナSまで行けて、回復スキルも獲得できたからもしかしたらもしかるするぞ、と思ったけどやっぱりA+、Sの壁は厚いなぁ。

そして次はヒシアマ姐さんktkr! でもキタちゃんが欲しいからそっちのピックアップはよ!




『意趣卓逸』

 

 

 

 

 

 僅かばかりに肌寒さを残した春先。

 街路樹の若葉やアスファルトから逞しく顔を出した野草が青々と生い茂る季節。

 

 日が沈み始めた夕暮れの時刻、オレは府中の街中に居た。

 普段のビジネススーツやトレーニング用のジャージではなく完全に私服。

 それなりに値の張るビンテージのジーンズ。無地の白いTシャツの上からグレーのカーディガンを羽織っただけ。

 

 ただでさえ190近い身長で筋肉もかなりあって目立つのだから、私服はこれくらい地味な方がいい。

 小洒落ているわけではなかったが、外に出ても恥ずかしくもない至って普通のファッション、だと思いたい。

 

 折角仕事の出来る時間帯に学園の外で何をしているのか、と言えば――

 

 

「すまない、待たせただろうか」

「いや、ぜーんぜん」

 

 

 ――今日はルドルフとお出掛け(デート)であった。

 

 この時間帯を選んだのはオレではない。

 彼女がどうしてもマルちゃんよりも先にデートへ行きたいと言い出したので、互いに折り合いをつけられるのが今しかなかった。

 更に言えば、記憶を保持しておける17時以降でなければオレが素直に楽しめない、とでも思ったのだろう。

 

 帰りが遅くなりかねない時間からのデートは流石にオレも拒否しようと思った。

 大事な記憶こそないが大切な相棒であることに変わりなく、仮にも親御さんから預かっているも同然の娘。

 蝶よ花よと愛でて大切にするだけのつもりはないが、世間体や常識を無視して夜に出歩き大事に至れば、それこそ親御さんどころかオレを信じた理事長やおハナさんにも顔向けできない。

 

 しかし、オレの至極全うだったと思われる言葉の数々をルドルフは嫌だ、断ると理由も言わずに子供っぽく断固拒否。

 かと思えば、寮長であるヒシアマゾンにきっちり門限外の外出申請もしていれば、理事長にも事前に報告して許可を貰ってきていたりもする。

 子供としての側面と大人としての側面を持ち合わせた()()()()の少女。それが今のルドルフだ。

 

 尤も、それを知っているのは近しい人間だけで、遠巻きに眺めるしかない者には非の打ち所がない完璧超人にしか映らないだろうが。

 

 

「予定通り、映画でいいか?」

「ああ。まだ何を見るか決めていないが、限られた時間ではちょうどよいからね」 

 

 

 待ち合わせの場所はトレセン学園から少し離れた何の変哲もない公園。

 母親に手を引かれ、或いは友人同士や兄弟同士で家路につこうとする子供達を見送りながら、映画館への道を並んで歩く。

 

 隣にいるルドルフもまた私服姿。

 

 何のロゴもない深緑のVネックTシャツ、白いパンツ。

 シンプルながらもスラリとしたスタイルと落ち着いた性格にはよくあった出で立ちだ。

 歩く度に揺れる赤革の腕時計と青いリボンベル、ショルダーポーチがアクセントになっていてモデルのようだ。

 

 普段は制服かトレーニングウェアの二択しかないので新鮮でさえあった。 

 顔の上に乗ったハーフリムの黒い眼鏡の奥にある瞳は、確かな歓びで瞬いている。

 

 …………いや、新鮮と言うのは違うか。

 

 トレーナーをしていた以上、それなりに仲は良かったはず。

 こうして出掛けたこともあっただろうし、単にオレが忘れているだけなのだ。

 

 何時まで経っても不意に訪れるこの瞬間には慣れない。

 自身が忘れている何かを自覚する度に去来する悔悟と寂寞。

 根明に育って心底から良かったと思う。でなければとうの昔に心は砕け、立ち上がれなくなっていただろう。

 

 

「何を見ようか。今は有名どころもやってないし、ルドルフはどんなの見る?」

「そう、だな。普段は史実に沿ったものやドキュメンタリーなどが多い」

「そうっすか。今の時期に何かやってたかぁ?」

「其処は気にしないで欲しい。以前は脚本の構成や流れにばかり目を向けていたが、登場人物の心を重ねて見ることを君に教えて貰った。それに、その……君となら何でも楽しめる気がするよ」

 

 

 ルドルフはこれから映画を見る高揚からか、頬を紅潮させながらも悪戯っぽく笑った。

 

 その柔らかな微笑みに、また一つ救われて心が軽くなる。

 オレが忘れてしまっても、確かな過去が其処にある事実は重くはある。

 それでも彼女の中で思い出が生きているのなら、決して無駄ではなかったと安心できた。

 

 壊れた頭への不安と不満を心の廃棄場に捨て去って、気持ちを切り替える。

 幸いなことにオレの胸中は面には出ず、ルドルフには気付かれなかった――と思う。

 折角のデートだ。楽しまなければ、楽しんで貰わねば損というものだろう。

 

 

「三流のクソ映画でもいいのか?」

「それはそれでいいじゃないか。見終わった後の批評も映画を楽しむ上での醍醐味さ」

「物好きだなぁ」

 

 

 言い方は相変わらず固かったが、確かにそれも悪くはない。

 

 映画は好きだ。

 現実とは切り離された創作も、史実に沿ったノンフィクションにもそれぞれ楽しみ方がある。

 没入感や感情移入させる手法も様々で、時には頭を空っぽにして見るのもいい。

 

 仲間内での批評もその一つ。

 他人ならではの視点を知り、自分ならではの視点を明かす。

 あそこが良かった此処が駄目だった、とあーでもないこーでもないと語り明かすのも面白い。

 ストーリーがめちゃくちゃな、役者の演技が大根のクソ映画でも其処は変わらない。

 

 何にせよ、楽しみである。

 映画そのものもそうだが、彼女がどんな感想を口にするのか。今はそれが一番気になった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「……しかし、あの時の相手側の心境はどのようなものだったのだろうか。今一つ共感しきれなかったな」

「あー、どうかねぇ。相手の家柄もあったから物怖じしたんじゃないのか? 男側が自信を持ち切れない性格なのは散々描かれてたし」

「ふむ。恋愛物は余り見たことがないから何とも言えないが君の反応を見る限り、描写としては至って普通ということかな?」

「普通は普通なんじゃないか? 障害を前にしてどういう選択をするか、どういう反応をするかは登場人物の心情や性格を語るのに楽な手法だからなぁ」

 

 

 現在、20時の半ばまで長針が回った時刻。

 映画を一本見終わった後、近場のファミレスで食事を終えて、食後の紅茶とコーヒーを手にしながら映画の感想を口にしていた。

 

 結局、選んだのはさして人気のない恋愛物の邦画だった。

 現代版ロミオとジュリエットを謳うだけあってありきたりな描写、ありきたりな展開が続く王道を往く内容。

 それでも飽きや既視感を抱かなかったのは、役者の演技やカメラの視点はなかなか良かったお陰だろう。

 邦画はCGで洋画に大きく後れを取っているので、人間関係を主として描いたものの方がアタリが多い。今回はアタリの部類だ。

 

 しかし、ルドルフは主人公の告白を受けた男の反応が気に入らなかったのか、味も匂いも大したことのないドリンクバーの紅茶をティースプーンで掻き混ぜながら首を傾げていた。

 

 確かに、常に自信と誇りを胸に抱いている彼女では共感し難い性格だったので、仕方がないと言えば仕方がない。

 ただ、それは高慢さに満ちたものではなく単純な疑問が現れたものであって、随分と可愛らしくもあった。

 

 

「…………それにしても、君は相変わらずだったな」

「悪かったと思うけど怒らなくてもさぁ……ドキュメンタリー系を見るって言ってたじゃん?」

「だからと言ってだ、君はもう私の担当なのだから他のウマ娘に熱を上げるのはどうなんだ?」

「いやぁ、そうは言ってもだよぉ……?」

 

 

 そう言うと、一転してルドルフの表情が不機嫌さで急速に曇っていく。

 普段の聡明な皇帝様ではなく、ライオンのような凶暴さを秘めた暴君の表情だ。

 

 けれども、今回ばかりはオレが悪い。

 今日ばかりはションボリルドルフの出る幕はなくションボリトレーナーの出番である。

 

 何があったのかと言えば、向かった映画館でやっていたリバイバル上映されていたものが問題。

 

 題名は「シンザン~その軌跡~」。

 この映画はシンザンの引退直後に撮られたものであり、本人へのインタビューは勿論のこと、彼女のトレーナーも出演している真っ当なドキュメンタリー。

 しかし、当時はSFやらアクション、ホラー映画の全盛期。如何にスターウマ娘のドキュメンタリーと言えども興行収入は伸び悩んだ。そのお陰でビデオ化もDVD化もされないままお蔵入り。

 

 つまり、シンザン好き――いや、シンザン狂いであるオレでも見ていない映画……!

 

 見たくて見たくて仕方がなかった映画が、最近のレース人気にあやかってリバイバル上映されていると知れば何としても見たくなるというものだ。

 

 

『ルドルフ、これにしよう……!』

『すみません、「二人の時間」を大人二枚で』

『ちょっと? ねぇ? 何で? 何で無視するの?』

『かしこまりました。席はどちらになさいますか?』

『お姉さんも無視しないで???』

『ではE-15、16を。支払いは――――』

『あ、それはオレが出すから…………で、お姉さん、「シンザン~その軌跡~」の料金は?』

『二人で2000円となりまーす』

『じゃあピッタリで』

『はい、確かに! では、「二人の時間」をお楽しみ下さい!』

『あれェ!?』

 

 

 とまあ、こんなやり取りがあった。

 

 そりゃ確かにオレの意見をゴリ押ししようとしたのは悪かったけど、何もそんなに怒らなくても。

 

 憧れのウマ娘と担当するウマ娘とでは訳が違う。

 どちらが優れていて、どちらが劣っているという話ではない。

 オレが熱を上げているからと言って、ルドルフがシンザンに劣っている証明にはならない。

 事実、四冠までは手中に収めているのだ。シンザンに並ぶまで目前、超える瞬間はもう目に見える位置にまで来ているのだから。

 

 

「そういう話ではないよ。では聞くが、シンザンと私、どちらが好きなんだ?」

「はぁ? シンザンは走ってる姿しか知らないんだし、個人として知ってる上に担当なんだからルドルフの方が大事だよ」

「んン゛――――っ!??!」

「だ、大丈夫か?」

 

 

 自らの問い掛けに対するオレの答えを聞くと、ルドルフは口に含んだ紅茶を噴き出した。

 オレや他の人間の顔にかからないように窓側を向いている辺り、流石である。

 

 別に驚くこともない。

 所詮、シンザンは画面の向こう側や文字の羅列でしか知らない存在なんだ。

 今こうして目の前で話し、普段から接しているルドルフと天秤にかけること自体が間違った相手だろうに。

 

 つーか、憧れの相手に現を抜かして、目の前にいる人を疎かにするタイプの人間だと思われていたのは聊か以上にショックだった。

 

 

「ごほっ……す、すまない、気管に入ってね…………ふっ、そ、そうか、私の方が……ふ、ふふっ、そうかそうか……では、レースに出走しているウマ娘としても当然……」

「シンザン」

「そういうところだぞ、トレーナー君」

 

 

 一瞬、照れ臭さからかニヤけ出したルドルフであったが、オレの即答にスンッと無表情になる。

 

 そういうことなら話は別だ。

 ルドルフも、スズカも、オグリも、マックイーンも、ライスも、それ以外の娘達も皆それぞれに味があって魅せてくれるものがある。

 

 ただ、どうしたところでオレにとってはシンザンの鮮烈さには劣る。

 彼女は夢のキッカケで、この世界に足を踏み入れた理由そのものなのだから。

 

 いわゆる思い出補正という奴だ。

 魅力や能力を数値化できたとして劣っていようが、特別という意味において文字通りの別格。

 先程の天秤が比較すること自体が間違いならば、此方は天秤にかけるのさえ憚られる、といった感じ。

 

 

「……それでは、私が君にとっての頂点になれない、ということではないか」

「頂点って言ってもなぁ。そういう依怙贔屓はよくないと思う」

「そういう意味ではない、ないんだよ」

 

 

 担当に頂点も何もないだろう。

 

 そうした贔屓は宜しくない。

 不和や軋轢を生む最初の一歩になりかねないからだ。

 おハナさんも、南坂ちゃんのようにチームを率いるのならば、成績や気性の如何に関わらず同じように接している。無論、オレも。

 

 そんなことは分かっているだろうに、ルドルフはそっぽを向いてしまう。

 やはり追加戦士が現れた。ヘソ曲ゲルドルフである。

 

 そして、机の下の見えないところで脛を蹴ってくるのは止めて欲しい。

 折れていないので相当に手加減してくれているのは分かるけど、痛い痛い。

 

 シンザン云々に関しては今後変わる可能性もあるが、贔屓に関しては変えてはならない部分があるので話を変えることにする。

 

 

「一つさ、聞きたいことがあるんだけど」

「…………何だ」

 

 

 視線を窓の外に向けたままで不機嫌さを隠そうともしないが、耳だけは此方に向けている。

 こういう時にウマ娘は便利だ。耳を自分の意思で様々な方向に向けるので、別の何かに視線を向けていても会話を聞き漏らすことはない。

 

 そして、本気で怒っているわけでもない。

 ウマ娘が怒りに支配されると会話を聞きたくもないと言わんばかりに耳を伏せるものだから。

 

 

「この前に見た勝負服の勲章なんだけどさ」

「――――――」

 

 

 気になっていたのは、あの拙い勲章。

 他にも忘れていることは多い。ルドルフをどんな愛称で呼んでいたのかを思い出せないまでも、調べる必要はある。

 

 だが、ヒントらしいヒントは残されていない。

 これでも筆まめな方で、訓練やトレーニング、レースの結果や分析を資料として残してある。

 但し、日常は別。日記なども残していなかったし、資料に関してもあくまで仕事なので関係のない事柄などは書き記してはいなかった。

 

 恐らく愛称はルドルフにとって特別な意味を持つ。

 親しいマルちゃんにそれとなく聞いてみたが、彼女も知らないと言っていた以上、確定と見て間違いない。

 だからこそ、問うても答えは返って来ない。これはオレが思い出さねばならない事柄で、同時にルドルフにとっては思い出して欲しい過去だからだ。

 

 愛称はヒントもなく、答えを知る者が口を閉ざして待っている以上、気長にやっていく他ないが――――

 

 想定していなかった内容だったのか、ルドルフは不意を突かれたかのように目を丸くしてようやく此方を見た。

 

 

「その様子じゃ、あれを造ったのはオレか」

「あ、ああ、そうだ。思い出したわけでは、ないのだな」

「悪い、単なる推測……やっぱりそうだったか。なら、探しておくよ。八大競走の用意してるだろうからさ。見つからないならまた造るよ」

「そ、それは嬉しいが、三冠だけでも私は構わないのだが……」

「良くないだろ。まるで其処まで止まりみたいじゃないか。冗談じゃない、目指すのはシンザンも超えた誰も至っていない頂点(テッペン)だ。そうだろ?」

 

 

 珍しく気弱な――――と言うよりも、これは引け目や負い目だろうか。

 

 思えば、オレはルドルフを庇う形で事故に巻き込まれた。

 彼女の性格を考えれば、負い目を感じない筈もない。

 今日にしたところで、決して車道側を歩かせなかったのは、負い目がそうさせていたのだろう。

 

 しかし、あの勲章は彼女の輝かしい夢への旅路を彩る装飾。

 負い目があるからと止めるつもりはなく、他の誰かに譲ってはならない。オレは彼女のトレーナーだから。

 

 必ず見つける。必ず造る。

 

 例え、記憶が失われたままだったとしても、オレの愛バだと胸を張れるように。

 目を逸らせなくなるような大偉業を、誰もが一目で納得できるような証を残す。

 

 

「……分かった。私からもお願いするよ。けれど、くれぐれも無理はしないで欲しい」

 

 

 根負けして折れたかに見えて、それでいて歓びを隠し切れないはにかんだような、泣き出しそうな笑み。

 

 その顔に、想像はしていたが目指すべきか迷っていた夢想に思い至る。

 

 シンザンを超える。頂点に立つ。

 どうせなら誰の目からも明らかに、誰一人として文句のつけようがない結果を目指すべきだ。

 

 

「ジャパンカップの補填もある。その代わりも考えとかないとな」

「代わり、と言うことは来年のジャパンカップを、か」

「いや、それじゃあただの雪辱戦だ。前と同じ面子が揃う訳でもないしさ。だから、それ以上を目指す」

「それ以上、だと……それは……!」

「ほら、もう行くぞ。夜も遅いんだ、これ以上はいくらオレが居ても補導されかねない。そんな醜聞はゴメンだろ?」

「あっ、ま、待つんだトレーナー君!」

 

 

 聡明な彼女のこと、オレの夢想が何処にあるのか察してはいるだろう。

 だから僅かに気恥ずかしくなって、明確に言葉にするのは止めておいた。

 オレは支払いを済ませるべく席を立ち、ルドルフは慌てて続こうとしたが、ショルダーポーチを忘れて戻っていく。

 

 夢想は所詮、夢想に過ぎない。

 実現できるまでは決して口にしない方がいい。でもなければ、全てが夢のまま終わってしまいそうだった。

 

 ルドルフの才能は当代随一。

 日本と言う小さい島国では収まりきらないと断言できる。

 当人の努力もまた同様。頂点に対する執念深さも、苦境に耐えるだけの精神力も揃っている。

 これからまみえるであろう強豪達とも性能差は殆どないレベルにまで引き上げられる。

 

 だからこそ――――勝てるかどうかはトレーナー(オレ)次第だ。

 

 

 

 

 


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